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ある日のパトロール
町の一角から賑やかな声が聞こえてきた。
女性、しかも若い女の子たちがキャッキャとはしゃぐような声だ。
イエローウエストパークは娯楽施設が目玉となっている。テーマパーク、ブロードウェイ、映画館、カジノ。インディーズバンドが披露するライブハウスも点在。主に若い世代が集まってくるセクターでもある。
穂香はブルーノースシティから仕事でこのセクターに訪れていた。娯楽、繁華街から離れた場所に構えたショップ。そこでクライアントとの打ち合わせを今さっき終えたばかりだ。良い感触を得た彼女の表情は明るく、足取りも軽い。気分良く職場に戻ろうとしていた時に、先程の若い女の子たちの声を聞いたのだ。
お忍びで観光に来ていた有名人がファンに見つかったのか。若しくは人気を博したヒーローか。そのどちらかだろうと予想をしていた穂香はブックストアの前で見知った顔を一つ見つけた。
若い男性二人が複数の女の子に囲まれていた。
「…あ、このお店って最近出来たトコだよね?」
「さっすがフェイスくん。先週オープンしたばかりで、限定品のショコラなの!」
「へぇ…そんな貴重なもの貰っちゃってもいいの?」
「もちろん!」
「ありがと。嬉しいよ」
「フェイスくんが喜んでくれたなら私も嬉しい…!」
「フェイスくん、私の差し入れも受け取って!」
「押さないで。順番に受け取るから」
ピンクトルマリン色の目が柔らかく微笑む。すると、黄色い歓声が上がった。
艶のある黒髪に甘い声。彼、フェイスは慣れた様に女の子たちを上手く宥めながら、差し入れの品を受け取っていく。
花を愛でるような眼差しを携えるフェイスの傍ら、もう一人のヒーローはぎこちない表情で固まりかけていた。
「ガストさん!差し入れ受け取ってください!」
「お、おぅ……えっと、ありがとな」
「ガストさんって何が好きなんですか?」
「えっ…?好きなもの?」
なんとか笑顔を取り繕うも、不意の質問に応じることが出来ずにいた。相手が女の子だというだけで条件反射のように強張ってしまう。
サインや写真の求めにはテンプレで対応が出来るようになってきたとはいえ、突然変わったことを聞かれるとすぐにこうなってしまう。好きなものを聞かれただけではないかと他人は思うかもしれない。だが、この程度の質問でも彼を困惑させるには充分過ぎる。
ガストは辛うじてその質問が「好きな食べ物」という意味だと理解し、口を開いた。
「え、えーっと……クッキー、とか?」
「クッキーですね!好きなメーカーやお店とかあります?」
「と、特にないけど」
「今度差し入れに用意しますね!」
「あ、あぁ」
可愛らしい女の子たちに囲まれ、質問を投げかけられる度に思考がフリーズしかける。褒め言葉すらまともに受け止められず、たじろいでいた。
普段の愛嬌はどこへやら。女の子が苦手だという話は本当だったのね。
二人の様子を眺めていた穂香は彼の話が真実であったと納得した。元々嘘を吐く器用な男ではない。だが、この話だけは信じ難いものだったのだ。
整った目鼻立ち、透き通るグリーンの瞳。ファッションセンスも悪くない。加えて面倒見の良い気質。こんな男がモテないはずがない。女友達が沢山いて、遊び相手には困らないんだろう。そう思い込んでいた時期が穂香にもあった。
彼女たちの気迫に圧されてたじろぐ。汗の粒がここからでも見えそうだ。それほどまでに彼の表情が強張っている。段々と可哀想に思えてもきた。
「それじゃ、そろそろパトロールに戻らないと」
「はーい。頑張ってねフェイスくん、ガストさん」
そんな彼を流石に哀れに思ったのだろう。フェイスが女の子たちにさり気なく声を掛けると、彼女たちは自ら四方へ散っていった。
振り向いた子には柔らかい笑顔と手を振って応じる。それに倣い同じように真似るガストだが、口元が引きつっていた。
その後、まるで肩から溜息を吐くようにして、かくりと項垂れた。相当疲れたようだ。疲労困憊しきった彼に声を掛けるのも忍びない。ここはそっとしておこう。
そう判断した穂香であったが、フェイスと目がパチッと合ってしまった。
フェイスは穂香が自分に用があるのかと思っていたのだが、彼女の視線が直ぐに逸れた。隣にいるガストの方へ。
自分ではなく彼に用がある。そう勘付いたフェイスはガストの肩をポンポンと二度叩いた。顔を上げた彼に向こうを見るようにと指で示す。
そこで穂香の姿を捉えたガスト。すると、彼の表情が嬉々として輝き出した。さっきは逃げ腰の状態だったというのに、今は自分から歩み寄っていく。ここまで態度が違うのも面白いものだとフェイスは一人笑みを溢す。
「穂香」
「お疲れ様、ガスト。人気に拍車がかかってるみたいね」
「…見てたのか」
「ええ、バッチリ」
彼女とは気兼ねなく話せるのか、変に緊張したり畏まったりする様子は見られない。ふと、フェイスはあることに気が付いた。彼女の左手指に輝く銀色のリング。同期のガストが嵌めているものと同じデザインだ。以前惚気ていた「いい感じの彼女」とはこの女性のことだろう。
「情けねぇトコ見せちまったな」
「別にそうは思ってないけど…クッキーが好きだってのは初めて聞いたわ」
「いやあれは…その、咄嗟に思いつかなくてだな」
好物がクッキーという話は聞いたことがなかった。あの場で咄嗟に浮かんだキーワードだったとガストは話す。横で女の子たちの相手をしていたフェイスはそれにも気づいていた。
「次から大量のクッキーを差し入れてくるかもね。どうせなら貰って嬉しい物答えとかないと」
「いや…俺の好物答えたところで大量に貰っても余しちまう」
「アハッ。そうだね。…ガストの好物ベーグルサンドだっけ?お腹いっぱいになりそう」
「好物ったって、胃袋に限界あるし飽きそうだ」
「うちのメンターは毎食ピザ食べてるけど…流石に飽きないのかって聞いたらトッピングが違うから飽きないって言ってた」
「すげぇよなぁ…それであの体型維持してるんだし」
ピザという高カロリーなものを毎日朝昼晩と摂取。そんなヒーローがいると聞き、穂香は眉を潜めた。
「こないだの天ぷらパーティーとピザパーティー被った時も、ピザに天ぷら乗せ始めたし…あれには流石にブラッドも二度見してたよ」
和をこよなく愛するフェイスの兄、ブラッドもそのパーティーに居合わせた。抹茶塩でエビ天を楽しんでいたのだが、同期の行動に思わず目を疑った。熱々のマルゲリータの上にエビ天を乗せて食べていたのだ。それを目撃したブラッドはあまりの動揺に箸からエビ天を落としたという。「クリスプタイプのピザ生地と天ぷらのサクサク衣が絶妙なハーモニーだ!」と実に美味しそうに頬張るものだから。その場に居た全員が一瞬引いた。
これを聞いた穂香の表情がさらに強張る。
「……カロリーの暴力」
「揚げバターがあるくらいだし、まぁ……アリなんじゃ、ないか?」
「別にフォローしなくてもいいよ。……ブラッドのあの時の顔、思い出したら笑えてきた」
そう言うとフェイスは目を細めて笑いだした。ツボに嵌ったようで、思い出し笑いが暫く続く。
それからひとしきり笑い終えた後、穂香に目を向けた。彼の目尻には薄っすらと涙が滲んでいる。
「ガストの彼女さんでしょ?」
「そうですけど…よく分かりましたね」
「そりゃ…ガストの態度が全然違うし。…それに、お揃いのリングしてたから間違いないと思って」
鋭い観察眼。二人は同時に自分の左手に視線を落とした。息もぴったりだ。
穂香の表情が照れを含んだ物に変わる。どこか嬉しそうにも見えた。
「…ホントにいつも身につけてくれてるのね」
「あぁ。約束しただろ」
「嬉しいけど…仕事に不都合はない?」
職場によって服装の規程は異なるもの。穂香が勤めるデザイナー事務所ではアクセサリーの類に細かい規程は存在しない。よって常時身につけていられるのだが、【HELIOS】では指定制服の着用。アクセサリーの類はそこまで厳しくはないようだが、任務等に支障が出ないか。それを穂香は心配していたのだ。
「俺やガスト見てれば分かると思うけど…そこまで服装にウルサイわけじゃないから。バカ真面目にきっちり着てる人も中にはいるけど。まぁ、堅苦しい場面だともしかしたら外せって言われるかも?」
「その堅苦しい場面とは縁無さそうだけどな」
「見るからに苦手そうだよね。まぁ、普段の任務に支障も出てないんじゃない?さっきも【サブスタンス】回収中にガストが活躍してくれたおかげで俺も楽できたし」
正確な狙いで【サブスタンス】を一撃で沈めたとフェイスが話す。その【サブスタンス】を回収した後、騒ぎを聞きつけたファンに群がられていうわけだ。
「…っつーわけで、何の心配も要らないぜ。むしろ力が沸いてくるっていうか、穂香が側にいるような気がしてさ。毎日頑張れてる気がする」
ガストがふわりと優しく彼女に笑いかける。その笑顔を受け取った穂香は俄かに頬を染めた。
そんな二人の仲睦まじい様子をフェイスは生暖かい目で見守っていた。公然の場で堂々とイチャつかれれても、といった風に。そのうち手を取り合って見つめ合い始めでもしたらどうしたものか。甘く優しい雰囲気の場に自分はお邪魔虫だ。離れた場所に避難しようかと考えるが、行動を移す前にガストが端と慌て始めた。
「わ、悪ぃ。…今のはマリオンには」
「ガストが彼女口説いてたってこと?言わないよ面倒だし。それに、課題はとりあえずクリア出来てるんじゃない」
「課題?」
「あー…苦手克服っつーか、女性市民の対応に慣れてこいっていうヤツで」
それは二時間ほど前のことだ。ガストのメンターであるマリオンが「女性市民の対応がなっていない。フェイスと一緒にパトロールに行ってこい」と課題をガストに出した。対応の仕方は実践で学ぶ方が早いという考えからだ。
フェイスが外を歩けば自然と女の子たちが集まってくる。自然な対応方法を先ずは手本に、といきたい所だったのだがファンはお構いなしにガストにも声を掛けてきた。それで先程の様にぎくしゃくとしていたのだ。
「最初は断ろうとしたんだけどね。「直々の命令を断るのかよ!」っておチビちゃんにウルサク吠えられちゃったから」
「面倒かけちまって悪ぃな。…でも、さっきみたいな対応で良かったのか?」
「あぁ…さっきのは及第点ってトコ。俺が言いたいのは今。彼女とは普通に話してるし、対応できてる」
「そりゃあ、穂香は特別だし」
「彼女も市民に変わりないよ。だから、課題クリアってことでいいんじゃない」
物は言いよう。機転をきかせたフェイスが愛嬌たっぷりのスマイルを浮かべた。
「そういうわけだからこの辺で別行動。マリオンにはちゃんと対応できてたって言っとく。ガストは彼女を駅まで送ってあげたらどう?」
フェイスはひらりと手を振る。ガストが引き止める間もなく交差点の角を曲がっていってしまった。
「行っちゃったわね。なんていうか、自由人って感じがするわ」
「あはは…【HELIOS】には色んなヤツがいるからなぁ。穂香は仕事でウエストまで来てたのか?」
「ええ。今から事務所に戻る所」
「ノースまで送っていきたいけど、流石にエリア離れるワケにいかねぇし…せめて駅まで送ってく」
「ありがと。お言葉に甘えてお願いするわ」
そうして二人並んで歩き出した際、ガストが穂香の手を掴もうとする。触れたその指先を握り返しそうになるも、今はお互い仕事中だと我に返った。顔を見合わせ、照れ笑いを浮かべる。
「…次の休み、どっか行かないか」
「来週から公開の映画、面白そうだからそれ見に行きたいと思ってるんだけど一緒に行く?」
「新シリーズのヤツだよな?俺も見たかったヤツだし、それ見に行こうぜ」
「うん。楽しみね」
詳しいことはまた後日決めよう。それから二人は最近あったことを軽く報告した。
駅に着くまでの短い時間ではあったが、共に過ごしたお陰で疲れがリセットされた。笑いながらそう話すガストに穂香は「現金ね」と笑い返すのであった。
町の一角から賑やかな声が聞こえてきた。
女性、しかも若い女の子たちがキャッキャとはしゃぐような声だ。
イエローウエストパークは娯楽施設が目玉となっている。テーマパーク、ブロードウェイ、映画館、カジノ。インディーズバンドが披露するライブハウスも点在。主に若い世代が集まってくるセクターでもある。
穂香はブルーノースシティから仕事でこのセクターに訪れていた。娯楽、繁華街から離れた場所に構えたショップ。そこでクライアントとの打ち合わせを今さっき終えたばかりだ。良い感触を得た彼女の表情は明るく、足取りも軽い。気分良く職場に戻ろうとしていた時に、先程の若い女の子たちの声を聞いたのだ。
お忍びで観光に来ていた有名人がファンに見つかったのか。若しくは人気を博したヒーローか。そのどちらかだろうと予想をしていた穂香はブックストアの前で見知った顔を一つ見つけた。
若い男性二人が複数の女の子に囲まれていた。
「…あ、このお店って最近出来たトコだよね?」
「さっすがフェイスくん。先週オープンしたばかりで、限定品のショコラなの!」
「へぇ…そんな貴重なもの貰っちゃってもいいの?」
「もちろん!」
「ありがと。嬉しいよ」
「フェイスくんが喜んでくれたなら私も嬉しい…!」
「フェイスくん、私の差し入れも受け取って!」
「押さないで。順番に受け取るから」
ピンクトルマリン色の目が柔らかく微笑む。すると、黄色い歓声が上がった。
艶のある黒髪に甘い声。彼、フェイスは慣れた様に女の子たちを上手く宥めながら、差し入れの品を受け取っていく。
花を愛でるような眼差しを携えるフェイスの傍ら、もう一人のヒーローはぎこちない表情で固まりかけていた。
「ガストさん!差し入れ受け取ってください!」
「お、おぅ……えっと、ありがとな」
「ガストさんって何が好きなんですか?」
「えっ…?好きなもの?」
なんとか笑顔を取り繕うも、不意の質問に応じることが出来ずにいた。相手が女の子だというだけで条件反射のように強張ってしまう。
サインや写真の求めにはテンプレで対応が出来るようになってきたとはいえ、突然変わったことを聞かれるとすぐにこうなってしまう。好きなものを聞かれただけではないかと他人は思うかもしれない。だが、この程度の質問でも彼を困惑させるには充分過ぎる。
ガストは辛うじてその質問が「好きな食べ物」という意味だと理解し、口を開いた。
「え、えーっと……クッキー、とか?」
「クッキーですね!好きなメーカーやお店とかあります?」
「と、特にないけど」
「今度差し入れに用意しますね!」
「あ、あぁ」
可愛らしい女の子たちに囲まれ、質問を投げかけられる度に思考がフリーズしかける。褒め言葉すらまともに受け止められず、たじろいでいた。
普段の愛嬌はどこへやら。女の子が苦手だという話は本当だったのね。
二人の様子を眺めていた穂香は彼の話が真実であったと納得した。元々嘘を吐く器用な男ではない。だが、この話だけは信じ難いものだったのだ。
整った目鼻立ち、透き通るグリーンの瞳。ファッションセンスも悪くない。加えて面倒見の良い気質。こんな男がモテないはずがない。女友達が沢山いて、遊び相手には困らないんだろう。そう思い込んでいた時期が穂香にもあった。
彼女たちの気迫に圧されてたじろぐ。汗の粒がここからでも見えそうだ。それほどまでに彼の表情が強張っている。段々と可哀想に思えてもきた。
「それじゃ、そろそろパトロールに戻らないと」
「はーい。頑張ってねフェイスくん、ガストさん」
そんな彼を流石に哀れに思ったのだろう。フェイスが女の子たちにさり気なく声を掛けると、彼女たちは自ら四方へ散っていった。
振り向いた子には柔らかい笑顔と手を振って応じる。それに倣い同じように真似るガストだが、口元が引きつっていた。
その後、まるで肩から溜息を吐くようにして、かくりと項垂れた。相当疲れたようだ。疲労困憊しきった彼に声を掛けるのも忍びない。ここはそっとしておこう。
そう判断した穂香であったが、フェイスと目がパチッと合ってしまった。
フェイスは穂香が自分に用があるのかと思っていたのだが、彼女の視線が直ぐに逸れた。隣にいるガストの方へ。
自分ではなく彼に用がある。そう勘付いたフェイスはガストの肩をポンポンと二度叩いた。顔を上げた彼に向こうを見るようにと指で示す。
そこで穂香の姿を捉えたガスト。すると、彼の表情が嬉々として輝き出した。さっきは逃げ腰の状態だったというのに、今は自分から歩み寄っていく。ここまで態度が違うのも面白いものだとフェイスは一人笑みを溢す。
「穂香」
「お疲れ様、ガスト。人気に拍車がかかってるみたいね」
「…見てたのか」
「ええ、バッチリ」
彼女とは気兼ねなく話せるのか、変に緊張したり畏まったりする様子は見られない。ふと、フェイスはあることに気が付いた。彼女の左手指に輝く銀色のリング。同期のガストが嵌めているものと同じデザインだ。以前惚気ていた「いい感じの彼女」とはこの女性のことだろう。
「情けねぇトコ見せちまったな」
「別にそうは思ってないけど…クッキーが好きだってのは初めて聞いたわ」
「いやあれは…その、咄嗟に思いつかなくてだな」
好物がクッキーという話は聞いたことがなかった。あの場で咄嗟に浮かんだキーワードだったとガストは話す。横で女の子たちの相手をしていたフェイスはそれにも気づいていた。
「次から大量のクッキーを差し入れてくるかもね。どうせなら貰って嬉しい物答えとかないと」
「いや…俺の好物答えたところで大量に貰っても余しちまう」
「アハッ。そうだね。…ガストの好物ベーグルサンドだっけ?お腹いっぱいになりそう」
「好物ったって、胃袋に限界あるし飽きそうだ」
「うちのメンターは毎食ピザ食べてるけど…流石に飽きないのかって聞いたらトッピングが違うから飽きないって言ってた」
「すげぇよなぁ…それであの体型維持してるんだし」
ピザという高カロリーなものを毎日朝昼晩と摂取。そんなヒーローがいると聞き、穂香は眉を潜めた。
「こないだの天ぷらパーティーとピザパーティー被った時も、ピザに天ぷら乗せ始めたし…あれには流石にブラッドも二度見してたよ」
和をこよなく愛するフェイスの兄、ブラッドもそのパーティーに居合わせた。抹茶塩でエビ天を楽しんでいたのだが、同期の行動に思わず目を疑った。熱々のマルゲリータの上にエビ天を乗せて食べていたのだ。それを目撃したブラッドはあまりの動揺に箸からエビ天を落としたという。「クリスプタイプのピザ生地と天ぷらのサクサク衣が絶妙なハーモニーだ!」と実に美味しそうに頬張るものだから。その場に居た全員が一瞬引いた。
これを聞いた穂香の表情がさらに強張る。
「……カロリーの暴力」
「揚げバターがあるくらいだし、まぁ……アリなんじゃ、ないか?」
「別にフォローしなくてもいいよ。……ブラッドのあの時の顔、思い出したら笑えてきた」
そう言うとフェイスは目を細めて笑いだした。ツボに嵌ったようで、思い出し笑いが暫く続く。
それからひとしきり笑い終えた後、穂香に目を向けた。彼の目尻には薄っすらと涙が滲んでいる。
「ガストの彼女さんでしょ?」
「そうですけど…よく分かりましたね」
「そりゃ…ガストの態度が全然違うし。…それに、お揃いのリングしてたから間違いないと思って」
鋭い観察眼。二人は同時に自分の左手に視線を落とした。息もぴったりだ。
穂香の表情が照れを含んだ物に変わる。どこか嬉しそうにも見えた。
「…ホントにいつも身につけてくれてるのね」
「あぁ。約束しただろ」
「嬉しいけど…仕事に不都合はない?」
職場によって服装の規程は異なるもの。穂香が勤めるデザイナー事務所ではアクセサリーの類に細かい規程は存在しない。よって常時身につけていられるのだが、【HELIOS】では指定制服の着用。アクセサリーの類はそこまで厳しくはないようだが、任務等に支障が出ないか。それを穂香は心配していたのだ。
「俺やガスト見てれば分かると思うけど…そこまで服装にウルサイわけじゃないから。バカ真面目にきっちり着てる人も中にはいるけど。まぁ、堅苦しい場面だともしかしたら外せって言われるかも?」
「その堅苦しい場面とは縁無さそうだけどな」
「見るからに苦手そうだよね。まぁ、普段の任務に支障も出てないんじゃない?さっきも【サブスタンス】回収中にガストが活躍してくれたおかげで俺も楽できたし」
正確な狙いで【サブスタンス】を一撃で沈めたとフェイスが話す。その【サブスタンス】を回収した後、騒ぎを聞きつけたファンに群がられていうわけだ。
「…っつーわけで、何の心配も要らないぜ。むしろ力が沸いてくるっていうか、穂香が側にいるような気がしてさ。毎日頑張れてる気がする」
ガストがふわりと優しく彼女に笑いかける。その笑顔を受け取った穂香は俄かに頬を染めた。
そんな二人の仲睦まじい様子をフェイスは生暖かい目で見守っていた。公然の場で堂々とイチャつかれれても、といった風に。そのうち手を取り合って見つめ合い始めでもしたらどうしたものか。甘く優しい雰囲気の場に自分はお邪魔虫だ。離れた場所に避難しようかと考えるが、行動を移す前にガストが端と慌て始めた。
「わ、悪ぃ。…今のはマリオンには」
「ガストが彼女口説いてたってこと?言わないよ面倒だし。それに、課題はとりあえずクリア出来てるんじゃない」
「課題?」
「あー…苦手克服っつーか、女性市民の対応に慣れてこいっていうヤツで」
それは二時間ほど前のことだ。ガストのメンターであるマリオンが「女性市民の対応がなっていない。フェイスと一緒にパトロールに行ってこい」と課題をガストに出した。対応の仕方は実践で学ぶ方が早いという考えからだ。
フェイスが外を歩けば自然と女の子たちが集まってくる。自然な対応方法を先ずは手本に、といきたい所だったのだがファンはお構いなしにガストにも声を掛けてきた。それで先程の様にぎくしゃくとしていたのだ。
「最初は断ろうとしたんだけどね。「直々の命令を断るのかよ!」っておチビちゃんにウルサク吠えられちゃったから」
「面倒かけちまって悪ぃな。…でも、さっきみたいな対応で良かったのか?」
「あぁ…さっきのは及第点ってトコ。俺が言いたいのは今。彼女とは普通に話してるし、対応できてる」
「そりゃあ、穂香は特別だし」
「彼女も市民に変わりないよ。だから、課題クリアってことでいいんじゃない」
物は言いよう。機転をきかせたフェイスが愛嬌たっぷりのスマイルを浮かべた。
「そういうわけだからこの辺で別行動。マリオンにはちゃんと対応できてたって言っとく。ガストは彼女を駅まで送ってあげたらどう?」
フェイスはひらりと手を振る。ガストが引き止める間もなく交差点の角を曲がっていってしまった。
「行っちゃったわね。なんていうか、自由人って感じがするわ」
「あはは…【HELIOS】には色んなヤツがいるからなぁ。穂香は仕事でウエストまで来てたのか?」
「ええ。今から事務所に戻る所」
「ノースまで送っていきたいけど、流石にエリア離れるワケにいかねぇし…せめて駅まで送ってく」
「ありがと。お言葉に甘えてお願いするわ」
そうして二人並んで歩き出した際、ガストが穂香の手を掴もうとする。触れたその指先を握り返しそうになるも、今はお互い仕事中だと我に返った。顔を見合わせ、照れ笑いを浮かべる。
「…次の休み、どっか行かないか」
「来週から公開の映画、面白そうだからそれ見に行きたいと思ってるんだけど一緒に行く?」
「新シリーズのヤツだよな?俺も見たかったヤツだし、それ見に行こうぜ」
「うん。楽しみね」
詳しいことはまた後日決めよう。それから二人は最近あったことを軽く報告した。
駅に着くまでの短い時間ではあったが、共に過ごしたお陰で疲れがリセットされた。笑いながらそう話すガストに穂香は「現金ね」と笑い返すのであった。