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方言女子
「ファットさん、資源ごみが溜まったので投げてきますね」
パトロールから戻ってきたばかりのファットと俺を出迎えた葉月さんの二言目。そこに気になる単語があったと俺とファットは固まるも、すぐにその意味を理解してその場で同時に頷く。
「資源ごみ、結構量あるし嵩張るから俺が行きますよ。紙は結構重いし」
「大丈夫よ。私でも持てる量だし、みんなは帰ってきたばかりで疲れてるでしょ。先に着替えちゃって。…あれ、切島くんは?」
「切島くんなら隣のおばちゃんに呼び止められてました。多分、お好み焼き貰ってくると思う…」
この事務所に隣接するビルにお好み焼き屋が入っている。隣のよしみかファットの人柄なのか、よくお好み焼きや自家製マヨネーズを持たせてくれる。おばちゃんも切島くんのこと気に入ってるようだし、今回も大量のお好み焼きを貰っていそう。
葉月さんがパッと顔を明るくした。
「お好み焼き。それならコーヒーじゃなくて烏龍茶の方が良いですね」
「そうやな。甘いもんでもええけど、烏龍茶の方が合いそうやな!さっぱりするし」
よく言ったものだ。食べ合わせや飲み合わせ、特に気にしないというのに。この間だって生クリームを液体だから飲み物だと言い張っていた。今は単に葉月さんに同意したに違いない。
「遅くなりました!隣のお好み焼き屋のおばちゃんからお好み焼きもらいました!事務員の人達の分は先に渡してきました」
予想通り切島くんがビニール袋を提げて戻ってきた。良い笑顔で袋を持ち上げる。焼き立てのお好み焼きのいい香りが漂っていた。匂い嗅いだら急にお腹が空いてくる。
「お疲れ様、切島くん」
「あざっス!」
「資源ごみ投げてきたらお茶淹れるから、先に着替えて待っててね」
俺も早く着替えてこよう。先にサンバイザーを外せば視界の色彩が鮮やかさを取り戻した。マントのフードを取り払い、手櫛で簡単に髪を整える。
俺がそうしている間、切島くんが笑顔のまま固まっていた。そして急に大きな声を張り上げる。
「あ、いやダメだ!!葉月さん、いくらなんでもゴミを投げるなんて…!なんか嫌なことでもあったんスか!?」
「え…えっと?」
お好み焼きの袋の持ち手を握りしめ、焦る様にずいっと葉月さんの前に立ちはだかる切島くん。ああ、これ勘違いしているな。
「そんな方法よりも、ストレス溜まってんなら俺を殴ってください!サンドバッグにならいくらでもなるんで!」
「き、切島くん?!」
「俺なら殴られても痛くないんで大丈夫っス!」
まるでヴィランと対峙した時みたいな表情するものだから、葉月さんが怯えていた。止めに入ろうにも完全に誤解しているようだし、どう彼に声を掛けようか。とりあえず割って入った方がいいかな。そう悩んでいる間に窓際のデスクから笑いを堪えるファットの「あかん、面白すぎや」という声が。
「いや…面白がってないで止めてくださいよ。急にサンドバッグになるって言われたら困るでしょ」
「そうっスよ!ファットも先輩も止めてください!葉月さんがこんな事言い出すなんて…よっぽど嫌なことが!でも、投げるのはダメだ!誰かに当たりでもしたら…!」
「落ち着くんは切島くんの方やで。あんな、投げるは方言や。北海道の人は『捨てる』を投げる言うん。関西弁やとほかすやな」
必死の形相をしていた切島くんが「へ?」と間の抜けた声と共に暫くの間固まった。そして、以前葉月さんから教わったことをようやく思い出したようで、今度は目を見開かせて慌て始める。切島くんって表情がころころ変わるよな。
「…さーせんっ!!そういや、そういう意味……俺、なんて勘違いを…!」
「あ、あの…私もごめんね。つい、口に出ちゃったみたいで…気が緩んでたのかな」
「いや、悪いのは俺だ!教わってたこと、忘れててつい騒ぎ立てちまった…!お詫びにゴミは俺が投げてきますっ!!」
早口にそう言うと、お好み焼きの袋を葉月さんに握らせて部屋を走り出る。下の階へ駆け下りていく際も掛け声が聞こえて来た。資源ごみを捨てに行くだけであの気合の入りよう、とても真似できない。
「切島くんが言うとほんまに投げてきそうやな」
ぽつんとその場に残された葉月さんは先ほどのやり取りを気にしているのか、とても居た堪れない様子だった。
◆
「……っつーわけで、お願いしますっ!」
コスチュームから制服に着替え、お好み焼きを烏龍茶と一緒に頂いていた。事務所内にあるテーブルにお好み焼きの箱がぎっしりと並んでいる。テーブルの端に並べきれない分は積み上げてあった。大判を十五枚以上、それも色んな具が入っているから飽きがこない。既に俺とファットで四枚ずつ消費した。それに対して隣に座っている葉月さんと切島くんは箸が止まっているようだ。
「俺、葉月さんともだいぶ馴染んできたと思ってたんスけど…まだまだ知らないことばかりだ。前に教わったことも覚えられてねぇし…だから、もっと葉月さんとこの言葉教えてください!」
その原因はさっきのゴミ投げ騒動。切島くんが両手を合わせて頼み込むようにしていた。ファット一人に対し、向かい合わせでソファに一列になって座っていたんだけど、俺が二人の間に入れば良かった。葉月さんがすごく気まずそうにしている。
「…私は逆に標準語を教えてほしい。それに合わせて喋りたいし…」
「え、そんな!葉月さんが俺らに合わせる必要ねえっスよ!」
「そやで。そのまんまでええやん」
「だ、だって…変な誤解が生まれますし。それに、田舎臭いと思われて…」
「俺は可愛いと思いますけど。あ、ファットその海鮮の半分ください」
エビやホタテの具が入った海鮮お好み焼きが美味しい。まだファット側に残っていたそれをこちら側の豚玉と半分交換して、自分の皿に盛り付けた。
一口サイズに切り分けたそれを箸で持ち上げ、息を吹きかけて冷ましてから口の中へ。ここのお好み焼き美味しいから何枚でもいける。
海鮮お好み焼きを味わっている横で、葉月さんが複雑な表情をしていた。そんなに変なこと言ったつもりはないんだけど。お好み焼きを飲み込んでからもう一度葉月さんにこう告げる。
「……方言女子は可愛い」
「や、やめて…全然可愛くないから…!」
「なんでや。霧華ちゃんかわええよ?言葉も姿も性格も」
「…ファットの惚気は聞きたくない」
「自分から話振っといてなんやねん環」
「と、とにかく!方言、学びたいんスよ…さっきみたいに周りに迷惑かけちまうし、葉月さんにも嫌な思いさせちまうから」
そう言って、切島くんは目を伏せた。さっきのことを猛省しているようだ。確かにあそこまで騒ぎ立てたら周囲も驚いてしまう。ただ、言葉の変換が直ぐにできなくとも、落ち着いてその意味を聞く姿勢があればいい気もする。
切島くんの熱心な態度に根負けしたのか、葉月さんは小さく頷くも「でも」と続ける。
「…やっぱり、いざ話してと言われても。友達や家族、地元の人が居れば自然に話せると思うんだけど」
「そう、なんスか。…じゃあ!俺たちのこと友達とか弟みたいだと思ってくれれば!」
「…切島くんの無茶ぶりがファットに似てきている」
「鋭児郎くんとか、鋭ちゃんとか呼んでくれて構わないんで!」
「え、えっと…」
「切島くん…それはずるい。俺だって名前で呼ばれたい」
「天喰くんまで…!」
「じゃあ、これを機に呼んでください!」
静観していたファットが「なんや身に覚えある光景やな」とピザを丸ごと一枚平らげながら呟いた。ごくんとそれを飲み込み、烏龍茶を流し込んだ。
「君ら霧華ちゃん困らせたらあかんで?」
「でも、ファットだって名前で呼ばれたくないっスか。その、恋人同士なんだし」
「俺にはとっておきのあだ名がもうついとるんやでェ」
ファットが勝ち誇った笑みを浮かべた。また冗談だろうと流そうにも、葉月さんの顔色が変わる。その話、本当なのか。
「マジっスか!どんなあだ名か気になる!」
「ごっつええあだ名や。ファットさん気に入っとるん」
「わあああ…やめてくださいっ!その呼び方、私使ってません…!」
「え、でも今ファットが気に入ってるって」
「一回呼んでくれたやん」
「そもそも間違って呼んだだけで…!」
「ますます気になる…!なんて呼ばれたんスか!」
方言の話はどこへいったのか。すっかり切島くんはファットのあだ名に食いついている。葉月さんは言い間違いだと主張しているし、どっちが真実なのか。俺は葉月さんの方が正しいと思う。
「ファットこそ葉月さんを困らせてるじゃないか。…そういうのどうかと思う」
「…なんや今日噛みついてくるなァ環。羨ましいんか」
「葉月さんが困っているのを見過ごすことはできない。あとドヤ顔で惚気てくるのが腹立たしいだけです」
「辛辣やな!…せやかて、霧華ちゃんと仲良しなんは事実やしなァ。環がイラつくんはしゃあないわァ」
「だからそうやってマウント取ってくるのが嫌だと…!」
「あ、あの…二人ともその辺で」
カラカラと笑うファットに苛立ちが益々募る中、隣から聞こえてくるか細い声。それに気づかずに口論を続けてしまった俺も悪いのかもしれない。
「環は霧華ちゃん大好きやもんなァ。まあ俺の方が好きやけどな」
「…ファットだけの葉月さんじゃないんですよ。そこ履き違えないでくれ」
「霧華ちゃんとられたからって僻みすきやで」
「僻んでない。俺は葉月さんの幸せを第一に願って」
「…もうっ!いい加減にしてって言ってるっしょ!!」
切島くんですら口を挟めずにいた所に葉月さんの静かな叫びが響いた。葉月さんにしては珍しく目を尖らせていて、本気で怒っているんだと察する顔つき。これ以上言い合うと葉月さんが爆発してしまいそうだ。
「……そ、そうやな。ファットさん大人げなかったわ」
「すみませんでした」
素の話し方が出ていたことを敢えて伏せていた俺とファットは互いの顔を見て一度頷く。口論も仲裁されたと葉月さんがほっと和らいだ表情を見せたのも束の間。
「……〜っしょて北海道弁なんスか?」
些細な疑問も口にしてしまう切島くんによって、また葉月さんが凍りついた。
この日以降、葉月さんが地元の言葉を口にする頻度が減少してしまったのは言うまでもない。
「ファットさん、資源ごみが溜まったので投げてきますね」
パトロールから戻ってきたばかりのファットと俺を出迎えた葉月さんの二言目。そこに気になる単語があったと俺とファットは固まるも、すぐにその意味を理解してその場で同時に頷く。
「資源ごみ、結構量あるし嵩張るから俺が行きますよ。紙は結構重いし」
「大丈夫よ。私でも持てる量だし、みんなは帰ってきたばかりで疲れてるでしょ。先に着替えちゃって。…あれ、切島くんは?」
「切島くんなら隣のおばちゃんに呼び止められてました。多分、お好み焼き貰ってくると思う…」
この事務所に隣接するビルにお好み焼き屋が入っている。隣のよしみかファットの人柄なのか、よくお好み焼きや自家製マヨネーズを持たせてくれる。おばちゃんも切島くんのこと気に入ってるようだし、今回も大量のお好み焼きを貰っていそう。
葉月さんがパッと顔を明るくした。
「お好み焼き。それならコーヒーじゃなくて烏龍茶の方が良いですね」
「そうやな。甘いもんでもええけど、烏龍茶の方が合いそうやな!さっぱりするし」
よく言ったものだ。食べ合わせや飲み合わせ、特に気にしないというのに。この間だって生クリームを液体だから飲み物だと言い張っていた。今は単に葉月さんに同意したに違いない。
「遅くなりました!隣のお好み焼き屋のおばちゃんからお好み焼きもらいました!事務員の人達の分は先に渡してきました」
予想通り切島くんがビニール袋を提げて戻ってきた。良い笑顔で袋を持ち上げる。焼き立てのお好み焼きのいい香りが漂っていた。匂い嗅いだら急にお腹が空いてくる。
「お疲れ様、切島くん」
「あざっス!」
「資源ごみ投げてきたらお茶淹れるから、先に着替えて待っててね」
俺も早く着替えてこよう。先にサンバイザーを外せば視界の色彩が鮮やかさを取り戻した。マントのフードを取り払い、手櫛で簡単に髪を整える。
俺がそうしている間、切島くんが笑顔のまま固まっていた。そして急に大きな声を張り上げる。
「あ、いやダメだ!!葉月さん、いくらなんでもゴミを投げるなんて…!なんか嫌なことでもあったんスか!?」
「え…えっと?」
お好み焼きの袋の持ち手を握りしめ、焦る様にずいっと葉月さんの前に立ちはだかる切島くん。ああ、これ勘違いしているな。
「そんな方法よりも、ストレス溜まってんなら俺を殴ってください!サンドバッグにならいくらでもなるんで!」
「き、切島くん?!」
「俺なら殴られても痛くないんで大丈夫っス!」
まるでヴィランと対峙した時みたいな表情するものだから、葉月さんが怯えていた。止めに入ろうにも完全に誤解しているようだし、どう彼に声を掛けようか。とりあえず割って入った方がいいかな。そう悩んでいる間に窓際のデスクから笑いを堪えるファットの「あかん、面白すぎや」という声が。
「いや…面白がってないで止めてくださいよ。急にサンドバッグになるって言われたら困るでしょ」
「そうっスよ!ファットも先輩も止めてください!葉月さんがこんな事言い出すなんて…よっぽど嫌なことが!でも、投げるのはダメだ!誰かに当たりでもしたら…!」
「落ち着くんは切島くんの方やで。あんな、投げるは方言や。北海道の人は『捨てる』を投げる言うん。関西弁やとほかすやな」
必死の形相をしていた切島くんが「へ?」と間の抜けた声と共に暫くの間固まった。そして、以前葉月さんから教わったことをようやく思い出したようで、今度は目を見開かせて慌て始める。切島くんって表情がころころ変わるよな。
「…さーせんっ!!そういや、そういう意味……俺、なんて勘違いを…!」
「あ、あの…私もごめんね。つい、口に出ちゃったみたいで…気が緩んでたのかな」
「いや、悪いのは俺だ!教わってたこと、忘れててつい騒ぎ立てちまった…!お詫びにゴミは俺が投げてきますっ!!」
早口にそう言うと、お好み焼きの袋を葉月さんに握らせて部屋を走り出る。下の階へ駆け下りていく際も掛け声が聞こえて来た。資源ごみを捨てに行くだけであの気合の入りよう、とても真似できない。
「切島くんが言うとほんまに投げてきそうやな」
ぽつんとその場に残された葉月さんは先ほどのやり取りを気にしているのか、とても居た堪れない様子だった。
◆
「……っつーわけで、お願いしますっ!」
コスチュームから制服に着替え、お好み焼きを烏龍茶と一緒に頂いていた。事務所内にあるテーブルにお好み焼きの箱がぎっしりと並んでいる。テーブルの端に並べきれない分は積み上げてあった。大判を十五枚以上、それも色んな具が入っているから飽きがこない。既に俺とファットで四枚ずつ消費した。それに対して隣に座っている葉月さんと切島くんは箸が止まっているようだ。
「俺、葉月さんともだいぶ馴染んできたと思ってたんスけど…まだまだ知らないことばかりだ。前に教わったことも覚えられてねぇし…だから、もっと葉月さんとこの言葉教えてください!」
その原因はさっきのゴミ投げ騒動。切島くんが両手を合わせて頼み込むようにしていた。ファット一人に対し、向かい合わせでソファに一列になって座っていたんだけど、俺が二人の間に入れば良かった。葉月さんがすごく気まずそうにしている。
「…私は逆に標準語を教えてほしい。それに合わせて喋りたいし…」
「え、そんな!葉月さんが俺らに合わせる必要ねえっスよ!」
「そやで。そのまんまでええやん」
「だ、だって…変な誤解が生まれますし。それに、田舎臭いと思われて…」
「俺は可愛いと思いますけど。あ、ファットその海鮮の半分ください」
エビやホタテの具が入った海鮮お好み焼きが美味しい。まだファット側に残っていたそれをこちら側の豚玉と半分交換して、自分の皿に盛り付けた。
一口サイズに切り分けたそれを箸で持ち上げ、息を吹きかけて冷ましてから口の中へ。ここのお好み焼き美味しいから何枚でもいける。
海鮮お好み焼きを味わっている横で、葉月さんが複雑な表情をしていた。そんなに変なこと言ったつもりはないんだけど。お好み焼きを飲み込んでからもう一度葉月さんにこう告げる。
「……方言女子は可愛い」
「や、やめて…全然可愛くないから…!」
「なんでや。霧華ちゃんかわええよ?言葉も姿も性格も」
「…ファットの惚気は聞きたくない」
「自分から話振っといてなんやねん環」
「と、とにかく!方言、学びたいんスよ…さっきみたいに周りに迷惑かけちまうし、葉月さんにも嫌な思いさせちまうから」
そう言って、切島くんは目を伏せた。さっきのことを猛省しているようだ。確かにあそこまで騒ぎ立てたら周囲も驚いてしまう。ただ、言葉の変換が直ぐにできなくとも、落ち着いてその意味を聞く姿勢があればいい気もする。
切島くんの熱心な態度に根負けしたのか、葉月さんは小さく頷くも「でも」と続ける。
「…やっぱり、いざ話してと言われても。友達や家族、地元の人が居れば自然に話せると思うんだけど」
「そう、なんスか。…じゃあ!俺たちのこと友達とか弟みたいだと思ってくれれば!」
「…切島くんの無茶ぶりがファットに似てきている」
「鋭児郎くんとか、鋭ちゃんとか呼んでくれて構わないんで!」
「え、えっと…」
「切島くん…それはずるい。俺だって名前で呼ばれたい」
「天喰くんまで…!」
「じゃあ、これを機に呼んでください!」
静観していたファットが「なんや身に覚えある光景やな」とピザを丸ごと一枚平らげながら呟いた。ごくんとそれを飲み込み、烏龍茶を流し込んだ。
「君ら霧華ちゃん困らせたらあかんで?」
「でも、ファットだって名前で呼ばれたくないっスか。その、恋人同士なんだし」
「俺にはとっておきのあだ名がもうついとるんやでェ」
ファットが勝ち誇った笑みを浮かべた。また冗談だろうと流そうにも、葉月さんの顔色が変わる。その話、本当なのか。
「マジっスか!どんなあだ名か気になる!」
「ごっつええあだ名や。ファットさん気に入っとるん」
「わあああ…やめてくださいっ!その呼び方、私使ってません…!」
「え、でも今ファットが気に入ってるって」
「一回呼んでくれたやん」
「そもそも間違って呼んだだけで…!」
「ますます気になる…!なんて呼ばれたんスか!」
方言の話はどこへいったのか。すっかり切島くんはファットのあだ名に食いついている。葉月さんは言い間違いだと主張しているし、どっちが真実なのか。俺は葉月さんの方が正しいと思う。
「ファットこそ葉月さんを困らせてるじゃないか。…そういうのどうかと思う」
「…なんや今日噛みついてくるなァ環。羨ましいんか」
「葉月さんが困っているのを見過ごすことはできない。あとドヤ顔で惚気てくるのが腹立たしいだけです」
「辛辣やな!…せやかて、霧華ちゃんと仲良しなんは事実やしなァ。環がイラつくんはしゃあないわァ」
「だからそうやってマウント取ってくるのが嫌だと…!」
「あ、あの…二人ともその辺で」
カラカラと笑うファットに苛立ちが益々募る中、隣から聞こえてくるか細い声。それに気づかずに口論を続けてしまった俺も悪いのかもしれない。
「環は霧華ちゃん大好きやもんなァ。まあ俺の方が好きやけどな」
「…ファットだけの葉月さんじゃないんですよ。そこ履き違えないでくれ」
「霧華ちゃんとられたからって僻みすきやで」
「僻んでない。俺は葉月さんの幸せを第一に願って」
「…もうっ!いい加減にしてって言ってるっしょ!!」
切島くんですら口を挟めずにいた所に葉月さんの静かな叫びが響いた。葉月さんにしては珍しく目を尖らせていて、本気で怒っているんだと察する顔つき。これ以上言い合うと葉月さんが爆発してしまいそうだ。
「……そ、そうやな。ファットさん大人げなかったわ」
「すみませんでした」
素の話し方が出ていたことを敢えて伏せていた俺とファットは互いの顔を見て一度頷く。口論も仲裁されたと葉月さんがほっと和らいだ表情を見せたのも束の間。
「……〜っしょて北海道弁なんスか?」
些細な疑問も口にしてしまう切島くんによって、また葉月さんが凍りついた。
この日以降、葉月さんが地元の言葉を口にする頻度が減少してしまったのは言うまでもない。