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6.後日
市内のパトロールを何事もなく終え、ファットガム事務所へ戻ってきた。事務所に戻ったのは十五時過ぎ。戻ってきた俺達を出迎えてくれる葉月さんの姿も見慣れてきた。
「お疲れ様です。コーヒー淹れてきますね」
「おおきに」
「あざっス!」
「……ありがとうございます」
給湯室へ向かう葉月さんとすれ違った時に、ふわりと甘い香りがした。気のせいだろうか。
小休止の合間、気になって調べたいことがあったので許可を得てからキャビネットを開けた。索引順に並ぶファイルから該当の資料を取り出す。
資料を捲っていくうちに周囲の話し声が気にならなくなっていく。ふと、ある疑問点が浮かび上がったのでファイルから顔を上げると「お待たせしました」と葉月さんが丁度戻ってきていた。
「俺、手伝います。…クッキーだ!美味そうっ」
嬉しそうに切島くんが声を上げた。テーブルに用意された四つのマグカップ、大きな木の器に山盛りになったクッキーが中央に置かれた。
「これどうしたんスか。もしかして葉月さんが焼いたとか」
「うん。お掃除終わってから暇で……でもちょっと作りすぎたかも」
「スッゲー!しかも色んなやつあるじゃないっスか。食ってもいーっスか?」
ああ、だから甘い香りを纏っていたのか。これだけ大量のクッキーを焼いたんだ、匂いが移るのも分かる。
「どうぞ。ファットさんと天喰くんも」
「なまらおおきに!環もはよ座りや」
「あ、はい…」
気のせいだろうか。今、何か妙な発言を聞いた気がする。でも、葉月さんや切島くんは特に違和感を抱いていないようで、今回は俺の空耳かと思いながら葉月さんの隣に腰を下ろした。
向かい側のソファでは二人が一口でクッキーを頬張って「うんめぇー!これ、何の食感スか?」「ココナッツやな。こっちは砕いたアーモンドが入っとる」とクッキーに次々手を伸ばしていた。
俺が摘んだクッキーには胡桃が入っていた。歯ざわりが良くて焼き立てからそんなに時間が立っていないように思える。
「サクサクして…美味い」
「疲れた時は甘くて美味いもんに限んで。それにこの量やったらあっという間に平らげてしもうからな、なんもさや。環もこまい食い方してへんで、遠慮せんで食い」
「…それはファットが言う台詞では無いんじゃ」
コーヒーに良く合う。程良く甘いこのクッキーは本当に美味い。至福の時間とも言える。ただ、すぐ目の前の可笑しな発言が気になってしまう。やっぱり気のせいじゃない。
「せや、今日の晩飯はうどん食いに行こか」
「うどん、ですか」
「霧華ちゃん関西のうどん食べたことないっしょやろ。関東とは出汁が違うねん。薄口醤油使うてるからな」
「あ、…はい。是非」
「したっけ決まりやべ!美味い店知っとんねん。今晩楽しみにしたってや」
「は、はい。ありがとう、ございます」
どうやら葉月さんも違和感に気づいたようだった。ファットの喋り方に困惑しながらもとりあえず相槌を返している。
そのやり取りを聞いていた切島くんが手を止めて、ファットの方をキョトンと眺めていた。無理もないと思う。
「……ファット。何語話してんスか…なんか、俺の知ってる関西弁と違うってか…分からねえ」
「俺も分からない」
「つーか、葉月さんは今の話聞いて分かったんスか。頷いてましたし」
「えっ…な、なんとなく」
「すげえ!」
「そらそうや。今のは北海道弁やからな!」
胸を張って言う割には葉月さんが複雑な顔をしている。俺にはどこが可笑しいのかは分からないし、正しい使い方も分からない。
「…今朝、五分で分かる北海道弁ていう記事見てましたよね」
「うおおいバラすなや環!てか見とったんかい!」
「すみません。…ファットがあまりにも真剣に読んでたんで、声掛けづらくて」
「…プロヒーローってのはバイリンガルにもならねえといけないんスね。参考になりまっす!」
「バイリンガル」
「そやで。地方に助っ人で呼ばれた時、方言が分かっとった方が話も通じやすいんだわさ!」
バイリンガルの呼称を得たファットと切島くんが二人で盛り上がっている。これは葉月さん的にはどうなんだろうかと隣を盗み見る。
顔を俯かせた葉月さんの肩が小刻みに震えていた。もしかして、怒らせたんじゃ。口元を掌で覆っていた葉月さんから息を吹き出すような音が聞こえてきた。直後、クスクスと笑う声が段々と大きくなっていく。
怒らせたんじゃなく、笑いを堪えていたのだとそこで気づいた。顔を上げた葉月さんは楽しそうに、目尻に涙まで浮かべて笑っていた。
「ご、ごめんなさい…面白くって、つい」
その一言にほっとしたのは俺だけじゃないはず。此処に来てから張り詰めた表情ばかりしていたから。ふとした瞬間に和らいだ表情を見ても、すぐに強張らせる。誰の前でもそうだった。それがこうして、緊張を完全に解いた状態で笑っている。
「笑うてもろてナンボや。そうやって笑っとった方が何倍もええよ。可愛いお顔が台無しやからな」
「か、かわ……」
いつもの調子で笑いながら話すファット。その言葉に目を見開いた葉月さんは恥ずかしそうにまた俯いた。でも、今度は長く続かない。
「……どうして急に北海道の方言を?」
「俺もそれ思いました」
「そ、そら…あれよ。まあ、なんちゅうか…コミュニケーションをと」
葉月さんが俺の方を見る。確かに先方から頼まれてはいた。でもこれでは俺が告げ口をしたように疑われている気がしたので先手を打つことに。
「実はファットが自分だけ葉月さんに嫌われているんじゃないかと…心配を」
「た、環ぃぃ!それは言わんのがお約束やろ!」
「えっ!葉月さんファットの事嫌いなんスか!?」
「そっそんなことないです!」
「…ほんまに?」
いい大人がぐずり始めた。というか結局本人の前で確認しているじゃないか。俺が聞いたこと意味が無い。
「…はい。嫌いじゃないです。…ちょっと怖いだけで」
「ファットは怖くないっスよ!ファット以上に怖くて悪い奴等は沢山いんだし!」
「……切島くん、それフォローになっとらん。それやと恐い前提や。……んんっ。せやから、少ーしでも怖わないようにやな…。馴染みある言葉の方がええかと思うてな」
「でも葉月さんの反応からして、使い方間違ってるんじゃ。俺と切島くんじゃ合ってるかどうか分からないし…」
使い方がおかしくて笑ってしまったんだろう。そう思っていたら意外と違うようだった。
「イントネーションが…。それが変わるだけでだいぶ印象変わってて」
「あー…そこまで気にしとらんかったわ。実際に聞いたこと、……あらへんしなあ」
「そういや葉月さんが方言使ってるの聞いたことないっスね」
「周りと合わせちゃうから…自然に。でも、やっぱり関東の人が聞いたら訛ってるのかしら」
「その微妙な訛りがかわいーっスよ。あ、本場の方言も聞きてえっス!」
葉月さんの顔色がサッと変わる。あたふたと慌てる様は少し可哀想に思えた。無茶振りの辛さは痛いほどわかる。
「えっ…き、急に言われても…それに恥ずかしいし」
「じゃあ意味分かんねぇ単語があったらその都度聞いてもいいっスか!」
「…まあ、それなら…うん」
「この『おささった』てどういう時に使うん」
「早っ。流石ファット、予習バッチリすね!」
賑やかな会話の中に声が一つ増える。戸惑いながらも受け答えをしていた。
その会話に耳を傾けながら、楽しそうにしている葉月さんを俺は眺めていた。
市内のパトロールを何事もなく終え、ファットガム事務所へ戻ってきた。事務所に戻ったのは十五時過ぎ。戻ってきた俺達を出迎えてくれる葉月さんの姿も見慣れてきた。
「お疲れ様です。コーヒー淹れてきますね」
「おおきに」
「あざっス!」
「……ありがとうございます」
給湯室へ向かう葉月さんとすれ違った時に、ふわりと甘い香りがした。気のせいだろうか。
小休止の合間、気になって調べたいことがあったので許可を得てからキャビネットを開けた。索引順に並ぶファイルから該当の資料を取り出す。
資料を捲っていくうちに周囲の話し声が気にならなくなっていく。ふと、ある疑問点が浮かび上がったのでファイルから顔を上げると「お待たせしました」と葉月さんが丁度戻ってきていた。
「俺、手伝います。…クッキーだ!美味そうっ」
嬉しそうに切島くんが声を上げた。テーブルに用意された四つのマグカップ、大きな木の器に山盛りになったクッキーが中央に置かれた。
「これどうしたんスか。もしかして葉月さんが焼いたとか」
「うん。お掃除終わってから暇で……でもちょっと作りすぎたかも」
「スッゲー!しかも色んなやつあるじゃないっスか。食ってもいーっスか?」
ああ、だから甘い香りを纏っていたのか。これだけ大量のクッキーを焼いたんだ、匂いが移るのも分かる。
「どうぞ。ファットさんと天喰くんも」
「なまらおおきに!環もはよ座りや」
「あ、はい…」
気のせいだろうか。今、何か妙な発言を聞いた気がする。でも、葉月さんや切島くんは特に違和感を抱いていないようで、今回は俺の空耳かと思いながら葉月さんの隣に腰を下ろした。
向かい側のソファでは二人が一口でクッキーを頬張って「うんめぇー!これ、何の食感スか?」「ココナッツやな。こっちは砕いたアーモンドが入っとる」とクッキーに次々手を伸ばしていた。
俺が摘んだクッキーには胡桃が入っていた。歯ざわりが良くて焼き立てからそんなに時間が立っていないように思える。
「サクサクして…美味い」
「疲れた時は甘くて美味いもんに限んで。それにこの量やったらあっという間に平らげてしもうからな、なんもさや。環もこまい食い方してへんで、遠慮せんで食い」
「…それはファットが言う台詞では無いんじゃ」
コーヒーに良く合う。程良く甘いこのクッキーは本当に美味い。至福の時間とも言える。ただ、すぐ目の前の可笑しな発言が気になってしまう。やっぱり気のせいじゃない。
「せや、今日の晩飯はうどん食いに行こか」
「うどん、ですか」
「霧華ちゃん関西のうどん食べたことないっしょやろ。関東とは出汁が違うねん。薄口醤油使うてるからな」
「あ、…はい。是非」
「したっけ決まりやべ!美味い店知っとんねん。今晩楽しみにしたってや」
「は、はい。ありがとう、ございます」
どうやら葉月さんも違和感に気づいたようだった。ファットの喋り方に困惑しながらもとりあえず相槌を返している。
そのやり取りを聞いていた切島くんが手を止めて、ファットの方をキョトンと眺めていた。無理もないと思う。
「……ファット。何語話してんスか…なんか、俺の知ってる関西弁と違うってか…分からねえ」
「俺も分からない」
「つーか、葉月さんは今の話聞いて分かったんスか。頷いてましたし」
「えっ…な、なんとなく」
「すげえ!」
「そらそうや。今のは北海道弁やからな!」
胸を張って言う割には葉月さんが複雑な顔をしている。俺にはどこが可笑しいのかは分からないし、正しい使い方も分からない。
「…今朝、五分で分かる北海道弁ていう記事見てましたよね」
「うおおいバラすなや環!てか見とったんかい!」
「すみません。…ファットがあまりにも真剣に読んでたんで、声掛けづらくて」
「…プロヒーローってのはバイリンガルにもならねえといけないんスね。参考になりまっす!」
「バイリンガル」
「そやで。地方に助っ人で呼ばれた時、方言が分かっとった方が話も通じやすいんだわさ!」
バイリンガルの呼称を得たファットと切島くんが二人で盛り上がっている。これは葉月さん的にはどうなんだろうかと隣を盗み見る。
顔を俯かせた葉月さんの肩が小刻みに震えていた。もしかして、怒らせたんじゃ。口元を掌で覆っていた葉月さんから息を吹き出すような音が聞こえてきた。直後、クスクスと笑う声が段々と大きくなっていく。
怒らせたんじゃなく、笑いを堪えていたのだとそこで気づいた。顔を上げた葉月さんは楽しそうに、目尻に涙まで浮かべて笑っていた。
「ご、ごめんなさい…面白くって、つい」
その一言にほっとしたのは俺だけじゃないはず。此処に来てから張り詰めた表情ばかりしていたから。ふとした瞬間に和らいだ表情を見ても、すぐに強張らせる。誰の前でもそうだった。それがこうして、緊張を完全に解いた状態で笑っている。
「笑うてもろてナンボや。そうやって笑っとった方が何倍もええよ。可愛いお顔が台無しやからな」
「か、かわ……」
いつもの調子で笑いながら話すファット。その言葉に目を見開いた葉月さんは恥ずかしそうにまた俯いた。でも、今度は長く続かない。
「……どうして急に北海道の方言を?」
「俺もそれ思いました」
「そ、そら…あれよ。まあ、なんちゅうか…コミュニケーションをと」
葉月さんが俺の方を見る。確かに先方から頼まれてはいた。でもこれでは俺が告げ口をしたように疑われている気がしたので先手を打つことに。
「実はファットが自分だけ葉月さんに嫌われているんじゃないかと…心配を」
「た、環ぃぃ!それは言わんのがお約束やろ!」
「えっ!葉月さんファットの事嫌いなんスか!?」
「そっそんなことないです!」
「…ほんまに?」
いい大人がぐずり始めた。というか結局本人の前で確認しているじゃないか。俺が聞いたこと意味が無い。
「…はい。嫌いじゃないです。…ちょっと怖いだけで」
「ファットは怖くないっスよ!ファット以上に怖くて悪い奴等は沢山いんだし!」
「……切島くん、それフォローになっとらん。それやと恐い前提や。……んんっ。せやから、少ーしでも怖わないようにやな…。馴染みある言葉の方がええかと思うてな」
「でも葉月さんの反応からして、使い方間違ってるんじゃ。俺と切島くんじゃ合ってるかどうか分からないし…」
使い方がおかしくて笑ってしまったんだろう。そう思っていたら意外と違うようだった。
「イントネーションが…。それが変わるだけでだいぶ印象変わってて」
「あー…そこまで気にしとらんかったわ。実際に聞いたこと、……あらへんしなあ」
「そういや葉月さんが方言使ってるの聞いたことないっスね」
「周りと合わせちゃうから…自然に。でも、やっぱり関東の人が聞いたら訛ってるのかしら」
「その微妙な訛りがかわいーっスよ。あ、本場の方言も聞きてえっス!」
葉月さんの顔色がサッと変わる。あたふたと慌てる様は少し可哀想に思えた。無茶振りの辛さは痛いほどわかる。
「えっ…き、急に言われても…それに恥ずかしいし」
「じゃあ意味分かんねぇ単語があったらその都度聞いてもいいっスか!」
「…まあ、それなら…うん」
「この『おささった』てどういう時に使うん」
「早っ。流石ファット、予習バッチリすね!」
賑やかな会話の中に声が一つ増える。戸惑いながらも受け答えをしていた。
その会話に耳を傾けながら、楽しそうにしている葉月さんを俺は眺めていた。