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2.昼下がりの対面
「…しっかしあの空に現れた穴はなんやったん。…あの後、跡形もなく消えよった」
「空間が歪んでいた……個性、かもしれません」
「空間を移動する…つーことは、この人の個性?」
「……今の時点では分からん。目ぇ覚まして、話聞いてみんことには始まらんやろ」
話し声が聞こえた。複数の男の人だ。私のすぐ近くに居るのか、小さく吐かれた溜息まで聞こえる。
「あ、そーいやなんで向日葵だったんスか」
「パトロール中、小腹が空いたから食べていた。向日葵の種」
「…ハムスターみてぇっスね」
「ハム……スター…」
「向日葵の種、結構美味いで」
「まじっスか!先輩、今度俺にも食わせてください!……って先輩どうしたんスか」
「気の小さい俺には…ぴったりかもしれない……ハムスター」
ひどく落胆した声。
明るくて大きな声。
豪快に笑い飛ばす声。
それぞれ個性のある三つの声が狭い空間に響いているようだった。
楽しそうだな。
その時ばかりは、そう思いながら私は目を覚ましたのだった。
目を開けると、そこは眩しくて。天井が見えたから室内に居るんだと脳が捉える。
次にうすらぼんやりと見えた色は赤、黄色、青。信号機でもあるのかと錯覚をしたけれど、そうじゃない。高校生くらいの男の子二人が私の顔を覗き込むようにしていた。
「ファット!目ぇ覚ましたっスよ!」
「…良かった。本当に」
さっきから聞こえていた元気の良い声はこの赤い髪の子だろう。ギザギサした白い歯を見せて笑っている。その隣にはくすんだ青い髪をした男の子。暗い顔をしていたと思えば、少しだけ柔らかく微笑んだような気がした。
ところで、私は一体全体どうしたのだろうか。気がつけばベッドに潜り込んでいた。ふかふかの枕、薄い羽根布団に包まれている。
目を覚ました、と彼らが言うのでどうやら私は眠っていたらしい。でも、ついさっきまで私は歩いていたはず。それが突然意識でも失ったんだろうか。この二十数年、持病らしいものは持ち合わせなかった。今のところ。でもまだ今年の健康診断は行っていない。もしかしたら何か病の予兆だろうか。
自分の記憶を手繰り寄せて、どこでこの記憶が途切れたのかを必死に辿っていた。
「お、まだ寝惚けとんな。身体どこも痛ないか?」
ぼんやりと見上げていた天井。その視界に天井を覆い隠す程の黄色く丸いものが映り込んだ。目元を覆う黒いマスクをした顔。それに驚いた私は堪らず跳ね起きる。
その動きを見てか「大丈夫そうやな」と笑う関西弁が聞こえた。
大きな黄色いダルマみたいな体型。と言ったら失礼かもしれないけどそれほどまでに大きい。圧倒されていると青髪の子が小さな声で話しかけてきた。とても申し訳なさそうに。
「……本当に、大丈夫です、か。…やっぱり頭を打ったせいで…記憶が無い、とか…俺のせいだ…」
「えっ。いや…あの、記憶はあるから大丈夫です。自分の名前も、今朝のことも覚えてるし」
ずうんと効果音と重い影をつけて沈んでしまった男の子にそう返した。けれど、覚えているといっても神社の敷地内を散歩していた所まで。
「まあ知っとると思うけど、俺はファットガムや。先ずは自己紹介しよ。名前聞いてもええ?」
「…葉月。葉月霧華です」
「はいっ!俺は切島、切島鋭児郎!こっちは俺の先輩で環先輩っス」
「勝手に…。天喰環です」
みんな変わった名前。音だけで聞くと一人だけは芸名か何かかと思えてしまう。知ってると言われても、聞いたことがなかった。
「あの、すみませんが…どうして私はここに。もしかして倒れてましたか…」
「倒れてたっちゅうよりも落っこちてきおった」
「…え?」
「空に空いた黒い穴から落ちてきたんスよ。空から女の子がー!って感じで」
「地面とコンニチハしそうなとこを環の個性で受け止めたってわけや」
「それは、危うい所をどうも有り難うございます……え?」
ファットガムと名乗った方が青い髪の男の子をバシバシと叩く。背中を叩かれた彼はすこぶる迷惑そうに眉間にシワを寄せていた。
いや、ちょっと待って。落っこちてきたってどういうこと。
「な、なんで落ちてきたんですか!わ、私身投げした覚えは一つもありませんけどっ」
「その辺を俺らも詳しく聞きたいんや。君はどこで何をしとったのか差し支えのうやったら話して欲しいんやけど」
「は、はい。……今日は天気も良かったので、神社にお参りに行きました」
「どこの神社?」
私が訪れた神社の名前を言うと、三人は面をくらった様な表情を揃えた。名前を間違うわけがない。それにあの神社はメジャーどこのはず。パワースポットとしても有名だし。 「……有名な神社、知って…ますよね?」 「知ってる。けど…」
「今、俺らと君が居るんは大阪や」
「……おおさかって、大阪…!?」
こくりと頷く二人の横で拳を握ってガッツポーズのような体勢を取る赤い髪の男の子。彼が「すっげえー!」と目をキラキラさせた。
「つまり、北海道から大阪までの長距離空間を移動する個性が使えるってことっスよね!」
「えっ。そんなこと出来ない…って、個性ってなんなんですか。さっきも私を助けていただいたのは…その方の個性って…」
今度は三人が互いの顔を見合わせた。数秒の沈黙が漂う。
「……あかん。話がややこしゅうのうてきた」
「どーいうことっスか」
「やっぱり…記憶障害が」
「あー待て待て。一旦ここらで整理しよか」
頭の中が混乱していた。
私は今朝から昼までの経緯、なんなら昨日のことも話した。それから先方の簡単な質問に答えていく。職業、出身地、住んでいる場所、最近気になったニュースや世界情勢。彼等は黙って私の話を聞いていた。
粗方話終えた後、今度はこっちの番だとゆっくり話し始めた。その内容は私にとって完全に情報量がオーバーしていて、不可解なものばかりだった。
「つまり、話を纏めるとこうやな。君は休日に神社へお参りに行った帰り、木漏れ日の差す林を散策していたら鈴の音をどっからか聞いた。そしてその直後に気を失って、気がつけばここにいたっちゅーわけや」
「…はい」
「で、…問題はここからやな。君の過ごしてきた環境と今の現状には二つの相違点がある。一つ目は超常能力、つまり個性を持つ人間は存在していない。二つ目はヒーローが現実的に活躍していないということ」
数を数えた二本目の指がぴっと立つ。その奥でひどく真面目な顔をされていたので、肩や全身が強張った。
「…ヒーロー物は特撮として存在しているだけです。あくまで物語の世界で」
「北海道にもプロヒーローはおんねんけどなあ。それどころかオールマイトのことすら知らんとは」
「……」
嘘はついていない。それとも本当に私がおかしくなってしまったんだろうか。実は記憶喪失になっていて、その、個性やヒーローの存在を忘れているんだろうか。
私は布団の端を握りしめて俯いていた。なんだかよくわからなくなってきた。こわい。
「鈴……俺は、この人が嘘をついてるとは思えないです」
ぽつりと呟いた彼は私と同じ様に俯きがちにそう溢した。
「あの時、確かに鈴の音を聞いた。…空耳じゃないと思う」
「環が聞いたっちゅー鈴の音。…あの空き地、昔神社が建っとったねん」
「そうなんスか?」
「そうや。せやから何らかの関係はありそうやな…神隠しにでもおうたのか。まあ詰まるところ話を総括すると、君は俺らとは別の世界から来たっちゅーことで。個性もヒーローも居ない世界から」
「パラレルワールドってやつっスか。…それこそ物語みてえだ」
パラレルワールド。その言葉が一番しっくり当て嵌まる様な気がした。神社の敷地内でこんなことになったんだし、なにせ日本は神話の国だ。なにか不思議なことの一つや二つは起きてもおかしくはないと思う。でも、まさかそれが自分の身に起きるなんて思ってもいない。
「…まあそう怯えなさんな。今ここでハイ解散!って訳にもいかんやろし。右も左も分からんとこでほっぽりだされても君も困るやろ。原因究明するまではうちに居ってや」
緊張から口の中と喉がカラカラに乾いていたせいで、声がすぐに出てこなかった。その慈悲深い言葉に絞り出した声で私は「いいんですか」と答える。
「男に二言はないで!」
「うっす!ヒーローは困っている人を助けるのが基本っスから!」
大船に乗ったつもりで安心してくださいと朗らかな声がこの部屋に響いた。その隣で何か言いたそうに複雑な表情をする男の子。
パラレルワールド。このワードが頭に復唱される。どうして私はこの世界に来てしまったんだろう。
「…しっかしあの空に現れた穴はなんやったん。…あの後、跡形もなく消えよった」
「空間が歪んでいた……個性、かもしれません」
「空間を移動する…つーことは、この人の個性?」
「……今の時点では分からん。目ぇ覚まして、話聞いてみんことには始まらんやろ」
話し声が聞こえた。複数の男の人だ。私のすぐ近くに居るのか、小さく吐かれた溜息まで聞こえる。
「あ、そーいやなんで向日葵だったんスか」
「パトロール中、小腹が空いたから食べていた。向日葵の種」
「…ハムスターみてぇっスね」
「ハム……スター…」
「向日葵の種、結構美味いで」
「まじっスか!先輩、今度俺にも食わせてください!……って先輩どうしたんスか」
「気の小さい俺には…ぴったりかもしれない……ハムスター」
ひどく落胆した声。
明るくて大きな声。
豪快に笑い飛ばす声。
それぞれ個性のある三つの声が狭い空間に響いているようだった。
楽しそうだな。
その時ばかりは、そう思いながら私は目を覚ましたのだった。
目を開けると、そこは眩しくて。天井が見えたから室内に居るんだと脳が捉える。
次にうすらぼんやりと見えた色は赤、黄色、青。信号機でもあるのかと錯覚をしたけれど、そうじゃない。高校生くらいの男の子二人が私の顔を覗き込むようにしていた。
「ファット!目ぇ覚ましたっスよ!」
「…良かった。本当に」
さっきから聞こえていた元気の良い声はこの赤い髪の子だろう。ギザギサした白い歯を見せて笑っている。その隣にはくすんだ青い髪をした男の子。暗い顔をしていたと思えば、少しだけ柔らかく微笑んだような気がした。
ところで、私は一体全体どうしたのだろうか。気がつけばベッドに潜り込んでいた。ふかふかの枕、薄い羽根布団に包まれている。
目を覚ました、と彼らが言うのでどうやら私は眠っていたらしい。でも、ついさっきまで私は歩いていたはず。それが突然意識でも失ったんだろうか。この二十数年、持病らしいものは持ち合わせなかった。今のところ。でもまだ今年の健康診断は行っていない。もしかしたら何か病の予兆だろうか。
自分の記憶を手繰り寄せて、どこでこの記憶が途切れたのかを必死に辿っていた。
「お、まだ寝惚けとんな。身体どこも痛ないか?」
ぼんやりと見上げていた天井。その視界に天井を覆い隠す程の黄色く丸いものが映り込んだ。目元を覆う黒いマスクをした顔。それに驚いた私は堪らず跳ね起きる。
その動きを見てか「大丈夫そうやな」と笑う関西弁が聞こえた。
大きな黄色いダルマみたいな体型。と言ったら失礼かもしれないけどそれほどまでに大きい。圧倒されていると青髪の子が小さな声で話しかけてきた。とても申し訳なさそうに。
「……本当に、大丈夫です、か。…やっぱり頭を打ったせいで…記憶が無い、とか…俺のせいだ…」
「えっ。いや…あの、記憶はあるから大丈夫です。自分の名前も、今朝のことも覚えてるし」
ずうんと効果音と重い影をつけて沈んでしまった男の子にそう返した。けれど、覚えているといっても神社の敷地内を散歩していた所まで。
「まあ知っとると思うけど、俺はファットガムや。先ずは自己紹介しよ。名前聞いてもええ?」
「…葉月。葉月霧華です」
「はいっ!俺は切島、切島鋭児郎!こっちは俺の先輩で環先輩っス」
「勝手に…。天喰環です」
みんな変わった名前。音だけで聞くと一人だけは芸名か何かかと思えてしまう。知ってると言われても、聞いたことがなかった。
「あの、すみませんが…どうして私はここに。もしかして倒れてましたか…」
「倒れてたっちゅうよりも落っこちてきおった」
「…え?」
「空に空いた黒い穴から落ちてきたんスよ。空から女の子がー!って感じで」
「地面とコンニチハしそうなとこを環の個性で受け止めたってわけや」
「それは、危うい所をどうも有り難うございます……え?」
ファットガムと名乗った方が青い髪の男の子をバシバシと叩く。背中を叩かれた彼はすこぶる迷惑そうに眉間にシワを寄せていた。
いや、ちょっと待って。落っこちてきたってどういうこと。
「な、なんで落ちてきたんですか!わ、私身投げした覚えは一つもありませんけどっ」
「その辺を俺らも詳しく聞きたいんや。君はどこで何をしとったのか差し支えのうやったら話して欲しいんやけど」
「は、はい。……今日は天気も良かったので、神社にお参りに行きました」
「どこの神社?」
私が訪れた神社の名前を言うと、三人は面をくらった様な表情を揃えた。名前を間違うわけがない。それにあの神社はメジャーどこのはず。パワースポットとしても有名だし。 「……有名な神社、知って…ますよね?」 「知ってる。けど…」
「今、俺らと君が居るんは大阪や」
「……おおさかって、大阪…!?」
こくりと頷く二人の横で拳を握ってガッツポーズのような体勢を取る赤い髪の男の子。彼が「すっげえー!」と目をキラキラさせた。
「つまり、北海道から大阪までの長距離空間を移動する個性が使えるってことっスよね!」
「えっ。そんなこと出来ない…って、個性ってなんなんですか。さっきも私を助けていただいたのは…その方の個性って…」
今度は三人が互いの顔を見合わせた。数秒の沈黙が漂う。
「……あかん。話がややこしゅうのうてきた」
「どーいうことっスか」
「やっぱり…記憶障害が」
「あー待て待て。一旦ここらで整理しよか」
頭の中が混乱していた。
私は今朝から昼までの経緯、なんなら昨日のことも話した。それから先方の簡単な質問に答えていく。職業、出身地、住んでいる場所、最近気になったニュースや世界情勢。彼等は黙って私の話を聞いていた。
粗方話終えた後、今度はこっちの番だとゆっくり話し始めた。その内容は私にとって完全に情報量がオーバーしていて、不可解なものばかりだった。
「つまり、話を纏めるとこうやな。君は休日に神社へお参りに行った帰り、木漏れ日の差す林を散策していたら鈴の音をどっからか聞いた。そしてその直後に気を失って、気がつけばここにいたっちゅーわけや」
「…はい」
「で、…問題はここからやな。君の過ごしてきた環境と今の現状には二つの相違点がある。一つ目は超常能力、つまり個性を持つ人間は存在していない。二つ目はヒーローが現実的に活躍していないということ」
数を数えた二本目の指がぴっと立つ。その奥でひどく真面目な顔をされていたので、肩や全身が強張った。
「…ヒーロー物は特撮として存在しているだけです。あくまで物語の世界で」
「北海道にもプロヒーローはおんねんけどなあ。それどころかオールマイトのことすら知らんとは」
「……」
嘘はついていない。それとも本当に私がおかしくなってしまったんだろうか。実は記憶喪失になっていて、その、個性やヒーローの存在を忘れているんだろうか。
私は布団の端を握りしめて俯いていた。なんだかよくわからなくなってきた。こわい。
「鈴……俺は、この人が嘘をついてるとは思えないです」
ぽつりと呟いた彼は私と同じ様に俯きがちにそう溢した。
「あの時、確かに鈴の音を聞いた。…空耳じゃないと思う」
「環が聞いたっちゅー鈴の音。…あの空き地、昔神社が建っとったねん」
「そうなんスか?」
「そうや。せやから何らかの関係はありそうやな…神隠しにでもおうたのか。まあ詰まるところ話を総括すると、君は俺らとは別の世界から来たっちゅーことで。個性もヒーローも居ない世界から」
「パラレルワールドってやつっスか。…それこそ物語みてえだ」
パラレルワールド。その言葉が一番しっくり当て嵌まる様な気がした。神社の敷地内でこんなことになったんだし、なにせ日本は神話の国だ。なにか不思議なことの一つや二つは起きてもおかしくはないと思う。でも、まさかそれが自分の身に起きるなんて思ってもいない。
「…まあそう怯えなさんな。今ここでハイ解散!って訳にもいかんやろし。右も左も分からんとこでほっぽりだされても君も困るやろ。原因究明するまではうちに居ってや」
緊張から口の中と喉がカラカラに乾いていたせいで、声がすぐに出てこなかった。その慈悲深い言葉に絞り出した声で私は「いいんですか」と答える。
「男に二言はないで!」
「うっす!ヒーローは困っている人を助けるのが基本っスから!」
大船に乗ったつもりで安心してくださいと朗らかな声がこの部屋に響いた。その隣で何か言いたそうに複雑な表情をする男の子。
パラレルワールド。このワードが頭に復唱される。どうして私はこの世界に来てしまったんだろう。