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気づかない感情
仮免を取得した一年生たちを相手にした訓練が行われた。
校内に侵入したヴィランという想定で、ビッグ3の俺たちがその役を演じることになった。
その話を受けた時点で帰りたい気持ちで一杯だった。「喜んで引き受けます」なんて言葉は絶対に出てこない。でも、一年生に少しでも早く実力をつけてもらいたい。その思いとミリオと波動さんの後押しもあったから、引き受けた。
ミリオは「全力で川に流される救助者を演じてみせるよね!」と張り切っていたし、波動さんもやる気満々だった。こんな状況で俺だけ降りる訳にもいかない。
色々あった一日をなんとか乗り切って、治療も受け、シャワーを浴びてようやく自室に戻ってこられた。椅子にバスタオルを引っ掛けて、俺はベッドにぱたりと倒れ込む。疲れた。
もう夜の九時半を過ぎている。このままふかふかのベッドに埋もれて眠りにつきたい。瞼が重い。目を閉じたら三秒で眠れそうだ。
暫くベッドでうつ伏せになっていた俺は気がかりを一つ思い出して、睡魔と戦いながら枕元のスマホに手を伸ばした。まだ、時間もそんなに遅くない。連絡しても大丈夫だろうか。
メッセージを送ろうとして、一度トーク画面を開く。最終履歴は一週間前の日付だ。たった一言、短い文面を送るのにもあれこれ考えてしまう。これは、駄目だ。悩んでいるうちに寝落ちしてしまいそうだ。それなら口を動かして喋った方がいい。
うつ伏せから寝返りを打って、横向きに。その状態で葉月さんに電話を掛けた。誰に連絡をするにも緊張で心臓がバクバクしてくるのに、この人だけはそれも無い。まるで昔から知っている人のようで、変な緊張感を抱かなくて済む。
三回目の呼び出し音で、関西のファットガム事務所にいる葉月さんと繋がった。
『もしもし』
聞こえてきたその一声だけで、もう癒される。今日の疲れが吹き飛んだ気さえした。
「こんばんは。すみません、急に電話をして」
『大丈夫よ。部屋でゆっくりしていた所だから。ちょうど、天喰くんおススメの本を読んでいたの』
「読書の邪魔を…すみません。本、気に入りそうですか」
文化祭の準備が始まるよりも前の話だ。この世界でおススメの本があれば教えてほしいと訊かれた。過去に読んだ中でよければと引き受け、葉月さんが好みそうなジャンルで探した。
あれこれ悩んだ末、廃版になっていないものだったから書店で購入したものを手渡したのがちょうど一週間前。
自分のものさしで「面白い」と押し付けるのもおこがましいようで、少し心配をしていたけど。明るい声色の様子から楽しんでくれているようだった。
『ええ、とても。面白いからじっくり読んでいるの。このシリーズ、他にも出てるのね。読み終わったらそれも読んでみようと思って』
「…気に入っていただけて、俺もホッとしました」
『素敵な本を紹介してくれてありがとう』
葉月さんの喜んでいる表情が浮かんで、頬が緩んだ。
「どういたしまして。……葉月さん、そっちは変わりないですか」
『うん。天喰くんは授業、順調?』
「……今日、一年生を相手に対ヴィラン訓練を手伝いました」
『そっか…先輩だから、後輩にお手本を見せるのね』
「いえ……手本と言うよりも、一年生がヒーロー役で、俺がヴィラン役を演じました」
「えっ」という意外な声が聞こえてきた。俺も担任から話を聞いた時はそんな感じだった。
一年生の視線が俺に容赦なく集まるし、まさか切島くんに背後を襲撃されるとは思わなかったし、挙句の果てには捕獲された後に無抵抗の所を爆破された。彼は職員室に呼び出されたようだけど、あの恐ろしい表情は今思い出しても息の根が止まりそうになる。
大まかに今日あった訓練内容を葉月さんに話した。相槌を打ちながら静かに聞いてくれている。
波動さんは立派にヴィラン役を務めていたけど、俺は少しでも彼らの役に立ったんだろうか。「ヴィラン側の要求」と訊かれても、それらしいものは浮かばなかったし。何よりも帰りたい一心だった。
「……俺は役に立てたんだろうか」
独り言がつい漏れてしまった。弱音を吐かないようにしようとしていたのに。これじゃあまた、あの時の様に心配をさせてしまう。
『実戦では何が起こるか分からない…臨機応変に対応が出来るように。そんな思いを少しでも伝えられたなら…その訓練は成功したんじゃないかな。天喰くんが演じた役、無駄じゃないと思う』
「……葉月さんの優しさが沁みる」
『怪我は、大丈夫?』
「大丈夫です。……心配かけるつもりで電話したわけじゃ…すみません」
『ううん。…天喰くんが大丈夫って言ってるんだから、私はそれを信じる。それに、こうして声が聞けて嬉しい』
「俺もです…葉月さんの声に癒されている。ウィスパーボイス…心のオアシス」
ありのままを伝えると、慌てた声が聞こえてきた。そんな大それたものじゃない、と。俺にとっては葉月さんがこの世界に居てくれるだけで、嬉しいんだ。
「…そういえば、引っ越し先は見つかりそうなんですか」
「うん。良さそうな所があったの。今年中には引っ越そうかなって…いつまでも事務所に寝泊まりするわけにもいかないから。ファットさんは事務所を使ってもいいって言ってくれてるけど…」
葉月さんはこの世界の住人じゃない。今年の夏に別の世界からやってきた。
その日はファットガム事務所のメンバーでパトロール中だった。昼間の空から突然現れて、落ちてきた所を間一髪俺の個性で受け止めて救助。元の世界に帰る方法が見つかるまで、ファットガム事務所で保護することに。その間、事務所の一室を借りて暮らしていたのだけど。その必要も無くなった。
葉月さんはこの世界に、この地に留まると告げてくれた。居心地が良いと言ってくれた時は本当に嬉しかった。
「引っ越し、手伝わせてください。片付けは人手が多い方がいい」
『うん。ありがとう。決まったら連絡するね』
「待ってます」
眠気が穏やかな波打ち際のように寄せては引いていく。葉月さんの声が心地良すぎて、話しているだけで眠りにつけそうだ。子守唄代わりに出来そうなこの声にうとうとしていたら、名前を呼ばれて慌てて意識を浮上させる。
「……寝落ちしそうになった…。次反応が無かったら、構わずに電話切ってください…」
『う、うん…もう切ろうか?今日は疲れてるだろうし』
「…もう少し。声、聞いていたい…すみません、わがままで」
受話器の向こうでくすくすと笑う声。恥ずかしさよりも、優しく響いたその声に落ち着く。それに俺は安堵していた。
九州で起きた襲撃事件。エンデヴァーとホークスが繰り広げた死闘の末、事態は何とか収拾した。このニュースは全国で報道されていたから、ファットガム事務所にも情報が入っているはずだ。
ファットがいるから、大丈夫だとは思っている。でも、葉月さんはこの世界に来てまだ日が浅い。個性の無い世界から来た者にとっては非日常的な出来事だ。不安を抱えているんじゃないかと、心配になった。
自らの意思で此処にいると言ってくれた。住み慣れた自分の世界を離れて、此処で暮らしたいという願いを受け止めたからには、全力でサポートすると誓った。この思いはファットも切島くんも同じだ。
「…葉月さん。何か、困ったことや不安…どんな些細なことでもいい。遠慮なく言ってください。ファットは勿論、俺や切島くんも力になります」
ヒーローとして、一個人として。守りたい人なんだ。
『うん。…頼もしいヒーローが三人もいると、心強い』
「……頼もしいヒーローになれるよう頑張ります。…すみません。限界なので、寝ます…」
『おやすみなさい、ゆっくり休んでね。…それと、今日は連絡ありがとう』
「こちらこそ。…おやすみなさい」
俺はスマホを支えていた手をぱたりと下ろした。
心地よいあの声がまだ耳に残っている。名残惜しいけど、これ以上起きているのは厳しい。
それにしても、最近葉月さんのことばかり考えている気がする。何かある度に、あの人の顔が浮かぶ。さっきの会話で心配性だって思われてるかもしれない。実際、心配なんだからどうしようもない。インターン先に早く行きたいと思うのは、初めてだ。
向こうにはプロヒーローのファットがいるんだし、そこまで心配することは無いのかもしれない。
そういえば、ファットは葉月さんのこと好きじゃないのか。あれだけ気にかけているのに。あの二人はお似合いだと思う。けど。
胸の辺りがチクリとした。細い針で刺したような僅かな痛み。昼間、至近距離で爆撃を受けた箇所だ。それの痛みだろう。明日の朝には治っているだろうし、気にしないでおこう。
眠い。そろそろ睡魔に抗うのも無理だ。
俺は布団を手繰り寄せ、丸くなって目を瞑った。
仮免を取得した一年生たちを相手にした訓練が行われた。
校内に侵入したヴィランという想定で、ビッグ3の俺たちがその役を演じることになった。
その話を受けた時点で帰りたい気持ちで一杯だった。「喜んで引き受けます」なんて言葉は絶対に出てこない。でも、一年生に少しでも早く実力をつけてもらいたい。その思いとミリオと波動さんの後押しもあったから、引き受けた。
ミリオは「全力で川に流される救助者を演じてみせるよね!」と張り切っていたし、波動さんもやる気満々だった。こんな状況で俺だけ降りる訳にもいかない。
色々あった一日をなんとか乗り切って、治療も受け、シャワーを浴びてようやく自室に戻ってこられた。椅子にバスタオルを引っ掛けて、俺はベッドにぱたりと倒れ込む。疲れた。
もう夜の九時半を過ぎている。このままふかふかのベッドに埋もれて眠りにつきたい。瞼が重い。目を閉じたら三秒で眠れそうだ。
暫くベッドでうつ伏せになっていた俺は気がかりを一つ思い出して、睡魔と戦いながら枕元のスマホに手を伸ばした。まだ、時間もそんなに遅くない。連絡しても大丈夫だろうか。
メッセージを送ろうとして、一度トーク画面を開く。最終履歴は一週間前の日付だ。たった一言、短い文面を送るのにもあれこれ考えてしまう。これは、駄目だ。悩んでいるうちに寝落ちしてしまいそうだ。それなら口を動かして喋った方がいい。
うつ伏せから寝返りを打って、横向きに。その状態で葉月さんに電話を掛けた。誰に連絡をするにも緊張で心臓がバクバクしてくるのに、この人だけはそれも無い。まるで昔から知っている人のようで、変な緊張感を抱かなくて済む。
三回目の呼び出し音で、関西のファットガム事務所にいる葉月さんと繋がった。
『もしもし』
聞こえてきたその一声だけで、もう癒される。今日の疲れが吹き飛んだ気さえした。
「こんばんは。すみません、急に電話をして」
『大丈夫よ。部屋でゆっくりしていた所だから。ちょうど、天喰くんおススメの本を読んでいたの』
「読書の邪魔を…すみません。本、気に入りそうですか」
文化祭の準備が始まるよりも前の話だ。この世界でおススメの本があれば教えてほしいと訊かれた。過去に読んだ中でよければと引き受け、葉月さんが好みそうなジャンルで探した。
あれこれ悩んだ末、廃版になっていないものだったから書店で購入したものを手渡したのがちょうど一週間前。
自分のものさしで「面白い」と押し付けるのもおこがましいようで、少し心配をしていたけど。明るい声色の様子から楽しんでくれているようだった。
『ええ、とても。面白いからじっくり読んでいるの。このシリーズ、他にも出てるのね。読み終わったらそれも読んでみようと思って』
「…気に入っていただけて、俺もホッとしました」
『素敵な本を紹介してくれてありがとう』
葉月さんの喜んでいる表情が浮かんで、頬が緩んだ。
「どういたしまして。……葉月さん、そっちは変わりないですか」
『うん。天喰くんは授業、順調?』
「……今日、一年生を相手に対ヴィラン訓練を手伝いました」
『そっか…先輩だから、後輩にお手本を見せるのね』
「いえ……手本と言うよりも、一年生がヒーロー役で、俺がヴィラン役を演じました」
「えっ」という意外な声が聞こえてきた。俺も担任から話を聞いた時はそんな感じだった。
一年生の視線が俺に容赦なく集まるし、まさか切島くんに背後を襲撃されるとは思わなかったし、挙句の果てには捕獲された後に無抵抗の所を爆破された。彼は職員室に呼び出されたようだけど、あの恐ろしい表情は今思い出しても息の根が止まりそうになる。
大まかに今日あった訓練内容を葉月さんに話した。相槌を打ちながら静かに聞いてくれている。
波動さんは立派にヴィラン役を務めていたけど、俺は少しでも彼らの役に立ったんだろうか。「ヴィラン側の要求」と訊かれても、それらしいものは浮かばなかったし。何よりも帰りたい一心だった。
「……俺は役に立てたんだろうか」
独り言がつい漏れてしまった。弱音を吐かないようにしようとしていたのに。これじゃあまた、あの時の様に心配をさせてしまう。
『実戦では何が起こるか分からない…臨機応変に対応が出来るように。そんな思いを少しでも伝えられたなら…その訓練は成功したんじゃないかな。天喰くんが演じた役、無駄じゃないと思う』
「……葉月さんの優しさが沁みる」
『怪我は、大丈夫?』
「大丈夫です。……心配かけるつもりで電話したわけじゃ…すみません」
『ううん。…天喰くんが大丈夫って言ってるんだから、私はそれを信じる。それに、こうして声が聞けて嬉しい』
「俺もです…葉月さんの声に癒されている。ウィスパーボイス…心のオアシス」
ありのままを伝えると、慌てた声が聞こえてきた。そんな大それたものじゃない、と。俺にとっては葉月さんがこの世界に居てくれるだけで、嬉しいんだ。
「…そういえば、引っ越し先は見つかりそうなんですか」
「うん。良さそうな所があったの。今年中には引っ越そうかなって…いつまでも事務所に寝泊まりするわけにもいかないから。ファットさんは事務所を使ってもいいって言ってくれてるけど…」
葉月さんはこの世界の住人じゃない。今年の夏に別の世界からやってきた。
その日はファットガム事務所のメンバーでパトロール中だった。昼間の空から突然現れて、落ちてきた所を間一髪俺の個性で受け止めて救助。元の世界に帰る方法が見つかるまで、ファットガム事務所で保護することに。その間、事務所の一室を借りて暮らしていたのだけど。その必要も無くなった。
葉月さんはこの世界に、この地に留まると告げてくれた。居心地が良いと言ってくれた時は本当に嬉しかった。
「引っ越し、手伝わせてください。片付けは人手が多い方がいい」
『うん。ありがとう。決まったら連絡するね』
「待ってます」
眠気が穏やかな波打ち際のように寄せては引いていく。葉月さんの声が心地良すぎて、話しているだけで眠りにつけそうだ。子守唄代わりに出来そうなこの声にうとうとしていたら、名前を呼ばれて慌てて意識を浮上させる。
「……寝落ちしそうになった…。次反応が無かったら、構わずに電話切ってください…」
『う、うん…もう切ろうか?今日は疲れてるだろうし』
「…もう少し。声、聞いていたい…すみません、わがままで」
受話器の向こうでくすくすと笑う声。恥ずかしさよりも、優しく響いたその声に落ち着く。それに俺は安堵していた。
九州で起きた襲撃事件。エンデヴァーとホークスが繰り広げた死闘の末、事態は何とか収拾した。このニュースは全国で報道されていたから、ファットガム事務所にも情報が入っているはずだ。
ファットがいるから、大丈夫だとは思っている。でも、葉月さんはこの世界に来てまだ日が浅い。個性の無い世界から来た者にとっては非日常的な出来事だ。不安を抱えているんじゃないかと、心配になった。
自らの意思で此処にいると言ってくれた。住み慣れた自分の世界を離れて、此処で暮らしたいという願いを受け止めたからには、全力でサポートすると誓った。この思いはファットも切島くんも同じだ。
「…葉月さん。何か、困ったことや不安…どんな些細なことでもいい。遠慮なく言ってください。ファットは勿論、俺や切島くんも力になります」
ヒーローとして、一個人として。守りたい人なんだ。
『うん。…頼もしいヒーローが三人もいると、心強い』
「……頼もしいヒーローになれるよう頑張ります。…すみません。限界なので、寝ます…」
『おやすみなさい、ゆっくり休んでね。…それと、今日は連絡ありがとう』
「こちらこそ。…おやすみなさい」
俺はスマホを支えていた手をぱたりと下ろした。
心地よいあの声がまだ耳に残っている。名残惜しいけど、これ以上起きているのは厳しい。
それにしても、最近葉月さんのことばかり考えている気がする。何かある度に、あの人の顔が浮かぶ。さっきの会話で心配性だって思われてるかもしれない。実際、心配なんだからどうしようもない。インターン先に早く行きたいと思うのは、初めてだ。
向こうにはプロヒーローのファットがいるんだし、そこまで心配することは無いのかもしれない。
そういえば、ファットは葉月さんのこと好きじゃないのか。あれだけ気にかけているのに。あの二人はお似合いだと思う。けど。
胸の辺りがチクリとした。細い針で刺したような僅かな痛み。昼間、至近距離で爆撃を受けた箇所だ。それの痛みだろう。明日の朝には治っているだろうし、気にしないでおこう。
眠い。そろそろ睡魔に抗うのも無理だ。
俺は布団を手繰り寄せ、丸くなって目を瞑った。