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One sided relationship~19-year-old summer~
太陽が燦々と照りつけてくる季節。今年も茹だるような暑い日が続いていた。それが八月後半にもなると、日が暮れるにつれて気温は僅かに下がり、過ごしやすくなってくる。
マゼンタアベニュー付近に来た俺は日陰を求め、カフェの外壁に背を預けた。コンクリートのひんやりとした感触が気持ちいい。西日がいい具合に遮られて、人を待つのに良さそうだ。
今日はカフェのオープンテラスを利用している客が多い。仕事帰りや学生の客で席が埋まっている。暑さも和らいだし、風も心地いいから外でブレイクタイムを過ごしたくなるんだろうな。
火照った肌に涼風を感じながらアイスコーヒーを片手に過ごす夕暮れ時。自分があの席に座って過ごしている姿を頭の片隅に想像してみたが、似合わない。ガラじゃないんだよな、そういうのって。俺よりも彼女の方がきっと様になる。
夕方に少し会えないか。昼頃にそんなメッセージが相手から飛んできた。誘いを断る理由は一つも無いし、むしろ会えるなんてラッキーだとも思えた。向こうは憶えてないかもしれないけど、今日は俺の誕生日だ。
そんなワケで、相手の用件をロクに確認もせずに喜び勇んでやってきた。待ち合わせ場所に着いてかれこれ三十分ぐらい経つ。穂香は仕事が終わってから来るらしい。それまで適当にブラついて時間を潰そうとしても落ち着かなくて、そわそわしていた。
手元のスマホは断続的に震えていた。弟分たちからのお祝いメッセージを朝から受信しっぱなしだ。返信を打ち込む間にも来るもんだから、電池の減る速さが尋常じゃない。嬉しい悲鳴ってヤツだろうけど、肝心な時に電池切れってならないようにしないとな。
ようやく返信の目処が立ち、ずっと下を向いていた顔を上げる。首が少し凝って固まっていた。
ふと、視線の先に穂香の姿を捉える。カフェの入口に向いていた彼女の視線が俺に向き、目が合うとニコリと笑ってきた。片手を上げて俺も笑い返す。
「よぅ、仕事お疲れさん」
「ありがと。…待たせちゃったかしら。仕事終わってすぐに出てきたんだけど…やっぱりノースからサウスだと時間かかるわね」
「俺がそっち行ければ良かったんだけどな。さっき来たとこだし、そんなに待ってないぜ」
「私の方から声掛けたんだし、来させるわけにはいかないわよ。……ここ、ちょうど日陰になってて涼しいわね」
「だろ?風の通り道なんだ」
頭上に鮮やかな夕焼け空が広がり始めていた。もうすぐ一番星も輝き出しそうだ。
カフェの外壁に背をくっつけていた穂香の髪がそよそよと揺れる。「涼しい」と目を細めた横顔に見惚れてしまいそうになった。
穂香に彼氏がいると知ったのは去年の秋。自分の気持ちを打ち明けずに一年が経過した。友人としてこの関係が続けばいい。下手に想いを告げてぎくしゃくした関係になってしまうのは嫌だ。一緒にいると楽しい、それだけで十分だろ。そう、儚い恋心を抑えてきた。
「…そういや、用事が何か聞くの忘れてた」
俺が訊ねると、こっちを向いて口端を楽しそうに持ち上げた。時々こんな風に子どもっぽく笑うんだ。最初は凛とした高嶺の花っていうイメージだったけど、無邪気な一面が結構ある。それを見つける度に嬉しくなるんだ。
穂香はショルダーバッグから洒落たラッピング袋を取り出した。緑のサテンリボンが結ばれているそれを俺の方に差し出す。
「Happy birthday!Gast!」
とびっきりの笑顔とお祝いの言葉。一年で一番嬉しい瞬間かもしれない。大袈裟だと思われそうだけど、好きな子が俺の誕生日を憶えててくれたんだ。嬉しいに決まってる。まるで一度に三つもプレゼント貰った気分だった。
自分でも気づかないうちにこの感動を噛みしめていたらしく、何度か名前を呼ばれて我に返った。
「…サンキュー。俺の誕生日、憶えててくれたんだな。開けてもいいか?」
「ええ、勿論」
リボンを解いて取り出したプレゼントは二枚の四角いプラケース。アルバムCDだ。カッコいいデザインのジャケット写真だし、日本語で書かれたアーティスト名に見覚えがあった。
「J-POP聞きたいって言ってたでしょ。私のオススメでチョイスしてきたの」
「おススメって…俺が聞きたいって思ってたアーティスト、よく分かったな」
穂香と知り合ってから、俺は日本文化に興味を持ち始めた。穂香から話を聞いたり、リトルトーキョーにも足を運ぶようになった。邦楽を適当に聞いているうちに、一曲気に入ったのがあって。そのアーティストの曲を調べようかと思っていたところだ。歌詞の意味はまだ分からない部分が殆どだけど、雰囲気が好きになった。
「私もそのアーティスト好きなのよ」
「そういえばそんなこと言ってたな。それで穂香おススメのアルバムってワケか」
「歌詞で分からない所あったら聞いて。それとなく英訳してあげる」
アルバムの楽曲リストにはタイトルが英語のも幾つかあった。CDなら歌詞カードもついてるし、単語を視覚で捉えることができるなら意味を調べるのに手間取らなくて済みそうだ。
「サンキュ。でも先ずは自分でなんとかやってみる。じゃなきゃ勉強にならねぇしな。いつまで経っても覚えられないだろ」
「勉強熱心ね。私も英語勉強する時は洋楽を良く聞いてたわ。好きなものから学んだ方が飲み込みも早いし、いいと思う」
「好きなもの、か」
確かにそれは一理ある。好きな子がススメてくれた曲ならすぐ頭に入りそうだ。
CDケースを大事に抱えている俺はきっと顔を緩ませているんだろうな。嬉しそうにさ。
今はデータで好きな曲だけを購入してダウンロードできる便利な時代だ。でも、アルバムCDは収録された曲からお気に入りを見つけ出す楽しみがある。例え今の自分にヒットしなくても、後から聞いてみたら胸に響くっていうパターンもあるし。何より、こうして形に残るプレゼントだから一際嬉しい。
「穂香、サンキュー。大事にする」
「気に入った曲、見つかるといいわね。そうだ、ガストまだ時間ある?」
「んー…一時間くらいなら」
「それなら、そこのカフェでお茶していかない?喉渇いたし、時間あるなら一緒に。誕生日だし奢るわ」
「…そんな至れり尽くせりでいいのか?今年の運、今使いきっちまったかも」
ホント、怖いぐらいにツイてる気がした。ああ、でもそれは去年も同じか。
肩を竦めて笑ってみせた俺に「大袈裟ね」と今日の天気みたいに、朗らかに笑われた。
「この後は恒例の誕生日パーティーなんでしょ?」
「まぁな」
「騒ぎ過ぎて警察沙汰にならないようにね」
「…それだけは絶対イヤだな。今日はこのまま良い気分で終わりたいし」
昔と比べたら警察に世話になる頻度は減ったけど、ハメ外しがちなヤツも少なからずいる。水を差さない程度に言っておいた方がいいかもしれないな。
満席近くまで埋まっていたテラスも人が疎らになってきた。今なら待たずに座れそうだ。
カフェの店員に声を掛けたあと、俺たちはテラス席に案内された。オレンジ色のパラソルの下でドリンクメニューを眺めていく。穂香はデザートセットにするみたいで、ケーキをどれにするか悩んでいた。
「チーズケーキに決めた。ガストはドリンクだけでいいの?遠慮しなくていいわよ」
「この後ケーキ食うだろうし…俺はアイスティーだけご馳走になる」
「オーケー。一日に何個もケーキ食べたら流石に胸やけするものね。すみませーん!オーダーお願いします」
注文を取りに来た店員にアイスティー二つとセットメニューのチーズケーキを一つオーダー。それから穂香はテラス席をぐるりと見渡して「サウスでゆっくり出来そうな場所ね、ここ」と気に入った様子だった。地元を気に入ってくれて、ちょっと嬉しくなる。
「そうだ、今度ダーツバーに行こうぜ。美味いメシが食える所見つけたんだ。ダーツ盤もちょっと変わってて面白いし」
「いいわね。ガストからニューミリオン赴任一周年記念でダーツセット貰ったし…それ試してみたいなぁって思ってたところ」
穂香は風に揺れた前髪を直しながら、俺の目を捉える。勝機に満ちた眼差しだ。
「今度こそ勝つわよ」
「その勝負受けて立つぜ。…っていうか、他にダーツで遊ぶダチはいないのか?」
「ダーツが趣味って子がいないのよ。初回は付き合ってくれても、また次に行こうっていう人がいなくて。だから中々上達しないし…一人で行ったら変なのに絡まれたし」
「あー…うん。それ聞いたら一人で行ってほしくねぇな。つーか一人で行って絡まれたことがあるんだな」
「適当にあしらったから大丈夫よ。ガストの名前出したら青ざめた顔して店出て行ったわ」
「……それはいい、のか…?複雑な気分だ」
バーで絡んできたヤツがダーツ教えてやろうかって声を掛けてきたらしい。教わってるダチがいるから遠慮するって穂香が断った時に、俺の名前を聞いて逃げ出したとか。俺を知ってるってことは、他所のシマのヤツなんだろう。
「まぁ、穂香が無事だったんならいいけど。次からは一人じゃなくて誰かと一緒に行ってくれよ。……穂香に何かあったら、向こうも心配するだろ」
「そうする。…って言っても、ダーツはガストしか相手してくれないわ。次に行くの楽しみにしてるわ」
そう話しながらダーツのバレルを握ってスローイングの仕草を見せる。
穂香がダーツを楽しんでくれてるのも、ダーツ友達が俺だけっていうのも嬉しい。今はこの特別感に満足していた。
「ああ、俺も楽しみにしてる。…今日は最高に良い日だ。サンキュー」
本当なら「穂香と過ごせたおかげで」と言いたかった。でも、それは喉の奥でくしゃりと歪な塊になって、行き場のない台詞の断片をグラスの水と一緒に俺は飲み込んでしまった。
太陽が燦々と照りつけてくる季節。今年も茹だるような暑い日が続いていた。それが八月後半にもなると、日が暮れるにつれて気温は僅かに下がり、過ごしやすくなってくる。
マゼンタアベニュー付近に来た俺は日陰を求め、カフェの外壁に背を預けた。コンクリートのひんやりとした感触が気持ちいい。西日がいい具合に遮られて、人を待つのに良さそうだ。
今日はカフェのオープンテラスを利用している客が多い。仕事帰りや学生の客で席が埋まっている。暑さも和らいだし、風も心地いいから外でブレイクタイムを過ごしたくなるんだろうな。
火照った肌に涼風を感じながらアイスコーヒーを片手に過ごす夕暮れ時。自分があの席に座って過ごしている姿を頭の片隅に想像してみたが、似合わない。ガラじゃないんだよな、そういうのって。俺よりも彼女の方がきっと様になる。
夕方に少し会えないか。昼頃にそんなメッセージが相手から飛んできた。誘いを断る理由は一つも無いし、むしろ会えるなんてラッキーだとも思えた。向こうは憶えてないかもしれないけど、今日は俺の誕生日だ。
そんなワケで、相手の用件をロクに確認もせずに喜び勇んでやってきた。待ち合わせ場所に着いてかれこれ三十分ぐらい経つ。穂香は仕事が終わってから来るらしい。それまで適当にブラついて時間を潰そうとしても落ち着かなくて、そわそわしていた。
手元のスマホは断続的に震えていた。弟分たちからのお祝いメッセージを朝から受信しっぱなしだ。返信を打ち込む間にも来るもんだから、電池の減る速さが尋常じゃない。嬉しい悲鳴ってヤツだろうけど、肝心な時に電池切れってならないようにしないとな。
ようやく返信の目処が立ち、ずっと下を向いていた顔を上げる。首が少し凝って固まっていた。
ふと、視線の先に穂香の姿を捉える。カフェの入口に向いていた彼女の視線が俺に向き、目が合うとニコリと笑ってきた。片手を上げて俺も笑い返す。
「よぅ、仕事お疲れさん」
「ありがと。…待たせちゃったかしら。仕事終わってすぐに出てきたんだけど…やっぱりノースからサウスだと時間かかるわね」
「俺がそっち行ければ良かったんだけどな。さっき来たとこだし、そんなに待ってないぜ」
「私の方から声掛けたんだし、来させるわけにはいかないわよ。……ここ、ちょうど日陰になってて涼しいわね」
「だろ?風の通り道なんだ」
頭上に鮮やかな夕焼け空が広がり始めていた。もうすぐ一番星も輝き出しそうだ。
カフェの外壁に背をくっつけていた穂香の髪がそよそよと揺れる。「涼しい」と目を細めた横顔に見惚れてしまいそうになった。
穂香に彼氏がいると知ったのは去年の秋。自分の気持ちを打ち明けずに一年が経過した。友人としてこの関係が続けばいい。下手に想いを告げてぎくしゃくした関係になってしまうのは嫌だ。一緒にいると楽しい、それだけで十分だろ。そう、儚い恋心を抑えてきた。
「…そういや、用事が何か聞くの忘れてた」
俺が訊ねると、こっちを向いて口端を楽しそうに持ち上げた。時々こんな風に子どもっぽく笑うんだ。最初は凛とした高嶺の花っていうイメージだったけど、無邪気な一面が結構ある。それを見つける度に嬉しくなるんだ。
穂香はショルダーバッグから洒落たラッピング袋を取り出した。緑のサテンリボンが結ばれているそれを俺の方に差し出す。
「Happy birthday!Gast!」
とびっきりの笑顔とお祝いの言葉。一年で一番嬉しい瞬間かもしれない。大袈裟だと思われそうだけど、好きな子が俺の誕生日を憶えててくれたんだ。嬉しいに決まってる。まるで一度に三つもプレゼント貰った気分だった。
自分でも気づかないうちにこの感動を噛みしめていたらしく、何度か名前を呼ばれて我に返った。
「…サンキュー。俺の誕生日、憶えててくれたんだな。開けてもいいか?」
「ええ、勿論」
リボンを解いて取り出したプレゼントは二枚の四角いプラケース。アルバムCDだ。カッコいいデザインのジャケット写真だし、日本語で書かれたアーティスト名に見覚えがあった。
「J-POP聞きたいって言ってたでしょ。私のオススメでチョイスしてきたの」
「おススメって…俺が聞きたいって思ってたアーティスト、よく分かったな」
穂香と知り合ってから、俺は日本文化に興味を持ち始めた。穂香から話を聞いたり、リトルトーキョーにも足を運ぶようになった。邦楽を適当に聞いているうちに、一曲気に入ったのがあって。そのアーティストの曲を調べようかと思っていたところだ。歌詞の意味はまだ分からない部分が殆どだけど、雰囲気が好きになった。
「私もそのアーティスト好きなのよ」
「そういえばそんなこと言ってたな。それで穂香おススメのアルバムってワケか」
「歌詞で分からない所あったら聞いて。それとなく英訳してあげる」
アルバムの楽曲リストにはタイトルが英語のも幾つかあった。CDなら歌詞カードもついてるし、単語を視覚で捉えることができるなら意味を調べるのに手間取らなくて済みそうだ。
「サンキュ。でも先ずは自分でなんとかやってみる。じゃなきゃ勉強にならねぇしな。いつまで経っても覚えられないだろ」
「勉強熱心ね。私も英語勉強する時は洋楽を良く聞いてたわ。好きなものから学んだ方が飲み込みも早いし、いいと思う」
「好きなもの、か」
確かにそれは一理ある。好きな子がススメてくれた曲ならすぐ頭に入りそうだ。
CDケースを大事に抱えている俺はきっと顔を緩ませているんだろうな。嬉しそうにさ。
今はデータで好きな曲だけを購入してダウンロードできる便利な時代だ。でも、アルバムCDは収録された曲からお気に入りを見つけ出す楽しみがある。例え今の自分にヒットしなくても、後から聞いてみたら胸に響くっていうパターンもあるし。何より、こうして形に残るプレゼントだから一際嬉しい。
「穂香、サンキュー。大事にする」
「気に入った曲、見つかるといいわね。そうだ、ガストまだ時間ある?」
「んー…一時間くらいなら」
「それなら、そこのカフェでお茶していかない?喉渇いたし、時間あるなら一緒に。誕生日だし奢るわ」
「…そんな至れり尽くせりでいいのか?今年の運、今使いきっちまったかも」
ホント、怖いぐらいにツイてる気がした。ああ、でもそれは去年も同じか。
肩を竦めて笑ってみせた俺に「大袈裟ね」と今日の天気みたいに、朗らかに笑われた。
「この後は恒例の誕生日パーティーなんでしょ?」
「まぁな」
「騒ぎ過ぎて警察沙汰にならないようにね」
「…それだけは絶対イヤだな。今日はこのまま良い気分で終わりたいし」
昔と比べたら警察に世話になる頻度は減ったけど、ハメ外しがちなヤツも少なからずいる。水を差さない程度に言っておいた方がいいかもしれないな。
満席近くまで埋まっていたテラスも人が疎らになってきた。今なら待たずに座れそうだ。
カフェの店員に声を掛けたあと、俺たちはテラス席に案内された。オレンジ色のパラソルの下でドリンクメニューを眺めていく。穂香はデザートセットにするみたいで、ケーキをどれにするか悩んでいた。
「チーズケーキに決めた。ガストはドリンクだけでいいの?遠慮しなくていいわよ」
「この後ケーキ食うだろうし…俺はアイスティーだけご馳走になる」
「オーケー。一日に何個もケーキ食べたら流石に胸やけするものね。すみませーん!オーダーお願いします」
注文を取りに来た店員にアイスティー二つとセットメニューのチーズケーキを一つオーダー。それから穂香はテラス席をぐるりと見渡して「サウスでゆっくり出来そうな場所ね、ここ」と気に入った様子だった。地元を気に入ってくれて、ちょっと嬉しくなる。
「そうだ、今度ダーツバーに行こうぜ。美味いメシが食える所見つけたんだ。ダーツ盤もちょっと変わってて面白いし」
「いいわね。ガストからニューミリオン赴任一周年記念でダーツセット貰ったし…それ試してみたいなぁって思ってたところ」
穂香は風に揺れた前髪を直しながら、俺の目を捉える。勝機に満ちた眼差しだ。
「今度こそ勝つわよ」
「その勝負受けて立つぜ。…っていうか、他にダーツで遊ぶダチはいないのか?」
「ダーツが趣味って子がいないのよ。初回は付き合ってくれても、また次に行こうっていう人がいなくて。だから中々上達しないし…一人で行ったら変なのに絡まれたし」
「あー…うん。それ聞いたら一人で行ってほしくねぇな。つーか一人で行って絡まれたことがあるんだな」
「適当にあしらったから大丈夫よ。ガストの名前出したら青ざめた顔して店出て行ったわ」
「……それはいい、のか…?複雑な気分だ」
バーで絡んできたヤツがダーツ教えてやろうかって声を掛けてきたらしい。教わってるダチがいるから遠慮するって穂香が断った時に、俺の名前を聞いて逃げ出したとか。俺を知ってるってことは、他所のシマのヤツなんだろう。
「まぁ、穂香が無事だったんならいいけど。次からは一人じゃなくて誰かと一緒に行ってくれよ。……穂香に何かあったら、向こうも心配するだろ」
「そうする。…って言っても、ダーツはガストしか相手してくれないわ。次に行くの楽しみにしてるわ」
そう話しながらダーツのバレルを握ってスローイングの仕草を見せる。
穂香がダーツを楽しんでくれてるのも、ダーツ友達が俺だけっていうのも嬉しい。今はこの特別感に満足していた。
「ああ、俺も楽しみにしてる。…今日は最高に良い日だ。サンキュー」
本当なら「穂香と過ごせたおかげで」と言いたかった。でも、それは喉の奥でくしゃりと歪な塊になって、行き場のない台詞の断片をグラスの水と一緒に俺は飲み込んでしまった。