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無意識なヤキモチ
「最近ファットを見ているだけでイライラするんだ」
環先輩が眉間にシワを寄せて、重い溜息を吐き出した。
午前中の授業が終わった後、ダチと一緒に食堂に向かった俺は環先輩を偶然見かけた。インターンに行けていない今、プロに近い先輩の話を聞く機会が減っちまったし、こうしてバッタリ出くわした時じゃないと中々聞けないんだ。だから、ダチには悪いと断って先輩に声を掛けた。昼飯一緒に食いましょうって。前は「友達と一緒に食べた方が有意義だよ」とかやんわり断られそうになる事が多かったけど、今はすんなりオッケーしてくれるようになった。
そんな先輩の話はタメになるし、いつも有難く聞かせてもらっている。でも、今日はなんか深刻そうな悩みにぶち当たってしまった。ファットガム事務所の話になって、そこで「ファットや葉月さんは元気にしてますかね」っていう何気ない会話の一端からだ。
先輩はツヤツヤのご飯を噛みしめ、飲み込んだ。そのタイミングで俺はその理由を聞き出そうとする。
「……な、なんかあったんスか。ファットと」
「いや、特に何かあったわけじゃない。…ただ、無性に腹が立つ時があって」
それは日頃のストレスでは。いや、でも夏以来インターンには行けてないし。直接ファットと会う機会も減ってるはず。たまに顔見せに大阪まで二人で行くけど、そこまでファットにどつかれてなかった気がする。
先輩はファットからの言動を結構気にするタチなのか、些細なことも真に受けちまう。「言葉は時に鋭い刃の様に突き刺さるものなんだよ」と胸の辺りを押さえながら真顔で言っていた。
きっとその小さなヤツが溜まりに溜まって、顔見ただけでイラっとしちまうのかもしれねぇ。ここは俺が間に入って、なんとかしねぇと。
「例えば、どんな時にイラっとするんスか」
「例えば」と繰り返した先輩は味噌汁のお椀を片手に宙を見上げた。
「ファットが無茶振りしてくる時は勿論腹が立つし、パトロールでヴィラン捕獲した後に報道陣の前に無理やり引きずり出そうとするし…ファンの声援に応えるのだって控えたいのに俺を巻き込んで写真撮影とかやめてほしい…。あと、脇腹くすぐって笑わせようとしてくる」
「先輩。それだとインターン行ってる間常にじゃねぇっスか…」
もはや日常茶飯事の出来事。最後のやつはまるで子どもの悪戯だ。ファットの茶目っ気も先輩にとってはいい迷惑らしい。
先輩、笑うことあんまないからな。少しでも笑顔にっていうファットの気遣いなんだろう。でも、葉月さんと話してる先輩の表情はどこか柔らかいような気もする。緊張せずに話せる貴重な人だ、とか言ってたなそういえば。
「……改めて考えてみたら、これらは今に始まったことじゃなかった」
「ですよね。…じゃあ、なんで急にイラつくようになったんスかね。そんなかに物凄く嫌だったことがあったとか」
「どれも物凄く嫌だよ。…ああ、でも一つだけ心当たりというか、共通性がある」
器から人参を一つ摘み上げた。今日の定食メニューは肉じゃがだ。ジャガイモに味が染み込んでいるのに、形が崩れていない。いつだったか、インターン先でお世話になってた時に葉月さんが「肉じゃがって結構難しいの」と溶けかけた自作の肉じゃがを前にして、葉月さん自身が小さくなりながら言っていた。誰も味や見た目に文句はつけてなかったし、俺も美味かったと思う。
「葉月さんがファットと話している…というか、世話を焼いてるところを見るとイラっとする」
これがまさに『目から鱗が落ちる』ってやつなのか。先輩の口からそんな話が出てくるなんて思ってもいなかった。
俺が呆けている間にも先輩の箸は止まらない。食べる量もすげぇけど、速さもすげぇ。
先輩のその苛立ち、もしかしてヤキモチってやつでは。前に芦戸たちが「天喰先輩、あのお姉さんに恋をしているのでは!」って騒いだことがあった。ファットと三角関係だとかなんとか盛り上がってたな。先輩はそん時「あくまで人として好きだ」って言ってたけど、この様子だとやっぱり恋ってやつなんじゃ。「元の世界に帰る方法が分からなければ、此処にいればいいのに」と胸の内を打ち明けてくれたこともあった。
やっぱ、葉月さんのこと。いや、勝手に決めつけんのは良くねぇ。先輩の真意を確かめてからにしないと。
「な、なんで葉月さんと話してるファットを見るとイラつくんスかね?」
「分からない。…タコ焼きで両手が塞がってるからドアを開けてもらったり、手の届く場所にある資料を敢えて取ってもらったり。デスクで居眠りしてたところをブランケット掛けていたこともあった」
「そ、それは…なんつーか」
急に環先輩の表情が険しくなった。眼力がすげぇ。
「葉月さんの手を煩わせすぎだと思わない?普段は両手塞がってても体当たりでドア開けるのに。資料だって自分で取ればいい…!」
「そ、そっスね」
「仮眠は仮眠室があるんだし、そこで寝ればいいのに、わざわざデスクで…」
どうやら先輩はファットが自分で出来ることを葉月さんにやってもらってるのが気に食わないみたいだ。
「ブランケットかけてあげる葉月さんの行動は優しいと思う」と真顔で付け加えた。
「……じゃあ、もしそれが俺だった場合はどうっスか?」
「えっ……切島くんだった場合」
先輩が葉月さんのこと好いてるなら、葉月さんと関わった人に対してイラつくのでは。そう思った俺は自分に置き換えて考えてもらうことにした。これでもイラッとするなら、間違いねぇ。と、思ったけど一筋縄にはいかなかった。
「……別に苛立ちは覚えない」
「えっ…じゃ、じゃあ通形先輩とか!」
「そもそもミリオに苛立ったことがないから」
「緑谷は!」
「姉弟みたいで微笑ましいな…って思う。……なぜ緑谷くんなんだ」
「あ、いや…なんとなく。じゃあ、年が近そうな相澤先生とか…」
「相澤先生はブランケットを使わないよ」
「…そうっスね!」
流石先輩。目の付け所が違うぜ。確かにいつも先生は寝袋で寝てるから、ブランケットは使わない。細かい所に気付けるようににならねぇと。いや、そうじゃない。
結局、ファットに対してだけイラッとするみたいだ。これってヤキモチとは違うもんなのか。なんかよくわかんなくなってきた。
その時だ。テーブルに伏せていた俺たちのスマホが同時に震えた。短い知らせを受けたそれを手に取り、画面を見る。
ファットからの連絡だった。俺と環先輩の三人で組んでるグループトークに送られてきた一枚の写真。ローファット状態で写ってる。
『新しい服買うたでぇ!似合っとるやろ?』
新調した服でビシッとポーズを決めていた。ファットは私服でもラフなパーカーを着ていることが多いから、ネルシャツにブラックジーンズって格好はなんか珍しいな。
『クールでカッコいいっスね!』
俺が早速返信したメッセージに既読マークが二つ付いた。先輩も俺の前でこの会話を見てるようだし、何か打ち込んでいた。
『せやろー!これ、霧華ちゃんが選んでくれたん』
先に返ってきたファットのメッセージ。その文面からは嬉しさが滲み出ているような気がした。なるほど、葉月さんのセンスで選んだからいつもと違うのか。
ふと、目の前から不穏な空気を感じた。先輩が画面を見たまま、というか睨んでる。その表情のまま俺の方を向いたので思わずビクリとした。
「…こういうのが鬱陶しい」
環先輩がそっとスマホをテーブルに伏せた。俺の画面には先輩からのメッセージは受信していない。
既に昼食を平らげた先輩のトレイに箸がきれいに揃えられている。テーブルに両肘を付いて、手を組んだ。空っぽの皿に落とした視線はどこか物憂げに思える。
そういや、前に葉月さんとは波長が合うって先輩が話していた。だから落ち着いて側に居られるって。それって、やっぱ葉月さんのことが好きなんじゃ。ただ、自分が気づいてないだけで。
もしそうだとしたら、俺はどっちの応援をしたらいいんだ。環先輩か、ファットか。どっちにもお世話になってるし、俺には選べねぇ。
「…切島くん。さっきから百面相してるけど、どうしたの」
先輩かファットか。悩んでるうちに俺はいつの間にか頭を抱えていた。
「いっ、いや!別に何でもねぇんで!気にしないでくださいっ!」
「そ、そう…?」
「先輩っ!俺、先輩のことも全力で応援させてもらいますっ!!頑張ってください!」
選べないなら、どっちも応援すりゃいい。葉月さんの気持ちも尊重しなきゃなんねぇし。だから、俺は全力で二人を応援させてもらうぜ。
先輩は俺の全力エールに押されたのか、上半身を引いていた。何言ってるのか分からねぇって顔してる。
「あ、ありがとう」と疑問符をたくさん浮かべた環先輩は首を傾げていた。
「最近ファットを見ているだけでイライラするんだ」
環先輩が眉間にシワを寄せて、重い溜息を吐き出した。
午前中の授業が終わった後、ダチと一緒に食堂に向かった俺は環先輩を偶然見かけた。インターンに行けていない今、プロに近い先輩の話を聞く機会が減っちまったし、こうしてバッタリ出くわした時じゃないと中々聞けないんだ。だから、ダチには悪いと断って先輩に声を掛けた。昼飯一緒に食いましょうって。前は「友達と一緒に食べた方が有意義だよ」とかやんわり断られそうになる事が多かったけど、今はすんなりオッケーしてくれるようになった。
そんな先輩の話はタメになるし、いつも有難く聞かせてもらっている。でも、今日はなんか深刻そうな悩みにぶち当たってしまった。ファットガム事務所の話になって、そこで「ファットや葉月さんは元気にしてますかね」っていう何気ない会話の一端からだ。
先輩はツヤツヤのご飯を噛みしめ、飲み込んだ。そのタイミングで俺はその理由を聞き出そうとする。
「……な、なんかあったんスか。ファットと」
「いや、特に何かあったわけじゃない。…ただ、無性に腹が立つ時があって」
それは日頃のストレスでは。いや、でも夏以来インターンには行けてないし。直接ファットと会う機会も減ってるはず。たまに顔見せに大阪まで二人で行くけど、そこまでファットにどつかれてなかった気がする。
先輩はファットからの言動を結構気にするタチなのか、些細なことも真に受けちまう。「言葉は時に鋭い刃の様に突き刺さるものなんだよ」と胸の辺りを押さえながら真顔で言っていた。
きっとその小さなヤツが溜まりに溜まって、顔見ただけでイラっとしちまうのかもしれねぇ。ここは俺が間に入って、なんとかしねぇと。
「例えば、どんな時にイラっとするんスか」
「例えば」と繰り返した先輩は味噌汁のお椀を片手に宙を見上げた。
「ファットが無茶振りしてくる時は勿論腹が立つし、パトロールでヴィラン捕獲した後に報道陣の前に無理やり引きずり出そうとするし…ファンの声援に応えるのだって控えたいのに俺を巻き込んで写真撮影とかやめてほしい…。あと、脇腹くすぐって笑わせようとしてくる」
「先輩。それだとインターン行ってる間常にじゃねぇっスか…」
もはや日常茶飯事の出来事。最後のやつはまるで子どもの悪戯だ。ファットの茶目っ気も先輩にとってはいい迷惑らしい。
先輩、笑うことあんまないからな。少しでも笑顔にっていうファットの気遣いなんだろう。でも、葉月さんと話してる先輩の表情はどこか柔らかいような気もする。緊張せずに話せる貴重な人だ、とか言ってたなそういえば。
「……改めて考えてみたら、これらは今に始まったことじゃなかった」
「ですよね。…じゃあ、なんで急にイラつくようになったんスかね。そんなかに物凄く嫌だったことがあったとか」
「どれも物凄く嫌だよ。…ああ、でも一つだけ心当たりというか、共通性がある」
器から人参を一つ摘み上げた。今日の定食メニューは肉じゃがだ。ジャガイモに味が染み込んでいるのに、形が崩れていない。いつだったか、インターン先でお世話になってた時に葉月さんが「肉じゃがって結構難しいの」と溶けかけた自作の肉じゃがを前にして、葉月さん自身が小さくなりながら言っていた。誰も味や見た目に文句はつけてなかったし、俺も美味かったと思う。
「葉月さんがファットと話している…というか、世話を焼いてるところを見るとイラっとする」
これがまさに『目から鱗が落ちる』ってやつなのか。先輩の口からそんな話が出てくるなんて思ってもいなかった。
俺が呆けている間にも先輩の箸は止まらない。食べる量もすげぇけど、速さもすげぇ。
先輩のその苛立ち、もしかしてヤキモチってやつでは。前に芦戸たちが「天喰先輩、あのお姉さんに恋をしているのでは!」って騒いだことがあった。ファットと三角関係だとかなんとか盛り上がってたな。先輩はそん時「あくまで人として好きだ」って言ってたけど、この様子だとやっぱり恋ってやつなんじゃ。「元の世界に帰る方法が分からなければ、此処にいればいいのに」と胸の内を打ち明けてくれたこともあった。
やっぱ、葉月さんのこと。いや、勝手に決めつけんのは良くねぇ。先輩の真意を確かめてからにしないと。
「な、なんで葉月さんと話してるファットを見るとイラつくんスかね?」
「分からない。…タコ焼きで両手が塞がってるからドアを開けてもらったり、手の届く場所にある資料を敢えて取ってもらったり。デスクで居眠りしてたところをブランケット掛けていたこともあった」
「そ、それは…なんつーか」
急に環先輩の表情が険しくなった。眼力がすげぇ。
「葉月さんの手を煩わせすぎだと思わない?普段は両手塞がってても体当たりでドア開けるのに。資料だって自分で取ればいい…!」
「そ、そっスね」
「仮眠は仮眠室があるんだし、そこで寝ればいいのに、わざわざデスクで…」
どうやら先輩はファットが自分で出来ることを葉月さんにやってもらってるのが気に食わないみたいだ。
「ブランケットかけてあげる葉月さんの行動は優しいと思う」と真顔で付け加えた。
「……じゃあ、もしそれが俺だった場合はどうっスか?」
「えっ……切島くんだった場合」
先輩が葉月さんのこと好いてるなら、葉月さんと関わった人に対してイラつくのでは。そう思った俺は自分に置き換えて考えてもらうことにした。これでもイラッとするなら、間違いねぇ。と、思ったけど一筋縄にはいかなかった。
「……別に苛立ちは覚えない」
「えっ…じゃ、じゃあ通形先輩とか!」
「そもそもミリオに苛立ったことがないから」
「緑谷は!」
「姉弟みたいで微笑ましいな…って思う。……なぜ緑谷くんなんだ」
「あ、いや…なんとなく。じゃあ、年が近そうな相澤先生とか…」
「相澤先生はブランケットを使わないよ」
「…そうっスね!」
流石先輩。目の付け所が違うぜ。確かにいつも先生は寝袋で寝てるから、ブランケットは使わない。細かい所に気付けるようににならねぇと。いや、そうじゃない。
結局、ファットに対してだけイラッとするみたいだ。これってヤキモチとは違うもんなのか。なんかよくわかんなくなってきた。
その時だ。テーブルに伏せていた俺たちのスマホが同時に震えた。短い知らせを受けたそれを手に取り、画面を見る。
ファットからの連絡だった。俺と環先輩の三人で組んでるグループトークに送られてきた一枚の写真。ローファット状態で写ってる。
『新しい服買うたでぇ!似合っとるやろ?』
新調した服でビシッとポーズを決めていた。ファットは私服でもラフなパーカーを着ていることが多いから、ネルシャツにブラックジーンズって格好はなんか珍しいな。
『クールでカッコいいっスね!』
俺が早速返信したメッセージに既読マークが二つ付いた。先輩も俺の前でこの会話を見てるようだし、何か打ち込んでいた。
『せやろー!これ、霧華ちゃんが選んでくれたん』
先に返ってきたファットのメッセージ。その文面からは嬉しさが滲み出ているような気がした。なるほど、葉月さんのセンスで選んだからいつもと違うのか。
ふと、目の前から不穏な空気を感じた。先輩が画面を見たまま、というか睨んでる。その表情のまま俺の方を向いたので思わずビクリとした。
「…こういうのが鬱陶しい」
環先輩がそっとスマホをテーブルに伏せた。俺の画面には先輩からのメッセージは受信していない。
既に昼食を平らげた先輩のトレイに箸がきれいに揃えられている。テーブルに両肘を付いて、手を組んだ。空っぽの皿に落とした視線はどこか物憂げに思える。
そういや、前に葉月さんとは波長が合うって先輩が話していた。だから落ち着いて側に居られるって。それって、やっぱ葉月さんのことが好きなんじゃ。ただ、自分が気づいてないだけで。
もしそうだとしたら、俺はどっちの応援をしたらいいんだ。環先輩か、ファットか。どっちにもお世話になってるし、俺には選べねぇ。
「…切島くん。さっきから百面相してるけど、どうしたの」
先輩かファットか。悩んでるうちに俺はいつの間にか頭を抱えていた。
「いっ、いや!別に何でもねぇんで!気にしないでくださいっ!」
「そ、そう…?」
「先輩っ!俺、先輩のことも全力で応援させてもらいますっ!!頑張ってください!」
選べないなら、どっちも応援すりゃいい。葉月さんの気持ちも尊重しなきゃなんねぇし。だから、俺は全力で二人を応援させてもらうぜ。
先輩は俺の全力エールに押されたのか、上半身を引いていた。何言ってるのか分からねぇって顔してる。
「あ、ありがとう」と疑問符をたくさん浮かべた環先輩は首を傾げていた。