main story
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
Nightmare
白い花びらが紙吹雪のように、ひらひらと舞い遊ぶ。
青天の下、チャペルの鐘が祝福の歌を奏でている。真っ白なウェディングドレスに身を包んだ花嫁はお祝いの言葉を浴びて、幸せそうに微笑んでいた。頬をバラ色に染めた穂香が花婿の腕に寄り添っている。
祝う側の視線で立っていた俺と、目が合う。何か、言っていた。周りの声がうるさくて、聞こえない。その口の動きからも言葉が読み取れない。
「……ちょっと待った!」
そう叫んだ俺はベッドから飛び起きた。
心臓がバクバクと脈を打ち続けている。肌が薄っすら汗ばんでさえいる。毛布の端を握りしめていた俺は嫌な夢を見たと大きく息を吐いた。
嫌な夢どこじゃない。最低な夢だ。
周囲は薄暗く、共用の出入口の常夜灯がひっそりと点いている。
就寝時と何ら変わりない部屋の様子をぼんやりと眺め、隣の気配を窺った。夢の中でかなりデカい声で叫んでいた気がしたから、現実もそうだったんじゃないかと。だが、隣の部屋で寝ているレンに変化は無いようだった。「うるさい」とか、機嫌悪そうな声も聞こえてこないし。そもそも、これで目が覚めるんなら朝起こす身としてはかなり楽なんだけど。どうやら今朝もいつも通り苦労しそうだな。
半身を起こしていた俺はそのままベッドに座る形を取り、枕元に置いていたスマホを手に取る。液晶画面の眩しさに目を細めながら確認した時刻は深夜二時十五分。眠りに落ちてから一時間も経っていない。
最悪な夢見の原因に心当たりはあった。数日前、司令と飲んだ時に「知らない男に掻っ攫っわれるぞ」と言われたせいだ。それが夢になって現れた。相手の顔は見えなかった、いや知りたくもないな。予知夢とか正夢にしたくない。
届いていた弟分たちからのメッセージをチェックする傍ら、無意識にまた溜息が一つ零れた。こんな時間だから返すのは朝になってからで構わないだろ。急用じゃないことだけ確認していくうちに、一つのメッセージに目が留まった。俺が眠りに落ちた直後だろう、未読のメッセージが穂香から届いていた。夜に俺が体調どうだっていうやつに対しての返信だ。「完全復活してるからご心配なく」と。それを見て、俺は目を細めた。
あれから熱も下がって、通常勤務しているらしい。それでも最近は冷え込んでいたから、ぶり返してなきゃいいと思って。
それなら良かったと心の中で返しておく。さすがにこの時間帯は寝てるだろうし。これも朝に返そう。そう思って画面を閉じようとした時、指が意図せぬ場所に触れていたのか、スタンプを送ってしまった。いやいや、こんな深夜に『おはよう』はないだろ。太陽のイラスト付きで。送っちまったからには仕方ない。朝に送り直すか。改めて画面を閉じようとした時だった。
目を疑った。既読がついたんだ。しかもすぐに返事が来た。
『随分早起きね。海に朝釣りにでも行くのかしら』
寝ぼけている様子もない。こんな時間に起きてるのか。って、ぼんやりしてる場合じゃないな。急いでそれに返事を打ち込んでいく。
『悪い。手が滑ったんだ。まだ起きてたのか?』
『ちょっと寝付けなくて。本読んでた』
『そっか。寝付けないついでと言っちゃあれだが、少しだけ話し相手になってくれないか。電話、したいんだけど』
俺が打ち込んだメッセージに対して、暫く反応が無かった。やっぱ、この時間だと無理があるか。さっき見た夢の手前、ちょっとでも気を紛らわしたかったというか、声が聞きたかった。
『いいけど、そっちは大丈夫なの?同室の如月君、起こしちゃうんじゃない』
『大丈夫だ。ぐっすり寝てるし、朝になっても起きないヤツだからな。じゃあ、掛けるぞ』
そう送り返してから、俺が通話のアイコンをタップするよりも先に向こうから掛かってきた。なるべく声量を抑え、平常心を心掛ける。さっきのは夢だと言い聞かせて。
『こんばんは』
「こんばんは。…こんな時間に悪いな」
『…気にしないで。寝てたわけじゃないし、偶々起きてたから』
穏やかに応じてくれた穂香の声はどこか元気が無いように聞こえた。それもそうか。こんな夜更けにテンション高いわけがないよな。逆にどうしたってびっくりしちまう。
話をしたいと言った手前、話題はこっちから振らないと。さっき、本読んでたって言ってたな。
「本、何読んでたんだ?」
『来年、映画公開になるやつの原作。先に読んでおきたかったの』
「あぁ…見に行きたいって言ってた作品だよな。面白そうか?」
『うん。…偶にはこういうのもいいなって思った』
「そっか。そん時に都合良かったら、一緒に見に行かないか。平日だとレイトショーになっちまうけどさ、映画見た後に飲みながら感想語るのもいいよな」
いつもなら「いいね、行こうか」って乗り気で返してくれるはずだった。それが今夜は珍しく「考えとく」と消極的な返事。反応が鈍いというよりも、元気がないというよりは落ち込んでいるような気がする。
「……何かあったのか?」
調子が悪い時は具合が悪いとはっきり言うタイプだ。もしくは、体調悪いけどこのぐらいなら何ともないって無理をする。疲れている時も割と空元気で振舞っていることが多いんだ。でも、今日はそのどれでもない。
心当たりがあるといえば、一つある。任務を終えて、タワーに戻って来た時のことだ。偶然ビリーと顔を合わせた。その時に、穂香とイーストで会ったという話を聞いた。浮かない顔をしていたと。だから、何かあったんじゃないかと思った。寝付けない理由もそこにあるんじゃないかって。
『何もないわ。……本の読み過ぎでちょっと疲れてるだけよ。活字の見過ぎで目も少し霞んでるし』
「…なんか、元気無い声してたからさ。俺の思い違いならいいんだ」
『私はいつも通りよ。……ガストの方こそ、夜更かし止めたんじゃなかったの。こんな時間まで起きてるなんて。ホントに朝釣りにでも行く気?』
「そーだな、狙うからにはデカいシープヘッドでも……って一度は言ってみたいよな。……ちょっと夢見悪かったんだ。それで、飛び起きたっていうか」
【HELIOS】に入ってからは日付が変わる頃には寝るように習慣を改めていた。前はよく誰かと遅くまで話をしてたし、今でもかかってくる電話は多い。
そいつらと話して気を紛らわせるのもいいと思ったけど、今夜は誰かじゃなくて、穂香の声が聞きたかった。
『嫌な夢見た時は誰かに話した方が正夢にならないって聞く』
「そうなのか?」
『言葉にした方がスッキリすることもあるし。話した後にあれは夢だったって割り切れるから』
「…そういうもんなのか」
『私でよければ嫌な夢の話聞くわよ』
さっき見た夢の内容が頭に浮かぶ。主演人物、その本人に話せる内容じゃないだろ。知らない男と結婚していて、幸せそうに微笑んでたのが嫌な夢だったなんて言えるわけねぇ。でも純白のドレス似合ってたし、綺麗だった。
『…ガスト?』
「あ、ああ……その、穂香が…遠くに行く夢で。…日本に帰るって…それが嫌でさ。待ったって声出そうとした時に目が覚めた」
遠くに行っちまうていう表現はあながち間違いでもない。さっきのはもしかしたら、ニューミリオンから離れた場所でってことも考えられる。ああ、でもこれは夢だ。ただの夢。
俺が自分にそう言い聞かせている間、穂香の反応は無かった。何もマズイことは言ってないはずだよな。通話が途切れてしまったのかと思うほど、無言の時間が続く。やっぱり、ちょっと変な気がする。
「…穂香?」
『そんなに、私が日本に帰るのが嫌なの』
「ああ、嫌だ」
『どうして』
「…会えなくなっちまうだろ」
ヒーローになってしまった以上、そう簡単にニューミリオンを離れることは出来ない。今は時差を気にせず話せるし、会おうと思えばすぐに会える距離だ。穂香が日本に帰っちまったら、それも叶わなくなる。こうして声が聞きたいと思っても現地の時間は朝だったり、真夜中だったりする。そう思うと、遠く離れた海の向こうに好きな相手がいるってのは、不安がデカいもんだな。ほんの少しだけ、ヤツの気持ちが分かった気がしないでもない。共感はしたくないけどな。
『…夢に見るほど、気にしてくれてるんだね』
「そうみたいだ。…俺さ、穂香と遊びに行ったり、メシ食いに行ったりするの楽しくて。一緒にいると、変に気使わなくて済むっつーか……落ち着くんだ。だから、」
『ガストは憶えてないないかもしれないけどさ、あの日…酔っ払って潰れてた時。日本に帰国する話が出てるって話したの。…でも、ガストが引き止めてくれたから、その話断ったのよ。だから、当分はニューミリオンにいる』
今、初めて聞いたその話に俺は息を呑んだ。なんでそんな大事なこと、憶えてないんだ。
「マジで…そんな話あったのか?」
息が詰まりそうで、喉の奥も貼りついていた。
『うん。……そろそろ日本に戻って、経験を活かしてみないかって。でも、此処の生活気に入ってたから。……ガストの言ってたこと、本音だったて分かったし』
「……引き止めたって、このことだったんだな」
「引き止めてくれたから、それで十分」そう、翌朝に話していた。その時は何のことか全く見当もつかなかったし、俺の記憶も飛んでいた。今になって分かった重要すぎる話。酔いに回りながらも本心で引き止めていいた自分はホント、よくやったと思う。
『ガスト、ありがとう。…それと、ごめんね』
端末越しに聞こえてきたその台詞が、やけに静かで。さっきの夢と重なった気さえした。
どうして謝るんだ。俺は謝られること、何もされた憶えはない。
何故か妙な焦りに掻き立てられた。ここで会話が途切れたら、ナイトメアと同じことになるんじゃないかって。そう、思った。
このまま通話が途切れてしまわないように、まだ考えている途中の話を切り出していた。
「穂香。その、次にノースにある店舗の手伝いに入るのっていつなんだ」
『次は今週の金曜にヘルプ入ってる』
「じゃあさ、その日に店に行きたいんだけど。だから、案内というか…適当に見繕ってほしいなぁ…って」
さんざん「うちのブランド品を買ってくれないのか」と今まで催促されてきた。それが、いざ買いに行くって話をしたというのに、リアクションが薄い。
『ん……分かった。その日は一日ヘルプの予定だから、何時でもいいけど…詳しい時間分かりそうなら、連絡くれれば昼休憩とか調整する。お店の場所、分かる?』
「大丈夫だ。移転してないよな?」
『うん』
「オーケー。金曜日が楽しみだ。……あとさ、何かあったんなら俺、話聞くから。穂香も言ってただろ、ストレスの溜め込み過ぎはよくないって」
明らかに様子がおかしい。夜中だからっていうものでもない。ここまで落ち込んでる穂香はそう滅多にない。それこそ、初夏を迎える前のあの日以来な気がする。
『……ガストは優しいよね、昔から。初めて会った時からずっと。その優しさに泣きそう』
「だ…大丈夫か?……穂香」
『なんて、ね。冗談よ。…私、そろそろ寝るね。今日のミーティングで居眠りするわけにいかないし。おやすみ。良い夢を』
これ以上は話したくないと言われたような気がして、俺は慌てておやすみと返した。
微かに震えていたその声は、本当に泣きそうな声色だった。
あまり踏み込んでも、余計なお節介にしかならない。それでも、不安が募るあまり『話、付き合ってくれてサンキュ。おやすみ』とメッセージを送る。
ベッドに寝転がった俺はそのメッセージに既読がついてから、画面をオフにする。暫くは眠れそうにない。それでも目を閉じる。穂香が枕を涙で濡らしていないことを祈りながら。
白い花びらが紙吹雪のように、ひらひらと舞い遊ぶ。
青天の下、チャペルの鐘が祝福の歌を奏でている。真っ白なウェディングドレスに身を包んだ花嫁はお祝いの言葉を浴びて、幸せそうに微笑んでいた。頬をバラ色に染めた穂香が花婿の腕に寄り添っている。
祝う側の視線で立っていた俺と、目が合う。何か、言っていた。周りの声がうるさくて、聞こえない。その口の動きからも言葉が読み取れない。
「……ちょっと待った!」
そう叫んだ俺はベッドから飛び起きた。
心臓がバクバクと脈を打ち続けている。肌が薄っすら汗ばんでさえいる。毛布の端を握りしめていた俺は嫌な夢を見たと大きく息を吐いた。
嫌な夢どこじゃない。最低な夢だ。
周囲は薄暗く、共用の出入口の常夜灯がひっそりと点いている。
就寝時と何ら変わりない部屋の様子をぼんやりと眺め、隣の気配を窺った。夢の中でかなりデカい声で叫んでいた気がしたから、現実もそうだったんじゃないかと。だが、隣の部屋で寝ているレンに変化は無いようだった。「うるさい」とか、機嫌悪そうな声も聞こえてこないし。そもそも、これで目が覚めるんなら朝起こす身としてはかなり楽なんだけど。どうやら今朝もいつも通り苦労しそうだな。
半身を起こしていた俺はそのままベッドに座る形を取り、枕元に置いていたスマホを手に取る。液晶画面の眩しさに目を細めながら確認した時刻は深夜二時十五分。眠りに落ちてから一時間も経っていない。
最悪な夢見の原因に心当たりはあった。数日前、司令と飲んだ時に「知らない男に掻っ攫っわれるぞ」と言われたせいだ。それが夢になって現れた。相手の顔は見えなかった、いや知りたくもないな。予知夢とか正夢にしたくない。
届いていた弟分たちからのメッセージをチェックする傍ら、無意識にまた溜息が一つ零れた。こんな時間だから返すのは朝になってからで構わないだろ。急用じゃないことだけ確認していくうちに、一つのメッセージに目が留まった。俺が眠りに落ちた直後だろう、未読のメッセージが穂香から届いていた。夜に俺が体調どうだっていうやつに対しての返信だ。「完全復活してるからご心配なく」と。それを見て、俺は目を細めた。
あれから熱も下がって、通常勤務しているらしい。それでも最近は冷え込んでいたから、ぶり返してなきゃいいと思って。
それなら良かったと心の中で返しておく。さすがにこの時間帯は寝てるだろうし。これも朝に返そう。そう思って画面を閉じようとした時、指が意図せぬ場所に触れていたのか、スタンプを送ってしまった。いやいや、こんな深夜に『おはよう』はないだろ。太陽のイラスト付きで。送っちまったからには仕方ない。朝に送り直すか。改めて画面を閉じようとした時だった。
目を疑った。既読がついたんだ。しかもすぐに返事が来た。
『随分早起きね。海に朝釣りにでも行くのかしら』
寝ぼけている様子もない。こんな時間に起きてるのか。って、ぼんやりしてる場合じゃないな。急いでそれに返事を打ち込んでいく。
『悪い。手が滑ったんだ。まだ起きてたのか?』
『ちょっと寝付けなくて。本読んでた』
『そっか。寝付けないついでと言っちゃあれだが、少しだけ話し相手になってくれないか。電話、したいんだけど』
俺が打ち込んだメッセージに対して、暫く反応が無かった。やっぱ、この時間だと無理があるか。さっき見た夢の手前、ちょっとでも気を紛らわしたかったというか、声が聞きたかった。
『いいけど、そっちは大丈夫なの?同室の如月君、起こしちゃうんじゃない』
『大丈夫だ。ぐっすり寝てるし、朝になっても起きないヤツだからな。じゃあ、掛けるぞ』
そう送り返してから、俺が通話のアイコンをタップするよりも先に向こうから掛かってきた。なるべく声量を抑え、平常心を心掛ける。さっきのは夢だと言い聞かせて。
『こんばんは』
「こんばんは。…こんな時間に悪いな」
『…気にしないで。寝てたわけじゃないし、偶々起きてたから』
穏やかに応じてくれた穂香の声はどこか元気が無いように聞こえた。それもそうか。こんな夜更けにテンション高いわけがないよな。逆にどうしたってびっくりしちまう。
話をしたいと言った手前、話題はこっちから振らないと。さっき、本読んでたって言ってたな。
「本、何読んでたんだ?」
『来年、映画公開になるやつの原作。先に読んでおきたかったの』
「あぁ…見に行きたいって言ってた作品だよな。面白そうか?」
『うん。…偶にはこういうのもいいなって思った』
「そっか。そん時に都合良かったら、一緒に見に行かないか。平日だとレイトショーになっちまうけどさ、映画見た後に飲みながら感想語るのもいいよな」
いつもなら「いいね、行こうか」って乗り気で返してくれるはずだった。それが今夜は珍しく「考えとく」と消極的な返事。反応が鈍いというよりも、元気がないというよりは落ち込んでいるような気がする。
「……何かあったのか?」
調子が悪い時は具合が悪いとはっきり言うタイプだ。もしくは、体調悪いけどこのぐらいなら何ともないって無理をする。疲れている時も割と空元気で振舞っていることが多いんだ。でも、今日はそのどれでもない。
心当たりがあるといえば、一つある。任務を終えて、タワーに戻って来た時のことだ。偶然ビリーと顔を合わせた。その時に、穂香とイーストで会ったという話を聞いた。浮かない顔をしていたと。だから、何かあったんじゃないかと思った。寝付けない理由もそこにあるんじゃないかって。
『何もないわ。……本の読み過ぎでちょっと疲れてるだけよ。活字の見過ぎで目も少し霞んでるし』
「…なんか、元気無い声してたからさ。俺の思い違いならいいんだ」
『私はいつも通りよ。……ガストの方こそ、夜更かし止めたんじゃなかったの。こんな時間まで起きてるなんて。ホントに朝釣りにでも行く気?』
「そーだな、狙うからにはデカいシープヘッドでも……って一度は言ってみたいよな。……ちょっと夢見悪かったんだ。それで、飛び起きたっていうか」
【HELIOS】に入ってからは日付が変わる頃には寝るように習慣を改めていた。前はよく誰かと遅くまで話をしてたし、今でもかかってくる電話は多い。
そいつらと話して気を紛らわせるのもいいと思ったけど、今夜は誰かじゃなくて、穂香の声が聞きたかった。
『嫌な夢見た時は誰かに話した方が正夢にならないって聞く』
「そうなのか?」
『言葉にした方がスッキリすることもあるし。話した後にあれは夢だったって割り切れるから』
「…そういうもんなのか」
『私でよければ嫌な夢の話聞くわよ』
さっき見た夢の内容が頭に浮かぶ。主演人物、その本人に話せる内容じゃないだろ。知らない男と結婚していて、幸せそうに微笑んでたのが嫌な夢だったなんて言えるわけねぇ。でも純白のドレス似合ってたし、綺麗だった。
『…ガスト?』
「あ、ああ……その、穂香が…遠くに行く夢で。…日本に帰るって…それが嫌でさ。待ったって声出そうとした時に目が覚めた」
遠くに行っちまうていう表現はあながち間違いでもない。さっきのはもしかしたら、ニューミリオンから離れた場所でってことも考えられる。ああ、でもこれは夢だ。ただの夢。
俺が自分にそう言い聞かせている間、穂香の反応は無かった。何もマズイことは言ってないはずだよな。通話が途切れてしまったのかと思うほど、無言の時間が続く。やっぱり、ちょっと変な気がする。
「…穂香?」
『そんなに、私が日本に帰るのが嫌なの』
「ああ、嫌だ」
『どうして』
「…会えなくなっちまうだろ」
ヒーローになってしまった以上、そう簡単にニューミリオンを離れることは出来ない。今は時差を気にせず話せるし、会おうと思えばすぐに会える距離だ。穂香が日本に帰っちまったら、それも叶わなくなる。こうして声が聞きたいと思っても現地の時間は朝だったり、真夜中だったりする。そう思うと、遠く離れた海の向こうに好きな相手がいるってのは、不安がデカいもんだな。ほんの少しだけ、ヤツの気持ちが分かった気がしないでもない。共感はしたくないけどな。
『…夢に見るほど、気にしてくれてるんだね』
「そうみたいだ。…俺さ、穂香と遊びに行ったり、メシ食いに行ったりするの楽しくて。一緒にいると、変に気使わなくて済むっつーか……落ち着くんだ。だから、」
『ガストは憶えてないないかもしれないけどさ、あの日…酔っ払って潰れてた時。日本に帰国する話が出てるって話したの。…でも、ガストが引き止めてくれたから、その話断ったのよ。だから、当分はニューミリオンにいる』
今、初めて聞いたその話に俺は息を呑んだ。なんでそんな大事なこと、憶えてないんだ。
「マジで…そんな話あったのか?」
息が詰まりそうで、喉の奥も貼りついていた。
『うん。……そろそろ日本に戻って、経験を活かしてみないかって。でも、此処の生活気に入ってたから。……ガストの言ってたこと、本音だったて分かったし』
「……引き止めたって、このことだったんだな」
「引き止めてくれたから、それで十分」そう、翌朝に話していた。その時は何のことか全く見当もつかなかったし、俺の記憶も飛んでいた。今になって分かった重要すぎる話。酔いに回りながらも本心で引き止めていいた自分はホント、よくやったと思う。
『ガスト、ありがとう。…それと、ごめんね』
端末越しに聞こえてきたその台詞が、やけに静かで。さっきの夢と重なった気さえした。
どうして謝るんだ。俺は謝られること、何もされた憶えはない。
何故か妙な焦りに掻き立てられた。ここで会話が途切れたら、ナイトメアと同じことになるんじゃないかって。そう、思った。
このまま通話が途切れてしまわないように、まだ考えている途中の話を切り出していた。
「穂香。その、次にノースにある店舗の手伝いに入るのっていつなんだ」
『次は今週の金曜にヘルプ入ってる』
「じゃあさ、その日に店に行きたいんだけど。だから、案内というか…適当に見繕ってほしいなぁ…って」
さんざん「うちのブランド品を買ってくれないのか」と今まで催促されてきた。それが、いざ買いに行くって話をしたというのに、リアクションが薄い。
『ん……分かった。その日は一日ヘルプの予定だから、何時でもいいけど…詳しい時間分かりそうなら、連絡くれれば昼休憩とか調整する。お店の場所、分かる?』
「大丈夫だ。移転してないよな?」
『うん』
「オーケー。金曜日が楽しみだ。……あとさ、何かあったんなら俺、話聞くから。穂香も言ってただろ、ストレスの溜め込み過ぎはよくないって」
明らかに様子がおかしい。夜中だからっていうものでもない。ここまで落ち込んでる穂香はそう滅多にない。それこそ、初夏を迎える前のあの日以来な気がする。
『……ガストは優しいよね、昔から。初めて会った時からずっと。その優しさに泣きそう』
「だ…大丈夫か?……穂香」
『なんて、ね。冗談よ。…私、そろそろ寝るね。今日のミーティングで居眠りするわけにいかないし。おやすみ。良い夢を』
これ以上は話したくないと言われたような気がして、俺は慌てておやすみと返した。
微かに震えていたその声は、本当に泣きそうな声色だった。
あまり踏み込んでも、余計なお節介にしかならない。それでも、不安が募るあまり『話、付き合ってくれてサンキュ。おやすみ』とメッセージを送る。
ベッドに寝転がった俺はそのメッセージに既読がついてから、画面をオフにする。暫くは眠れそうにない。それでも目を閉じる。穂香が枕を涙で濡らしていないことを祈りながら。