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1.猫の親子
猫の鳴き声が聞こえた。
その声はとても優しく、まるで母親が子どもに語り掛けるようなものに思えた。声の持ち主を徐に探し当てた先にはベンチが一つ。そこに座る女性の足元で子猫が一匹じゃれ遊んでいた。
【HELIOS】に入所したヒーローは【サブスタンス】の回収、【イクリプス】の対処及び配属された担当区域のエリアを巡回する任務につく。第13期専任司令よりノースセクターに配属されたヒーローはブルーノースシティのパトロールを命じられた。
天気、気温も良好で申し分のない昼下がり。現状、【サブスタンス】の出現や【イクリプス】の挑発行為も見られなかった。昨日とは違い、司令部からの通信も静かだ。
偶然立ち寄った公園は緑が多く、人の手が加えられた河川が流れていた。河川敷の手入れも行き届いているようだ。道もコンクリートで固められており、整えられている辺りがノースシティらしさが出ている。
遊具が一つも見当たらず、代わりに休憩場所としてベンチがあちこちに設置されていた。川のせせらぎ、木々の葉が擦れ合う音、鳥の声。落ち着けそうな場所だと思えた。こんな場所があるなんて知らなかったな。喧騒も届かない、読書に向いている環境だ。オフの日にここで過ごすのもいいかもしれない。そう考えていた時だ。猫の声が俺の耳に聞こえてきたのは。
正面から捉えたその姿が少し羨ましくも思えた。女性の膝上には白黒模様の猫が丸くなっており、その足元で一回り小さい子猫をじゃらしている。小さな白い前足が懸命に猫じゃらしの先を捕えようとした。
その二匹の猫は模様が似ていた。どちらも白と黒のカラーリングで、少し離れたこの場所からでもわかるハチワレの毛並み。親子なんだろう。首輪が付いているようには見えない。あの人の猫ではなさそうだ。野良にしては随分懐いているような気もする。
俺は立ち止まって猫の親子を観察していた。不意に子猫がじゃれる勢いを余して、地面に寝転がる。その拍子、視界に俺が入ったんだろう。目が合った瞬間、こちらに駆け寄ってきた。そして、足元に飛びつき、そのまま膝によじ登ろうと爪を立てる。
「すみません。急に飛びついていって…」
ベンチに座ったまま女性がそう話しかけてきた。手には小さなネズミのマスコットがついた猫じゃらし。膝上の親猫が顔だけを持ち上げ、俺の方を見てくる。
よじ登ろうと頑張っている子猫を両手で掬い上げ、落とさないように胸元に抱えた。すると、親猫が上体を起こし、こちらをじっと見据えてきた。明らかに警戒態勢と見て取れる。だが、その猫の背を女性が撫でながら、諭すように話しかけていた。
「大丈夫。悪い人じゃないよ」
子猫を連れ去ったり、危害を加えないと分かり切ったその言い方。その言葉が分かったのかは知らないが、親猫の警戒心がほんの僅か和らいだような気さえする。
「何故、そう言い切れるんだ」
「猫が嫌いな人はそんな風に抱っこしないですから」
胸元で小さく鳴いた子猫に目を向けると、薄いゴールドの丸い瞳が俺を見上げていた。額から頭にかけて優しく撫でれば喉をゴロゴロと鳴らす。
「あんたの猫なのか」
「違います。この辺りにいるみたいで…私も少し前に見かけて、遊んであげたら顔を憶えてくれたみたいなんです」
ハチワレの猫は模様にもよるが、人に懐きやすいと聞く。だから、遊んでくれたこの人に懐いたんだろう。
「そうだ。よかったらその子と遊んであげてください。この猫じゃらしがお気に入りで……す、すみません」
朗らかな様子で話していた女性は俺の方に持っていた猫じゃらしを差し出したが、この格好を見てさっと顔色を変えた。
「その制服、【HELIOS】のヒーローの方ですよね。お忙しいのに猫と遊んでなんて言ってしまって…すみません」
「別に…謝られることじゃない」
パトロール中に市民と話すなとは言われていない。メンターリーダーの話では市民と交流しろと謳っているが、必要以上に話しかける必要はない。重要性も感じていない。
ただ、今はこの子猫と遊んでやりたい気持ちもあった。ベンチに座る女性から猫じゃらしを受け取り、抱いていた温もりをそっと地面に下ろす。腰を屈め、子猫の前でそれを左右に揺らしてみせる。すると、短い前足がネズミを捕えた。と思えば爪を引っ込めて、片手で猫パンチを繰り出す。後ろ足で立ち上がると、すぐにバランスを崩してさっきの様にころんと転がってしまった。思わず可愛いと口に出そうになる。
「ほら、良い人でしょ。だから大丈夫よ」
再度そう語り掛けた口調は優しいものだった。先程まで頭を持ち上げていた親猫は顔をぺたりと伏せた。耳だけはピンと立てている。
低く、短い鳴き声が発せられた。
俺の手元でじゃれついていた子猫の動きがぴたりと止まる。そして急いで駆けあがるように親猫の元へ飛んでいってしまった。呼ばれた親にじゃれつこうとしていたが、軽くいなされる。その後、大人しくグルーミングに身を任せていた。この場を表すならば、微笑ましい光景というのが相応しい。
「好かれているんだな」
「それは嬉しいんですけど。…こうなると膝が重くて、動けなくなるんですよね」
「……羨ましい悩みだ」
「え?」
借りた猫じゃらしの持ち手を向けて持ち主へ返せば「有難うございます」と言葉が返ってきた。
「この子達また見かけた時は遊んであげてください。それと、いつもパトロール有難うございます」
「……ああ」
猫二匹を膝に抱えながら、そう笑いかけてきた。
長い尻尾が大きく揺れる。
猫の鳴き声が聞こえた。
その声はとても優しく、まるで母親が子どもに語り掛けるようなものに思えた。声の持ち主を徐に探し当てた先にはベンチが一つ。そこに座る女性の足元で子猫が一匹じゃれ遊んでいた。
【HELIOS】に入所したヒーローは【サブスタンス】の回収、【イクリプス】の対処及び配属された担当区域のエリアを巡回する任務につく。第13期専任司令よりノースセクターに配属されたヒーローはブルーノースシティのパトロールを命じられた。
天気、気温も良好で申し分のない昼下がり。現状、【サブスタンス】の出現や【イクリプス】の挑発行為も見られなかった。昨日とは違い、司令部からの通信も静かだ。
偶然立ち寄った公園は緑が多く、人の手が加えられた河川が流れていた。河川敷の手入れも行き届いているようだ。道もコンクリートで固められており、整えられている辺りがノースシティらしさが出ている。
遊具が一つも見当たらず、代わりに休憩場所としてベンチがあちこちに設置されていた。川のせせらぎ、木々の葉が擦れ合う音、鳥の声。落ち着けそうな場所だと思えた。こんな場所があるなんて知らなかったな。喧騒も届かない、読書に向いている環境だ。オフの日にここで過ごすのもいいかもしれない。そう考えていた時だ。猫の声が俺の耳に聞こえてきたのは。
正面から捉えたその姿が少し羨ましくも思えた。女性の膝上には白黒模様の猫が丸くなっており、その足元で一回り小さい子猫をじゃらしている。小さな白い前足が懸命に猫じゃらしの先を捕えようとした。
その二匹の猫は模様が似ていた。どちらも白と黒のカラーリングで、少し離れたこの場所からでもわかるハチワレの毛並み。親子なんだろう。首輪が付いているようには見えない。あの人の猫ではなさそうだ。野良にしては随分懐いているような気もする。
俺は立ち止まって猫の親子を観察していた。不意に子猫がじゃれる勢いを余して、地面に寝転がる。その拍子、視界に俺が入ったんだろう。目が合った瞬間、こちらに駆け寄ってきた。そして、足元に飛びつき、そのまま膝によじ登ろうと爪を立てる。
「すみません。急に飛びついていって…」
ベンチに座ったまま女性がそう話しかけてきた。手には小さなネズミのマスコットがついた猫じゃらし。膝上の親猫が顔だけを持ち上げ、俺の方を見てくる。
よじ登ろうと頑張っている子猫を両手で掬い上げ、落とさないように胸元に抱えた。すると、親猫が上体を起こし、こちらをじっと見据えてきた。明らかに警戒態勢と見て取れる。だが、その猫の背を女性が撫でながら、諭すように話しかけていた。
「大丈夫。悪い人じゃないよ」
子猫を連れ去ったり、危害を加えないと分かり切ったその言い方。その言葉が分かったのかは知らないが、親猫の警戒心がほんの僅か和らいだような気さえする。
「何故、そう言い切れるんだ」
「猫が嫌いな人はそんな風に抱っこしないですから」
胸元で小さく鳴いた子猫に目を向けると、薄いゴールドの丸い瞳が俺を見上げていた。額から頭にかけて優しく撫でれば喉をゴロゴロと鳴らす。
「あんたの猫なのか」
「違います。この辺りにいるみたいで…私も少し前に見かけて、遊んであげたら顔を憶えてくれたみたいなんです」
ハチワレの猫は模様にもよるが、人に懐きやすいと聞く。だから、遊んでくれたこの人に懐いたんだろう。
「そうだ。よかったらその子と遊んであげてください。この猫じゃらしがお気に入りで……す、すみません」
朗らかな様子で話していた女性は俺の方に持っていた猫じゃらしを差し出したが、この格好を見てさっと顔色を変えた。
「その制服、【HELIOS】のヒーローの方ですよね。お忙しいのに猫と遊んでなんて言ってしまって…すみません」
「別に…謝られることじゃない」
パトロール中に市民と話すなとは言われていない。メンターリーダーの話では市民と交流しろと謳っているが、必要以上に話しかける必要はない。重要性も感じていない。
ただ、今はこの子猫と遊んでやりたい気持ちもあった。ベンチに座る女性から猫じゃらしを受け取り、抱いていた温もりをそっと地面に下ろす。腰を屈め、子猫の前でそれを左右に揺らしてみせる。すると、短い前足がネズミを捕えた。と思えば爪を引っ込めて、片手で猫パンチを繰り出す。後ろ足で立ち上がると、すぐにバランスを崩してさっきの様にころんと転がってしまった。思わず可愛いと口に出そうになる。
「ほら、良い人でしょ。だから大丈夫よ」
再度そう語り掛けた口調は優しいものだった。先程まで頭を持ち上げていた親猫は顔をぺたりと伏せた。耳だけはピンと立てている。
低く、短い鳴き声が発せられた。
俺の手元でじゃれついていた子猫の動きがぴたりと止まる。そして急いで駆けあがるように親猫の元へ飛んでいってしまった。呼ばれた親にじゃれつこうとしていたが、軽くいなされる。その後、大人しくグルーミングに身を任せていた。この場を表すならば、微笑ましい光景というのが相応しい。
「好かれているんだな」
「それは嬉しいんですけど。…こうなると膝が重くて、動けなくなるんですよね」
「……羨ましい悩みだ」
「え?」
借りた猫じゃらしの持ち手を向けて持ち主へ返せば「有難うございます」と言葉が返ってきた。
「この子達また見かけた時は遊んであげてください。それと、いつもパトロール有難うございます」
「……ああ」
猫二匹を膝に抱えながら、そう笑いかけてきた。
長い尻尾が大きく揺れる。