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うぐいす餅
「シマエナガって豆大福みたいだよな」
「なんて?」
隣を歩くウィルがそう呟いたものだから、アキラは思わず訊き返してしまった。和菓子の名前を口にした彼は悪気がひとつもない、純粋な表情。
二人はオフの日を利用してグリーンイーストに訪れていた。大の甘党であるウィルの和菓子買い出しに付き合っていたのはいいが、突拍子もないことを言い出したのである。
いつもの和菓子屋で桜餅、うぐいす餅、三色団子、みたらし団子、苺大福、豆大福と大量の和菓子を購入。甘い夢をいっぱいに詰め込んだ紙袋をウィルは大事に抱えていた。その両腕にも紙袋が二つぶら下がっている。
上機嫌で先の台詞を発言するのだ。これにはアキラもつい真顔になるというもの。
「ええと……日本に生息してるっていう野鳥だよ。白くて、尾羽が長くて……」
「いやいやいや、そうじゃない。オレが聞きたいのはなんで鳥が豆大福に見えるんだってトコだ」
「え? ……あのつぶらな瞳が黒豆に見えないか。こういう鳥なんだけど」
首を傾げるウィルに悪気なんてものはない。片手で操作したスマホにシマエナガの写真を表示。そして笑顔をアキラに向ける。
「な、見えるだろ?」
それはアキラの目から見れば白くて丸いただの小鳥であり、それ以外の何者でもない。つぶらな瞳は確かに可愛いのだが。
「いや、見えねぇだろ……。つーか、前にもメジロが抹茶大福に見えるとか言ってなかったか」
「……ああ。アドラーに懐いてたメジロのことか。あれは遠目で見たから本当にそう見えたんだよ」
「どっちにしろだ。何でもかんでも和菓子に例えんのは止めとけ。変なヤツだって思われてもしらねーからな」
「アキラだってこの間、空に浮かぶ雲がホットドッグの形をしてて美味しそうだって言ってたじゃないか。それと似たようなものだろ」
二人は他愛ない会話を交えながら近くの公園を経由し、イーストのショッピングモールに向かっていた。その中に店を構えるスポーツ用品店。愛用のランニングシューズの靴底が擦り減ってしまったので、新調したいという。既に目星をつけているのがあるとアキラはご機嫌な様子で話す。
小鳥の囀りと共に鼻歌交じりに歩いていると、公園のベンチにいる同期の姿を発見した。
ノースセクター所属のガスト・アドラー。私服の装いなところを見ると、彼もオフだと窺える。誰かと一緒ではないようだが、人の代わりに一羽のメジロが彼の左手に止まっていた。
ガストの左手にはみかんの輪切りとメジロ。右手にスマホを構えていた。メジロは両足でしっかりとみかんを掴み、細い嘴でみかんの果肉を美味しそうに啄んでいる。ご馳走に夢中になるあまり、時々バランスを崩して翼をパタつかせた。この様子を動画に収めているガストは微笑ましく彼を見守っている。
「よう、ガスト。こんな所で奇遇だな」
「……お、アキラとウィル。お前らもオフだったのか。今日は天気が良いもんなぁ」
昨日は冬の凛とした空気がグリーンイースト一帯を包み込んでいた。寒さに首を窄めて歩く人の姿も多かったのだが、今日はとても暖かい。陽射しが寒さを和らげる小春日和は小鳥たちも風を切りやすいようだ。
このメジロもイーストのナワバリを飛び回っているうちに恩人であるガストを見つけ、すかさず降り立ったのだ。ガストは買い物がてらイーストを散策していたのだが、気がつくと肩に彼が止まっていた。小さなファンが会いに来た時はいつもこうしてベンチで羽休めに付き合うのである。
みかんはイーストの市民から偶然貰ったもの。イーストセクター担当ではないにも関わらず、ガストの顔を憶えていた男の子。彼から「この間は助けてくれてありがとう!」と小さな手からみかんと笑顔を受け取った。
それを半分に切り分け、片方をチヨスケにお裾分けしている。先程まで美味しそうに好物を啄んでいたチヨスケは頭を持ち上げ、忙しなくキョロキョロした。どうやら、アキラたちの姿と声を警戒しているようだ。
「オレたちはイーストのショッピングモールに行くとこだぜ」
「ショップをハシゴしてんのか? 結構な荷物抱えてるし」
「これは全部ウィルが食う和菓子だ。オレの買い物はこれからだぜ」
「……相変わらず甘いモンに目がねぇんだな」
紙袋にきっちりと詰められた大量の和菓子。それを想像したガストは苦笑いを零す。すると、ウィルが顔を顰めたので慌てて取り繕う。
「あ、いや……ほら、甘いモン好きなトコがコイツと似てるなぁと思ってさ」
「チィ」
メジロは果実等の甘いものを好む。だから嗜好が似ている。似た者同士だなぁと笑ってみせた。
みかんの上でチヨスケはチィチィと小さな声でしきりに鳴いていた。そのつぶらな瞳と目が合う。ウィルはこんなに近くでメジロを見たことがなかった。ふわふわの羽毛に白く縁どった目。寒いのか少し体を膨らませた姿も愛らしい。
この可愛らしい小鳥を見ていると怒る気も失せてしまうというもの。このメジロに免じて。苛立ちそうになった感情を落ち着かせることにした。
「……」
「ガスト、いつからメジロの親分になったんだ?」
「メジロの親分って……コイツとは成り行きっつーか。道端で蹲ってたから、踏まれないように助けてやったんだよ。そうしたらやけに懐かれちまって」
「いかにもガストらしい理由だな。つーか、なんか懐きすぎじゃね? 野生はどこにいっちまったんだ」
元々人に慣れているのかと思い、アキラが指を近づける。しかし、チヨスケは逃げるようにガストの腕に跳び移った。
「チィッチィー」
「……誰にでも懐っこいワケじゃねーんだな」
「メジロは好奇心旺盛だけど、警戒心が強いって雑誌に書いてあった。それだけアドラーは信頼されてるってことだろ」
「やっぱメジロの親分で決まりだな」
「はは……ウィルも鳥に詳しいんだな。植物専門だと思ってたけど」
「この間読んだ雑誌に野鳥特集が組まれてたんだ。シマエナガやライチョウ、ウグイス……メグロって鳥もいた。メグロは日本だと小笠原諸島にしか生息していないらしい」
その雑誌は日本から輸入されたもので、サウスの本屋で目についたの手に取ったのだという。本屋の店主は「最近日本人のお嬢さんが寄ってくれるようになったからね」と話していた。レンの知り合いなんだとニコニコしながら。
ウィルはガーデニングの雑誌と一緒にそれを購入し、昨夜読み耽っていたという話だ。
ガストも以前野鳥について調べたのだが、この辺りに生息する個体のみ。メグロという鳥は初めて聞いたようだ。
「へぇ……メグロか。チヨスケの親戚みたいなもんかもな」
「メグロは目の周りが黒っぽくて、緑というより黄色みが強かった。……チヨスケ?」
「コイツの名前だよ。チヨチヨ鳴くから」
「チィーヨチィーチィッ」
「……まぁ、そう聞こえなくもないけど。……」
チヨスケはガストの腕に止まったまま羽繕いを始めた。胸元を嘴で器用に繕っている。お腹の左右にふわふわとした薄い灰色の羽毛が出ていた。
背中の濃い黄緑色をじっと見ていたウィル。もしやとアキラはジト目で彼を睨んだ。
「ウィル。コイツを見て美味しそうだなーとか考えてんじゃねーだろうな」
「な、何言ってるんだよアキラ」
「聞いてくれよガスト。ウィルのヤツ、このメジロを見て抹茶大福みたいだって前に言ってたんだぜ」
「あ、アキラ……!」
「ガストが抹茶大福に話し掛けてるって言ってたよな」
チヨスケは不意に羽繕いをぴたりと止めた。羽を丁寧に畳み、両方の羽先を無言で小刻みに震わせる。この異変にガストは真っ先に気づいた。他の二人はどうやらまだ気づいていない。
「いや、あれは……本当にそう見えただけで」
「さっきもシマエナガっていう鳥が豆大福に見えないかーとか言い出したし」
そう口にしたのも事実である。しかし、メジロを目の前にしたウィルはこんなことを考えていた。抹茶大福よりもうぐいす餅の方が似ている。そう思っていたなど二人に明かせる筈がない。
「食べちゃいたいほど可愛いっていうヤツか。……って、急にだんまりになっちまったけど。どうしたんだチヨスケ」
羽先を震わせ、嘴を大きく開けているチヨスケ。この状態に気づいたアキラは不思議そうに眺めていた。
「あー……あんま言いたくねぇけど。これ、威嚇してるっぽいな」
「威嚇?」
「……マジだ。なんか今にも噛み付いてきそうな雰囲気だぜ」
チヨスケのパートナーが同じように威嚇の態勢を取り、ガストに攻撃を仕掛けてきた経緯がある。その時は爪で引っ掻いた傷だけで済んだのだが、自分の体よりも何倍もある人間に体当たりをしてくる。なんとも勇敢なメジロだったとガストは頬を擦った。
「メジロの縄張り争いは取っ組み合いになるんだよ。この間ミリオンチューブで見たんだけどさ。芝の上で転がりながら相手の嘴を足で掴んで押さえつけてた」
正面からウィルを睨みつけるようにしているチヨスケ。小さな体つきだが中々の迫力だ。これはどう見てもウィルに対する警戒レベルを引き上げている。しかし、それを直に伝えるのも角が立ちそうで、眉を八の字に寄せたガストはこの状況を暫く見守ることにした。
「ウィルが大福みたいでうまそーとか言うから、怒っちまったんだよ」
「大福に見えるとは言ったけど、美味しそうとは言ってない」
「発想が似たようなモンだろ? コイツもアレキサンダーと同じで、人の言葉がわかるんだよ」
アキラの言うことに一理ある。言葉にはしていないが、うぐいす餅みたいだと考えていたのがバレてしまったのかもしれない。ウィルはじっとチヨスケを見つめ、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「……ごめんな。俺が好きなのは和菓子だから、君みたいな小鳥は食べたりしないよ」
「チィ」
「おっ、今のはわかったって返事じゃねぇのか? 良かったなウィル」
「チィー」
震わせていた羽をぴたりと体にくっつけ、ウィルを見上げながらチヨスケが鳴いた。
「もう、怒ってない……?」
「チィッチュイー」
軽やかな鈴を鳴らすような声。これを聞く限りでは敵意を感じられない。
ウィルはほっと胸を撫で下ろし、チヨスケに笑い掛けた。チヨスケは腕からちょんちょんと跳ね、みかんの縁に再び止まる。敵がいないとわかり安心したのか、また果肉を啄み始めた。それでもアキラとウィル、周囲の鳥の声が気になるのか時折ぴたりと静止し、忙しなく頭を傾げる仕草を見せる。
「良かったなーウィル。もうお前のこと敵じゃないってわかったから、安心してメシ食ってるぜ」
「良かった……けど、アキラこの子の言ってることがわかるのか?」
その問い掛けにアキラは口の端を持ち上げてにんまりと笑った。
「おぅ! なんたって俺はあのブラッドも認めるアレキサンダーの良き理解者だからな。鳥の言うことだってわかるぜ」
「チュイー」
「へえーすごいなぁアキラ。じゃあ、今のはなんて言ったんだ?」
「『強くてカッコイイ、大天才のアキラさんに会えて今日は最高だ!』って言ってるぜ」
今の短い一言に随分と情報量が多く詰まっている。得意げに話すアキラに対し「水を差す真似はしないでおこう」と二人は顔を見合わせた。彼の性格を互いによく知っている故の暗黙の了解だ。
「すごいなぁ。チヨスケもアキラのファンになるかもしれないな」
「今度サインを書いてきてやってもいいぜ?」
「チィー」
「よーし。じゃあ楽しみに待ってろよ」
頭を上げてチィチィと鳴くチヨスケ。それがまるで返事をしているように聞こえる。自分のファンが増えたとアキラはご機嫌だ。それが人外だったとしても、ファンには変わりない。
「アキラ。そろそろ行こう。買い物する時間がなくなっちゃうだろ」
「お、そうだな。ガストはまだここにいんのか?」
「ああ。コイツがこれ食い終わるまでな」とガストが笑う。ミカンをプレゼントしたのはいいが、直に手の平に乗せてしまったので、食べ終わるまで待たなければ。その辺に放置するという考えを持たないところが彼の優しい性格だ。
それに動きは取れずとも、写真や動画を撮って暇を潰しているので退屈ではない。穂香やレンにそれを送ってメッセージのやり取りもしている。穂香にはチヨスケとのツーショットを。レンにはみかんを啄む様子を送ったのだが、誤ってレンが作った猫フォルダに写真をアップロードしてしまった。『猫フォルダに猫以外を送るな』とお叱りを受けるかと思いきや、意外な反応が返ってきたのだ。
『これは猫じゃない』
『随分近くで撮れてるな。懐いてるのか』
『可愛いとは思う。動画はあるのか』
こんな反応が次々と送られてきたので、つい調子に乗ってしまった。今までに撮ったベストショット、動画を送り続けているとレンの反応が途絶えた。流石に怒らせてしまったかと俄かに焦るガスト。しかし。
『鳥フォルダを作った。今度からこっちにアップロードしてくれ。……猫と鳥は分けてやった方がお互いにいいだろ』
これには思わずにっこりしてしまったとウィルとアキラに話すガストであった。
「俺も猫の写真が撮れたら今度レンに送ってあげようかな。実家の近くに猫がいたし」
「そーいやいたな。靴下履いてるみてぇな猫だったか」
「そうそう。模様がそう見えて可愛かったよな」
ふと、ウィルが歩みを徐に止めた。立ち止まり、自身が抱えている紙袋に目を落とす。どこか神妙な顔つきで。今はショッピングモールへ移動中なのだが、何か後ろ髪を引かれることでもあるのか。大方、和菓子関連かとアキラは眉を顰めた。
「どうしたんだウィル。……もしかして、和菓子買い足しに戻るとか」
「違う」
「なんだ。てっきり抹茶大福が足りないからとか言うのかと思ったぜ」
「その逆だよ。……うぐいす餅を見たらあのメジロくんを思い出しちゃいそうで」
あんなに可愛らしい小鳥を見た後に、とてもじゃないが大口を開けてうぐいす餅を頬張れそうにない。これにはアキラもぽかんと口を開けてしまった。前回はその真逆のことを言っていたからだ。
「……意外だ」
「意外ってなんだよ。……でも、勿体ないよな。折角買ったのに」
「少しは食うの手伝ってやってもいーけどよ。流石に五個も六個も食えねぇぞ。他のヤツに声掛けるっても……レンはぜってー要らねぇって言うだろうし」
「うーん……司令やブラッドさんたちにお裾分けしようかな」
「お、いい考えだな。司令も和菓子好きだって言ってたし、ブラッドたちも喜ぶんじゃねーの。ところで、うぐいす餅は全部で何個あるんだ?」
「四十個」
「この紙袋は四次元なのか。どこにそんな大量のうぐいす餅と和菓子が入ってんだよ⁉」
紙袋の収納能力もそうだが、数えきれない程の甘味を平らげる幼馴染の胃袋にゾッとするアキラであった。
◇◆◇
「失礼します。司令、お疲れ様です」
司令室に響いていたタイピング音が止む。モニターと睨み合っていた紅蓮は目頭を押さえ、デスクチェアごとウィルの方に向きを変えた。
「すみません、お仕事中に」
「いや、気にするな。司令部に提出する報告書を作っていただけだ。それよりどうしたんだ? 今日はオフの予定だっただろう」
頭を左右に傾け、肩を揉み解しながら紅蓮が訊ねる。疲れた顔をしているが、ウィルに向けた表情は穏やかなものであった。
「はい。さっき帰ってきたばかりなんです。イーストのショッピングモールに行ってました」
「そうか。あの辺も昔と比べて店舗もだいぶ入れ替わっているようだな……たまには私も行ってみるか」
「是非。それで、リトルトーキョーの和菓子屋さんにも寄ってきたので、お裾分けを持ってきました」
ウィルは抱えていた紙袋を紅蓮に差し出した。受け取ったそれは結構な重量がある。何の和菓子かと袋の口を覗き込んだ。袋の上部まで積み上げられている様子が彼女の目に映った。
「うぐいす餅二十個と抹茶大福十個です」
「……随分と買い込んできたんだな。ウィル、自分の分は確保しているのか?」
「はい」
屈託のない、花が綻ぶような笑顔。紅蓮はここでようやく思い出した。彼が大の甘党であることを。
これだけ大量の和菓子を差し入れてくれた気持ちは有難いが、一人でこれだけの量を消費するのは困難だ。だからこそ、自分の分はちゃんと確保しているのかと訊ねた。足りなければ持っていっていいんだぞ、というニュアンスを仄めかしながら。
「そうか」
「……す、すみません。ご迷惑でしたか? 疲れた時は甘い物が欲しくなると思ったんですけど」
「いや、迷惑ではない。ちょうど休憩を挟もうと思っていた所だ、お茶請けにさせてもらうよ」
「喜んでもらえて何よりです。この店の和菓子はほうじ茶と相性がいいんですよ。それじゃあ、俺はこれで失礼します」
「ああ。有難う、ウィル」
紅蓮は三十個の和菓子が詰め込まれた紙袋を前に、途方に暮れていた。受取拒否の意思を見せようものなら、あの笑顔が枯れてしまう。
この和菓子を消費する手段を考えなければ。暫し悩んだ紅蓮はスマホの連絡先からブラッドを呼び出した。
「……ああ、ブラッド。今いいか」
『問題ない。急用か』
「急用ではないのだが、今私の手元に大量のうぐいす餅と抹茶大福がある。良ければ少し貰ってくれないだろうかと思ってな」
『俺の手元にも同量の和菓子がある。つい先程、ウィルから差し入れとして受け取った』
「そうか。……当てが外れてしまったな」
『五分前に得た情報では他セクターにも同様の和菓子を配り歩いているらしい』
「どういうことだ? ウィルであれば一人で消費できる量だろうに」
『詳細は不明だ。だが、アキラが何か知っているようだった。後で聞いておこう』
「頼む。……しかし、先ずはこの和菓子をどうするかだな。いっそ和菓子パーティーでも開くとするか」
『午後二時半からであれば俺も参加できる。こちらからも皆に声を掛けておこう』
「集合場所は司令室で構わない。私はリリーや他のスタッフたちに聞いてみるとしよう。では、また後で」
通話を終えた紅蓮は紙袋からうぐいす餅を一つ取り出した。透明な四角い箱の中に収まる和菓子。その姿は小鳥がちょこんと座っているようにも見える。
おススメされたほうじ茶と共に一つ頂こう。デスクワークで凝り固まった身体を解すように紅蓮は立ち上がった。
「シマエナガって豆大福みたいだよな」
「なんて?」
隣を歩くウィルがそう呟いたものだから、アキラは思わず訊き返してしまった。和菓子の名前を口にした彼は悪気がひとつもない、純粋な表情。
二人はオフの日を利用してグリーンイーストに訪れていた。大の甘党であるウィルの和菓子買い出しに付き合っていたのはいいが、突拍子もないことを言い出したのである。
いつもの和菓子屋で桜餅、うぐいす餅、三色団子、みたらし団子、苺大福、豆大福と大量の和菓子を購入。甘い夢をいっぱいに詰め込んだ紙袋をウィルは大事に抱えていた。その両腕にも紙袋が二つぶら下がっている。
上機嫌で先の台詞を発言するのだ。これにはアキラもつい真顔になるというもの。
「ええと……日本に生息してるっていう野鳥だよ。白くて、尾羽が長くて……」
「いやいやいや、そうじゃない。オレが聞きたいのはなんで鳥が豆大福に見えるんだってトコだ」
「え? ……あのつぶらな瞳が黒豆に見えないか。こういう鳥なんだけど」
首を傾げるウィルに悪気なんてものはない。片手で操作したスマホにシマエナガの写真を表示。そして笑顔をアキラに向ける。
「な、見えるだろ?」
それはアキラの目から見れば白くて丸いただの小鳥であり、それ以外の何者でもない。つぶらな瞳は確かに可愛いのだが。
「いや、見えねぇだろ……。つーか、前にもメジロが抹茶大福に見えるとか言ってなかったか」
「……ああ。アドラーに懐いてたメジロのことか。あれは遠目で見たから本当にそう見えたんだよ」
「どっちにしろだ。何でもかんでも和菓子に例えんのは止めとけ。変なヤツだって思われてもしらねーからな」
「アキラだってこの間、空に浮かぶ雲がホットドッグの形をしてて美味しそうだって言ってたじゃないか。それと似たようなものだろ」
二人は他愛ない会話を交えながら近くの公園を経由し、イーストのショッピングモールに向かっていた。その中に店を構えるスポーツ用品店。愛用のランニングシューズの靴底が擦り減ってしまったので、新調したいという。既に目星をつけているのがあるとアキラはご機嫌な様子で話す。
小鳥の囀りと共に鼻歌交じりに歩いていると、公園のベンチにいる同期の姿を発見した。
ノースセクター所属のガスト・アドラー。私服の装いなところを見ると、彼もオフだと窺える。誰かと一緒ではないようだが、人の代わりに一羽のメジロが彼の左手に止まっていた。
ガストの左手にはみかんの輪切りとメジロ。右手にスマホを構えていた。メジロは両足でしっかりとみかんを掴み、細い嘴でみかんの果肉を美味しそうに啄んでいる。ご馳走に夢中になるあまり、時々バランスを崩して翼をパタつかせた。この様子を動画に収めているガストは微笑ましく彼を見守っている。
「よう、ガスト。こんな所で奇遇だな」
「……お、アキラとウィル。お前らもオフだったのか。今日は天気が良いもんなぁ」
昨日は冬の凛とした空気がグリーンイースト一帯を包み込んでいた。寒さに首を窄めて歩く人の姿も多かったのだが、今日はとても暖かい。陽射しが寒さを和らげる小春日和は小鳥たちも風を切りやすいようだ。
このメジロもイーストのナワバリを飛び回っているうちに恩人であるガストを見つけ、すかさず降り立ったのだ。ガストは買い物がてらイーストを散策していたのだが、気がつくと肩に彼が止まっていた。小さなファンが会いに来た時はいつもこうしてベンチで羽休めに付き合うのである。
みかんはイーストの市民から偶然貰ったもの。イーストセクター担当ではないにも関わらず、ガストの顔を憶えていた男の子。彼から「この間は助けてくれてありがとう!」と小さな手からみかんと笑顔を受け取った。
それを半分に切り分け、片方をチヨスケにお裾分けしている。先程まで美味しそうに好物を啄んでいたチヨスケは頭を持ち上げ、忙しなくキョロキョロした。どうやら、アキラたちの姿と声を警戒しているようだ。
「オレたちはイーストのショッピングモールに行くとこだぜ」
「ショップをハシゴしてんのか? 結構な荷物抱えてるし」
「これは全部ウィルが食う和菓子だ。オレの買い物はこれからだぜ」
「……相変わらず甘いモンに目がねぇんだな」
紙袋にきっちりと詰められた大量の和菓子。それを想像したガストは苦笑いを零す。すると、ウィルが顔を顰めたので慌てて取り繕う。
「あ、いや……ほら、甘いモン好きなトコがコイツと似てるなぁと思ってさ」
「チィ」
メジロは果実等の甘いものを好む。だから嗜好が似ている。似た者同士だなぁと笑ってみせた。
みかんの上でチヨスケはチィチィと小さな声でしきりに鳴いていた。そのつぶらな瞳と目が合う。ウィルはこんなに近くでメジロを見たことがなかった。ふわふわの羽毛に白く縁どった目。寒いのか少し体を膨らませた姿も愛らしい。
この可愛らしい小鳥を見ていると怒る気も失せてしまうというもの。このメジロに免じて。苛立ちそうになった感情を落ち着かせることにした。
「……」
「ガスト、いつからメジロの親分になったんだ?」
「メジロの親分って……コイツとは成り行きっつーか。道端で蹲ってたから、踏まれないように助けてやったんだよ。そうしたらやけに懐かれちまって」
「いかにもガストらしい理由だな。つーか、なんか懐きすぎじゃね? 野生はどこにいっちまったんだ」
元々人に慣れているのかと思い、アキラが指を近づける。しかし、チヨスケは逃げるようにガストの腕に跳び移った。
「チィッチィー」
「……誰にでも懐っこいワケじゃねーんだな」
「メジロは好奇心旺盛だけど、警戒心が強いって雑誌に書いてあった。それだけアドラーは信頼されてるってことだろ」
「やっぱメジロの親分で決まりだな」
「はは……ウィルも鳥に詳しいんだな。植物専門だと思ってたけど」
「この間読んだ雑誌に野鳥特集が組まれてたんだ。シマエナガやライチョウ、ウグイス……メグロって鳥もいた。メグロは日本だと小笠原諸島にしか生息していないらしい」
その雑誌は日本から輸入されたもので、サウスの本屋で目についたの手に取ったのだという。本屋の店主は「最近日本人のお嬢さんが寄ってくれるようになったからね」と話していた。レンの知り合いなんだとニコニコしながら。
ウィルはガーデニングの雑誌と一緒にそれを購入し、昨夜読み耽っていたという話だ。
ガストも以前野鳥について調べたのだが、この辺りに生息する個体のみ。メグロという鳥は初めて聞いたようだ。
「へぇ……メグロか。チヨスケの親戚みたいなもんかもな」
「メグロは目の周りが黒っぽくて、緑というより黄色みが強かった。……チヨスケ?」
「コイツの名前だよ。チヨチヨ鳴くから」
「チィーヨチィーチィッ」
「……まぁ、そう聞こえなくもないけど。……」
チヨスケはガストの腕に止まったまま羽繕いを始めた。胸元を嘴で器用に繕っている。お腹の左右にふわふわとした薄い灰色の羽毛が出ていた。
背中の濃い黄緑色をじっと見ていたウィル。もしやとアキラはジト目で彼を睨んだ。
「ウィル。コイツを見て美味しそうだなーとか考えてんじゃねーだろうな」
「な、何言ってるんだよアキラ」
「聞いてくれよガスト。ウィルのヤツ、このメジロを見て抹茶大福みたいだって前に言ってたんだぜ」
「あ、アキラ……!」
「ガストが抹茶大福に話し掛けてるって言ってたよな」
チヨスケは不意に羽繕いをぴたりと止めた。羽を丁寧に畳み、両方の羽先を無言で小刻みに震わせる。この異変にガストは真っ先に気づいた。他の二人はどうやらまだ気づいていない。
「いや、あれは……本当にそう見えただけで」
「さっきもシマエナガっていう鳥が豆大福に見えないかーとか言い出したし」
そう口にしたのも事実である。しかし、メジロを目の前にしたウィルはこんなことを考えていた。抹茶大福よりもうぐいす餅の方が似ている。そう思っていたなど二人に明かせる筈がない。
「食べちゃいたいほど可愛いっていうヤツか。……って、急にだんまりになっちまったけど。どうしたんだチヨスケ」
羽先を震わせ、嘴を大きく開けているチヨスケ。この状態に気づいたアキラは不思議そうに眺めていた。
「あー……あんま言いたくねぇけど。これ、威嚇してるっぽいな」
「威嚇?」
「……マジだ。なんか今にも噛み付いてきそうな雰囲気だぜ」
チヨスケのパートナーが同じように威嚇の態勢を取り、ガストに攻撃を仕掛けてきた経緯がある。その時は爪で引っ掻いた傷だけで済んだのだが、自分の体よりも何倍もある人間に体当たりをしてくる。なんとも勇敢なメジロだったとガストは頬を擦った。
「メジロの縄張り争いは取っ組み合いになるんだよ。この間ミリオンチューブで見たんだけどさ。芝の上で転がりながら相手の嘴を足で掴んで押さえつけてた」
正面からウィルを睨みつけるようにしているチヨスケ。小さな体つきだが中々の迫力だ。これはどう見てもウィルに対する警戒レベルを引き上げている。しかし、それを直に伝えるのも角が立ちそうで、眉を八の字に寄せたガストはこの状況を暫く見守ることにした。
「ウィルが大福みたいでうまそーとか言うから、怒っちまったんだよ」
「大福に見えるとは言ったけど、美味しそうとは言ってない」
「発想が似たようなモンだろ? コイツもアレキサンダーと同じで、人の言葉がわかるんだよ」
アキラの言うことに一理ある。言葉にはしていないが、うぐいす餅みたいだと考えていたのがバレてしまったのかもしれない。ウィルはじっとチヨスケを見つめ、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「……ごめんな。俺が好きなのは和菓子だから、君みたいな小鳥は食べたりしないよ」
「チィ」
「おっ、今のはわかったって返事じゃねぇのか? 良かったなウィル」
「チィー」
震わせていた羽をぴたりと体にくっつけ、ウィルを見上げながらチヨスケが鳴いた。
「もう、怒ってない……?」
「チィッチュイー」
軽やかな鈴を鳴らすような声。これを聞く限りでは敵意を感じられない。
ウィルはほっと胸を撫で下ろし、チヨスケに笑い掛けた。チヨスケは腕からちょんちょんと跳ね、みかんの縁に再び止まる。敵がいないとわかり安心したのか、また果肉を啄み始めた。それでもアキラとウィル、周囲の鳥の声が気になるのか時折ぴたりと静止し、忙しなく頭を傾げる仕草を見せる。
「良かったなーウィル。もうお前のこと敵じゃないってわかったから、安心してメシ食ってるぜ」
「良かった……けど、アキラこの子の言ってることがわかるのか?」
その問い掛けにアキラは口の端を持ち上げてにんまりと笑った。
「おぅ! なんたって俺はあのブラッドも認めるアレキサンダーの良き理解者だからな。鳥の言うことだってわかるぜ」
「チュイー」
「へえーすごいなぁアキラ。じゃあ、今のはなんて言ったんだ?」
「『強くてカッコイイ、大天才のアキラさんに会えて今日は最高だ!』って言ってるぜ」
今の短い一言に随分と情報量が多く詰まっている。得意げに話すアキラに対し「水を差す真似はしないでおこう」と二人は顔を見合わせた。彼の性格を互いによく知っている故の暗黙の了解だ。
「すごいなぁ。チヨスケもアキラのファンになるかもしれないな」
「今度サインを書いてきてやってもいいぜ?」
「チィー」
「よーし。じゃあ楽しみに待ってろよ」
頭を上げてチィチィと鳴くチヨスケ。それがまるで返事をしているように聞こえる。自分のファンが増えたとアキラはご機嫌だ。それが人外だったとしても、ファンには変わりない。
「アキラ。そろそろ行こう。買い物する時間がなくなっちゃうだろ」
「お、そうだな。ガストはまだここにいんのか?」
「ああ。コイツがこれ食い終わるまでな」とガストが笑う。ミカンをプレゼントしたのはいいが、直に手の平に乗せてしまったので、食べ終わるまで待たなければ。その辺に放置するという考えを持たないところが彼の優しい性格だ。
それに動きは取れずとも、写真や動画を撮って暇を潰しているので退屈ではない。穂香やレンにそれを送ってメッセージのやり取りもしている。穂香にはチヨスケとのツーショットを。レンにはみかんを啄む様子を送ったのだが、誤ってレンが作った猫フォルダに写真をアップロードしてしまった。『猫フォルダに猫以外を送るな』とお叱りを受けるかと思いきや、意外な反応が返ってきたのだ。
『これは猫じゃない』
『随分近くで撮れてるな。懐いてるのか』
『可愛いとは思う。動画はあるのか』
こんな反応が次々と送られてきたので、つい調子に乗ってしまった。今までに撮ったベストショット、動画を送り続けているとレンの反応が途絶えた。流石に怒らせてしまったかと俄かに焦るガスト。しかし。
『鳥フォルダを作った。今度からこっちにアップロードしてくれ。……猫と鳥は分けてやった方がお互いにいいだろ』
これには思わずにっこりしてしまったとウィルとアキラに話すガストであった。
「俺も猫の写真が撮れたら今度レンに送ってあげようかな。実家の近くに猫がいたし」
「そーいやいたな。靴下履いてるみてぇな猫だったか」
「そうそう。模様がそう見えて可愛かったよな」
ふと、ウィルが歩みを徐に止めた。立ち止まり、自身が抱えている紙袋に目を落とす。どこか神妙な顔つきで。今はショッピングモールへ移動中なのだが、何か後ろ髪を引かれることでもあるのか。大方、和菓子関連かとアキラは眉を顰めた。
「どうしたんだウィル。……もしかして、和菓子買い足しに戻るとか」
「違う」
「なんだ。てっきり抹茶大福が足りないからとか言うのかと思ったぜ」
「その逆だよ。……うぐいす餅を見たらあのメジロくんを思い出しちゃいそうで」
あんなに可愛らしい小鳥を見た後に、とてもじゃないが大口を開けてうぐいす餅を頬張れそうにない。これにはアキラもぽかんと口を開けてしまった。前回はその真逆のことを言っていたからだ。
「……意外だ」
「意外ってなんだよ。……でも、勿体ないよな。折角買ったのに」
「少しは食うの手伝ってやってもいーけどよ。流石に五個も六個も食えねぇぞ。他のヤツに声掛けるっても……レンはぜってー要らねぇって言うだろうし」
「うーん……司令やブラッドさんたちにお裾分けしようかな」
「お、いい考えだな。司令も和菓子好きだって言ってたし、ブラッドたちも喜ぶんじゃねーの。ところで、うぐいす餅は全部で何個あるんだ?」
「四十個」
「この紙袋は四次元なのか。どこにそんな大量のうぐいす餅と和菓子が入ってんだよ⁉」
紙袋の収納能力もそうだが、数えきれない程の甘味を平らげる幼馴染の胃袋にゾッとするアキラであった。
◇◆◇
「失礼します。司令、お疲れ様です」
司令室に響いていたタイピング音が止む。モニターと睨み合っていた紅蓮は目頭を押さえ、デスクチェアごとウィルの方に向きを変えた。
「すみません、お仕事中に」
「いや、気にするな。司令部に提出する報告書を作っていただけだ。それよりどうしたんだ? 今日はオフの予定だっただろう」
頭を左右に傾け、肩を揉み解しながら紅蓮が訊ねる。疲れた顔をしているが、ウィルに向けた表情は穏やかなものであった。
「はい。さっき帰ってきたばかりなんです。イーストのショッピングモールに行ってました」
「そうか。あの辺も昔と比べて店舗もだいぶ入れ替わっているようだな……たまには私も行ってみるか」
「是非。それで、リトルトーキョーの和菓子屋さんにも寄ってきたので、お裾分けを持ってきました」
ウィルは抱えていた紙袋を紅蓮に差し出した。受け取ったそれは結構な重量がある。何の和菓子かと袋の口を覗き込んだ。袋の上部まで積み上げられている様子が彼女の目に映った。
「うぐいす餅二十個と抹茶大福十個です」
「……随分と買い込んできたんだな。ウィル、自分の分は確保しているのか?」
「はい」
屈託のない、花が綻ぶような笑顔。紅蓮はここでようやく思い出した。彼が大の甘党であることを。
これだけ大量の和菓子を差し入れてくれた気持ちは有難いが、一人でこれだけの量を消費するのは困難だ。だからこそ、自分の分はちゃんと確保しているのかと訊ねた。足りなければ持っていっていいんだぞ、というニュアンスを仄めかしながら。
「そうか」
「……す、すみません。ご迷惑でしたか? 疲れた時は甘い物が欲しくなると思ったんですけど」
「いや、迷惑ではない。ちょうど休憩を挟もうと思っていた所だ、お茶請けにさせてもらうよ」
「喜んでもらえて何よりです。この店の和菓子はほうじ茶と相性がいいんですよ。それじゃあ、俺はこれで失礼します」
「ああ。有難う、ウィル」
紅蓮は三十個の和菓子が詰め込まれた紙袋を前に、途方に暮れていた。受取拒否の意思を見せようものなら、あの笑顔が枯れてしまう。
この和菓子を消費する手段を考えなければ。暫し悩んだ紅蓮はスマホの連絡先からブラッドを呼び出した。
「……ああ、ブラッド。今いいか」
『問題ない。急用か』
「急用ではないのだが、今私の手元に大量のうぐいす餅と抹茶大福がある。良ければ少し貰ってくれないだろうかと思ってな」
『俺の手元にも同量の和菓子がある。つい先程、ウィルから差し入れとして受け取った』
「そうか。……当てが外れてしまったな」
『五分前に得た情報では他セクターにも同様の和菓子を配り歩いているらしい』
「どういうことだ? ウィルであれば一人で消費できる量だろうに」
『詳細は不明だ。だが、アキラが何か知っているようだった。後で聞いておこう』
「頼む。……しかし、先ずはこの和菓子をどうするかだな。いっそ和菓子パーティーでも開くとするか」
『午後二時半からであれば俺も参加できる。こちらからも皆に声を掛けておこう』
「集合場所は司令室で構わない。私はリリーや他のスタッフたちに聞いてみるとしよう。では、また後で」
通話を終えた紅蓮は紙袋からうぐいす餅を一つ取り出した。透明な四角い箱の中に収まる和菓子。その姿は小鳥がちょこんと座っているようにも見える。
おススメされたほうじ茶と共に一つ頂こう。デスクワークで凝り固まった身体を解すように紅蓮は立ち上がった。