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片翼で君を抱きしめる
顔色が少し悪いと思ったんだ。ベッドで横になっている霧華さんの頭を撫でながら、玄関先でのやり取りを思い返す。
昨日、霧華さんが新作の映画を借りてきたから今度の休みに二人で見ようと約束をした。それを持って、今日俺の家にまで来てくれたのだ。けど、玄関先で少し様子がおかしくて。体調が悪いんじゃないかと尋ねたら「ちょっと目眩が」と顔を曇らせる。その時は人混みに酔ったのかもしれないとも言っていた。
一先ず部屋に上がってもらって、ソファへ案内。そこで待っていてもらう間に温かい飲み物を淹れて戻ってきたら、ソファでぐったりしていた。
やっぱり具合が優れないんじゃないかと症状を聞けばこちらの血の気が引いてしまった。頭重感、目眩、悪寒、倦怠感、吐き気。症状がありすぎる。本人は大丈夫だと言っているけど、このままでいるよりは横になって休んだ方がいいと思ってさっきベッドに寝かせたんだ。
「ごめんね。せっかく飲み物淹れてくれたのに」
「気にしないで。…毛布、もう一枚持ってきますか」
「ううん、大丈夫。ありがと」
細く弱々しい声。額や頬に触れても熱を感じない。体温の低下が著しい。このまま体が冷たくなっていくのではと不安に駆られる。暖房器具やカイロは季節柄まだ用意していないし、湯たんぽも無い。
「…大丈夫ですか。何か体を温める物…湯たんぽは家にないし、カイロも常備はしていない…いや、病院に…俺、休日診療やってる所探します」
「落ち着いて環くん。大丈夫だから」
「これが落ち着いていられるわけが…体温だって下がってる、顔色が悪すぎる…血の気がない」
「いつものだから、大丈夫」
「いつもこんな風に体調を崩しているのか…!」
とんでもない事実を聞いてしまった。貴女はそんなに大袈裟な事では無いと苦笑いを浮かべるけど、一大事じゃないか。いつになく取り乱した俺の脳裏に最悪のシナリオが過る。
「…お願いですから、死なないでください」
「環くん…縁起でもないこと言わないで」
「やっぱり、病院に…」
「とりあえず、私の話聞いてくれるかな」
「……はい」
生死に関わると慌てる俺に対し、あくまで冷静な霧華さん。生まれた温度差を解消するべく、ここは俺も落ち着いて話を聞かないと駄目だ。そう頭で理解していても、心配なものは心配だ。
こうして話を聞けば、どうやら体調不良の原因は女性特有のものらしい。毎月或いは不定期に体調が悪くなると。軽症の時は頭痛のみ、倦怠感だけといった具合らしい。酷い時はいくつも症状が重なり、今日の様に座っているのも辛く、横にならなければいけないと。
理由を聞いても心配は募るばかりだった。
「いつも…いつもこんな風に具合が悪くなるなんて…辛すぎる」
「もうこればかりは仕方ないというか…病院で診てもらっても病気があるわけじゃないし。…ストレスや気圧の変化とかが原因かなあって。だから、上手く付き合っていくしかなくて」
「上司の愚痴ならいくらでも聞きます」
「ありがとう。でもファットさんに不満は特にないから…大丈夫よ」
気圧の変化は俺にどうすることもできないから、ストレスを緩和させることぐらいなら俺にもできる。
それにしても、いつも見ているはずなのに具合が悪そうにしている所を目にしたことがない。
「…さっき、急に具合が優れなくなるって言ってたけど。移動中や仕事中にもなるってことですよね」
「うん」
「俺が気づけなかっただけかもしれないけど…見たことがない」
「気合で乗り切ってるからかな…周りにもあまり言わないし」
またとんでもない答えが返ってきた。不調を気合で乗り切るだなんて、根性論すぎる。確かに病は気からというけど。
「具合悪い時はちゃんと言ってください…!倒れてからじゃ遅いんだ…もっと自分の身体大事にしてください」
「…うん、そうだよね。でも、具合が悪いからって中々言えない」
その気持ちは分かる。霧華さんも自分と同じ様に自己主張が強い性格じゃない。それでも不調はちゃんと周囲に伝えた方がいい。原因を特定できないなら、尚更だ。
「お休みなのにごめんね。借りてきたやつ、楽しみにしてたし…見ててもいいよ」
「なに言ってるんだ…霧華さんがこんな状態で苦しんでいるのに、呑気に映画見てる場合じゃないでしょ…」
「でも」
「映画はまた借りてくればいい。俺は貴女の方が大事だ。…明日も休みだし、ゆっくり過ごそう」
「……ありがとう」
力なく微笑む霧華さんは「時間経てば良くなるから」と不安そうにしている俺に言った。
思えばいつも気を使われている気がする。ファットガム事務所にインターンで来ていた時から。雄英を卒業して、ヒーローの夢を叶えた今もだ。
俺が年下で頼りないのは分かる。支えているつもりが、逆に支えられていることが多かった。それでもいつかは、頼りにしてもらえる男になりたい。
「……貴女が辛い時に俺は何もしてあげられないなんて…無力だ」
胸のうちでいくらそう願っても、こればかりはどうすることもできない。自分の無力さに打ちひしがれそうだった。
「環くん、一つお願いがあるんだけど」
ベッド脇で目を伏せていた所にそう声を掛けられた。顔を上げると、霧華さんがブランケットの隙間から片手を出してくる。
「手、繋いでほしいの」
「…あ、はい…」
「…うん。環くんの手、大きくてあったかくて、こうしてると安心する。これは環くんにしか、できないこと」
俺の手を握る柔らかい手。手の平の温度が低くて、冷たく感じる。霧華さんがふわっと笑いかけてきた。また、気を使われた。目尻に涙が浮かびそうになるのを必死に堪える。
「……本当に自分が不甲斐なさすきる」
「…環くん」
「でも、俺にしか…できないことなら、喜んで」
その手を優しく包み込む。
「ありがとう。…これならすぐ良くなるよ」
こうして手を握ったまま会話をぽつりぽつりと交わしているうちに、霧華さんは眠りについた。規則正しい呼吸を繰り返している。体調が悪すぎると逆に寝付けないと話していたので、本当に良かった。眠ったら少しは良くなっていると思いたい。
一ヶ月のうちで、体調の良い日が一週間あればいい方だとも言っていた。それなのに表情に出さずに耐え忍んでいるなんて。強いと思う反面、大変すぎると思った。
俺が他にしてあげられること、ないのか。症状を緩和できる食べ物、調べてみようかな。普段の食事に無理なく取り入れられるものを。あとは、体を温められるものを常備しておこう。今度湯たんぽとカイロ買いに行かないと。あ、そうだ。
ある事を思いついた俺は背中に一対の白い翼を再現。その時、肩甲骨の付け根に引っかかる違和感。その直後に気が付いた。服の背中に穴が空いてしまったことに。私服で個性を再現することがそう無いから、うっかりやってしまった。仕方ない、これは部屋着にしよう。
細かい、抜けた羽がふわふわと周辺に舞う。
霧華さんが眠る傍らに寄り添って、自分の身長と同程度の翼で包む様に覆う。これは、片翼だけで良かったかもしれない。反対の翼が行き場を完全に失っている。不要な翼を片方だけ解除した。
ヒーロー活動中は緊張はするものの、思考に混乱が生じることは無い。それが今では動揺しすぎていた。あの時の霧華さんもこんな風に動揺していたんだろうな。
繋いだ手はそのままに、もう片方の腕で体を抱き寄せる。早く良くなりますように。そう念じながら俺も目を瞑った。
顔色が少し悪いと思ったんだ。ベッドで横になっている霧華さんの頭を撫でながら、玄関先でのやり取りを思い返す。
昨日、霧華さんが新作の映画を借りてきたから今度の休みに二人で見ようと約束をした。それを持って、今日俺の家にまで来てくれたのだ。けど、玄関先で少し様子がおかしくて。体調が悪いんじゃないかと尋ねたら「ちょっと目眩が」と顔を曇らせる。その時は人混みに酔ったのかもしれないとも言っていた。
一先ず部屋に上がってもらって、ソファへ案内。そこで待っていてもらう間に温かい飲み物を淹れて戻ってきたら、ソファでぐったりしていた。
やっぱり具合が優れないんじゃないかと症状を聞けばこちらの血の気が引いてしまった。頭重感、目眩、悪寒、倦怠感、吐き気。症状がありすぎる。本人は大丈夫だと言っているけど、このままでいるよりは横になって休んだ方がいいと思ってさっきベッドに寝かせたんだ。
「ごめんね。せっかく飲み物淹れてくれたのに」
「気にしないで。…毛布、もう一枚持ってきますか」
「ううん、大丈夫。ありがと」
細く弱々しい声。額や頬に触れても熱を感じない。体温の低下が著しい。このまま体が冷たくなっていくのではと不安に駆られる。暖房器具やカイロは季節柄まだ用意していないし、湯たんぽも無い。
「…大丈夫ですか。何か体を温める物…湯たんぽは家にないし、カイロも常備はしていない…いや、病院に…俺、休日診療やってる所探します」
「落ち着いて環くん。大丈夫だから」
「これが落ち着いていられるわけが…体温だって下がってる、顔色が悪すぎる…血の気がない」
「いつものだから、大丈夫」
「いつもこんな風に体調を崩しているのか…!」
とんでもない事実を聞いてしまった。貴女はそんなに大袈裟な事では無いと苦笑いを浮かべるけど、一大事じゃないか。いつになく取り乱した俺の脳裏に最悪のシナリオが過る。
「…お願いですから、死なないでください」
「環くん…縁起でもないこと言わないで」
「やっぱり、病院に…」
「とりあえず、私の話聞いてくれるかな」
「……はい」
生死に関わると慌てる俺に対し、あくまで冷静な霧華さん。生まれた温度差を解消するべく、ここは俺も落ち着いて話を聞かないと駄目だ。そう頭で理解していても、心配なものは心配だ。
こうして話を聞けば、どうやら体調不良の原因は女性特有のものらしい。毎月或いは不定期に体調が悪くなると。軽症の時は頭痛のみ、倦怠感だけといった具合らしい。酷い時はいくつも症状が重なり、今日の様に座っているのも辛く、横にならなければいけないと。
理由を聞いても心配は募るばかりだった。
「いつも…いつもこんな風に具合が悪くなるなんて…辛すぎる」
「もうこればかりは仕方ないというか…病院で診てもらっても病気があるわけじゃないし。…ストレスや気圧の変化とかが原因かなあって。だから、上手く付き合っていくしかなくて」
「上司の愚痴ならいくらでも聞きます」
「ありがとう。でもファットさんに不満は特にないから…大丈夫よ」
気圧の変化は俺にどうすることもできないから、ストレスを緩和させることぐらいなら俺にもできる。
それにしても、いつも見ているはずなのに具合が悪そうにしている所を目にしたことがない。
「…さっき、急に具合が優れなくなるって言ってたけど。移動中や仕事中にもなるってことですよね」
「うん」
「俺が気づけなかっただけかもしれないけど…見たことがない」
「気合で乗り切ってるからかな…周りにもあまり言わないし」
またとんでもない答えが返ってきた。不調を気合で乗り切るだなんて、根性論すぎる。確かに病は気からというけど。
「具合悪い時はちゃんと言ってください…!倒れてからじゃ遅いんだ…もっと自分の身体大事にしてください」
「…うん、そうだよね。でも、具合が悪いからって中々言えない」
その気持ちは分かる。霧華さんも自分と同じ様に自己主張が強い性格じゃない。それでも不調はちゃんと周囲に伝えた方がいい。原因を特定できないなら、尚更だ。
「お休みなのにごめんね。借りてきたやつ、楽しみにしてたし…見ててもいいよ」
「なに言ってるんだ…霧華さんがこんな状態で苦しんでいるのに、呑気に映画見てる場合じゃないでしょ…」
「でも」
「映画はまた借りてくればいい。俺は貴女の方が大事だ。…明日も休みだし、ゆっくり過ごそう」
「……ありがとう」
力なく微笑む霧華さんは「時間経てば良くなるから」と不安そうにしている俺に言った。
思えばいつも気を使われている気がする。ファットガム事務所にインターンで来ていた時から。雄英を卒業して、ヒーローの夢を叶えた今もだ。
俺が年下で頼りないのは分かる。支えているつもりが、逆に支えられていることが多かった。それでもいつかは、頼りにしてもらえる男になりたい。
「……貴女が辛い時に俺は何もしてあげられないなんて…無力だ」
胸のうちでいくらそう願っても、こればかりはどうすることもできない。自分の無力さに打ちひしがれそうだった。
「環くん、一つお願いがあるんだけど」
ベッド脇で目を伏せていた所にそう声を掛けられた。顔を上げると、霧華さんがブランケットの隙間から片手を出してくる。
「手、繋いでほしいの」
「…あ、はい…」
「…うん。環くんの手、大きくてあったかくて、こうしてると安心する。これは環くんにしか、できないこと」
俺の手を握る柔らかい手。手の平の温度が低くて、冷たく感じる。霧華さんがふわっと笑いかけてきた。また、気を使われた。目尻に涙が浮かびそうになるのを必死に堪える。
「……本当に自分が不甲斐なさすきる」
「…環くん」
「でも、俺にしか…できないことなら、喜んで」
その手を優しく包み込む。
「ありがとう。…これならすぐ良くなるよ」
こうして手を握ったまま会話をぽつりぽつりと交わしているうちに、霧華さんは眠りについた。規則正しい呼吸を繰り返している。体調が悪すぎると逆に寝付けないと話していたので、本当に良かった。眠ったら少しは良くなっていると思いたい。
一ヶ月のうちで、体調の良い日が一週間あればいい方だとも言っていた。それなのに表情に出さずに耐え忍んでいるなんて。強いと思う反面、大変すぎると思った。
俺が他にしてあげられること、ないのか。症状を緩和できる食べ物、調べてみようかな。普段の食事に無理なく取り入れられるものを。あとは、体を温められるものを常備しておこう。今度湯たんぽとカイロ買いに行かないと。あ、そうだ。
ある事を思いついた俺は背中に一対の白い翼を再現。その時、肩甲骨の付け根に引っかかる違和感。その直後に気が付いた。服の背中に穴が空いてしまったことに。私服で個性を再現することがそう無いから、うっかりやってしまった。仕方ない、これは部屋着にしよう。
細かい、抜けた羽がふわふわと周辺に舞う。
霧華さんが眠る傍らに寄り添って、自分の身長と同程度の翼で包む様に覆う。これは、片翼だけで良かったかもしれない。反対の翼が行き場を完全に失っている。不要な翼を片方だけ解除した。
ヒーロー活動中は緊張はするものの、思考に混乱が生じることは無い。それが今では動揺しすぎていた。あの時の霧華さんもこんな風に動揺していたんだろうな。
繋いだ手はそのままに、もう片方の腕で体を抱き寄せる。早く良くなりますように。そう念じながら俺も目を瞑った。