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エスコートプラン 後編
天喰が通形に相談を持ちかけた翌々週。彼は府内にある水族館のゲート前で葉月と待ち合わせていた。
この水族館は規模が大きく、府内でも賑わう名所の一つ。特に家族連れや恋人同士が多くみられる。この客層に圧倒された天喰が「自分は場違いではないか」と屈しそうにもなり、踵を何度も返そうとした。だがそこは堪えて待ち合わせ場所に留まる。
天喰は待ち合わせ時間の十分前に到着。そわそわと落ち着かない様子であった。手元のスマホを何となく弄ってみたり、視線だけを上げて周囲を窺ってみたりと。この感覚は初めて友達と遊びに行った時とよく似ている。気の知れた相手とは言え、人を待つ緊張感は拭えない。時間になっても相手が現れないとなると、それは尚の事。
約束の時間を過ぎたが、それらしき人物は見当たらない。遅れるといった連絡もきていない。葉月はドタキャンをするような人間でもない。行き先を告げた時は至極喜んでおり、楽しみにしているとも言っていた。
ドタキャン以外の可能性を天喰は考える。連絡を入れる暇もない程の急用、またはここに向かう途中で何かあったのか。もしも後者の理由で遅れているとしたら。
不意の焦燥感に駆られた天喰はリダイヤルから葉月の番号を呼び出そうとした。その時だ。
「天喰くん!……ごめんね、待ったでしょう?」
葉月の声が聞こえた。バッと顔を上げた天喰の目にワンピースの裾を翻しながら走ってくる彼女が映る。バス停から走ってきたのだろうか。だいぶ息が上がっており、天喰の前で肩を上下に弾ませる。それ以外、特に外傷は見当たらない。どうやらヴィランに襲われた訳ではないようだ。天喰はほっと胸を撫でおろした。
「大丈夫です、待ってませんので。…ただ、何かあったんじゃないかと。なんともなさそうで良かった」
「本当にごめんなさい。実はそこで外国の方に道を聞かれて…英語ならまだどうにか分かるんだけど、フランス語は流石に」
何とか意思疎通を図ろうとしたのだが、身振り手振りだけではどうにも伝わらず。そこへ偶然にも通りかかったバイリンガルの個性を持つ人に助けられた。眉尻を提げて葉月は事の顛末を語る。
「バイリンガル個性…この辺、観光地で賑わう場所ですからね。結構そういった個性のツアー案内人がいるのかもしれない」
「うん。その人もちょうどツアーの案内中で、困ってたところを助けてもらったの」
「親切な人で良かった」
その親切な人とやらも仕事中だというのに困っている葉月に手を差し伸べてくれた。そして彼女は馴染みの無い言語に耳を傾け真摯な対応を試みた。両者とも優しくて温かい心の持ち主だ。こんな人ばかりならいいのに。天喰は心の中でそう呟いた。
葉月は丁寧に頭をぺこりと下げ、それから天喰に笑いかける。
「今日はよろしくお願いします」
「こっ…こちらこそ。至らない点ばかりかもしれませんが…よろしく、お願いします。……お洒落までしてきてくれて、なんか、その…すみません」
「出かけるの久しぶりだから、少し張り切っちゃった。……変じゃないかしら」
「変じゃない。…似合ってます、とても」
薄青色の七分袖ロングワンピース。ベルト部分で切り返したプリーツスカートの裾が膝下で揺れる。上品で落ち着いた洋服が以前から似合うと思っていたが、何故だろうか今日は一段と特別に見える。髪を巻いてハーフアップにしているせいもあるのかもしれない。
「可愛いです」と続けたかった言葉は喉の奥から出てこなかった。
「…葉月さん、そういう服似合いますよね」
「本当?ありがとう。好きな服、似合うって言われると嬉しい」
この洋服は一目惚れで買ったもので、着る機会が訪れて良かったとも話していた。
そんな彼女の隣で可愛い、綺麗といった単語が頭にポンポンと浮かんでくる天喰。もう少し見ていたい気持ちもあるのだが、不審に思われては返しに困る。
天喰は先に購入しておいた水族館の入場券を二枚取り出した。それからゲートを抜けた先でパンフレットを広げてみせる。
「順に見ていく予定ですけど…タイムスケジュールがあるやつで、これは見たいってのがあれば…」
「…えっと、ジンベエザメのお食事タイムが見てみたい。ジンベエザメ、見たことないから」
「……あ、そうか北の方には生息していない」
「そうなの。テレビで沖縄の特集とかで見たことはあるんだけど、実際には見たことなくて」
「大きさに驚くと思いますよ。…楽しみですね。じゃあ、この時間に合わせて回りましょうか」
歩を進める毎に館内が次第に薄暗くなっていく。水槽内を照らす光が月明かりの様に差し込んでいた。暗い足元に気を付けるように葉月へ呼び掛ければ「ありがとう」と笑い返してくる。
「エスコートは相手への思いやりが第一だ!」という友人のアドバイスを彼は再度心に留めた。
◆◇◆
小型水槽が並んだ先を抜けると、大型のパノラマ水槽が眼前に広がった。その水槽の前に立ち止まり、色鮮やかな魚を眺めている葉月。天喰は一歩下がった場所で悠々と泳ぐ魚の様子を見ていた。
元から話しやすい人だからなのか、変に緊張せずに接することができていた。次に何を話そうか、共通の話題はあるだろうかと考えずに済むのだ。
葉月は熱帯魚の水槽の前でスマホを横に構えていた。ガラス面に自分の姿が映りこまないよう、天喰はさらに一歩退く。そこであることに気づいた。
水槽の前に佇む葉月の姿が幻想的で、まるで絵画の様だと。その構図が気に入った天喰は自分のスマホを取り出す。幸い、周囲に人の姿もない。
起動したカメラで一枚、シャッターを切った。
思い出に一枚、後ろ姿ぐらいならいいだろうと魔が差したのだ。
水槽の照明と青い水色に照らされた葉月の姿はシルエットのようになっていた。いい写真が撮れた。天喰は人知れず笑みを零す。
◇
「ジンベエザメ、大きかったね。どれだけ引いても写真に収まらないんだもの。びっくりしちゃった」
天喰と館内を見て回った葉月は先程見た大きなジンベエザメについて語っていた。体長の大きさから始まり、泳ぎ方、餌の食べ方など。余程感激したのか、興奮気味にお喋りを続けていた。
さらにはお土産コーナーで小型のジンベエザメのぬいぐるみを手に取り、大きな口を開けた様子がファットガムみたいだと笑うのだ。
「ほら、ご飯食べてる時。あっと言う間に平らげちゃうでしょ」
「吸い込む様に食べてるところ……言われてみればそう思えてきた。…ジンベエザメがファットにしか見えなくなりそうだ」
「お土産話になっていいんじゃないかな。…そうそう、先輩たちに何か買っていこうと思ってるの。私、この辺見てるから天喰くんも何か見てきたらいいよ。ファットさん達の分はあとで一緒に選びましょ」
「あ、はい。…じゃあ、先に友達の選んできます」
お土産コーナーにはあらゆる商品が陳列されている。ぬいぐるみの他に魚や館内の生き物を模した文房具、ストラップ、Tシャツなどの布製品、定番のプリントクッキーや煎餅などのお菓子。商品の展開が多く、選ぶのも一苦労だと天喰は広いお土産コーナーをうろうろとしていた。
暫くしてようやく友人のお土産を選び終え、ストラップやキーホルダーが陳列された場所に戻ってきた。
ストラップがずらりと並ぶ中から可愛らしいイルカのシルバーチャームがついた物を手に取る。カマイルカを見た時に可愛いとはしゃいでいたので、これでも喜んでくれそうだ。だが、ストラップは定番すぎるだろうかと考え直し、一度それを元に戻す。
上司の無茶ぶりとはいえ、貴重な休みを割いてくれたお礼として天喰は葉月に渡すお土産を考えていた。
コーナーを改めて見渡した天喰はアクセサリーコーナーに目を留めた。革紐のペンダントや細いチェーンのネックレス、ピアスやイヤリングが並んでいる。イルカのパーツを使用したものが多い。どうやらイルカが定番らしい。その中で隅の方に貝殻のパーツを使用したイヤリングを見つけた。
台紙に固定された一対のイヤリング。淡水シェルを使用したホタテ貝のパーツと涼し気な青いアクリルビーズを組み合わせたもの。シンプルながらも見る角度によって色が変わる。涼しげな色合いがこれからの季節と合い、使いやすそうだ。そう思った天喰はそれをそっと手に取り、相手に気づかれないうちに友人の土産と一緒に会計を済ませる。
「天喰くん、選び終わった?」
会計が終わった直後、そう声をかけられたのでびくりと天喰は肩を震わせてしまった。心臓がどくどくと鼓動を打つ中、顔に出ないように努めるが、口元が引きつってしまう。
「……葉月さんは」
「私も向こうのレジで済ませてきたところ。それで、ファットさんたちの分なんだけど…向こうに良さそうなのがあって、どっちがいいかなって」
お菓子コーナーに移動した葉月が細い指で箱を指し示す。ゴーフレット、チョコレートコーティングされた饅頭。このどちらかに絞り込んだようだ。パッケージには水族館の人気者が描かれている。
「どっちも二つずつでいいと思います。一箱余裕で食べるからあの人」
「あ…それもそうね。ファットさん、ジンベエザメだから」
葉月は先ほど自分で例えた話を思い出し、くすくすと笑みを零した。
ふとした時に見せる表情や仕草。そのひとつひとつが好きだ。天喰は自分の気持ちに気づかされてから、いつしかそう感じることが増えた。
『好きと恋の境界線なんて曖昧なもんだぜ』
通形の言葉が過る。たった一歩、つま先がほんの少し境界線を踏み出しただけで好きという感情が色濃くなるのが不思議で仕方がならない。
あの日以降、天喰が自覚したのを察したファットガムが度々ちょっかいを出しくるので、それに苛立ちが募る日々を過ごしてきた。からかい半分、応援しているつもりなのだろうが、余計なお世話だと思う節もある。
あの様子では週明けも今日のことを根掘り葉掘り聞いてくるだろう。その対応が厄介だと溜息をつきたくなるが、今こうして葉月と過ごす時間に免じて目を瞑ることにした。
◇
「天喰くん、今日はありがとう。すごく楽しかった。水族館、久しぶりだったし」
「こちらこそ…楽しんでもらえて何よりです。…不愉快な思いにさせてなければいいけど」
「全然。ファットさんの思いつきとはいえ、天喰くんと来られて良かった。魚の解説、パネルよりも詳しいんだもの」
一瞬、自分と来られて良かったと聞いて胸が高鳴るが、期待するような意味ではなく、豆知識に感心したという。早とちりに顔が熱くなりかける。
「……図鑑とかでよく調べてたので。俺の個性に繋がることだし」
「天喰くん頑張り屋さんだもんね」
努力の賜物だと褒められることは素直に嬉しい。自分のことをちゃんと見てくれている。
「天喰くん。これ、迷惑じゃなかったら」
そう言いながら葉月は手に提げていたお土産袋を天喰に差し出した。
まさかの展開に思わず声が漏れ出そうになる。こちらからお土産を渡すことは考えていたが、相手から貰うことは想定外であった。
遠慮して受け取ろうとしない天喰に葉月は優しく声をかける。
「水族館に連れてきてくれたお礼。…ほら、私こっちに友達や知りあいがいないから。中々こういう所にも来られないし。だから、感謝の気持ち」
葉月が此処で暮らし始めて半年以上が経った。
行動範囲はそれなりに広がったが、かねてからの友人がいないと一人で足を運ぶには躊躇う場所もあるという。水族館、動物園などの施設や展覧会といった場所だ。
彼女なりに気を遣っていたのだろう。自分の都合でヒーロー業に勤しむ彼らの休息日を邪魔するわけにいかないと。
今日の感謝の気持ちだと言われてしまえば、それを無下に断る理由は無い。むしろこちらからもお土産を渡すチャンスだと考え、天喰は自分のお土産袋から小さな紙包みを取り出した。
「あの、実は……俺も葉月さんにお土産を。今日付き合ってもらったお礼に…貰ってください」
「ふふ。考えること一緒だね。ありがとう。お土産交換になって丁度良かった」
お互いが選んだお土産を交換した後、開けてもいいかと葉月に訊ねられたので天喰はこくりと頷いた。
気に入ってもらえるだろうか。不安が募る中、受け取った葉月からのお土産袋を開ける。中には魚介類の三種ふりかけセット、メンダコのマスコットストラップが入っていた。ふりかけセットは天喰が通形に選んだ物と同じだ。同じ物に目が留まるとはまた偶然が重なる。
「わあ…きれい。かわいい」
貝殻のイヤリングを手にした葉月は目を輝かせていた。俄かに頬が染まっているように思えたのは、夕日のせいだろうか。
「貝殻と青いビーズ、海みたい。こんなに素敵なもの、いいの?」
「…これからの季節に使えそうな色合いだし。それに、葉月さんに似合うと思ったので」
「ありがとう天喰くん。大切にするね」
「俺の方こそ、ありがとうございます。これ気になってたやつだし……それにメンダコかわいい。…葉月さん、俺でよければどこでも付き合います。行きたい所あれば、言ってください。俺からも声掛けます」
此処に留まると決心してくれたのだ。物怖じせず自由にこの世界で暮らしてほしい。その願いが第一に天喰の胸に宿っていた。
「うん、ありがとう。行きたい場所考えとくね」
柔らかくそう微笑んだ葉月の顔が眩しい。
目を細めた天喰は「夕日が目に染みて」といって誤魔化すのであった。
◆◇◆
日本列島の梅雨が開け始めた頃、通形は大阪を訪れていた。関西圏のヒーロー事務所からチームアップの要請があり、それに応じていたのだ。通形の友人が所属するファットガム事務所とは関わりがなかったが、折角関西まで足を運んだので天喰と待ち合わせることに。
夕刻の時間帯になるとアーケード街が賑わい始める。喫茶店の二階席から人々の往来を眺めていた通形は人の気配を感じ、振り向いた。
そこには軽く手を上げて「お待たせ」と静かに笑う天喰の姿。
「よ、一ヶ月ぶりくらいだな!」
「そうだな。遠征お疲れ様」
「大阪の美味いもの食べたら疲れも吹っ飛ぶさ。時間あれば晩飯こっちで食べていくんだけどなー」
通形とは反対側の席に腰を下ろした天喰はコーヒーを頼み、手に持っていた紙袋を通形に差し出した。
「大阪土産。事務所の人たちにもどうぞ」
「いいのか?サンキュー。おっ、これ好きなんだよね!」
「それとこっちはこの間の…水族館行った時のお土産」
天喰が差し出したもう一つの袋には大阪府内の水族館のロゴが入っている。それを見た通形が受け取りながら「気遣わなくて良かったのに」と言う。
「相談に乗ってくれた御礼も兼ねて。だいぶ遅れてしまったけど、日持ちするもの選んできたから」
「おっ…!ふりかけだ!こういうの選ぶの環らしいな」
魚介類の粉末を使用したふりかけのセットを物珍しそうにまじまじと見る。それからすぐに食い気味に天喰へこう訊ねた。
「で、気になる報告が聞きたいんだぜ!」
「新幹線の時間、大丈夫なのか」
「三十分くらいなら平気だ。これを聞かずに関東へは帰れないってもんだよ」
エスコート当日の報告をメッセージアプリで伝えようとすると、直接聞きたいという通形たっての希望。天喰自身もお土産を手渡す時で良いかと考えたのだが、お互いに都合のつく時間が取れず現在に至る。
至極ワクワクとした眼差しを向けてくる通形に物怖じしながらも天喰はぽつりと話し始めた。
「何から話せばいいか…とりあえず、水族館は楽しかった。すごく喜んでもらえたし…お土産も気にいってくれたよ」
「そいつは良かった!エスコートもちゃんと出来たみたいだなその様子からして」
「ファットには多少ケチをつけられたけど…ミリオのおかげで助かったよ」
通形の助言を頼りにエスコートしたおかけで、その日は問題なく過ごすことができたと語る。大したことは言っていないと謙遜する通形ではあるが、友人の力になれたことに気を良くしていた。
「俺はあくまでこうしたらいいんじゃないかってのを伝えただけで、実際に行動に移したのは環自身だ。それで、その後の進展は何かあったりとか?」
奥手な友人のことだ、関係にそう変化は生じていないだろうと踏んでいたのだが。
このタイミングでコーヒーが運ばれてきたので、その話は少しの間途切れる。通形は温くなった紅茶を一口飲み、カップを持ち上げたまま続きを天喰に促す。
香り高いコクのある味わい深いコーヒーを口に含むと一日の疲れが癒やされていく。
コーヒーカップを静かに置いた天喰は少し照れた表情を見せながらも話を続けた。
「付き合うことになりました」
思いがけないその一言に通形はカップを持ち上げたまま、暫く固まってしまった。
「……突然の展開すぎて俺がついていけてないよね!この一ヶ月で一体何が?!友達以上恋人未満どころか既に!」
「ミリオ…声が大きい」
「いやだって環のことだから、半年とかかけてじっくり親睦を深めていくもんだとばかり」
「…上司が煽ってくるんだ。しかもわざとらしく…俺の心情を知っていながら。性質が悪すぎる」
件のエスコートをこじつけたのはファットガム。さらに追い打ちをかけるように毎日煽ってくるらしい。それが彼にとって起爆剤となったのだろう。
「まあ、結果良ければすべて良し!って言うじゃないか。具体的にはどんな行動を?」
「重い物代わりに運んだり、食事の用意を手伝ったり、残業で遅くなった日は送ってあげたり…あと、どこか出掛けませんかって週一で声を掛けた」
「週一。それウザがられるかどうかの瀬戸際だよね。ときめくメモリアルかな。……にしても、環はこれと決めたら攻めまくるタイプだよな。まさに行動力の化身」
通形はうんうんと感心するように頷いていた。
人見知りで他人と目を合わせられず、常に俯きがちだった。そんな男がやる時はやるもんだと。行動力に驚きを隠せず、やはり凄いやつだと改めて深く認識するのである。
「元々波長が合う人だったから、上手くいったんだと思う。…あと、ミリオが気づかせてくれなければ、こうはなっていなかった。……ずっと気づかずに慕っていたと思う」
「何がきっかけになるかなんて分からないさ。たまたま今回は俺だっただけで。…ま、俺はこうなると予測してたけどな!」
ニコニコと人当たりの良い笑みを浮かべる通形。
彼に相談を持ちかけたことは間違いではなかった。「困ったことがあったら何でも相談してくれ」と言う友人の言葉はとても力強い。
「…そうだ!結婚式の友人代表、俺がスピーチするから任せてくれよ!」
「気が早すぎる……何年先のことを」
「そうは言っても、あっという間だぜ。だから、好きな人と一緒にいる時間は大切にした方がいい」
常に先のことを考え、最善の結果へと導く。師の教えに基づいての発言、行動を心がけているからこその助言。何よりも親友からの言葉だ。心に留めておくべきだと思い、天喰は「そうだな」と返した。
天喰が通形に相談を持ちかけた翌々週。彼は府内にある水族館のゲート前で葉月と待ち合わせていた。
この水族館は規模が大きく、府内でも賑わう名所の一つ。特に家族連れや恋人同士が多くみられる。この客層に圧倒された天喰が「自分は場違いではないか」と屈しそうにもなり、踵を何度も返そうとした。だがそこは堪えて待ち合わせ場所に留まる。
天喰は待ち合わせ時間の十分前に到着。そわそわと落ち着かない様子であった。手元のスマホを何となく弄ってみたり、視線だけを上げて周囲を窺ってみたりと。この感覚は初めて友達と遊びに行った時とよく似ている。気の知れた相手とは言え、人を待つ緊張感は拭えない。時間になっても相手が現れないとなると、それは尚の事。
約束の時間を過ぎたが、それらしき人物は見当たらない。遅れるといった連絡もきていない。葉月はドタキャンをするような人間でもない。行き先を告げた時は至極喜んでおり、楽しみにしているとも言っていた。
ドタキャン以外の可能性を天喰は考える。連絡を入れる暇もない程の急用、またはここに向かう途中で何かあったのか。もしも後者の理由で遅れているとしたら。
不意の焦燥感に駆られた天喰はリダイヤルから葉月の番号を呼び出そうとした。その時だ。
「天喰くん!……ごめんね、待ったでしょう?」
葉月の声が聞こえた。バッと顔を上げた天喰の目にワンピースの裾を翻しながら走ってくる彼女が映る。バス停から走ってきたのだろうか。だいぶ息が上がっており、天喰の前で肩を上下に弾ませる。それ以外、特に外傷は見当たらない。どうやらヴィランに襲われた訳ではないようだ。天喰はほっと胸を撫でおろした。
「大丈夫です、待ってませんので。…ただ、何かあったんじゃないかと。なんともなさそうで良かった」
「本当にごめんなさい。実はそこで外国の方に道を聞かれて…英語ならまだどうにか分かるんだけど、フランス語は流石に」
何とか意思疎通を図ろうとしたのだが、身振り手振りだけではどうにも伝わらず。そこへ偶然にも通りかかったバイリンガルの個性を持つ人に助けられた。眉尻を提げて葉月は事の顛末を語る。
「バイリンガル個性…この辺、観光地で賑わう場所ですからね。結構そういった個性のツアー案内人がいるのかもしれない」
「うん。その人もちょうどツアーの案内中で、困ってたところを助けてもらったの」
「親切な人で良かった」
その親切な人とやらも仕事中だというのに困っている葉月に手を差し伸べてくれた。そして彼女は馴染みの無い言語に耳を傾け真摯な対応を試みた。両者とも優しくて温かい心の持ち主だ。こんな人ばかりならいいのに。天喰は心の中でそう呟いた。
葉月は丁寧に頭をぺこりと下げ、それから天喰に笑いかける。
「今日はよろしくお願いします」
「こっ…こちらこそ。至らない点ばかりかもしれませんが…よろしく、お願いします。……お洒落までしてきてくれて、なんか、その…すみません」
「出かけるの久しぶりだから、少し張り切っちゃった。……変じゃないかしら」
「変じゃない。…似合ってます、とても」
薄青色の七分袖ロングワンピース。ベルト部分で切り返したプリーツスカートの裾が膝下で揺れる。上品で落ち着いた洋服が以前から似合うと思っていたが、何故だろうか今日は一段と特別に見える。髪を巻いてハーフアップにしているせいもあるのかもしれない。
「可愛いです」と続けたかった言葉は喉の奥から出てこなかった。
「…葉月さん、そういう服似合いますよね」
「本当?ありがとう。好きな服、似合うって言われると嬉しい」
この洋服は一目惚れで買ったもので、着る機会が訪れて良かったとも話していた。
そんな彼女の隣で可愛い、綺麗といった単語が頭にポンポンと浮かんでくる天喰。もう少し見ていたい気持ちもあるのだが、不審に思われては返しに困る。
天喰は先に購入しておいた水族館の入場券を二枚取り出した。それからゲートを抜けた先でパンフレットを広げてみせる。
「順に見ていく予定ですけど…タイムスケジュールがあるやつで、これは見たいってのがあれば…」
「…えっと、ジンベエザメのお食事タイムが見てみたい。ジンベエザメ、見たことないから」
「……あ、そうか北の方には生息していない」
「そうなの。テレビで沖縄の特集とかで見たことはあるんだけど、実際には見たことなくて」
「大きさに驚くと思いますよ。…楽しみですね。じゃあ、この時間に合わせて回りましょうか」
歩を進める毎に館内が次第に薄暗くなっていく。水槽内を照らす光が月明かりの様に差し込んでいた。暗い足元に気を付けるように葉月へ呼び掛ければ「ありがとう」と笑い返してくる。
「エスコートは相手への思いやりが第一だ!」という友人のアドバイスを彼は再度心に留めた。
◆◇◆
小型水槽が並んだ先を抜けると、大型のパノラマ水槽が眼前に広がった。その水槽の前に立ち止まり、色鮮やかな魚を眺めている葉月。天喰は一歩下がった場所で悠々と泳ぐ魚の様子を見ていた。
元から話しやすい人だからなのか、変に緊張せずに接することができていた。次に何を話そうか、共通の話題はあるだろうかと考えずに済むのだ。
葉月は熱帯魚の水槽の前でスマホを横に構えていた。ガラス面に自分の姿が映りこまないよう、天喰はさらに一歩退く。そこであることに気づいた。
水槽の前に佇む葉月の姿が幻想的で、まるで絵画の様だと。その構図が気に入った天喰は自分のスマホを取り出す。幸い、周囲に人の姿もない。
起動したカメラで一枚、シャッターを切った。
思い出に一枚、後ろ姿ぐらいならいいだろうと魔が差したのだ。
水槽の照明と青い水色に照らされた葉月の姿はシルエットのようになっていた。いい写真が撮れた。天喰は人知れず笑みを零す。
◇
「ジンベエザメ、大きかったね。どれだけ引いても写真に収まらないんだもの。びっくりしちゃった」
天喰と館内を見て回った葉月は先程見た大きなジンベエザメについて語っていた。体長の大きさから始まり、泳ぎ方、餌の食べ方など。余程感激したのか、興奮気味にお喋りを続けていた。
さらにはお土産コーナーで小型のジンベエザメのぬいぐるみを手に取り、大きな口を開けた様子がファットガムみたいだと笑うのだ。
「ほら、ご飯食べてる時。あっと言う間に平らげちゃうでしょ」
「吸い込む様に食べてるところ……言われてみればそう思えてきた。…ジンベエザメがファットにしか見えなくなりそうだ」
「お土産話になっていいんじゃないかな。…そうそう、先輩たちに何か買っていこうと思ってるの。私、この辺見てるから天喰くんも何か見てきたらいいよ。ファットさん達の分はあとで一緒に選びましょ」
「あ、はい。…じゃあ、先に友達の選んできます」
お土産コーナーにはあらゆる商品が陳列されている。ぬいぐるみの他に魚や館内の生き物を模した文房具、ストラップ、Tシャツなどの布製品、定番のプリントクッキーや煎餅などのお菓子。商品の展開が多く、選ぶのも一苦労だと天喰は広いお土産コーナーをうろうろとしていた。
暫くしてようやく友人のお土産を選び終え、ストラップやキーホルダーが陳列された場所に戻ってきた。
ストラップがずらりと並ぶ中から可愛らしいイルカのシルバーチャームがついた物を手に取る。カマイルカを見た時に可愛いとはしゃいでいたので、これでも喜んでくれそうだ。だが、ストラップは定番すぎるだろうかと考え直し、一度それを元に戻す。
上司の無茶ぶりとはいえ、貴重な休みを割いてくれたお礼として天喰は葉月に渡すお土産を考えていた。
コーナーを改めて見渡した天喰はアクセサリーコーナーに目を留めた。革紐のペンダントや細いチェーンのネックレス、ピアスやイヤリングが並んでいる。イルカのパーツを使用したものが多い。どうやらイルカが定番らしい。その中で隅の方に貝殻のパーツを使用したイヤリングを見つけた。
台紙に固定された一対のイヤリング。淡水シェルを使用したホタテ貝のパーツと涼し気な青いアクリルビーズを組み合わせたもの。シンプルながらも見る角度によって色が変わる。涼しげな色合いがこれからの季節と合い、使いやすそうだ。そう思った天喰はそれをそっと手に取り、相手に気づかれないうちに友人の土産と一緒に会計を済ませる。
「天喰くん、選び終わった?」
会計が終わった直後、そう声をかけられたのでびくりと天喰は肩を震わせてしまった。心臓がどくどくと鼓動を打つ中、顔に出ないように努めるが、口元が引きつってしまう。
「……葉月さんは」
「私も向こうのレジで済ませてきたところ。それで、ファットさんたちの分なんだけど…向こうに良さそうなのがあって、どっちがいいかなって」
お菓子コーナーに移動した葉月が細い指で箱を指し示す。ゴーフレット、チョコレートコーティングされた饅頭。このどちらかに絞り込んだようだ。パッケージには水族館の人気者が描かれている。
「どっちも二つずつでいいと思います。一箱余裕で食べるからあの人」
「あ…それもそうね。ファットさん、ジンベエザメだから」
葉月は先ほど自分で例えた話を思い出し、くすくすと笑みを零した。
ふとした時に見せる表情や仕草。そのひとつひとつが好きだ。天喰は自分の気持ちに気づかされてから、いつしかそう感じることが増えた。
『好きと恋の境界線なんて曖昧なもんだぜ』
通形の言葉が過る。たった一歩、つま先がほんの少し境界線を踏み出しただけで好きという感情が色濃くなるのが不思議で仕方がならない。
あの日以降、天喰が自覚したのを察したファットガムが度々ちょっかいを出しくるので、それに苛立ちが募る日々を過ごしてきた。からかい半分、応援しているつもりなのだろうが、余計なお世話だと思う節もある。
あの様子では週明けも今日のことを根掘り葉掘り聞いてくるだろう。その対応が厄介だと溜息をつきたくなるが、今こうして葉月と過ごす時間に免じて目を瞑ることにした。
◇
「天喰くん、今日はありがとう。すごく楽しかった。水族館、久しぶりだったし」
「こちらこそ…楽しんでもらえて何よりです。…不愉快な思いにさせてなければいいけど」
「全然。ファットさんの思いつきとはいえ、天喰くんと来られて良かった。魚の解説、パネルよりも詳しいんだもの」
一瞬、自分と来られて良かったと聞いて胸が高鳴るが、期待するような意味ではなく、豆知識に感心したという。早とちりに顔が熱くなりかける。
「……図鑑とかでよく調べてたので。俺の個性に繋がることだし」
「天喰くん頑張り屋さんだもんね」
努力の賜物だと褒められることは素直に嬉しい。自分のことをちゃんと見てくれている。
「天喰くん。これ、迷惑じゃなかったら」
そう言いながら葉月は手に提げていたお土産袋を天喰に差し出した。
まさかの展開に思わず声が漏れ出そうになる。こちらからお土産を渡すことは考えていたが、相手から貰うことは想定外であった。
遠慮して受け取ろうとしない天喰に葉月は優しく声をかける。
「水族館に連れてきてくれたお礼。…ほら、私こっちに友達や知りあいがいないから。中々こういう所にも来られないし。だから、感謝の気持ち」
葉月が此処で暮らし始めて半年以上が経った。
行動範囲はそれなりに広がったが、かねてからの友人がいないと一人で足を運ぶには躊躇う場所もあるという。水族館、動物園などの施設や展覧会といった場所だ。
彼女なりに気を遣っていたのだろう。自分の都合でヒーロー業に勤しむ彼らの休息日を邪魔するわけにいかないと。
今日の感謝の気持ちだと言われてしまえば、それを無下に断る理由は無い。むしろこちらからもお土産を渡すチャンスだと考え、天喰は自分のお土産袋から小さな紙包みを取り出した。
「あの、実は……俺も葉月さんにお土産を。今日付き合ってもらったお礼に…貰ってください」
「ふふ。考えること一緒だね。ありがとう。お土産交換になって丁度良かった」
お互いが選んだお土産を交換した後、開けてもいいかと葉月に訊ねられたので天喰はこくりと頷いた。
気に入ってもらえるだろうか。不安が募る中、受け取った葉月からのお土産袋を開ける。中には魚介類の三種ふりかけセット、メンダコのマスコットストラップが入っていた。ふりかけセットは天喰が通形に選んだ物と同じだ。同じ物に目が留まるとはまた偶然が重なる。
「わあ…きれい。かわいい」
貝殻のイヤリングを手にした葉月は目を輝かせていた。俄かに頬が染まっているように思えたのは、夕日のせいだろうか。
「貝殻と青いビーズ、海みたい。こんなに素敵なもの、いいの?」
「…これからの季節に使えそうな色合いだし。それに、葉月さんに似合うと思ったので」
「ありがとう天喰くん。大切にするね」
「俺の方こそ、ありがとうございます。これ気になってたやつだし……それにメンダコかわいい。…葉月さん、俺でよければどこでも付き合います。行きたい所あれば、言ってください。俺からも声掛けます」
此処に留まると決心してくれたのだ。物怖じせず自由にこの世界で暮らしてほしい。その願いが第一に天喰の胸に宿っていた。
「うん、ありがとう。行きたい場所考えとくね」
柔らかくそう微笑んだ葉月の顔が眩しい。
目を細めた天喰は「夕日が目に染みて」といって誤魔化すのであった。
◆◇◆
日本列島の梅雨が開け始めた頃、通形は大阪を訪れていた。関西圏のヒーロー事務所からチームアップの要請があり、それに応じていたのだ。通形の友人が所属するファットガム事務所とは関わりがなかったが、折角関西まで足を運んだので天喰と待ち合わせることに。
夕刻の時間帯になるとアーケード街が賑わい始める。喫茶店の二階席から人々の往来を眺めていた通形は人の気配を感じ、振り向いた。
そこには軽く手を上げて「お待たせ」と静かに笑う天喰の姿。
「よ、一ヶ月ぶりくらいだな!」
「そうだな。遠征お疲れ様」
「大阪の美味いもの食べたら疲れも吹っ飛ぶさ。時間あれば晩飯こっちで食べていくんだけどなー」
通形とは反対側の席に腰を下ろした天喰はコーヒーを頼み、手に持っていた紙袋を通形に差し出した。
「大阪土産。事務所の人たちにもどうぞ」
「いいのか?サンキュー。おっ、これ好きなんだよね!」
「それとこっちはこの間の…水族館行った時のお土産」
天喰が差し出したもう一つの袋には大阪府内の水族館のロゴが入っている。それを見た通形が受け取りながら「気遣わなくて良かったのに」と言う。
「相談に乗ってくれた御礼も兼ねて。だいぶ遅れてしまったけど、日持ちするもの選んできたから」
「おっ…!ふりかけだ!こういうの選ぶの環らしいな」
魚介類の粉末を使用したふりかけのセットを物珍しそうにまじまじと見る。それからすぐに食い気味に天喰へこう訊ねた。
「で、気になる報告が聞きたいんだぜ!」
「新幹線の時間、大丈夫なのか」
「三十分くらいなら平気だ。これを聞かずに関東へは帰れないってもんだよ」
エスコート当日の報告をメッセージアプリで伝えようとすると、直接聞きたいという通形たっての希望。天喰自身もお土産を手渡す時で良いかと考えたのだが、お互いに都合のつく時間が取れず現在に至る。
至極ワクワクとした眼差しを向けてくる通形に物怖じしながらも天喰はぽつりと話し始めた。
「何から話せばいいか…とりあえず、水族館は楽しかった。すごく喜んでもらえたし…お土産も気にいってくれたよ」
「そいつは良かった!エスコートもちゃんと出来たみたいだなその様子からして」
「ファットには多少ケチをつけられたけど…ミリオのおかげで助かったよ」
通形の助言を頼りにエスコートしたおかけで、その日は問題なく過ごすことができたと語る。大したことは言っていないと謙遜する通形ではあるが、友人の力になれたことに気を良くしていた。
「俺はあくまでこうしたらいいんじゃないかってのを伝えただけで、実際に行動に移したのは環自身だ。それで、その後の進展は何かあったりとか?」
奥手な友人のことだ、関係にそう変化は生じていないだろうと踏んでいたのだが。
このタイミングでコーヒーが運ばれてきたので、その話は少しの間途切れる。通形は温くなった紅茶を一口飲み、カップを持ち上げたまま続きを天喰に促す。
香り高いコクのある味わい深いコーヒーを口に含むと一日の疲れが癒やされていく。
コーヒーカップを静かに置いた天喰は少し照れた表情を見せながらも話を続けた。
「付き合うことになりました」
思いがけないその一言に通形はカップを持ち上げたまま、暫く固まってしまった。
「……突然の展開すぎて俺がついていけてないよね!この一ヶ月で一体何が?!友達以上恋人未満どころか既に!」
「ミリオ…声が大きい」
「いやだって環のことだから、半年とかかけてじっくり親睦を深めていくもんだとばかり」
「…上司が煽ってくるんだ。しかもわざとらしく…俺の心情を知っていながら。性質が悪すぎる」
件のエスコートをこじつけたのはファットガム。さらに追い打ちをかけるように毎日煽ってくるらしい。それが彼にとって起爆剤となったのだろう。
「まあ、結果良ければすべて良し!って言うじゃないか。具体的にはどんな行動を?」
「重い物代わりに運んだり、食事の用意を手伝ったり、残業で遅くなった日は送ってあげたり…あと、どこか出掛けませんかって週一で声を掛けた」
「週一。それウザがられるかどうかの瀬戸際だよね。ときめくメモリアルかな。……にしても、環はこれと決めたら攻めまくるタイプだよな。まさに行動力の化身」
通形はうんうんと感心するように頷いていた。
人見知りで他人と目を合わせられず、常に俯きがちだった。そんな男がやる時はやるもんだと。行動力に驚きを隠せず、やはり凄いやつだと改めて深く認識するのである。
「元々波長が合う人だったから、上手くいったんだと思う。…あと、ミリオが気づかせてくれなければ、こうはなっていなかった。……ずっと気づかずに慕っていたと思う」
「何がきっかけになるかなんて分からないさ。たまたま今回は俺だっただけで。…ま、俺はこうなると予測してたけどな!」
ニコニコと人当たりの良い笑みを浮かべる通形。
彼に相談を持ちかけたことは間違いではなかった。「困ったことがあったら何でも相談してくれ」と言う友人の言葉はとても力強い。
「…そうだ!結婚式の友人代表、俺がスピーチするから任せてくれよ!」
「気が早すぎる……何年先のことを」
「そうは言っても、あっという間だぜ。だから、好きな人と一緒にいる時間は大切にした方がいい」
常に先のことを考え、最善の結果へと導く。師の教えに基づいての発言、行動を心がけているからこその助言。何よりも親友からの言葉だ。心に留めておくべきだと思い、天喰は「そうだな」と返した。