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カスミソウ
「本当に可愛いって思ってるのかよ。そう言ってる自分が可愛いんだろ?」
レンは細い眉を吊り上げ、冷たい目を彼女たちに向けた。苛ついた様子でそう吐き捨て、俺の呼び止めにも応じずにこの場を離れていった。
近くにいた野良猫もどこかへ行ってしまったようだ。
「ちょっと、なにあの子。感じ悪っ!ガストの同期なの」
「そ、そうだけど」
「あんな感じ悪くてヒーローになれるわけ?市民に優しいのがヒーローでしょ」
二人はレンの態度が気に入らなかったようで、すっかりお冠だ。あいつは今の所、誰に対してもあんな感じだし、素っ気ない。チームメイトとして上手くやっていける自信も正直無い。だから、少しでも打ち解けられるように興味ありそうな話題を振ってみたりもするんだが。中々会話が上手くいかないんだよなぁ。
それはともかく、この子たちにとってのヒーロー像ってのは強くてカッコいいだけじゃなく、誰にでも分け隔てなく優しいのが理想なんだろう。でも、それ全部持ち合わせてるヒーローって今の所、俺が思い浮かべた限りじゃジェイぐらいだ。
【HELIOS】のヒーローになる為にはアカデミーを卒業して、トライアウトに勝ち残る。家柄とかは関係ないし、不良上がりの俺でもクリアすればなれる職業だ。【HELIOS】に在籍してからまだ日は浅いが、俺を含めて色んなヤツがいる。彼女たちが思い描くようなヒーローはそれこそ一握りかもしれない。
まぁ、俺の持論は置いといて。レンの姿は完全に見えなくなったし、女の子たちは怒ってるし。その場に一人残された俺は大変困ってるわけだ。
口元を引きつらせながらも、なんとか宥めようと適当に声を掛け続ける。
「ま…まぁまぁ。アイツもきっと虫の居所が悪かったんだよ」
「だからって、あんな言い方する?失礼すぎるし」
「ほんっと、信じられない」
これは何をどう言っても収まりそうにないかも。誰か通りかかってくれねぇかな。そう、助け舟を期待して通りに目を向ける。
そこへ横断歩道を渡ってきた女性と目が合った。穂香だ。
俺を見つけた穂香は声を掛けようかと一瞬考えていたようで、口を開きかけた。が、何かを察したのかすぐに閉じられてしまう。その代わりに笑顔で手をひらりと振って、右に曲がっていってしまった。
ちょ、待ってくれ。今の完全に勘違いされたんじゃないのか。
「ガスト、聞いてるの?!」
なんか怒りの矛先は俺に向いてきてるし、朝から踏んだり蹴ったりだな今日は。
今にもずいっと詰め寄ってきそうな女の子に仰け反りそうになる。
「い、いやぁ……俺もアイツもまだヒーローになって日が浅いし。だから、ここはそれに免じて許してやってくれないか…?」
「まぁ、ガストがそこまで言うなら別にいいけど。…今度ご飯連れていってくれるなら、いいわよ」
「えっ?!いや……まぁ、えっと……でも【HELIOS】に入ってからトレーニングとかですげぇ忙しいから」
コロッと態度を変えてきたそれに俺は曖昧に濁した。この子からは前にもアピールされたことがある。あの時と同じ様なアピールだ。そして俺の返し方もあの時と同じ気がした。
こんな適当な返事でも彼女は機嫌を良くしたようだ。相変わらず女の子のご機嫌の取り方って分からなさすぎる。
「じゃあ、暇な時に声掛けて!」と言ってもう一人の女の子を連れてこの場を去っていった。なんとか、乗り切れたみたいだ。
疲れがどっと全身に圧し掛かってきた。溜息が肺の底から出ていく。
こっちはなんとかなったけど。あっちの誤解をなんとかしないと。
穂香が曲がった道に目を向ける。俺は一先ずそっちに足を向けた。そんなに時間経ってないし追いつけるかもしれない。
◇
夏の日差しが眩しい。そろそろ太陽が真上に来そうだ。
降り注ぐ夏を遮った指の隙間から青空が見えた。
俺は穂香を追いかけ、レッドサウスのストリートを早足で歩く。見渡してもその姿は無い。もうどこかの店に入ったか、ノースに戻ってしまったかも。仕事でこっちの方に来ることも多いって言ってたし、今は無理に探して引き止めない方がいいのかもな。連絡だけ入れておくか。
見つからない想い人にメッセージを送る為に俺は一度足を止める。
花の香りがそよ風に運ばれてきた。
顔を上げた先に花屋が見える。そういえばこの通りには花屋があったな。俺には全く縁が無い店だけど、今回ばかりは縁があったようだ。穂香がちょうど店から出てきた。小さなブーケを抱えている。
「穂香」
「……えっ、ガスト?どうしたの、何か急ぎの用でもあった」
「あ、いや…用っていうか」
相手は俺が追いかけてきたとは考えてもいなかったんだろう。なんでここにいるんだって驚いている。
改めて用件って聞かれても、なんて答えればいいのか。「さっきのは何でもないんだ」って弁解するのもなんか変な話だよな。別に俺たちはそういう関係じゃない。でも、勘違いされてるだろうし。
「修羅場は収まったの?」
「……いや、アレはそんなんじゃなくてだな」
やっぱりそう思われていた。
俺は簡単にさっきの経緯を話して聞かせた。あの場面は修羅場とかじゃなくて、とばっちりを受けたものだと。俺にとってはピンチに変わりないけどな。
「そうだったの。女の子二人ともご機嫌悪かったから、てっきりそうなのかと思った。変に声掛けたら余計悪化しそうだったから、アイコンタクトで済ませたのよ」
「はは……気遣いサンキュー。……それ、ブーケだよな。贈り物か?」
細い腕に抱えられた小ぶりのブーケ。オレンジのガーベラと白いベイビーズブレスが束ねられている。その周りにグリーンの葉っぱが添えられていた。シンプルに纏められている。
「自分用よ。気が向いたから部屋に飾ろうと思って。花を飾ると明るい気分にもなるし」
それを聞いて、一ヶ月ほど前のことを俺は思い出した。穂香が母国にいる彼氏と別れた日。その時は海が出来るんじゃないかってほど涙を流していた。それなのに、それ以降はそいつの話を口にしなくなった。割り切ったんだと思ってたけど、やっぱり少し寂しそうに見えるんだよな。あれだけ好いてたし、惚気てたし。聞いてた身としては結構辛かったけど。
ブーケに視線を落とした穂香はどこか寂しそうに笑っている気がした。
「そういえば、ベイビーズブレスってまだ聞きなれないわね。どうしてもカスミソウって言っちゃうわ」
「…ああ、そういえば日本だとそう呼ぶんだっけ。なんかいい響きだよな、カスミソウ」
「私はベイビーズブレスって呼び方が好き。どっちも意味は似たようなものよね」
「そうだな。……なぁ、穂香。今度メシ食いに行こうぜ」
「いいけど。でもガストまだ【HELIOS】に入って間もないんだし、忙しいんじゃないの?」
「あー…そうだな。忙しいけど、なんとか時間見つける。この間メシ奢ってもらったし。今度は俺が奢るよ。…前に行った店のプレートメニュー、美味いって言ってたよな?あの店でもいいし。穂香のおススメがあればそこでもいいし」
ブルーノースシティでおススメの店があれば教えてほしい。所属セクターがノースになったからには周辺地理に詳しくなっておきたい。そう付け加えた。
話している途中、さっきと言ってることが真逆だなと我ながら可笑しくなってきた。時間さえあれば穂香と一緒に出掛けたいし、メシだって食いに行きたいんだ。彼女に対する特別な感情を心の奥底ではまだ、捨てきれていない。
「ん…じゃあ、お互い都合がついたらね」
「ああ。…っと、そろそろ俺行くよ。同期のヤツと合流しねぇと。こっちから誘った手前、放置ってのは良くないしな」
「そうね。ガストも色々大変そうだけど、頑張って」
「おう」
「…それと、ありがと」
ガーベラのブーケを抱えた穂香が柔らかく微笑んだ。
「本当に可愛いって思ってるのかよ。そう言ってる自分が可愛いんだろ?」
レンは細い眉を吊り上げ、冷たい目を彼女たちに向けた。苛ついた様子でそう吐き捨て、俺の呼び止めにも応じずにこの場を離れていった。
近くにいた野良猫もどこかへ行ってしまったようだ。
「ちょっと、なにあの子。感じ悪っ!ガストの同期なの」
「そ、そうだけど」
「あんな感じ悪くてヒーローになれるわけ?市民に優しいのがヒーローでしょ」
二人はレンの態度が気に入らなかったようで、すっかりお冠だ。あいつは今の所、誰に対してもあんな感じだし、素っ気ない。チームメイトとして上手くやっていける自信も正直無い。だから、少しでも打ち解けられるように興味ありそうな話題を振ってみたりもするんだが。中々会話が上手くいかないんだよなぁ。
それはともかく、この子たちにとってのヒーロー像ってのは強くてカッコいいだけじゃなく、誰にでも分け隔てなく優しいのが理想なんだろう。でも、それ全部持ち合わせてるヒーローって今の所、俺が思い浮かべた限りじゃジェイぐらいだ。
【HELIOS】のヒーローになる為にはアカデミーを卒業して、トライアウトに勝ち残る。家柄とかは関係ないし、不良上がりの俺でもクリアすればなれる職業だ。【HELIOS】に在籍してからまだ日は浅いが、俺を含めて色んなヤツがいる。彼女たちが思い描くようなヒーローはそれこそ一握りかもしれない。
まぁ、俺の持論は置いといて。レンの姿は完全に見えなくなったし、女の子たちは怒ってるし。その場に一人残された俺は大変困ってるわけだ。
口元を引きつらせながらも、なんとか宥めようと適当に声を掛け続ける。
「ま…まぁまぁ。アイツもきっと虫の居所が悪かったんだよ」
「だからって、あんな言い方する?失礼すぎるし」
「ほんっと、信じられない」
これは何をどう言っても収まりそうにないかも。誰か通りかかってくれねぇかな。そう、助け舟を期待して通りに目を向ける。
そこへ横断歩道を渡ってきた女性と目が合った。穂香だ。
俺を見つけた穂香は声を掛けようかと一瞬考えていたようで、口を開きかけた。が、何かを察したのかすぐに閉じられてしまう。その代わりに笑顔で手をひらりと振って、右に曲がっていってしまった。
ちょ、待ってくれ。今の完全に勘違いされたんじゃないのか。
「ガスト、聞いてるの?!」
なんか怒りの矛先は俺に向いてきてるし、朝から踏んだり蹴ったりだな今日は。
今にもずいっと詰め寄ってきそうな女の子に仰け反りそうになる。
「い、いやぁ……俺もアイツもまだヒーローになって日が浅いし。だから、ここはそれに免じて許してやってくれないか…?」
「まぁ、ガストがそこまで言うなら別にいいけど。…今度ご飯連れていってくれるなら、いいわよ」
「えっ?!いや……まぁ、えっと……でも【HELIOS】に入ってからトレーニングとかですげぇ忙しいから」
コロッと態度を変えてきたそれに俺は曖昧に濁した。この子からは前にもアピールされたことがある。あの時と同じ様なアピールだ。そして俺の返し方もあの時と同じ気がした。
こんな適当な返事でも彼女は機嫌を良くしたようだ。相変わらず女の子のご機嫌の取り方って分からなさすぎる。
「じゃあ、暇な時に声掛けて!」と言ってもう一人の女の子を連れてこの場を去っていった。なんとか、乗り切れたみたいだ。
疲れがどっと全身に圧し掛かってきた。溜息が肺の底から出ていく。
こっちはなんとかなったけど。あっちの誤解をなんとかしないと。
穂香が曲がった道に目を向ける。俺は一先ずそっちに足を向けた。そんなに時間経ってないし追いつけるかもしれない。
◇
夏の日差しが眩しい。そろそろ太陽が真上に来そうだ。
降り注ぐ夏を遮った指の隙間から青空が見えた。
俺は穂香を追いかけ、レッドサウスのストリートを早足で歩く。見渡してもその姿は無い。もうどこかの店に入ったか、ノースに戻ってしまったかも。仕事でこっちの方に来ることも多いって言ってたし、今は無理に探して引き止めない方がいいのかもな。連絡だけ入れておくか。
見つからない想い人にメッセージを送る為に俺は一度足を止める。
花の香りがそよ風に運ばれてきた。
顔を上げた先に花屋が見える。そういえばこの通りには花屋があったな。俺には全く縁が無い店だけど、今回ばかりは縁があったようだ。穂香がちょうど店から出てきた。小さなブーケを抱えている。
「穂香」
「……えっ、ガスト?どうしたの、何か急ぎの用でもあった」
「あ、いや…用っていうか」
相手は俺が追いかけてきたとは考えてもいなかったんだろう。なんでここにいるんだって驚いている。
改めて用件って聞かれても、なんて答えればいいのか。「さっきのは何でもないんだ」って弁解するのもなんか変な話だよな。別に俺たちはそういう関係じゃない。でも、勘違いされてるだろうし。
「修羅場は収まったの?」
「……いや、アレはそんなんじゃなくてだな」
やっぱりそう思われていた。
俺は簡単にさっきの経緯を話して聞かせた。あの場面は修羅場とかじゃなくて、とばっちりを受けたものだと。俺にとってはピンチに変わりないけどな。
「そうだったの。女の子二人ともご機嫌悪かったから、てっきりそうなのかと思った。変に声掛けたら余計悪化しそうだったから、アイコンタクトで済ませたのよ」
「はは……気遣いサンキュー。……それ、ブーケだよな。贈り物か?」
細い腕に抱えられた小ぶりのブーケ。オレンジのガーベラと白いベイビーズブレスが束ねられている。その周りにグリーンの葉っぱが添えられていた。シンプルに纏められている。
「自分用よ。気が向いたから部屋に飾ろうと思って。花を飾ると明るい気分にもなるし」
それを聞いて、一ヶ月ほど前のことを俺は思い出した。穂香が母国にいる彼氏と別れた日。その時は海が出来るんじゃないかってほど涙を流していた。それなのに、それ以降はそいつの話を口にしなくなった。割り切ったんだと思ってたけど、やっぱり少し寂しそうに見えるんだよな。あれだけ好いてたし、惚気てたし。聞いてた身としては結構辛かったけど。
ブーケに視線を落とした穂香はどこか寂しそうに笑っている気がした。
「そういえば、ベイビーズブレスってまだ聞きなれないわね。どうしてもカスミソウって言っちゃうわ」
「…ああ、そういえば日本だとそう呼ぶんだっけ。なんかいい響きだよな、カスミソウ」
「私はベイビーズブレスって呼び方が好き。どっちも意味は似たようなものよね」
「そうだな。……なぁ、穂香。今度メシ食いに行こうぜ」
「いいけど。でもガストまだ【HELIOS】に入って間もないんだし、忙しいんじゃないの?」
「あー…そうだな。忙しいけど、なんとか時間見つける。この間メシ奢ってもらったし。今度は俺が奢るよ。…前に行った店のプレートメニュー、美味いって言ってたよな?あの店でもいいし。穂香のおススメがあればそこでもいいし」
ブルーノースシティでおススメの店があれば教えてほしい。所属セクターがノースになったからには周辺地理に詳しくなっておきたい。そう付け加えた。
話している途中、さっきと言ってることが真逆だなと我ながら可笑しくなってきた。時間さえあれば穂香と一緒に出掛けたいし、メシだって食いに行きたいんだ。彼女に対する特別な感情を心の奥底ではまだ、捨てきれていない。
「ん…じゃあ、お互い都合がついたらね」
「ああ。…っと、そろそろ俺行くよ。同期のヤツと合流しねぇと。こっちから誘った手前、放置ってのは良くないしな」
「そうね。ガストも色々大変そうだけど、頑張って」
「おう」
「…それと、ありがと」
ガーベラのブーケを抱えた穂香が柔らかく微笑んだ。