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「ヴァルク、かっこよかったね!」
「うんっ。この風船、たからものにするんだ」
すれ違い様に聞こえた会話。仲良し二人組を振り返ってみると、男の子はしっかりと風船の紐を握っていた。その先に繋がれた赤い風船。そよ風に揺られ、気持ちよさそうにぷかぷかと浮かぶ。
彼らはミリオンパーク内の芝生を小走りで駆けていく。風船もその後をふわーっと追いかけていった。
今日は天気が良い。青空がすっきりと広がっているし、陽射しがとても柔らかい。麗らかな昼下がりを外で過ごすにはもってこいの日和。この春の陽気に誘われた人たちがミリオンパークに訪れている。
私も例に漏れず、友達との楽しいランチ帰りにちょっと立ち寄ってみた。散策がてら木陰を見つけて、そこでゆっくりしようかしら。ああ、でもこんなポカポカ陽気だと居眠りしちゃうかも。春の陽射しが降り注いでいるとはいえ、流石に風邪を引いてしまいそう。ただでさえ季節の変わり目で体調を崩しやすい時期だし、今日は我慢して散策だけに留めよう。私はパーク内をのんびりと歩くことにした。
手入れが行き届いた花壇に赤や黄、ピンクや白の色とりどりの可憐な花が咲いている。馴染みがあるチューリップや水仙を見ていると小学校の花壇を思い出す。四季折々の花がとても綺麗だった。
春はチューリップ、水仙、ヒヤシンス、マリーゴールドが花壇を飾っていた。夏には大きなヒマワリがお日様の様に咲く。私たちの背よりもだいぶ高い所で咲くから、見上げる度に青空に浮かぶ太陽みたいだねって言っていた。首が痛くなるぐらい見上げていたわ。秋は赤やピンクのコスモスが秋風にそよそよと揺れた。
今思うと、あれだけ綺麗な花壇を保つには相当手入れしなきゃいけない。花が好きな友達がよく手伝いをしていたから、私も時々手伝っていた。彼女は元気にしているだろうか。今は日本で花屋を営んでる。来月帰省した時に顔を見に行こうかな。
学生時代の懐かしい顔ぶれが次々と浮かんでくる。関連する思い出に浸りながら春の花々を見ていた時だ。
「ガストさん、こっちに視線ください!」
不意に聞こえてきた若い男の子の声。その子がガストの名前を呼んでいたので、自然とそっちに私は振り向いた。
そこに彼らしき人はいたのだけど、何やら様子がおかしかった。何よりも目立つオレンジ色の翼。造り物にしては出来栄えが良い。その翼を背負ったガストは黒いフライトジャケットを羽織っていた。ポーズを取る彼を若い男の子たちがスマホやカメラで撮っている。本格的な一眼レフを構えている子もいた。
一瞬、何をしているのかと思った。でも、すぐにそれが『スターリット・ヒーローズ』のキャラクターコスチュームだと気がついた。名前はそう、ヴァルク。さっき子どもたちが話していたヴァルクはガストのことなんだわ。
「このコミックス面白いからおススメだ」ってこの間言ってたけど、コスプレするほど好きとは知らなかった。
『スターリット・ヒーローズ』は『ヒーロー』を題材にしたもの。登場キャラクターの一人であるヴァルクは空を翔け回る『ヒーロー』で、鳥獣保護区で働いている。確かにガストにぴったりかも。
「ガストさん、次はヴァルクの決めポーズでお願いします!」
「……こう、だったか?」
ガストは大きなモデルガンを肩に担ぎ、片腕を伸ばした。さながらモデルの撮影会のようね。折角だし、私も記念に一枚撮っておこうかな。
バッグからスマホを取り出して、カメラモードを素早く起動。若いカメラマンたちに混ざって私もレンズを彼に向けた。
「こっちにも視線お願いしまーす」
そう声を掛ければ、ガストが視線をこちらにくれる。キメ顔で振り向いた彼の瞳にピントを合わせ、その全身を一枚に収めた。撮った写真をズーム、ちゃんとピントが合っている。それを確認していると、慌てた彼の声が聞こえてきた。
「…………なんで穂香がいるんだ⁉」
周りにいた少年たちの視線が私に集まる。キョトンとしている子もいれば、何故か物凄く驚いた表情をしている子もいた。
「ランチの帰り。ミリオンパークを散策していこうと思ってたら、ガストが珍しい格好で撮影会やってたからつい、ね」
「撮影会っつーか……気づいたらこうなってた。……まさかまた顔見知りに目撃されるとは思ってなかったな」
彼が言うにはついさっき同期に目撃されたらしい。イベント会場ならともかく、こういう一般人の往来がある公共の場で人目を避けるのは難しい。
「ねぇ、私も」
「もしかして、ガストさんの……彼女!」
私の言葉に被せてきた少年の声。彼らは私とガストを何度も見比べて、目を輝かせていた。
ガストはその質問に対して直ぐには「そうだ」と答えず、言い淀む。そして、暫く黙ったあとに悩みながらも小さく頷いた。すると少年たちが俄かに声を上げる。次の瞬間、彼らが一斉に頭をバッと下げ、声を揃えた。
「お世話になってます!!」
「ガストさんといつも一緒にいる人っスよね!」
「流石ガストさん。こんな綺麗な人が彼女だなんて!」
「ガストさん自慢の彼女に会えて光栄っス!」
彼らは矢継ぎ早に投げ掛けてくる。キラキラとした目で見てくるものだから、動物園のパンダにでもなったみたいだわ。私はちらりとガストに視線を送る。彼は手の平で顔を覆っていた。「こうなるから嫌だったんだ」と項垂れたその姿から窺い知れる。
「あー……お前ら、ちょっと落ち着け」
「これが落ち着いていられるワケないじゃないっスか!だって、ガストさんの彼女と直に話せるなんて……滅多にないぜ、なあ?」
「だよな。いつもは見掛けてもデートの邪魔しちゃ悪いと思って声掛けねぇし」
「……人違い、とかじゃなくてか?」
「オレたちがガストさんの顔、見間違うワケねぇよな」
「ガストさん、この人と一緒にいるといつもイイ顔してますよね。すげぇ嬉しそうで、幸せそうで」
「ガストさんとはいつどこで知り合ったんスか?」
「この間の【バレンタイン・リーグ】見ましたか?滅茶苦茶カッコよかったスよねー!」
「ガストさんを好きになった決め手はどこですか!」
いっぺんに幾つもの質問を浴びせられる。聖徳太子もこんな状態だったのかしら。残念なことに私には一度にすべての質問を受け止めて、瞬時に答えられる聴力はない。
見るに見兼ねたガストの目が吊り上がった。水色のサンバイザー越しに鋭く光る緑色の目。
「お前ら、いい加減にしろ」
たったその一言で騒いでいた少年たちがしんと静まり返る。自由奔放で気ままに発言していた彼らを一瞬のうちに黙らせてしまった。
「いきなり質問責めにしたら相手が困るだろ」
「……すみません」
しゅんと項垂れる様は仔犬が叱られているのと似ていた。そんな少年たちが哀愁に満ちていて、居た堪れなくなる。
「ガスト。私は別に絡まれて嫌じゃないし、一つずつなら答えるわよ」
「いや、そういうワケには……それにほら、お前たち俺の撮影しに集まったんだろ。時間なくなっちまうぞ」
「それも、そうっスね。……ガストさんには貴重な休みを削って来てもらってんだし、無駄足踏ませるワケにはいかねぇ」
「それじゃあ、こうしない?私もガストの撮影会に参加する。その合間に聞きたいことがあれば答えるわ」
元々そうするつもりだった。貴重な撮影会をみすみす逃す訳にいかないもの。私の提案に彼は乗り気じゃないようで、顔を顰めていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。……穂香まで参加するつもりなのか」
「そのヴァルクの格好、似合ってる。折角だもの、最高のロケーションで撮りたいわ。いいでしょ?」
「……そう言われたら断れねぇよな」
「流石ガストさんと姐さん! 心が広い!」
快諾とは言えないけれど、許可を得た彼らはワッと湧いて喜んでいた。各々カメラを構え直し、ガストに向ける。
「オレ、コミックス持ってきてます! この場面なんてどうっスかね、姐さん」
「ヴァルクの休息シーンね。……それなら、その木陰が丁度いいんじゃないかしら。あと、私のことは穂香でいいわよ」
「はいっ! ガストさん、こっちに移動してもらってもいいっスか」
手近な木陰に彼を誘導した後、葉を茂らせた木の下に腰を下ろしてもらう。それから空を見上げるように指示。顔の角度を定める為「この方向を見る感じで」とガストの頬を挟んで顎を持ち上げた。
「……で、左腕は膝頭の上。右手は木漏れ日から覗く光を遮るようにして、その状態で微笑む」
「ポーズ指導が細かいし、厳しすぎないか……!」
「やってるうちに慣れてくるわよ。じゃあ、撮るわね」
先ずは近接で一枚。そこから数歩下がって、背景を多めにとってから二枚目を撮った。一枚目はブロマイド、二枚目はポートレート風に。ヴァルクが鳥獣保護区を訪れ、木陰で一休みしているような雰囲気が再現できている。
そよ風が青葉と髪を揺らし、臨場感がとても出ている。私が撮った写真を見ようと少年たちが手元を覗き込んできた。
「すげぇ! ヴァルクが本当に存在してるみたいな雰囲気が出てる……!」
「アングル次第で雰囲気も変わるのよ。ガストならどこから撮っても絵になるし、好きな所から撮ってもいいと思う。あとは背景をぼかして撮るのも有りね」
「なるほど……よし、ガストさんの撮影会を再開するぞ!」
気合の入った彼らの声が響いた。被写体と一定の距離を保ち、弧を描くように立ち並ぶ。一斉にカメラを向けられたガストは少しぎこちない表情で笑っていた。それもポーズを何度か変えていくうちに、次第にいつもの彼らしい表情に。
ガストは他人の趣味にあれこれ文句をつけるような性格じゃない。相手の趣味を尊重してくれる。彼の好きなところの一つだ。
てっきりこれも彼の趣味かと思ったけど、このコスプレは周りに乗せられて付き合っているような感じもする。付き合いが良いのもガストの長所だから。
それにしても、よく似合ってるわ。まるでヴァルク本人が飛び出してきたみたい。フライトジャケット、青空を映したようなサンバイザー、背中の翼も違和感が全くない。
この半年ほどで様々な衣装に身を包んだ彼を見てきた。どれも似合っていたし、ガスト本人に衣装が馴染む。背格好だってモデルとして不足がないし、非の打ち所もない。
一度は諦めた欲がまたふつふつと湧いてきた。彼に色々な衣装を着せたい。
ちょうど六月に打つジューンブライドの広告モデルを探している。私としてはガストを推したいんだけど、本人が乗り気じゃないのよ。二年くらい前にファッションモデルをそれとなく勧めても「自分には向いてない」っていう感じで返されてしまった。だから、これ以上無理に勧めるわけにいかない。でも、絶対に白タキシードが似合うと思う。嗚呼、悩ましい葛藤だわ。
「ガストさんって何着ても似合いますよね。ハロウィンやクリスマス、この間の【バレンタイン・リーグ】の時もすげー様になってましたし」
私の隣にやってきた少年がそう話し掛けてきた。黒髪の爽やかなショートヘア。毛先を少し遊ばせている。彼は深いスミレ色の目を細め、笑う。
何か聞きたいことでもあるのかと思いきや、ガストの話。さっきから彼らはガスト、ガストとそれはもう慕い懐く様に呼んでいた。
前回のイベントリーグ戦は正直驚いたわ。ガストが所属するノースチームが『不思議の国のアリス』を独特な場面構成を披露してくれたんだけど、まさか彼がハートの女王ポジションだとは思いもしなかった。だって正反対のキャラクターだもの。事前に見せてくれた衣装合わせ時の写真。中世ヨーロッパを彷彿とさせる格調高い衣装に身を包んだ彼は王子にしか見えなかった。いつもの感じで微笑んでいたから余計に。あれがハートの王だとわかったのはリーグ戦が始まる直前だった。
普段とのギャップに唖然とする私を他所に、観客席は大いに沸いていた。
「あんな偉そうなガスト、初めて見た。役者の才能があるのかもしれないわね」
「ハートの王には俺たちもビックリしました。でもなんかこう、新たなガストさんの一面を見たっていうか……ああいうガストさんもいいっスよね。あ、俺はロイっていいます」
「よろしくね、ロイくん」
私と目を合わせた彼が笑う。大人びた雰囲気がある中であどけない表情が見えた。
多くの少年たちはまだ年相応といった服装。ガストの髪型を意識して前髪をアップバンクにしたり、アクセサリーを身に着けてちょっと背伸びをしている子もいた。
彼ら見ていると、昔のガストを思い出すようでちょっと懐かしい気持ちに包まれる。
「さっきは木に引っ掛かった風船をガストさんが取ってあげたんですよ。『ヴァルクが風船を取ってくれた!』ってその子喜んでました。ガストさんって優しいっスよね。俺たちの相談にも嫌な顔一つせずに乗ってくれるし……おかげで俺んちの本屋も持ち直しそうなんです。まだ気は抜けねぇんですけど」
彼はサウスセクターに店を構える本屋の息子だと言った。【バレンタイン・リーグ】の試合が終わった時にアナウンスがあった本屋とは自分の所だと。経営の雲行きが怪しくなってきて、それを何とかする為にガストや如月くんたちが立ち上がってくれたんだと。
「何か欲しい本があれば、そこの本屋で探してみてくれないか」とガストが先月薦めてきた本屋がそこだ。外観も店内もアンティーク調の素敵な本屋で、扱う本も他では見掛けないものが多かった。本やアンティークが好きな人は一日をそこで費やせるだろう。
ガストたちが読み聞かせをする日は仕事で行けなかったんだけど、SNSやミリオンチューブでその様子が公開されていた。如月くんのアリスはお世辞にも上手いとは言えず、それでも一生懸命に抑揚をつけて話す様子が逆に好印象を与えたみたい。再生数が伸びたおかげで本屋を訪れる人も増えたという。
「お客さんが安定するといいわね。私もまた何か探しに行かせてもらうわ。アリスも次作を読んだことがないし……これを機にどっちも買おうかな」
「穂香さん、うちの本屋に来たことがあるんですか?」
「ええ。あんなに素敵な本屋が閉店になるのは勿体ないわ。私も微力ながら協力させてもらう。友達や知り合いにおススメの本屋だって伝えておくわね」
私がそう言うと、ロイくんはパッと笑顔を輝かせた。
「ありがとうございますっ! 流石、ガストさんの彼女。綺麗で気立てがいいなんて、羨ましい限りっスよ。……ガストさんが悲しませたくないって言ってた理由もわかるかも」
「え?」
「この間、ガストさんが言ってたんです。俺のダチで気が多いヤツがいて……そん時に、好きな子は一人に絞らないとその子を不安にさせて、悲しませちまうだろって。お二人が一緒にいるとこ見ると、本当説得力があるっていうか。ガストさん、最高にいい表情してます」
それだけ貴女は大切に思われている。そう、言われたような気がした。
彼はかつての私と同じで一途な気持ちが強い。そのおかげで今の関係を築けている。
「穂香さん、何か困ったことがあればいつでも言ってください。ガストさんよりは頼りないかもしれねぇけど、俺たちで力になれることなら全力でするんで!」
「ありがと。……早速だけど、そろそろガストに休憩入れてあげない? 肩が凝り始めてるだろうし」
「そうっスね。じゃあ俺、飲み物買ってきます」
彼らはあれから色々注文をつけてガストにポーズを取らせている。「ヴァルクに鳥が懐いてるシーンも撮りたいよな!」っていう声も聞こえてきた。流石に野生の鳥を今ここで手懐けるのは厳しそうね。
私はガストを囲む少年たちに小休止を挟もうと声を掛けた。すると、元気があって威勢の良い返事が響く。その後、パラパラと離れ、撮った写真をお互いに自慢するように見せ始めた。
ぽつんとその場に取り残されたモデルは首を左右に傾け、肩を揉み解していた。イベントリーグ前に広報で写真撮影の回数をこなしてるはずだし、そんなに慣れてないわけじゃないと思うんだけど。勝手がいつもと少し違うのかもしれない。
「お疲れ様。ロイくんが飲み物買いに行ってくれてるわ」
「……ロイと何話してたんだ?」
「ガストが優しい人だってこと。あとは……ハートの王みたいなのも意外といいなぁって彼が言ってた」
「俺としてはああいう偉そうなのはキャラじゃねぇんだよなぁ」
そう笑いながら話すガストは彼らに目を向けた。楽しそうにはしゃいでいるのを見守るように。面倒見が良いお兄ちゃん気質なのは誰に対しても変わらないみたい。
「私も今みたいに優しく見守ってる系のガストの方が好き」
「見守り系ねぇ……確かに、偉ぶってるよりそっちの方がしっくりくるかもな」
暖かい陽射しが降り注ぐ中、芝生の青い薫りが際立つ。空には小鳥の歌声が響き渡る。春を満喫できるこの空間がとても心地良い。
今年初めてニューミリオンで冬を越したけれど、思っていたよりも苦じゃなかった。日本の様に湿った雪が降り積もらないのもあるけど、多くはきっと彼のおかげ。
これからも毎年春風を感じて、こんな風に此処で過ごしていけたら。この先どうなるかは正直わからないけど、ガストと一緒なら何が起きても大丈夫な気さえする。私にとって彼はとても心強い存在だから。
なんて、惚気るような話は少年たちの前ではできそうにない。
「お待たせしました!」
間もなくして、ロイくんが戻ってきた。両腕いっぱいに缶ジュースを抱えている。彼を囲むように他の少年たちが群がり始めた。
芝生に腰を下ろしていたガストが先にゆっくりと立ち上がり、私に手を差し伸べてくれた。
「俺たちも行こう」
私は温かいその手をしっかりと掴んだ。
「うんっ。この風船、たからものにするんだ」
すれ違い様に聞こえた会話。仲良し二人組を振り返ってみると、男の子はしっかりと風船の紐を握っていた。その先に繋がれた赤い風船。そよ風に揺られ、気持ちよさそうにぷかぷかと浮かぶ。
彼らはミリオンパーク内の芝生を小走りで駆けていく。風船もその後をふわーっと追いかけていった。
今日は天気が良い。青空がすっきりと広がっているし、陽射しがとても柔らかい。麗らかな昼下がりを外で過ごすにはもってこいの日和。この春の陽気に誘われた人たちがミリオンパークに訪れている。
私も例に漏れず、友達との楽しいランチ帰りにちょっと立ち寄ってみた。散策がてら木陰を見つけて、そこでゆっくりしようかしら。ああ、でもこんなポカポカ陽気だと居眠りしちゃうかも。春の陽射しが降り注いでいるとはいえ、流石に風邪を引いてしまいそう。ただでさえ季節の変わり目で体調を崩しやすい時期だし、今日は我慢して散策だけに留めよう。私はパーク内をのんびりと歩くことにした。
手入れが行き届いた花壇に赤や黄、ピンクや白の色とりどりの可憐な花が咲いている。馴染みがあるチューリップや水仙を見ていると小学校の花壇を思い出す。四季折々の花がとても綺麗だった。
春はチューリップ、水仙、ヒヤシンス、マリーゴールドが花壇を飾っていた。夏には大きなヒマワリがお日様の様に咲く。私たちの背よりもだいぶ高い所で咲くから、見上げる度に青空に浮かぶ太陽みたいだねって言っていた。首が痛くなるぐらい見上げていたわ。秋は赤やピンクのコスモスが秋風にそよそよと揺れた。
今思うと、あれだけ綺麗な花壇を保つには相当手入れしなきゃいけない。花が好きな友達がよく手伝いをしていたから、私も時々手伝っていた。彼女は元気にしているだろうか。今は日本で花屋を営んでる。来月帰省した時に顔を見に行こうかな。
学生時代の懐かしい顔ぶれが次々と浮かんでくる。関連する思い出に浸りながら春の花々を見ていた時だ。
「ガストさん、こっちに視線ください!」
不意に聞こえてきた若い男の子の声。その子がガストの名前を呼んでいたので、自然とそっちに私は振り向いた。
そこに彼らしき人はいたのだけど、何やら様子がおかしかった。何よりも目立つオレンジ色の翼。造り物にしては出来栄えが良い。その翼を背負ったガストは黒いフライトジャケットを羽織っていた。ポーズを取る彼を若い男の子たちがスマホやカメラで撮っている。本格的な一眼レフを構えている子もいた。
一瞬、何をしているのかと思った。でも、すぐにそれが『スターリット・ヒーローズ』のキャラクターコスチュームだと気がついた。名前はそう、ヴァルク。さっき子どもたちが話していたヴァルクはガストのことなんだわ。
「このコミックス面白いからおススメだ」ってこの間言ってたけど、コスプレするほど好きとは知らなかった。
『スターリット・ヒーローズ』は『ヒーロー』を題材にしたもの。登場キャラクターの一人であるヴァルクは空を翔け回る『ヒーロー』で、鳥獣保護区で働いている。確かにガストにぴったりかも。
「ガストさん、次はヴァルクの決めポーズでお願いします!」
「……こう、だったか?」
ガストは大きなモデルガンを肩に担ぎ、片腕を伸ばした。さながらモデルの撮影会のようね。折角だし、私も記念に一枚撮っておこうかな。
バッグからスマホを取り出して、カメラモードを素早く起動。若いカメラマンたちに混ざって私もレンズを彼に向けた。
「こっちにも視線お願いしまーす」
そう声を掛ければ、ガストが視線をこちらにくれる。キメ顔で振り向いた彼の瞳にピントを合わせ、その全身を一枚に収めた。撮った写真をズーム、ちゃんとピントが合っている。それを確認していると、慌てた彼の声が聞こえてきた。
「…………なんで穂香がいるんだ⁉」
周りにいた少年たちの視線が私に集まる。キョトンとしている子もいれば、何故か物凄く驚いた表情をしている子もいた。
「ランチの帰り。ミリオンパークを散策していこうと思ってたら、ガストが珍しい格好で撮影会やってたからつい、ね」
「撮影会っつーか……気づいたらこうなってた。……まさかまた顔見知りに目撃されるとは思ってなかったな」
彼が言うにはついさっき同期に目撃されたらしい。イベント会場ならともかく、こういう一般人の往来がある公共の場で人目を避けるのは難しい。
「ねぇ、私も」
「もしかして、ガストさんの……彼女!」
私の言葉に被せてきた少年の声。彼らは私とガストを何度も見比べて、目を輝かせていた。
ガストはその質問に対して直ぐには「そうだ」と答えず、言い淀む。そして、暫く黙ったあとに悩みながらも小さく頷いた。すると少年たちが俄かに声を上げる。次の瞬間、彼らが一斉に頭をバッと下げ、声を揃えた。
「お世話になってます!!」
「ガストさんといつも一緒にいる人っスよね!」
「流石ガストさん。こんな綺麗な人が彼女だなんて!」
「ガストさん自慢の彼女に会えて光栄っス!」
彼らは矢継ぎ早に投げ掛けてくる。キラキラとした目で見てくるものだから、動物園のパンダにでもなったみたいだわ。私はちらりとガストに視線を送る。彼は手の平で顔を覆っていた。「こうなるから嫌だったんだ」と項垂れたその姿から窺い知れる。
「あー……お前ら、ちょっと落ち着け」
「これが落ち着いていられるワケないじゃないっスか!だって、ガストさんの彼女と直に話せるなんて……滅多にないぜ、なあ?」
「だよな。いつもは見掛けてもデートの邪魔しちゃ悪いと思って声掛けねぇし」
「……人違い、とかじゃなくてか?」
「オレたちがガストさんの顔、見間違うワケねぇよな」
「ガストさん、この人と一緒にいるといつもイイ顔してますよね。すげぇ嬉しそうで、幸せそうで」
「ガストさんとはいつどこで知り合ったんスか?」
「この間の【バレンタイン・リーグ】見ましたか?滅茶苦茶カッコよかったスよねー!」
「ガストさんを好きになった決め手はどこですか!」
いっぺんに幾つもの質問を浴びせられる。聖徳太子もこんな状態だったのかしら。残念なことに私には一度にすべての質問を受け止めて、瞬時に答えられる聴力はない。
見るに見兼ねたガストの目が吊り上がった。水色のサンバイザー越しに鋭く光る緑色の目。
「お前ら、いい加減にしろ」
たったその一言で騒いでいた少年たちがしんと静まり返る。自由奔放で気ままに発言していた彼らを一瞬のうちに黙らせてしまった。
「いきなり質問責めにしたら相手が困るだろ」
「……すみません」
しゅんと項垂れる様は仔犬が叱られているのと似ていた。そんな少年たちが哀愁に満ちていて、居た堪れなくなる。
「ガスト。私は別に絡まれて嫌じゃないし、一つずつなら答えるわよ」
「いや、そういうワケには……それにほら、お前たち俺の撮影しに集まったんだろ。時間なくなっちまうぞ」
「それも、そうっスね。……ガストさんには貴重な休みを削って来てもらってんだし、無駄足踏ませるワケにはいかねぇ」
「それじゃあ、こうしない?私もガストの撮影会に参加する。その合間に聞きたいことがあれば答えるわ」
元々そうするつもりだった。貴重な撮影会をみすみす逃す訳にいかないもの。私の提案に彼は乗り気じゃないようで、顔を顰めていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。……穂香まで参加するつもりなのか」
「そのヴァルクの格好、似合ってる。折角だもの、最高のロケーションで撮りたいわ。いいでしょ?」
「……そう言われたら断れねぇよな」
「流石ガストさんと姐さん! 心が広い!」
快諾とは言えないけれど、許可を得た彼らはワッと湧いて喜んでいた。各々カメラを構え直し、ガストに向ける。
「オレ、コミックス持ってきてます! この場面なんてどうっスかね、姐さん」
「ヴァルクの休息シーンね。……それなら、その木陰が丁度いいんじゃないかしら。あと、私のことは穂香でいいわよ」
「はいっ! ガストさん、こっちに移動してもらってもいいっスか」
手近な木陰に彼を誘導した後、葉を茂らせた木の下に腰を下ろしてもらう。それから空を見上げるように指示。顔の角度を定める為「この方向を見る感じで」とガストの頬を挟んで顎を持ち上げた。
「……で、左腕は膝頭の上。右手は木漏れ日から覗く光を遮るようにして、その状態で微笑む」
「ポーズ指導が細かいし、厳しすぎないか……!」
「やってるうちに慣れてくるわよ。じゃあ、撮るわね」
先ずは近接で一枚。そこから数歩下がって、背景を多めにとってから二枚目を撮った。一枚目はブロマイド、二枚目はポートレート風に。ヴァルクが鳥獣保護区を訪れ、木陰で一休みしているような雰囲気が再現できている。
そよ風が青葉と髪を揺らし、臨場感がとても出ている。私が撮った写真を見ようと少年たちが手元を覗き込んできた。
「すげぇ! ヴァルクが本当に存在してるみたいな雰囲気が出てる……!」
「アングル次第で雰囲気も変わるのよ。ガストならどこから撮っても絵になるし、好きな所から撮ってもいいと思う。あとは背景をぼかして撮るのも有りね」
「なるほど……よし、ガストさんの撮影会を再開するぞ!」
気合の入った彼らの声が響いた。被写体と一定の距離を保ち、弧を描くように立ち並ぶ。一斉にカメラを向けられたガストは少しぎこちない表情で笑っていた。それもポーズを何度か変えていくうちに、次第にいつもの彼らしい表情に。
ガストは他人の趣味にあれこれ文句をつけるような性格じゃない。相手の趣味を尊重してくれる。彼の好きなところの一つだ。
てっきりこれも彼の趣味かと思ったけど、このコスプレは周りに乗せられて付き合っているような感じもする。付き合いが良いのもガストの長所だから。
それにしても、よく似合ってるわ。まるでヴァルク本人が飛び出してきたみたい。フライトジャケット、青空を映したようなサンバイザー、背中の翼も違和感が全くない。
この半年ほどで様々な衣装に身を包んだ彼を見てきた。どれも似合っていたし、ガスト本人に衣装が馴染む。背格好だってモデルとして不足がないし、非の打ち所もない。
一度は諦めた欲がまたふつふつと湧いてきた。彼に色々な衣装を着せたい。
ちょうど六月に打つジューンブライドの広告モデルを探している。私としてはガストを推したいんだけど、本人が乗り気じゃないのよ。二年くらい前にファッションモデルをそれとなく勧めても「自分には向いてない」っていう感じで返されてしまった。だから、これ以上無理に勧めるわけにいかない。でも、絶対に白タキシードが似合うと思う。嗚呼、悩ましい葛藤だわ。
「ガストさんって何着ても似合いますよね。ハロウィンやクリスマス、この間の【バレンタイン・リーグ】の時もすげー様になってましたし」
私の隣にやってきた少年がそう話し掛けてきた。黒髪の爽やかなショートヘア。毛先を少し遊ばせている。彼は深いスミレ色の目を細め、笑う。
何か聞きたいことでもあるのかと思いきや、ガストの話。さっきから彼らはガスト、ガストとそれはもう慕い懐く様に呼んでいた。
前回のイベントリーグ戦は正直驚いたわ。ガストが所属するノースチームが『不思議の国のアリス』を独特な場面構成を披露してくれたんだけど、まさか彼がハートの女王ポジションだとは思いもしなかった。だって正反対のキャラクターだもの。事前に見せてくれた衣装合わせ時の写真。中世ヨーロッパを彷彿とさせる格調高い衣装に身を包んだ彼は王子にしか見えなかった。いつもの感じで微笑んでいたから余計に。あれがハートの王だとわかったのはリーグ戦が始まる直前だった。
普段とのギャップに唖然とする私を他所に、観客席は大いに沸いていた。
「あんな偉そうなガスト、初めて見た。役者の才能があるのかもしれないわね」
「ハートの王には俺たちもビックリしました。でもなんかこう、新たなガストさんの一面を見たっていうか……ああいうガストさんもいいっスよね。あ、俺はロイっていいます」
「よろしくね、ロイくん」
私と目を合わせた彼が笑う。大人びた雰囲気がある中であどけない表情が見えた。
多くの少年たちはまだ年相応といった服装。ガストの髪型を意識して前髪をアップバンクにしたり、アクセサリーを身に着けてちょっと背伸びをしている子もいた。
彼ら見ていると、昔のガストを思い出すようでちょっと懐かしい気持ちに包まれる。
「さっきは木に引っ掛かった風船をガストさんが取ってあげたんですよ。『ヴァルクが風船を取ってくれた!』ってその子喜んでました。ガストさんって優しいっスよね。俺たちの相談にも嫌な顔一つせずに乗ってくれるし……おかげで俺んちの本屋も持ち直しそうなんです。まだ気は抜けねぇんですけど」
彼はサウスセクターに店を構える本屋の息子だと言った。【バレンタイン・リーグ】の試合が終わった時にアナウンスがあった本屋とは自分の所だと。経営の雲行きが怪しくなってきて、それを何とかする為にガストや如月くんたちが立ち上がってくれたんだと。
「何か欲しい本があれば、そこの本屋で探してみてくれないか」とガストが先月薦めてきた本屋がそこだ。外観も店内もアンティーク調の素敵な本屋で、扱う本も他では見掛けないものが多かった。本やアンティークが好きな人は一日をそこで費やせるだろう。
ガストたちが読み聞かせをする日は仕事で行けなかったんだけど、SNSやミリオンチューブでその様子が公開されていた。如月くんのアリスはお世辞にも上手いとは言えず、それでも一生懸命に抑揚をつけて話す様子が逆に好印象を与えたみたい。再生数が伸びたおかげで本屋を訪れる人も増えたという。
「お客さんが安定するといいわね。私もまた何か探しに行かせてもらうわ。アリスも次作を読んだことがないし……これを機にどっちも買おうかな」
「穂香さん、うちの本屋に来たことがあるんですか?」
「ええ。あんなに素敵な本屋が閉店になるのは勿体ないわ。私も微力ながら協力させてもらう。友達や知り合いにおススメの本屋だって伝えておくわね」
私がそう言うと、ロイくんはパッと笑顔を輝かせた。
「ありがとうございますっ! 流石、ガストさんの彼女。綺麗で気立てがいいなんて、羨ましい限りっスよ。……ガストさんが悲しませたくないって言ってた理由もわかるかも」
「え?」
「この間、ガストさんが言ってたんです。俺のダチで気が多いヤツがいて……そん時に、好きな子は一人に絞らないとその子を不安にさせて、悲しませちまうだろって。お二人が一緒にいるとこ見ると、本当説得力があるっていうか。ガストさん、最高にいい表情してます」
それだけ貴女は大切に思われている。そう、言われたような気がした。
彼はかつての私と同じで一途な気持ちが強い。そのおかげで今の関係を築けている。
「穂香さん、何か困ったことがあればいつでも言ってください。ガストさんよりは頼りないかもしれねぇけど、俺たちで力になれることなら全力でするんで!」
「ありがと。……早速だけど、そろそろガストに休憩入れてあげない? 肩が凝り始めてるだろうし」
「そうっスね。じゃあ俺、飲み物買ってきます」
彼らはあれから色々注文をつけてガストにポーズを取らせている。「ヴァルクに鳥が懐いてるシーンも撮りたいよな!」っていう声も聞こえてきた。流石に野生の鳥を今ここで手懐けるのは厳しそうね。
私はガストを囲む少年たちに小休止を挟もうと声を掛けた。すると、元気があって威勢の良い返事が響く。その後、パラパラと離れ、撮った写真をお互いに自慢するように見せ始めた。
ぽつんとその場に取り残されたモデルは首を左右に傾け、肩を揉み解していた。イベントリーグ前に広報で写真撮影の回数をこなしてるはずだし、そんなに慣れてないわけじゃないと思うんだけど。勝手がいつもと少し違うのかもしれない。
「お疲れ様。ロイくんが飲み物買いに行ってくれてるわ」
「……ロイと何話してたんだ?」
「ガストが優しい人だってこと。あとは……ハートの王みたいなのも意外といいなぁって彼が言ってた」
「俺としてはああいう偉そうなのはキャラじゃねぇんだよなぁ」
そう笑いながら話すガストは彼らに目を向けた。楽しそうにはしゃいでいるのを見守るように。面倒見が良いお兄ちゃん気質なのは誰に対しても変わらないみたい。
「私も今みたいに優しく見守ってる系のガストの方が好き」
「見守り系ねぇ……確かに、偉ぶってるよりそっちの方がしっくりくるかもな」
暖かい陽射しが降り注ぐ中、芝生の青い薫りが際立つ。空には小鳥の歌声が響き渡る。春を満喫できるこの空間がとても心地良い。
今年初めてニューミリオンで冬を越したけれど、思っていたよりも苦じゃなかった。日本の様に湿った雪が降り積もらないのもあるけど、多くはきっと彼のおかげ。
これからも毎年春風を感じて、こんな風に此処で過ごしていけたら。この先どうなるかは正直わからないけど、ガストと一緒なら何が起きても大丈夫な気さえする。私にとって彼はとても心強い存在だから。
なんて、惚気るような話は少年たちの前ではできそうにない。
「お待たせしました!」
間もなくして、ロイくんが戻ってきた。両腕いっぱいに缶ジュースを抱えている。彼を囲むように他の少年たちが群がり始めた。
芝生に腰を下ろしていたガストが先にゆっくりと立ち上がり、私に手を差し伸べてくれた。
「俺たちも行こう」
私は温かいその手をしっかりと掴んだ。