鋼の錬金術師
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ポインセチア
「ただいま」
身を縮こませながら家の中へ入った。
玄関で肩や頭についた粉雪を払う。
暖かい空気が冷えきった頬を柔らかく包み込むようだ。
家の鍵を鞄にしまおうと前に出すと、鞄の上にも雪が積もっていた。
溶けかけた雪はぎゅっと固まり、全部集めれば小さい雪玉を作れそうだった。
私はそれを玄関の隅に置いて、かじかむ手でショートブーツを脱いだ。
部屋に入ると、絨毯の上に座り込んで本を読んでいる少年がいた。
眩い金髪に同じ色をした瞳。
いつも彼の長い髪はきれいに編まれている。
三つの束は均等。
手先が器用なんだとわかったのは会って二日目ぐらいだった。
彼の第一印象は何よりも鮮やかな赤いロングコートにさきほど述べた金髪。
不釣り合いな色彩かと思いきや、意外にも馴染んでいた。
日本人の私から見れば随分派手な組合せだ。
そのことを尋ねたことがあった。
「派手なコートだね」と。
そうしたら彼は「血がたぎるからこの色を着ている」と答えてくれた。
それを聞いて浮かんだのは赤い布を追いかける闘牛の姿。
「まるで闘牛ね」と返したら顔を真っ赤にして怒られたこともあった。
でも、この赤は彼に似合っていると思う。
「おかえり」
私の気配だけを察して、本から目もくれずにいた彼が言った。
目の前のテーブルに本が山積みになっている。 そこから溢れたであろうものがテーブル脇に積んである。
彼が一所懸命に読んでいる本の山は私が区役所の図書センターから借りてきたもの。
「この世界の情報を集めたい」と熱心に読んでいる。
ジャンルは問わずに様々な知識を短時間に吸収していった。
その柔軟性は驚くもので、昨日は突然夕飯の時に織田信長が、と話始めた。
そう、彼は……エドワードはこの世界の人間じゃない。
最初は彼の話を信じることが出来なかった。
彼も私の話を信じられなかったようだ。
でも、私はエドがこの世界の人間じゃないと納得せざる負えない出来事を見せられた。
錬金術。
私の住む世界では理論、器械的な手技を用いたものだ。或いは空想上の物語。
しかしエドは何も使わずに、壊れていた私の髪留めを直して見せた。
手をパンと合わせ、金属の破片に手をかざしただけだった。
閃光が瞬く間に現れて消えた。
まるで夢を見ているようだった。
エドは私たちとは違っていたけど、中身はその辺にいる少年たちと大差ない。
一緒に暮らすようになって、毎日色々なことを聞いたり見たりしていくうちに親しみを感じるようになった。
「今日ね、ポインセチアを見かけたの」
「ポインセチア?」
私は昼間見かけた鉢植えのポインセチアを思い浮かべた。
深い緑と燃えるような赤。生い茂った葉は鉢から溢れていた。
私がその様子を思い浮かべていると、彼は顔を本からあげて私に尋ねた。
「ポインセチアって、植物のか?」
「うん。緑色だった葉っぱが冬になると赤くなる。……わかる?」
「この前図鑑かなんかで見た気がする。で、それがどうしたんだ」
「エドに似てるな、って」
「は?」
人間の自分と植物のポインセチアのどこが似ているのか。
この間の抜けた一声に聞きたいこと全てが詰まっているような気がした。
どこが、と問われても詳しく説明はできない。
ただなんとなくそう思っただけだった。
「真っ赤に燃える火、赤い色。エドのコートと同じ色だからかな」
「それ似てるって言わねーんじゃないか」
「そうかもね。でも、それを喫茶店で見かけてエドのことが頭に浮かんだの」
「ふーん」
エドが正面の壁に目を向けた。
そこには真っ赤なコートがハンガーに掛けられている。
彼とはだいぶ年が離れていた。
年齢を聞いた時は正直驚いたもの。
それだけエドは大人びた顔をしていたから。
背は私と大差ないけれど。
時々、エドはずっと私より大人なんじゃないかと思うことさえあった。
物事の考え方。まるで辞書のような豊富な知識。
正論を口にした時の表情にどきりとさせられたこともある。
それを見る度に私の方がまだまだ子どもだなんだと思い知らされた。
同時に人生というものは年月じゃなく、経験で作られるものだと思った。
「最近赤い色を見るとエドのこと思い出しちゃうわ。林檎やお菓子のパッケージ、絨毯とか」
「……それって、さ」
「うん」
「やっぱ何でもない」
エドと会ってから赤い色ばかりが目に付くようになっていた。
偶然目に飛び込んでくるから、そう思っていたけど。
最近はそうでもない。風景からその色を探している自分がいた。
「あのさ」
赤いコートの隣に自分の厚手のダッフルコートをかけた時だった。
お腹も空いているだろうから、夕飯の支度を始めよう。
エドが話しかけてきたのはご飯の催促かと思ったらどうやら違うようだった。
「オレも、外歩いてる時につい思い出してる。……キリカに似た人見かける度に」
真っ直ぐ向けられた視線と目が合ったのはほんの数秒だった。
きっと私の表情がきょとんとしていたんだろう。
エドは急に開いたままの本を持ち上げて顔を隠してしまった。
気のせいか、その顔が少し赤かった気もする。
何度かどうしたのかと尋ねてみても「何でもないっ!」と一点張りの答え。
彼の言葉の真意は迷宮入りしてしまったけど、私は悪い気がしなかった。
少しくすぐったくて、思わず顔が綻ぶような気さえする。
「ちょっと時間かかるけど、今夜はシチュー作ろうか」
私がそう言うとエドがちらりと本から目だけを覗かせた。
「マジで?」と聞いてきた彼に「うん」と頷いてみせる。
その後に見せてくれた嬉しそうな笑顔が眩しかった。
「ただいま」
身を縮こませながら家の中へ入った。
玄関で肩や頭についた粉雪を払う。
暖かい空気が冷えきった頬を柔らかく包み込むようだ。
家の鍵を鞄にしまおうと前に出すと、鞄の上にも雪が積もっていた。
溶けかけた雪はぎゅっと固まり、全部集めれば小さい雪玉を作れそうだった。
私はそれを玄関の隅に置いて、かじかむ手でショートブーツを脱いだ。
部屋に入ると、絨毯の上に座り込んで本を読んでいる少年がいた。
眩い金髪に同じ色をした瞳。
いつも彼の長い髪はきれいに編まれている。
三つの束は均等。
手先が器用なんだとわかったのは会って二日目ぐらいだった。
彼の第一印象は何よりも鮮やかな赤いロングコートにさきほど述べた金髪。
不釣り合いな色彩かと思いきや、意外にも馴染んでいた。
日本人の私から見れば随分派手な組合せだ。
そのことを尋ねたことがあった。
「派手なコートだね」と。
そうしたら彼は「血がたぎるからこの色を着ている」と答えてくれた。
それを聞いて浮かんだのは赤い布を追いかける闘牛の姿。
「まるで闘牛ね」と返したら顔を真っ赤にして怒られたこともあった。
でも、この赤は彼に似合っていると思う。
「おかえり」
私の気配だけを察して、本から目もくれずにいた彼が言った。
目の前のテーブルに本が山積みになっている。 そこから溢れたであろうものがテーブル脇に積んである。
彼が一所懸命に読んでいる本の山は私が区役所の図書センターから借りてきたもの。
「この世界の情報を集めたい」と熱心に読んでいる。
ジャンルは問わずに様々な知識を短時間に吸収していった。
その柔軟性は驚くもので、昨日は突然夕飯の時に織田信長が、と話始めた。
そう、彼は……エドワードはこの世界の人間じゃない。
最初は彼の話を信じることが出来なかった。
彼も私の話を信じられなかったようだ。
でも、私はエドがこの世界の人間じゃないと納得せざる負えない出来事を見せられた。
錬金術。
私の住む世界では理論、器械的な手技を用いたものだ。或いは空想上の物語。
しかしエドは何も使わずに、壊れていた私の髪留めを直して見せた。
手をパンと合わせ、金属の破片に手をかざしただけだった。
閃光が瞬く間に現れて消えた。
まるで夢を見ているようだった。
エドは私たちとは違っていたけど、中身はその辺にいる少年たちと大差ない。
一緒に暮らすようになって、毎日色々なことを聞いたり見たりしていくうちに親しみを感じるようになった。
「今日ね、ポインセチアを見かけたの」
「ポインセチア?」
私は昼間見かけた鉢植えのポインセチアを思い浮かべた。
深い緑と燃えるような赤。生い茂った葉は鉢から溢れていた。
私がその様子を思い浮かべていると、彼は顔を本からあげて私に尋ねた。
「ポインセチアって、植物のか?」
「うん。緑色だった葉っぱが冬になると赤くなる。……わかる?」
「この前図鑑かなんかで見た気がする。で、それがどうしたんだ」
「エドに似てるな、って」
「は?」
人間の自分と植物のポインセチアのどこが似ているのか。
この間の抜けた一声に聞きたいこと全てが詰まっているような気がした。
どこが、と問われても詳しく説明はできない。
ただなんとなくそう思っただけだった。
「真っ赤に燃える火、赤い色。エドのコートと同じ色だからかな」
「それ似てるって言わねーんじゃないか」
「そうかもね。でも、それを喫茶店で見かけてエドのことが頭に浮かんだの」
「ふーん」
エドが正面の壁に目を向けた。
そこには真っ赤なコートがハンガーに掛けられている。
彼とはだいぶ年が離れていた。
年齢を聞いた時は正直驚いたもの。
それだけエドは大人びた顔をしていたから。
背は私と大差ないけれど。
時々、エドはずっと私より大人なんじゃないかと思うことさえあった。
物事の考え方。まるで辞書のような豊富な知識。
正論を口にした時の表情にどきりとさせられたこともある。
それを見る度に私の方がまだまだ子どもだなんだと思い知らされた。
同時に人生というものは年月じゃなく、経験で作られるものだと思った。
「最近赤い色を見るとエドのこと思い出しちゃうわ。林檎やお菓子のパッケージ、絨毯とか」
「……それって、さ」
「うん」
「やっぱ何でもない」
エドと会ってから赤い色ばかりが目に付くようになっていた。
偶然目に飛び込んでくるから、そう思っていたけど。
最近はそうでもない。風景からその色を探している自分がいた。
「あのさ」
赤いコートの隣に自分の厚手のダッフルコートをかけた時だった。
お腹も空いているだろうから、夕飯の支度を始めよう。
エドが話しかけてきたのはご飯の催促かと思ったらどうやら違うようだった。
「オレも、外歩いてる時につい思い出してる。……キリカに似た人見かける度に」
真っ直ぐ向けられた視線と目が合ったのはほんの数秒だった。
きっと私の表情がきょとんとしていたんだろう。
エドは急に開いたままの本を持ち上げて顔を隠してしまった。
気のせいか、その顔が少し赤かった気もする。
何度かどうしたのかと尋ねてみても「何でもないっ!」と一点張りの答え。
彼の言葉の真意は迷宮入りしてしまったけど、私は悪い気がしなかった。
少しくすぐったくて、思わず顔が綻ぶような気さえする。
「ちょっと時間かかるけど、今夜はシチュー作ろうか」
私がそう言うとエドがちらりと本から目だけを覗かせた。
「マジで?」と聞いてきた彼に「うん」と頷いてみせる。
その後に見せてくれた嬉しそうな笑顔が眩しかった。
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