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エスコートプラン 前編
「すまないミリオ。忙しいのに呼び出してしまって…」
「気にするなよ。俺とお前の仲だろ?それにお互いの近況も話したかったし」
「ああ…そうだな」
昼時を避けた時間帯。都内のファストフード店。そこで待ち合わせた天喰と通形は二階席の一角にハンバーガーセットが乗ったトレイを置いた。
雄英高校を卒業した二人はプロ―ヒーローとして活動を行っていた。春が過ぎ、夏が本格的に始まろうとしている。この二人にとってはインターンの延長線とも言えるが、活動内容はより濃い。本格的にプロとしての活動が始まったばかりだ。
「CM、見たよ。ミリオにぴったりだった。特に宣伝文句の台詞が」
「ファイトー!ってとこだろ?あれ、声がデカ過ぎるって何回もNG出しちゃったんだよね」
某ドリンク剤のCMに若手ヒーローを起用する風潮があり、今年それに抜擢されたのがルミリオンであった。明朗快活なキャラクターがイメージとぴったりだったそうだ。
天喰がポテトをつまむ横でコーラをストローで吸い上げる通形。店に入ってからは卒業後の互いの近況を報告していたが、わざわざ親友が自分を呼び出すには他に理由があるはず。まして、関西から足を運んでだ。通形チーズハンバーガーを一口頬張って咀嚼してから、その理由を問うことにした。
「ところで、何か相談でもあるんだろ?」
「…な、なんで分かったんだ」
「分かるさ。環の友達何年やってると思ってるんだよ。俺でよければ何だって聞くぜ!」
任せろよと屈託の無い笑顔を宿し、自身の左胸を親指で示す。心強い友人を持ったものだと天喰は密かに感銘を受けていた。
「…実は」
「ああ」
「……じ、実は」
「うんうん」
「実は、その……」
「勿体ぶりすぎだよね!勿体ぶりすぎるとハードルが高くなるし、こっちも緊張してくるってやつだぜ!」
「そんなつもりじゃ…!」
自ら話のハードルを上げていると指摘され慌てる天喰。ぐっと口を噤んでから「実は」といよいよ話を切り出した。
「ある人と一緒に、二人で出掛けることになったんだ」
「へえー。俺も知ってる人?」
「ああ。ミリオも前に一度会ってる。…去年の文化祭準備期間中に来た」
「あの人だな!ええと、葉月さんだよな?!」
天喰の声に被せる様にして喋る通形は勢い余ってその場にがたりと立ち上がった。一瞬、周囲の他の客から視線が集まる。
「ミリオ…声が大きい。誰かに聞かれでもしたら…それに注目されている」
「ごめんごめん。…再確認だけど、環は葉月さんと出掛けるってことだよな。二人で!」
「そういうことになってしまったんだ…」
「ん?環がデートに誘った訳じゃないのか?」
「違う。…ファットにけしかけられて」
事の発端はこうだと天喰は話し始めた。
遡ること一週間前。雄英高校を卒業後、天喰はインターン先のファットガム事務所に迎え入れられた。慣れた環境で、精神的負担も和らいでいるおかげか何の支障もなく仕事をこなしている。季節の変わり目も落ち着き、初夏を迎えた頃。
知り合いから山菜を貰ったというので、それを天ぷらや和え物にしてパトロール前の腹ごしらえに添えられていた。腹ごしらえも仕事の一環であるこの事務所では切島と鉄哲は自身の食べられる範囲で。食が個性にそのまま繋がるファットガムや天喰は二人の倍は軽く平らげるのだが、この日に限って特定のものに箸をつけようとしない天喰。それを不思議に思ったファットガムとの会話から始まったのである。
「なんや環、山菜嫌いなん?」
「……嫌いじゃないけど。もう充分食べたから」
たらの芽やウドの天ぷら、おひたしを一瞥し、たこ焼きに手を伸ばす。個性の都合上、様々な食物を取り込んだ方が有利に動ける。そう判断してのことだと天喰は言ったつもりなのだが。
「たらの芽はそんなでもないけどよ、ウドはなんか…独特な味だよな」
「俺は意外とイケるぜ。山菜ってこんなもんじゃねーか」
「マジかよ。…このえぐみがなけりゃなあ」
「この苦味とえぐみが美味いと感じるようになったら大人っちゅーもんやでぇ。切島くんと鉄哲くんはよしとして、環もまだまだ子どもやなァ。好き嫌いはあかんでェ?」
ファットガムは切島と鉄哲の会話で勘ぐってしまったようだ。もしや、山菜の独特な味覚が苦手なのではないかと。
その一言が癪に触ったようで、ぴたりと箸を止める天喰。麦茶のガラスポットをちょうど取りに行っていた葉月はピリッとした空気を瞬間的に感じ取り、その二人には近づかないよう、切島達のテーブルへ静かにそれを置いた。
天喰は鋭い眼光を目の前にいるファットガムへと向ける。
「苦手なだけで嫌いじゃない。食に関わる個性だからって何でもかんでも好きなわけじゃないんだ。必要最低限は摂取してる。そんなことぐらいで子ども扱いしないでください」
「…環が反抗期や。どないしよ霧華ちゃん」
「えっ」
思わぬキラーパスに葉月は慌てて当たり障りのない返しを考える。敢えてそれには触れず、調理した山菜についてならどうだろうか。
「あ、えっと…山菜ってあまり調理したことないから……みんなの口に合わなかったのかも」
「葉月さんの料理は一度も不味いなんて思ったことありません。…これは素材自体と相性が悪いだけで」
葉月は料理のプロというわけでもない。扱ったことのない食材の下ごしらえやレシピを今はインターネットで簡単に調べることができる。それに基づいて調理をしたのだが、失敗したかもしれないと肩を窄める葉月。それに対し天喰がすかさずフォローを入れてきた。
ほうれん草のおひたしを口に入れてモゴモゴしていた鉄哲が「先輩ってやっぱ、葉月さんのこと」と言いそうになるのを慌てて切島が遮る。
「ファットが美味いって言ってんですから、作り方とか間違ってないっスよ!」
「あ…ありがとう切島くん」
「せやな。山菜は大人の味やから、環らには合わんかもな」
このファットガムという男は人の煽り方が上手い。これが関西気質からか性格由来かは定かではないが、どちらにしろ天喰の気に障ったことには違いない。三白眼をキッと細め、ファットガムを更に睨みつける。
「…そういう言い方が気に障るって、分からないんですか」
「子ども舌には変わらんやろ」
「だから」
「そこまで子どもやない言うんなら、大人な振る舞いができるっちゅーわけやな?そんなら…女性のエスコートもできるんやな」
にやりと笑みを浮かべたファットガムは葉月の肩に手をぽんと置き、天喰の方へくるりとその身体を向けた。
突然の事に頭の処理が追いつかず固まる葉月と天喰。まして葉月は自分が巻き込まれるとは思ってもいなかった。
「霧華ちゃんを一日立派にエスコートしてきたら環が大人やと認めたるわ」
その時に浮かべていたファットガムの笑い顔がとても腹立たしかったと天喰が語っている。
かくして天喰は上司の口車に乗せられ、休日に葉月をエスコートすることになってしまったのである。事のあらましを話し終えた天喰は俯き、両肘をついた手に顔を隠してしまった。
「…その強引さがファットガムらしいよな!」
「無茶振りすぎて嫌になる…」
「まあ、つまりは恋バナの相談ってことだろ」
「こっ…こい……違うんだミリオ、俺は…そういうのじゃ」
前にも言っただろと否定を示す天喰に通形が真面目な顔で「環」と語りかけた。
「ここで一度確認しておいた方がいい。環がその人のこと、本当はどう思ってるのかさ」
「どう、って……優しい人だと思ってる。誰にでも、分け隔てなく接するところが。それに側にいるだけで、心地良いし温かくなるんだ、ここが」
初めは戸惑いながらも、自分が感じていることを拙い言葉で綴る。胸の辺りに指先を置く天喰の表情から通形はある感情を読み取っていた。
以前この話を聞いた時よりも、僅かな変化が生じていると。より慕っているのだと。
「環はさ、葉月さんのこと好きなんだよな」
「……ああ。人として」
「今まではそうだった。でも、今はそうじゃないんじゃないか?人としてじゃなく、一人の女性として好きなんだよそれ」
ジュースのカップに挿さるストローで中をざくざくとかき混ぜていた天喰の手が止まる。
目から鱗が落ちるように、そして面を食らったように表情が固まる。
「大事なことだからもう一度言うぜ。環は葉月さんのことが好きなんだ。つまり恋愛対象ってことだよな!」
ボッと天喰の顔が赤く染まった。耳まで染まるその様は茹で蛸にそっくりだと通形がカラカラと笑う。
「…環がさ、その人のこと話す時ってホントに愛おしそうな顔してたんだ。だからこれは恋だよな!って前思ってたんだけど、本人に否定されちゃそれ以上突っ込めなかったよね!」
「……」
下げた頭から湯気が出ているようだ。今にも消え入りそうな小さな声で何か呟いていた。
あの日、母校の食堂で聞いた話。極度の緊張屋で人見知り。初対面の人間とまともに話せるようになるまで半年はかかるほどの友人が、つい先日会った女性とは時を経ずとも会話を楽しめるのだと話したのだ。これには長い付き合いの通形も驚きのあまり、頭の中でクラッカーがポンと弾けたという。
それだけ普通に話せるということは、特別な存在だ。
しかし、その時に返ってきた答えは否定。本人がそう言うのだから、他人がどうこう言うわけにもいかない。そう、思っていた。
天喰が葉月の話を持ち出す回数は少ないとはいえ、どれも慕う様子が見て取れた。
それが今、通形の指摘をきっかけに無意識のうちに恋が芽生えたのだ。
「前に聞いた時と反応が全然違うし、きっとこれはガチで恋する五秒前ってやつだったんだよ!」
「……長い五秒だ。体感時間長すぎる。半年以上経ってるじゃないか」
色々と今までのことを思い返していたのだろう。ようやく顔を上げた天喰は組んだ両腕にまだ赤い顔を隠すように伏せていた。
「でも環にとっては長くもあり、短い時間だったんじゃないのか」
「……そうかもしれない。インターンの時から毎日笑顔で出迎えてくれたし、パトロールから戻った時もおかえりって言ってくれるのが…当たり前の日常になっていた。だから」
葉月が此処に留まりたいと意思を打ち明けた時のことを天喰は鮮明に覚えていた。
長く過ごした住み慣れた世界を離れ、此処で過ごしたいと願った葉月を拒むものは誰一人おらず、快く迎え入れた。あれだけ葉月との別れを恐れていた天喰も心から喜んでいたのだ。
「嬉しかった」
そう呟いた天喰の表情が緩む。
二度、三度相槌を打ちながら頷いた通形が片腕の拳をぐっと握りしめてみせる。太い二の腕に力こぶが盛り上がった。
「よーし!まずは自覚したことで第一歩を踏み出せたぞ!もう後戻りは出来ないぜ、前に進むしかないんだ!」
「とんでもない一歩を踏み出してしまった気がする…」
「第二確認だ。その人との関係は良好なのか?」
「…日常的な会話は普通に。食事や食料の買い出しも一緒に行く……待ってくれ、俺は明日からどんな顔で事務所に行けばいいんだ…!」
相手への気持ちに自覚したことはいいが、それを前提に今まで通り接することが出来るのか。いや、出来ないだろう。顔を見ることも出来なくなりそうだと怯え戸惑う友人の肩を通形は軽く叩いた。
「普通に振舞えって!」
「それが出来たらこんなに悩んでない…」
「急に態度が変わったら、相手からしたら何かしたかな、嫌われたかなって思われちゃうぜ」
「そ、そんなこと……それは、嫌だ」
よそよそしい態度を取るのは逆効果だと通形がNGを出す。もしも向こうが突然素っ気ない態度を取ってきたら、理由はどうあれ何かしたのだろうかと悩んでしまう。同じ思いを相手にはさせたくない。そこまで考えた天喰は小声で自信なさそうに「頑張るよ」と言った。
「その調子だぜ環!…とりあえず友達以上恋人未満に持っていきたいよな。今度のデートが絶好の好感度アップチャンスだよな!」
「デートじゃない…エスコートだ」
「細い事は気にするなって。で、最初の話に戻るわけだが…どこへ行けばいいか分からないって感じだよね」
ずぞぞぞっと音を立ててコーラを吸い込む通形。逸れた話を本題へ綺麗に戻したことに感心すら覚えてしまう。まだ火照りが冷めない天喰がこくりと頷いた。
「因みに環の希望は?」
「俺は、あまり人の多くない場所がいい。人が多いとさらに緊張して…会話もままならなくなりそうだ」
「大阪のテーマパークとか定番だと思ったんだけどな。見た感じのイメージだけど、その人も静かそうな場所が好きそうだよね。花とかお茶や着物を嗜んでそうな」
ああ、確かに浴衣や着物は絶対に似合うだろうな。天喰はぼんやりその姿を思い浮かべていた。
「静かそうな場所…喫茶店とか」
「…喫茶店。そういえば猫カフェに行きたいって前に」
「猫カフェかー…いいアイディアだと思うけど、それだと猫ばかりに構って環が構ってもらえなくなるんじゃないのか」
猫好きが猫カフェに行くと同行者そっちのけで猫と遊び始める人が多いと遠形は言う。両者猫好きでないと片方が置いてけぼりになると。
「俺は別にいいんだ。…あの人が楽しそうにしていればそれで」
「環…それだと環じゃなくて猫がエスコートしてることになっちゃうぜ」
「……それは駄目だ。一応ファットに報告するんだ…評価もされる。不本意だけど」
難しいな。ぽつりと溜息と共に吐き出された。
今回の天喰環エスコートの感想を葉月から後日聞き、独断と偏見で評価すると言っていたのだ。
「もっとこう、適度に会話を挟められる場所がいいよな。二人が楽しめて、環が緊張することなく雑談もできて」
「そんな都合の良い場所……あ」
ある場所を思いついた天喰は顔を上げ、名案だとばかりに話し始める。
「水族館…葉月さん、生き物は好きそうだし。それにあそこなら丁度よい暗さで緊張せずに話せそうだし…。そこしかない」
「水族館ってカップルで行くと別れやすいってジンクスがあるって聞くけど」
「大丈夫だ。カップルじゃないから問題ない」
「お前のそういう前向きな所好きだぜ!」
今のは前向き発言というよりは事実を述べたまでだと。ポテトを一つもぐもぐと摘む。視線は低く下げたまま。
「これで行き先は決まったわけだな。次はデー…エスコートプランを立てよう。水族館なら環の得意分野だよな。話題作りは重要だからって知識をひけらかしたらウザがられるから気をつけろよ。相手との歩幅を合わせて…緊張しすぎて手と足が同時に出ないようにな!ああ、それと遅刻は厳禁だぜ。服装は必ず褒めて…」
ぺらぺらと喋っていた通形が急にそれを止めたので、問いかければ頬杖をついてニコッと笑みを見せた。子供の頃から変わらない笑い方だ。この明るい笑顔に何度救われたか。今もこうして自分に助言を与えてくれている。
数え切れない程の感謝の念を抱く天喰だが、今回ばかりは上手くいくのか不安ばかりで押し潰されそうにもなる。
「なんか楽しいよな!」
「俺は楽しくない…。不快な言動で相手を幻滅させてしまったらと思うと…気が気じゃないんだ」
「あの人は優しそうだし、大丈夫だって。…俺さ、嬉しいんだよ。環がこーいう相談してくれて。今まで無かったし」
「まあ…雄英に入ってからは個性伸ばすことしか考えてなかったし…」
「だからこそだ。俺たちの熱い青春はまだまだ続いてるんだぜ!」
びしっと親指を立ててグッドサインを決める通形。
ところで、言葉の節々に気になるところがあると天喰が口を開く。
「まるで先人のアドバイスを聞いているようだと思っていたが…ミリオ、もしかして彼女」
一瞬ぴたりと笑顔を張り付けたまま固まった通形。友人の鋭い洞察力にたじろぐ。微かに赤らんだ顔を誤魔化すように腕をぶんぶんと振り回し始めた。
「俺のことより今は環のことだよね!」
「…今度でいいから詳細を。気になる。…ミリオの心を射止めた人なんだ、きっと素敵な人なんだろう」
「……よせやい!照れるだろ!」
一目で射止められたけどね、と顔をさらに赤くしながら手をわさわさと振り回す。天喰は親友の彼女がどんな女性だろうかと気にしつつも、真面目に助言を受け入れようと姿勢を正した。
「すまないミリオ。忙しいのに呼び出してしまって…」
「気にするなよ。俺とお前の仲だろ?それにお互いの近況も話したかったし」
「ああ…そうだな」
昼時を避けた時間帯。都内のファストフード店。そこで待ち合わせた天喰と通形は二階席の一角にハンバーガーセットが乗ったトレイを置いた。
雄英高校を卒業した二人はプロ―ヒーローとして活動を行っていた。春が過ぎ、夏が本格的に始まろうとしている。この二人にとってはインターンの延長線とも言えるが、活動内容はより濃い。本格的にプロとしての活動が始まったばかりだ。
「CM、見たよ。ミリオにぴったりだった。特に宣伝文句の台詞が」
「ファイトー!ってとこだろ?あれ、声がデカ過ぎるって何回もNG出しちゃったんだよね」
某ドリンク剤のCMに若手ヒーローを起用する風潮があり、今年それに抜擢されたのがルミリオンであった。明朗快活なキャラクターがイメージとぴったりだったそうだ。
天喰がポテトをつまむ横でコーラをストローで吸い上げる通形。店に入ってからは卒業後の互いの近況を報告していたが、わざわざ親友が自分を呼び出すには他に理由があるはず。まして、関西から足を運んでだ。通形チーズハンバーガーを一口頬張って咀嚼してから、その理由を問うことにした。
「ところで、何か相談でもあるんだろ?」
「…な、なんで分かったんだ」
「分かるさ。環の友達何年やってると思ってるんだよ。俺でよければ何だって聞くぜ!」
任せろよと屈託の無い笑顔を宿し、自身の左胸を親指で示す。心強い友人を持ったものだと天喰は密かに感銘を受けていた。
「…実は」
「ああ」
「……じ、実は」
「うんうん」
「実は、その……」
「勿体ぶりすぎだよね!勿体ぶりすぎるとハードルが高くなるし、こっちも緊張してくるってやつだぜ!」
「そんなつもりじゃ…!」
自ら話のハードルを上げていると指摘され慌てる天喰。ぐっと口を噤んでから「実は」といよいよ話を切り出した。
「ある人と一緒に、二人で出掛けることになったんだ」
「へえー。俺も知ってる人?」
「ああ。ミリオも前に一度会ってる。…去年の文化祭準備期間中に来た」
「あの人だな!ええと、葉月さんだよな?!」
天喰の声に被せる様にして喋る通形は勢い余ってその場にがたりと立ち上がった。一瞬、周囲の他の客から視線が集まる。
「ミリオ…声が大きい。誰かに聞かれでもしたら…それに注目されている」
「ごめんごめん。…再確認だけど、環は葉月さんと出掛けるってことだよな。二人で!」
「そういうことになってしまったんだ…」
「ん?環がデートに誘った訳じゃないのか?」
「違う。…ファットにけしかけられて」
事の発端はこうだと天喰は話し始めた。
遡ること一週間前。雄英高校を卒業後、天喰はインターン先のファットガム事務所に迎え入れられた。慣れた環境で、精神的負担も和らいでいるおかげか何の支障もなく仕事をこなしている。季節の変わり目も落ち着き、初夏を迎えた頃。
知り合いから山菜を貰ったというので、それを天ぷらや和え物にしてパトロール前の腹ごしらえに添えられていた。腹ごしらえも仕事の一環であるこの事務所では切島と鉄哲は自身の食べられる範囲で。食が個性にそのまま繋がるファットガムや天喰は二人の倍は軽く平らげるのだが、この日に限って特定のものに箸をつけようとしない天喰。それを不思議に思ったファットガムとの会話から始まったのである。
「なんや環、山菜嫌いなん?」
「……嫌いじゃないけど。もう充分食べたから」
たらの芽やウドの天ぷら、おひたしを一瞥し、たこ焼きに手を伸ばす。個性の都合上、様々な食物を取り込んだ方が有利に動ける。そう判断してのことだと天喰は言ったつもりなのだが。
「たらの芽はそんなでもないけどよ、ウドはなんか…独特な味だよな」
「俺は意外とイケるぜ。山菜ってこんなもんじゃねーか」
「マジかよ。…このえぐみがなけりゃなあ」
「この苦味とえぐみが美味いと感じるようになったら大人っちゅーもんやでぇ。切島くんと鉄哲くんはよしとして、環もまだまだ子どもやなァ。好き嫌いはあかんでェ?」
ファットガムは切島と鉄哲の会話で勘ぐってしまったようだ。もしや、山菜の独特な味覚が苦手なのではないかと。
その一言が癪に触ったようで、ぴたりと箸を止める天喰。麦茶のガラスポットをちょうど取りに行っていた葉月はピリッとした空気を瞬間的に感じ取り、その二人には近づかないよう、切島達のテーブルへ静かにそれを置いた。
天喰は鋭い眼光を目の前にいるファットガムへと向ける。
「苦手なだけで嫌いじゃない。食に関わる個性だからって何でもかんでも好きなわけじゃないんだ。必要最低限は摂取してる。そんなことぐらいで子ども扱いしないでください」
「…環が反抗期や。どないしよ霧華ちゃん」
「えっ」
思わぬキラーパスに葉月は慌てて当たり障りのない返しを考える。敢えてそれには触れず、調理した山菜についてならどうだろうか。
「あ、えっと…山菜ってあまり調理したことないから……みんなの口に合わなかったのかも」
「葉月さんの料理は一度も不味いなんて思ったことありません。…これは素材自体と相性が悪いだけで」
葉月は料理のプロというわけでもない。扱ったことのない食材の下ごしらえやレシピを今はインターネットで簡単に調べることができる。それに基づいて調理をしたのだが、失敗したかもしれないと肩を窄める葉月。それに対し天喰がすかさずフォローを入れてきた。
ほうれん草のおひたしを口に入れてモゴモゴしていた鉄哲が「先輩ってやっぱ、葉月さんのこと」と言いそうになるのを慌てて切島が遮る。
「ファットが美味いって言ってんですから、作り方とか間違ってないっスよ!」
「あ…ありがとう切島くん」
「せやな。山菜は大人の味やから、環らには合わんかもな」
このファットガムという男は人の煽り方が上手い。これが関西気質からか性格由来かは定かではないが、どちらにしろ天喰の気に障ったことには違いない。三白眼をキッと細め、ファットガムを更に睨みつける。
「…そういう言い方が気に障るって、分からないんですか」
「子ども舌には変わらんやろ」
「だから」
「そこまで子どもやない言うんなら、大人な振る舞いができるっちゅーわけやな?そんなら…女性のエスコートもできるんやな」
にやりと笑みを浮かべたファットガムは葉月の肩に手をぽんと置き、天喰の方へくるりとその身体を向けた。
突然の事に頭の処理が追いつかず固まる葉月と天喰。まして葉月は自分が巻き込まれるとは思ってもいなかった。
「霧華ちゃんを一日立派にエスコートしてきたら環が大人やと認めたるわ」
その時に浮かべていたファットガムの笑い顔がとても腹立たしかったと天喰が語っている。
かくして天喰は上司の口車に乗せられ、休日に葉月をエスコートすることになってしまったのである。事のあらましを話し終えた天喰は俯き、両肘をついた手に顔を隠してしまった。
「…その強引さがファットガムらしいよな!」
「無茶振りすぎて嫌になる…」
「まあ、つまりは恋バナの相談ってことだろ」
「こっ…こい……違うんだミリオ、俺は…そういうのじゃ」
前にも言っただろと否定を示す天喰に通形が真面目な顔で「環」と語りかけた。
「ここで一度確認しておいた方がいい。環がその人のこと、本当はどう思ってるのかさ」
「どう、って……優しい人だと思ってる。誰にでも、分け隔てなく接するところが。それに側にいるだけで、心地良いし温かくなるんだ、ここが」
初めは戸惑いながらも、自分が感じていることを拙い言葉で綴る。胸の辺りに指先を置く天喰の表情から通形はある感情を読み取っていた。
以前この話を聞いた時よりも、僅かな変化が生じていると。より慕っているのだと。
「環はさ、葉月さんのこと好きなんだよな」
「……ああ。人として」
「今まではそうだった。でも、今はそうじゃないんじゃないか?人としてじゃなく、一人の女性として好きなんだよそれ」
ジュースのカップに挿さるストローで中をざくざくとかき混ぜていた天喰の手が止まる。
目から鱗が落ちるように、そして面を食らったように表情が固まる。
「大事なことだからもう一度言うぜ。環は葉月さんのことが好きなんだ。つまり恋愛対象ってことだよな!」
ボッと天喰の顔が赤く染まった。耳まで染まるその様は茹で蛸にそっくりだと通形がカラカラと笑う。
「…環がさ、その人のこと話す時ってホントに愛おしそうな顔してたんだ。だからこれは恋だよな!って前思ってたんだけど、本人に否定されちゃそれ以上突っ込めなかったよね!」
「……」
下げた頭から湯気が出ているようだ。今にも消え入りそうな小さな声で何か呟いていた。
あの日、母校の食堂で聞いた話。極度の緊張屋で人見知り。初対面の人間とまともに話せるようになるまで半年はかかるほどの友人が、つい先日会った女性とは時を経ずとも会話を楽しめるのだと話したのだ。これには長い付き合いの通形も驚きのあまり、頭の中でクラッカーがポンと弾けたという。
それだけ普通に話せるということは、特別な存在だ。
しかし、その時に返ってきた答えは否定。本人がそう言うのだから、他人がどうこう言うわけにもいかない。そう、思っていた。
天喰が葉月の話を持ち出す回数は少ないとはいえ、どれも慕う様子が見て取れた。
それが今、通形の指摘をきっかけに無意識のうちに恋が芽生えたのだ。
「前に聞いた時と反応が全然違うし、きっとこれはガチで恋する五秒前ってやつだったんだよ!」
「……長い五秒だ。体感時間長すぎる。半年以上経ってるじゃないか」
色々と今までのことを思い返していたのだろう。ようやく顔を上げた天喰は組んだ両腕にまだ赤い顔を隠すように伏せていた。
「でも環にとっては長くもあり、短い時間だったんじゃないのか」
「……そうかもしれない。インターンの時から毎日笑顔で出迎えてくれたし、パトロールから戻った時もおかえりって言ってくれるのが…当たり前の日常になっていた。だから」
葉月が此処に留まりたいと意思を打ち明けた時のことを天喰は鮮明に覚えていた。
長く過ごした住み慣れた世界を離れ、此処で過ごしたいと願った葉月を拒むものは誰一人おらず、快く迎え入れた。あれだけ葉月との別れを恐れていた天喰も心から喜んでいたのだ。
「嬉しかった」
そう呟いた天喰の表情が緩む。
二度、三度相槌を打ちながら頷いた通形が片腕の拳をぐっと握りしめてみせる。太い二の腕に力こぶが盛り上がった。
「よーし!まずは自覚したことで第一歩を踏み出せたぞ!もう後戻りは出来ないぜ、前に進むしかないんだ!」
「とんでもない一歩を踏み出してしまった気がする…」
「第二確認だ。その人との関係は良好なのか?」
「…日常的な会話は普通に。食事や食料の買い出しも一緒に行く……待ってくれ、俺は明日からどんな顔で事務所に行けばいいんだ…!」
相手への気持ちに自覚したことはいいが、それを前提に今まで通り接することが出来るのか。いや、出来ないだろう。顔を見ることも出来なくなりそうだと怯え戸惑う友人の肩を通形は軽く叩いた。
「普通に振舞えって!」
「それが出来たらこんなに悩んでない…」
「急に態度が変わったら、相手からしたら何かしたかな、嫌われたかなって思われちゃうぜ」
「そ、そんなこと……それは、嫌だ」
よそよそしい態度を取るのは逆効果だと通形がNGを出す。もしも向こうが突然素っ気ない態度を取ってきたら、理由はどうあれ何かしたのだろうかと悩んでしまう。同じ思いを相手にはさせたくない。そこまで考えた天喰は小声で自信なさそうに「頑張るよ」と言った。
「その調子だぜ環!…とりあえず友達以上恋人未満に持っていきたいよな。今度のデートが絶好の好感度アップチャンスだよな!」
「デートじゃない…エスコートだ」
「細い事は気にするなって。で、最初の話に戻るわけだが…どこへ行けばいいか分からないって感じだよね」
ずぞぞぞっと音を立ててコーラを吸い込む通形。逸れた話を本題へ綺麗に戻したことに感心すら覚えてしまう。まだ火照りが冷めない天喰がこくりと頷いた。
「因みに環の希望は?」
「俺は、あまり人の多くない場所がいい。人が多いとさらに緊張して…会話もままならなくなりそうだ」
「大阪のテーマパークとか定番だと思ったんだけどな。見た感じのイメージだけど、その人も静かそうな場所が好きそうだよね。花とかお茶や着物を嗜んでそうな」
ああ、確かに浴衣や着物は絶対に似合うだろうな。天喰はぼんやりその姿を思い浮かべていた。
「静かそうな場所…喫茶店とか」
「…喫茶店。そういえば猫カフェに行きたいって前に」
「猫カフェかー…いいアイディアだと思うけど、それだと猫ばかりに構って環が構ってもらえなくなるんじゃないのか」
猫好きが猫カフェに行くと同行者そっちのけで猫と遊び始める人が多いと遠形は言う。両者猫好きでないと片方が置いてけぼりになると。
「俺は別にいいんだ。…あの人が楽しそうにしていればそれで」
「環…それだと環じゃなくて猫がエスコートしてることになっちゃうぜ」
「……それは駄目だ。一応ファットに報告するんだ…評価もされる。不本意だけど」
難しいな。ぽつりと溜息と共に吐き出された。
今回の天喰環エスコートの感想を葉月から後日聞き、独断と偏見で評価すると言っていたのだ。
「もっとこう、適度に会話を挟められる場所がいいよな。二人が楽しめて、環が緊張することなく雑談もできて」
「そんな都合の良い場所……あ」
ある場所を思いついた天喰は顔を上げ、名案だとばかりに話し始める。
「水族館…葉月さん、生き物は好きそうだし。それにあそこなら丁度よい暗さで緊張せずに話せそうだし…。そこしかない」
「水族館ってカップルで行くと別れやすいってジンクスがあるって聞くけど」
「大丈夫だ。カップルじゃないから問題ない」
「お前のそういう前向きな所好きだぜ!」
今のは前向き発言というよりは事実を述べたまでだと。ポテトを一つもぐもぐと摘む。視線は低く下げたまま。
「これで行き先は決まったわけだな。次はデー…エスコートプランを立てよう。水族館なら環の得意分野だよな。話題作りは重要だからって知識をひけらかしたらウザがられるから気をつけろよ。相手との歩幅を合わせて…緊張しすぎて手と足が同時に出ないようにな!ああ、それと遅刻は厳禁だぜ。服装は必ず褒めて…」
ぺらぺらと喋っていた通形が急にそれを止めたので、問いかければ頬杖をついてニコッと笑みを見せた。子供の頃から変わらない笑い方だ。この明るい笑顔に何度救われたか。今もこうして自分に助言を与えてくれている。
数え切れない程の感謝の念を抱く天喰だが、今回ばかりは上手くいくのか不安ばかりで押し潰されそうにもなる。
「なんか楽しいよな!」
「俺は楽しくない…。不快な言動で相手を幻滅させてしまったらと思うと…気が気じゃないんだ」
「あの人は優しそうだし、大丈夫だって。…俺さ、嬉しいんだよ。環がこーいう相談してくれて。今まで無かったし」
「まあ…雄英に入ってからは個性伸ばすことしか考えてなかったし…」
「だからこそだ。俺たちの熱い青春はまだまだ続いてるんだぜ!」
びしっと親指を立ててグッドサインを決める通形。
ところで、言葉の節々に気になるところがあると天喰が口を開く。
「まるで先人のアドバイスを聞いているようだと思っていたが…ミリオ、もしかして彼女」
一瞬ぴたりと笑顔を張り付けたまま固まった通形。友人の鋭い洞察力にたじろぐ。微かに赤らんだ顔を誤魔化すように腕をぶんぶんと振り回し始めた。
「俺のことより今は環のことだよね!」
「…今度でいいから詳細を。気になる。…ミリオの心を射止めた人なんだ、きっと素敵な人なんだろう」
「……よせやい!照れるだろ!」
一目で射止められたけどね、と顔をさらに赤くしながら手をわさわさと振り回す。天喰は親友の彼女がどんな女性だろうかと気にしつつも、真面目に助言を受け入れようと姿勢を正した。