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Sheep Dream
すっかり冷めたルイボスティーを一口飲んだ後、ぽそりと穂香がこう呟いた。
「最後まで見るんじゃなかった…つらい」
リビングのテレビ画面には映画のエンドロールが流れていく。黒いバックスクリーンに白字、哀愁を漂わせるBGM。物語がハッピーエンドで終わらなかったのをそれが物語っていた。
晩飯を食べ終えて、たまたま点けたテレビで放送されていた映画。物語がまだ序盤だったから、軽い気持ちで見ていたらストーリーに引き込まれたのか「この先気になる」と穂香が言い出したのでその映画をリビングに流していた。ホラー映画に食いつくのも珍しいなと思いながら。
それが案の定この状況だ。重い溜息に伴った表情。俯いたままで話を続けていた。
「……なんでこっちの人はグロテスクを題材にしがちなの」
「まぁ、それがコワイの定番なんだろうな。それに比べてジャパニーズホラーはじわじわくるよな。井戸やテレビから出てきたりするし…」
「だいぶ古いわよそれ。…リマスターも出てるけど」
テレビ画面はエンドロールが終わり、ニュースに切り替わっていた。
「ガストは怖いのとか得意なんだっけ」と横目で話を振られた。揃いの陶器のマグカップ片手に相手の方を見る。後味が悪いと穂香はずっと顔を顰めていた。
「得意っつーか…別にコワイとは思わないからな」
「それを得意って言うのよ。……はぁ」
「苦手なら見なきゃ良かっただろ。あらすじ調べた時、なんかヤバそうな内容だぞって前置きしといてやったんだし」
「…そうね。興味本位の怖いもの見たさもあったけど、物語に引きずり込ませるストーリー性…最後あの二人がどうなるのか。そして緊迫を迎えた衝撃のラスト。……誰もいなくなった」
暗い顔でそう言い、両手で顔を覆う。「見なきゃ良かった」とまた悲しそうに呟いた。主人公たちが全滅する系統のものは苦手だって前に話してたことがあったからな。
「救いが…せめてフィクションでは救いがほしい…」
「…こういうの苦手だと見る映画限られてくるよな」
「ガストだってロマンス系苦手でしょ」
「ははは……で、結局間を取っていつもアクション物になるんだよな」
イエローウエストのシネマに二人で何度か行ったことあるけど、片方が苦手な系統を見ても気分が悪いっつーことで、得手不得手に左右されないジャンルをいつもチョイスしていた。
ニュースキャスターが現在時刻を報せた後、車のCMが流れ始めた。あと三十分もすれば明日になる。
「そろそろ寝た方がいいんじゃないか。こんな時間まで起きてる予定じゃなかっただろ」
「……眠れる自信がないわ。夢に出てきそう。主人公が目の前で撃たれて……なんで夢の中まで哀しみに打ちひしがれなきゃいけないのよ」
これは相当尾を引いているようだな。
「感受性豊かで、感情移入しやすい方だからなぁ…穂香は」
「ガストは何とも思ってないの。あの二人の結末に」
「いや、何ともって…そりゃあ、あの展開は予想してなかったけどさ」
映画の内容は主人公二人の兄弟がゴーストが蔓延した街で懸命に生き延びようとする話だった。物語が進むにつれ仲間が一人、また一人とゴーストの餌食になっていく。
終盤では元凶を突き止めて核心に迫るところまではいったけど、ゴーストと相打ちになって二人は命を落とした。ゴーストは町から消え去ったが、対価となった犠牲は大きいものだった。
ストーリー性としてはありかもしれないけど、穂香の感性は俺のとはまた違う。
「ハッピーエンド好きにはきつい展開だったよな」
「…うん。推しには幸せになってほしかった」
「……推しだったのか」
成程。それで余計に感情移入していたのか。相手が俳優とは言え、ちょっと妬けちまうな。
雑談を交わしているうちに時は刻々と過ぎていた。デジタル時計がまた一分、時を進める。
「でも流石にそろそろ寝ないと明日に響くよね。…あと十五分で日付変わっちゃうし。言い出しっぺの私が寝坊するわけにもいかない」
明日の十時にグリーンイーストでプレオープンする雑貨店があるから、暇だったら一緒に行かないかと誘いを受けたのが三日前。明日はちょうどオフだったし、一日デートに費やすのも良いなと思って穂香の家に泊まりに来ていた。
どうやらその雑貨店は日本で有名らしく、こっちに進出してきたそうで。敵地視察も兼ねて行きたいみたいだ。でもこの状態じゃすぐには眠れなさそうだな。
「俺は構わないけどな。ゆっくり過ごす予定に変更になっても」
「…ダメ。気になってるアイテムあったし、実物目にしたい。頑張って起きる」
眉間に寄せた皺を解そうと目を瞑りながら指を当てていた。睡眠時間を削っても行きたい店だという意思がその言葉から感じ取れる。
眠りにつける方法は何かないだろうか。コワイ思いをして眠れなくなった妹にはよく話をしてやったけど。ああ、それ以外にもう一つ方法があるな。
「じゃあ、眠れるように羊数えてやろうか」
「羊……そんなもので眠りにつけたら不眠症の人は苦労してないわよ」
「そんなものって…昔、よく妹を寝かしつけてたし、効果はあると思うぜ。それか何か適当に話でもしようか」
「…話だと最後まで聞こうってなっちゃうから、余計に眠れなくなる」
「それなら羊だな。そうとなればさっさと寝る支度済ませちまおうぜ」
「ん……わかった」
穂香はどんよりと曇天みたいな顔でそう答えた。フィクションのせいとは言え、あんまりこういう表情させたくないよな。好きな子には笑っていてほしい。
お互いに寝る支度が済んで、ベッドに潜り込んだ頃には日付変更線を越えていた。
寝室のシングルベッドに二人が体を寄せ合うようには窮屈で、互いの距離も近い。最近ようやくこの距離感に慣れてきたってのに、変わらず緊張している。でも、こんな近くまで触れられる距離にきたんだと思うと感慨深くもあり、嬉しかった。
撫でた髪が指の間をすり抜けるように逃げていく。手触りが良くて、つい触れたくなる。くすぐったそうに穂香が目を瞑っていた。
「…何時に起こせばいい?」
「ここからそう遠くないから…七時でも間に合うと思う」
「じゃあそのぐらいに起こす」
「目覚ましかけるから多分大丈夫よ。…同室の寝坊助くんのせいか、すっかり目覚まし係が板についてるのね」
「あいつは揺すっても叩いても起きてこないからな……声掛けただけで起きてくれる有り難みを最近噛みしめてる」
俺がセットしたやつよりもレンのセットした目覚ましが先に鳴り出すから、一時間も早く目が覚めることが多い。そこから段階的に声を掛けて起こそうと試みても、微動だにしない。どうやっても起きないときは背負ってミーティングルームや集合場所まで俺が運んでいくわけだ。
この話が面白かったのか、可笑しそうに穂香は笑っていた。俺にとっては笑い話じゃないんだけどな。最近じゃ遅刻しそうになるとマリオンの鞭が容赦なく飛んでくるし。
「その子、ガストが一緒の部屋で良かったんじゃない」
「…まあ、そう思ってくれりゃ俺も少しは嬉しいんだけどな。別に感謝されたいとか、見返りを求めてるワケじゃないけどさ」
「ガストは世話焼きだもの。…私はそれに救われたところ、あるし。でも、あまり自分のこと蔑ろにしないでよ。何かあれば話、聞くから」
俺の手に一回り小さい手のひらが触れた。その手は温かくて、愛しい想いで溢れそうになる。
この関係になるよりもずっと前から、なんだかんだで話を聞いてもらう機会があった。でも、その時とはまた違う風にすら思える。嬉しさと愛しさが入り混じったようなそんな感情だ。
小さなその手を包み込んで、笑みを返す。
「サンキュ。……っと、そろそろ羊数えるか。このまま話してたら夜が明けちまいそうだ」
「ん…」
「ほら、目閉じて」
横になって睡魔が少しやってきたのか、ぼんやりしていた目を瞑った。瞼は重くなってきたみたいだな。
息を吸い込んで、語り掛けるように一匹目の羊を言葉に表す。ゆっくりと二匹、三匹と数を増やしていった。
普段は朝寝坊のヤツを起こしているから、逆に寝かしつけるのは新鮮だ。こうして誰かに羊を数えるのも久しぶりだし。
「……羊が五匹。羊が六匹。羊が七匹」
妹がお化けやコワイものに怯えた夜は、眠れないからってよく俺のベッドに潜り込んできた。その時はくだらない笑い話をしたり、今みたいに羊を数えて寝かしつけてやったこともある。話と羊どっちがいいって聞けば、殆ど話の方がいいって答えてたな。その方が気持ちが落ち着くからって。コワイ気分を楽しい色に塗り替えて、安心した顔で眠るんだ
懐かしいそんな思い出に浸りながら、九匹目を数え終えた。
「羊が十匹……」
そして、十一匹目を数えようとした時だ。いつの間にか穂香は腕の中ですやすやと寝息を立てていた。静かに呼びかけても、反応が全くない。
「……眠れそうにないって、言ってなかったか?」
俺の独り言は静寂に虚しく吸い込まれていった。
おいおい、まだ羊は十匹目だぞ。十一匹目が柵の手前で立ち往生しちまったじゃないか。でも、たった十匹で眠りに落ちたんだぞと明日の朝報告できる。羊が有効だってことも立証できたわけだし。
というより、これは恋人として状況的にどうなんだ。余計にドキドキして眠れないとか、そういうのを少しも期待してなかったワケじゃない。その先のことも。
いやいや、でも一緒にいて安心できるってのは良いことだ。そうだな。今は深く考えないようにしよう。それに、折角眠ったんだし。起こしたら可哀そうだ。悪夢に魘されていたら起こすことにしよう。
なんの心配もせずに眠っている顔に思わず笑みが溢れる。瞼に触れるだけのキスを落とし、腕の中に引き寄せて華奢な体を抱きしめる。いい香りがふわりと漂った。
どうせ見るなら、映画の俳優じゃなくて俺がカッコよく活躍してる夢、見てくれよ。
「Good night, Darling」
すっかり冷めたルイボスティーを一口飲んだ後、ぽそりと穂香がこう呟いた。
「最後まで見るんじゃなかった…つらい」
リビングのテレビ画面には映画のエンドロールが流れていく。黒いバックスクリーンに白字、哀愁を漂わせるBGM。物語がハッピーエンドで終わらなかったのをそれが物語っていた。
晩飯を食べ終えて、たまたま点けたテレビで放送されていた映画。物語がまだ序盤だったから、軽い気持ちで見ていたらストーリーに引き込まれたのか「この先気になる」と穂香が言い出したのでその映画をリビングに流していた。ホラー映画に食いつくのも珍しいなと思いながら。
それが案の定この状況だ。重い溜息に伴った表情。俯いたままで話を続けていた。
「……なんでこっちの人はグロテスクを題材にしがちなの」
「まぁ、それがコワイの定番なんだろうな。それに比べてジャパニーズホラーはじわじわくるよな。井戸やテレビから出てきたりするし…」
「だいぶ古いわよそれ。…リマスターも出てるけど」
テレビ画面はエンドロールが終わり、ニュースに切り替わっていた。
「ガストは怖いのとか得意なんだっけ」と横目で話を振られた。揃いの陶器のマグカップ片手に相手の方を見る。後味が悪いと穂香はずっと顔を顰めていた。
「得意っつーか…別にコワイとは思わないからな」
「それを得意って言うのよ。……はぁ」
「苦手なら見なきゃ良かっただろ。あらすじ調べた時、なんかヤバそうな内容だぞって前置きしといてやったんだし」
「…そうね。興味本位の怖いもの見たさもあったけど、物語に引きずり込ませるストーリー性…最後あの二人がどうなるのか。そして緊迫を迎えた衝撃のラスト。……誰もいなくなった」
暗い顔でそう言い、両手で顔を覆う。「見なきゃ良かった」とまた悲しそうに呟いた。主人公たちが全滅する系統のものは苦手だって前に話してたことがあったからな。
「救いが…せめてフィクションでは救いがほしい…」
「…こういうの苦手だと見る映画限られてくるよな」
「ガストだってロマンス系苦手でしょ」
「ははは……で、結局間を取っていつもアクション物になるんだよな」
イエローウエストのシネマに二人で何度か行ったことあるけど、片方が苦手な系統を見ても気分が悪いっつーことで、得手不得手に左右されないジャンルをいつもチョイスしていた。
ニュースキャスターが現在時刻を報せた後、車のCMが流れ始めた。あと三十分もすれば明日になる。
「そろそろ寝た方がいいんじゃないか。こんな時間まで起きてる予定じゃなかっただろ」
「……眠れる自信がないわ。夢に出てきそう。主人公が目の前で撃たれて……なんで夢の中まで哀しみに打ちひしがれなきゃいけないのよ」
これは相当尾を引いているようだな。
「感受性豊かで、感情移入しやすい方だからなぁ…穂香は」
「ガストは何とも思ってないの。あの二人の結末に」
「いや、何ともって…そりゃあ、あの展開は予想してなかったけどさ」
映画の内容は主人公二人の兄弟がゴーストが蔓延した街で懸命に生き延びようとする話だった。物語が進むにつれ仲間が一人、また一人とゴーストの餌食になっていく。
終盤では元凶を突き止めて核心に迫るところまではいったけど、ゴーストと相打ちになって二人は命を落とした。ゴーストは町から消え去ったが、対価となった犠牲は大きいものだった。
ストーリー性としてはありかもしれないけど、穂香の感性は俺のとはまた違う。
「ハッピーエンド好きにはきつい展開だったよな」
「…うん。推しには幸せになってほしかった」
「……推しだったのか」
成程。それで余計に感情移入していたのか。相手が俳優とは言え、ちょっと妬けちまうな。
雑談を交わしているうちに時は刻々と過ぎていた。デジタル時計がまた一分、時を進める。
「でも流石にそろそろ寝ないと明日に響くよね。…あと十五分で日付変わっちゃうし。言い出しっぺの私が寝坊するわけにもいかない」
明日の十時にグリーンイーストでプレオープンする雑貨店があるから、暇だったら一緒に行かないかと誘いを受けたのが三日前。明日はちょうどオフだったし、一日デートに費やすのも良いなと思って穂香の家に泊まりに来ていた。
どうやらその雑貨店は日本で有名らしく、こっちに進出してきたそうで。敵地視察も兼ねて行きたいみたいだ。でもこの状態じゃすぐには眠れなさそうだな。
「俺は構わないけどな。ゆっくり過ごす予定に変更になっても」
「…ダメ。気になってるアイテムあったし、実物目にしたい。頑張って起きる」
眉間に寄せた皺を解そうと目を瞑りながら指を当てていた。睡眠時間を削っても行きたい店だという意思がその言葉から感じ取れる。
眠りにつける方法は何かないだろうか。コワイ思いをして眠れなくなった妹にはよく話をしてやったけど。ああ、それ以外にもう一つ方法があるな。
「じゃあ、眠れるように羊数えてやろうか」
「羊……そんなもので眠りにつけたら不眠症の人は苦労してないわよ」
「そんなものって…昔、よく妹を寝かしつけてたし、効果はあると思うぜ。それか何か適当に話でもしようか」
「…話だと最後まで聞こうってなっちゃうから、余計に眠れなくなる」
「それなら羊だな。そうとなればさっさと寝る支度済ませちまおうぜ」
「ん……わかった」
穂香はどんよりと曇天みたいな顔でそう答えた。フィクションのせいとは言え、あんまりこういう表情させたくないよな。好きな子には笑っていてほしい。
お互いに寝る支度が済んで、ベッドに潜り込んだ頃には日付変更線を越えていた。
寝室のシングルベッドに二人が体を寄せ合うようには窮屈で、互いの距離も近い。最近ようやくこの距離感に慣れてきたってのに、変わらず緊張している。でも、こんな近くまで触れられる距離にきたんだと思うと感慨深くもあり、嬉しかった。
撫でた髪が指の間をすり抜けるように逃げていく。手触りが良くて、つい触れたくなる。くすぐったそうに穂香が目を瞑っていた。
「…何時に起こせばいい?」
「ここからそう遠くないから…七時でも間に合うと思う」
「じゃあそのぐらいに起こす」
「目覚ましかけるから多分大丈夫よ。…同室の寝坊助くんのせいか、すっかり目覚まし係が板についてるのね」
「あいつは揺すっても叩いても起きてこないからな……声掛けただけで起きてくれる有り難みを最近噛みしめてる」
俺がセットしたやつよりもレンのセットした目覚ましが先に鳴り出すから、一時間も早く目が覚めることが多い。そこから段階的に声を掛けて起こそうと試みても、微動だにしない。どうやっても起きないときは背負ってミーティングルームや集合場所まで俺が運んでいくわけだ。
この話が面白かったのか、可笑しそうに穂香は笑っていた。俺にとっては笑い話じゃないんだけどな。最近じゃ遅刻しそうになるとマリオンの鞭が容赦なく飛んでくるし。
「その子、ガストが一緒の部屋で良かったんじゃない」
「…まあ、そう思ってくれりゃ俺も少しは嬉しいんだけどな。別に感謝されたいとか、見返りを求めてるワケじゃないけどさ」
「ガストは世話焼きだもの。…私はそれに救われたところ、あるし。でも、あまり自分のこと蔑ろにしないでよ。何かあれば話、聞くから」
俺の手に一回り小さい手のひらが触れた。その手は温かくて、愛しい想いで溢れそうになる。
この関係になるよりもずっと前から、なんだかんだで話を聞いてもらう機会があった。でも、その時とはまた違う風にすら思える。嬉しさと愛しさが入り混じったようなそんな感情だ。
小さなその手を包み込んで、笑みを返す。
「サンキュ。……っと、そろそろ羊数えるか。このまま話してたら夜が明けちまいそうだ」
「ん…」
「ほら、目閉じて」
横になって睡魔が少しやってきたのか、ぼんやりしていた目を瞑った。瞼は重くなってきたみたいだな。
息を吸い込んで、語り掛けるように一匹目の羊を言葉に表す。ゆっくりと二匹、三匹と数を増やしていった。
普段は朝寝坊のヤツを起こしているから、逆に寝かしつけるのは新鮮だ。こうして誰かに羊を数えるのも久しぶりだし。
「……羊が五匹。羊が六匹。羊が七匹」
妹がお化けやコワイものに怯えた夜は、眠れないからってよく俺のベッドに潜り込んできた。その時はくだらない笑い話をしたり、今みたいに羊を数えて寝かしつけてやったこともある。話と羊どっちがいいって聞けば、殆ど話の方がいいって答えてたな。その方が気持ちが落ち着くからって。コワイ気分を楽しい色に塗り替えて、安心した顔で眠るんだ
懐かしいそんな思い出に浸りながら、九匹目を数え終えた。
「羊が十匹……」
そして、十一匹目を数えようとした時だ。いつの間にか穂香は腕の中ですやすやと寝息を立てていた。静かに呼びかけても、反応が全くない。
「……眠れそうにないって、言ってなかったか?」
俺の独り言は静寂に虚しく吸い込まれていった。
おいおい、まだ羊は十匹目だぞ。十一匹目が柵の手前で立ち往生しちまったじゃないか。でも、たった十匹で眠りに落ちたんだぞと明日の朝報告できる。羊が有効だってことも立証できたわけだし。
というより、これは恋人として状況的にどうなんだ。余計にドキドキして眠れないとか、そういうのを少しも期待してなかったワケじゃない。その先のことも。
いやいや、でも一緒にいて安心できるってのは良いことだ。そうだな。今は深く考えないようにしよう。それに、折角眠ったんだし。起こしたら可哀そうだ。悪夢に魘されていたら起こすことにしよう。
なんの心配もせずに眠っている顔に思わず笑みが溢れる。瞼に触れるだけのキスを落とし、腕の中に引き寄せて華奢な体を抱きしめる。いい香りがふわりと漂った。
どうせ見るなら、映画の俳優じゃなくて俺がカッコよく活躍してる夢、見てくれよ。
「Good night, Darling」