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絵に描いたような王子様
「オッケーでーす!休憩後に個人撮影入りますので、よろしくお願いしまーす」
撮影スタッフがオッケーサインを出すと照明の明かりが絞られる。それを合図に休憩時間へと突入すると周囲がスタッフの話し声でざわつき始めた。
【HELIOS】の広報撮影スタジオにノースセクターの四人が集合。今年の【バレンタイン・リーグ】で着用する衣装の合わせと広報に掲載する写真を撮影中であった。
落ち着いた青を基調としたヨーロッパ貴族風の衣装。ノースらしさが出ているバレンタインの衣装だ。
集合写真の撮影が終了したので、この後は休憩を挟んでから個人撮影に入る段取りになっている。
「ふぃー…このイベントリーグ時の撮影は毎度緊張するから気疲れしちまうよな」
「…いくら動きやすく改良されてるとはいえ、慣れない服は居心地が悪い」
「おぉ、分かるぜ。俺も首元が窮屈すぎて息が出来なくなりそうだ」
レンは手首のフリルが動作の上で邪魔臭いと顔を顰めた。彼の隣でガストがうんうんと頷く。
そんな彼はきっちりと詰められた襟が窮屈で仕方ない様子。右肩にはふさふさの白いファー。先程まで被っていた王冠を取り外し、腕に通してぶら下げていた。もとより畏まった服装が苦手だ。この衣装でリーグ戦に臨むのかと思うと気が重い。
そこへ彼らのメンターであるマリオンがつかつかとやってきた。撮影中は柔らかな微笑みを携えていたのだが、今はルーキーを指導するいつものキツイ目をしている。
「動きに支障がありそうならスタッフに伝えておけ。本番で動けなくなるようなことが無いようにしろ。ガスト、衣装の装飾品を壊すなよ。それとレン、オマエはもう少し笑え」
「……これでも笑ってる、つもりだ」
「表情がまだ固い。目の前に猫がいるとでも思え」
「お、いいアドバイスだな。猫相手ならレンも結構いい感じに笑えるだろうし」
「猫」
レンはそう呟くと二匹のハチワレ猫を思い浮かべた。ボールに小さな前足でじゃれつく子猫。傍らで飼い主の女性が親猫を抱っこしている。優しい眼差しで二匹の猫を見守る彼女を前にレンの強張っていた表情筋が自然と弛んでいった。
そんな幸せそうな光景を思い浮かべたレンの傍らにいるのはガスト。彼がにこにこと笑っていたのでレンはハッと我に変えった。頬をにわかに赤らめ、ぷいとそっぽを向く。
「それにしても毎度思うことだけど衣装の作りすごいよなぁ。本格的だし、材質にもこだわってる…って彼女が絶賛してたんだ」
「ふぅん。オマエと違って分かる人だな」
「デザイナーだからな。前にハロウィンの衣装着たまま家に遊びに行ったら門前払いされそうになったけど」
一昨年の【ハロウィン・リーグ】でパレード用に焼いたクッキーを手土産に訪れた時のことだ。ゴシックハロウィンがテーマの吸血鬼衣装を着たまま穂香の家を訪れたのだが「そんな知り合いは居ない」と玄関で門前払いされそうに。もう二年も前のことかと思えば感慨深くもなる。
「…デザイナー?」
「あぁ、ノースの事務所に勤めてるんだ。日本のブランド会社なんだけど、ニューミリオンに結構支店があるんだぜ」
マリオンの双眼がきゅっと細められた。そして「もしかして」とブランド会社の名前を口にする。それを聞いたガストは穂香の働いている所だと頷いた。
「マリオンも知ってたんだな」
「知ってるも何も、そこのブランドは贔屓にしていた」
「え?そうなのか。初耳だぜ」
「凡人に話してもあのブランドの良さが分かるわけないと思っていたからな。…昔はボク好みの系統を扱っていたのに最近はカジュアル系に力を入れてるみたいだから」
「へ、へぇ〜…そうなのか。確かにマリオンが好きそうな感じだったよなぁ」
穂香が勤めているブランド会社は最初こそ女性ブランドを主軸にしていたが、近年は紳士ブランドの展開に力を入れてきた。
服飾品の傾向も少しずつ変化を遂げている。その要因は少なからずガストが関与していた。自分をイメージしたシルバーバングルをデザインしたと知った時は嬉しくもあり、恥ずかしさも。
つまりだ。マリオンが好んでいた気品あるデザインが少なくなってきている。それが自分のせいだと話せばたちまち赤い鞭が飛んでくるだろう。察したガストは言葉を濁し、苦笑いでその場を誤魔化した。
「…まぁ、今の傾向も嫌いじゃないけど」
「そうかそうか…気に入ってくれてるみたいで俺も嬉しいぜ」
「なんでオマエが喜ぶんだ」
「え、そりゃあ彼女がデザインしたもの褒められたら嬉しいだろ」
正確には他の誰かが企画したものかもしれないが、どちらにせよ嬉しいものだ。
まるで自分のことの様に喜ぶその姿。以前は冷ややかな視線を送っていたマリオンだが、最近は少し違う。もし、ノヴァやジャック、ジャクリーンのことを誰かに褒められたとしたら。かけがえのない家族を褒められて嬉しくないはずがない。そう置きかえることで相手の気持ちを理解しようとしてきた。
胸の奥がほんのり温かくなる。今のガストもそんな気持ちなんだろう。現に彼はとても嬉しそうに笑っていた。
「マリオンが好きだったブランドってどのヤツだ?ファンがいるって伝えとくぜ」
「そこまで気を回さなくていい。……新作はいつまでも待っているけど」
マリオンは表情を然程変えず、それでいて少し照れた様子で視線を外した。
「バッチリ伝えとく。あ、そうだ…この衣装の写真撮って彼女に送ってもいいか?」
「問題ない。さっき撮った集合写真がすでに【エリオス∞チャンネル】にアップされてるからな。市民向けの広報で情報も解禁されているからリークにもならない」
「サンキュー。それなら安心して送れる」
ガストはスラックスのポケットからスマホを取り出し、カメラモードを起動。話の流れでマリオンにカメラマンを頼もうとしたのだが「スタッフと打ち合わせしてくる」と機材チェックをしている撮影スタッフの所へ行ってしまった。
腕を伸ばして自撮りするにも限界がある。肝心の衣装をしっかりと映すことができない。ガストはスマホをチェック中のレンに声を掛けることにした。
「レン、俺の写真何枚か撮ってくれないか?」
「……構わない」
「何見てたんだ。ニヤニヤしてたみたいだけど」
「別に」
自分のスマホを眺めていたレンは何食わぬ顔でポケットにそれを戻した。猫を前にした時と同じ表情に似ていたので、大方猫の写真を見て和んでいたのだろう。
「猫の写真が送られてきたから、その返事をしていただけだ」
「なるほどな。タイミング良くポラリスとレグルスの写真が送られてきたってワケだ。あの二匹はレンにとって特別な猫だもんなぁ」
「なんで分かったんだ」
「そりゃあ分かるって。他の猫見てる時よりもなんつーかこう、幸せオーラが出てるっていうか」
単にそのハチワレ猫の親子が特別可愛いというわけではない。理由が他にもある。司令の遠い親戚に当たる飼い主の女性とはちょっといい雰囲気なのだ。
互いにはにかみながらも、少しずつ近づいていく心の距離。そんな二人をガストは傍で見守ってきた。もどかしい場面も多々あるのだが、お節介せず自然に実を結ぶのを待つことに。
それでもこうして時々つついてやれば、表情の少ない中でもほんのりとほほを染めることが増えた。それを目にする度に「頑張れよ、レン」と密かにエールを送っているのだ。
「……早くスマホを貸せ。写真、撮るんだろ」
「あぁ、そうだな。ポーズはこんな感じで、小物の王冠ものせて…と。よし、カッコよく撮ってくれよ」
「お前は顔がいいからどんなポーズでも様になるだろ。前にガストのファンがそう言っていた」
「あはは…写真写りがいいってことにしとくぜ」
大きなハート型の赤い箱に白いサテンのリボンがきゅっと結ばれた小物。それを顔の近くまで持ち上げて、撮影スタッフが指示したポーズをここで再現。そのポーズのまま待機していたのだが、レンが徐にスマホを構えたまま無言で横にずれる。
「その位置だと背景に色々写りこむ。スタッフとか、怒ってるマリオンとか」
レンの視線を追うようにガストが振り向くと、そこにはヴィクターに文句をぶつけているマリオンがいた。距離がある為、話の内容がここまで聞こえることはない。様子を見る限りでは一方的にマリオンがぷんすかと怒っているようだ。ヴィクターは至って冷静な態度で接している。もはや日常茶飯事の光景でもあった。
「…まぁ、大したことで揉めてなさそうだけど。確かに写り込んでたら気になっちまうよな」
「その木箱が山積みになってる所を背景にする。そこに立ってくれ」
「オーケー。…よし、頼んだぜ」
気を取り直し、カメラのレンズに向かって笑顔を向けるガスト。指定ポーズの他、思いついたポーズを決めていく。昨年の六月にちょっとした広告モデルを引き受けた経験が活きているのか、中々それが様になっていた。
最後の一枚は画面越しの相手に手を差し伸べて微笑む、という形で撮影を終了。
液晶画面越しにガストを見ていたレンはこう思った。今回のテーマ通りの王子に見えると。マリオンが正統派王子ならば、ガストはしきたりに縛られず自由を愛する王子といったところか。これはまた女性ファンから黄色い声が上がるに違いない。彼女たちに囲まれて対応に困る様子が目に浮かぶ。
「撮り終わった。一応確認してくれ」
「お、サンキュー。……おぉ、すげぇな。一枚もブレてない。よし、この中から何枚か選んでっと…送信完了」
ガストは自分が気に入った写真を三枚ほど穂香とのトークルームに貼り付けた。「今度イベントリーグで着る衣装、決まってるだろ?」とコメントを忘れずに添えて。
すると直ぐそれらに既読マークが付いた。彼女はどんな反応をするだろうか。「似合う」というフレーズは間違いなく返ってくるだろう。「カッコいい」と言ってくれたらそれはもう嬉しい。どんな返事が来るだろうかとワクワクしながらガストは待っていた。
しかし、一向に返事が来ない。所用で直ぐに返せずにいるのかもしれないが、この感じはあの時と似ている。そんな予感が渦巻いた。
穂香はハロウィンが嫌いだ。ハロウィン当日は必ず自宅に閉じこもり、外部と連絡を一切取らない。それが親しい友人からであってもだ。メッセージを送っても既読は付くが、当日に返信は無く翌日になってから返ってくる。
ガストは一抹の不安を抱いていた。
「……返事が来ねぇんだけど」
「忙しいんじゃないのか」
「まぁ、そうかもしんねぇけど…既読スルーのこの感じがハロウィンの時と似てる気がする。もしかして、地雷だったか…?」
「むしろ正統派でこういう系統は好きそうに見える」
「だからだよ。なんつーかこう、こだわりがあるからこそ譲れない部分とかがあるのかもしれねぇし。……よし、拗らせる前に先ず謝っとくか」
言うが早いかガストはトーク画面から通話ボタンをタップした。彼女が電話に出てくれることを祈りながら。
その祈りは直ぐに届いたようで、呼び出し音が二回鳴りきる前に電話が繋がった。が、向こうからガタガタッという大きな物音が聞こえてきた。
「穂香?!大丈夫か」
只事ではないと一瞬のうちに判断したガストが反射的にそう問いかける。
数秒のノイズが聞こえた後、穂香の「もしもし」と落ち着き払った声が聞こえてきた。
「どうしたんだ、何かあったのか」
『……な、なんでもない。ただ、びっくりしてスマホ取り落としただけ』
「そっか…それならいいんだ。……え、えっと…その、写真送ったヤツなんだけどさ」
『うん』
「…気ぃ、悪くしちまったか?何か穂香が気に入らない衣装だったかも…って思って」
聞こえてきた彼女の声はテンションが低い。というよりも、感情を抑えているような気がした。やはり地雷を踏んでしまったかとガストはいよいよ焦り始める。
「ごめん。…今回はこんな衣装で、何かの参考になるかもって勝手に俺が送り付けたんだ。だからさっきの写真は削除してくれよ」
『嫌』
「え?」
『絶対消さない』
ガストの頭上にクエスチョンマークが幾つも浮かび上がった。
「……俺が送った写真、気に入らないから既読スルーしてたんじゃ」
『何言ってるの。…素敵な衣装だし、ガストにとっても似合ってる』
「そ、そっか。…じゃあなんで」
『あ…あまりに似合い過ぎてて、その…中世ヨーロッパの王子様みたいで』
まるで絵に描いた様な王子様だ。言葉にならないぐらいカッコよかったと穂香が言うものだから。ガストはすっかり顔を赤らめてしまった。
心配していた事とは全く真逆。写真を見た途端、あまりのカッコよさに取り乱していたという。彼女にしては珍しいことだが、思えば昨年の夏に観光案内用に着た衣装もベタ褒めしていた。
通話の内容が所々聞こえてきたレンは「地雷というよりも、むしろツボだったようだな」と耳まで赤くなった王子をぼんやりと眺めていた。幸せオーラ全開なのはそっちの方だろと呟いてもいた。
「オッケーでーす!休憩後に個人撮影入りますので、よろしくお願いしまーす」
撮影スタッフがオッケーサインを出すと照明の明かりが絞られる。それを合図に休憩時間へと突入すると周囲がスタッフの話し声でざわつき始めた。
【HELIOS】の広報撮影スタジオにノースセクターの四人が集合。今年の【バレンタイン・リーグ】で着用する衣装の合わせと広報に掲載する写真を撮影中であった。
落ち着いた青を基調としたヨーロッパ貴族風の衣装。ノースらしさが出ているバレンタインの衣装だ。
集合写真の撮影が終了したので、この後は休憩を挟んでから個人撮影に入る段取りになっている。
「ふぃー…このイベントリーグ時の撮影は毎度緊張するから気疲れしちまうよな」
「…いくら動きやすく改良されてるとはいえ、慣れない服は居心地が悪い」
「おぉ、分かるぜ。俺も首元が窮屈すぎて息が出来なくなりそうだ」
レンは手首のフリルが動作の上で邪魔臭いと顔を顰めた。彼の隣でガストがうんうんと頷く。
そんな彼はきっちりと詰められた襟が窮屈で仕方ない様子。右肩にはふさふさの白いファー。先程まで被っていた王冠を取り外し、腕に通してぶら下げていた。もとより畏まった服装が苦手だ。この衣装でリーグ戦に臨むのかと思うと気が重い。
そこへ彼らのメンターであるマリオンがつかつかとやってきた。撮影中は柔らかな微笑みを携えていたのだが、今はルーキーを指導するいつものキツイ目をしている。
「動きに支障がありそうならスタッフに伝えておけ。本番で動けなくなるようなことが無いようにしろ。ガスト、衣装の装飾品を壊すなよ。それとレン、オマエはもう少し笑え」
「……これでも笑ってる、つもりだ」
「表情がまだ固い。目の前に猫がいるとでも思え」
「お、いいアドバイスだな。猫相手ならレンも結構いい感じに笑えるだろうし」
「猫」
レンはそう呟くと二匹のハチワレ猫を思い浮かべた。ボールに小さな前足でじゃれつく子猫。傍らで飼い主の女性が親猫を抱っこしている。優しい眼差しで二匹の猫を見守る彼女を前にレンの強張っていた表情筋が自然と弛んでいった。
そんな幸せそうな光景を思い浮かべたレンの傍らにいるのはガスト。彼がにこにこと笑っていたのでレンはハッと我に変えった。頬をにわかに赤らめ、ぷいとそっぽを向く。
「それにしても毎度思うことだけど衣装の作りすごいよなぁ。本格的だし、材質にもこだわってる…って彼女が絶賛してたんだ」
「ふぅん。オマエと違って分かる人だな」
「デザイナーだからな。前にハロウィンの衣装着たまま家に遊びに行ったら門前払いされそうになったけど」
一昨年の【ハロウィン・リーグ】でパレード用に焼いたクッキーを手土産に訪れた時のことだ。ゴシックハロウィンがテーマの吸血鬼衣装を着たまま穂香の家を訪れたのだが「そんな知り合いは居ない」と玄関で門前払いされそうに。もう二年も前のことかと思えば感慨深くもなる。
「…デザイナー?」
「あぁ、ノースの事務所に勤めてるんだ。日本のブランド会社なんだけど、ニューミリオンに結構支店があるんだぜ」
マリオンの双眼がきゅっと細められた。そして「もしかして」とブランド会社の名前を口にする。それを聞いたガストは穂香の働いている所だと頷いた。
「マリオンも知ってたんだな」
「知ってるも何も、そこのブランドは贔屓にしていた」
「え?そうなのか。初耳だぜ」
「凡人に話してもあのブランドの良さが分かるわけないと思っていたからな。…昔はボク好みの系統を扱っていたのに最近はカジュアル系に力を入れてるみたいだから」
「へ、へぇ〜…そうなのか。確かにマリオンが好きそうな感じだったよなぁ」
穂香が勤めているブランド会社は最初こそ女性ブランドを主軸にしていたが、近年は紳士ブランドの展開に力を入れてきた。
服飾品の傾向も少しずつ変化を遂げている。その要因は少なからずガストが関与していた。自分をイメージしたシルバーバングルをデザインしたと知った時は嬉しくもあり、恥ずかしさも。
つまりだ。マリオンが好んでいた気品あるデザインが少なくなってきている。それが自分のせいだと話せばたちまち赤い鞭が飛んでくるだろう。察したガストは言葉を濁し、苦笑いでその場を誤魔化した。
「…まぁ、今の傾向も嫌いじゃないけど」
「そうかそうか…気に入ってくれてるみたいで俺も嬉しいぜ」
「なんでオマエが喜ぶんだ」
「え、そりゃあ彼女がデザインしたもの褒められたら嬉しいだろ」
正確には他の誰かが企画したものかもしれないが、どちらにせよ嬉しいものだ。
まるで自分のことの様に喜ぶその姿。以前は冷ややかな視線を送っていたマリオンだが、最近は少し違う。もし、ノヴァやジャック、ジャクリーンのことを誰かに褒められたとしたら。かけがえのない家族を褒められて嬉しくないはずがない。そう置きかえることで相手の気持ちを理解しようとしてきた。
胸の奥がほんのり温かくなる。今のガストもそんな気持ちなんだろう。現に彼はとても嬉しそうに笑っていた。
「マリオンが好きだったブランドってどのヤツだ?ファンがいるって伝えとくぜ」
「そこまで気を回さなくていい。……新作はいつまでも待っているけど」
マリオンは表情を然程変えず、それでいて少し照れた様子で視線を外した。
「バッチリ伝えとく。あ、そうだ…この衣装の写真撮って彼女に送ってもいいか?」
「問題ない。さっき撮った集合写真がすでに【エリオス∞チャンネル】にアップされてるからな。市民向けの広報で情報も解禁されているからリークにもならない」
「サンキュー。それなら安心して送れる」
ガストはスラックスのポケットからスマホを取り出し、カメラモードを起動。話の流れでマリオンにカメラマンを頼もうとしたのだが「スタッフと打ち合わせしてくる」と機材チェックをしている撮影スタッフの所へ行ってしまった。
腕を伸ばして自撮りするにも限界がある。肝心の衣装をしっかりと映すことができない。ガストはスマホをチェック中のレンに声を掛けることにした。
「レン、俺の写真何枚か撮ってくれないか?」
「……構わない」
「何見てたんだ。ニヤニヤしてたみたいだけど」
「別に」
自分のスマホを眺めていたレンは何食わぬ顔でポケットにそれを戻した。猫を前にした時と同じ表情に似ていたので、大方猫の写真を見て和んでいたのだろう。
「猫の写真が送られてきたから、その返事をしていただけだ」
「なるほどな。タイミング良くポラリスとレグルスの写真が送られてきたってワケだ。あの二匹はレンにとって特別な猫だもんなぁ」
「なんで分かったんだ」
「そりゃあ分かるって。他の猫見てる時よりもなんつーかこう、幸せオーラが出てるっていうか」
単にそのハチワレ猫の親子が特別可愛いというわけではない。理由が他にもある。司令の遠い親戚に当たる飼い主の女性とはちょっといい雰囲気なのだ。
互いにはにかみながらも、少しずつ近づいていく心の距離。そんな二人をガストは傍で見守ってきた。もどかしい場面も多々あるのだが、お節介せず自然に実を結ぶのを待つことに。
それでもこうして時々つついてやれば、表情の少ない中でもほんのりとほほを染めることが増えた。それを目にする度に「頑張れよ、レン」と密かにエールを送っているのだ。
「……早くスマホを貸せ。写真、撮るんだろ」
「あぁ、そうだな。ポーズはこんな感じで、小物の王冠ものせて…と。よし、カッコよく撮ってくれよ」
「お前は顔がいいからどんなポーズでも様になるだろ。前にガストのファンがそう言っていた」
「あはは…写真写りがいいってことにしとくぜ」
大きなハート型の赤い箱に白いサテンのリボンがきゅっと結ばれた小物。それを顔の近くまで持ち上げて、撮影スタッフが指示したポーズをここで再現。そのポーズのまま待機していたのだが、レンが徐にスマホを構えたまま無言で横にずれる。
「その位置だと背景に色々写りこむ。スタッフとか、怒ってるマリオンとか」
レンの視線を追うようにガストが振り向くと、そこにはヴィクターに文句をぶつけているマリオンがいた。距離がある為、話の内容がここまで聞こえることはない。様子を見る限りでは一方的にマリオンがぷんすかと怒っているようだ。ヴィクターは至って冷静な態度で接している。もはや日常茶飯事の光景でもあった。
「…まぁ、大したことで揉めてなさそうだけど。確かに写り込んでたら気になっちまうよな」
「その木箱が山積みになってる所を背景にする。そこに立ってくれ」
「オーケー。…よし、頼んだぜ」
気を取り直し、カメラのレンズに向かって笑顔を向けるガスト。指定ポーズの他、思いついたポーズを決めていく。昨年の六月にちょっとした広告モデルを引き受けた経験が活きているのか、中々それが様になっていた。
最後の一枚は画面越しの相手に手を差し伸べて微笑む、という形で撮影を終了。
液晶画面越しにガストを見ていたレンはこう思った。今回のテーマ通りの王子に見えると。マリオンが正統派王子ならば、ガストはしきたりに縛られず自由を愛する王子といったところか。これはまた女性ファンから黄色い声が上がるに違いない。彼女たちに囲まれて対応に困る様子が目に浮かぶ。
「撮り終わった。一応確認してくれ」
「お、サンキュー。……おぉ、すげぇな。一枚もブレてない。よし、この中から何枚か選んでっと…送信完了」
ガストは自分が気に入った写真を三枚ほど穂香とのトークルームに貼り付けた。「今度イベントリーグで着る衣装、決まってるだろ?」とコメントを忘れずに添えて。
すると直ぐそれらに既読マークが付いた。彼女はどんな反応をするだろうか。「似合う」というフレーズは間違いなく返ってくるだろう。「カッコいい」と言ってくれたらそれはもう嬉しい。どんな返事が来るだろうかとワクワクしながらガストは待っていた。
しかし、一向に返事が来ない。所用で直ぐに返せずにいるのかもしれないが、この感じはあの時と似ている。そんな予感が渦巻いた。
穂香はハロウィンが嫌いだ。ハロウィン当日は必ず自宅に閉じこもり、外部と連絡を一切取らない。それが親しい友人からであってもだ。メッセージを送っても既読は付くが、当日に返信は無く翌日になってから返ってくる。
ガストは一抹の不安を抱いていた。
「……返事が来ねぇんだけど」
「忙しいんじゃないのか」
「まぁ、そうかもしんねぇけど…既読スルーのこの感じがハロウィンの時と似てる気がする。もしかして、地雷だったか…?」
「むしろ正統派でこういう系統は好きそうに見える」
「だからだよ。なんつーかこう、こだわりがあるからこそ譲れない部分とかがあるのかもしれねぇし。……よし、拗らせる前に先ず謝っとくか」
言うが早いかガストはトーク画面から通話ボタンをタップした。彼女が電話に出てくれることを祈りながら。
その祈りは直ぐに届いたようで、呼び出し音が二回鳴りきる前に電話が繋がった。が、向こうからガタガタッという大きな物音が聞こえてきた。
「穂香?!大丈夫か」
只事ではないと一瞬のうちに判断したガストが反射的にそう問いかける。
数秒のノイズが聞こえた後、穂香の「もしもし」と落ち着き払った声が聞こえてきた。
「どうしたんだ、何かあったのか」
『……な、なんでもない。ただ、びっくりしてスマホ取り落としただけ』
「そっか…それならいいんだ。……え、えっと…その、写真送ったヤツなんだけどさ」
『うん』
「…気ぃ、悪くしちまったか?何か穂香が気に入らない衣装だったかも…って思って」
聞こえてきた彼女の声はテンションが低い。というよりも、感情を抑えているような気がした。やはり地雷を踏んでしまったかとガストはいよいよ焦り始める。
「ごめん。…今回はこんな衣装で、何かの参考になるかもって勝手に俺が送り付けたんだ。だからさっきの写真は削除してくれよ」
『嫌』
「え?」
『絶対消さない』
ガストの頭上にクエスチョンマークが幾つも浮かび上がった。
「……俺が送った写真、気に入らないから既読スルーしてたんじゃ」
『何言ってるの。…素敵な衣装だし、ガストにとっても似合ってる』
「そ、そっか。…じゃあなんで」
『あ…あまりに似合い過ぎてて、その…中世ヨーロッパの王子様みたいで』
まるで絵に描いた様な王子様だ。言葉にならないぐらいカッコよかったと穂香が言うものだから。ガストはすっかり顔を赤らめてしまった。
心配していた事とは全く真逆。写真を見た途端、あまりのカッコよさに取り乱していたという。彼女にしては珍しいことだが、思えば昨年の夏に観光案内用に着た衣装もベタ褒めしていた。
通話の内容が所々聞こえてきたレンは「地雷というよりも、むしろツボだったようだな」と耳まで赤くなった王子をぼんやりと眺めていた。幸せオーラ全開なのはそっちの方だろと呟いてもいた。