sub story
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
メジロを助けようとしただけなのに
「ん…?なんだ、あの緑の丸っこいのは」
ガストは道端に落ちているものを見つけた。
石畳の歩道。そこに小さなボールほどの黄緑色の鳥がいた。近づいても飛び立つ様子がなく、逃げる素振りすら見せない。その場にじっとしていた。
小鳥の脇にしゃがみこんだガストはその鳥の様子を窺った。
体が黄緑色の羽毛に覆われており、目の周りが白く縁取られている。雑誌で見たことがある『メジロ』という鳥だと思い出した。「目の周りが白いからメジロ」と彼女から教わったのでよく憶えている。
「どうした?こんな所にいたら踏んづけられちまうぞ」
メジロに優しく語りかけてみるも、じっとして動かない。警戒する様子も特に無く、身動きが取れない理由があるのかもしれなかった。
「もしかして怪我したのか。…って言っても鳥相手に言葉が通じるワケねぇか。…とりあえず、ここは危ねぇからよ。そこの木の枝まで運んでやるから」
地面にポトリと落ちている状態では天敵に狙われやすい。格好の的だ。こうして出会ってしまったからには放っておくのも気が引ける。
ガストがそっと手を差し出すとメジロは小首を傾げてみせたが、すぐにぴょいと手の平に飛び乗った。
「…足は大丈夫そうだな。翼の方、やられちまったのか。こういうのって動物病院に連れて行った方がいいよな…レンがいればそういうの詳しいんだろうけど」
ノースセクター所属の第13期ヒーローはパトロールでグリーンイーストヴィレッジに赴いていた。ガストはレンと行動を共にしていたのだが、ふとした瞬間にレンの姿を見失ってしまったのだ。寝坊と迷子の状況にはもはや馴れたものだが、頼みの綱がいないとなると。
野鳥の保護、その為に必要な手順は。自身の持つ知識を引っ張り出そうと頭を悩ませていたガスト。そこに偶然通りかかった穂香は歩道で立ち止まっていた彼に声を掛けた。
「何ブツブツ呟いてるのガスト」
「…穂香!」
背後から聞こえた彼女の声。くるりと振り向いた彼の手にメジロがちょこんと座っていたので、穂香は目をパチパチと瞬かせた。
「メジロ」
「やっぱメジロだよな。合ってた」
「いや、それはいいんだけど…どうしたの?」
パトロール中、道端にメジロが落ちていたと簡単な経緯をガストは話した。これを聞いた穂香は然程驚くようなこともなく、メジロに目を向ける。
「グリーンイーストにもいたのね、メジロ」
「俺も初めて見た。…で、全然逃げようとしないし…どっか怪我してんじゃないかって」
「……目立つような怪我はなさそうだけど。ぶつかって脳震とう起こしたか、寒くて体調が良くないのかも」
そっとメジロを観察する。よく見ると目を閉じていた。羽の間に空気を含ませ、まん丸に体を膨らませている。
「昨日こっち冷え込んだから、そのせいかしら」
「……だからって人の手の上で寝始めるのか。不用心というか、警戒心なさ過ぎだろ」
「メジロってガストみたい」
「俺は体調悪いからって知らないヤツのそばで寝コケたりしないぞ。こんなに無防備にもなったりしねぇし」
「パッと見た色の感じがよ。黄緑だからもう少し濃い目の方がガストらしいかな」
穂香はクスクスと可笑しそうに笑っていた。てっきり習性が似ているのかと。そう勘違いしたガストはすぐさま反論したが、それが勘違いだったので苦笑いで誤魔化した。
「この色がウグイス色って言うんだったか」
「ウグイス色はもう少し薄いわね。…この子、どうするの?」
「とりあえず木の上に避難させようと思ってる。草むらだと猫に狙われちまうだろうし」
ガストはメジロの小さな体を極力揺らさないよう、慎重に近くの街路樹に向かう。手頃な高さの枝に腕を伸ばし、飛び移りやすいよう手を近づけた。
メジロは閉じていた目を開け、枝を見つめる。しかし、飛び移る気が全くもって見られない。ガストが気を遣ってギリギリまで腕を伸ばし、手の平を枝に寄せてもだ。彼の手の平が気に入ったのか、心地良いのかは分からないが完全に座り込んでいる。
お手上げ状態に陥ったガストは穂香に助けを求めた。
「……この場合、どうしたらいいんだ」
「え、えっと…待って。今調べるから。ホントに動けないなら…野鳥保護センターとかに連れて行くのが妥当だと思うけど」
困りきったガストに助けを求められた穂香は慌ててスマホを操作。野鳥が怪我をしていた場合と検索をかけ、調べていくうちに自分たちがいる現在地は野鳥保護区だと分かった。それなら話が早い。然るべき機関に連絡を取れば良い。
穂香が連絡先を調べている間、ガストは枝に手を伸ばし続けていた。メジロが枝に飛び移ってくれることを期待しているのだが、頑なにじっとしたままだ。
と、そこへガストの腕に小鳥が一羽どこからか降りてきて、止まった。白黒ツートンカラーの小柄な鳥。伸ばしている腕が枝にでも見えたのかとガストはその時考えたのだが、どうやら違う。次々と小鳥が飛んできてガストの両腕に止まりだした。
「ちょ…なんだっ?!」
「どうしたの……小鳥が沢山止まってる。シジュウカラにウグイス、ハクセキレイとツバメ…野鳥のオンパレードね」
「なんでいきなり…って、詳しいな穂香」
「昨日、野鳥の特集番組見てたのよ。……あと、言いにくいんだけど背中にキツツキ止まってる」
「いてっ。…今つつかれたぞ!」
キツツキがガストの背中にしがみつくように垂直に止まっていた。小鳥たちは揃いも揃って羽を休めに来たようで、各々羽繕いをするなどして寛いでいる。
何故、突然野鳥が集まってきたのだろうか。とりあえず伸ばしていた手を引っ込めてみるが、腕を動かしても小鳥たちは飛び立つ様子がない。ガストの両腕に行儀よく並んでいる。追い払うのも可哀想で、そのまま腕に小鳥を止まらせていた。
右の手の平にはメジロが座り込み、両腕にはさながら待ち合わせでもしたかのように小鳥たちが集っている。おまけに背中にはキツツキがしがみついていた。
「これじゃあ身動きできねぇな」
自分で飛んでいってくれないだろうか。ちらりと小鳥たちに目を向けてみるが、彼らは全く気にも留めない。完全にガストを止り木と認識しているようだ。
するとそこへ一羽の鷹がバサッと大きな翼をはためかせ、ガストの右肩に止まった。
耳元で聞こえた羽音に彼は驚いた。今度は何が降りてきたのか。自分では正体を探ることができないので、穂香に訊ねることにした。視界の隅に入った逞しい足と鉤爪。肩の重みを感じたところで嫌な予感はうすうすとしていたのだが。
「今度は何が飛んで来たんだ……穂香?」
近くにいた穂香は彼以上に驚き、硬直しかけていた。強張った顔でなんとか声を絞り出し、その野鳥を刺激しないよう声量を極力抑えてガストに鳥の正体を伝える。
「た、鷹」
「鷹?!」
ぎろりと輝く鋭い眼光、嘴。肉に深く刺さりそうな鉤爪はがっしりとガストの肩を掴んでいる。幸いなことに、背中のキツツキと鷹の鋭い爪は防寒着のおかげで肌に食い込むことはない。
「流石に鷹は怖い。猛禽類…近くで見ると迫力ありすぎ」
「つつかれないように離れてくれ。…でも、なんか変だと思わねぇか?」
「変って…?」
「他の鳥が逃げていかねぇ。普通、小型の鳥は襲われると思って飛び立ってくはずだ。それが揃いも揃って俺の腕や背中に止まったままだし」
まさかこの鷹が目に入っていないわけではないだろう。小鳥たちは囀ったり、首を左右に傾げたりしている。様子がおかしいのは小鳥たちだけではなく、鷹の方もだ。無防備なエサを前に襲いかかろうとしない。それどころか呑気に大きな翼の羽繕いを始めた。
羽箒が首筋に当たっているようで、ガストはくすぐったいと首を傾ける。
「くすぐってぇ…」
「ど、どうしたらいいのかしら」
もはや野鳥保護云々の話どころではない。鳥に集られているこの状態にどう対応すれば良いのか穂香にも分からなかった。
一方、その様子を偶然にも目にした者がいた。ガストと同じチームのレンだ。彼は異様な光景を目にした後、急いで道を引き返していく。
慌てて戻ってきたレンにマリオンはどうしたのかと訊ねた。
「緊急事態か」
「…緊急と言えば、緊急かもしれない。ガストが鳥に集られている」
「はぁ?」
意味の分からない報告にマリオンが訊き返す。一体何を言っているのか。
「いつものウルサイ不良どもや女性市民じゃないのか」
「違う。…小鳥に集られていた」
「どこのメルヘン世界の住人だ」
「まぁ、とりあえず落ち着いて話を整理しましょう。レン、ガストが鳥に集られていると言いましたが…どのように集られているのですか?危害を加えられているのでしょうか」
「…両腕に色んな種類の鳥が止まっていた。あと、肩に鷹も。つつかれたりはしていないようだった」
「アイツ…Dr.ドリトルにでもなったつもりか」
先日のポップコーンパーティーで見た映画。動物たちと心を通わせることが出来る医者の話。マリオンはその映画を思い出していた。その能力がメンティーに開花したとでも言うのだろうか。
「ガストが鳥と会話が出来る能力を得た可能性は低いと思いますよ」
「なんだと」
「レンの報告からして、ガストが対応に困っているから急いで戻ってきたのでしょう」
「あぁ…側にいた市民、ガストの彼女も困っていた」
「それに些か妙な点があります。鷹は猛禽類、小鳥のような小動物を食物として捕らえます。ですが、その至近距離で大人しくしているのは…」
「細かい憶測は良い。レン、ガストはこの近くにいるんだな?」
マリオンはヴィクターの話を遮り、ガストの居場所を問う。短いやり取りの中で少々不機嫌になってしまった彼にレンは間髪入れずに頷いた。
「実際に確かめた方が早い。行くぞ、レン」
つかつかと先を急ぐマリオンに二人はついていく。市民が側にいるとなれば、万が一に備えて対応を急がなければならない。鳥たちが急変して襲いかかってくる可能性も有る。
あらゆる場面を想定し気を引き締めてガストの元へ急いだマリオンであったが、実際の状況を目にして唖然とした。あらゆる小柄な野鳥がガストの腕に止まっている。先程よりも数が増えていた。そして極めつけに右肩に鷹。これには流石のマリオンも絶句。レンが慌てて引き返してくるのも納得できる。
「…何だあれは!鳥がよってたかって止まっているじゃないか!」
「だからそう言ってる。…俺が見た時には既にあんな感じだったし、さっきより増えてる」
「これは奇怪ですね。猛禽類が目と鼻の先に居るというのに、捕食対象である小鳥たちは全く逃げようとしない。……ガストが手懐けた様にも思えませんし」
身動きが取れずにいるガストは小鳥たちに引きつった笑顔を向けていた。下手に対応が出来ないとはまさにこの状況。度々背中をキツツキがつつくので、背中に穴が空いてしまう前にこれだけでもなんとかしたい穂香だが、鷹の視線を感じる度に身を竦めていた。
この異様な事態を解決するにはどうしたらいいのか。レンはマリオンに案を求めた。
「…なんとかするにはどうしたいい」
「鳥を追い払うのは簡単だが…ここは野鳥保護地区だ。無闇に追い払ったり危害を加えられない」
「ここはもう少し近づいて状況を……おや」
ガストと鳥たちを傍観していた三人。そこにピピッと電子音が鳴った。ヴィクターの持つ【サブスタンス】計測器が反応を示している。どうやら近辺に【サブスタンス】が出現しているようだ。
「微弱ですが【サブスタンス】の反応が見られます。ちょうどガストがいる辺りですが…もしやあれは【サブスタンス】の影響では?」
「それなら話が早い。【サブスタンス】を回収しに行くぞ。それで鳥たちがいなくなれば解決する」
「わかった」
すぐさま彼らはヒーロースーツを纏い、小鳥に集られている仲間を助けに向かった。
その後はトントン拍子に事件が解決した。ガストの傍らにひっそりと潜んでいた【サブスタンス】の動きを素早く封じ、すかさず回収。すると、途端に小鳥たちは夢から醒めたように慌てて飛び立っていった。鷹は大きな翼を広げ、ガストの肩を蹴り上げて大空へ羽ばたいていく。背中に止まっていたキツツキもいつの間にか姿を消していた。
ガストは自由に動かせるようになった片手を首に当て、駆け付けてきた仲間に笑いかけた。
「助かったぜ。…もう少しで背中に穴が空いちまうかと」
「まったくオマエは人騒がせなヤツだな」
「でも三人揃って助けに来てくれたんだろ?サンキュー」
「偶々見かけただけだ。それに、ガストだけじゃ対処が出来なさそうだった」
「この【サブスタンス】から発生した周波数が鳥類の好むものだったんでしょう」
「成程な。それでいきなり集まってきたのか。動物に好かれるのは良いことなんだろうけど…いきなり止り木にされんのは勘弁だ」
ヴィクターは回収した【サブスタンス】の塊を光に透かし、満足気に微笑んでいた。今までに無い能力を秘めた【サブスタンス】に出逢えたことが嬉しいのだろう。この【サブスタンス】を用いた実験にうってつけの人物もいる。その対象者が自分だとまだ気づいていないガストは愛嬌の良い笑みを浮かべた。
「せっかく四人揃ったことだし、みんなでパトロールに…」
「ボクは向こうの通りを見てくる」
「…俺はあっちに」
「私はこの周辺で別の【サブスタンス】を捜索しますので」
パトロールの提案を投げかけたのだが、全員に一刀両断されることに。レンは何度も視線をちらつかせている。気になった穂香がその方向を見ると、猫が一匹。猫好きだと知ってはいたが、ここまでとは。
彼らはガストが引き止める暇もなく四方にそれぞれ散っていった。
以前、協調性が欠けるとボヤいていたのを聞いたが、最近じゃそれも少し良くなってきた。チームの雰囲気も良くなってきたと聞いていた穂香だったのだが。今の短いやり取りを見る限り、そうは思えない。
彼らの姿が見えなくなった頃にガストはふうと溜息をついた。
「…チームよね?」
「みんな個性が強いっつーか…あれでも前に比べたらだいぶ良くなったんだぜ。それはそうと…他の鳥は慌ただしく飛び立っていったのに、こいつだけ残っちまったな」
ふっと目線を下に向けた所には緑の丸い塊。手の平で丸くなっているメジロ。このメジロだけはあれだけ騒がしくしていたというのに、微動だにせずガストの手に収まっていた。
ガストは心配そうに親指の腹でそっとメジロの頭を撫でる。手触りが良く、柔らかくて繊細な羽毛。何度か撫でていると、メジロがつぶらな目を開けた。パチパチと瞬きを繰り返し、小さな頭を忙しなく左右に傾ける。
そして「チィー」と可愛らしい鳴き声をあげ、一度ガストの方を見たかと思いきや、パタパタと飛んでいった。二人はその方向に目を向けるが、小さな姿はすぐに見えなくなっていた。
薄曇りの空を仰ぐガストに笑みが綻ぶ。
「元気になったみたいだな」
「ガストが暖を分けてあげたおかげかもね。私もガストの手、温かいから好き」
「…穂香は冬場特に冷えてるよなぁ。氷みたいに冷たい時あるし」
「色々対策はしてるんだけどね。…これから北風も吹いてくるし、あのメジロまた凍えちゃわないといいけど」
両手を擦るように揉み合わせた穂香。外気に晒されていた手指は冷たくなっていた。ポケットに忍ばせている使い捨てカイロを手に取り、温もりを得る。
人間は暖を取る様々な術を持つが、自然界では手段が限られている者もいる。鳥たちは風雨を凌ぐ場所を見つけ、そこで身を寄せ合って寒さを凌ぐ。寒さに耐えられず、先程のメジロのように動けなくなることもあるのだ。
「温かい寝床が見つかりゃいいんだけどな」
「寒くなったらまたガストの所に来ちゃうかもね」
「まぁ、そん時はまた暖を分けてやるさ」
「そんな優しいガストに私からはこれ分けてあげる。予備の使い捨てカイロ、良かったら使って」
穂香はバッグから使い捨てカイロを取り出し、ガストに手渡した。冷えて指先が鈍ると任務に支障が出てしまうだろうからと。
「サンキュー。穂香も気を付けろよ?季節の変わり目なんだし…」
「……」
「ど、どうしたんだ?」
季節の変わり目に彼女は体調を崩しやすい。安定しない気温差に身体がついていかないせいだ。それを知っているガストは気遣ってそう声を掛けた。いつもならば「今年は気を付ける」「対策をしている」と自信ありげに答えてくるのだが、穂香は渋い表情で何も答えずにいる。
「…去年、抜かりはないって言ったのに結局風邪拗らせたんだもの。今年は言わないでおこうと思って」
「変な所で意地張るよなぁ…。また風邪引いた時は看病しに行く。そんなに気張ってたら逆に調子崩しちまうぜ」
「気合入れない方がいいってこと?」
「程々にって感じだな。…寒くてどうしようもない時は俺に寄り添ってくれて構わないし」
身体を冷やすと免疫や抵抗力が低下する。決してくっついていたいとか、下心がある発言ではない。ガストの優しい性格を知る穂香ではあるが、関係性が去年から変わったことで積極的な発言も見られるようになった。度々それに困惑してしまうのだ。
「…それだとさっきのメジロみたいじゃない、私」
「寒がりなとこが似てるかもな。…っと、そろそろパトロールの続きしてくる。これ、サンキュー」
「ええ。パトロール、いつもありがと。気を付けていってらっしゃい」
「おう、いってくる」
街路樹の方から「チィー」と鳴く声が聞こえてきた。
「ん…?なんだ、あの緑の丸っこいのは」
ガストは道端に落ちているものを見つけた。
石畳の歩道。そこに小さなボールほどの黄緑色の鳥がいた。近づいても飛び立つ様子がなく、逃げる素振りすら見せない。その場にじっとしていた。
小鳥の脇にしゃがみこんだガストはその鳥の様子を窺った。
体が黄緑色の羽毛に覆われており、目の周りが白く縁取られている。雑誌で見たことがある『メジロ』という鳥だと思い出した。「目の周りが白いからメジロ」と彼女から教わったのでよく憶えている。
「どうした?こんな所にいたら踏んづけられちまうぞ」
メジロに優しく語りかけてみるも、じっとして動かない。警戒する様子も特に無く、身動きが取れない理由があるのかもしれなかった。
「もしかして怪我したのか。…って言っても鳥相手に言葉が通じるワケねぇか。…とりあえず、ここは危ねぇからよ。そこの木の枝まで運んでやるから」
地面にポトリと落ちている状態では天敵に狙われやすい。格好の的だ。こうして出会ってしまったからには放っておくのも気が引ける。
ガストがそっと手を差し出すとメジロは小首を傾げてみせたが、すぐにぴょいと手の平に飛び乗った。
「…足は大丈夫そうだな。翼の方、やられちまったのか。こういうのって動物病院に連れて行った方がいいよな…レンがいればそういうの詳しいんだろうけど」
ノースセクター所属の第13期ヒーローはパトロールでグリーンイーストヴィレッジに赴いていた。ガストはレンと行動を共にしていたのだが、ふとした瞬間にレンの姿を見失ってしまったのだ。寝坊と迷子の状況にはもはや馴れたものだが、頼みの綱がいないとなると。
野鳥の保護、その為に必要な手順は。自身の持つ知識を引っ張り出そうと頭を悩ませていたガスト。そこに偶然通りかかった穂香は歩道で立ち止まっていた彼に声を掛けた。
「何ブツブツ呟いてるのガスト」
「…穂香!」
背後から聞こえた彼女の声。くるりと振り向いた彼の手にメジロがちょこんと座っていたので、穂香は目をパチパチと瞬かせた。
「メジロ」
「やっぱメジロだよな。合ってた」
「いや、それはいいんだけど…どうしたの?」
パトロール中、道端にメジロが落ちていたと簡単な経緯をガストは話した。これを聞いた穂香は然程驚くようなこともなく、メジロに目を向ける。
「グリーンイーストにもいたのね、メジロ」
「俺も初めて見た。…で、全然逃げようとしないし…どっか怪我してんじゃないかって」
「……目立つような怪我はなさそうだけど。ぶつかって脳震とう起こしたか、寒くて体調が良くないのかも」
そっとメジロを観察する。よく見ると目を閉じていた。羽の間に空気を含ませ、まん丸に体を膨らませている。
「昨日こっち冷え込んだから、そのせいかしら」
「……だからって人の手の上で寝始めるのか。不用心というか、警戒心なさ過ぎだろ」
「メジロってガストみたい」
「俺は体調悪いからって知らないヤツのそばで寝コケたりしないぞ。こんなに無防備にもなったりしねぇし」
「パッと見た色の感じがよ。黄緑だからもう少し濃い目の方がガストらしいかな」
穂香はクスクスと可笑しそうに笑っていた。てっきり習性が似ているのかと。そう勘違いしたガストはすぐさま反論したが、それが勘違いだったので苦笑いで誤魔化した。
「この色がウグイス色って言うんだったか」
「ウグイス色はもう少し薄いわね。…この子、どうするの?」
「とりあえず木の上に避難させようと思ってる。草むらだと猫に狙われちまうだろうし」
ガストはメジロの小さな体を極力揺らさないよう、慎重に近くの街路樹に向かう。手頃な高さの枝に腕を伸ばし、飛び移りやすいよう手を近づけた。
メジロは閉じていた目を開け、枝を見つめる。しかし、飛び移る気が全くもって見られない。ガストが気を遣ってギリギリまで腕を伸ばし、手の平を枝に寄せてもだ。彼の手の平が気に入ったのか、心地良いのかは分からないが完全に座り込んでいる。
お手上げ状態に陥ったガストは穂香に助けを求めた。
「……この場合、どうしたらいいんだ」
「え、えっと…待って。今調べるから。ホントに動けないなら…野鳥保護センターとかに連れて行くのが妥当だと思うけど」
困りきったガストに助けを求められた穂香は慌ててスマホを操作。野鳥が怪我をしていた場合と検索をかけ、調べていくうちに自分たちがいる現在地は野鳥保護区だと分かった。それなら話が早い。然るべき機関に連絡を取れば良い。
穂香が連絡先を調べている間、ガストは枝に手を伸ばし続けていた。メジロが枝に飛び移ってくれることを期待しているのだが、頑なにじっとしたままだ。
と、そこへガストの腕に小鳥が一羽どこからか降りてきて、止まった。白黒ツートンカラーの小柄な鳥。伸ばしている腕が枝にでも見えたのかとガストはその時考えたのだが、どうやら違う。次々と小鳥が飛んできてガストの両腕に止まりだした。
「ちょ…なんだっ?!」
「どうしたの……小鳥が沢山止まってる。シジュウカラにウグイス、ハクセキレイとツバメ…野鳥のオンパレードね」
「なんでいきなり…って、詳しいな穂香」
「昨日、野鳥の特集番組見てたのよ。……あと、言いにくいんだけど背中にキツツキ止まってる」
「いてっ。…今つつかれたぞ!」
キツツキがガストの背中にしがみつくように垂直に止まっていた。小鳥たちは揃いも揃って羽を休めに来たようで、各々羽繕いをするなどして寛いでいる。
何故、突然野鳥が集まってきたのだろうか。とりあえず伸ばしていた手を引っ込めてみるが、腕を動かしても小鳥たちは飛び立つ様子がない。ガストの両腕に行儀よく並んでいる。追い払うのも可哀想で、そのまま腕に小鳥を止まらせていた。
右の手の平にはメジロが座り込み、両腕にはさながら待ち合わせでもしたかのように小鳥たちが集っている。おまけに背中にはキツツキがしがみついていた。
「これじゃあ身動きできねぇな」
自分で飛んでいってくれないだろうか。ちらりと小鳥たちに目を向けてみるが、彼らは全く気にも留めない。完全にガストを止り木と認識しているようだ。
するとそこへ一羽の鷹がバサッと大きな翼をはためかせ、ガストの右肩に止まった。
耳元で聞こえた羽音に彼は驚いた。今度は何が降りてきたのか。自分では正体を探ることができないので、穂香に訊ねることにした。視界の隅に入った逞しい足と鉤爪。肩の重みを感じたところで嫌な予感はうすうすとしていたのだが。
「今度は何が飛んで来たんだ……穂香?」
近くにいた穂香は彼以上に驚き、硬直しかけていた。強張った顔でなんとか声を絞り出し、その野鳥を刺激しないよう声量を極力抑えてガストに鳥の正体を伝える。
「た、鷹」
「鷹?!」
ぎろりと輝く鋭い眼光、嘴。肉に深く刺さりそうな鉤爪はがっしりとガストの肩を掴んでいる。幸いなことに、背中のキツツキと鷹の鋭い爪は防寒着のおかげで肌に食い込むことはない。
「流石に鷹は怖い。猛禽類…近くで見ると迫力ありすぎ」
「つつかれないように離れてくれ。…でも、なんか変だと思わねぇか?」
「変って…?」
「他の鳥が逃げていかねぇ。普通、小型の鳥は襲われると思って飛び立ってくはずだ。それが揃いも揃って俺の腕や背中に止まったままだし」
まさかこの鷹が目に入っていないわけではないだろう。小鳥たちは囀ったり、首を左右に傾げたりしている。様子がおかしいのは小鳥たちだけではなく、鷹の方もだ。無防備なエサを前に襲いかかろうとしない。それどころか呑気に大きな翼の羽繕いを始めた。
羽箒が首筋に当たっているようで、ガストはくすぐったいと首を傾ける。
「くすぐってぇ…」
「ど、どうしたらいいのかしら」
もはや野鳥保護云々の話どころではない。鳥に集られているこの状態にどう対応すれば良いのか穂香にも分からなかった。
一方、その様子を偶然にも目にした者がいた。ガストと同じチームのレンだ。彼は異様な光景を目にした後、急いで道を引き返していく。
慌てて戻ってきたレンにマリオンはどうしたのかと訊ねた。
「緊急事態か」
「…緊急と言えば、緊急かもしれない。ガストが鳥に集られている」
「はぁ?」
意味の分からない報告にマリオンが訊き返す。一体何を言っているのか。
「いつものウルサイ不良どもや女性市民じゃないのか」
「違う。…小鳥に集られていた」
「どこのメルヘン世界の住人だ」
「まぁ、とりあえず落ち着いて話を整理しましょう。レン、ガストが鳥に集られていると言いましたが…どのように集られているのですか?危害を加えられているのでしょうか」
「…両腕に色んな種類の鳥が止まっていた。あと、肩に鷹も。つつかれたりはしていないようだった」
「アイツ…Dr.ドリトルにでもなったつもりか」
先日のポップコーンパーティーで見た映画。動物たちと心を通わせることが出来る医者の話。マリオンはその映画を思い出していた。その能力がメンティーに開花したとでも言うのだろうか。
「ガストが鳥と会話が出来る能力を得た可能性は低いと思いますよ」
「なんだと」
「レンの報告からして、ガストが対応に困っているから急いで戻ってきたのでしょう」
「あぁ…側にいた市民、ガストの彼女も困っていた」
「それに些か妙な点があります。鷹は猛禽類、小鳥のような小動物を食物として捕らえます。ですが、その至近距離で大人しくしているのは…」
「細かい憶測は良い。レン、ガストはこの近くにいるんだな?」
マリオンはヴィクターの話を遮り、ガストの居場所を問う。短いやり取りの中で少々不機嫌になってしまった彼にレンは間髪入れずに頷いた。
「実際に確かめた方が早い。行くぞ、レン」
つかつかと先を急ぐマリオンに二人はついていく。市民が側にいるとなれば、万が一に備えて対応を急がなければならない。鳥たちが急変して襲いかかってくる可能性も有る。
あらゆる場面を想定し気を引き締めてガストの元へ急いだマリオンであったが、実際の状況を目にして唖然とした。あらゆる小柄な野鳥がガストの腕に止まっている。先程よりも数が増えていた。そして極めつけに右肩に鷹。これには流石のマリオンも絶句。レンが慌てて引き返してくるのも納得できる。
「…何だあれは!鳥がよってたかって止まっているじゃないか!」
「だからそう言ってる。…俺が見た時には既にあんな感じだったし、さっきより増えてる」
「これは奇怪ですね。猛禽類が目と鼻の先に居るというのに、捕食対象である小鳥たちは全く逃げようとしない。……ガストが手懐けた様にも思えませんし」
身動きが取れずにいるガストは小鳥たちに引きつった笑顔を向けていた。下手に対応が出来ないとはまさにこの状況。度々背中をキツツキがつつくので、背中に穴が空いてしまう前にこれだけでもなんとかしたい穂香だが、鷹の視線を感じる度に身を竦めていた。
この異様な事態を解決するにはどうしたらいいのか。レンはマリオンに案を求めた。
「…なんとかするにはどうしたいい」
「鳥を追い払うのは簡単だが…ここは野鳥保護地区だ。無闇に追い払ったり危害を加えられない」
「ここはもう少し近づいて状況を……おや」
ガストと鳥たちを傍観していた三人。そこにピピッと電子音が鳴った。ヴィクターの持つ【サブスタンス】計測器が反応を示している。どうやら近辺に【サブスタンス】が出現しているようだ。
「微弱ですが【サブスタンス】の反応が見られます。ちょうどガストがいる辺りですが…もしやあれは【サブスタンス】の影響では?」
「それなら話が早い。【サブスタンス】を回収しに行くぞ。それで鳥たちがいなくなれば解決する」
「わかった」
すぐさま彼らはヒーロースーツを纏い、小鳥に集られている仲間を助けに向かった。
その後はトントン拍子に事件が解決した。ガストの傍らにひっそりと潜んでいた【サブスタンス】の動きを素早く封じ、すかさず回収。すると、途端に小鳥たちは夢から醒めたように慌てて飛び立っていった。鷹は大きな翼を広げ、ガストの肩を蹴り上げて大空へ羽ばたいていく。背中に止まっていたキツツキもいつの間にか姿を消していた。
ガストは自由に動かせるようになった片手を首に当て、駆け付けてきた仲間に笑いかけた。
「助かったぜ。…もう少しで背中に穴が空いちまうかと」
「まったくオマエは人騒がせなヤツだな」
「でも三人揃って助けに来てくれたんだろ?サンキュー」
「偶々見かけただけだ。それに、ガストだけじゃ対処が出来なさそうだった」
「この【サブスタンス】から発生した周波数が鳥類の好むものだったんでしょう」
「成程な。それでいきなり集まってきたのか。動物に好かれるのは良いことなんだろうけど…いきなり止り木にされんのは勘弁だ」
ヴィクターは回収した【サブスタンス】の塊を光に透かし、満足気に微笑んでいた。今までに無い能力を秘めた【サブスタンス】に出逢えたことが嬉しいのだろう。この【サブスタンス】を用いた実験にうってつけの人物もいる。その対象者が自分だとまだ気づいていないガストは愛嬌の良い笑みを浮かべた。
「せっかく四人揃ったことだし、みんなでパトロールに…」
「ボクは向こうの通りを見てくる」
「…俺はあっちに」
「私はこの周辺で別の【サブスタンス】を捜索しますので」
パトロールの提案を投げかけたのだが、全員に一刀両断されることに。レンは何度も視線をちらつかせている。気になった穂香がその方向を見ると、猫が一匹。猫好きだと知ってはいたが、ここまでとは。
彼らはガストが引き止める暇もなく四方にそれぞれ散っていった。
以前、協調性が欠けるとボヤいていたのを聞いたが、最近じゃそれも少し良くなってきた。チームの雰囲気も良くなってきたと聞いていた穂香だったのだが。今の短いやり取りを見る限り、そうは思えない。
彼らの姿が見えなくなった頃にガストはふうと溜息をついた。
「…チームよね?」
「みんな個性が強いっつーか…あれでも前に比べたらだいぶ良くなったんだぜ。それはそうと…他の鳥は慌ただしく飛び立っていったのに、こいつだけ残っちまったな」
ふっと目線を下に向けた所には緑の丸い塊。手の平で丸くなっているメジロ。このメジロだけはあれだけ騒がしくしていたというのに、微動だにせずガストの手に収まっていた。
ガストは心配そうに親指の腹でそっとメジロの頭を撫でる。手触りが良く、柔らかくて繊細な羽毛。何度か撫でていると、メジロがつぶらな目を開けた。パチパチと瞬きを繰り返し、小さな頭を忙しなく左右に傾ける。
そして「チィー」と可愛らしい鳴き声をあげ、一度ガストの方を見たかと思いきや、パタパタと飛んでいった。二人はその方向に目を向けるが、小さな姿はすぐに見えなくなっていた。
薄曇りの空を仰ぐガストに笑みが綻ぶ。
「元気になったみたいだな」
「ガストが暖を分けてあげたおかげかもね。私もガストの手、温かいから好き」
「…穂香は冬場特に冷えてるよなぁ。氷みたいに冷たい時あるし」
「色々対策はしてるんだけどね。…これから北風も吹いてくるし、あのメジロまた凍えちゃわないといいけど」
両手を擦るように揉み合わせた穂香。外気に晒されていた手指は冷たくなっていた。ポケットに忍ばせている使い捨てカイロを手に取り、温もりを得る。
人間は暖を取る様々な術を持つが、自然界では手段が限られている者もいる。鳥たちは風雨を凌ぐ場所を見つけ、そこで身を寄せ合って寒さを凌ぐ。寒さに耐えられず、先程のメジロのように動けなくなることもあるのだ。
「温かい寝床が見つかりゃいいんだけどな」
「寒くなったらまたガストの所に来ちゃうかもね」
「まぁ、そん時はまた暖を分けてやるさ」
「そんな優しいガストに私からはこれ分けてあげる。予備の使い捨てカイロ、良かったら使って」
穂香はバッグから使い捨てカイロを取り出し、ガストに手渡した。冷えて指先が鈍ると任務に支障が出てしまうだろうからと。
「サンキュー。穂香も気を付けろよ?季節の変わり目なんだし…」
「……」
「ど、どうしたんだ?」
季節の変わり目に彼女は体調を崩しやすい。安定しない気温差に身体がついていかないせいだ。それを知っているガストは気遣ってそう声を掛けた。いつもならば「今年は気を付ける」「対策をしている」と自信ありげに答えてくるのだが、穂香は渋い表情で何も答えずにいる。
「…去年、抜かりはないって言ったのに結局風邪拗らせたんだもの。今年は言わないでおこうと思って」
「変な所で意地張るよなぁ…。また風邪引いた時は看病しに行く。そんなに気張ってたら逆に調子崩しちまうぜ」
「気合入れない方がいいってこと?」
「程々にって感じだな。…寒くてどうしようもない時は俺に寄り添ってくれて構わないし」
身体を冷やすと免疫や抵抗力が低下する。決してくっついていたいとか、下心がある発言ではない。ガストの優しい性格を知る穂香ではあるが、関係性が去年から変わったことで積極的な発言も見られるようになった。度々それに困惑してしまうのだ。
「…それだとさっきのメジロみたいじゃない、私」
「寒がりなとこが似てるかもな。…っと、そろそろパトロールの続きしてくる。これ、サンキュー」
「ええ。パトロール、いつもありがと。気を付けていってらっしゃい」
「おう、いってくる」
街路樹の方から「チィー」と鳴く声が聞こえてきた。