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君と迎えるエンドロールを夢見て
『大丈夫だ、私が来た!』
オールマイトの力強い台詞が液晶画面に響き渡った。
本人が主演のヒーロー映画に霧華さんは釘付けになっている。借りたDVDを再生してから二時間半。集中しているので大した会話も交わしていない。息を呑む場面ではハッとしたリアクションを取り、オールマイトが活躍するシーンでは目を輝かせているようだった。
映画の途中で水を差すような真似も悪いし、俺も何年かぶりに見るやつだったから、懐かしさを覚えながら楽しんでいた。
二回目ともなると視点も少し変わってくる。初回は主役のオールマイトにばかり目が行っていたけど、今回は様々な所を注目した。繰り返し見て分かる伏線。一度に状況を瞬時に把握する為の間が作中では設けられているけど、現実ではこうはいかないと考える。
子どもから大人まで幅広い年齢層をターゲットにした映画だと改めて実感した。良い勉強になったと思う。
それから十分あまりが経ち、エンディングロールが流れ始めた。
霧華さんはラストシーンからずっと肩に力を入れていたようで、ぽすんとソファに背を預ける。まるで映画館の大スクリーンで一本の長編を見終わったかの様な満足感に包まれているように見えた。
「……面白かった。オールマイトさんカッコよかった」
高揚して赤くなった頬を抑え、そう呟く。俺もその感想は昔も今も変わらない、同意できる。
長い溜息を漏らした数秒後、ハッと我に返った霧華さんが「ごめんね」と焦る様に謝ってきた。
「私一人で盛り上がっちゃって」
「楽しそうで何よりでしたよ。今まで見てきた映画で一番集中していたんじゃ」
休みの日にはDVDを借りて、こうして二人掛けのソファで肩を並べて過ごすことが多い。ヒーロー映画を始め、スパイ、アクション、SF、ファンタジー、アニメと様々なジャンルを見てきた。霧華さんの世界にも似た作品が幾つもあるらしく、見覚えのある物も多いと。個性が備わるだけでだいぶ違った雰囲気になっていて面白いとその都度話してくれた。
因みにホラーとラブロマンスは苦手らしい。前者は怖い、後者は恥ずかしくて見ていられないそうだ。
「…最近は過去に上映したものを期間限定で劇場公開すること増えたし、もしオールマイト関連の映画あれば見に行きましょうか。大スクリーンで見た方が臨場感を味わえるし」
「うん。私も調べておくね。…あるといいなぁ。それにしても、オールマイトさんすごいヒーローよね。看板や銅像になるくらいだし…引退しても未だに根強いファンがいる理由、分かる気がする」
「現に霧華さんも熱中させるほどだから…すごいヒーローだと思う。この映画、本人主演なだけあって迫力があるし、改めてオールマイトの強さを知った。ヴィラン役が可哀相に見えたのはきっと手加減してないんだろうなと」
麦茶の入ったグラスを持ち上げ、いつの間にか張り付いていた喉を潤す。コルクのコースターは水滴を含んで色の濃さが増していた。
「それに、昔見た時とはまた違って視点で見ることもできたし…今日見れて良かった。相手の状態を窺うだけじゃなく、周囲の些細な状況変化を察する為には……」
この映画から学んだことを整理するように言葉を並べていたら、隣から名前を呼ばれて待ったをかけられた。
「ワーカーホリックにならないようにね。…職業上、現場の事態を想定することは大事だけど、お休みの日はちゃんと休まないと。……うん。私が見たいって言ったせいね」
「あ、いや。霧華さんは悪くない。俺の視点がそうなってしまっただけで…気をつけます。…でも、昔見た映画でも年月が経ってからもう一度見ると、解釈が変わってくるものだと気づきました」
これは小学生の時に見たものだ。確か、五年生の時にミリオと行ったやつ。あの時は劇場の熱に呑まれたせいもあって、ただオールマイトがカッコよくてすごい、すごいと感想を口にしていた。さっきの霧華さんみたいに。
「本と同じ、ね。子どもの頃に呼んだ物語を大人になって読み返してみると、こんな奥深い内容だったんだ、とか。登場人物の心情に共感したり、ここに伏線があったんだって気づいたり。きっと、視野が広がるからなんでしょうね」
「霧華さん感受性が豊かだから余計にだと思う。映画の守備範囲も広いし」
「元々好きなのはファンタジーなんだけど、此処に来てからはヒーロー映画も好きになったの。切島くん達が色々おススメを教えてくれて…動画もだけど、嵌っちゃった」
切島くんが勧めるのってクリムゾンライオットかな。今の話しぶりだとそれだけじゃないとは思うけど。現役のプロに留まらず、幅広くヒーローのことを知ろうとしてくれる姿勢には頭が上がらない。最初に切島くんがヒーローのなんたるかを霧華さんに教えてくれたおかげだ。俺たちのことを怖がらずに応援してくれるのが何よりも嬉しかった。
「動画は当たり前だけど、映画は本人主演の作品って意外と多いのね」
「ファンサービスのいいヒーローは結構いるから。映画出演の話も通りやすいって聞く。…ルミリオンは主人公のサポート役として出演することになったそうだよ」
雄英を卒業して間もなくCM出演、数か月経たないうちに映画出演の話がくるなんて流石としか言いようがない。ミリオと面識のある霧華さんもこれには驚いていた。
「まだ新人なのに、もうスクリーンデビュー?いつ公開になるんだろう」
「間に合えば年末、年明けくらいだって言ってたよ。上映会、招待するから来てくれって。霧華さんも是非」
「いいの?わぁ…今からすごく楽しみ。一般公開も待ち遠しいね」
どんな内容なんだろう。見せ場が沢山あるといいね。ホラー要素は多分ないよね。待ちきれない様子がその話しぶりから受け取れた。無邪気な霧華さんが微笑ましい。
ミリオ、あいつは学校の演劇でも主人公を演じることがあったし、居るだけで周囲を照らす存在だったから。スクリーンでも輝くに違いない。
「環くんもいずれはスクリーンデビューするのかな」
ミリオのデビュー作品が俺も待ち遠しいなと思っていた所に思わぬ返しが来た。麦茶を飲み損ねて咽てしまう。咳き込む俺と、慌てながらも背中をさすってくれる優しい手の平。
「……台詞が、一切なくて…一瞬だけ映って消える程度、なら」
咽すぎて目尻に涙が浮かびそうになりながらも、そう伝えると苦笑いを浮かべられてしまう。
「環くん、それ世間一般的にはモブって言うのよ」
「スクリーンデビューには変わりないよ…台詞とか動き、本番になったら飛んでしまう…」
「じゃあ主人公の相棒や友達役なら…」
「一言や一場面では済まないですよそれ…間違えすぎて関係者に迷惑がかかる」
決められた台詞、挙動。共演者と一つの物語を作り上げていく。映画やドラマは一人で成り立つものじゃない。周囲の足を引っ張るのが目に見えている。俺には向いていない。役者は凄い職業だと思う。
「…あ。この間サンイーターの動画がアップされているの見たけど…」
そう言って霧華さんはローテーブルに伏せていたスマホを持ち上げ、動画サイトからお気に入りのフォルダを開いた。その中から選んだ投稿動画をタップ。再生された映像は去年の大阪で起きた、タコ愛護団体の過激派の暴動を鎮圧したもの。それは短い時間に編集されていて、元々長い動画を俺の所だけ切り取ったようだ。
「いつの間に…一体誰が。というか投稿日付最近…今更すぎる」
「最近サンイーターのファンになった人じゃないかしら」
「…なるほど。元からあった動画にたまたま映っていたからそれを編集して…」
「私が見た時よりも再生数伸びてる。なんだか嬉しいね」
ふわりと笑う霧華さんは他人のことながらも本当に嬉しそうにしていた。俄かに頬が熱くなる。
「…ありがとう。でも俺はあまり有名にはならなくても…その分霧華さんに迷惑かけてしまうだろうし」
「でも、お茶の間にサンイーターの活躍が伝われば…」
「有名になればなるほどマスコミや追っかけが増えてくる…決してマナーがいい人ばかりじゃない。俺だけならまだいいけど、プライベートにまで入り込まれたら霧華さんも…。そんな目に遭わせたくない」
インタビュー前には極力撤退しているし、現状では素顔もそこまで知られていない。でもこの先注目が集まったとしたら。事務所前や自宅前で待ち伏せされることだってあるだろう。メディアにあることないことを報道されて、翻弄されるのは嫌だ。
俺は手の平に視線を落とし、軽く拳を握った。
「俺は脚光を浴びる為にヒーローになったわけじゃない。困っている人を助ける為に…自分の大切な人が困るような真似を自ら招くわけには、いかないよ」
「…環くんは優しいヒーローだね。ありがとう」
「これは、俺が決めたことだし…それにお茶の間に届かなくても、俺が伝えたい言葉が貴女に届けばそれでいいと、思ってるから」
この先伝えたい言葉を幾つもこの胸に抱えている。今はまだ伝えられないけど、遠くない未来に必ず。
『大丈夫だ、私が来た!』
オールマイトの力強い台詞が液晶画面に響き渡った。
本人が主演のヒーロー映画に霧華さんは釘付けになっている。借りたDVDを再生してから二時間半。集中しているので大した会話も交わしていない。息を呑む場面ではハッとしたリアクションを取り、オールマイトが活躍するシーンでは目を輝かせているようだった。
映画の途中で水を差すような真似も悪いし、俺も何年かぶりに見るやつだったから、懐かしさを覚えながら楽しんでいた。
二回目ともなると視点も少し変わってくる。初回は主役のオールマイトにばかり目が行っていたけど、今回は様々な所を注目した。繰り返し見て分かる伏線。一度に状況を瞬時に把握する為の間が作中では設けられているけど、現実ではこうはいかないと考える。
子どもから大人まで幅広い年齢層をターゲットにした映画だと改めて実感した。良い勉強になったと思う。
それから十分あまりが経ち、エンディングロールが流れ始めた。
霧華さんはラストシーンからずっと肩に力を入れていたようで、ぽすんとソファに背を預ける。まるで映画館の大スクリーンで一本の長編を見終わったかの様な満足感に包まれているように見えた。
「……面白かった。オールマイトさんカッコよかった」
高揚して赤くなった頬を抑え、そう呟く。俺もその感想は昔も今も変わらない、同意できる。
長い溜息を漏らした数秒後、ハッと我に返った霧華さんが「ごめんね」と焦る様に謝ってきた。
「私一人で盛り上がっちゃって」
「楽しそうで何よりでしたよ。今まで見てきた映画で一番集中していたんじゃ」
休みの日にはDVDを借りて、こうして二人掛けのソファで肩を並べて過ごすことが多い。ヒーロー映画を始め、スパイ、アクション、SF、ファンタジー、アニメと様々なジャンルを見てきた。霧華さんの世界にも似た作品が幾つもあるらしく、見覚えのある物も多いと。個性が備わるだけでだいぶ違った雰囲気になっていて面白いとその都度話してくれた。
因みにホラーとラブロマンスは苦手らしい。前者は怖い、後者は恥ずかしくて見ていられないそうだ。
「…最近は過去に上映したものを期間限定で劇場公開すること増えたし、もしオールマイト関連の映画あれば見に行きましょうか。大スクリーンで見た方が臨場感を味わえるし」
「うん。私も調べておくね。…あるといいなぁ。それにしても、オールマイトさんすごいヒーローよね。看板や銅像になるくらいだし…引退しても未だに根強いファンがいる理由、分かる気がする」
「現に霧華さんも熱中させるほどだから…すごいヒーローだと思う。この映画、本人主演なだけあって迫力があるし、改めてオールマイトの強さを知った。ヴィラン役が可哀相に見えたのはきっと手加減してないんだろうなと」
麦茶の入ったグラスを持ち上げ、いつの間にか張り付いていた喉を潤す。コルクのコースターは水滴を含んで色の濃さが増していた。
「それに、昔見た時とはまた違って視点で見ることもできたし…今日見れて良かった。相手の状態を窺うだけじゃなく、周囲の些細な状況変化を察する為には……」
この映画から学んだことを整理するように言葉を並べていたら、隣から名前を呼ばれて待ったをかけられた。
「ワーカーホリックにならないようにね。…職業上、現場の事態を想定することは大事だけど、お休みの日はちゃんと休まないと。……うん。私が見たいって言ったせいね」
「あ、いや。霧華さんは悪くない。俺の視点がそうなってしまっただけで…気をつけます。…でも、昔見た映画でも年月が経ってからもう一度見ると、解釈が変わってくるものだと気づきました」
これは小学生の時に見たものだ。確か、五年生の時にミリオと行ったやつ。あの時は劇場の熱に呑まれたせいもあって、ただオールマイトがカッコよくてすごい、すごいと感想を口にしていた。さっきの霧華さんみたいに。
「本と同じ、ね。子どもの頃に呼んだ物語を大人になって読み返してみると、こんな奥深い内容だったんだ、とか。登場人物の心情に共感したり、ここに伏線があったんだって気づいたり。きっと、視野が広がるからなんでしょうね」
「霧華さん感受性が豊かだから余計にだと思う。映画の守備範囲も広いし」
「元々好きなのはファンタジーなんだけど、此処に来てからはヒーロー映画も好きになったの。切島くん達が色々おススメを教えてくれて…動画もだけど、嵌っちゃった」
切島くんが勧めるのってクリムゾンライオットかな。今の話しぶりだとそれだけじゃないとは思うけど。現役のプロに留まらず、幅広くヒーローのことを知ろうとしてくれる姿勢には頭が上がらない。最初に切島くんがヒーローのなんたるかを霧華さんに教えてくれたおかげだ。俺たちのことを怖がらずに応援してくれるのが何よりも嬉しかった。
「動画は当たり前だけど、映画は本人主演の作品って意外と多いのね」
「ファンサービスのいいヒーローは結構いるから。映画出演の話も通りやすいって聞く。…ルミリオンは主人公のサポート役として出演することになったそうだよ」
雄英を卒業して間もなくCM出演、数か月経たないうちに映画出演の話がくるなんて流石としか言いようがない。ミリオと面識のある霧華さんもこれには驚いていた。
「まだ新人なのに、もうスクリーンデビュー?いつ公開になるんだろう」
「間に合えば年末、年明けくらいだって言ってたよ。上映会、招待するから来てくれって。霧華さんも是非」
「いいの?わぁ…今からすごく楽しみ。一般公開も待ち遠しいね」
どんな内容なんだろう。見せ場が沢山あるといいね。ホラー要素は多分ないよね。待ちきれない様子がその話しぶりから受け取れた。無邪気な霧華さんが微笑ましい。
ミリオ、あいつは学校の演劇でも主人公を演じることがあったし、居るだけで周囲を照らす存在だったから。スクリーンでも輝くに違いない。
「環くんもいずれはスクリーンデビューするのかな」
ミリオのデビュー作品が俺も待ち遠しいなと思っていた所に思わぬ返しが来た。麦茶を飲み損ねて咽てしまう。咳き込む俺と、慌てながらも背中をさすってくれる優しい手の平。
「……台詞が、一切なくて…一瞬だけ映って消える程度、なら」
咽すぎて目尻に涙が浮かびそうになりながらも、そう伝えると苦笑いを浮かべられてしまう。
「環くん、それ世間一般的にはモブって言うのよ」
「スクリーンデビューには変わりないよ…台詞とか動き、本番になったら飛んでしまう…」
「じゃあ主人公の相棒や友達役なら…」
「一言や一場面では済まないですよそれ…間違えすぎて関係者に迷惑がかかる」
決められた台詞、挙動。共演者と一つの物語を作り上げていく。映画やドラマは一人で成り立つものじゃない。周囲の足を引っ張るのが目に見えている。俺には向いていない。役者は凄い職業だと思う。
「…あ。この間サンイーターの動画がアップされているの見たけど…」
そう言って霧華さんはローテーブルに伏せていたスマホを持ち上げ、動画サイトからお気に入りのフォルダを開いた。その中から選んだ投稿動画をタップ。再生された映像は去年の大阪で起きた、タコ愛護団体の過激派の暴動を鎮圧したもの。それは短い時間に編集されていて、元々長い動画を俺の所だけ切り取ったようだ。
「いつの間に…一体誰が。というか投稿日付最近…今更すぎる」
「最近サンイーターのファンになった人じゃないかしら」
「…なるほど。元からあった動画にたまたま映っていたからそれを編集して…」
「私が見た時よりも再生数伸びてる。なんだか嬉しいね」
ふわりと笑う霧華さんは他人のことながらも本当に嬉しそうにしていた。俄かに頬が熱くなる。
「…ありがとう。でも俺はあまり有名にはならなくても…その分霧華さんに迷惑かけてしまうだろうし」
「でも、お茶の間にサンイーターの活躍が伝われば…」
「有名になればなるほどマスコミや追っかけが増えてくる…決してマナーがいい人ばかりじゃない。俺だけならまだいいけど、プライベートにまで入り込まれたら霧華さんも…。そんな目に遭わせたくない」
インタビュー前には極力撤退しているし、現状では素顔もそこまで知られていない。でもこの先注目が集まったとしたら。事務所前や自宅前で待ち伏せされることだってあるだろう。メディアにあることないことを報道されて、翻弄されるのは嫌だ。
俺は手の平に視線を落とし、軽く拳を握った。
「俺は脚光を浴びる為にヒーローになったわけじゃない。困っている人を助ける為に…自分の大切な人が困るような真似を自ら招くわけには、いかないよ」
「…環くんは優しいヒーローだね。ありがとう」
「これは、俺が決めたことだし…それにお茶の間に届かなくても、俺が伝えたい言葉が貴女に届けばそれでいいと、思ってるから」
この先伝えたい言葉を幾つもこの胸に抱えている。今はまだ伝えられないけど、遠くない未来に必ず。