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2.案内人
「司令、失礼する。報告書を持ってきた」
司令室に入ると同時に用件を簡潔に述べる。返事は無かった。俺や他のヒーローたちの入室を確認すると、すぐに司令は応じるのだが、今日はどうも様子が違っていた。
執務机に司令の姿、その前に誰か立っていた。来客がいたせいで反応が薄いようだ。その客と談笑していたのか、明るい声が聞こえてくる。笑みを携えた司令の注意がこちらに向く。それにしても随分と機嫌が良さそうだな。
「ああ、レン。お疲れ様。今日のパトロールの報告書だな?」
司令の前にいた来客がこちらに振り向いた。その顔には見覚えがあった。先週、ノースシティの公園にいた猫の親子といた女性だ。どうやら向こうも俺の顔を見て驚いている様子。首からは来客用の許可証を提げている。
「貴方はあの時の」
「なんだ、顔見知りなのか?」
「顔見知り…というより、この間公園で一度会っただけ。第13期ヒーローの方だったんですね」
「あんたは【HELIOS】の関係者だったのか」
司令室のあるこの階に一般人は足を踏み入れることはできない。セキュリティ上、突破できるのは【HELIOS】関係者と関わりが深い人間のみ。
「関係者でもあるが、私の身内だ。妹だよ」
「初めまして。葉月霧華です。姉がお世話になっております」
司令の身内だと紹介された女性が軽く会釈する。挨拶の仕方、風貌からして日系の雰囲気を纏わせていた。司令の身内なのだから、そうなんだろう。しかし、姉妹という割に似ていない。年も離れているようだし、話し方や声色、顔つきや漂わせる空気も違う。
元ヒーローの司令は覇気に満ちた鋭い眼差しを持つ。リリー教官と似た印象が強い。対して妹の方は虫一匹も殺したことの無いような穏やかさすらある。猫と戯れていた様子から察するも、温和な性格と思えた。
「彼は如月レン。第13期ヒーローで所属はノースセクター。ああ、そうだ報告書を受け取ろう」
差し出した報告書に色素の薄い目が走る。司令は限りなく金に近い茶褐色の虹彩。妹の方は濃い茶褐色。日系というよりも、これらの特徴から日本人のように思える。
「よし。今日はもう上がっていいぞ……と言いたい所なんだが。一つ頼みがある。妹にこのタワーを案内してほしい。霧華は【HELIOS】と取引している会社に勤めているんだ。この先も訪れる機会が増えるだろうから、内部を把握してもらいたいのでな。簡単で構わない。もちろん、一般人が訪れる範囲内でいい」
「司令が案内した方がいいんじゃないのか」
「それが出来れば苦労しない」
落胆する声と共に大袈裟な溜息が吐き出された。苦虫を嚙み潰したような表情に加え、切れ長の目が細められた。
「……私が行きたいのは山々なんだ。ただ、抜け出すには少々リスクが付き纏う。見つかれば羽交い絞めにされかねない。ブラッドの忠犬にな」
「紅蓮さん…。オスカーさんに失礼よ」
ああ、そうだったな。ブラッドはメンターの統括リーダーを務めながら、第13期専任の司令サポートも行っている。前線で動くのと、指示を出す側としては勝手が違うからその辺りの指導を受けていると聞く。
だが、司令は真面目な性格だ。為すべきことは為している。怠惰とは無縁と思えるんだが。
ブラッドとオスカーに見張られているその理由を愚痴の様に吐き零した。
「明日でも間に合う書類を今日中に出せと言うんだぞ。…やっと手が空いて、今日こそは私が案内しようと考えていたのにだ。明日はウエストチームの書類が来るから、今日中に片付けておいた方が効率的で司令の為になると涼しい表情でな」
司令の手元には件の書類と資料が積まれている。この量を見るからにして、確かにすぐには終わりそうにない。
「私はいつでも大丈夫なんだけど…。それに、ここまでの道程はもう覚えたし」
「約束をいつまでも果たせないのは私の気が済まないんだよ」
俺にそれを頼んだところで果たせていないような気もする。
「後日改めて私が案内をするよ」と話していたが、それなら俺が今しなくてもいい。そう思いもしたが、司令の目の下に薄っすらと隈が見えた。疲れの色も見える。これでは確かにいつになるか分からない。
「引き受けてくれないか、レン」
「……司令命令なら引き受ける」
「すまないな、有難う。それと霧華、いつでも連絡をくれて構わないからな。調子が悪いとかそういった時も遠慮しなくていい」
「うん。紅蓮さんもあまり根詰めすぎないでね」
「…っ今の言葉をブラッドに聞かせてやりたい。労りの心というものが何かを知らしめてやりたい」
「ブラッドさまがどうかされましたか」
背後に人の気配を感じたかと思えば、威圧感が頭上から降り注ぐ。今の話を聞いていたのかは知らないが、その表情からは感情が読み取れない。ブラッドのことを悪く言われるのが気に喰わないそうだ。
一度口を閉ざした司令は「ルーキーにも新任司令にも事細やかな配慮が行き届いていると話していたところだ」と嫌味を含めた言葉を放っていた。
「そうですか。…こちら、頼まれていた資料です。足りなければまた改めて声を掛けてください」
「……ああ、これで充分だ。おかげ様で今日中に片付けられそうだ」
「それは何よりです。…それと、これは別件の言伝ですが」
そう言いながらオスカーはこちらを窺う。一般人やルーキーの耳に入っては不味い情報だと言いたげだ。然程興味もない。俺は司令の妹に退室を促し、踵を返した。
◇
エリオスタワーの低層部と言えど、一般人の立ち入りが許されている場所は限られている。一先ずロビーフロアまで下りて来たが。どこから案内すればいい。
「……あっ」
そう考えていた矢先、横を歩いていた相手が急に広いフロアの中央で立ち止まった。肩から提げたバッグのファスナーを慌てて開けている。その中から着信音と鳴動音が微かに聞こえてきた。
「ごめんなさい。会社から連絡が」
俺にそう断りを入れ、社内連絡用の小ぶりのスマートフォンを取り出し、着信に応じる。その電話が終わるまで退けていようかと思った時だ。不可抗力でバッグの中身に目が留まってしまった。ネズミのマスコットがついた猫じゃらしと、ロールタイプの粘着テープ。絨毯の上を転がして掃除するものだが、猫飼いが服についた毛を取り除くのに使われているやつだ。
「……はい、分かりました。それではこのまま直帰します。お疲れ様です」
その電話は五分も経たずに終了したようだ。「お待たせしました」とスマートフォンをしまいながら俺に向き合ったので、慌てて目を逸らした。
「もういいのか」
「はい。仕事もひと段落していたし、直帰してもいい連絡でした」
出先からエリオスタワーに訪れていたそうだが、つまり時間の制限が無くなったということだ。だからといって、長話するつもりは無い。ただ、その猫じゃらしの存在が気になっている。いつも持ち歩いているのかと口を挟もうと躊躇っていると、また邪魔が入った。
「おーい、レン」
憶えのある声にとりあえず振り向くが、すぐにガストから目を逸らした。「相変わらずのあからさまな無視だな」と笑うような声。
「任務中だから話しかけるな」
「任務って…この人の護衛とか?…あれ、あんた見かけたことあるな。確か、司令室の前で何回かすれ違ったような気がする」
「…あ。貴方も第13期ヒーローの…ええと、確か……すみません、顔と名前が一致しなくて」
「気にしなくてもいいって。駆け出しだし、世間に顔も名前も知れてなくて当然。ガスト・アドラーだ。所属はレンと同じノースセクター。よろしくな」
「ご丁寧に有難うございます。葉月霧華です。姉がお世話になっております」
「……姉?」
誰のことだと首を傾げるガストに「司令の妹だそうだ」と教えてやれば、目を丸くしていた。そんなに驚くようなことでもない。
「えっ、あ…そりゃ、失礼しました。ははっ…司令に妹がいるなんて初めて聞いたもんで。……そっか、それで司令室の前でよく見かけたのか」
「姉の忘れ物を届けたり、書類を届けた折に寄らせて頂いてます。今日もこの間泊まりに来た時に忘れていった物を届けた帰りで…如月さんにタワー内を案内してもらっているんです」
「へえ、なるほど……それで任務ってわけか」
「なんだ」
「いや、なにも。…でも大丈夫なのか?お前に任せたりして。だってこの間も集合場所に中々来ないから探しに行ったら真逆の場所にいただろ」
「あれは、道を一本間違えただけで…戻るのに時間がかかっていただけだ」
「一本ねえ…。まあ、流石にここで迷うことはないか」
「当然だ」
これ以上話していても時間の無駄と感じた。俺は話を振り切り、ロビーフロアに設置された案内板への方に向かう。
相手がすぐについてこないので、後ろを少しだけ振り返ると、手を上げて挨拶するガストに対して頭を下げてから小走りでこちらにやってきた。
ガストと面識があるなら、そっちに頼めばいいんじゃなかったのか。あいつの方が話も上手いし、面倒見も良い。案内役には打ってつけだ。
適任者だとも思ったが、本人から聞かされた話をふと思い出した。女性が苦手だという話を。それを司令が知っているのかは分からないが、俺に頼んだ理由はそれを考慮したのかもしれない。
「司令、失礼する。報告書を持ってきた」
司令室に入ると同時に用件を簡潔に述べる。返事は無かった。俺や他のヒーローたちの入室を確認すると、すぐに司令は応じるのだが、今日はどうも様子が違っていた。
執務机に司令の姿、その前に誰か立っていた。来客がいたせいで反応が薄いようだ。その客と談笑していたのか、明るい声が聞こえてくる。笑みを携えた司令の注意がこちらに向く。それにしても随分と機嫌が良さそうだな。
「ああ、レン。お疲れ様。今日のパトロールの報告書だな?」
司令の前にいた来客がこちらに振り向いた。その顔には見覚えがあった。先週、ノースシティの公園にいた猫の親子といた女性だ。どうやら向こうも俺の顔を見て驚いている様子。首からは来客用の許可証を提げている。
「貴方はあの時の」
「なんだ、顔見知りなのか?」
「顔見知り…というより、この間公園で一度会っただけ。第13期ヒーローの方だったんですね」
「あんたは【HELIOS】の関係者だったのか」
司令室のあるこの階に一般人は足を踏み入れることはできない。セキュリティ上、突破できるのは【HELIOS】関係者と関わりが深い人間のみ。
「関係者でもあるが、私の身内だ。妹だよ」
「初めまして。葉月霧華です。姉がお世話になっております」
司令の身内だと紹介された女性が軽く会釈する。挨拶の仕方、風貌からして日系の雰囲気を纏わせていた。司令の身内なのだから、そうなんだろう。しかし、姉妹という割に似ていない。年も離れているようだし、話し方や声色、顔つきや漂わせる空気も違う。
元ヒーローの司令は覇気に満ちた鋭い眼差しを持つ。リリー教官と似た印象が強い。対して妹の方は虫一匹も殺したことの無いような穏やかさすらある。猫と戯れていた様子から察するも、温和な性格と思えた。
「彼は如月レン。第13期ヒーローで所属はノースセクター。ああ、そうだ報告書を受け取ろう」
差し出した報告書に色素の薄い目が走る。司令は限りなく金に近い茶褐色の虹彩。妹の方は濃い茶褐色。日系というよりも、これらの特徴から日本人のように思える。
「よし。今日はもう上がっていいぞ……と言いたい所なんだが。一つ頼みがある。妹にこのタワーを案内してほしい。霧華は【HELIOS】と取引している会社に勤めているんだ。この先も訪れる機会が増えるだろうから、内部を把握してもらいたいのでな。簡単で構わない。もちろん、一般人が訪れる範囲内でいい」
「司令が案内した方がいいんじゃないのか」
「それが出来れば苦労しない」
落胆する声と共に大袈裟な溜息が吐き出された。苦虫を嚙み潰したような表情に加え、切れ長の目が細められた。
「……私が行きたいのは山々なんだ。ただ、抜け出すには少々リスクが付き纏う。見つかれば羽交い絞めにされかねない。ブラッドの忠犬にな」
「紅蓮さん…。オスカーさんに失礼よ」
ああ、そうだったな。ブラッドはメンターの統括リーダーを務めながら、第13期専任の司令サポートも行っている。前線で動くのと、指示を出す側としては勝手が違うからその辺りの指導を受けていると聞く。
だが、司令は真面目な性格だ。為すべきことは為している。怠惰とは無縁と思えるんだが。
ブラッドとオスカーに見張られているその理由を愚痴の様に吐き零した。
「明日でも間に合う書類を今日中に出せと言うんだぞ。…やっと手が空いて、今日こそは私が案内しようと考えていたのにだ。明日はウエストチームの書類が来るから、今日中に片付けておいた方が効率的で司令の為になると涼しい表情でな」
司令の手元には件の書類と資料が積まれている。この量を見るからにして、確かにすぐには終わりそうにない。
「私はいつでも大丈夫なんだけど…。それに、ここまでの道程はもう覚えたし」
「約束をいつまでも果たせないのは私の気が済まないんだよ」
俺にそれを頼んだところで果たせていないような気もする。
「後日改めて私が案内をするよ」と話していたが、それなら俺が今しなくてもいい。そう思いもしたが、司令の目の下に薄っすらと隈が見えた。疲れの色も見える。これでは確かにいつになるか分からない。
「引き受けてくれないか、レン」
「……司令命令なら引き受ける」
「すまないな、有難う。それと霧華、いつでも連絡をくれて構わないからな。調子が悪いとかそういった時も遠慮しなくていい」
「うん。紅蓮さんもあまり根詰めすぎないでね」
「…っ今の言葉をブラッドに聞かせてやりたい。労りの心というものが何かを知らしめてやりたい」
「ブラッドさまがどうかされましたか」
背後に人の気配を感じたかと思えば、威圧感が頭上から降り注ぐ。今の話を聞いていたのかは知らないが、その表情からは感情が読み取れない。ブラッドのことを悪く言われるのが気に喰わないそうだ。
一度口を閉ざした司令は「ルーキーにも新任司令にも事細やかな配慮が行き届いていると話していたところだ」と嫌味を含めた言葉を放っていた。
「そうですか。…こちら、頼まれていた資料です。足りなければまた改めて声を掛けてください」
「……ああ、これで充分だ。おかげ様で今日中に片付けられそうだ」
「それは何よりです。…それと、これは別件の言伝ですが」
そう言いながらオスカーはこちらを窺う。一般人やルーキーの耳に入っては不味い情報だと言いたげだ。然程興味もない。俺は司令の妹に退室を促し、踵を返した。
◇
エリオスタワーの低層部と言えど、一般人の立ち入りが許されている場所は限られている。一先ずロビーフロアまで下りて来たが。どこから案内すればいい。
「……あっ」
そう考えていた矢先、横を歩いていた相手が急に広いフロアの中央で立ち止まった。肩から提げたバッグのファスナーを慌てて開けている。その中から着信音と鳴動音が微かに聞こえてきた。
「ごめんなさい。会社から連絡が」
俺にそう断りを入れ、社内連絡用の小ぶりのスマートフォンを取り出し、着信に応じる。その電話が終わるまで退けていようかと思った時だ。不可抗力でバッグの中身に目が留まってしまった。ネズミのマスコットがついた猫じゃらしと、ロールタイプの粘着テープ。絨毯の上を転がして掃除するものだが、猫飼いが服についた毛を取り除くのに使われているやつだ。
「……はい、分かりました。それではこのまま直帰します。お疲れ様です」
その電話は五分も経たずに終了したようだ。「お待たせしました」とスマートフォンをしまいながら俺に向き合ったので、慌てて目を逸らした。
「もういいのか」
「はい。仕事もひと段落していたし、直帰してもいい連絡でした」
出先からエリオスタワーに訪れていたそうだが、つまり時間の制限が無くなったということだ。だからといって、長話するつもりは無い。ただ、その猫じゃらしの存在が気になっている。いつも持ち歩いているのかと口を挟もうと躊躇っていると、また邪魔が入った。
「おーい、レン」
憶えのある声にとりあえず振り向くが、すぐにガストから目を逸らした。「相変わらずのあからさまな無視だな」と笑うような声。
「任務中だから話しかけるな」
「任務って…この人の護衛とか?…あれ、あんた見かけたことあるな。確か、司令室の前で何回かすれ違ったような気がする」
「…あ。貴方も第13期ヒーローの…ええと、確か……すみません、顔と名前が一致しなくて」
「気にしなくてもいいって。駆け出しだし、世間に顔も名前も知れてなくて当然。ガスト・アドラーだ。所属はレンと同じノースセクター。よろしくな」
「ご丁寧に有難うございます。葉月霧華です。姉がお世話になっております」
「……姉?」
誰のことだと首を傾げるガストに「司令の妹だそうだ」と教えてやれば、目を丸くしていた。そんなに驚くようなことでもない。
「えっ、あ…そりゃ、失礼しました。ははっ…司令に妹がいるなんて初めて聞いたもんで。……そっか、それで司令室の前でよく見かけたのか」
「姉の忘れ物を届けたり、書類を届けた折に寄らせて頂いてます。今日もこの間泊まりに来た時に忘れていった物を届けた帰りで…如月さんにタワー内を案内してもらっているんです」
「へえ、なるほど……それで任務ってわけか」
「なんだ」
「いや、なにも。…でも大丈夫なのか?お前に任せたりして。だってこの間も集合場所に中々来ないから探しに行ったら真逆の場所にいただろ」
「あれは、道を一本間違えただけで…戻るのに時間がかかっていただけだ」
「一本ねえ…。まあ、流石にここで迷うことはないか」
「当然だ」
これ以上話していても時間の無駄と感じた。俺は話を振り切り、ロビーフロアに設置された案内板への方に向かう。
相手がすぐについてこないので、後ろを少しだけ振り返ると、手を上げて挨拶するガストに対して頭を下げてから小走りでこちらにやってきた。
ガストと面識があるなら、そっちに頼めばいいんじゃなかったのか。あいつの方が話も上手いし、面倒見も良い。案内役には打ってつけだ。
適任者だとも思ったが、本人から聞かされた話をふと思い出した。女性が苦手だという話を。それを司令が知っているのかは分からないが、俺に頼んだ理由はそれを考慮したのかもしれない。