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ふわふわ
異様な光景を目にした。
霧華さんの部屋にあるソファ、そこにクッションとぬいぐるみが並べられている。せいぜい一つか二つだったはずなのに。三つも四つもあるし、しかも統一性が全くない。柄やキャラクターは猫だけど、リアルなテイストだったり、ファンシーな感じだったりと。お店で見つけて衝動買いしたんだろうか。
ソファに掛けて待つように言われていたけど、これは座るのに躊躇ってしまう。潰したらいけないような気がする。ソファの背面にきちんと並べられているし。
「どうしたの?」
「あ、その……霧華さん、クッションやぬいぐるみ集めるの趣味でしたっけ」
前に来た時はこんな様子じゃなかった。趣味は突然思いついたように開花するものだし、否定はしないけど不思議で仕方なかった。
背の高いグラスを二つ持ってきた霧華さんにそう訊ねると、ソファに腰掛けもせず躊躇している俺の前方に目を向け、あっと声を漏らした。
「ええと…趣味ではないんだけど。先輩方から頂いたもので。とりあえず座って大丈夫よ」
ソファの前にあるローテーブルにコースターとグラスがセットされる。
霧華さんが寝そべった茶トラ猫のぬいぐるみを手に取り、腕に抱えてソファに腰掛けた。
ずっと立っているわけにもいかないし、真新しいクッションが並ぶソファに失礼して背を預けた瞬間、ふわふわな感触が背に当たる。
「このクッション、見た目よりもふわふわしてる」
「でしょ?こっちの猫ちゃんも」
「…もちもちしている。それに生地が冷感素材で夏にも良さそう」
「抱き枕にちょうどいいの、これ」
本物の猫と同じくらいの大きさで、これなら抱っこしやすそうだ。中綿にはマイクロビーズを使用しているのか、感触がもっちりとしていた。
「でも、なんで急にクッションやぬいぐるみを?」
俺の記憶が正しければ霧華さんの誕生日ではないはず。仮にそうだとしても、こぞって同じものを贈るとは考えにくい。偶然が重なったとしても妙だ。
不思議だと訊ねると困った風に、というよりも申し訳なさそうに話し始めた。
「実はね、最近仕事が忙しくて疲れが溜まってて…癒しが欲しいなぁって先輩たちの前で話しちゃったの。そしたら、次の日にクッションやぬいぐるみ抱えて持ってきてくれて」
「癒しグッズ。なるほど」
「うん。ふわふわなものを抱きしめると幸せホルモンが出るよって教えてくれたの」
その幸せホルモンというのはオキシトシンのことだろう。ストレス緩和、不安や恐怖心を和らげる効果がある。この他にも良い効果があると近年の研究で明らかになってきている。
諸事情を最初から知っている俺たちは勿論のこと、事務所の人たちも霧華さんのことを気にかけているようだ。というよりは気に入られている。嫌われるよりも好かれている方が断然いい。
「それとね、これも貰ってきたの。サンプルなんだけど」
足元に置いていた大きめの紙袋。そこから取り出されたものは、黄色い布地の丸みを帯びたクッション。そのフォルムと模様に見覚えがあると思えば、ファットガムのクッションだった。バレーボールほどの大きさで、もちもちふわふわが特徴だと本人が宣伝していたのを憶えている。
霧華さんがそれを両手で抱えて、俺の方へ向けた。
「ファットさん型クッション、もちもちふわっと新発売やでー」
広告のフレーズを照れながら真似した関西弁。
というか、そんな台詞が飛び出てくるなんて思いもしなかった。あまりに可愛かったのでスマホを構える。
「可愛かったのでもう一度。動画に撮りたい」
俺がそう言えばファットを盾にして、顔をさっと隠されてしまった。その向こう側で首を横に振りながら「二度とやりません」と小声で断られてしまう。関西弁の霧華さんが思いの外可愛かったから残念すぎる。
白い歯を見せて笑うファットの顔は刺繍で各パーツが縁取られている。コスチュームもそっくりに再現されていた。値段は思い出せないけど。
「…撮らないので、それ貸してもらってもいいですか」
警戒するようにちらっと目だけ覗かせて、俺がスマホを構えていないことを確認してからファットのクッションを渡してくれた。
触れた途端、その感触に驚いた。低反発マットのようでいて、マイクロビーズともまた違う。ファットの感触そのものだ。
「…この掴みどころのない軟らかさ、ファットそのもの。再現率がすごい」
「食パン型ファットさんよりふわふわもちもちしてるよね」
製粉企業と提携した際、食パンを十個お買い上げいただいた方にプレゼントする企画があった。食パン型ファットのクッション。それも好評だったけど、これはさらにふわふわしている。
「背当てや枕にしたらすぐ眠ってしまいそうだ…」
「ファットさんは癒やし系だから、疲れてしんどい時は背中に埋もれたらいいよって…先輩が言ってたの」
「…ファットの背中に抱きついてる霧華さんを俺はどんな目で見ていればいいんですか」
それを聞き、思わず声が震えてしまう。いくら癒し目的だからとは言え、他の男に抱きついてるのを黙って見ていられるほど寛容じゃない。上司だからと遠慮せず、思い切り手を出してしまいそうだ。
「…流石にやらないからね?」
「良かった。危うくファットをボコボコにするところだった」
「環くん…そんなに喧嘩っ早い方だっけ」
「ファットは別です」
暫くこのクッションをもふもふした後、隅の方にそっと置いた。安定感があまり無い。転がって歩きそうだ。
商品の売れ行きが良ければ、受注生産で等身大ファットガムのぬいぐるみを作る計画も上がっているとか。それはご家庭のスペース八割が埋まってしまいそうで、商品化は難しいんじゃないかと霧華さんと話していた。
霧華さんの膝に置かれた猫の抱き枕。長い尻尾が垂れている。
「…色々ストレスの解消法はあるけど、環くんと一緒に居るのが一番落ち着くし、癒される気がする。マイナスイオン出てるのかなーって思うぐらい」
「知らなかった…俺からマイナスイオンが発生しているなんて」
個性で再現した付随効果だろうか。
そう思い、後日調べてみたら別の事実が判明した。ストレス解消に役立つオキシトシンは、特定の相手と過ごすことでも分泌されると。ああ、だから俺も霧華さんと一緒にいると癒されるのか。これからもお互いにそういう関係でありたい。
異様な光景を目にした。
霧華さんの部屋にあるソファ、そこにクッションとぬいぐるみが並べられている。せいぜい一つか二つだったはずなのに。三つも四つもあるし、しかも統一性が全くない。柄やキャラクターは猫だけど、リアルなテイストだったり、ファンシーな感じだったりと。お店で見つけて衝動買いしたんだろうか。
ソファに掛けて待つように言われていたけど、これは座るのに躊躇ってしまう。潰したらいけないような気がする。ソファの背面にきちんと並べられているし。
「どうしたの?」
「あ、その……霧華さん、クッションやぬいぐるみ集めるの趣味でしたっけ」
前に来た時はこんな様子じゃなかった。趣味は突然思いついたように開花するものだし、否定はしないけど不思議で仕方なかった。
背の高いグラスを二つ持ってきた霧華さんにそう訊ねると、ソファに腰掛けもせず躊躇している俺の前方に目を向け、あっと声を漏らした。
「ええと…趣味ではないんだけど。先輩方から頂いたもので。とりあえず座って大丈夫よ」
ソファの前にあるローテーブルにコースターとグラスがセットされる。
霧華さんが寝そべった茶トラ猫のぬいぐるみを手に取り、腕に抱えてソファに腰掛けた。
ずっと立っているわけにもいかないし、真新しいクッションが並ぶソファに失礼して背を預けた瞬間、ふわふわな感触が背に当たる。
「このクッション、見た目よりもふわふわしてる」
「でしょ?こっちの猫ちゃんも」
「…もちもちしている。それに生地が冷感素材で夏にも良さそう」
「抱き枕にちょうどいいの、これ」
本物の猫と同じくらいの大きさで、これなら抱っこしやすそうだ。中綿にはマイクロビーズを使用しているのか、感触がもっちりとしていた。
「でも、なんで急にクッションやぬいぐるみを?」
俺の記憶が正しければ霧華さんの誕生日ではないはず。仮にそうだとしても、こぞって同じものを贈るとは考えにくい。偶然が重なったとしても妙だ。
不思議だと訊ねると困った風に、というよりも申し訳なさそうに話し始めた。
「実はね、最近仕事が忙しくて疲れが溜まってて…癒しが欲しいなぁって先輩たちの前で話しちゃったの。そしたら、次の日にクッションやぬいぐるみ抱えて持ってきてくれて」
「癒しグッズ。なるほど」
「うん。ふわふわなものを抱きしめると幸せホルモンが出るよって教えてくれたの」
その幸せホルモンというのはオキシトシンのことだろう。ストレス緩和、不安や恐怖心を和らげる効果がある。この他にも良い効果があると近年の研究で明らかになってきている。
諸事情を最初から知っている俺たちは勿論のこと、事務所の人たちも霧華さんのことを気にかけているようだ。というよりは気に入られている。嫌われるよりも好かれている方が断然いい。
「それとね、これも貰ってきたの。サンプルなんだけど」
足元に置いていた大きめの紙袋。そこから取り出されたものは、黄色い布地の丸みを帯びたクッション。そのフォルムと模様に見覚えがあると思えば、ファットガムのクッションだった。バレーボールほどの大きさで、もちもちふわふわが特徴だと本人が宣伝していたのを憶えている。
霧華さんがそれを両手で抱えて、俺の方へ向けた。
「ファットさん型クッション、もちもちふわっと新発売やでー」
広告のフレーズを照れながら真似した関西弁。
というか、そんな台詞が飛び出てくるなんて思いもしなかった。あまりに可愛かったのでスマホを構える。
「可愛かったのでもう一度。動画に撮りたい」
俺がそう言えばファットを盾にして、顔をさっと隠されてしまった。その向こう側で首を横に振りながら「二度とやりません」と小声で断られてしまう。関西弁の霧華さんが思いの外可愛かったから残念すぎる。
白い歯を見せて笑うファットの顔は刺繍で各パーツが縁取られている。コスチュームもそっくりに再現されていた。値段は思い出せないけど。
「…撮らないので、それ貸してもらってもいいですか」
警戒するようにちらっと目だけ覗かせて、俺がスマホを構えていないことを確認してからファットのクッションを渡してくれた。
触れた途端、その感触に驚いた。低反発マットのようでいて、マイクロビーズともまた違う。ファットの感触そのものだ。
「…この掴みどころのない軟らかさ、ファットそのもの。再現率がすごい」
「食パン型ファットさんよりふわふわもちもちしてるよね」
製粉企業と提携した際、食パンを十個お買い上げいただいた方にプレゼントする企画があった。食パン型ファットのクッション。それも好評だったけど、これはさらにふわふわしている。
「背当てや枕にしたらすぐ眠ってしまいそうだ…」
「ファットさんは癒やし系だから、疲れてしんどい時は背中に埋もれたらいいよって…先輩が言ってたの」
「…ファットの背中に抱きついてる霧華さんを俺はどんな目で見ていればいいんですか」
それを聞き、思わず声が震えてしまう。いくら癒し目的だからとは言え、他の男に抱きついてるのを黙って見ていられるほど寛容じゃない。上司だからと遠慮せず、思い切り手を出してしまいそうだ。
「…流石にやらないからね?」
「良かった。危うくファットをボコボコにするところだった」
「環くん…そんなに喧嘩っ早い方だっけ」
「ファットは別です」
暫くこのクッションをもふもふした後、隅の方にそっと置いた。安定感があまり無い。転がって歩きそうだ。
商品の売れ行きが良ければ、受注生産で等身大ファットガムのぬいぐるみを作る計画も上がっているとか。それはご家庭のスペース八割が埋まってしまいそうで、商品化は難しいんじゃないかと霧華さんと話していた。
霧華さんの膝に置かれた猫の抱き枕。長い尻尾が垂れている。
「…色々ストレスの解消法はあるけど、環くんと一緒に居るのが一番落ち着くし、癒される気がする。マイナスイオン出てるのかなーって思うぐらい」
「知らなかった…俺からマイナスイオンが発生しているなんて」
個性で再現した付随効果だろうか。
そう思い、後日調べてみたら別の事実が判明した。ストレス解消に役立つオキシトシンは、特定の相手と過ごすことでも分泌されると。ああ、だから俺も霧華さんと一緒にいると癒されるのか。これからもお互いにそういう関係でありたい。
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