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押し売り御免
「今夜はタコ焼きパーティーやるで!」
鶴の一声とまではいかないが、ファットガムがそう発言すればノーと言う者はいない。流石に毎日がタコ焼き三昧であれば反論するのだが、葉月がこの事務所に来てからは上手く献立がローテーションするようになった。
食に関わる個性を持つファットガムと天喰は気にしていないようだが、切島と葉月は食事内容、特にカロリーを気にしている。ここに来て体重が増えたと嘆く悩みに共感するのは葉月と切島だけだ。
「…うーん。やっぱり足りない、かな」
葉月は山積みになったタコ足のパックを見てそう呟いた。給湯室の狭い調理スペースにタコ焼きの材料が並んでいる。大きなボウルにはそれぞれ刻んだ大量のネギ、紅ショウガ、天かす。あらかた用意した所で、先程の葉月の呟き。丸々としたタコ足が山ほどあるのだが、これでもファットガムの胃袋に収まる量は足りないだろうと判断したのだ。
「やっぱ足んないスかね」
「具剤が他に無いし、もう少し買い足した方がいいかも」
「さすが葉月さん。ファットの胃袋掴んでるっつーか、食べる量把握してますよね」
切島がタコ足のラップを裂きながら感心したように言った。それをまな板の上で一口サイズに切り分けていく。次々と慣れた手つきでタコを準備していた。その傍らで葉月がエプロンの紐を外す。白地の胸元に黄色いファットのワンポイントが刺繍されているものだ。
「切島くん、準備の続きお願いしてもいいかな。私、追加の買い出し行ってくるね」
「あ、はい。それならファットか先輩に声かけて…」
「こっち、何か手伝うことありますか」
給湯室にひょいと顔を覗かせた天喰と目が合った切島はパッと顔を明るくした。
「先輩、いい所に。タコの追加買い出しに行こうかって話してて…葉月さんと一緒にお願いしてもいいっスか。俺、タコ切っちまうんで」
「うん。いいよ」
「ありがとう。じゃあ、行ってくるね。すぐ戻れると思うから、薄力粉も混ぜちゃって大丈夫」
「了解っ!こっちは任しといてください!」
自分の胸をとんと軽く叩き、切島は買い出し部隊を見送った。
◇◆◇
事務所から徒歩で十分程のスーパーへ向かう。魚介コーナーでタコ足を五パック、他にキムチやチーズ、ツナ缶をカゴに入れていくと結構な重さとなった。他に必要なものはないかと天喰が聞けば「牛乳が切れそうで」と小声で申し訳なさそうに葉月が答える。
「天喰くん荷物ありがとう。重くない?」
「これでも鍛えてますから」
大丈夫だと頷いた天喰の手には膨らんだエコバッグ。重い物はこのエコバッグに入っている。それを軽々と胸の高さまで持ち上げてみせた。そこでハッとして「…自慢しているわけじゃなくて、俺でもこの位は」と言いながら腕を下ろした。
「天喰くんが一緒に来てくれて助かったよ。ありがとう」
「……どういたしまして。…それにしても、タコの頭にはびっくりした」
特売でタコ足をゲットしたとはいえ、割高だと感じた葉月は売場を見渡し、ポツリと漏らしたのだ。「タコの頭あれば安くつくんだけどね」と。それを聞いた天喰が驚いたのは無理もない。タコの頭が民衆のスーパーに出回っているのか。そう訊かれてから、ご当地ルールだと葉月は気づいたのだ。
「…こっちだと普通にタコの頭売ってるし、それをタコ焼きに使うものだから…てっきり全国区かと」
「流通の経路、鮮度の関係でしょうかね。さすが北海道…海鮮王国」
「ジンギスカンも美味しいよ」
「羊…いいな。羊毛が衝撃を和らげるのに使えそうだ」
「もこもこの天喰くん想像したら、ちょっと可愛いかも」
羊毛は高所からの落下や衝突等の衝撃を和らげる術は攻防に限らず、人命救助にも役立つ。そう考えていた天喰だが、葉月に可愛いと言われてしまい黙ってしまった。その横顔は少し困った様に赤らんでいた。
「この辺にもジンギスカンのお店、ありそうだし…ファットさんに話して、今度みんなで行けたらいいね」
「そう、ですね。…でもどうせなら本場で食べてみたい」
「……そうね。私も地元の味、懐かしくなっちゃった」
ふっと下げられた視線。それに気づいた天喰は話題の選択を間違ったと後悔した。葉月の故郷はこの世界にあってないようなもの。じゃあ行きましょうかと軽々しく言えるようなものでもない。場所は同じでも次元が違うのだ。
ホームシックとも言える言動にどう答えようかと悩んでいる時だ。目の前に飛び込んできた鮮やかな黄色。商店の中に突然現れたのようにその店は構えられていた。
文字通り目を奪われた二人は思わず足を止め、店の景観を眺める。掲げられた看板にはでかでかと『ファットガムグッズオフィシャルショップ』と描かれていた。
黄色いのぼり旗が風になびき、その横でファットガムの形を模した起き上がりこぼしのビニール風船がゆらゆらと揺れていた。店の入口付近には細々とした雑貨が陳列。ファットガムのキーホルダー、ぬいぐるみ、マトリョーシカ、Tシャツなど。様々なものが。
こんな店、あっただろうか。パトロールから一本横道に逸れた場所なだけあり、見覚えがないと天喰は派手な店構えを見ていた。こんな主張の強い派手な店は一度見たら忘れられない。すると、店の前にスタンド花が二つ飾られていることに気がつく。どうやら最近開店したばかりのようだ。
「すごいお店ね。…なんというか、ファットさん一色」
「…主張が過ぎる。というか公式のグッズショップできたなんて知らなかった。ファットなら煩く言ってきそうなのに」
「……あ。そういえば先輩方が話してたのって…もしかしてこれのことかな」
それは先週のことだと葉月が話す。「ついにオープンするみたいやで」と嬉々として盛り上がっていたと。その時に葉月は別件の仕事に手を取られていて話半分にしか聞いていなかったそうだ。
「……とにかく、早く帰ろう」
「あ、えっ…うん」
店の中を覗いてみたいと思っていた葉月だが、天喰の鬼気迫る様な表情に同意した。なまものを持ち歩いている途中なのと、すぐに戻ると切島に伝えてあるからだ。そういった理由だと思っていたのだが。
「こういう店は客引きが」
「ちょいとそこのお二人さん!冷やかしなら店の中も見たってからにしてや!」
客引きが強い。そう言いかけた天喰と葉月の腕をがっしりと掴んできた女性店員。その瞬間に「捕まってしまった」と天喰は顔を片手で覆った。
半ば強引に店の中へ連れ込まれた二人は店内を目にして驚愕。店内はさらにファットガム一色で染まっていた。
「わぁ…す、すごい量ね」
「これだけ黄色に囲まれていると…物凄く危機感を煽られる。…落ち着かない」
それに目がチカチカして痛いと天喰は床へ目を伏せる。
「新装開店したばかりやでぇ!Tシャツ、トートバッグ、エプロン、マグカップ。ペナント、ボールペン、マトリョーシカ!日常的に使えるものから雑貨までよりどりみどりやでえ」
「マトリョーシカ…ちょっと可愛いかも」
「せやろ!これな、最後まで開けてくと…じゃーん!ローファットの登場やで!」
ファットガムを模ったマトリョーシカは開けるたびにサイズが小さくなり、最後には低脂肪状態のファットガムが出てきた。これは面白いと葉月が顔を輝かせる。
「わぁ、すごい。小さいのにちゃんと顔も描き込まれてる」
「…確かに。作り込みはすごい」
「オススメは他にも仰山あるでぇ!カップルで使うなら、このマグカップがええよ!」
棚に陳列されていたペアのマグカップを差し出した。印刷されたファットガムの背景が赤と青で色違い。その棚には歯ブラシ、箸、茶碗等が並んでいる。
「かっカップルじゃ…ない。俺なんかが恋人だなんて…おこがましすぎる」
「なんや違うん?お似合いやで兄ちゃん達。…ははーん。分かったで、片思い中やな?兄ちゃん内気そうやしなぁ」
「だ、だから違っ…それに彼女は」
そこで天喰は口を噤んだ。ここでファットガムの関係者だと名乗るべきではない。何を言われるか分かったものではないと。
その煮えきらない天喰の態度に女性店員はにやにやと笑みを深めていた。
「まあええわ。なんにせよ親睦深めるんにはお揃いのアイテム持った方が絶対ええで!今ならお買い得価格で提供させてもらうでー!」
これは完全に店員に捕まってしまった。何か買うまではこの店を出ることは許されない。店員のマシンガントークにたじろぐ葉月を見ながら、天喰は絶望にも近い感情を抱くのであった。
◇◆◇
事務所では二人の帰りが遅いと心配をした切島が連絡を入れていた。
タコ焼きの準備は既に整っている。あとは型に流し込んで焼くだけなのだが、まだ戻ってこないので何か事件に巻き込まれたのではないかと。しかしそれは杞憂に終わり、すぐに天喰と連絡がついたのでほっとしていたのだ。電話口で「助かった」と話していたのでそれが気にかかる。
連絡がついてから十分後。ようやく天喰と葉月が戻ってきた。二人ともぐったりした表情で、手には買い物袋以外に紙袋が一つ。
「……ただいま戻りました」
「お、おう…お疲れさん。どないしたん、めっちゃ疲れとるがな」
「ファットの押し売りに遭いました」
「なんやそれ人聞き悪い言い方やんな。…ん、それ」
二人が持っている紙袋のカラーリングとロゴを見たファットガムは「おお」と手をポンと打つ。
「忘れとったわ。グッズショップオープンしたんやった」
「グッズショップって…ファットガムオフィシャル…すげぇ!」
「店の前を通り過ぎようとしたら、そこの店員さんに捕まって…無理やり買わされたんだ。あの店は恐ろしい所だよ…二度と近づきたくない」
「ひどい言われようやな」
「切島くんが連絡をくれなかったらもっと長引いていたと思う。君は救世主だよ…」
「な、なんか…大変だったんスね。それで、何買ってきたんスか」
天喰は追加の食材をテーブルの上に置き、紙袋を切島に預ける。切島が中に手を入れ、掴んで取り出したものは四角い箱とビニールに包まれた布製品。箱には『ファットガム饅頭』とポップな書体で描かれていた。
「ファットガム饅頭…饅頭がファットの顔をしてるんスね!」
「おー。これ美味かったで。サンプルもろた時に食べたん。中の餡が三種類あってな。小豆、チョコ、ミルクなんや」
「これならみんなで食べられるねって天喰くんと意見が一致したんです」
「こっちは……すげぇ!ファットの顔がプリントされたエプロン!」
「それは無理やり押し付けられたんだ…」
ビニールから取り出された黄色いエプロン。前面にファットガムの顔がでかでかと印刷されている。
ショップの店員が「彼女にプレゼントしてやり!」と天喰に押し付けてきたものでどうにも返せず、仕方なく買ってきたものだ。
「これ先輩が使うんスか?」
「えっ…そんな主張が激しいデザイン…使えるわけが」
「じゃあ、葉月さんが」
「わ、私は…今使ってるのがお気に入りなの。ファットさんがワンポイントで入ってるやつ」
「……なんやいっぺんに振られた気分や」
「それなら、俺が貰ってもいーっスか?調理実習の時に使えそうだし…」
二人が使わないと口を揃えるので、しゅんと項垂れるファットガムに居た堪れなくなった切島。嫌いなデザインでも無いので、欲しいと言えばファットガムがパッと顔を綻ばせた。
「おお!ええなそれ。注目の的やでェ!」
「…うん。それは君にあげるよ」
「あざっス!…うっし、じゃあ早速」
切島はTシャツの上からエプロンに頭と腕を通し、紐を腰の辺りできゅっと結んだ。それから両手でガッツポーズと眩しい笑顔を浮かべる。
「なんか、今日はタコ焼きも上手く焼けそうな気がするぜ!」
「よっしゃ!切島くんの腕前、見せてもらおか!」
「押忍っ!」
切島の気合も充分、ファットガムの機嫌も損ねずに済み、これで良かったと天喰は人知れず胸を撫で下ろしたのであった。
「今夜はタコ焼きパーティーやるで!」
鶴の一声とまではいかないが、ファットガムがそう発言すればノーと言う者はいない。流石に毎日がタコ焼き三昧であれば反論するのだが、葉月がこの事務所に来てからは上手く献立がローテーションするようになった。
食に関わる個性を持つファットガムと天喰は気にしていないようだが、切島と葉月は食事内容、特にカロリーを気にしている。ここに来て体重が増えたと嘆く悩みに共感するのは葉月と切島だけだ。
「…うーん。やっぱり足りない、かな」
葉月は山積みになったタコ足のパックを見てそう呟いた。給湯室の狭い調理スペースにタコ焼きの材料が並んでいる。大きなボウルにはそれぞれ刻んだ大量のネギ、紅ショウガ、天かす。あらかた用意した所で、先程の葉月の呟き。丸々としたタコ足が山ほどあるのだが、これでもファットガムの胃袋に収まる量は足りないだろうと判断したのだ。
「やっぱ足んないスかね」
「具剤が他に無いし、もう少し買い足した方がいいかも」
「さすが葉月さん。ファットの胃袋掴んでるっつーか、食べる量把握してますよね」
切島がタコ足のラップを裂きながら感心したように言った。それをまな板の上で一口サイズに切り分けていく。次々と慣れた手つきでタコを準備していた。その傍らで葉月がエプロンの紐を外す。白地の胸元に黄色いファットのワンポイントが刺繍されているものだ。
「切島くん、準備の続きお願いしてもいいかな。私、追加の買い出し行ってくるね」
「あ、はい。それならファットか先輩に声かけて…」
「こっち、何か手伝うことありますか」
給湯室にひょいと顔を覗かせた天喰と目が合った切島はパッと顔を明るくした。
「先輩、いい所に。タコの追加買い出しに行こうかって話してて…葉月さんと一緒にお願いしてもいいっスか。俺、タコ切っちまうんで」
「うん。いいよ」
「ありがとう。じゃあ、行ってくるね。すぐ戻れると思うから、薄力粉も混ぜちゃって大丈夫」
「了解っ!こっちは任しといてください!」
自分の胸をとんと軽く叩き、切島は買い出し部隊を見送った。
◇◆◇
事務所から徒歩で十分程のスーパーへ向かう。魚介コーナーでタコ足を五パック、他にキムチやチーズ、ツナ缶をカゴに入れていくと結構な重さとなった。他に必要なものはないかと天喰が聞けば「牛乳が切れそうで」と小声で申し訳なさそうに葉月が答える。
「天喰くん荷物ありがとう。重くない?」
「これでも鍛えてますから」
大丈夫だと頷いた天喰の手には膨らんだエコバッグ。重い物はこのエコバッグに入っている。それを軽々と胸の高さまで持ち上げてみせた。そこでハッとして「…自慢しているわけじゃなくて、俺でもこの位は」と言いながら腕を下ろした。
「天喰くんが一緒に来てくれて助かったよ。ありがとう」
「……どういたしまして。…それにしても、タコの頭にはびっくりした」
特売でタコ足をゲットしたとはいえ、割高だと感じた葉月は売場を見渡し、ポツリと漏らしたのだ。「タコの頭あれば安くつくんだけどね」と。それを聞いた天喰が驚いたのは無理もない。タコの頭が民衆のスーパーに出回っているのか。そう訊かれてから、ご当地ルールだと葉月は気づいたのだ。
「…こっちだと普通にタコの頭売ってるし、それをタコ焼きに使うものだから…てっきり全国区かと」
「流通の経路、鮮度の関係でしょうかね。さすが北海道…海鮮王国」
「ジンギスカンも美味しいよ」
「羊…いいな。羊毛が衝撃を和らげるのに使えそうだ」
「もこもこの天喰くん想像したら、ちょっと可愛いかも」
羊毛は高所からの落下や衝突等の衝撃を和らげる術は攻防に限らず、人命救助にも役立つ。そう考えていた天喰だが、葉月に可愛いと言われてしまい黙ってしまった。その横顔は少し困った様に赤らんでいた。
「この辺にもジンギスカンのお店、ありそうだし…ファットさんに話して、今度みんなで行けたらいいね」
「そう、ですね。…でもどうせなら本場で食べてみたい」
「……そうね。私も地元の味、懐かしくなっちゃった」
ふっと下げられた視線。それに気づいた天喰は話題の選択を間違ったと後悔した。葉月の故郷はこの世界にあってないようなもの。じゃあ行きましょうかと軽々しく言えるようなものでもない。場所は同じでも次元が違うのだ。
ホームシックとも言える言動にどう答えようかと悩んでいる時だ。目の前に飛び込んできた鮮やかな黄色。商店の中に突然現れたのようにその店は構えられていた。
文字通り目を奪われた二人は思わず足を止め、店の景観を眺める。掲げられた看板にはでかでかと『ファットガムグッズオフィシャルショップ』と描かれていた。
黄色いのぼり旗が風になびき、その横でファットガムの形を模した起き上がりこぼしのビニール風船がゆらゆらと揺れていた。店の入口付近には細々とした雑貨が陳列。ファットガムのキーホルダー、ぬいぐるみ、マトリョーシカ、Tシャツなど。様々なものが。
こんな店、あっただろうか。パトロールから一本横道に逸れた場所なだけあり、見覚えがないと天喰は派手な店構えを見ていた。こんな主張の強い派手な店は一度見たら忘れられない。すると、店の前にスタンド花が二つ飾られていることに気がつく。どうやら最近開店したばかりのようだ。
「すごいお店ね。…なんというか、ファットさん一色」
「…主張が過ぎる。というか公式のグッズショップできたなんて知らなかった。ファットなら煩く言ってきそうなのに」
「……あ。そういえば先輩方が話してたのって…もしかしてこれのことかな」
それは先週のことだと葉月が話す。「ついにオープンするみたいやで」と嬉々として盛り上がっていたと。その時に葉月は別件の仕事に手を取られていて話半分にしか聞いていなかったそうだ。
「……とにかく、早く帰ろう」
「あ、えっ…うん」
店の中を覗いてみたいと思っていた葉月だが、天喰の鬼気迫る様な表情に同意した。なまものを持ち歩いている途中なのと、すぐに戻ると切島に伝えてあるからだ。そういった理由だと思っていたのだが。
「こういう店は客引きが」
「ちょいとそこのお二人さん!冷やかしなら店の中も見たってからにしてや!」
客引きが強い。そう言いかけた天喰と葉月の腕をがっしりと掴んできた女性店員。その瞬間に「捕まってしまった」と天喰は顔を片手で覆った。
半ば強引に店の中へ連れ込まれた二人は店内を目にして驚愕。店内はさらにファットガム一色で染まっていた。
「わぁ…す、すごい量ね」
「これだけ黄色に囲まれていると…物凄く危機感を煽られる。…落ち着かない」
それに目がチカチカして痛いと天喰は床へ目を伏せる。
「新装開店したばかりやでぇ!Tシャツ、トートバッグ、エプロン、マグカップ。ペナント、ボールペン、マトリョーシカ!日常的に使えるものから雑貨までよりどりみどりやでえ」
「マトリョーシカ…ちょっと可愛いかも」
「せやろ!これな、最後まで開けてくと…じゃーん!ローファットの登場やで!」
ファットガムを模ったマトリョーシカは開けるたびにサイズが小さくなり、最後には低脂肪状態のファットガムが出てきた。これは面白いと葉月が顔を輝かせる。
「わぁ、すごい。小さいのにちゃんと顔も描き込まれてる」
「…確かに。作り込みはすごい」
「オススメは他にも仰山あるでぇ!カップルで使うなら、このマグカップがええよ!」
棚に陳列されていたペアのマグカップを差し出した。印刷されたファットガムの背景が赤と青で色違い。その棚には歯ブラシ、箸、茶碗等が並んでいる。
「かっカップルじゃ…ない。俺なんかが恋人だなんて…おこがましすぎる」
「なんや違うん?お似合いやで兄ちゃん達。…ははーん。分かったで、片思い中やな?兄ちゃん内気そうやしなぁ」
「だ、だから違っ…それに彼女は」
そこで天喰は口を噤んだ。ここでファットガムの関係者だと名乗るべきではない。何を言われるか分かったものではないと。
その煮えきらない天喰の態度に女性店員はにやにやと笑みを深めていた。
「まあええわ。なんにせよ親睦深めるんにはお揃いのアイテム持った方が絶対ええで!今ならお買い得価格で提供させてもらうでー!」
これは完全に店員に捕まってしまった。何か買うまではこの店を出ることは許されない。店員のマシンガントークにたじろぐ葉月を見ながら、天喰は絶望にも近い感情を抱くのであった。
◇◆◇
事務所では二人の帰りが遅いと心配をした切島が連絡を入れていた。
タコ焼きの準備は既に整っている。あとは型に流し込んで焼くだけなのだが、まだ戻ってこないので何か事件に巻き込まれたのではないかと。しかしそれは杞憂に終わり、すぐに天喰と連絡がついたのでほっとしていたのだ。電話口で「助かった」と話していたのでそれが気にかかる。
連絡がついてから十分後。ようやく天喰と葉月が戻ってきた。二人ともぐったりした表情で、手には買い物袋以外に紙袋が一つ。
「……ただいま戻りました」
「お、おう…お疲れさん。どないしたん、めっちゃ疲れとるがな」
「ファットの押し売りに遭いました」
「なんやそれ人聞き悪い言い方やんな。…ん、それ」
二人が持っている紙袋のカラーリングとロゴを見たファットガムは「おお」と手をポンと打つ。
「忘れとったわ。グッズショップオープンしたんやった」
「グッズショップって…ファットガムオフィシャル…すげぇ!」
「店の前を通り過ぎようとしたら、そこの店員さんに捕まって…無理やり買わされたんだ。あの店は恐ろしい所だよ…二度と近づきたくない」
「ひどい言われようやな」
「切島くんが連絡をくれなかったらもっと長引いていたと思う。君は救世主だよ…」
「な、なんか…大変だったんスね。それで、何買ってきたんスか」
天喰は追加の食材をテーブルの上に置き、紙袋を切島に預ける。切島が中に手を入れ、掴んで取り出したものは四角い箱とビニールに包まれた布製品。箱には『ファットガム饅頭』とポップな書体で描かれていた。
「ファットガム饅頭…饅頭がファットの顔をしてるんスね!」
「おー。これ美味かったで。サンプルもろた時に食べたん。中の餡が三種類あってな。小豆、チョコ、ミルクなんや」
「これならみんなで食べられるねって天喰くんと意見が一致したんです」
「こっちは……すげぇ!ファットの顔がプリントされたエプロン!」
「それは無理やり押し付けられたんだ…」
ビニールから取り出された黄色いエプロン。前面にファットガムの顔がでかでかと印刷されている。
ショップの店員が「彼女にプレゼントしてやり!」と天喰に押し付けてきたものでどうにも返せず、仕方なく買ってきたものだ。
「これ先輩が使うんスか?」
「えっ…そんな主張が激しいデザイン…使えるわけが」
「じゃあ、葉月さんが」
「わ、私は…今使ってるのがお気に入りなの。ファットさんがワンポイントで入ってるやつ」
「……なんやいっぺんに振られた気分や」
「それなら、俺が貰ってもいーっスか?調理実習の時に使えそうだし…」
二人が使わないと口を揃えるので、しゅんと項垂れるファットガムに居た堪れなくなった切島。嫌いなデザインでも無いので、欲しいと言えばファットガムがパッと顔を綻ばせた。
「おお!ええなそれ。注目の的やでェ!」
「…うん。それは君にあげるよ」
「あざっス!…うっし、じゃあ早速」
切島はTシャツの上からエプロンに頭と腕を通し、紐を腰の辺りできゅっと結んだ。それから両手でガッツポーズと眩しい笑顔を浮かべる。
「なんか、今日はタコ焼きも上手く焼けそうな気がするぜ!」
「よっしゃ!切島くんの腕前、見せてもらおか!」
「押忍っ!」
切島の気合も充分、ファットガムの機嫌も損ねずに済み、これで良かったと天喰は人知れず胸を撫で下ろしたのであった。