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Sweet memory~18-year-old summer~
「ガストさん、誕生日おめでとうございまっす!」
「おぅ。サンキュー」
弟分から手渡された雑誌。両角にリボンが巻かれたシンプルなラッピング、タイトルの一部が隠れていたが、モデルガンが描かれている。この表紙に見覚えがあった俺のテンションが上がった。
「これ、先月発売されてすぐ完売になった特集号じゃねぇか。よく手に入ったな」
「ガストさんその特集号狙ってるって聞いてたんで。偶々イースト行った時に本屋で見つけたんすよ」
この雑誌の発売日に本屋へ足を運んだが、出遅れてしまった。
元々、発行部数が多くない。売れれば重版もされるだろうけど、初版を手に入れたいって考えてるマニアが予想以上に多かったみたいだ。本屋を何件も梯子したけど、どこも売り切れていた。どうしても欲しい特集号だったし、オークションでも覗いてみるかと考えてたぐらいだ。
俺がこの雑誌を愛読しているって覚えててくれたのは嬉しい。
「わざわざ買っておいてくれたのか。買い逃しちまったヤツだし、そう簡単には手に入らないと思ってた。すげぇ嬉しいぜ」
俺が素直に礼を言うと、年が離れている弟分にパッと笑顔が浮かぶ。感情表現が豊かなヤツなんだよなぁ。喜怒哀楽がハッキリしているというか、裏表ナシに生きている。他の弟分たちとも上手く連携が取れてるみたいだし。
「ガストさんの為なら、こんなん朝飯前ですって!今年もパーっと派手にお祝いするんで、いつもん所で仲間と待ってますから!」
「あぁ、遅れずに向かう。楽しみにしてるぜ」
「はいっ!じゃあ俺は準備とかあるんで、また夜に!」
そう言って離れた弟分は向こうの路地を曲がる手前でこっちに振り向いて、手をぶんぶんと振ってきた。元気があって良いことだ。
俺は夕暮れ時のレッドサウスのメインストリートを歩いていた。今日は一日天気も良かったし、夕日に染まったオレンジ色の空が綺麗だ。少し風も吹いてきたし、今夜外で過ごすには丁度良さそうだな。
今日は出会い頭に弟分たちが俺に誕生日プレゼントを渡してくるもんだから、荷物がその度に増えていった。紙袋からプレゼントが零れ落ちそうにもなる。
「ねぇ、久しぶりのデートはウエストのアミューズメントパークに行きましょうよ。あそこのジェットコースター、スリル満点で大好きなの」
「ああ、いいね。それなら映画も見に行きたいな…あのエリアでしか上映していない作品があってさ」
ふと何気なく聞こえてきた会話の一端。歩行者の横断歩道の手前で、信号待ちの若いカップルがデートのプランに華を咲かせていた。その後ろに並んで待つ。二人は腕を組んで、幸せそうだ。距離も近い。
さっきの弟分の顔がそれと重なった。気になってた子と最近いい感じになってるとか話していたのを思い出したんだ。デートに誘う場所はどこがいいか、一緒に居る時に気を付けることは何かないかと相談を持ち掛けられたこともある。それは俺の方が逆に聞きたい、なんて言えるはずもなく。少ない情報量の中から人として適切であろうアドバイスを送ってやった。俺のアドバイスが役に立ったと喜んで話してくれたのは嬉しいけどな。
シグナルが緑を灯す。
西日とは反対の方角にさっきのカップルたちが去っていく。俺はそれを横目で見送りながら、真っすぐ進んでいった。
気になる子、か。居ないわけじゃないけど、あれ以来あの人の姿を見かけていない。
一ヶ月前「顔に痣作って何してんだ」って叱りつけてきた日本人の女性。湿布薬が入ったスクエアポーチと勤務先の名刺を置いて、風の様に去っていった。
ニューミリオンは広い。あの時だって偶然が重なって会うことが出来た。湿布を顔に貼りつけるためとはいえ、顔を貸せって言われた時は思わず身構えちまったけどな。
名刺に書かれていたブティックは近年ブルーノースシティに上陸してきたブランド会社で、事務所と直営店を構えたようだ。なんでブティックを男の俺に紹介しようとしたのかその意図は分からない。
あの人の居場所は分かるけど、わざわざノースまで出向くのもちょっとな。あの雰囲気、サウス出身の俺には空気が違い過ぎて居心地が悪い。この先も縁が無いだろうから、寄り付くこともない。
でも、このポーチを返したい気持ちはある。何とか会いたい気もするけど、店や事務所に連絡するとか、無理だろ。
涼やかで、凛とした綺麗な人だったな。ああいう人を大和撫子って言うんだろうか。海外赴任って言ってたけど、どのぐらいこっちにいるんだろう。長い期間こっちにいるなら、機会はまたいつか訪れるかもしれない。
ああ、そういやこの辺だったな。あの人と最初に会った場所、ドリンク売ってるワゴン。そこに売ってるチョコレートドリンクのことで俺が通訳に入った。もしかしたら、またこの店に来ているかも。なんて、淡い期待を抱く。
そんなことを考えながらワゴンに目を向ける。並んでいたのは男の客一人だけだ。まぁ、そう何度も偶然が重なるわけないか。
俺はワゴンのガラス窓に反射した夕日が眩しくて目を細めた。
「あら、少年。また会ったわね」
背後から掛けられた声。周囲に他の人は見当たらない。その声は明らかに俺を示していた。だから、振り向いた先にいた顔を見て、驚いたんだ。
今さっき考えていた人が目の前にいる。三度目の偶然が訪れた。
彼女はドリンクを片手に俺に笑いかけてきた。その笑顔に何故か頬の辺りが熱を帯びる。左胸もドクドクと脈を打ち始めた。
「な、なんで…ここに?」
「そこのワゴンのチョコレートドリンク、気に入ったの」
「へ…へぇ。……上手く注文は出来たのか?」
「ええ、バッチリ。少年の発音に倣ったおかげでね」
「そっか…そいつは、良かったな。……き、今日は仕事でこっちに来てるのか」
言葉が上手く出てこない。その上どもる様な話し方だし、我ながら情けない。緊張してるの丸わかりだよなこれじゃあ。苦手とかそういう次元を超えてる気がしないでもない。
俺のぎこちない問い掛けをそれでも拾い上げてくれた彼女は首を左右に振った。
「今日はオフ。お休みを利用して観光がてらあちこち見て回ってるのよ」
「観光…か。……えっと、俺の顔に何かついてるか?」
やっぱり発音が綺麗だなと頭の片隅で感心していると、彼女の視線が真っすぐ俺の顔というか、左頬を捉えていた。一月前に青痣を作った箇所だ。憶えてたのか、これ。
俺は自分の左頬を示しながら、口角をなんとか上げて笑おうとした。でも、上手くいかない。
「……痣、治ってるだろ?」
「うん、綺麗に治ってる。良かった。顔がイイんだから、痣とか傷作ったら勿体ないもの」
ルージュを引いた上品な口元が微笑む。その笑顔が可愛いと思った。
「あんたのおかげで」って言いたいのに、肝心な言葉が出てこない。喉の奥で縺れている。俺が言葉を選んでいると、彼女の視線が俺の手元に落ちた。
「随分と荷物を詰め込んでいるのね」
「あ、あぁ……実は今日、誕生日なんだ俺の。それで、プレゼント貰って」
「誕生日?沢山友達がいるのね。あ、ハッピーバースデー!」
それは思いもよらない、サプライズだった。だって、偶然再会したのが俺の誕生日で、気になってた子からお祝いの言葉が貰えるなんて。今日一で嬉しいかもしれない。嬉しさに口元が緩んでいくのが自分でも分かる。
「……サンキュー」
「お友達が大勢いるの、羨ましいわ」
「まぁ……慕ってくれるのは有難いよなぁと思ってる」
プレゼントの殆どが弟分たちから貰った物だとは伏せておいた。
「そうだ、ちょっと待って」と言うと、片手でショルダーバッグの中を探り始めた。目当ての物はすぐに見つかったのか、絆創膏の目立つ指が紙のチケットホルダーを取り出す。それを俺に差し出した。
「これ、あげる。貰い物だからプレゼントと言うにはあれかもしれないけど…二枚入ってるから、誰かと見に行って」
受け取ったチケットホルダーを開くと、映画の招待券が二枚。言葉だけで充分だってのに、プレゼントまで貰っていいのか。
「期限があるから気を付けて。…えっと、来月末だったかしら」
「……ホントにいいのか?貰っちまって」
「ええ。誕生日だって聞いて何も贈り物しないのは気が引けるから」
「ははっ……あんた、ホント義理堅いよな。……あ、あのさ」
心臓がさっきよりもうるさく跳ねている。落ち着け、とりあえず落ち着け。こう、スマートにカッコよく。ひとまず一呼吸置いて、ゆっくりと言葉を音にした。
「これ、……この映画、あんたと見に行きたいんだけど」
「私と?」
「ほ、ほら…元々あんたが貰ったモンなんだし。それに、観光がてらにあちこち見て回ってるんだろ?それなら、俺が案内出来る所に連れて行ってやろうと…思って。ついでに」
あんたが嫌じゃなければ。そう付け加えた言葉は掠れて尻すぼみになっていた。首元に手を当てると、薄っすらと汗ばんでいた。暑さのせいか、緊張のせいなのか。精一杯笑顔でいたつもりだけど、今はもうそれどころじゃないな。どんな顔してるのか、分かったもんじゃない。
彼女はそれこそ驚いた様に目を丸くしていたけど、すぐに笑い返してくれた。この笑顔見る度に、心拍数が上がっていく。
「うん、いいわ。一人で観光地を巡るのもつまらないなぁって思い始めてた所だったの。現地の人が案内してくれるなら、ならではの情報も聞けそうだし」
「…ああ!任せてくれ」
快い返事が嬉しくて、つい舞い上がりそうになる。次に会う約束が一つ出来たんだ。言ってみるもんだな。
と、ここであることに一つ気が付いた。
「どうしたの?」
「あ、いや……俺、まだ名乗ってなかったよな。なんか、順序めちゃくちゃだと思って」
「そういえば。私の名前は…読めた?」
「ああ、えっと……ファミリーネームで呼んだ方がいいのか」
「穂香でいいわよ」
「じゃあ、そう呼ばせてもらう。俺はガスト・アドラー。ガストでいいぜ」
改めて自己紹介を互いに済ませる。連絡先も交換出来たし、気分も上々だ。
映画の日取りは後日決めるってことにして、その場で別れた。この映画の招待券は失くさないように大事にしまっとかないとな。
足取りも軽く、浮かれた気分でストリートの舗装された道を歩く。
ただ、盲点が一つだけあった。招待券に記載された映画のジャンルが、ロマンス物。そうだと気づいたのは夜遅く部屋に戻ってからだった。
「ガストさん、誕生日おめでとうございまっす!」
「おぅ。サンキュー」
弟分から手渡された雑誌。両角にリボンが巻かれたシンプルなラッピング、タイトルの一部が隠れていたが、モデルガンが描かれている。この表紙に見覚えがあった俺のテンションが上がった。
「これ、先月発売されてすぐ完売になった特集号じゃねぇか。よく手に入ったな」
「ガストさんその特集号狙ってるって聞いてたんで。偶々イースト行った時に本屋で見つけたんすよ」
この雑誌の発売日に本屋へ足を運んだが、出遅れてしまった。
元々、発行部数が多くない。売れれば重版もされるだろうけど、初版を手に入れたいって考えてるマニアが予想以上に多かったみたいだ。本屋を何件も梯子したけど、どこも売り切れていた。どうしても欲しい特集号だったし、オークションでも覗いてみるかと考えてたぐらいだ。
俺がこの雑誌を愛読しているって覚えててくれたのは嬉しい。
「わざわざ買っておいてくれたのか。買い逃しちまったヤツだし、そう簡単には手に入らないと思ってた。すげぇ嬉しいぜ」
俺が素直に礼を言うと、年が離れている弟分にパッと笑顔が浮かぶ。感情表現が豊かなヤツなんだよなぁ。喜怒哀楽がハッキリしているというか、裏表ナシに生きている。他の弟分たちとも上手く連携が取れてるみたいだし。
「ガストさんの為なら、こんなん朝飯前ですって!今年もパーっと派手にお祝いするんで、いつもん所で仲間と待ってますから!」
「あぁ、遅れずに向かう。楽しみにしてるぜ」
「はいっ!じゃあ俺は準備とかあるんで、また夜に!」
そう言って離れた弟分は向こうの路地を曲がる手前でこっちに振り向いて、手をぶんぶんと振ってきた。元気があって良いことだ。
俺は夕暮れ時のレッドサウスのメインストリートを歩いていた。今日は一日天気も良かったし、夕日に染まったオレンジ色の空が綺麗だ。少し風も吹いてきたし、今夜外で過ごすには丁度良さそうだな。
今日は出会い頭に弟分たちが俺に誕生日プレゼントを渡してくるもんだから、荷物がその度に増えていった。紙袋からプレゼントが零れ落ちそうにもなる。
「ねぇ、久しぶりのデートはウエストのアミューズメントパークに行きましょうよ。あそこのジェットコースター、スリル満点で大好きなの」
「ああ、いいね。それなら映画も見に行きたいな…あのエリアでしか上映していない作品があってさ」
ふと何気なく聞こえてきた会話の一端。歩行者の横断歩道の手前で、信号待ちの若いカップルがデートのプランに華を咲かせていた。その後ろに並んで待つ。二人は腕を組んで、幸せそうだ。距離も近い。
さっきの弟分の顔がそれと重なった。気になってた子と最近いい感じになってるとか話していたのを思い出したんだ。デートに誘う場所はどこがいいか、一緒に居る時に気を付けることは何かないかと相談を持ち掛けられたこともある。それは俺の方が逆に聞きたい、なんて言えるはずもなく。少ない情報量の中から人として適切であろうアドバイスを送ってやった。俺のアドバイスが役に立ったと喜んで話してくれたのは嬉しいけどな。
シグナルが緑を灯す。
西日とは反対の方角にさっきのカップルたちが去っていく。俺はそれを横目で見送りながら、真っすぐ進んでいった。
気になる子、か。居ないわけじゃないけど、あれ以来あの人の姿を見かけていない。
一ヶ月前「顔に痣作って何してんだ」って叱りつけてきた日本人の女性。湿布薬が入ったスクエアポーチと勤務先の名刺を置いて、風の様に去っていった。
ニューミリオンは広い。あの時だって偶然が重なって会うことが出来た。湿布を顔に貼りつけるためとはいえ、顔を貸せって言われた時は思わず身構えちまったけどな。
名刺に書かれていたブティックは近年ブルーノースシティに上陸してきたブランド会社で、事務所と直営店を構えたようだ。なんでブティックを男の俺に紹介しようとしたのかその意図は分からない。
あの人の居場所は分かるけど、わざわざノースまで出向くのもちょっとな。あの雰囲気、サウス出身の俺には空気が違い過ぎて居心地が悪い。この先も縁が無いだろうから、寄り付くこともない。
でも、このポーチを返したい気持ちはある。何とか会いたい気もするけど、店や事務所に連絡するとか、無理だろ。
涼やかで、凛とした綺麗な人だったな。ああいう人を大和撫子って言うんだろうか。海外赴任って言ってたけど、どのぐらいこっちにいるんだろう。長い期間こっちにいるなら、機会はまたいつか訪れるかもしれない。
ああ、そういやこの辺だったな。あの人と最初に会った場所、ドリンク売ってるワゴン。そこに売ってるチョコレートドリンクのことで俺が通訳に入った。もしかしたら、またこの店に来ているかも。なんて、淡い期待を抱く。
そんなことを考えながらワゴンに目を向ける。並んでいたのは男の客一人だけだ。まぁ、そう何度も偶然が重なるわけないか。
俺はワゴンのガラス窓に反射した夕日が眩しくて目を細めた。
「あら、少年。また会ったわね」
背後から掛けられた声。周囲に他の人は見当たらない。その声は明らかに俺を示していた。だから、振り向いた先にいた顔を見て、驚いたんだ。
今さっき考えていた人が目の前にいる。三度目の偶然が訪れた。
彼女はドリンクを片手に俺に笑いかけてきた。その笑顔に何故か頬の辺りが熱を帯びる。左胸もドクドクと脈を打ち始めた。
「な、なんで…ここに?」
「そこのワゴンのチョコレートドリンク、気に入ったの」
「へ…へぇ。……上手く注文は出来たのか?」
「ええ、バッチリ。少年の発音に倣ったおかげでね」
「そっか…そいつは、良かったな。……き、今日は仕事でこっちに来てるのか」
言葉が上手く出てこない。その上どもる様な話し方だし、我ながら情けない。緊張してるの丸わかりだよなこれじゃあ。苦手とかそういう次元を超えてる気がしないでもない。
俺のぎこちない問い掛けをそれでも拾い上げてくれた彼女は首を左右に振った。
「今日はオフ。お休みを利用して観光がてらあちこち見て回ってるのよ」
「観光…か。……えっと、俺の顔に何かついてるか?」
やっぱり発音が綺麗だなと頭の片隅で感心していると、彼女の視線が真っすぐ俺の顔というか、左頬を捉えていた。一月前に青痣を作った箇所だ。憶えてたのか、これ。
俺は自分の左頬を示しながら、口角をなんとか上げて笑おうとした。でも、上手くいかない。
「……痣、治ってるだろ?」
「うん、綺麗に治ってる。良かった。顔がイイんだから、痣とか傷作ったら勿体ないもの」
ルージュを引いた上品な口元が微笑む。その笑顔が可愛いと思った。
「あんたのおかげで」って言いたいのに、肝心な言葉が出てこない。喉の奥で縺れている。俺が言葉を選んでいると、彼女の視線が俺の手元に落ちた。
「随分と荷物を詰め込んでいるのね」
「あ、あぁ……実は今日、誕生日なんだ俺の。それで、プレゼント貰って」
「誕生日?沢山友達がいるのね。あ、ハッピーバースデー!」
それは思いもよらない、サプライズだった。だって、偶然再会したのが俺の誕生日で、気になってた子からお祝いの言葉が貰えるなんて。今日一で嬉しいかもしれない。嬉しさに口元が緩んでいくのが自分でも分かる。
「……サンキュー」
「お友達が大勢いるの、羨ましいわ」
「まぁ……慕ってくれるのは有難いよなぁと思ってる」
プレゼントの殆どが弟分たちから貰った物だとは伏せておいた。
「そうだ、ちょっと待って」と言うと、片手でショルダーバッグの中を探り始めた。目当ての物はすぐに見つかったのか、絆創膏の目立つ指が紙のチケットホルダーを取り出す。それを俺に差し出した。
「これ、あげる。貰い物だからプレゼントと言うにはあれかもしれないけど…二枚入ってるから、誰かと見に行って」
受け取ったチケットホルダーを開くと、映画の招待券が二枚。言葉だけで充分だってのに、プレゼントまで貰っていいのか。
「期限があるから気を付けて。…えっと、来月末だったかしら」
「……ホントにいいのか?貰っちまって」
「ええ。誕生日だって聞いて何も贈り物しないのは気が引けるから」
「ははっ……あんた、ホント義理堅いよな。……あ、あのさ」
心臓がさっきよりもうるさく跳ねている。落ち着け、とりあえず落ち着け。こう、スマートにカッコよく。ひとまず一呼吸置いて、ゆっくりと言葉を音にした。
「これ、……この映画、あんたと見に行きたいんだけど」
「私と?」
「ほ、ほら…元々あんたが貰ったモンなんだし。それに、観光がてらにあちこち見て回ってるんだろ?それなら、俺が案内出来る所に連れて行ってやろうと…思って。ついでに」
あんたが嫌じゃなければ。そう付け加えた言葉は掠れて尻すぼみになっていた。首元に手を当てると、薄っすらと汗ばんでいた。暑さのせいか、緊張のせいなのか。精一杯笑顔でいたつもりだけど、今はもうそれどころじゃないな。どんな顔してるのか、分かったもんじゃない。
彼女はそれこそ驚いた様に目を丸くしていたけど、すぐに笑い返してくれた。この笑顔見る度に、心拍数が上がっていく。
「うん、いいわ。一人で観光地を巡るのもつまらないなぁって思い始めてた所だったの。現地の人が案内してくれるなら、ならではの情報も聞けそうだし」
「…ああ!任せてくれ」
快い返事が嬉しくて、つい舞い上がりそうになる。次に会う約束が一つ出来たんだ。言ってみるもんだな。
と、ここであることに一つ気が付いた。
「どうしたの?」
「あ、いや……俺、まだ名乗ってなかったよな。なんか、順序めちゃくちゃだと思って」
「そういえば。私の名前は…読めた?」
「ああ、えっと……ファミリーネームで呼んだ方がいいのか」
「穂香でいいわよ」
「じゃあ、そう呼ばせてもらう。俺はガスト・アドラー。ガストでいいぜ」
改めて自己紹介を互いに済ませる。連絡先も交換出来たし、気分も上々だ。
映画の日取りは後日決めるってことにして、その場で別れた。この映画の招待券は失くさないように大事にしまっとかないとな。
足取りも軽く、浮かれた気分でストリートの舗装された道を歩く。
ただ、盲点が一つだけあった。招待券に記載された映画のジャンルが、ロマンス物。そうだと気づいたのは夜遅く部屋に戻ってからだった。