がんばれゴエモン
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迷い子
「いやあほんまキリカはんの手料理は美味いですわ」
「有難うございます。おかわりありますからね」
「ほんまでっか?じゃあ遠慮なくいただきまっせ」
ついさっきまでどんぶりに大盛りだった白米はあっという間に空になっていた。
食欲旺盛とは聞いていたが、ぺろりと平らげてしまう様にキリカは思わずお茶を零しそうになった。そのスピードがまた速い速い。噛まずに飲み込んでいるのか、お腹を壊すのではないかと心配もしていた。
しかしエビス丸は顔色一つ変えずに食べていた。それを呆然と見ているとゴエモンが「いつものことだ」と言っていた。
毎度食事時にエビス丸がやって来る。そうぼやいていたゴエモンは用事で出かけていた。
どんぶりに白米を山盛りにして、待ちかねているエビス丸に手渡す。これまた物凄い速さで食べるものだから、二人分のご飯が残れば良いのだが。お釜を覗き込むと丁度二人分が残っていた。エビス丸がひょいひょいと摘んでいる肉じゃがもなんとか二人分残っている。
「こんな美味い飯が毎日食えるゴエモンはんが憎いですわあ」
「毎日というわけじゃないですけどね」
「せやかてこーんな料理が上手くてべっぴんな嫁さん、そうそうおりまへんで」
「嫁さんって、そんな」
「ほに?ちゃいますん?」
嫁に行くという考えは頭に無かった。だがこの時代に残った以上、この地でいずれ身を固めなければならない。
しかし、この歳ではどうしても考え難いものがある。まだ二十代前半であるし、付き合って間もない。確かに同年代の友人から結婚式の招待状は貰った事はある。花嫁姿の友人はとても幸せそうにしていた。だからといって、直ぐに気持ちを決めるには躊躇ってしまう。
好きなのかと問われれば、肯定する。だがしかし。
そんな事を考えているうちに思考がぐるぐると回り出していた。頭がかあっと熱くなり、自分でも何を考えているのかわからなくなってくる。
「キリカはん、どないしたんでっか」
声をかけられた拍子に両頬を手の平で押さえて、玄関口へ飛び出していく。
そこで丁度帰ってきたゴエモンと鉢合わせたのだが、顔を見るなり真っ赤になって、走り去ってしまった。
ゴエモンは何かあったのかと首を傾げ、どんぶり茶碗から白米をかきこむエビス丸に尋ねた。
「エビス丸、おめえまた何かしでかしたのか」
「わてはなーんにもしておまへん。ただ、キリカはんの作る飯は美味いでんなあと誉めただけですわ」
*
水面が光を受けてきらきらと反射している。淀みのない川は涼しげな音を立てて流れていく。キリカはその川岸で膝を抱えて座っていた。
勢い余って飛び出してきたのはいいが、走りに走って見知らぬ場所まで来てしまった。川の側にある欄干橋の名前は擦れていて読めない。川伝いに少し歩いてはみたが、この方向で合っているのか心配になり、その場に座り込んでしまった。誰かに道を尋ねたくとも運悪く、辺りには人が見当たらない。
まだ明るいというのに段々と心細くなってきた。膝を抱え込んで、すっかり熱が引いた顔を埋めた。
遠い未来で過ごしているあの人は元気だろうか。記憶の欠片が徐々に繋がり始め、今では殆ど記憶が戻っていた。その中には多くの時間を共有していた恋人の面影もある。それでも浮かない表情をしている理由は既に心と心が通わなくなったからである。どうせならば思い出さなければ良かった、そう願えども思い出すのはその人の事ばかり。
今の気持ちに拍車をかけるように気分が重くなる。
これからどうしようかとキリカはすっかり途方に暮れてしまっていた。
人恋しくなったのか、ぽつりと愛しい人の名前を呟く。
「呼んだかい?」
顔をがばりと上げるとそこにゴエモンが立っていた。まさかここに現れるとは思ってもいない。真ん丸の目で見上げていれば、彼はどうしたのかと笑う。
「こんな所で何してんだ?」
「あ、その…迷子になってしまって」
迷子になった経緯はお茶を濁すように話した。それに対して深追いをせずに、ゴエモンは顎に手を当てて辺りを見渡す。そして不思議そうにキリカに尋ねた。
「迷子ねえ…ここ、近所の川原なんだけどな」
「え?」
ほら、と示された川の向こう側には民家の並びが見えた。よくよく見れば町人も歩いている。
キリカはぱちぱちと目を瞬かせ、自分の勘違いだと知ると急に恥ずかしさが込み上げてきた。
どうやら普段見慣れている川原の反対側へ渡ってしまったようだ。人は混乱に陥ると周りがよく見えなくなると言うが、これはあまりにも恥ずかしい。
「ま、無事で何よりだ」
「すみません。…でも、どうして私の居場所がわかったんですか」
「そりゃあ、な。どこに居ようと迎えに行ってやるぜ」
大きなごつごつとした手の平が頭を撫でる。途端にキリカの目に涙がじわりと滲んだ。
それを見たゴエモンが驚いて手を離し、その手を肩に置いた。
「おっおい、泣くほど心細かったのか?」
静かに頭を横へ振る。心細いという気持ちよりも、今度は嬉しさが込み上げていた。
すぐにその涙は乾いたが、ゴエモンの胸にそっと寄り添った。
こんなにも寂しい気持ちにさせてしまったのかとその肩を抱き寄せる。
「迷子になっても必ず見つけてやっからよ。心配すんなって」
「うん」
「いやあほんまキリカはんの手料理は美味いですわ」
「有難うございます。おかわりありますからね」
「ほんまでっか?じゃあ遠慮なくいただきまっせ」
ついさっきまでどんぶりに大盛りだった白米はあっという間に空になっていた。
食欲旺盛とは聞いていたが、ぺろりと平らげてしまう様にキリカは思わずお茶を零しそうになった。そのスピードがまた速い速い。噛まずに飲み込んでいるのか、お腹を壊すのではないかと心配もしていた。
しかしエビス丸は顔色一つ変えずに食べていた。それを呆然と見ているとゴエモンが「いつものことだ」と言っていた。
毎度食事時にエビス丸がやって来る。そうぼやいていたゴエモンは用事で出かけていた。
どんぶりに白米を山盛りにして、待ちかねているエビス丸に手渡す。これまた物凄い速さで食べるものだから、二人分のご飯が残れば良いのだが。お釜を覗き込むと丁度二人分が残っていた。エビス丸がひょいひょいと摘んでいる肉じゃがもなんとか二人分残っている。
「こんな美味い飯が毎日食えるゴエモンはんが憎いですわあ」
「毎日というわけじゃないですけどね」
「せやかてこーんな料理が上手くてべっぴんな嫁さん、そうそうおりまへんで」
「嫁さんって、そんな」
「ほに?ちゃいますん?」
嫁に行くという考えは頭に無かった。だがこの時代に残った以上、この地でいずれ身を固めなければならない。
しかし、この歳ではどうしても考え難いものがある。まだ二十代前半であるし、付き合って間もない。確かに同年代の友人から結婚式の招待状は貰った事はある。花嫁姿の友人はとても幸せそうにしていた。だからといって、直ぐに気持ちを決めるには躊躇ってしまう。
好きなのかと問われれば、肯定する。だがしかし。
そんな事を考えているうちに思考がぐるぐると回り出していた。頭がかあっと熱くなり、自分でも何を考えているのかわからなくなってくる。
「キリカはん、どないしたんでっか」
声をかけられた拍子に両頬を手の平で押さえて、玄関口へ飛び出していく。
そこで丁度帰ってきたゴエモンと鉢合わせたのだが、顔を見るなり真っ赤になって、走り去ってしまった。
ゴエモンは何かあったのかと首を傾げ、どんぶり茶碗から白米をかきこむエビス丸に尋ねた。
「エビス丸、おめえまた何かしでかしたのか」
「わてはなーんにもしておまへん。ただ、キリカはんの作る飯は美味いでんなあと誉めただけですわ」
*
水面が光を受けてきらきらと反射している。淀みのない川は涼しげな音を立てて流れていく。キリカはその川岸で膝を抱えて座っていた。
勢い余って飛び出してきたのはいいが、走りに走って見知らぬ場所まで来てしまった。川の側にある欄干橋の名前は擦れていて読めない。川伝いに少し歩いてはみたが、この方向で合っているのか心配になり、その場に座り込んでしまった。誰かに道を尋ねたくとも運悪く、辺りには人が見当たらない。
まだ明るいというのに段々と心細くなってきた。膝を抱え込んで、すっかり熱が引いた顔を埋めた。
遠い未来で過ごしているあの人は元気だろうか。記憶の欠片が徐々に繋がり始め、今では殆ど記憶が戻っていた。その中には多くの時間を共有していた恋人の面影もある。それでも浮かない表情をしている理由は既に心と心が通わなくなったからである。どうせならば思い出さなければ良かった、そう願えども思い出すのはその人の事ばかり。
今の気持ちに拍車をかけるように気分が重くなる。
これからどうしようかとキリカはすっかり途方に暮れてしまっていた。
人恋しくなったのか、ぽつりと愛しい人の名前を呟く。
「呼んだかい?」
顔をがばりと上げるとそこにゴエモンが立っていた。まさかここに現れるとは思ってもいない。真ん丸の目で見上げていれば、彼はどうしたのかと笑う。
「こんな所で何してんだ?」
「あ、その…迷子になってしまって」
迷子になった経緯はお茶を濁すように話した。それに対して深追いをせずに、ゴエモンは顎に手を当てて辺りを見渡す。そして不思議そうにキリカに尋ねた。
「迷子ねえ…ここ、近所の川原なんだけどな」
「え?」
ほら、と示された川の向こう側には民家の並びが見えた。よくよく見れば町人も歩いている。
キリカはぱちぱちと目を瞬かせ、自分の勘違いだと知ると急に恥ずかしさが込み上げてきた。
どうやら普段見慣れている川原の反対側へ渡ってしまったようだ。人は混乱に陥ると周りがよく見えなくなると言うが、これはあまりにも恥ずかしい。
「ま、無事で何よりだ」
「すみません。…でも、どうして私の居場所がわかったんですか」
「そりゃあ、な。どこに居ようと迎えに行ってやるぜ」
大きなごつごつとした手の平が頭を撫でる。途端にキリカの目に涙がじわりと滲んだ。
それを見たゴエモンが驚いて手を離し、その手を肩に置いた。
「おっおい、泣くほど心細かったのか?」
静かに頭を横へ振る。心細いという気持ちよりも、今度は嬉しさが込み上げていた。
すぐにその涙は乾いたが、ゴエモンの胸にそっと寄り添った。
こんなにも寂しい気持ちにさせてしまったのかとその肩を抱き寄せる。
「迷子になっても必ず見つけてやっからよ。心配すんなって」
「うん」