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優しい月明かり
昼の食堂。午前の授業を終えた雄英高校の生徒達で賑わっていた。この食堂では定食を始めとして丼物、麺類などバリエーションが豊富に用意されている。栄養バランスがしっかりと考えられており、しかも美味しいと評判である。食堂は充分広いスペースを設けられているが、それでも混雑時は席の確保が難しい時もある。
ヒーロー科三年の通形ミリオと天喰環は配膳トレイを持ち、空いている席を探していた。食堂全体を見渡し、窓際の明るい場所に二つの空席を見つける。カフェに置かれている様なテーブルに配膳トレイを置き、椅子を引いた。
食堂の雑踏に紛れ、二人は互いのインターンについて調子はどうかと会話をしていた。クラスが違う為、こうして話ができるのも昼休みや放課後に限られている。
「ミリオが相変わらず上手くやっているようで何よりだ。流石だよ」
「環の方はどうだい。関西弁には慣れたかな」
通形のインターン先はサー・ナイトアイ事務所。そこは関東に構えられているが、天喰のインターン先であるファットガム事務所は大阪に位置している。日常と違う環境に囲まれ、特に関西弁やノリに慣れないと天喰が深刻な顔で話していたのを通形は思い出していた。
鯖の味噌煮定食に箸をつけようとした天喰の手がぴたりと止まる。
「ああ。……少し。でもノリは相変わらずきつい」
「関西人だから仕方ないね」
「あのノリに慣れる日は来るんだろうか…」
「大丈夫だ。お前ならいつか関西弁もノリもマスターすると俺は思ってるよ!」
小学校以来の付き合いである通形にそう励まされた天喰であったが、自分が関西弁を喋る姿を想像して違和感しかないなと首をゆっくり左右に振った。
「変なプレッシャーをかけないでくれ…」
「ははっ、悪い悪い。他には何か変わったことはあったかい?」
人当たりの良い、嫌味の無い笑い声が辺りに響く。こうして昼食を共に取るのも久しぶりだと鯖の味を噛みしめながら天喰は考えていた。
インターン先にやってきた後輩の話はもうお互いに済ませている。やる気に満ち溢れていて眩しいと。それ以外と言えば、あの事だろうか。天喰の頭に一人の女性の姿が浮かんだ。
「変わったこと…そうだな。ファットの事務所で今、保護している人がいるんだ。詳しくは話せないけど…悪い」
「気にするなよ。プライバシーは大切だ。話せる範囲であれば聞かせてくれよ」
こくりと天喰は頷き、何から話そうかと思案を巡らせる。保護している女性が異世界の人間だという事はまず伏せなければならない。それ以外で話せるものは。
「日本人の女性で、歳は二十五。小柄な人で、控えめで、優しい人なんだ」
「うんうん」
「俺でも臆せずに話せる人だし、すごくいい人。あと、料理が上手いんだ」
「環が普通に話せる人って貴重だね。得意料理は?」
「…得意かは知らないけど、炊き込みご飯とアサリの味噌汁が美味しかった。あの炊き込みご飯、また食べたい」
「ふんふん、なるほどね。で、つまり環はその人に恋をしてるってわけだ!」
「えっ」
「えっ?」
天喰が極度の緊張屋で人前でしっかりと話せる性格ではない事を通形はよく知っている。物怖じせず話ができる人材は本当に珍しいことだ。即ち、それは特別な人なのではないかと通形は予想した。特別な感情を抱いていると。
しかし、天喰の反応は照れる様子もなく、ただ驚いただけ。予想が外れた通形も思わず聞き返していた。
「違うのかい」
「違う」
「違うのか!環がそんな風に話すもんだからてっきりね!」
これで二度目だと天喰は豆腐の味噌汁を啜った。ファットガムにも年上が好みなんだろうと問われ、違うと否定したばかりだ。何でもかんでも恋愛感情に結び付ける思考はどうかと。そうは思っても馴染みの友の前では口に出さずにいた。
「……そんなんじゃないんだ。あの人、自分がとてつもなく辛い立場にあっても、負けずに立ち向かっている。一人で、何とかしようとしているんだ。…ミリオみたいに前向きで、すごい人だよ。…俺はそんなあの人を少しでも助けたいと思った。…俺なんかが力になれるかは分からないけど」
それでも、独りになってしまわないように、助けたい。天喰は葉月の顔を思い浮かべる。俯き加減にそう呟いた友に通形は笑みを返した。
「大丈夫だ。環、お前ならできるよ。そうやって人を助けたいっていう気持ちがちゃんとあるし、行動に移そうとしている。その人も環のおかげで勇気を貰えているに違いないさ」
「……ああ。そうだといいな」
「話を聞いていたらその人に会ってみたくなったよ。環がお世話になってるみたいだしね。あ、写真とかは無いのかい?」
「無い。あの人、恥ずかしがり屋だから」
「環が言っちゃうほどだから、かなりなんだろうね!」
「……でも、月明かりみたいに優しく照らしてくれる人だよ。眩しくなくて、ちょうどいいんだ」
緑茶の入った湯呑に映った天喰の表情は柔らかく微笑んでいた。
昼の食堂。午前の授業を終えた雄英高校の生徒達で賑わっていた。この食堂では定食を始めとして丼物、麺類などバリエーションが豊富に用意されている。栄養バランスがしっかりと考えられており、しかも美味しいと評判である。食堂は充分広いスペースを設けられているが、それでも混雑時は席の確保が難しい時もある。
ヒーロー科三年の通形ミリオと天喰環は配膳トレイを持ち、空いている席を探していた。食堂全体を見渡し、窓際の明るい場所に二つの空席を見つける。カフェに置かれている様なテーブルに配膳トレイを置き、椅子を引いた。
食堂の雑踏に紛れ、二人は互いのインターンについて調子はどうかと会話をしていた。クラスが違う為、こうして話ができるのも昼休みや放課後に限られている。
「ミリオが相変わらず上手くやっているようで何よりだ。流石だよ」
「環の方はどうだい。関西弁には慣れたかな」
通形のインターン先はサー・ナイトアイ事務所。そこは関東に構えられているが、天喰のインターン先であるファットガム事務所は大阪に位置している。日常と違う環境に囲まれ、特に関西弁やノリに慣れないと天喰が深刻な顔で話していたのを通形は思い出していた。
鯖の味噌煮定食に箸をつけようとした天喰の手がぴたりと止まる。
「ああ。……少し。でもノリは相変わらずきつい」
「関西人だから仕方ないね」
「あのノリに慣れる日は来るんだろうか…」
「大丈夫だ。お前ならいつか関西弁もノリもマスターすると俺は思ってるよ!」
小学校以来の付き合いである通形にそう励まされた天喰であったが、自分が関西弁を喋る姿を想像して違和感しかないなと首をゆっくり左右に振った。
「変なプレッシャーをかけないでくれ…」
「ははっ、悪い悪い。他には何か変わったことはあったかい?」
人当たりの良い、嫌味の無い笑い声が辺りに響く。こうして昼食を共に取るのも久しぶりだと鯖の味を噛みしめながら天喰は考えていた。
インターン先にやってきた後輩の話はもうお互いに済ませている。やる気に満ち溢れていて眩しいと。それ以外と言えば、あの事だろうか。天喰の頭に一人の女性の姿が浮かんだ。
「変わったこと…そうだな。ファットの事務所で今、保護している人がいるんだ。詳しくは話せないけど…悪い」
「気にするなよ。プライバシーは大切だ。話せる範囲であれば聞かせてくれよ」
こくりと天喰は頷き、何から話そうかと思案を巡らせる。保護している女性が異世界の人間だという事はまず伏せなければならない。それ以外で話せるものは。
「日本人の女性で、歳は二十五。小柄な人で、控えめで、優しい人なんだ」
「うんうん」
「俺でも臆せずに話せる人だし、すごくいい人。あと、料理が上手いんだ」
「環が普通に話せる人って貴重だね。得意料理は?」
「…得意かは知らないけど、炊き込みご飯とアサリの味噌汁が美味しかった。あの炊き込みご飯、また食べたい」
「ふんふん、なるほどね。で、つまり環はその人に恋をしてるってわけだ!」
「えっ」
「えっ?」
天喰が極度の緊張屋で人前でしっかりと話せる性格ではない事を通形はよく知っている。物怖じせず話ができる人材は本当に珍しいことだ。即ち、それは特別な人なのではないかと通形は予想した。特別な感情を抱いていると。
しかし、天喰の反応は照れる様子もなく、ただ驚いただけ。予想が外れた通形も思わず聞き返していた。
「違うのかい」
「違う」
「違うのか!環がそんな風に話すもんだからてっきりね!」
これで二度目だと天喰は豆腐の味噌汁を啜った。ファットガムにも年上が好みなんだろうと問われ、違うと否定したばかりだ。何でもかんでも恋愛感情に結び付ける思考はどうかと。そうは思っても馴染みの友の前では口に出さずにいた。
「……そんなんじゃないんだ。あの人、自分がとてつもなく辛い立場にあっても、負けずに立ち向かっている。一人で、何とかしようとしているんだ。…ミリオみたいに前向きで、すごい人だよ。…俺はそんなあの人を少しでも助けたいと思った。…俺なんかが力になれるかは分からないけど」
それでも、独りになってしまわないように、助けたい。天喰は葉月の顔を思い浮かべる。俯き加減にそう呟いた友に通形は笑みを返した。
「大丈夫だ。環、お前ならできるよ。そうやって人を助けたいっていう気持ちがちゃんとあるし、行動に移そうとしている。その人も環のおかげで勇気を貰えているに違いないさ」
「……ああ。そうだといいな」
「話を聞いていたらその人に会ってみたくなったよ。環がお世話になってるみたいだしね。あ、写真とかは無いのかい?」
「無い。あの人、恥ずかしがり屋だから」
「環が言っちゃうほどだから、かなりなんだろうね!」
「……でも、月明かりみたいに優しく照らしてくれる人だよ。眩しくなくて、ちょうどいいんだ」
緑茶の入った湯呑に映った天喰の表情は柔らかく微笑んでいた。