がんばれゴエモン
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
もう気づいている
雀の声が頭上から聞こえた。長屋の屋根の上に遊びに来ているのだろう。
ちゅん、ちゅんとしきりに鳴いている。ゴエモンが戸を開けると、それに驚いた雀が空へ飛び立った。
昨夜は厚い雲が空全体を覆っていたが、夜中の間に西へ流れていったようだ。
薄い水色の空には雨雲の名残があちらこちらに浮かんでいた。一片の細長い雲がすうっと伸びていく。
隣の家の戸を軽く叩く音が聞こえた。それは内側から聞こえる。
戸を叩くにしては不規則で弱い叩き方だ。しかも家の内からとは奇妙なもの。
ゴエモンが玄関先へ立つと、からりと戸が開いた。そこで出てきたキリカとはたと目が合う。
「あ、ゴエモンさん。こんにちは」
「よお。足はもういいのかい?」
先日、キリカは右足首に怪我を負うはめになった。出血はさほど酷くは無く、創傷も深部に達するものではなかった。
サスケが念入りに傷の手当をし、丁寧に包帯を巻いた。それから毎日朝晩包帯を取り替えている。それもサスケが行っていた。
キリカの足首にはまだ包帯が巻かれている。数日は安静にしているようにと、耳にタコが出来る程言い聞かされていたはず。
現にまだ不自由な為か、戸枠に寄りかかるようにしがみついている。
「ちょっと外の空気を吸いたくて」
ここしばらくの間、室内にずっと居たせいか気が滅入っていた。朝晩や昼間はゴエモンやサスケ、エビス丸が尋ねてきていたので、退屈はしない。だが、それが常にというわけにはいかないもの。
用事があればそちらに出向いていく。今もサスケは緑茶を買いに出かけていた。
玄関の段差を越えようと、右足を持ち上げた。だがその拍子にぐらりとキリカは体勢を崩す。
傾く身体へ咄嗟に腕を伸ばし、ゴエモンはキリカを抱き留めた。
おかげで地面へと倒れる事も無く、右足に軽い痛みを感じただけで済んだのだが。
思いもよらぬ接近に二人は息を潜めていた。どの位の間視線を合わせていたかはわからない。
気がつけば同時に視線を外していた。頬を桃色に染め上げ、掛ける言葉が見つからない状態に陥っている。
互いに早鐘を打つ心臓の鼓動を覚られぬよう、距離を取ろうとした。だが、その際にキリカが足をもつらせてしまったので、近くの長椅子まで手を貸した。
「ありがとうゴエモンさん。お出掛け、するんですか?」
「あ、ああ。ちょいと仕事の依頼が入っててな」
ふいと逸らした視線は後ろめたさがある。しかしそれに疑わしい目を向けず、微笑を浮かべるキリカ。
どんな仕事なのかは想像がつかないが、自分に出来る事は笑顔で送り出すことだ。
「気をつけて行ってきてくださいね」
「ああ、行ってくるぜ」
照れ笑いを一つ。ゴエモンは片手をひらりと振って長屋を後にした。
その後姿が見えなくなったところで、両腕を空に向けて背中を伸ばす。
見上げた空は瑞々しい色をしており、気分までもが爽快になりそうだと笑みを零した。
東の空に猫の顔をした形の雲が浮かんでいる。ゆっくりと風に吹かれる様をゆっくりと目で追い続ける。
猫の雲でキリカは思い出した。最近トラ次郎の姿を見かけない。別のねぐらに移ったのだろうか。
空をぼうっと眺めているうちに、雲の形は徐々に形を崩し、風に吹かれていった。
「あっ!」
買い物から戻ってきたサスケが声をあげた。両手にはしっかりと紙袋が抱えられている。
家の中で待っているはずのキリカが外へ出ている。無理をして出てきたのかと眉をひそめた。
「お帰りなさい、サスケさん」
「ただいまでござる。…そうではなく、無理をしたら駄目でござる!」
「大丈夫、ゴエモンさんに支えてもらったから」
「…そうでござったか。今お茶を淹れてくるでござる」
以前に不注意で吹き飛ばしてしまった釜戸は使えるように修復してある。
サスケはその釜戸で湯を沸かし、お茶の用意をする。今度は釜戸の火に何も入らぬようにと気を配っていた。
湯を沸かす間に茶葉と共に買ってきたお茶請けの団子を皿に用意する。
沸いた湯を急須に注ぎ、丸いお盆の上にそれと湯呑み二つと茶菓子を乗せた。
外の長椅子へお盆を運び、キリカの隣へそれを置いた。丁度お盆を挟むように二人は腰掛けている。
湯呑みに注がれた緑茶が熱い湯気と薫りを引き立てた。
「良い薫り」
「良い緑茶が手に入ったのでござる。…これは美味い」
茶の薫りが安らぎを与えてくれる。緑茶の薫りが胸一杯に染み渡るような気がした。
空の高い位置で鳶がぐるぐると輪を描いていた。螺旋を描くように飛び、やがて視界から消えていく。
「キリカ殿」
「なあに、サスケさん」
「キリカ殿はゴエモン殿を好いているのでござるか?」
ちょうど飲み込んだ緑茶が喉の奥で立ち止まり、驚きのあまりか気管へ入り込もうとした。
その軌道を無理に修正し、食道へ導く。難を逃れはしたが、僅かな飛沫が気管に入ってしまったようで、キリカは咳き込んでいた。
サスケは背中を上下にさすり、大丈夫かと声をかける。ようやく咳が落ち着いたところで、茶を一口。
「図星でござるな」
「きっ急に何を言うのサスケさん」
「顔が真っ赤でござるよキリカ殿」
暑さで顔が火照っている、という理由は使えそうにない。それほどキリカの顔は真っ赤になっていた。
熱を帯びた頬を手の平で覆い、早く冷めないかと熱を逃がしている。その様子を笑うでも、否定することもなく、ただサスケは横で緑茶を味わっていた。
湯呑みの中身が半分程減ったところで、皿の上の団子の串をひょいと摘む。
「淋しくなるでござるな」
「どうして…?」
「若しもお二人が恋仲になれば、拙者達は蚊帳の外。そうでなくとも、キリカ殿が未来に帰られたら…淋しくなるでござる」
天気の良い悪いに関わらず、茶を飲んでは話に華を咲かせる毎日を過ごしてきた。
多くの日はキリカの家で、偶の日にはゴエモンの家で。居間の囲炉裏を囲み、三人ないし四人で笑い合う。
此処に来てから顔が痛くなるほど笑うことが多かったとキリカは思い返す。この時代での思い出をたくさん作っておこう、そう決めていたからだ。そして、それを教えてくれた人間にいつしか恋心を抱くようになって、幾日が過ぎたか。
頭を項垂れるサスケの表情は固い。からくり故に、感情を豊かに表すことは出来ない。
だが、今この表情はとても悲しそうにしていると、キリカにはそう思えた。
前者は否定することが出来た。もし、思いが通じようとも今まで和気藹々としてきた友人達を蚊帳の外にするはずもない。だが、それを言葉にするこ
とが出来ずにいた。
後者は否定することも出来ず、帰らないとは言い切れない。自分はいずれ帰るべきだと思っているからだ。
用意された答えはあまりにも残酷で、相手に伝えることが出来ない。
言葉の代わりにキリカはサスケの頭にそっと手を置いた。こちらを見上げるサスケに「ごめんね」と一言だけ伝えた。
*
あんみつ屋の店先に、紫の忍び装束を着た長髪の女性が立っていた。
通り行く人の中からゴエモンを見つけると、名前を呼んで手を振る。
「ヤエちゃんじゃねえか。…あれ、おみっちゃん見かけなかったか?」
店に来て欲しいと伝言を預かったので来たはいいが、店先にも店内にもおみつの姿は見当たらない。
「おみつさんなら出前に出ていていないわよ。ゴエモンさんを呼んだのは私だもの」
「なんだって?」
「あら、私とのお茶じゃご不満かしら」
「そんなことはねえけどよ」
伝言を預かってきたのはサスケだった。どうやら二人が事前に打ち合わせをしていたようだ。
ヤエは店先の長椅子に座り、店主に団子を二人前頼んだ。この時間帯は店が空いているようで、すぐに茶と団子が運ばれてきた。
「それで、おいらに何か用かい?」
「特に用事はないわ。…あ、そうそう。これキリカさんに渡しておいてくれないかしら」
「なんでい」
「この時代に来た時、行方知らずになってた鞄の中身だそうよ。物知りじいさんから預かってきたの」
小さな赤い風呂敷包みをヤエから受け取り、脇に置いた。随分と軽いが、何が入っているのか。
それにしても、キリカの事をヤエが知っているとは思わなかった。先日助けに駆けつけたのも理由を知っているからだったのだろう。
団子を頬張る。あんみつ屋の団子はいつ食べても美味しい物だ。
「全部お見通しってわけかい」
「個人的に気になったから調べただけよ。それと、ゴエモンさんの気持ちもお見通しよ」
団子が喉に詰まった。ヤエはどんどんと胸を叩くゴエモンに茶を渡す。一気に茶を流し込んだおかげで、団子は食道を通り抜けて胃に収まった。
咳き込みながらヤエを睨みつけたのだが、どうも効果は無いようだった。ヤエは意地悪そうに笑っている。
「駄目じゃない、仕事だなんて嘘ついて逢引に出てくるなんて」
「あ、あれは…」
非常にバツが悪い。自分とて嘘をついてきたことは後ろめたい気持ちで一杯である。
正直に話したところで誤解をされたくないというのが本心。しかし無下におみつの誘いを断る事も出来ずにいたというわけだ。
「キリカさんに伝えておこうかしら。ゴエモンさんは女たらしだってこと」
「やっヤエちゃん…!」
「冗談よ」
たじたじと慌てる様を実に愉快そうに笑うヤエ。やがて機嫌を損ねたゴエモンは残っているお茶をぐいと飲み干した。店主にもう一杯と声をかける。
「冗談はさておき。言わないの?」
「…何を」
「わかってるくせに。もうそろそろ、キリカさん帰るんじゃないかしら」
これは私の憶測だけれど。一つになった団子の串を片手にヤエがそう言った。
なみなみと注がれた茶を見つめ、ゴエモンは押し黙る。
「物腰が柔らかそうな人だけど、意思は強そうだもの。転送装置が直って、記憶が戻ったら…」
確実に未来へ帰る。それは重々承知していた。それならば、しがらみは無い方が良い。
帰りたいという気持ちを宥める権利は無いのだから。
「ねえ、ゴエモンさん。キリカさんが帰ってしまったら、二度と会えないのよ」
「んなことわかってらあ」
「伝えたい事は伝えておいた方がいいんじゃないかしら」
長屋に居るキリカの姿が頭に浮かんだ。組んだ膝に肘をつき、顎を乗せる。
店に二人の客が入っていくのが目に映った。人知れず溜息をついたが、隣に聞こえてしまっていた。
これは重症だと聞かぬふりをしてヤエは茶を飲む。
雀の声が頭上から聞こえた。長屋の屋根の上に遊びに来ているのだろう。
ちゅん、ちゅんとしきりに鳴いている。ゴエモンが戸を開けると、それに驚いた雀が空へ飛び立った。
昨夜は厚い雲が空全体を覆っていたが、夜中の間に西へ流れていったようだ。
薄い水色の空には雨雲の名残があちらこちらに浮かんでいた。一片の細長い雲がすうっと伸びていく。
隣の家の戸を軽く叩く音が聞こえた。それは内側から聞こえる。
戸を叩くにしては不規則で弱い叩き方だ。しかも家の内からとは奇妙なもの。
ゴエモンが玄関先へ立つと、からりと戸が開いた。そこで出てきたキリカとはたと目が合う。
「あ、ゴエモンさん。こんにちは」
「よお。足はもういいのかい?」
先日、キリカは右足首に怪我を負うはめになった。出血はさほど酷くは無く、創傷も深部に達するものではなかった。
サスケが念入りに傷の手当をし、丁寧に包帯を巻いた。それから毎日朝晩包帯を取り替えている。それもサスケが行っていた。
キリカの足首にはまだ包帯が巻かれている。数日は安静にしているようにと、耳にタコが出来る程言い聞かされていたはず。
現にまだ不自由な為か、戸枠に寄りかかるようにしがみついている。
「ちょっと外の空気を吸いたくて」
ここしばらくの間、室内にずっと居たせいか気が滅入っていた。朝晩や昼間はゴエモンやサスケ、エビス丸が尋ねてきていたので、退屈はしない。だが、それが常にというわけにはいかないもの。
用事があればそちらに出向いていく。今もサスケは緑茶を買いに出かけていた。
玄関の段差を越えようと、右足を持ち上げた。だがその拍子にぐらりとキリカは体勢を崩す。
傾く身体へ咄嗟に腕を伸ばし、ゴエモンはキリカを抱き留めた。
おかげで地面へと倒れる事も無く、右足に軽い痛みを感じただけで済んだのだが。
思いもよらぬ接近に二人は息を潜めていた。どの位の間視線を合わせていたかはわからない。
気がつけば同時に視線を外していた。頬を桃色に染め上げ、掛ける言葉が見つからない状態に陥っている。
互いに早鐘を打つ心臓の鼓動を覚られぬよう、距離を取ろうとした。だが、その際にキリカが足をもつらせてしまったので、近くの長椅子まで手を貸した。
「ありがとうゴエモンさん。お出掛け、するんですか?」
「あ、ああ。ちょいと仕事の依頼が入っててな」
ふいと逸らした視線は後ろめたさがある。しかしそれに疑わしい目を向けず、微笑を浮かべるキリカ。
どんな仕事なのかは想像がつかないが、自分に出来る事は笑顔で送り出すことだ。
「気をつけて行ってきてくださいね」
「ああ、行ってくるぜ」
照れ笑いを一つ。ゴエモンは片手をひらりと振って長屋を後にした。
その後姿が見えなくなったところで、両腕を空に向けて背中を伸ばす。
見上げた空は瑞々しい色をしており、気分までもが爽快になりそうだと笑みを零した。
東の空に猫の顔をした形の雲が浮かんでいる。ゆっくりと風に吹かれる様をゆっくりと目で追い続ける。
猫の雲でキリカは思い出した。最近トラ次郎の姿を見かけない。別のねぐらに移ったのだろうか。
空をぼうっと眺めているうちに、雲の形は徐々に形を崩し、風に吹かれていった。
「あっ!」
買い物から戻ってきたサスケが声をあげた。両手にはしっかりと紙袋が抱えられている。
家の中で待っているはずのキリカが外へ出ている。無理をして出てきたのかと眉をひそめた。
「お帰りなさい、サスケさん」
「ただいまでござる。…そうではなく、無理をしたら駄目でござる!」
「大丈夫、ゴエモンさんに支えてもらったから」
「…そうでござったか。今お茶を淹れてくるでござる」
以前に不注意で吹き飛ばしてしまった釜戸は使えるように修復してある。
サスケはその釜戸で湯を沸かし、お茶の用意をする。今度は釜戸の火に何も入らぬようにと気を配っていた。
湯を沸かす間に茶葉と共に買ってきたお茶請けの団子を皿に用意する。
沸いた湯を急須に注ぎ、丸いお盆の上にそれと湯呑み二つと茶菓子を乗せた。
外の長椅子へお盆を運び、キリカの隣へそれを置いた。丁度お盆を挟むように二人は腰掛けている。
湯呑みに注がれた緑茶が熱い湯気と薫りを引き立てた。
「良い薫り」
「良い緑茶が手に入ったのでござる。…これは美味い」
茶の薫りが安らぎを与えてくれる。緑茶の薫りが胸一杯に染み渡るような気がした。
空の高い位置で鳶がぐるぐると輪を描いていた。螺旋を描くように飛び、やがて視界から消えていく。
「キリカ殿」
「なあに、サスケさん」
「キリカ殿はゴエモン殿を好いているのでござるか?」
ちょうど飲み込んだ緑茶が喉の奥で立ち止まり、驚きのあまりか気管へ入り込もうとした。
その軌道を無理に修正し、食道へ導く。難を逃れはしたが、僅かな飛沫が気管に入ってしまったようで、キリカは咳き込んでいた。
サスケは背中を上下にさすり、大丈夫かと声をかける。ようやく咳が落ち着いたところで、茶を一口。
「図星でござるな」
「きっ急に何を言うのサスケさん」
「顔が真っ赤でござるよキリカ殿」
暑さで顔が火照っている、という理由は使えそうにない。それほどキリカの顔は真っ赤になっていた。
熱を帯びた頬を手の平で覆い、早く冷めないかと熱を逃がしている。その様子を笑うでも、否定することもなく、ただサスケは横で緑茶を味わっていた。
湯呑みの中身が半分程減ったところで、皿の上の団子の串をひょいと摘む。
「淋しくなるでござるな」
「どうして…?」
「若しもお二人が恋仲になれば、拙者達は蚊帳の外。そうでなくとも、キリカ殿が未来に帰られたら…淋しくなるでござる」
天気の良い悪いに関わらず、茶を飲んでは話に華を咲かせる毎日を過ごしてきた。
多くの日はキリカの家で、偶の日にはゴエモンの家で。居間の囲炉裏を囲み、三人ないし四人で笑い合う。
此処に来てから顔が痛くなるほど笑うことが多かったとキリカは思い返す。この時代での思い出をたくさん作っておこう、そう決めていたからだ。そして、それを教えてくれた人間にいつしか恋心を抱くようになって、幾日が過ぎたか。
頭を項垂れるサスケの表情は固い。からくり故に、感情を豊かに表すことは出来ない。
だが、今この表情はとても悲しそうにしていると、キリカにはそう思えた。
前者は否定することが出来た。もし、思いが通じようとも今まで和気藹々としてきた友人達を蚊帳の外にするはずもない。だが、それを言葉にするこ
とが出来ずにいた。
後者は否定することも出来ず、帰らないとは言い切れない。自分はいずれ帰るべきだと思っているからだ。
用意された答えはあまりにも残酷で、相手に伝えることが出来ない。
言葉の代わりにキリカはサスケの頭にそっと手を置いた。こちらを見上げるサスケに「ごめんね」と一言だけ伝えた。
*
あんみつ屋の店先に、紫の忍び装束を着た長髪の女性が立っていた。
通り行く人の中からゴエモンを見つけると、名前を呼んで手を振る。
「ヤエちゃんじゃねえか。…あれ、おみっちゃん見かけなかったか?」
店に来て欲しいと伝言を預かったので来たはいいが、店先にも店内にもおみつの姿は見当たらない。
「おみつさんなら出前に出ていていないわよ。ゴエモンさんを呼んだのは私だもの」
「なんだって?」
「あら、私とのお茶じゃご不満かしら」
「そんなことはねえけどよ」
伝言を預かってきたのはサスケだった。どうやら二人が事前に打ち合わせをしていたようだ。
ヤエは店先の長椅子に座り、店主に団子を二人前頼んだ。この時間帯は店が空いているようで、すぐに茶と団子が運ばれてきた。
「それで、おいらに何か用かい?」
「特に用事はないわ。…あ、そうそう。これキリカさんに渡しておいてくれないかしら」
「なんでい」
「この時代に来た時、行方知らずになってた鞄の中身だそうよ。物知りじいさんから預かってきたの」
小さな赤い風呂敷包みをヤエから受け取り、脇に置いた。随分と軽いが、何が入っているのか。
それにしても、キリカの事をヤエが知っているとは思わなかった。先日助けに駆けつけたのも理由を知っているからだったのだろう。
団子を頬張る。あんみつ屋の団子はいつ食べても美味しい物だ。
「全部お見通しってわけかい」
「個人的に気になったから調べただけよ。それと、ゴエモンさんの気持ちもお見通しよ」
団子が喉に詰まった。ヤエはどんどんと胸を叩くゴエモンに茶を渡す。一気に茶を流し込んだおかげで、団子は食道を通り抜けて胃に収まった。
咳き込みながらヤエを睨みつけたのだが、どうも効果は無いようだった。ヤエは意地悪そうに笑っている。
「駄目じゃない、仕事だなんて嘘ついて逢引に出てくるなんて」
「あ、あれは…」
非常にバツが悪い。自分とて嘘をついてきたことは後ろめたい気持ちで一杯である。
正直に話したところで誤解をされたくないというのが本心。しかし無下におみつの誘いを断る事も出来ずにいたというわけだ。
「キリカさんに伝えておこうかしら。ゴエモンさんは女たらしだってこと」
「やっヤエちゃん…!」
「冗談よ」
たじたじと慌てる様を実に愉快そうに笑うヤエ。やがて機嫌を損ねたゴエモンは残っているお茶をぐいと飲み干した。店主にもう一杯と声をかける。
「冗談はさておき。言わないの?」
「…何を」
「わかってるくせに。もうそろそろ、キリカさん帰るんじゃないかしら」
これは私の憶測だけれど。一つになった団子の串を片手にヤエがそう言った。
なみなみと注がれた茶を見つめ、ゴエモンは押し黙る。
「物腰が柔らかそうな人だけど、意思は強そうだもの。転送装置が直って、記憶が戻ったら…」
確実に未来へ帰る。それは重々承知していた。それならば、しがらみは無い方が良い。
帰りたいという気持ちを宥める権利は無いのだから。
「ねえ、ゴエモンさん。キリカさんが帰ってしまったら、二度と会えないのよ」
「んなことわかってらあ」
「伝えたい事は伝えておいた方がいいんじゃないかしら」
長屋に居るキリカの姿が頭に浮かんだ。組んだ膝に肘をつき、顎を乗せる。
店に二人の客が入っていくのが目に映った。人知れず溜息をついたが、隣に聞こえてしまっていた。
これは重症だと聞かぬふりをしてヤエは茶を飲む。