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雷
猫の鳴き声が聞こえた。最近よく聞こえてくるんだ。霧華さんのスマホから。横に傾けたスマホの画面の向こうで二匹の子猫が互いにじゃれあっていた。
いつも猫動画を見ている霧華さんは頬を緩ませている。今もそんな表情で見ているんだろう。
シャワーを借りて戻ってきた俺は頭にバスタオルを被ったままソファの背に近づく。
「霧華さん猫好きですよね」
顔だけをこちらに向けた霧華さんは俺の予想通りにこにこしていた。その表情のまま頷く。幸せそうな表情しているから、こっちも胸がじんわりと温まる気がした。
「お気に入りの猫、いるんですか」
「うん。この猫ちゃんたちなんだけど…飼い主さんも良い人でね、見ていて幸せな気持ちになれるの」
「それ分かる気がする。いつも霧華さんそんな表情してるから。貴女が幸せそうにしてると俺も嬉しい」
感情は相手に伝播する。それが好きな人だと尚更に。共有して、分かち合えていけばいいなと思っている。
その後、霧華さんは少し戸惑いながらも目を逸らし、スマホの画面を消した。そのスマホを手持ち無沙汰に握っていたかと思えば、テーブルの上に置く。照れると挙動不審になりがちだ。
「…あ。シャワーありがとうございました」
「どういたしまして。着替え、ちょうどあって良かった。…まだ雨降ってるのね」
「急に降ってきたからびっくりした…。傘じゃどうにもならないレベルだったし、霧華さんの家近くて助かりました」
駅を降りてすぐに雨が降り出した。小雨程度ならと油断していたのが仇になったのか、数歩しないうちに雨は大粒に、風も吹いてきて横殴りの雨となった。もはや軒先で雨宿りしても無意味な状態で、数分のうちに衣服が含む水分が大変なことに。手で絞った時には結構な水分量が出てきて流石に驚いた。
自分の家よりもここからなら霧華さんの家の方が近くて、ダメ元で連絡してみたら在宅だったから寄らせてもらったんだ。
「私は環くんがずぶ濡れでびっくりしちゃった。…少し雨足は弱くなったかな。さっき天気予報見たら所により雷雨って」
その時、窓の外が白く光った。遅れて転がすような雷鳴音。まだ遠い場所で鳴っているようでそんなに大きくはなかった。弱くなっていた雨足がまた強くなって、窓を打ち付けている。黒い雲で空が覆われていてどんよりと暗い。
その様子を不安そうに霧華さんは見守っている。
「霧華さん雷は大丈夫なんですか」
「近くでゴロゴロ鳴らなければ…あと落ちなければ」
「そうですね。落ちると被害も出るし」
どうやら個性による意図的な天候変化でもなさそうだ。出動要請の依頼は来ていないし、このまま何事もなく過ぎ去ってくれればいい。
そう考えていた矢先に強い稲光と轟音が響いた。少し近づいてきたそれに霧華さんが明らか怯えている。
「…大丈夫ですか」
「う、うん。環くん、早く髪乾かしてきた方がいいよ。もし停電したら使えなくなるし…ドライヤー洗面台の所にあるから」
「あ、はい。お借りします」
この辺はマンションやビルの上に避雷針も設置されているから、滅多に雷は落ちないとは思うけど。念の為に。
洗面台でドライヤーを借りて髪を乾かす間にも何度か雷が鳴っているのが聞こえた。鏡に映る自分の後ろ髪が長くなった気がする。さすがにそろそろ切らないと首筋が蒸れて気持ちが悪い。でも美容院は苦手だから、行くまでに躊躇ってしまう。あの一対一の独特の雰囲気が嫌だ。話題はいつも見つからないし、気を使って話を振ってみても適当な相槌で流されるあの空気に耐えられない。
去年までお世話になっていた美容院は東京だし、さすがに髪を切るだけで関東まで行ってられない。実家に寄るついでに、とも思ったけど。それこそいつになるか。大阪で行けそうな所、観念して探さないと駄目だな。暇な時間に美容院を検索しよう。
借りたドライヤーのスイッチをオフ、元の場所へ戻した。ふと、洗面台の隅に色違いのコップと歯ブラシが並んているのが目に入った。たまに泊まることがあるから、その時に置いていったものだ。度々持ってくるのも大変だろうからって、互いの部屋にそれぞれ私物を置いたり置かせてもらったりしている。この着替えもその一つで、今日は本当に助かった。
お互いの部屋に行き来するものじゃなく、いずれは一緒にと考えては少しむず痒い気持ちになる。
バスタオルを洗濯かごに入れて洗面台を出る。また一つ大きな雷鳴が聞こえた。だいぶ近づいてきたな。リビングに戻ると霧華さんがテーブルの上に500mlのペットボトルを転がした所だった。さっきの音に驚いて掴み損ねたんだろう。フタが開いてなかったから中身は溢れていないけど。
「大丈夫じゃないですよね。……その慌てぶり」
「…い、今のは偶々で。手が滑っ?!」
青白い光が目の前に広がった。まるでフラッシュを至近距離で正面からまともに浴びたような光。眩しくて一瞬目を瞑る。直後、すぐ真上で雷鳴が轟いた。ごろごろと尾を引くこの音に驚いた霧華さんが表情を強張らせた。
「ちっ近い、近い!どうしよう、落ちたらどうしようっ」
「おっ落ち着いて」
まだ瞼の裏に光が焼き付いていて、細かい光の粒がちらついている。さっきのは結構凄かった。
俺は一先ず霧華さんの隣へ座り、涙目になりながらうろたえる霧華さんを宥める。
「この辺りは避雷針も多いから、大丈夫。ここに落ちたりはしないから…」
「う、うん…そうよね。大丈夫」
まるで自分に言い聞かせるように霧華さんは何度も頷く。が、雷が鳴る度に震え上がっていた。それを見ているのが居た堪れなくなってきて、霧華さんの頭を抱き寄せてよしよしと頭を撫でる。
しっかり者のお姉さんといった普段のイメージとは少し違う。大きな物音に驚いて怯えるところが猫を彷彿とさせる。ギャップも相まって少し可愛いと思えてしまった。
「ごめんね…迷惑かけて」
「いえ、全然そんな風には。…むしろ俺の方こそ」
「え?」
「…その、不謹慎なことを少し考えてしまって」
先ほどのことを話せば怒るだろうからと茶を濁すが、それが逆に不安にさせたのか表情が強張っていく。
「…か、雷が落ちて…辺り一面焼け野原になればいいとか…?」
「そっそんなこと考えてない…!完全にヴィラン思考じゃないですかそれ」
「ヒーローとして不謹慎って…そうなのかなと思って」
「そうじゃなくて。……雷に怯えてる霧華さん、可愛いなって…思って」
間。それから俺の方を見て何か言おうとした霧華さんが口を開いた瞬間、また雷が鳴った。音が小さくなってきている。それでもまだ霧華さんは肩を震わせていた。
「…少し遠のいてきたから、もうすぐ鳴り止みますよ」
「う、うん。…遠くで鳴っている分にはいいんだけど、こんなに近くで鳴られると怖くて……環くんが居てくれて良かった」
「俺も偶然とは言え来られて良かった。…そうじゃなきゃ、一人で怯えてただろうし」
雷が鳴る度に傍に居られるとは限らない。でも、今こうして寄り添っていることで不安が和らぐのであれば。出来るだけその日には傍に居たい。
猫の鳴き声が聞こえた。最近よく聞こえてくるんだ。霧華さんのスマホから。横に傾けたスマホの画面の向こうで二匹の子猫が互いにじゃれあっていた。
いつも猫動画を見ている霧華さんは頬を緩ませている。今もそんな表情で見ているんだろう。
シャワーを借りて戻ってきた俺は頭にバスタオルを被ったままソファの背に近づく。
「霧華さん猫好きですよね」
顔だけをこちらに向けた霧華さんは俺の予想通りにこにこしていた。その表情のまま頷く。幸せそうな表情しているから、こっちも胸がじんわりと温まる気がした。
「お気に入りの猫、いるんですか」
「うん。この猫ちゃんたちなんだけど…飼い主さんも良い人でね、見ていて幸せな気持ちになれるの」
「それ分かる気がする。いつも霧華さんそんな表情してるから。貴女が幸せそうにしてると俺も嬉しい」
感情は相手に伝播する。それが好きな人だと尚更に。共有して、分かち合えていけばいいなと思っている。
その後、霧華さんは少し戸惑いながらも目を逸らし、スマホの画面を消した。そのスマホを手持ち無沙汰に握っていたかと思えば、テーブルの上に置く。照れると挙動不審になりがちだ。
「…あ。シャワーありがとうございました」
「どういたしまして。着替え、ちょうどあって良かった。…まだ雨降ってるのね」
「急に降ってきたからびっくりした…。傘じゃどうにもならないレベルだったし、霧華さんの家近くて助かりました」
駅を降りてすぐに雨が降り出した。小雨程度ならと油断していたのが仇になったのか、数歩しないうちに雨は大粒に、風も吹いてきて横殴りの雨となった。もはや軒先で雨宿りしても無意味な状態で、数分のうちに衣服が含む水分が大変なことに。手で絞った時には結構な水分量が出てきて流石に驚いた。
自分の家よりもここからなら霧華さんの家の方が近くて、ダメ元で連絡してみたら在宅だったから寄らせてもらったんだ。
「私は環くんがずぶ濡れでびっくりしちゃった。…少し雨足は弱くなったかな。さっき天気予報見たら所により雷雨って」
その時、窓の外が白く光った。遅れて転がすような雷鳴音。まだ遠い場所で鳴っているようでそんなに大きくはなかった。弱くなっていた雨足がまた強くなって、窓を打ち付けている。黒い雲で空が覆われていてどんよりと暗い。
その様子を不安そうに霧華さんは見守っている。
「霧華さん雷は大丈夫なんですか」
「近くでゴロゴロ鳴らなければ…あと落ちなければ」
「そうですね。落ちると被害も出るし」
どうやら個性による意図的な天候変化でもなさそうだ。出動要請の依頼は来ていないし、このまま何事もなく過ぎ去ってくれればいい。
そう考えていた矢先に強い稲光と轟音が響いた。少し近づいてきたそれに霧華さんが明らか怯えている。
「…大丈夫ですか」
「う、うん。環くん、早く髪乾かしてきた方がいいよ。もし停電したら使えなくなるし…ドライヤー洗面台の所にあるから」
「あ、はい。お借りします」
この辺はマンションやビルの上に避雷針も設置されているから、滅多に雷は落ちないとは思うけど。念の為に。
洗面台でドライヤーを借りて髪を乾かす間にも何度か雷が鳴っているのが聞こえた。鏡に映る自分の後ろ髪が長くなった気がする。さすがにそろそろ切らないと首筋が蒸れて気持ちが悪い。でも美容院は苦手だから、行くまでに躊躇ってしまう。あの一対一の独特の雰囲気が嫌だ。話題はいつも見つからないし、気を使って話を振ってみても適当な相槌で流されるあの空気に耐えられない。
去年までお世話になっていた美容院は東京だし、さすがに髪を切るだけで関東まで行ってられない。実家に寄るついでに、とも思ったけど。それこそいつになるか。大阪で行けそうな所、観念して探さないと駄目だな。暇な時間に美容院を検索しよう。
借りたドライヤーのスイッチをオフ、元の場所へ戻した。ふと、洗面台の隅に色違いのコップと歯ブラシが並んているのが目に入った。たまに泊まることがあるから、その時に置いていったものだ。度々持ってくるのも大変だろうからって、互いの部屋にそれぞれ私物を置いたり置かせてもらったりしている。この着替えもその一つで、今日は本当に助かった。
お互いの部屋に行き来するものじゃなく、いずれは一緒にと考えては少しむず痒い気持ちになる。
バスタオルを洗濯かごに入れて洗面台を出る。また一つ大きな雷鳴が聞こえた。だいぶ近づいてきたな。リビングに戻ると霧華さんがテーブルの上に500mlのペットボトルを転がした所だった。さっきの音に驚いて掴み損ねたんだろう。フタが開いてなかったから中身は溢れていないけど。
「大丈夫じゃないですよね。……その慌てぶり」
「…い、今のは偶々で。手が滑っ?!」
青白い光が目の前に広がった。まるでフラッシュを至近距離で正面からまともに浴びたような光。眩しくて一瞬目を瞑る。直後、すぐ真上で雷鳴が轟いた。ごろごろと尾を引くこの音に驚いた霧華さんが表情を強張らせた。
「ちっ近い、近い!どうしよう、落ちたらどうしようっ」
「おっ落ち着いて」
まだ瞼の裏に光が焼き付いていて、細かい光の粒がちらついている。さっきのは結構凄かった。
俺は一先ず霧華さんの隣へ座り、涙目になりながらうろたえる霧華さんを宥める。
「この辺りは避雷針も多いから、大丈夫。ここに落ちたりはしないから…」
「う、うん…そうよね。大丈夫」
まるで自分に言い聞かせるように霧華さんは何度も頷く。が、雷が鳴る度に震え上がっていた。それを見ているのが居た堪れなくなってきて、霧華さんの頭を抱き寄せてよしよしと頭を撫でる。
しっかり者のお姉さんといった普段のイメージとは少し違う。大きな物音に驚いて怯えるところが猫を彷彿とさせる。ギャップも相まって少し可愛いと思えてしまった。
「ごめんね…迷惑かけて」
「いえ、全然そんな風には。…むしろ俺の方こそ」
「え?」
「…その、不謹慎なことを少し考えてしまって」
先ほどのことを話せば怒るだろうからと茶を濁すが、それが逆に不安にさせたのか表情が強張っていく。
「…か、雷が落ちて…辺り一面焼け野原になればいいとか…?」
「そっそんなこと考えてない…!完全にヴィラン思考じゃないですかそれ」
「ヒーローとして不謹慎って…そうなのかなと思って」
「そうじゃなくて。……雷に怯えてる霧華さん、可愛いなって…思って」
間。それから俺の方を見て何か言おうとした霧華さんが口を開いた瞬間、また雷が鳴った。音が小さくなってきている。それでもまだ霧華さんは肩を震わせていた。
「…少し遠のいてきたから、もうすぐ鳴り止みますよ」
「う、うん。…遠くで鳴っている分にはいいんだけど、こんなに近くで鳴られると怖くて……環くんが居てくれて良かった」
「俺も偶然とは言え来られて良かった。…そうじゃなきゃ、一人で怯えてただろうし」
雷が鳴る度に傍に居られるとは限らない。でも、今こうして寄り添っていることで不安が和らぐのであれば。出来るだけその日には傍に居たい。