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Say, cheese!
──三年前の十二月某日。
雪がチラつく日が増え、レッドサウスストリートの街並みに雪が被り始めていた。レンガ造りの建物に積もる白い雪が陽の光に反射して、眩しい。
クリスマスも目前までに迫っていて、ウィンターホリデーに入る企業も多くなってきた。遠方から来ている人間は故郷へ帰る準備に入る期間だ。海外赴任でニューミリオンに来ている俺の友人も帰国する。
その友人に頼まれて、日本にいる家族や友人、恋人へのお土産を選ぶためにクリスマスマーケットに同行していた。
穂香と二人でクリスマスマーケットを一巡。彼女は職業柄かセンスがいい。それに交渉も上手くて、だいぶお得にお土産を手に入れていた。
「……にしても、随分買い込んだな。友達が多いのは良い事だと思うけど、持って帰るの大変そうだ」
「ガスト程じゃないわよ。それに会社の人達の分もあるし。買い物、付き合ってくれてありがと。荷物まで持ってくれて」
お菓子や雑貨が入った紙袋は結構な重量だ。嵩張るものは極力避けている。トランクケースに入りきらないからと。
「ガストのおかげで良いプレゼントも選べたわ」
故郷にいる恋人への贈り物は何がいいか。現地人のアドバイスが聞きたいと相談を持ち掛けられたのが事の発端だ。それなら時期的にもクリスマスマーケットがいいってアドバイスを送ったら、一緒に選んでくれって言われて。
最初はなんで俺がっていう気持ちだった。何千マイルも離れた故郷で待ってる恋人だ。何を贈っても喜ぶに決まってる。だから何だっていいだろ。そう答えたかった。
でも、こうして相手のことを考えながらプレゼント選ぶ穂香を隣で見ていたら、それも言えなくなってしまった。なんだかんだで、笑ってる顔が見ていたいんだ。わざわざ曇らせるようなこと、言いたくないし。相手の幸せを願う反面、胸はズキズキと痛んでいた。
「買い忘れは無さそうか」
「ん、大丈夫だと思う。…あとはこれらを上手くトランクケースに詰め込まないとね」
「穂香は服やアクセも多そうだし、大変そうだな」
「流石に何でもかんでも持っていかないわよ。実家に何着か服もあるし。そうそう、お土産楽しみにしてて。今日の御礼も兼ねて沢山買ってくるから」
何がいいか。地元の名産品を次々と挙げていく。雑貨やお菓子、どれも魅力的だけど俺が一番望んでいるのはただ一つだけだ。
「…そりゃ、楽しみだけどさ。俺は穂香が無事に戻ってくればそれでいいよ」
「大丈夫よ、ちゃんと戻ってくるから。荷物だってこっちに残してるんだし。駆け落ちしない限り帰ってくるから」
それが一番心配なんだよ。気楽に笑いながら返してくる相手にそう言いたかった。でも、その言葉は表に出さずに胸に留めておいた。
イースト行きの電車はあと二十分くらいで駅のホームに到着する。わざわざサウスのクリスマスマーケットに足を運んでくれたのは嬉しかった。この荷物を家まで運ぼうかと申し出たけど、丁重に断られている。両手で持てる量だからと。それでも紙袋三つ分だ。せめて電車が来るまではと荷物持ちを買って出る。もう少し一緒にいたいから。
電車が来るまでの間、他愛もない会話を広げていた。服の話やダーツのコツとか、色々。その話題も上の空で返すことが多かった。ポケットの中身、いつ渡そうかって考えていたから。今日以降、次に会えるのは早くても年明けだ。せっかく用意したクリスマスカードとプレゼント、今を逃したら無駄になっちまう。
会話が一区切りして、間が空いたのを見計らって話を切り出した。
「穂香。……忘れないうちにこれ、渡しとく」
俺はコートのポケットに忍ばせていた平たい金属を一度握りしめ、それを取り出した。渡すタイミングはどう考えても今しかない。穂香に手を出すように言って、コインを一枚その手の平に乗せた。表に天使が描かれた銀のコイン。それと、二つ折りのクリスマスカードを忘れずに差し出した。
「少し早いけど。メリークリスマス」
「これ、クリスマスカード……ちょっと待って、私も。…はい、メリークリスマス!」
鞄から取り出した赤い台紙のクリスマスカード。それを俺に手渡してくれた。
冬の気配が近づいた頃、ちらっとクリスマスカードのことを話したんだ。こっちではイブより前に貰ったカードはクリスマスツリーに飾る風習がある。これは寮の自室に飾っとくかな。まさかホントに用意してくれるとは思わなくて、素直に嬉しかった。穂香も俺から受け取ったものを見て、嬉しそうに笑ってるし。その顔が見れただけでも用意して良かったと思える。
「カードのイラスト可愛い。……それにこれ、ポケットコインよね」
「ああ、そっちは旅のお守り程度に思ってくれりゃいい。そういうもんだしな」
「初めて貰った。ありがと。でも、私はカードしか用意してないわ…」
「気にしなくていいって。雑貨屋でクリスマスカード選んでる時に偶々目に入ったモンだし」
コインを表裏にひっくり返し、重さを量る仕草。それから天使の描かれた側をじっと観察していた。それから小首を傾げてみせる。
「……結構高かったんじゃないの?模様も精巧に描かれてるし」
「た、大したものじゃないぞ?…と、とにかく、気をつけて行ってこいよ」
流石、鋭い。デザイナーって細部まで観察するのが得意っつーか。
そのコインは知り合いに頼んで作ってもらったオーダーメイド品だとか、値段のこと言ったら余計な気を遣わせちまいそうだ。まだ半年ばかりの付き合いだし。そこまでする義理は無いとか言われちまいそうだ。
とりあえず、反応を見た限りだとコインの絵柄のことは分かってないみたいで安心した。ポケットコインは描かれたシンボルによって意味が違ってくる。クローバー、天使、クロス、鳩。それぞれ意味があるんだけど、天使は想いを伝えてくれるらしい。俺の気持ちがほんの少しでも伝われば、なんて淡い期待を抱いて。
「うん。コインもカードも一緒に持っていくわ。そうだ、写真撮って送るから。日本の風景をリアルタイムでお届けします」
「……彼氏と一緒に、とかはやめてくれ。惚気られても反応に困る」
困る通り越して苛々しちまいそうだ。今の俺はきっと渋い顔をしているに違いない。
穂香に彼氏がいるって聞いたのはつい最近のこと。いや、まぁそりゃいるよな。大人っぽくて、服のセンスだっていい。明るくて、話してると楽しいし。遠慮せず、臆せずに話せる気さくさもある。あと、笑い方にあどけなさがあって、可愛いなって思うんだ。こんな子に彼氏がいないワケないよな。
「あっ」
「ん?どうした、買い忘れでも思い出したのか」
「買い忘れじゃないけど、ガストの写真撮ってなかったの思い出した」
「え?」
そう言って、突然スマホをこちらに向けてきた。いや、ちょっと待ってくれ。なんで俺の写真が必要なんだ。カメラのレンズが俺を捉えようとするので、慌てて待ったをかける。
「ちょ、ちょっと待った!なんで俺の写真がいるんだよ」
「家族に見せる用。こっちで仲良くなった友達だよーって。ほら、笑って笑って」
ニューミリオンでよく遊ぶダチの写真をアルバムに収めて、両親に紹介するらしい。それ、変な顔で写ったらそのまま見せられるってことだろ。急に撮るって言われても、上手く笑えない。
「……心の準備ってのが」
「いつものスマイルでいいから」
「そう言われてもな……俺、いつもどんな風に笑ってんだ?」
「道ですれ違った女子が振り向くような微笑み」
「なんだそりゃ」
いざ笑えって求められても、口元の辺りが強張る。どうにか回避できる方法はないか。そう考えていると、穂香が急に俺に背を向けた。そして、右手を上に伸ばしてスマホを掲げる。いつの間にかカメラ機能が自撮りモードになっていて、画面に二人の姿が映し出されていた。
「一人で映るのが嫌なら、一緒に撮ればいいかなーって」
「突然の思いつきすぎだろ。……そういう問題か?」
「ガスト、もう少し屈んで。見切れてるわ。私の腕じゃこれで限界なのよ」
攣りそうなほどに真っすぐ伸ばされた腕。それだけ引いても俺の顔は見切れていて、マフラーを巻いた首元までしか映しだされていない。身長差があるから仕方ないけど、屈むって言っても限度があるぞ。
それならこうすりゃいい。俺は穂香の手からスマホを取り上げて、自分の腕を頭上に伸ばした。いいアングルを決めて、無理なく二人が写真に収まるところで構えた。
液晶画面には口角を上げて笑う穂香と澄ました顔の自分。シャッターを切る前に一言だけ。
「これ、後で送ってくれよ」
「もちろん。ほら、早くしないと電車来ちゃう」
「……Say, cheese!」
◇◆◇
「懐かしい写真でてきた、ほら」
リビングのソファで寛いでいた穂香が手に持ったスマホごと俺の方に傾いてきた。その画面には昔二人で撮った写真が表示されている。今より少しだけあどけない顔をしている。
スマホの容量がきつくなってきたから、アルバムの整理をしてクラウド上のサーバーにアップするとかさっき話していた。遡っていたら出てきたみたいだな、この写真。
「ホントだ。これ、いつ撮ったやつだ」
「日付……私がニューミリオンに来た最初の十二月ね。確か、イースト行きの電車待ってる時じゃなかった?」
「あー…思い出した。俺の写真撮って見せるとか言ってたやつだ」
穂香がウィンターホリデーに帰国するって言うから、お土産買うの手伝った日。俺がまだアカデミーに通っていた頃だ。突然カメラのレンズ向けてきて、一枚撮りたいって言いだしたんだよな。
「ガストが一人で映るの嫌だからって駄々こねたのよね」
「…駄々はこねてないぞ。急だったし、咄嗟に笑えなかっただけだ」
「その割にいい顔で写ってるじゃないの。母さんに見せたら、この中で一番いい男ねって褒めてたわよ。父さんは……なんだこのチャラい男はって言ってた気がする」
飲みかけの紅茶に口をつけたが、危うく気管に入りそうになった。
それ、もしかしなくとも俺の印象悪いんじゃないのか。親父さんにとって。後者はどう捉えても褒め言葉じゃないだろ。
今度、お互いの休みを合わせて日本に行こうって計画を進めているところだ。揃って滅多に行ける場所じゃないし、そん時に「娘さんとお付き合いさせてもらってます」って挨拶に伺う予定でいる。今聞いた限りじゃ、母親には好感持たれていそうだけど、問題は親父さんの方だよ。
「…親父さんに俺のこと良く思われてないんじゃ」
「うーん…あ、そういえば。昔やんちゃしてた少年って言っちゃった気がする。顔が良すぎて、女騙してそうだなって渋い顔されたわ」
一切悪気は無かった、と今さら白状されてもな。後の祭りってやつだろそれ。「まさかこんな関係になると思ってなかったし」と追撃も喰らう。父娘揃って俺に対する偏見がヒドイ。不安しかないぞ。
「幸先悪すぎる…。大丈夫なのか、門前払いされちまわないか。塩撒かれたりとか」
「ガストはうちの父さんにどんなイメージ持ってるのかしら。娘の彼氏に塩撒く父親いたら見てみたいわね」
そこまで頑固親父じゃないと穂香は呑気に笑っている。こっちも偏見かもしれないけど、日本人の父親ってそういうイメージが強いんだよ。こう、ちゃぶ台ひっくり返してる感じが。前にそう話したら、ジャパニメーションに影響されすぎと言われてしまった。
俺の肩に頭を預けた穂香がこちらを見上げてくる。にこりと笑いかけてきた。
「大丈夫よ。こっちで私を色々と支えてくれた人だって話して、良い人だって分かれば認めてくれると思うし」
「……だといいけどな」
日本に行くのは楽しみだ。どの季節と重なっても楽しめる場所が多い。欲を出せば桜の名所に行ってみたいんだよな。薄いピンクの花びらが風に舞う光景を見てみたい。
観光に浮かれる反面、ご挨拶に伺うことに今から緊張してきた。まだまだ先の話だし、なにも嫁にくださいって言いに行くわけじゃない。でも、少しでも印象良くしとかないとその先が思いやられる。
「あれから写真結構撮ったよね。…気づいたらガストの写真ばっかり撮ってるわ。どの角度から写しても絵になるんだもの」
アルバムには俺が写っているものや、二人で撮ったものが多く収められていた。なんだかんだ、あちこち連れ回したからな。ダーツバー、映画館、アミューズメントパークとか遊べる場所を中心に。ニューミリオンを案内するって形で。その度に思い出を残してきた。
ダーツバーでゼロワンのフィニッシュ決めて、俺に初めて勝った時の写真が出てきた。ボロ負けした時の苦い記憶が甦ってくる。
「ダーツ初勝利の記念写真撮ってもらったのよね、これ」
「いい笑顔してるぜまったく。この日は惨敗だったんだよな……なかなか調子が上がらなくてさ」
「バースト続きでゲンナリしてたわね。具合悪かったんだっけ?」
「具合というか、イライラはしてたかもな」
遠い記憶を辿るようにしてから「そんなに不機嫌そうには見えなかったけど」と言われる。そりゃ、顔に出さないように努めてたからな。
確か、サウスのダーツバーだ。軽く食べた後に勝負しようって話になって。メシ食ってる時に元カレの話題ばっかり振ってきたもんだから。適当に相槌を返していたっけ。あんまり嬉しそうにニコニコ笑ってたから、嫌気が差してた。
「あの日は、穂香が惚気てただろ。…元カレの話で」
「……そうだっけ?あんまり憶えてないわ…というか、思い出したくもないし」
はたと穂香の表情が曇る。
昔の話、特に元カレの話にはあまりいい顔をしない。今まで気づかなかっただけで、結構ナーバスになってたみたいだ。穂香も感情を表立たせないようにするのが得意なんだ。そうだと知ってからはなるべくその話を振らないようにしている。
アルバムに山ほどあったはずの写真は消されていた。そいつの写真は一枚も残されていないんだろう。痕跡は欠片も残したくないって言ってたから。
画面をスクロールする穂香の指が上下に彷徨っていた。
「悪かった。嫌なこと思い出させちまったな」
「仕方ないわよ。写真って、そういうものでしょ。忘れていても、後から見返したらその時の映像が自然に浮かんでくるものだし。一つ思い出せば、それに紐づいていく」
肩にもたれかけていた穂香の頭をそっと抱え込んだ。髪を梳くように優しく撫でる。写真とは正反対で、物憂げな表情をしていたもんだから。
だが、俺の心配とは裏腹に明るい目を合わせてきた。そこには憂いなんて微塵も無い。
「というわけで、一枚撮ろうよ」
「……は?いや、なんで」
「母さんたちに送ろうと思って。あの少年が立派な青年になりましたよーって」
いつの間にかカメラ機能を起動させていて、それを俺の手に持たせようとした。あの時と同じように、俺の方が腕長いからと言いながら。
「いやいや、それこそ急すぎてどんな顔すりゃいいんだよ?!大事な一枚だろ、それって」
「髪型もバッチリ決まってるから、問題ないってば」
ほらほらと急かされるまま、仕方なくスマホを斜め上に掲げる。穂香が顔を寄せてくっついてきた。本当に撮るのか。正直、どんな顔をすればいいのか分からねぇ。仲が良いですよアピールでもすればいいのか。それとも誠実さを出して安心させた方が。いや、そもそも写真送らせないようにしたい。
悩んでいる間にもカメラのオートフォーカスが働いて、俺たち二人にピントを何度も合わせている。ああ、そうだ。良いこと思いついた。
すぐ側にある穂香の後頭部を支えて、唇を重ねた。その瞬間にシャッターを切る。攫った唇からは甘い紅茶の味がした。
撮った写真を確認すれば、しっかりとその瞬間が写っていた。その画面を穂香の方へ向けて見せる。顔を赤らめて、何か言いたそうに訴える表情。それに対してにっと笑いかけた。
「ちゃんと撮ったぜ?ま、流石にこれは送れないと思うけどな」
写真自体は撮った。でもこれは家族に見せられないだろ。そう安心してスマホを返したんだが、さらに逆手に取られることになるとは思いもしない。
眉間に細い眉を寄せ、顔を顰めながらアルバムをスクロールし始める。
「……分かった。これの代わりに秘蔵のオモシロ写真を送るわ。雪道で滑って転んだ時のとか、正座して足痺れて動けなくなったやつとか。あーあ、この間の酔いつぶれた時の撮っておけば良かったわぁ」
「なっ…ちょ、やめてくれ。俺の株をさらに下げるつもりかよ!って、なんでそんなカッコ悪いトコ写真に収めてんだ」
「記念に。面白かったし」
「ひでぇな…」
本当に送られたらどうする。それで、その話題を向こうから振られたら笑い話にでもすりゃいいのか。カッコ悪い男だと思われて、お前には任せられんとか言われたらどうすんだ。
真剣に悩んでいる俺の横で「ホントに送ったりしないわよ」とぽつりと聞こえてきた。少し不貞腐れた様子で。
「今度ちゃんとした写真撮ればいいんだし」
「お、おう…そうしようぜ。というか、穂香…顔真っ赤だな。顔どころか耳も」
俺が笑いながらそう指摘すると、相手は俯いて顔を手のひらで覆い隠した。
「不意打ちでキスしてくるからでしょ」とぼやかれてしまう。それを聞くと、今更ながら俺も気恥ずかしくなってきた。咄嗟に思いついたこととはいえ。
ふと、さっきの柔らかい唇の感触を思い出す。もっと味わいたい欲が出てきたけど、これ以上ねだれば間違いなく怒られるな。
せめてもと思い、両腕を回して抱きしめた。
──三年前の十二月某日。
雪がチラつく日が増え、レッドサウスストリートの街並みに雪が被り始めていた。レンガ造りの建物に積もる白い雪が陽の光に反射して、眩しい。
クリスマスも目前までに迫っていて、ウィンターホリデーに入る企業も多くなってきた。遠方から来ている人間は故郷へ帰る準備に入る期間だ。海外赴任でニューミリオンに来ている俺の友人も帰国する。
その友人に頼まれて、日本にいる家族や友人、恋人へのお土産を選ぶためにクリスマスマーケットに同行していた。
穂香と二人でクリスマスマーケットを一巡。彼女は職業柄かセンスがいい。それに交渉も上手くて、だいぶお得にお土産を手に入れていた。
「……にしても、随分買い込んだな。友達が多いのは良い事だと思うけど、持って帰るの大変そうだ」
「ガスト程じゃないわよ。それに会社の人達の分もあるし。買い物、付き合ってくれてありがと。荷物まで持ってくれて」
お菓子や雑貨が入った紙袋は結構な重量だ。嵩張るものは極力避けている。トランクケースに入りきらないからと。
「ガストのおかげで良いプレゼントも選べたわ」
故郷にいる恋人への贈り物は何がいいか。現地人のアドバイスが聞きたいと相談を持ち掛けられたのが事の発端だ。それなら時期的にもクリスマスマーケットがいいってアドバイスを送ったら、一緒に選んでくれって言われて。
最初はなんで俺がっていう気持ちだった。何千マイルも離れた故郷で待ってる恋人だ。何を贈っても喜ぶに決まってる。だから何だっていいだろ。そう答えたかった。
でも、こうして相手のことを考えながらプレゼント選ぶ穂香を隣で見ていたら、それも言えなくなってしまった。なんだかんだで、笑ってる顔が見ていたいんだ。わざわざ曇らせるようなこと、言いたくないし。相手の幸せを願う反面、胸はズキズキと痛んでいた。
「買い忘れは無さそうか」
「ん、大丈夫だと思う。…あとはこれらを上手くトランクケースに詰め込まないとね」
「穂香は服やアクセも多そうだし、大変そうだな」
「流石に何でもかんでも持っていかないわよ。実家に何着か服もあるし。そうそう、お土産楽しみにしてて。今日の御礼も兼ねて沢山買ってくるから」
何がいいか。地元の名産品を次々と挙げていく。雑貨やお菓子、どれも魅力的だけど俺が一番望んでいるのはただ一つだけだ。
「…そりゃ、楽しみだけどさ。俺は穂香が無事に戻ってくればそれでいいよ」
「大丈夫よ、ちゃんと戻ってくるから。荷物だってこっちに残してるんだし。駆け落ちしない限り帰ってくるから」
それが一番心配なんだよ。気楽に笑いながら返してくる相手にそう言いたかった。でも、その言葉は表に出さずに胸に留めておいた。
イースト行きの電車はあと二十分くらいで駅のホームに到着する。わざわざサウスのクリスマスマーケットに足を運んでくれたのは嬉しかった。この荷物を家まで運ぼうかと申し出たけど、丁重に断られている。両手で持てる量だからと。それでも紙袋三つ分だ。せめて電車が来るまではと荷物持ちを買って出る。もう少し一緒にいたいから。
電車が来るまでの間、他愛もない会話を広げていた。服の話やダーツのコツとか、色々。その話題も上の空で返すことが多かった。ポケットの中身、いつ渡そうかって考えていたから。今日以降、次に会えるのは早くても年明けだ。せっかく用意したクリスマスカードとプレゼント、今を逃したら無駄になっちまう。
会話が一区切りして、間が空いたのを見計らって話を切り出した。
「穂香。……忘れないうちにこれ、渡しとく」
俺はコートのポケットに忍ばせていた平たい金属を一度握りしめ、それを取り出した。渡すタイミングはどう考えても今しかない。穂香に手を出すように言って、コインを一枚その手の平に乗せた。表に天使が描かれた銀のコイン。それと、二つ折りのクリスマスカードを忘れずに差し出した。
「少し早いけど。メリークリスマス」
「これ、クリスマスカード……ちょっと待って、私も。…はい、メリークリスマス!」
鞄から取り出した赤い台紙のクリスマスカード。それを俺に手渡してくれた。
冬の気配が近づいた頃、ちらっとクリスマスカードのことを話したんだ。こっちではイブより前に貰ったカードはクリスマスツリーに飾る風習がある。これは寮の自室に飾っとくかな。まさかホントに用意してくれるとは思わなくて、素直に嬉しかった。穂香も俺から受け取ったものを見て、嬉しそうに笑ってるし。その顔が見れただけでも用意して良かったと思える。
「カードのイラスト可愛い。……それにこれ、ポケットコインよね」
「ああ、そっちは旅のお守り程度に思ってくれりゃいい。そういうもんだしな」
「初めて貰った。ありがと。でも、私はカードしか用意してないわ…」
「気にしなくていいって。雑貨屋でクリスマスカード選んでる時に偶々目に入ったモンだし」
コインを表裏にひっくり返し、重さを量る仕草。それから天使の描かれた側をじっと観察していた。それから小首を傾げてみせる。
「……結構高かったんじゃないの?模様も精巧に描かれてるし」
「た、大したものじゃないぞ?…と、とにかく、気をつけて行ってこいよ」
流石、鋭い。デザイナーって細部まで観察するのが得意っつーか。
そのコインは知り合いに頼んで作ってもらったオーダーメイド品だとか、値段のこと言ったら余計な気を遣わせちまいそうだ。まだ半年ばかりの付き合いだし。そこまでする義理は無いとか言われちまいそうだ。
とりあえず、反応を見た限りだとコインの絵柄のことは分かってないみたいで安心した。ポケットコインは描かれたシンボルによって意味が違ってくる。クローバー、天使、クロス、鳩。それぞれ意味があるんだけど、天使は想いを伝えてくれるらしい。俺の気持ちがほんの少しでも伝われば、なんて淡い期待を抱いて。
「うん。コインもカードも一緒に持っていくわ。そうだ、写真撮って送るから。日本の風景をリアルタイムでお届けします」
「……彼氏と一緒に、とかはやめてくれ。惚気られても反応に困る」
困る通り越して苛々しちまいそうだ。今の俺はきっと渋い顔をしているに違いない。
穂香に彼氏がいるって聞いたのはつい最近のこと。いや、まぁそりゃいるよな。大人っぽくて、服のセンスだっていい。明るくて、話してると楽しいし。遠慮せず、臆せずに話せる気さくさもある。あと、笑い方にあどけなさがあって、可愛いなって思うんだ。こんな子に彼氏がいないワケないよな。
「あっ」
「ん?どうした、買い忘れでも思い出したのか」
「買い忘れじゃないけど、ガストの写真撮ってなかったの思い出した」
「え?」
そう言って、突然スマホをこちらに向けてきた。いや、ちょっと待ってくれ。なんで俺の写真が必要なんだ。カメラのレンズが俺を捉えようとするので、慌てて待ったをかける。
「ちょ、ちょっと待った!なんで俺の写真がいるんだよ」
「家族に見せる用。こっちで仲良くなった友達だよーって。ほら、笑って笑って」
ニューミリオンでよく遊ぶダチの写真をアルバムに収めて、両親に紹介するらしい。それ、変な顔で写ったらそのまま見せられるってことだろ。急に撮るって言われても、上手く笑えない。
「……心の準備ってのが」
「いつものスマイルでいいから」
「そう言われてもな……俺、いつもどんな風に笑ってんだ?」
「道ですれ違った女子が振り向くような微笑み」
「なんだそりゃ」
いざ笑えって求められても、口元の辺りが強張る。どうにか回避できる方法はないか。そう考えていると、穂香が急に俺に背を向けた。そして、右手を上に伸ばしてスマホを掲げる。いつの間にかカメラ機能が自撮りモードになっていて、画面に二人の姿が映し出されていた。
「一人で映るのが嫌なら、一緒に撮ればいいかなーって」
「突然の思いつきすぎだろ。……そういう問題か?」
「ガスト、もう少し屈んで。見切れてるわ。私の腕じゃこれで限界なのよ」
攣りそうなほどに真っすぐ伸ばされた腕。それだけ引いても俺の顔は見切れていて、マフラーを巻いた首元までしか映しだされていない。身長差があるから仕方ないけど、屈むって言っても限度があるぞ。
それならこうすりゃいい。俺は穂香の手からスマホを取り上げて、自分の腕を頭上に伸ばした。いいアングルを決めて、無理なく二人が写真に収まるところで構えた。
液晶画面には口角を上げて笑う穂香と澄ました顔の自分。シャッターを切る前に一言だけ。
「これ、後で送ってくれよ」
「もちろん。ほら、早くしないと電車来ちゃう」
「……Say, cheese!」
◇◆◇
「懐かしい写真でてきた、ほら」
リビングのソファで寛いでいた穂香が手に持ったスマホごと俺の方に傾いてきた。その画面には昔二人で撮った写真が表示されている。今より少しだけあどけない顔をしている。
スマホの容量がきつくなってきたから、アルバムの整理をしてクラウド上のサーバーにアップするとかさっき話していた。遡っていたら出てきたみたいだな、この写真。
「ホントだ。これ、いつ撮ったやつだ」
「日付……私がニューミリオンに来た最初の十二月ね。確か、イースト行きの電車待ってる時じゃなかった?」
「あー…思い出した。俺の写真撮って見せるとか言ってたやつだ」
穂香がウィンターホリデーに帰国するって言うから、お土産買うの手伝った日。俺がまだアカデミーに通っていた頃だ。突然カメラのレンズ向けてきて、一枚撮りたいって言いだしたんだよな。
「ガストが一人で映るの嫌だからって駄々こねたのよね」
「…駄々はこねてないぞ。急だったし、咄嗟に笑えなかっただけだ」
「その割にいい顔で写ってるじゃないの。母さんに見せたら、この中で一番いい男ねって褒めてたわよ。父さんは……なんだこのチャラい男はって言ってた気がする」
飲みかけの紅茶に口をつけたが、危うく気管に入りそうになった。
それ、もしかしなくとも俺の印象悪いんじゃないのか。親父さんにとって。後者はどう捉えても褒め言葉じゃないだろ。
今度、お互いの休みを合わせて日本に行こうって計画を進めているところだ。揃って滅多に行ける場所じゃないし、そん時に「娘さんとお付き合いさせてもらってます」って挨拶に伺う予定でいる。今聞いた限りじゃ、母親には好感持たれていそうだけど、問題は親父さんの方だよ。
「…親父さんに俺のこと良く思われてないんじゃ」
「うーん…あ、そういえば。昔やんちゃしてた少年って言っちゃった気がする。顔が良すぎて、女騙してそうだなって渋い顔されたわ」
一切悪気は無かった、と今さら白状されてもな。後の祭りってやつだろそれ。「まさかこんな関係になると思ってなかったし」と追撃も喰らう。父娘揃って俺に対する偏見がヒドイ。不安しかないぞ。
「幸先悪すぎる…。大丈夫なのか、門前払いされちまわないか。塩撒かれたりとか」
「ガストはうちの父さんにどんなイメージ持ってるのかしら。娘の彼氏に塩撒く父親いたら見てみたいわね」
そこまで頑固親父じゃないと穂香は呑気に笑っている。こっちも偏見かもしれないけど、日本人の父親ってそういうイメージが強いんだよ。こう、ちゃぶ台ひっくり返してる感じが。前にそう話したら、ジャパニメーションに影響されすぎと言われてしまった。
俺の肩に頭を預けた穂香がこちらを見上げてくる。にこりと笑いかけてきた。
「大丈夫よ。こっちで私を色々と支えてくれた人だって話して、良い人だって分かれば認めてくれると思うし」
「……だといいけどな」
日本に行くのは楽しみだ。どの季節と重なっても楽しめる場所が多い。欲を出せば桜の名所に行ってみたいんだよな。薄いピンクの花びらが風に舞う光景を見てみたい。
観光に浮かれる反面、ご挨拶に伺うことに今から緊張してきた。まだまだ先の話だし、なにも嫁にくださいって言いに行くわけじゃない。でも、少しでも印象良くしとかないとその先が思いやられる。
「あれから写真結構撮ったよね。…気づいたらガストの写真ばっかり撮ってるわ。どの角度から写しても絵になるんだもの」
アルバムには俺が写っているものや、二人で撮ったものが多く収められていた。なんだかんだ、あちこち連れ回したからな。ダーツバー、映画館、アミューズメントパークとか遊べる場所を中心に。ニューミリオンを案内するって形で。その度に思い出を残してきた。
ダーツバーでゼロワンのフィニッシュ決めて、俺に初めて勝った時の写真が出てきた。ボロ負けした時の苦い記憶が甦ってくる。
「ダーツ初勝利の記念写真撮ってもらったのよね、これ」
「いい笑顔してるぜまったく。この日は惨敗だったんだよな……なかなか調子が上がらなくてさ」
「バースト続きでゲンナリしてたわね。具合悪かったんだっけ?」
「具合というか、イライラはしてたかもな」
遠い記憶を辿るようにしてから「そんなに不機嫌そうには見えなかったけど」と言われる。そりゃ、顔に出さないように努めてたからな。
確か、サウスのダーツバーだ。軽く食べた後に勝負しようって話になって。メシ食ってる時に元カレの話題ばっかり振ってきたもんだから。適当に相槌を返していたっけ。あんまり嬉しそうにニコニコ笑ってたから、嫌気が差してた。
「あの日は、穂香が惚気てただろ。…元カレの話で」
「……そうだっけ?あんまり憶えてないわ…というか、思い出したくもないし」
はたと穂香の表情が曇る。
昔の話、特に元カレの話にはあまりいい顔をしない。今まで気づかなかっただけで、結構ナーバスになってたみたいだ。穂香も感情を表立たせないようにするのが得意なんだ。そうだと知ってからはなるべくその話を振らないようにしている。
アルバムに山ほどあったはずの写真は消されていた。そいつの写真は一枚も残されていないんだろう。痕跡は欠片も残したくないって言ってたから。
画面をスクロールする穂香の指が上下に彷徨っていた。
「悪かった。嫌なこと思い出させちまったな」
「仕方ないわよ。写真って、そういうものでしょ。忘れていても、後から見返したらその時の映像が自然に浮かんでくるものだし。一つ思い出せば、それに紐づいていく」
肩にもたれかけていた穂香の頭をそっと抱え込んだ。髪を梳くように優しく撫でる。写真とは正反対で、物憂げな表情をしていたもんだから。
だが、俺の心配とは裏腹に明るい目を合わせてきた。そこには憂いなんて微塵も無い。
「というわけで、一枚撮ろうよ」
「……は?いや、なんで」
「母さんたちに送ろうと思って。あの少年が立派な青年になりましたよーって」
いつの間にかカメラ機能を起動させていて、それを俺の手に持たせようとした。あの時と同じように、俺の方が腕長いからと言いながら。
「いやいや、それこそ急すぎてどんな顔すりゃいいんだよ?!大事な一枚だろ、それって」
「髪型もバッチリ決まってるから、問題ないってば」
ほらほらと急かされるまま、仕方なくスマホを斜め上に掲げる。穂香が顔を寄せてくっついてきた。本当に撮るのか。正直、どんな顔をすればいいのか分からねぇ。仲が良いですよアピールでもすればいいのか。それとも誠実さを出して安心させた方が。いや、そもそも写真送らせないようにしたい。
悩んでいる間にもカメラのオートフォーカスが働いて、俺たち二人にピントを何度も合わせている。ああ、そうだ。良いこと思いついた。
すぐ側にある穂香の後頭部を支えて、唇を重ねた。その瞬間にシャッターを切る。攫った唇からは甘い紅茶の味がした。
撮った写真を確認すれば、しっかりとその瞬間が写っていた。その画面を穂香の方へ向けて見せる。顔を赤らめて、何か言いたそうに訴える表情。それに対してにっと笑いかけた。
「ちゃんと撮ったぜ?ま、流石にこれは送れないと思うけどな」
写真自体は撮った。でもこれは家族に見せられないだろ。そう安心してスマホを返したんだが、さらに逆手に取られることになるとは思いもしない。
眉間に細い眉を寄せ、顔を顰めながらアルバムをスクロールし始める。
「……分かった。これの代わりに秘蔵のオモシロ写真を送るわ。雪道で滑って転んだ時のとか、正座して足痺れて動けなくなったやつとか。あーあ、この間の酔いつぶれた時の撮っておけば良かったわぁ」
「なっ…ちょ、やめてくれ。俺の株をさらに下げるつもりかよ!って、なんでそんなカッコ悪いトコ写真に収めてんだ」
「記念に。面白かったし」
「ひでぇな…」
本当に送られたらどうする。それで、その話題を向こうから振られたら笑い話にでもすりゃいいのか。カッコ悪い男だと思われて、お前には任せられんとか言われたらどうすんだ。
真剣に悩んでいる俺の横で「ホントに送ったりしないわよ」とぽつりと聞こえてきた。少し不貞腐れた様子で。
「今度ちゃんとした写真撮ればいいんだし」
「お、おう…そうしようぜ。というか、穂香…顔真っ赤だな。顔どころか耳も」
俺が笑いながらそう指摘すると、相手は俯いて顔を手のひらで覆い隠した。
「不意打ちでキスしてくるからでしょ」とぼやかれてしまう。それを聞くと、今更ながら俺も気恥ずかしくなってきた。咄嗟に思いついたこととはいえ。
ふと、さっきの柔らかい唇の感触を思い出す。もっと味わいたい欲が出てきたけど、これ以上ねだれば間違いなく怒られるな。
せめてもと思い、両腕を回して抱きしめた。