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ハッピーバースデー!
事務所内にあるカレンダーの全てに花丸がついている日がある。今月でいえば八日だ。来客のある日、外部会議、休日という意味合いの丸印ではない。ファットガム事務所では各々の誕生日がカレンダーに印されている。
ファットの誕生日まであと一週間。今年は駅前に出店した有名どころのシュークリームを買ってこよう。
「パトロールお疲れ様、天喰くん」
「お疲れ様です」
「ファットさんは…」
「下で来客の相手をしてます。古い友人らしいから、立ち話も長くなると思う」
「そっか…ちょうど良かった。来週ファットさんの誕生日でしょ?それで相談があるの」
市内パトロールから戻ってすぐ、事務所前でファットが呼び止められた。どうやら顔見知りであり、話の内容から旧知の友人だと分かった。このまま話を立ち聞きするのも気が引けるので、先に戻っていると伝えて上がってきた。
上の部屋に戻ってきて、ふとカレンダーに目が留まってその日付を眺めていた所だ。葉月さんの相談内容も大方予想がつく。ファットの誕生日プレゼントに何がいいのかと。
俺が誕生日プレゼントの相談に乗れるだろうか。まして上司が気に入るような物なんて、食べ物以外に思いつかない。でも、適当に答えるのも葉月さんに失礼だし、ここは真剣に答えるしかない。そう身構えたところだった。
「その…ケーキなんだけどね。七号を二つか、それとも七号一つに五号一つの方がいいか悩んじゃって」
「ケーキ。……どっちにしても絶対余らないから大丈夫だと思います」
「そっか。じゃあ、七号二つにしておこうかな。美味しいケーキ屋さん見つけたから、そこで予約しようと思ってるの」
せっかくだから、フルーツたっぷり生クリームケーキとチョコレートケーキにすると葉月さんはニコニコしている。
ケーキの号数で悩んでいたとは思いもよらなかったけど、その理由を思い出した。
「…ああ、そうか。その日は切島くんたちインターンじゃないから、人数が少ないんですね」
「うん。だから、余らないか心配だったの」
「俺も流石に大量にケーキは食べない…でもファットが残さず平らげてくれるから、大丈夫」
毎年ファットの誕生日は事務所でお祝いパーティーをしている。去年はファットが自分でホールケーキを買ってきた。こっちで予め買っておいた分と併せて二つのバースデーケーキが並ぶ形に。それでも大皿はきれいになったから大丈夫だ。
「私がケーキ作ろうかとも考えてみたんだけど、スポンジが今までに上手く焼けたためしがなくて」
「ああ…スポンジ膨らませるの難しいって聞きます。無理せずに買いに行きましょう。俺も買い出し手伝いますから。あと、ファットには内緒にしておくよりも公表しておいた方がいい」
この間の猫カフェの時みたいに尾行されかねない。コソコソしていると真実も拗れてしまう。
「それなりに気を遣ってサプライズ仕掛けようとしても、自分でバースデーケーキ買ってくるし。…だから、用意するなら先に言っておくのが」
「そっか。じゃあ何時からパーティーやるかも伝えた方がいいね。…それと、プレゼント何がいいか悩んでるの」
本題きた。いいアドバイスができるだろうか。とりあえず、何でも喜ばれるという回答は無しだろう。アドバイスになっていない。
「…葉月さんはどんな物を考えているんですか」
「食べ物以外だと服やアクセサリーかな…って。でも、どっちの姿で合わせて選べばいいのか」
「服飾品だと普段使いが難しい…日用品はどうですか」
「日用品…」
そう復唱した葉月さんは考え込んだ。そのあとすぐに良い案が浮かんだと手をポンと叩いた。
「ふわふわのバスタオルとか、どうかな。仕事疲れでシャワー上がりにタオルがふわふわだと癒されるし。…あと、肌触りの良いタオルケットも」
「……葉月さん、疲れてます?」
確かにバスタオルもタオルケットも日用品。けど、今時期だとお中元のイメージがどうしても拭えない。
のほほんとした表情の葉月さんから「実は」と続けられる。どことなくぼんやりしているような。
「…ここ数日、暑くて寝苦しくて…寝不足なの」
「夜になっても蒸し暑いですからね…。エアコンつけて寝た方がいいですよ。熱中症になるし、眠れないと体力が奪われていく一方だから」
「うん…昼も頭がぼーっとすることが多くて」
「既に熱中症の疑い…!涼しい場所にいてください!」
事務所内は空調が効いているから、外に出ないように。水分と塩分の補給をマメにするよう言い聞かせる。
うんうんと頷いているけど、大丈夫だろうか。不安だ。
「その状態でファットの誕生日プレゼント考えても、良い物浮かばないと思いますよ」
「…うん。ちなみに、天喰くんは何か考えてるの?」
「……駅前のシュークリームを一ダースで」
改めて口にすると自分の考えは安直だなと反省したくなる。当たり外れがない品。それを選択肢とした俺を非難することのない葉月さんは優しい人だと心から思う。
「やっぱリ美味しいものが喜ばれるよね。いいと思う」
「あ…ありがとうございます」
「…切島くん達なら何あげるかな」
「彼らは自分の趣味を推してくると思いますよ」
「これがおススメなんスよ!」と力強く推してくるだろう。若しくは自分と同じように食べ物を考えそうだ。参考にならない意見ばかりで申し訳ない。
「すみません…大した力になれなくて」
「ううん、大丈夫よ。こうして相談できるだけありがたいし…先輩方に相談すると、その…からかわれるから」
「それは辛い。俺でよければいくらでも聞きます。切島くんたちも真面目に聞いてくれると思います」
「ありがとう。…でも、もうそんなに時間も無いしどうしよう」
「……あ。そうだ、アンテナショップ…そこなら何か見つかるかもしれない」
駅前のシュークリーム屋から程なくした場所にアンテナショップがある。そこに北海道土産が並んでいたのを思い出した。
「ご当地物なら葉月さんならではだし、喜ばれると思います」
「アンテナショップあるんだ…知らなかった。雑貨も置いてるなら何か見つかりそう」
「土曜日でよければ付き合いますよ。…体調良くなってたらの話ですけど」
土曜日の予定は追って決めることにし、この事はファットに先に伝えておくと話す。何か良いものが見つかることを願おう。
職業柄定時で上がれるとも限らない。状況によってはその日のうちに帰れないこともある。葉月さんの用意した物が無駄にならないように八日は戻ってくるようにしよう。
◇
八月八日、午後七時ちょうどにクラッカーが三つ弾けた。カラフルな細長い紙がクラッカーの筒から飛び出す。少量の火薬の臭いはすぐに空気に紛れて消えていった。
「ファットさん、お誕生日おめでとうございます!」
「おめでとうございます」
いつものテーブルにセッティングされたご馳走の数々。並んでいる品はタコ焼き、お好み焼き、ピザ、寿司など。
そこに仲間入りしたフルーツたっぷりの生クリームケーキとチョコレートケーキ。ケーキの真ん中にはチョコレートのプレートが飾られている。せめてプレートのアイシングだけはと葉月さんがチョコペンでファットの名前とハッピーバースデーの文字を描いたものだ。生クリームケーキの方には火が消えた三とゼロの数字キャンドルが乗っている。
にこにこと笑うファットは大層ご機嫌な様子だ。
「二人ともおおきに!ほな、乾杯しよか!」
三人でオレンジジュースのグラスを掲げ、かちんと軽くぶつける。その後、グラスの中身を飲み干して俺は席を立つ。
「それじゃあ、俺はこれで…」
「いやいや、乾杯してすぐ退席とかなんのコントやねん!」
「…二人で水入らずの方がいいと思って」
「環も祝ってくれるんやろ?祝ってくれる人追い出したらバチが当たるやん」
俺なら誕生日や特別な記念日は大切な人と二人がいい。でもファットはそうじゃないようだ。葉月さんも嫌な顔一つしない。座ってと促されてしまう。一度浮かせた腰を元に戻すと、グラスに二杯目のオレンジジュースが注がれた。
「ありがとうございます。…誕生日プレゼント、俺からは駅前のシュークリーム」
「おお!ここのシュークリーム食べてみたかったんや。……美味っ!めっちゃ美味いで!」
ファットは箱から拳大のシュークリームをつまみ、一口でそれを頬張った。満足そうにしているから良かった。
「ファットさん。私からはこれです。どうぞ」
「おおきに!何選んできてくれたん?」
「開けてみてください」
葉月さんから手渡されたプレゼントの箱がファットの手に渡った途端、目の錯覚で小さくなってしまった。ラッピングが解かれた箱から出てきたのは二つのマグカップ。ラベンダーで薄い紫に染めたもの。アンテナショップで葉月さんが悩んだ末に選んだものだ。
「北海道限定のものです。アンテナショップで手に入ったので…その、お揃いのものってまだ持ってなかったから…どうかなって」
気に入ってもらえただろうかと、ファットの方を気にする葉月さん。そんな心配は一ミリも必要なかったみたいで、ファットは目元を覆って嬉し泣きの涙を流し始めた。
「…あかん。嬉しすぎて涙がカップ一杯に溜まりそうや。ありがとね、霧華ちゃん。めっちゃ嬉しい」
「良かったですね、喜んでもらえて」
「うん」
「俺は木彫りの熊を推したんですけど。却下されました」
「木彫りの熊」
「…天喰くんが道民の家には必ず木彫りの熊があるものだと思いこんでいて」
「えっ、ないん?」
「ないです。……祖父母の家にはありましたけど」
若い世代の家庭には無いんじゃないかと、憶測ながらも答える。家にも昔はあったかもしれないと呟いてもいた。
「今度俺もその店行ってみたいわ。都合良い時に一緒に行こか」
「はい」
「ほなケーキ切り分けよか」
「あ、私がやりますよ」
「ええよ。霧華ちゃんまだ本調子やないやろ?」
葉月さんは先週から軽い熱中症を引きずっていた。俺やファットの熱中症対策を聞き入れてくれたおかげか、幸いにも悪化せずに済んだ。本人は体力がないのも原因だと言って、涼しくなってきたら体力をつけると話していた。
「切り分けなくても、ファットなら一口でいけそうな気がする」
「流石のファットさんでも七号ケーキを一口では頬張れんよ?それに二人も食べたいやろ。プレートは俺が貰うでー。……このキャンドル、誰が」
「俺が付け足しました。三十路おめでとうございます」
「ぐっ…祝われとんのに心が微妙に抉られとる気分や。来年、環のケーキに十九本ロウソク立てたろ。花火もつけたるで」
「花火つきのケーキ…私見たことがないです」
「一気に豪華になってええで。一本と言わず花火三本ぐらいつけたろか」
「…ケーキの原型が無くなるからやめたほうがいい。というかやめてください」
花火がバチバチと弾けているうえに、十九本もロウソクが立っているケーキ。もはやSNS映えするとかそういう問題じゃなくなりそうだ。この先誕生日迎える人のケーキもそうならないように阻止しなければ。
甘いケーキを堪能している最中に切島くんからファットに電話がかかってきた。今年は去年よりも賑やかなものになりそうだ。笑い合う二人を見ながらそう思っていた。
事務所内にあるカレンダーの全てに花丸がついている日がある。今月でいえば八日だ。来客のある日、外部会議、休日という意味合いの丸印ではない。ファットガム事務所では各々の誕生日がカレンダーに印されている。
ファットの誕生日まであと一週間。今年は駅前に出店した有名どころのシュークリームを買ってこよう。
「パトロールお疲れ様、天喰くん」
「お疲れ様です」
「ファットさんは…」
「下で来客の相手をしてます。古い友人らしいから、立ち話も長くなると思う」
「そっか…ちょうど良かった。来週ファットさんの誕生日でしょ?それで相談があるの」
市内パトロールから戻ってすぐ、事務所前でファットが呼び止められた。どうやら顔見知りであり、話の内容から旧知の友人だと分かった。このまま話を立ち聞きするのも気が引けるので、先に戻っていると伝えて上がってきた。
上の部屋に戻ってきて、ふとカレンダーに目が留まってその日付を眺めていた所だ。葉月さんの相談内容も大方予想がつく。ファットの誕生日プレゼントに何がいいのかと。
俺が誕生日プレゼントの相談に乗れるだろうか。まして上司が気に入るような物なんて、食べ物以外に思いつかない。でも、適当に答えるのも葉月さんに失礼だし、ここは真剣に答えるしかない。そう身構えたところだった。
「その…ケーキなんだけどね。七号を二つか、それとも七号一つに五号一つの方がいいか悩んじゃって」
「ケーキ。……どっちにしても絶対余らないから大丈夫だと思います」
「そっか。じゃあ、七号二つにしておこうかな。美味しいケーキ屋さん見つけたから、そこで予約しようと思ってるの」
せっかくだから、フルーツたっぷり生クリームケーキとチョコレートケーキにすると葉月さんはニコニコしている。
ケーキの号数で悩んでいたとは思いもよらなかったけど、その理由を思い出した。
「…ああ、そうか。その日は切島くんたちインターンじゃないから、人数が少ないんですね」
「うん。だから、余らないか心配だったの」
「俺も流石に大量にケーキは食べない…でもファットが残さず平らげてくれるから、大丈夫」
毎年ファットの誕生日は事務所でお祝いパーティーをしている。去年はファットが自分でホールケーキを買ってきた。こっちで予め買っておいた分と併せて二つのバースデーケーキが並ぶ形に。それでも大皿はきれいになったから大丈夫だ。
「私がケーキ作ろうかとも考えてみたんだけど、スポンジが今までに上手く焼けたためしがなくて」
「ああ…スポンジ膨らませるの難しいって聞きます。無理せずに買いに行きましょう。俺も買い出し手伝いますから。あと、ファットには内緒にしておくよりも公表しておいた方がいい」
この間の猫カフェの時みたいに尾行されかねない。コソコソしていると真実も拗れてしまう。
「それなりに気を遣ってサプライズ仕掛けようとしても、自分でバースデーケーキ買ってくるし。…だから、用意するなら先に言っておくのが」
「そっか。じゃあ何時からパーティーやるかも伝えた方がいいね。…それと、プレゼント何がいいか悩んでるの」
本題きた。いいアドバイスができるだろうか。とりあえず、何でも喜ばれるという回答は無しだろう。アドバイスになっていない。
「…葉月さんはどんな物を考えているんですか」
「食べ物以外だと服やアクセサリーかな…って。でも、どっちの姿で合わせて選べばいいのか」
「服飾品だと普段使いが難しい…日用品はどうですか」
「日用品…」
そう復唱した葉月さんは考え込んだ。そのあとすぐに良い案が浮かんだと手をポンと叩いた。
「ふわふわのバスタオルとか、どうかな。仕事疲れでシャワー上がりにタオルがふわふわだと癒されるし。…あと、肌触りの良いタオルケットも」
「……葉月さん、疲れてます?」
確かにバスタオルもタオルケットも日用品。けど、今時期だとお中元のイメージがどうしても拭えない。
のほほんとした表情の葉月さんから「実は」と続けられる。どことなくぼんやりしているような。
「…ここ数日、暑くて寝苦しくて…寝不足なの」
「夜になっても蒸し暑いですからね…。エアコンつけて寝た方がいいですよ。熱中症になるし、眠れないと体力が奪われていく一方だから」
「うん…昼も頭がぼーっとすることが多くて」
「既に熱中症の疑い…!涼しい場所にいてください!」
事務所内は空調が効いているから、外に出ないように。水分と塩分の補給をマメにするよう言い聞かせる。
うんうんと頷いているけど、大丈夫だろうか。不安だ。
「その状態でファットの誕生日プレゼント考えても、良い物浮かばないと思いますよ」
「…うん。ちなみに、天喰くんは何か考えてるの?」
「……駅前のシュークリームを一ダースで」
改めて口にすると自分の考えは安直だなと反省したくなる。当たり外れがない品。それを選択肢とした俺を非難することのない葉月さんは優しい人だと心から思う。
「やっぱリ美味しいものが喜ばれるよね。いいと思う」
「あ…ありがとうございます」
「…切島くん達なら何あげるかな」
「彼らは自分の趣味を推してくると思いますよ」
「これがおススメなんスよ!」と力強く推してくるだろう。若しくは自分と同じように食べ物を考えそうだ。参考にならない意見ばかりで申し訳ない。
「すみません…大した力になれなくて」
「ううん、大丈夫よ。こうして相談できるだけありがたいし…先輩方に相談すると、その…からかわれるから」
「それは辛い。俺でよければいくらでも聞きます。切島くんたちも真面目に聞いてくれると思います」
「ありがとう。…でも、もうそんなに時間も無いしどうしよう」
「……あ。そうだ、アンテナショップ…そこなら何か見つかるかもしれない」
駅前のシュークリーム屋から程なくした場所にアンテナショップがある。そこに北海道土産が並んでいたのを思い出した。
「ご当地物なら葉月さんならではだし、喜ばれると思います」
「アンテナショップあるんだ…知らなかった。雑貨も置いてるなら何か見つかりそう」
「土曜日でよければ付き合いますよ。…体調良くなってたらの話ですけど」
土曜日の予定は追って決めることにし、この事はファットに先に伝えておくと話す。何か良いものが見つかることを願おう。
職業柄定時で上がれるとも限らない。状況によってはその日のうちに帰れないこともある。葉月さんの用意した物が無駄にならないように八日は戻ってくるようにしよう。
◇
八月八日、午後七時ちょうどにクラッカーが三つ弾けた。カラフルな細長い紙がクラッカーの筒から飛び出す。少量の火薬の臭いはすぐに空気に紛れて消えていった。
「ファットさん、お誕生日おめでとうございます!」
「おめでとうございます」
いつものテーブルにセッティングされたご馳走の数々。並んでいる品はタコ焼き、お好み焼き、ピザ、寿司など。
そこに仲間入りしたフルーツたっぷりの生クリームケーキとチョコレートケーキ。ケーキの真ん中にはチョコレートのプレートが飾られている。せめてプレートのアイシングだけはと葉月さんがチョコペンでファットの名前とハッピーバースデーの文字を描いたものだ。生クリームケーキの方には火が消えた三とゼロの数字キャンドルが乗っている。
にこにこと笑うファットは大層ご機嫌な様子だ。
「二人ともおおきに!ほな、乾杯しよか!」
三人でオレンジジュースのグラスを掲げ、かちんと軽くぶつける。その後、グラスの中身を飲み干して俺は席を立つ。
「それじゃあ、俺はこれで…」
「いやいや、乾杯してすぐ退席とかなんのコントやねん!」
「…二人で水入らずの方がいいと思って」
「環も祝ってくれるんやろ?祝ってくれる人追い出したらバチが当たるやん」
俺なら誕生日や特別な記念日は大切な人と二人がいい。でもファットはそうじゃないようだ。葉月さんも嫌な顔一つしない。座ってと促されてしまう。一度浮かせた腰を元に戻すと、グラスに二杯目のオレンジジュースが注がれた。
「ありがとうございます。…誕生日プレゼント、俺からは駅前のシュークリーム」
「おお!ここのシュークリーム食べてみたかったんや。……美味っ!めっちゃ美味いで!」
ファットは箱から拳大のシュークリームをつまみ、一口でそれを頬張った。満足そうにしているから良かった。
「ファットさん。私からはこれです。どうぞ」
「おおきに!何選んできてくれたん?」
「開けてみてください」
葉月さんから手渡されたプレゼントの箱がファットの手に渡った途端、目の錯覚で小さくなってしまった。ラッピングが解かれた箱から出てきたのは二つのマグカップ。ラベンダーで薄い紫に染めたもの。アンテナショップで葉月さんが悩んだ末に選んだものだ。
「北海道限定のものです。アンテナショップで手に入ったので…その、お揃いのものってまだ持ってなかったから…どうかなって」
気に入ってもらえただろうかと、ファットの方を気にする葉月さん。そんな心配は一ミリも必要なかったみたいで、ファットは目元を覆って嬉し泣きの涙を流し始めた。
「…あかん。嬉しすぎて涙がカップ一杯に溜まりそうや。ありがとね、霧華ちゃん。めっちゃ嬉しい」
「良かったですね、喜んでもらえて」
「うん」
「俺は木彫りの熊を推したんですけど。却下されました」
「木彫りの熊」
「…天喰くんが道民の家には必ず木彫りの熊があるものだと思いこんでいて」
「えっ、ないん?」
「ないです。……祖父母の家にはありましたけど」
若い世代の家庭には無いんじゃないかと、憶測ながらも答える。家にも昔はあったかもしれないと呟いてもいた。
「今度俺もその店行ってみたいわ。都合良い時に一緒に行こか」
「はい」
「ほなケーキ切り分けよか」
「あ、私がやりますよ」
「ええよ。霧華ちゃんまだ本調子やないやろ?」
葉月さんは先週から軽い熱中症を引きずっていた。俺やファットの熱中症対策を聞き入れてくれたおかげか、幸いにも悪化せずに済んだ。本人は体力がないのも原因だと言って、涼しくなってきたら体力をつけると話していた。
「切り分けなくても、ファットなら一口でいけそうな気がする」
「流石のファットさんでも七号ケーキを一口では頬張れんよ?それに二人も食べたいやろ。プレートは俺が貰うでー。……このキャンドル、誰が」
「俺が付け足しました。三十路おめでとうございます」
「ぐっ…祝われとんのに心が微妙に抉られとる気分や。来年、環のケーキに十九本ロウソク立てたろ。花火もつけたるで」
「花火つきのケーキ…私見たことがないです」
「一気に豪華になってええで。一本と言わず花火三本ぐらいつけたろか」
「…ケーキの原型が無くなるからやめたほうがいい。というかやめてください」
花火がバチバチと弾けているうえに、十九本もロウソクが立っているケーキ。もはやSNS映えするとかそういう問題じゃなくなりそうだ。この先誕生日迎える人のケーキもそうならないように阻止しなければ。
甘いケーキを堪能している最中に切島くんからファットに電話がかかってきた。今年は去年よりも賑やかなものになりそうだ。笑い合う二人を見ながらそう思っていた。