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I have feelings for her.〜20-year-old summer~
「おっ、あの半袖のブラウス…穂香に似合うんじゃないか?」
グリーンイーストの中心部にあるショッピングモール。軽快なBGMが流れるここは周辺の住人が利用するだけじゃなく、観光客の利用頻度も高い。それぞれフロアがざっくりと分けられていて、俺たちはそこを行ったり来たりしていた。
ちょうどそのフロアの境目辺りで、俺は通路に面したブティックに目を向ける。マネキンが着ている白いVネックの半袖ブラウス。袖がヒラヒラしていてオシャレな感じがする。合わせてるスカートもカワイイと思う。
穂香がその店を覗き込むように顔を向ける。その時、違和感をまた覚えた。ふわりと揺れた香水、やっぱりいつもと違う気がする。ベースは気に入ってるヤツを使ってて、あとは気分でたまに変えるとか話してたこともあった。でも最近はこの香りばかりな気がする。香水変えたのかって聞くにしても、いちいちそんなこと気にしてるのかと思われそうだ。最初に気づいた時に言っとけばよかったかもな。その時はちょっと凹んでるような感じがしたから。くだらない話をするような雰囲気じゃなくて、言いそびれちまったんだけど。俺はこの柑橘系の香り好きだ。穂香によく合ってる。
「デザインが好み。秋口まで着られそうな感じね。…ガスト?」
「…え?あ、あぁ。悪いボーッとしてた。穂香、結構ああいう服も好きだよな。気になるなら試着してみたらどうだ?」
「ガスト、今日は貴方の誕生日プレゼントを買いに来てるのよ。さっきから私にばかり勧めてるじゃないの」
ダークブラウンの瞳が俺を軽く睨みあげてきた。そこには呆れた色が浮かび始めていた。
それもそのはず。午前中に待ち合わせてから今まで店をあちこち覗いてきたけど、目に留まるのは自分のものじゃなくて、彼女に似合いそうなものばかりだった。服を始めとしてアクセサリーや小物。最初は「いいわね」ってノッてくれてたけど、流石に今日の目的からかけ離れてると怒られた。
「あはは…そうだったな。こうやってブラブラ歩いてると、カワイイ服が目に入ってくるから穂香に似合いそうだなーってつい考えちまう」
八月二十七日。今日で俺は二十歳を迎えた。
今月の頭くらいに穂香とメシ食いに行く機会があって、その時に何か欲しいものがあればリクエストに答えると言ってくれた。でも、何かって言われても中々浮かんでこないもんだ。
決められずに先延ばしにしてたら「買い物付き合うから、そこで見つけて」という流れに。正直、プレゼントとかよりも、こうして穂香と二人でウインドウショッピングしてる時間が楽しい。
夜は毎年恒例で弟分たちが祝ってくれるし、それまで一緒に過ごせたらなぁなんて考えているけど。穂香は俺に他の予定があると思ってるらしく。何も無いって正直に言っても、何故か疑いの目を向けられた。
「…ガストがいいなって見つけてくれる服、系統はバラバラだけど私の好みばかり。ここまで当ててくると普通にすごいわ」
「そうか?一種の才能ってやつかもな。アパレル関係目指してみるのもアリか…?」
「関連会社紹介してあげてもいいけど、ガストなら別口でスカウトされる可能性が高そうね」
「別口で?」
「モデルとか」
「あー…それは向いてない気がする」
「そう?そんなことないと思うけど。で、欲しいものは見つかりそうかしら」
穂香は通り過ぎたブティックのブラウスをちらりと気にしながら、話題を戻した。
「うーん…そうだなぁ。そっちも予算とかあるだろ。それも考慮してとなると」
「常識の範囲内なら少し高くてもいいわよ。ガストとは付き合いも長いし、いつもお世話になってるから」
「値段の制限が緩和されると余計に悩んじまいそうだ」
欲しいものと一概に言われても、すぐに浮かぶような物欲は持ち合わせていなかった。いっそこの時間だけでいい。こうして好きな子と時間を共有できているだけで、良い誕生日を迎えられたと思うし。
でもそう考えていたのは俺だけのようだ。そりゃ、二時間近くも収穫が無かったら痺れも切らすか。
「別に急かしてるわけじゃないけど、この調子だと夕方までかかっちゃうわよ。ガストも予定あるんだろうし」
「いや、ホントに夕方までは俺フリーなんだけど……じゃあ、そこのストア覗いてみないか」
「ええ、いいわよ」
訪れたフロアには生活雑貨を扱うストアが並んでいる。グリーンイーストならではの雑貨品が多くて、見てるだけでも楽しい。
俺たちが立ち寄ったストアでもイタリア雑貨やアジア雑貨が目立つ場所に陳列されていた。
鮮やかな黄色や黄緑のオイルボトル。オリーブが描かれた絵皿。小さな棚にディスプレイされた風景写真のポストカード。その中に水の都ヴェネツィアを写した物があった。その風景を懐かしく思い、それを一枚手に取った俺は目を細めた。
水面に浮かぶゴンドラ、前方に古い街並みの景色が開けている。
「…懐かしいな。昔、家族旅行でイタリアに行ったことがあってさ。その時にゴンドラも乗ったんだ」
「ヴェネツィアに?いいわね羨ましい。水に浮かぶ街って幻想的だし、一度は行ってみたい場所なのよ」
「映画の影響がやっぱデカイよな。俺も見た時驚いた。ゴンドラを漕ぐ水の音、水面を吹き抜けていく風も心地よかった。…まぁ、行ったのはガキの頃だしあんまり細かくは憶えてないんだけどな」
ポストカードを元の場所にそっと戻し、隣接する日本の雑貨品コーナーに目を向けた。扇子や手ぬぐい、和紙が貼られた箱や木彫りの小さい動物とか。色んな和雑貨が置いてある。
日本に行ったこともあるけど、それこそ物心がつく前の赤ん坊の頃だ。どこに行ったのかも憶えてない。
俺が手にしたポストカードには山と荒波が描かれていた。この山は日本で代表的な山、富士山だな。割とよく見かける構図だけど、名前が思い出せない。すると、横から穂香が「冨嶽三十六景ね」と俺の手元を見てきた。
「お、それだ。どっかで聞いたことあったんだよな。浮世絵ってヤツだろ?」
「うん。…ポストカードは浮世絵と観光名所の写真ばかりね。首里城に金閣寺、浅草…これは東京駅ね。あっ、ここ修学旅行で行った。…これ、どこの桜かしら。見覚えはあるけど…テレビでよく見たことある…うーん思い出せないわ。裏に場所の名前書いてない?」
そう言われた俺はポストカードを裏返した。隅っこに場所の名前が書かれている。漢字で書かれているから読めなくて、穂香に振ると大きく頷いてみせた。
「京都の南郷公園。ここ、ライトアップされるともっと綺麗なのよ」
「へぇ…穂香は見に行ったことあるのか」
「ううん。テレビで見ただけ。桜が咲く時期になると特番で放送されるのよ。オススメの桜スポットみたいに」
「見てるだけでそこに行った気分になれそうだな、それ。…川辺に沿った桜の木がずっと続いていて、いい景色だな」
遠い昔、こんな風に綺麗な景色を小さな目に映していたのかもしれない。実家のガレージ辺りを探せば古いアルバムが見つかりそうだ。それを捲れば日本のどこを巡ったのか分かるだろう。でも、懐かしさよりも哀愁の方が蘇ってきそうだ。
俺はどこか胸を締め付けられるような感覚を覚えていた。
他の雑貨も面白いものが沢山置いてある。紙風船やカルタ、お手玉。穂香が子どもの頃にばあちゃん家で遊んだとお手玉を二つ手に取った。上に軽く放り投げてジャグリングの様に操る。中にビーズが入っているみたいで、チャッチャッと擦れ合う音もした。
漆塗りの四角い箱や繊細な模様が描かれた皿。その隣に気になるものを見つけた。小さなコップみたいなのが置いてある。材質は陶器みたいで、台形を逆さまにした形だ。底の周りが白くて上側が薄い水色。なんだこれ。底の方が狭いしバランスが悪くて倒れそうな気もする。
「……なぁ、穂香。これってなんだ?調味料やソースでも入れるものなのか」
「どれ?」
「台形を逆さまにしたヤツ。…バランス悪いと思ったけど、手に持つと案外しっくりくるな」
二つ並んでいたうちの一つを手に持ってみた。小さくて滑りそうな感じだったけど、指先と指の腹で支えるとそうでもない。
「これは猪口」
「チョコ?」
「えーと…日本酒を注いで飲むコップみたいなものね」
「こんなに小さなもので酒を飲むのか?」
「日本酒の度数は結構高いのよ。だから少しずつ飲むの。…これ、富士山の形になってるのね。ほら」
穂香は俺の手からチョコを摘み上げ、そのコップをひっくり返して手の平に乗せた。白く塗られた底辺が山の頂上、水色の二辺が斜面。小さな山の姿がそこに現れた。ひと手間にも満たない動作で富士山になるとは。俺は軽い感動すら覚えた。
「すごいな、これ。ひっくり返しただけで富士山の形を現わすなんて…流石日本の職人というかアイディアがすげぇ」
「そこまで感動してもらえるとこっちも嬉しい。猪口の形はこれに限らず色々あるのよ。ガラス製のもあるし…私が見たことあるものだと逆さ富士っていうのも」
「逆さ富士?」
「猪口の縁に富士山の形が造られてるの。で、お酒を注いだ時そこに富士山が映りこむ。水面に映りこむものって逆さまになるでしょ?だから逆さ富士って呼ばれてる。実際に見ることができる風景よ」
「へぇ…それも風流ってヤツなんだな。すごいな」
手に乗せた小さな富士山を眺め続けていると、横でくすりと笑う声が聞こえた。
「誕生日プレゼント、それにする?」
「え…いいのか?だってこれ、結構高いだろ。輸入品だし」
「ストップ。値段は見ちゃダメ」
これの値札を見ようとすると、穂香に見るなと阻まれてしまった。ひょいと俺の手の平にあったチョコを回収して、もう一つのチョコと側に置かれていた化粧箱を手に取った。二つで一組らしい。
「誕生日プレゼント贈る相手に値段は見せられません。これ、プレゼントさせて」
「ホントにいいのか?」
「ええ、勿論。お会計してくるからちょっと待ってて」
穂香はどこかご機嫌な様子でキャッシャーに向かっていく。
さっきのチョコは箱に値札がついていたようで、結局金額が分からず仕舞いだ。
雑貨コーナーを改めて見渡す。異国の文化に触れるのって結構楽しいよな。他の客も物珍しそうにガラスの小さい瓶を手に取って眺めている。あれは知ってるぞ。穂香の家で前に見かけた。醤油さしってやつだ。
キャッシャーは混雑していなかったようで、すぐに店のショッパーを提げて穂香が戻って来た。
「お待たせ。ラッピングする前でごめんね。改めて、ハッピーバースデー!」
「サンキュー。…って、なんか他にも入ってるんだけど。雑誌か?」
ショッパーに化粧箱以外に雑誌が一冊入っていた。富士山と桜が表紙を飾っている。日本の風景写真集だ。海外向けに刊行されたヤツで、説明文が英語で書かれている。
「それはおまけ。故郷の景色を綺麗だって褒められて嬉しかったから」
「これがあれば日本に行った気分になれるな。サンキュー穂香。どっちも大事にする」
「喜んでもらえて何よりだわ。本当は日本酒も一緒にと思ったんだけど、ここで扱ってないみたいで。今度オススメの探しとくわね」
日本酒は米のみで造られたもの、米と醸造アルコールで造ったものがあるとか。さらには純米、吟醸だとか種類が分かれるらしい。穂香も詳しく知らないって言ってるし、俺はもっと混乱するに違いない。
ストアを出て間もなく、モール内に正午の時報が鳴り響いた。
「もう昼か…人の姿が疎らなはずだぜ。みんなメシ食いに行ってるんだろうな」
「あちこち歩き回ったからお腹空いちゃったわ。どこかでランチしていく?」
「ランチにも付き合ってくれるのか?」と思わず声に出していた。長い時間一緒にいられただけで満たされてるのに。
「予定が無いならね」
「全然無い。…むしろ夕方まで暇を持て余しそうなんだよなぁ。だからさ、ランチ食った後もウインドウショッピングとか…穂香が付き合ってくれたら時間潰せて丁度いいっつーか…」
今日何度目かの夕方まで暇アピールをしてみると、訝しげにしながらも「いいわよ」と答えてくれた。その返事に口角が自然と持ち上がった。
「じゃあ、メシ食う場所探そうぜ。…あ、そういえばこの間話してたカフェ、この辺じゃなかったか?」
このショッピングモールの近くに新しく出来たお洒落なカフェ。下見に行きたいって穂香が話していたのを思い出した。彼氏が来月の連休にこっちに遊びに来るらしく、グリーンイーストで場所を探していたとかで。俺としては複雑な気分だが、穂香の為なら。
俺の提案に二つ返事が来ると思いきや、その顔が急に曇った。軽く目を伏せて、無言で首を横に振ってみせる。
「違う所でいいわ」
「え…なんでだ?シルバーウィークっていう連休でこっちに来るんだろ」
「どうしても外せない仕事が入ったから、行けなくなったって言ってた。…だから、別の店にしましょ。それに外暑いし、ショッピングモール内がいい」
そう言いながら前方にある液晶の案内板に近づいていく。それを指で軽く操作し、フードコートの一覧を呼び出す。何が食べたいかと訊いてくる穂香の横顔は少し落ち込んでいた。そりゃそうだよな。長い事会ってない恋人と久々に会えるって喜んでたのに、それが白紙になっちまったんだから。
前もこんな顔してたし、あの時もきっと何かあったんだろう。
「…よし、ランチは俺が奢る。おっ、ここのハンバーガー美味しそうじゃないか?ベーグルサンドもあるし、チキンを挟んだのとかもあるぞ。サイドメニューも充実してるみたいだし…」
なんとか励ましてやれないだろうか。そんな思いが他の感情よりも先に芽生えていた。けど、明るく振舞おうと努める俺のテンションとの差に若干引かれているような気がしないでもない。
「…お店ここにするのはいいけど、本日の主役に奢らせるわけにいかないわよ」
「こっちはプレゼント二つ貰ってるんだ」
「でも」
「俺だってカフェでそれなりに稼いでる。それに夕方まで穂香の時間を貰うわけだし、そのお礼ってことにしといてくれよ」
ここは意地でも退かないぞ。今日の感謝の気持ちを少しでも伝えたいし、その顔を曇らせたままでいたくないからな。
「…分かった。じゃあ、フードコートに向かいましょ」
「あぁ。少しでも空いてるといいんだけどな。あんまり待つと腹が減りすぎて目ぇ回しちまいそうだ」
そこで見計らったように腹の虫が鳴いた。口先だけじゃなく、ホントに空腹が限界に近いみたいだ。改めて「腹、減ったな」と俺がはにかむと穂香が可笑しそうに笑ってくれた。
さっきまで曇っていた表情が少しだけ、晴れた気もする。
「メシ食った後はどうする?目当てのショップかブティックあるならそこに付き合うぜ」
「そうね…さっきのブラウス、やっぱり気になるからそこに行きたい」
「オーケー。荷物は俺が持つから心配せずに買い物してくれよ」
「そんなに買い込まないわよ。…まぁ、ちょっとストレス発散程度には買うかもだけど」
「いいと思うぜ。気に入った服、見つかるといいな」
「うん」
ちょっとでも穂香が元気になってくれたら。そうしたら、最高の誕生日を迎えられたと思える。
「おっ、あの半袖のブラウス…穂香に似合うんじゃないか?」
グリーンイーストの中心部にあるショッピングモール。軽快なBGMが流れるここは周辺の住人が利用するだけじゃなく、観光客の利用頻度も高い。それぞれフロアがざっくりと分けられていて、俺たちはそこを行ったり来たりしていた。
ちょうどそのフロアの境目辺りで、俺は通路に面したブティックに目を向ける。マネキンが着ている白いVネックの半袖ブラウス。袖がヒラヒラしていてオシャレな感じがする。合わせてるスカートもカワイイと思う。
穂香がその店を覗き込むように顔を向ける。その時、違和感をまた覚えた。ふわりと揺れた香水、やっぱりいつもと違う気がする。ベースは気に入ってるヤツを使ってて、あとは気分でたまに変えるとか話してたこともあった。でも最近はこの香りばかりな気がする。香水変えたのかって聞くにしても、いちいちそんなこと気にしてるのかと思われそうだ。最初に気づいた時に言っとけばよかったかもな。その時はちょっと凹んでるような感じがしたから。くだらない話をするような雰囲気じゃなくて、言いそびれちまったんだけど。俺はこの柑橘系の香り好きだ。穂香によく合ってる。
「デザインが好み。秋口まで着られそうな感じね。…ガスト?」
「…え?あ、あぁ。悪いボーッとしてた。穂香、結構ああいう服も好きだよな。気になるなら試着してみたらどうだ?」
「ガスト、今日は貴方の誕生日プレゼントを買いに来てるのよ。さっきから私にばかり勧めてるじゃないの」
ダークブラウンの瞳が俺を軽く睨みあげてきた。そこには呆れた色が浮かび始めていた。
それもそのはず。午前中に待ち合わせてから今まで店をあちこち覗いてきたけど、目に留まるのは自分のものじゃなくて、彼女に似合いそうなものばかりだった。服を始めとしてアクセサリーや小物。最初は「いいわね」ってノッてくれてたけど、流石に今日の目的からかけ離れてると怒られた。
「あはは…そうだったな。こうやってブラブラ歩いてると、カワイイ服が目に入ってくるから穂香に似合いそうだなーってつい考えちまう」
八月二十七日。今日で俺は二十歳を迎えた。
今月の頭くらいに穂香とメシ食いに行く機会があって、その時に何か欲しいものがあればリクエストに答えると言ってくれた。でも、何かって言われても中々浮かんでこないもんだ。
決められずに先延ばしにしてたら「買い物付き合うから、そこで見つけて」という流れに。正直、プレゼントとかよりも、こうして穂香と二人でウインドウショッピングしてる時間が楽しい。
夜は毎年恒例で弟分たちが祝ってくれるし、それまで一緒に過ごせたらなぁなんて考えているけど。穂香は俺に他の予定があると思ってるらしく。何も無いって正直に言っても、何故か疑いの目を向けられた。
「…ガストがいいなって見つけてくれる服、系統はバラバラだけど私の好みばかり。ここまで当ててくると普通にすごいわ」
「そうか?一種の才能ってやつかもな。アパレル関係目指してみるのもアリか…?」
「関連会社紹介してあげてもいいけど、ガストなら別口でスカウトされる可能性が高そうね」
「別口で?」
「モデルとか」
「あー…それは向いてない気がする」
「そう?そんなことないと思うけど。で、欲しいものは見つかりそうかしら」
穂香は通り過ぎたブティックのブラウスをちらりと気にしながら、話題を戻した。
「うーん…そうだなぁ。そっちも予算とかあるだろ。それも考慮してとなると」
「常識の範囲内なら少し高くてもいいわよ。ガストとは付き合いも長いし、いつもお世話になってるから」
「値段の制限が緩和されると余計に悩んじまいそうだ」
欲しいものと一概に言われても、すぐに浮かぶような物欲は持ち合わせていなかった。いっそこの時間だけでいい。こうして好きな子と時間を共有できているだけで、良い誕生日を迎えられたと思うし。
でもそう考えていたのは俺だけのようだ。そりゃ、二時間近くも収穫が無かったら痺れも切らすか。
「別に急かしてるわけじゃないけど、この調子だと夕方までかかっちゃうわよ。ガストも予定あるんだろうし」
「いや、ホントに夕方までは俺フリーなんだけど……じゃあ、そこのストア覗いてみないか」
「ええ、いいわよ」
訪れたフロアには生活雑貨を扱うストアが並んでいる。グリーンイーストならではの雑貨品が多くて、見てるだけでも楽しい。
俺たちが立ち寄ったストアでもイタリア雑貨やアジア雑貨が目立つ場所に陳列されていた。
鮮やかな黄色や黄緑のオイルボトル。オリーブが描かれた絵皿。小さな棚にディスプレイされた風景写真のポストカード。その中に水の都ヴェネツィアを写した物があった。その風景を懐かしく思い、それを一枚手に取った俺は目を細めた。
水面に浮かぶゴンドラ、前方に古い街並みの景色が開けている。
「…懐かしいな。昔、家族旅行でイタリアに行ったことがあってさ。その時にゴンドラも乗ったんだ」
「ヴェネツィアに?いいわね羨ましい。水に浮かぶ街って幻想的だし、一度は行ってみたい場所なのよ」
「映画の影響がやっぱデカイよな。俺も見た時驚いた。ゴンドラを漕ぐ水の音、水面を吹き抜けていく風も心地よかった。…まぁ、行ったのはガキの頃だしあんまり細かくは憶えてないんだけどな」
ポストカードを元の場所にそっと戻し、隣接する日本の雑貨品コーナーに目を向けた。扇子や手ぬぐい、和紙が貼られた箱や木彫りの小さい動物とか。色んな和雑貨が置いてある。
日本に行ったこともあるけど、それこそ物心がつく前の赤ん坊の頃だ。どこに行ったのかも憶えてない。
俺が手にしたポストカードには山と荒波が描かれていた。この山は日本で代表的な山、富士山だな。割とよく見かける構図だけど、名前が思い出せない。すると、横から穂香が「冨嶽三十六景ね」と俺の手元を見てきた。
「お、それだ。どっかで聞いたことあったんだよな。浮世絵ってヤツだろ?」
「うん。…ポストカードは浮世絵と観光名所の写真ばかりね。首里城に金閣寺、浅草…これは東京駅ね。あっ、ここ修学旅行で行った。…これ、どこの桜かしら。見覚えはあるけど…テレビでよく見たことある…うーん思い出せないわ。裏に場所の名前書いてない?」
そう言われた俺はポストカードを裏返した。隅っこに場所の名前が書かれている。漢字で書かれているから読めなくて、穂香に振ると大きく頷いてみせた。
「京都の南郷公園。ここ、ライトアップされるともっと綺麗なのよ」
「へぇ…穂香は見に行ったことあるのか」
「ううん。テレビで見ただけ。桜が咲く時期になると特番で放送されるのよ。オススメの桜スポットみたいに」
「見てるだけでそこに行った気分になれそうだな、それ。…川辺に沿った桜の木がずっと続いていて、いい景色だな」
遠い昔、こんな風に綺麗な景色を小さな目に映していたのかもしれない。実家のガレージ辺りを探せば古いアルバムが見つかりそうだ。それを捲れば日本のどこを巡ったのか分かるだろう。でも、懐かしさよりも哀愁の方が蘇ってきそうだ。
俺はどこか胸を締め付けられるような感覚を覚えていた。
他の雑貨も面白いものが沢山置いてある。紙風船やカルタ、お手玉。穂香が子どもの頃にばあちゃん家で遊んだとお手玉を二つ手に取った。上に軽く放り投げてジャグリングの様に操る。中にビーズが入っているみたいで、チャッチャッと擦れ合う音もした。
漆塗りの四角い箱や繊細な模様が描かれた皿。その隣に気になるものを見つけた。小さなコップみたいなのが置いてある。材質は陶器みたいで、台形を逆さまにした形だ。底の周りが白くて上側が薄い水色。なんだこれ。底の方が狭いしバランスが悪くて倒れそうな気もする。
「……なぁ、穂香。これってなんだ?調味料やソースでも入れるものなのか」
「どれ?」
「台形を逆さまにしたヤツ。…バランス悪いと思ったけど、手に持つと案外しっくりくるな」
二つ並んでいたうちの一つを手に持ってみた。小さくて滑りそうな感じだったけど、指先と指の腹で支えるとそうでもない。
「これは猪口」
「チョコ?」
「えーと…日本酒を注いで飲むコップみたいなものね」
「こんなに小さなもので酒を飲むのか?」
「日本酒の度数は結構高いのよ。だから少しずつ飲むの。…これ、富士山の形になってるのね。ほら」
穂香は俺の手からチョコを摘み上げ、そのコップをひっくり返して手の平に乗せた。白く塗られた底辺が山の頂上、水色の二辺が斜面。小さな山の姿がそこに現れた。ひと手間にも満たない動作で富士山になるとは。俺は軽い感動すら覚えた。
「すごいな、これ。ひっくり返しただけで富士山の形を現わすなんて…流石日本の職人というかアイディアがすげぇ」
「そこまで感動してもらえるとこっちも嬉しい。猪口の形はこれに限らず色々あるのよ。ガラス製のもあるし…私が見たことあるものだと逆さ富士っていうのも」
「逆さ富士?」
「猪口の縁に富士山の形が造られてるの。で、お酒を注いだ時そこに富士山が映りこむ。水面に映りこむものって逆さまになるでしょ?だから逆さ富士って呼ばれてる。実際に見ることができる風景よ」
「へぇ…それも風流ってヤツなんだな。すごいな」
手に乗せた小さな富士山を眺め続けていると、横でくすりと笑う声が聞こえた。
「誕生日プレゼント、それにする?」
「え…いいのか?だってこれ、結構高いだろ。輸入品だし」
「ストップ。値段は見ちゃダメ」
これの値札を見ようとすると、穂香に見るなと阻まれてしまった。ひょいと俺の手の平にあったチョコを回収して、もう一つのチョコと側に置かれていた化粧箱を手に取った。二つで一組らしい。
「誕生日プレゼント贈る相手に値段は見せられません。これ、プレゼントさせて」
「ホントにいいのか?」
「ええ、勿論。お会計してくるからちょっと待ってて」
穂香はどこかご機嫌な様子でキャッシャーに向かっていく。
さっきのチョコは箱に値札がついていたようで、結局金額が分からず仕舞いだ。
雑貨コーナーを改めて見渡す。異国の文化に触れるのって結構楽しいよな。他の客も物珍しそうにガラスの小さい瓶を手に取って眺めている。あれは知ってるぞ。穂香の家で前に見かけた。醤油さしってやつだ。
キャッシャーは混雑していなかったようで、すぐに店のショッパーを提げて穂香が戻って来た。
「お待たせ。ラッピングする前でごめんね。改めて、ハッピーバースデー!」
「サンキュー。…って、なんか他にも入ってるんだけど。雑誌か?」
ショッパーに化粧箱以外に雑誌が一冊入っていた。富士山と桜が表紙を飾っている。日本の風景写真集だ。海外向けに刊行されたヤツで、説明文が英語で書かれている。
「それはおまけ。故郷の景色を綺麗だって褒められて嬉しかったから」
「これがあれば日本に行った気分になれるな。サンキュー穂香。どっちも大事にする」
「喜んでもらえて何よりだわ。本当は日本酒も一緒にと思ったんだけど、ここで扱ってないみたいで。今度オススメの探しとくわね」
日本酒は米のみで造られたもの、米と醸造アルコールで造ったものがあるとか。さらには純米、吟醸だとか種類が分かれるらしい。穂香も詳しく知らないって言ってるし、俺はもっと混乱するに違いない。
ストアを出て間もなく、モール内に正午の時報が鳴り響いた。
「もう昼か…人の姿が疎らなはずだぜ。みんなメシ食いに行ってるんだろうな」
「あちこち歩き回ったからお腹空いちゃったわ。どこかでランチしていく?」
「ランチにも付き合ってくれるのか?」と思わず声に出していた。長い時間一緒にいられただけで満たされてるのに。
「予定が無いならね」
「全然無い。…むしろ夕方まで暇を持て余しそうなんだよなぁ。だからさ、ランチ食った後もウインドウショッピングとか…穂香が付き合ってくれたら時間潰せて丁度いいっつーか…」
今日何度目かの夕方まで暇アピールをしてみると、訝しげにしながらも「いいわよ」と答えてくれた。その返事に口角が自然と持ち上がった。
「じゃあ、メシ食う場所探そうぜ。…あ、そういえばこの間話してたカフェ、この辺じゃなかったか?」
このショッピングモールの近くに新しく出来たお洒落なカフェ。下見に行きたいって穂香が話していたのを思い出した。彼氏が来月の連休にこっちに遊びに来るらしく、グリーンイーストで場所を探していたとかで。俺としては複雑な気分だが、穂香の為なら。
俺の提案に二つ返事が来ると思いきや、その顔が急に曇った。軽く目を伏せて、無言で首を横に振ってみせる。
「違う所でいいわ」
「え…なんでだ?シルバーウィークっていう連休でこっちに来るんだろ」
「どうしても外せない仕事が入ったから、行けなくなったって言ってた。…だから、別の店にしましょ。それに外暑いし、ショッピングモール内がいい」
そう言いながら前方にある液晶の案内板に近づいていく。それを指で軽く操作し、フードコートの一覧を呼び出す。何が食べたいかと訊いてくる穂香の横顔は少し落ち込んでいた。そりゃそうだよな。長い事会ってない恋人と久々に会えるって喜んでたのに、それが白紙になっちまったんだから。
前もこんな顔してたし、あの時もきっと何かあったんだろう。
「…よし、ランチは俺が奢る。おっ、ここのハンバーガー美味しそうじゃないか?ベーグルサンドもあるし、チキンを挟んだのとかもあるぞ。サイドメニューも充実してるみたいだし…」
なんとか励ましてやれないだろうか。そんな思いが他の感情よりも先に芽生えていた。けど、明るく振舞おうと努める俺のテンションとの差に若干引かれているような気がしないでもない。
「…お店ここにするのはいいけど、本日の主役に奢らせるわけにいかないわよ」
「こっちはプレゼント二つ貰ってるんだ」
「でも」
「俺だってカフェでそれなりに稼いでる。それに夕方まで穂香の時間を貰うわけだし、そのお礼ってことにしといてくれよ」
ここは意地でも退かないぞ。今日の感謝の気持ちを少しでも伝えたいし、その顔を曇らせたままでいたくないからな。
「…分かった。じゃあ、フードコートに向かいましょ」
「あぁ。少しでも空いてるといいんだけどな。あんまり待つと腹が減りすぎて目ぇ回しちまいそうだ」
そこで見計らったように腹の虫が鳴いた。口先だけじゃなく、ホントに空腹が限界に近いみたいだ。改めて「腹、減ったな」と俺がはにかむと穂香が可笑しそうに笑ってくれた。
さっきまで曇っていた表情が少しだけ、晴れた気もする。
「メシ食った後はどうする?目当てのショップかブティックあるならそこに付き合うぜ」
「そうね…さっきのブラウス、やっぱり気になるからそこに行きたい」
「オーケー。荷物は俺が持つから心配せずに買い物してくれよ」
「そんなに買い込まないわよ。…まぁ、ちょっとストレス発散程度には買うかもだけど」
「いいと思うぜ。気に入った服、見つかるといいな」
「うん」
ちょっとでも穂香が元気になってくれたら。そうしたら、最高の誕生日を迎えられたと思える。