がんばれゴエモン
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線香花火
煙管から吸い込んだ煙をふうと吹き出した。それは空気中にゆらゆらと漂い、天井に届かないうちに消えていく。
行灯の明かりが隙間風にちらちらと揺れている。雁首を軽く叩いて煙草盆に灰をぽんと落とした。
とんとん、と戸を叩く音にゴエモンは首を傾ける。それに応えると、戸口に人影が現れた。
辺りは薄暗く、完全な夜は訪れていない。まだ視界に頼れる時間帯にキリカが尋ねてきたようだ。
先程まで仕事で留守にしていたので、キリカと会うのは朝以来だ。
「こんばんは」
「おう。どうしたんでい?」
「花火やりませんか?」
「花火?」
「万屋さんから頂いたんです。良かったら一緒にどうかと思いまして」
昼間に買い物へ行った際、花火を仕入れたと聞いたのでついでに買ってきたそうだ。
年に一度の打ち上げ花火は毎年見ているが、手持ちの花火はいつ以来か。
煙管を灰草盆に伏せたゴエモンは膝をぽんと叩いた。
「風流でいいねえ。よし、やるか」
「裏口に用意してあるから、そっちに回ってきてくれますか」
「なんでい、それならうちから出ればいいじゃねえか」
わざわざ自分の家へ戻ってから裏口に回ることはないと呼び止めた。それもそうだと、キリカは家に上がらせてもらい、草履を揃えて手に持つ。
裏口に古びた桶と蝋燭に火打石と手持ち花火が用意されていた。随分とぼろぼろな桶のようだが、中の水は漏れていないようだった。
微風が吹いていた。この程度なら蝋燭の火が吹き消される心配も無い。この時代では空き缶や瓶などで囲いを作れないので、気まぐれな風から火を守ることが出来ない。桶はあるが、鉄ではない為に燃え移ってしまう恐れがある。
ゴエモンは火打石を打ち鳴らし、ガマの穂で火口を作った。それを蝋燭に近付けるとぽっと明るい火が灯った。
少量の蝋が溶けるのを待ち、蝋燭を傾けて地面に一滴、二滴と蝋を垂らす。そこへ蝋燭の根元を押し付けて直立させた。
僅かに風で火が揺れているが消えることは無いだろう。
「ゴエモンさん、火を点けるのがお上手ですね。私まだ上手く使えなくて」
「ちょっとしたコツがいるんだ。今度教えてやるよ」
「お願いしますね」
紙を軸にした花火を手に持ち、先端の遊び紙を火に近づける。
じじっと紙が燃える。炎は徐々に手前に燃え移り、やがて鮮やかな光が噴出した。
白、黄、赤と変化を経て燃え尽きた。燃え落ちた花火を桶の中へ入れるとじゅっと火の気が完全に消えた音がした。
「打ち上げ花火もいいけれど、こうしてやる花火も良いですね」
「そうだなあ。だが、花火なんて高かったんじゃねえかい?」
「万屋のご主人が少しまけてくれたんです。これからもご贔屓にって」
万屋の主人はやけにキリカのことを気に入っているようだった。以前も行商人に想いを告げられたことがある。
見目は良く、気立ても良い。故に好いている者がまだ他にもいる可能性は充分に高い。
これは目を離せないとしかめ面をしていた。青い光を噴出していた花火が消えた。
「何年ぶりだろう。懐かしい」
「そんなに長い事やってねえのか」
「成人するまでは親や友達と一緒に。でも、大人になってからは全くしなくなりました」
キリカの時代では二十歳で成人とみなされる。随分遅いものだと驚いたものだった。江戸時代では早くて十三で成人する。
また成人の儀式も未来では一風変わったものになっていた。成人式という場を設け、袴や晴れ着で出向くそうだ。
着物はそのような特別な時にしか着なくなったということにもゴエモンは驚いていた。
「一人で花火をする気にはなれないし、中々機会が無かったんです」
「今日が久しぶりってわけだ。良かったな」
「はい」
花火の光に照らされた顔は嬉しそうに笑っていた。童心を思い返しているのか、その顔が幼く見える。
次々と鮮やかな色を発し、花火はあっという間に燃え尽きていく。溶けた蝋が根元の周りで固まっている。
線香花火を摘み、その場にしゃがんでゆっくりと火に近づけた。一瞬にして火が燃え移り、眩い閃光を上げた後に先端が小さな火の塊と化す。
じじじっと音を立ててぱちぱちと火花を散らし始めた。火の塊が落ちないようにゆっくりと腕を動かす。
ぱちっ、ぱちと弾ける線香花火を二人はじっと見つめていた。
「線香花火を見ていると、切なくなるのはどうしてなんでしょうね」
「さあてねえ。おっと」
地面に火の塊がぽとりと落ちた。二本目の線香花火を手にし、火へ近づける。先程よりも小さな火がじじっと弾け出した。
その火を見つめていると確かに感傷的な気分に陥りそうだ。釜戸の火や焚き火を見てもそうはならないのだが。単に大きさが関係しているのだろうか。
こんな時、思いもしない言葉が口から出てくるもの。
「なあ、キリカ。本当に此処に残っちまって良かったのか?」
「…急にどうしたんですか?」
「半ば無理やり引き留めちまったからよ。後悔、してるんじゃねえかと思ってな」
呆然とした視線がゴエモンに向けられた。しかし、すぐに彼はその考えを振り払って苦笑いを浮かべる。
「…なんてな。こいつのせいでちいとばっかし感傷的になっ」
頬に小さな唇が寄せられた。触れるだけの口付けに今度はゴエモンが呆然としてしまう。
線香花火の火はいつの間にか落ちてしまっていた。傍で笑うキリカの線香花火も落ちていた。
「後悔なんてしていませんよ。自分の意思で此処に残ると決めたんですから」
「キリカ」
「ゴエモンさんと一緒に居たいから、私は此処に居るんです」
心の底から慕っていると照れ笑いを浮かべている。出し抜けに浮かんだ先の悩みは消えていった。
無性に愛しいと感じたキリカの頬に手を当て、口付ける。煙草の味と香りがキリカの鼻先にふわりと薫った。
名残惜しいながらも顔を遠ざけ、額を合わせて互いに笑いあっていた。
煙管から吸い込んだ煙をふうと吹き出した。それは空気中にゆらゆらと漂い、天井に届かないうちに消えていく。
行灯の明かりが隙間風にちらちらと揺れている。雁首を軽く叩いて煙草盆に灰をぽんと落とした。
とんとん、と戸を叩く音にゴエモンは首を傾ける。それに応えると、戸口に人影が現れた。
辺りは薄暗く、完全な夜は訪れていない。まだ視界に頼れる時間帯にキリカが尋ねてきたようだ。
先程まで仕事で留守にしていたので、キリカと会うのは朝以来だ。
「こんばんは」
「おう。どうしたんでい?」
「花火やりませんか?」
「花火?」
「万屋さんから頂いたんです。良かったら一緒にどうかと思いまして」
昼間に買い物へ行った際、花火を仕入れたと聞いたのでついでに買ってきたそうだ。
年に一度の打ち上げ花火は毎年見ているが、手持ちの花火はいつ以来か。
煙管を灰草盆に伏せたゴエモンは膝をぽんと叩いた。
「風流でいいねえ。よし、やるか」
「裏口に用意してあるから、そっちに回ってきてくれますか」
「なんでい、それならうちから出ればいいじゃねえか」
わざわざ自分の家へ戻ってから裏口に回ることはないと呼び止めた。それもそうだと、キリカは家に上がらせてもらい、草履を揃えて手に持つ。
裏口に古びた桶と蝋燭に火打石と手持ち花火が用意されていた。随分とぼろぼろな桶のようだが、中の水は漏れていないようだった。
微風が吹いていた。この程度なら蝋燭の火が吹き消される心配も無い。この時代では空き缶や瓶などで囲いを作れないので、気まぐれな風から火を守ることが出来ない。桶はあるが、鉄ではない為に燃え移ってしまう恐れがある。
ゴエモンは火打石を打ち鳴らし、ガマの穂で火口を作った。それを蝋燭に近付けるとぽっと明るい火が灯った。
少量の蝋が溶けるのを待ち、蝋燭を傾けて地面に一滴、二滴と蝋を垂らす。そこへ蝋燭の根元を押し付けて直立させた。
僅かに風で火が揺れているが消えることは無いだろう。
「ゴエモンさん、火を点けるのがお上手ですね。私まだ上手く使えなくて」
「ちょっとしたコツがいるんだ。今度教えてやるよ」
「お願いしますね」
紙を軸にした花火を手に持ち、先端の遊び紙を火に近づける。
じじっと紙が燃える。炎は徐々に手前に燃え移り、やがて鮮やかな光が噴出した。
白、黄、赤と変化を経て燃え尽きた。燃え落ちた花火を桶の中へ入れるとじゅっと火の気が完全に消えた音がした。
「打ち上げ花火もいいけれど、こうしてやる花火も良いですね」
「そうだなあ。だが、花火なんて高かったんじゃねえかい?」
「万屋のご主人が少しまけてくれたんです。これからもご贔屓にって」
万屋の主人はやけにキリカのことを気に入っているようだった。以前も行商人に想いを告げられたことがある。
見目は良く、気立ても良い。故に好いている者がまだ他にもいる可能性は充分に高い。
これは目を離せないとしかめ面をしていた。青い光を噴出していた花火が消えた。
「何年ぶりだろう。懐かしい」
「そんなに長い事やってねえのか」
「成人するまでは親や友達と一緒に。でも、大人になってからは全くしなくなりました」
キリカの時代では二十歳で成人とみなされる。随分遅いものだと驚いたものだった。江戸時代では早くて十三で成人する。
また成人の儀式も未来では一風変わったものになっていた。成人式という場を設け、袴や晴れ着で出向くそうだ。
着物はそのような特別な時にしか着なくなったということにもゴエモンは驚いていた。
「一人で花火をする気にはなれないし、中々機会が無かったんです」
「今日が久しぶりってわけだ。良かったな」
「はい」
花火の光に照らされた顔は嬉しそうに笑っていた。童心を思い返しているのか、その顔が幼く見える。
次々と鮮やかな色を発し、花火はあっという間に燃え尽きていく。溶けた蝋が根元の周りで固まっている。
線香花火を摘み、その場にしゃがんでゆっくりと火に近づけた。一瞬にして火が燃え移り、眩い閃光を上げた後に先端が小さな火の塊と化す。
じじじっと音を立ててぱちぱちと火花を散らし始めた。火の塊が落ちないようにゆっくりと腕を動かす。
ぱちっ、ぱちと弾ける線香花火を二人はじっと見つめていた。
「線香花火を見ていると、切なくなるのはどうしてなんでしょうね」
「さあてねえ。おっと」
地面に火の塊がぽとりと落ちた。二本目の線香花火を手にし、火へ近づける。先程よりも小さな火がじじっと弾け出した。
その火を見つめていると確かに感傷的な気分に陥りそうだ。釜戸の火や焚き火を見てもそうはならないのだが。単に大きさが関係しているのだろうか。
こんな時、思いもしない言葉が口から出てくるもの。
「なあ、キリカ。本当に此処に残っちまって良かったのか?」
「…急にどうしたんですか?」
「半ば無理やり引き留めちまったからよ。後悔、してるんじゃねえかと思ってな」
呆然とした視線がゴエモンに向けられた。しかし、すぐに彼はその考えを振り払って苦笑いを浮かべる。
「…なんてな。こいつのせいでちいとばっかし感傷的になっ」
頬に小さな唇が寄せられた。触れるだけの口付けに今度はゴエモンが呆然としてしまう。
線香花火の火はいつの間にか落ちてしまっていた。傍で笑うキリカの線香花火も落ちていた。
「後悔なんてしていませんよ。自分の意思で此処に残ると決めたんですから」
「キリカ」
「ゴエモンさんと一緒に居たいから、私は此処に居るんです」
心の底から慕っていると照れ笑いを浮かべている。出し抜けに浮かんだ先の悩みは消えていった。
無性に愛しいと感じたキリカの頬に手を当て、口付ける。煙草の味と香りがキリカの鼻先にふわりと薫った。
名残惜しいながらも顔を遠ざけ、額を合わせて互いに笑いあっていた。