がんばれゴエモン
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
恋敵?
香ばしい匂いが家中に広がっていた。焼き菓子の甘い香りが食欲をそそる。
凹凸の鉄板の上で焼いたクッキーを菜箸で摘み、和紙を敷いた竹カゴの中に入れていく。その中から一つ摘んだクッキーを頬張る。まだ火傷しそうなほど熱いが、さくさくとして美味しい。
長屋の隣に住んでいる主は三日程留守にしていた。手間のかかる依頼を引き受けたらしく、エビス丸を引き連れて依頼主の所へ出かけたきりである。今日には帰ってくるだろう、甘い物を用意して待っていようと思い立ったわけだ。
ここは言わば江戸時代、だがキリカの知っている江戸時代とは少々異なっていた。この時代には明らかに無い物や言葉が存在している。自分が学んだ歴史が実は間違いだったのだろうか。年月が経つにつれて新事実が発見されたというニュースは耳にしていた。
それと同じように自分が知っている江戸時代とは違う事柄が多々あるのかもしれない。いかんせん、歴史を学んだのはもう何年も前のこと、詳しいことまでは覚えていない。
クッキーを作るにしても材料が揃うか心配だったが、運良く近いものを揃えることができた。オーブンは流石に無いので、鉄板を用意してその上で生地を焼いた。見た目と食感は少々違うものになったが、充分食べられる。
ふと、隣から物音が聞こえてきた。帰ってきたのだろうか。
キリカは竹カゴ一杯に詰めたクッキーを抱えて隣の家へ向かう。美味しいと言って喜んでもらえる顔を思い浮かべながら戸を開けた。だがそこにはゴエモンとエビス丸の姿は無く、代わりに着物姿の髪を結い上げた女性がいた。浮世絵などでよく見かける女性と似た格好をしている。その後姿がゆっくりと振り返った。入念に化粧された顔、切れ長のきりっとした目にはアイラインが引かれている。「あんたは誰でありんす?」そう口を開いた女性を見たキリカは呆然としていた。
二刻程経った頃にゴエモンとエビス丸が長屋に戻ってきた。骨が折れる仕事だったとゴエモンは肩を回す。エビス丸は腹の虫が鳴くお腹を押さえている。
三日ぶりの我が家だと何も気に留めずに戸を開けた。そこで目に映ったのはキリカの姿と見知らぬ女性。いや、よく見ればその女性には見覚えがあるような気がした。その女性と目が合った瞬間、ゴエモンは誰なのかを思い出したと同時に顔を引きつらせた。
「ゴエモンさんお久しぶりでありんす」
「おっおめえはケンスケ!」
「お帰りなさいゴエモンさん」
「あ、ああ。ただいま」
出迎えたのはいいが、浮かない表情をしているキリカ。ケンスケと呼ばれた女性は向かいに座っているキリカをじろりと睨みつける。それに萎縮するかのようにキリカは俯いてしまう。
「この女は誰でありんす?」
「キリカはんはゴエモンはんの彼女でっせ」
「まあ!私というものがありながら、酷いでありんす!」
「あの、ごめんなさいゴエモンさん」
「ほっほ。これが修羅場ってやつでんなあ」
「だあああ誤解でええい!」
まさに修羅場。憤慨する者も居れば、悲しみ落ち込んでいる者もいる。どうにか誤解を解こうとするゴエモンだが、それをエビス丸が煽るので苛立ちを覚えた。
「罪なお人ですなあゴエモンはん」
「うるせえエビー!」
にやにやと笑うエビス丸を怒鳴りつけて頭を一つ殴り、それからケンスケを無理やり家から追い出してしまった。
追い出されたケンスケがまた家に戻って来る事は無かった。戸口から人の気配が無くなったのを確認して、キリカの方を見る。彼女は叱られた子犬のようにしゅんと項垂れていた。
大方、ケンスケを自分の恋人だと思っているのだろう。だがそれは勘違いも甚だしいことであった。ケンスケは女性の格好をしているが、男である。
「ゴエモンさんにケンスケさんが居るなんて知らなくて」
「ケンスケはいつも勝手に押しかけてくるだけでい!」
「でも」
ゴエモンはひっしとキリカの手を握り、信じてくれと言わんばかりに見つめている。そうして互いに見詰め合っているうちにキリカの頬がぽっと赤く染まり出していた。
そこでサクサクと軽快な音がしたものだから、その雰囲気もぶち壊しである。揃って顔を音のする方へ向けると、エビス丸が竹カゴからクッキーを摘んでいた。
「この菓子美味いでんなあ。キリカはんが作ったんでっか?」
「エ~ビ~!!てめえ人の一大事って時に!」
呑気にクッキーを頬張っているエビス丸に殴りかかろとうしていた。だが、エビス丸は竹カゴを大事そうに抱えたままひょいと身をかわす。エビス丸を捕まえようとするのだが、ひょいひょいと身軽に動いて避けられてしまう。
そんな二人の様子が面白かったのかキリカは可笑しそうにくすくすと笑い出した。
「…キリカ?」
「エビス丸さん、ゴエモンさんにもそれ分けてあげてください」
「仕方ないでんなあ」
エビス丸は渋々と竹カゴをゴエモンの前に差し出した。甘い香りがふんわりと漂う。疑問符を頭上に浮かべながらもそれをさくりと口にした。煎餅とはまた違う味わい。美味いという単語しか浮かばなかった。感想をそう素直に伝えるとキリカは柔らかく笑ってみせた。
香ばしい匂いが家中に広がっていた。焼き菓子の甘い香りが食欲をそそる。
凹凸の鉄板の上で焼いたクッキーを菜箸で摘み、和紙を敷いた竹カゴの中に入れていく。その中から一つ摘んだクッキーを頬張る。まだ火傷しそうなほど熱いが、さくさくとして美味しい。
長屋の隣に住んでいる主は三日程留守にしていた。手間のかかる依頼を引き受けたらしく、エビス丸を引き連れて依頼主の所へ出かけたきりである。今日には帰ってくるだろう、甘い物を用意して待っていようと思い立ったわけだ。
ここは言わば江戸時代、だがキリカの知っている江戸時代とは少々異なっていた。この時代には明らかに無い物や言葉が存在している。自分が学んだ歴史が実は間違いだったのだろうか。年月が経つにつれて新事実が発見されたというニュースは耳にしていた。
それと同じように自分が知っている江戸時代とは違う事柄が多々あるのかもしれない。いかんせん、歴史を学んだのはもう何年も前のこと、詳しいことまでは覚えていない。
クッキーを作るにしても材料が揃うか心配だったが、運良く近いものを揃えることができた。オーブンは流石に無いので、鉄板を用意してその上で生地を焼いた。見た目と食感は少々違うものになったが、充分食べられる。
ふと、隣から物音が聞こえてきた。帰ってきたのだろうか。
キリカは竹カゴ一杯に詰めたクッキーを抱えて隣の家へ向かう。美味しいと言って喜んでもらえる顔を思い浮かべながら戸を開けた。だがそこにはゴエモンとエビス丸の姿は無く、代わりに着物姿の髪を結い上げた女性がいた。浮世絵などでよく見かける女性と似た格好をしている。その後姿がゆっくりと振り返った。入念に化粧された顔、切れ長のきりっとした目にはアイラインが引かれている。「あんたは誰でありんす?」そう口を開いた女性を見たキリカは呆然としていた。
二刻程経った頃にゴエモンとエビス丸が長屋に戻ってきた。骨が折れる仕事だったとゴエモンは肩を回す。エビス丸は腹の虫が鳴くお腹を押さえている。
三日ぶりの我が家だと何も気に留めずに戸を開けた。そこで目に映ったのはキリカの姿と見知らぬ女性。いや、よく見ればその女性には見覚えがあるような気がした。その女性と目が合った瞬間、ゴエモンは誰なのかを思い出したと同時に顔を引きつらせた。
「ゴエモンさんお久しぶりでありんす」
「おっおめえはケンスケ!」
「お帰りなさいゴエモンさん」
「あ、ああ。ただいま」
出迎えたのはいいが、浮かない表情をしているキリカ。ケンスケと呼ばれた女性は向かいに座っているキリカをじろりと睨みつける。それに萎縮するかのようにキリカは俯いてしまう。
「この女は誰でありんす?」
「キリカはんはゴエモンはんの彼女でっせ」
「まあ!私というものがありながら、酷いでありんす!」
「あの、ごめんなさいゴエモンさん」
「ほっほ。これが修羅場ってやつでんなあ」
「だあああ誤解でええい!」
まさに修羅場。憤慨する者も居れば、悲しみ落ち込んでいる者もいる。どうにか誤解を解こうとするゴエモンだが、それをエビス丸が煽るので苛立ちを覚えた。
「罪なお人ですなあゴエモンはん」
「うるせえエビー!」
にやにやと笑うエビス丸を怒鳴りつけて頭を一つ殴り、それからケンスケを無理やり家から追い出してしまった。
追い出されたケンスケがまた家に戻って来る事は無かった。戸口から人の気配が無くなったのを確認して、キリカの方を見る。彼女は叱られた子犬のようにしゅんと項垂れていた。
大方、ケンスケを自分の恋人だと思っているのだろう。だがそれは勘違いも甚だしいことであった。ケンスケは女性の格好をしているが、男である。
「ゴエモンさんにケンスケさんが居るなんて知らなくて」
「ケンスケはいつも勝手に押しかけてくるだけでい!」
「でも」
ゴエモンはひっしとキリカの手を握り、信じてくれと言わんばかりに見つめている。そうして互いに見詰め合っているうちにキリカの頬がぽっと赤く染まり出していた。
そこでサクサクと軽快な音がしたものだから、その雰囲気もぶち壊しである。揃って顔を音のする方へ向けると、エビス丸が竹カゴからクッキーを摘んでいた。
「この菓子美味いでんなあ。キリカはんが作ったんでっか?」
「エ~ビ~!!てめえ人の一大事って時に!」
呑気にクッキーを頬張っているエビス丸に殴りかかろとうしていた。だが、エビス丸は竹カゴを大事そうに抱えたままひょいと身をかわす。エビス丸を捕まえようとするのだが、ひょいひょいと身軽に動いて避けられてしまう。
そんな二人の様子が面白かったのかキリカは可笑しそうにくすくすと笑い出した。
「…キリカ?」
「エビス丸さん、ゴエモンさんにもそれ分けてあげてください」
「仕方ないでんなあ」
エビス丸は渋々と竹カゴをゴエモンの前に差し出した。甘い香りがふんわりと漂う。疑問符を頭上に浮かべながらもそれをさくりと口にした。煎餅とはまた違う味わい。美味いという単語しか浮かばなかった。感想をそう素直に伝えるとキリカは柔らかく笑ってみせた。
16/16ページ