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18.伝えた想い
パトロールから戻って、ようやく執務室の椅子にどっかりと腰掛けた直後。内線が鳴り出した。戻って早々かいなと渋々受話器を取る。「外線に雄英の先生からや」と簡単に用件聞いて、イレイザーヘッドからの電話を受けた。
『お忙しいところすみません』
「おお、今日も元気に敵さん暴れとったで。おかげでファットさん大活躍やし、ええ男に磨きかかっとるでェ」
『お疲れ様です』
「…ツッコミ足らへんでイレイザー。で、何の用や?」
『用というか、葉月さんに御礼を…エリちゃんの件で』
コンコンと控えめなノックが外から聞こえた。うちの事務所の人間で静かにノック音を響かせんのはあの子しかおらへん。こらちょうどええわ。
失礼しますとお茶を持ってきた霧華ちゃんを手招く。
「今ちょうど来たから電話替わるで」
『あ、はい』
「霧華ちゃん電話やで。イレイザーから」
受話器の話口部分を手で覆う。イレイザーとヒーロー名を聞いてもすぐにはピンと来ないようで、暫く誰のことか考えているようやった。メディアに殆ど出んから知名度低すぎやで。
「雄英の相澤先生や」
「あっ。はい、すみませんお電話替わります」
湯呑みを俺のデスクに置いて、お盆抱えたまま受話器を受け取った。
「もしもし。お電話替わりました葉月です。…あ、いえ。何か御用でしょうか」
かしこまった様子でイレイザーと電話越しにやり取りをする霧華ちゃん。なんやそれが微笑ましいなァと思いながら熱いお茶を啜る。疲れた身体の五臓六腑に染み渡っていくわ。
「…御礼だなんて。急に渡してしまったので、ご迷惑だったかなと。……良かった。いえ、こちらこそ。はい、よろしくお願いします」
イレイザーからの用件は手短に終わったようだった。
受話器を静かに置いた霧華ちゃんはさっきまで緊張してた様子から、にこやかな笑みに変わっていた。何かええことでもあったんやろか。
「イレイザー、なんやて?」
「この間、雄英に行った時にエリちゃんに栞をあげたその御礼です。あと、またインターンでお世話になる時はよろしくお願いしますと」
直接言いたい御礼とはそれのことやった。
恩師の先生から貰ったライラックの花を押し花にして、栞を作ってたん。それを何枚か作って、俺たちに一枚ずつ渡してくれた。白い花と赤いリボンがエリちゃんとお揃いや言うてあの子にも渡してくれたんや。それがめっちゃ嬉しかったらしい。聞く話によれば病院でも毎日眺めてるとか。
自分が作った栞を喜んでもらえてることが霧華ちゃんも嬉しいみたいで、にこにこ笑いながらイレイザーとの電話内容を話してくれた。
「そか、そらえかったわ。あの子今までずっとコワイ思いしてきたん。これからいーっぱい楽しいこと経験してほしいねん。お外にはキレイなお花が仰山咲いてるってこと知るきっかけにもなったし。…俺からも御礼言わせてや」
「私は何も……喜んでもらえて良かったです」
陽だまりのような微笑みに、つい、目が留まる。僅か数秒目を奪われてしもうた。
「そういえば最近コミットすること増えましたね。以前からこのぐらいの頻度でなってたんですか?……ファットさん?」
「……ん。あ、ああーすまんすまん。ぼーっとしとったわ。…そやなァ血気盛んな町やさかい。昔っから喧嘩も多いし。武闘派ヒーロー求められてん。なんやかんや環と切島くんに頼ってたとこもあるし…はよインターン再開せんかなァ」
特に環とは長いことやっとるし、うちのサイドキックみたいなもんや。本音言うたら寂しいねん。でもこればっかは学校との話し合いの結果やし、こっちがいくらウェルカム状態でも相手は未成年で学生やしな。
まァそんなこと言うてたらプロヒーローが廃るわ。気張ってかんと。
「一般企業はインターンシップを経てそこに就職することもありますけど…ヒーローの場合もそうなんですか?」
「そやで。うちも来年度はサンイーターを迎えたいんやけど…環に振られんか心配で。逸材やから居てほしいん」
「大丈夫ですよ。天喰くん、この事務所に慣れてるみたいだし…それに、新しい場所に飛び込む勇気を出すのって本当に大変なことだから。その事を考えたら、天喰くんここに居てくれそうな気がします」
確証はないが、きっとそうだろうと言ってくれた。なんや、環のことよう分かっとるって感じで。
「…なんや霧華ちゃん、環の性格よう分かっとるっちゅうか…理解者っちゅうか」
「天喰くんはなんだか他人とは思えなくて。…初めて話した時もそんなに緊張しなかったし、親しみが持てるというか…不思議ですよね。会ったことも無かったのに。安心していられる」
「……それって」
運命の人レベルの話やないか。そう言いかけて口を噤んだ。言ってしもうたら、本当にそうなってしまいそうで。
それを拒んだ自分は咳払いで誤魔化した。
一昔前の自分やったら、からかいながら思ってもないこと口にしとったやろうな。両想いとちゃうんか、とか。今じゃそんな余裕がないくらい、モヤモヤする。
漏れた溜息を拾い上げた霧華ちゃんが心配そうな目を向けてきた。
「ファットさん。お疲れでしたら無理しないでくださいね」
「ん…せやな。はよ脂肪も戻さなあかんしな」
「そうだ、先程スポンサーの届いたピザがあるので持ってきますね」
お茶も淹れてきます、と空になった湯呑をお盆に回収。それを持って執務室を出ていく。ドアが音を立ててしまった後、力が一気に抜けたようにデスクの上に倒れ込んだ。さっきよりもため息が長く出る。
顔だけをのそりと持ち上げ、視界の端に白いお守りが映った。
にこにこ笑う顔を思い出しては頬が熱くなる。あかんわ。この感情、どないしよ。
◇◆◇
土曜日の午前中。パトロール要請も入っとらん日やし、朝食後のコーヒーを応接スペースで飲んでいた。事務所で迎える休日もすっかり慣れたもんや。
せっかくやし、午後からどっか買い物行こうかと霧華ちゃんを誘っていた。低脂肪状態やないと行けん場所もあるしな。この間話してた服を買いたいってことも話せば快く頷いてくれる。
十月もそろそろ終わりを迎える。カレンダーをあと二枚捲れば今年が終わってしまう。時間の感覚が年々速くなっていた。あっという間に年が明けるんやろな、このままやと。
壁に掛けた薄いカレンダーをじっと見ていた霧華ちゃんが「もう十一月になるんですね」と呟いた。
「だいぶ寒暖差が大きくなってきましたね」
「せやな。冷房は流石にもう要らんかもな」
「この時期でも冷房が必要になる日があるなんて思いませんでした。北海道だとそろそろ初冠雪の頃ですし」
こっちの冬は十二月からやのに、もうそっちでは雪の気配がちらつくらしい。紅葉もこれから本番なんやけど、北国はもう色褪せてる頃やと。縦に長いと同じ国でも季節のずれが著しいもんやな。
「そんなはよ降るの?…こっちやと紅葉の見頃やのに」
「はい。初冠雪を迎えたら平地も気温がグッと下がるので…そこから冬の気配を感じることができるんです。空気がピリッとしてきたらもうすぐ雪だな…って。それがここではまだ暖かいから、身体がついていけなさそうです。私の季節のサイクル、完全に北海道仕様のままなので」
よく聞く話だと、涼しい所出身の人間がこっちに赴任したその年は大方体調を崩してしまう。暑さに身体が適応できんくて、熱中症からの夏バテコースや。
「霧華ちゃんも酷暑辛かったんとちゃう。大阪も暑い日続いとったし」
「私が来た時は真夏のピーク過ぎてましたから。心配してたんですけど…なんとか乗り切れたみたいです」
「そか。夏バテは暑さ過ぎた頃にくるし、調子悪かったらいつでも言うてな」
「はい。ありがとうございます」
コーヒーもそろそろ温かいものにシフトしていかないと。そう横で呟いてるのが聞こえた。
それにしても九月、十月とあっという間に過ぎてしもうた。肝心の霧華ちゃんを返す手がかりが結局何も掴めてない状態や。
こうやって遠い故郷の話しとる時に、ふっと寂しげな表情見せる時がある。それを見る度に胸が締め付けられた。
「…霧華ちゃん。ほんま堪忍な」
「え…どうしたんですか急に」
「色々、探ってはいるん。あそこの神社の元神主に話聞いたり、都市伝説とか、過去に同じ様な事例が無いかとか…。そんでも手がかり掴めず仕舞いや。大見栄張って…情けないわ」
八斎會のことで一時的に調査を中断してたこともあるけど、ここまで調べて収穫がなんもないやなんて。あったことといえば、小さい頃の霧華ちゃんに会うたことあるぐらいや。しかし、あん時もどうやってきたんやろ。その後普通に帰ったんやろし。
「そんな…謝らないでください、手がかりを探して頂けてるだけで。それに私此処に厄介になっているんだし…住む場所も職も。…豊満さん、私が事務所に住むようになってからご自宅に帰られてない…ですよね。それが申し訳なさ過ぎて」
「なんやそんなこと…何ともないで?当直ん時もここに寝泊まりしとるんやし。なーんも不自由あらへん」
何より事務所に霧華ちゃん一人残して帰るんは不安や。事務所におった方が何かあった特にすぐ力になれるしな。
Gが現れた時の慌てぶりが半端やなかった。環達もおったから殲滅戦になったけど。
「霧華ちゃんの為やったら何も苦じゃあらへんで。気にせんといてや」
「…ありがとうございます。…最初に会えたのが豊満さんたちで良かった。だって、普通…信じないですよ。別の世界から来たなんて。それを皆さんが信じてくれて、受け入れてくれた。本当のこと言ってるのに疑われるのが一番辛いですから。…もし、誰も私のこと信じてくれてなかったら…独りになっていたんだろうなって。だから、感謝しかないんです。豊満さんには二回も助けられましたし」
「……この間、聞き損ねたことなんやけど。霧華ちゃん、やっぱあん時の子やな?神社の境内の下で靴盗られた言うて泣いとった…」
もう二十年近く前の幼い日の出来事。その遠い記憶をふとしたきっかけで思い出すことができた。何となくだったものが確信へと変わった。これは今回の件と何か関係があるんやろうか。
嬉し恥ずかしそうにパッと目を逸らした霧華ちゃんの口元が少し笑っていた。
「お…覚えててくれたんですね」
「まあそう言うても思い出したの最近なんやけど」
「私もです。だって、見た目が全然違ってましたし…でも、前に『泣いてばっかりじゃあかん、笑ってた方が良いこといっぱいくる』そう、言ってくれて。あの時のお兄ちゃんだったんだ…って思い出したんです」
「…なんやこの年でお兄ちゃん呼びされんの照れるわァ」
久しぶりにそう呼ばれたせいか、どこかこそばゆくて頬を掻く。
「霧華ちゃんは綺麗でお淑やかな女性になってて驚いたわ。でも優しいとこは子どもの頃から変わっとらんかった。泣き虫なとこもな」
「う…あれから少しは頑張ったんですよ。転んだり、嫌なことがあったりしても…泣かないでいようって。…大人になって少しずつ忘れかけてた頃に、またこうして思い出させてくれた。あの時助けてくれたお兄ちゃんは私のヒーローだったし、その夢を叶えた。それが分かって私、すごく嬉しかったんです。強くて、優しくてカッコいいヒーローになれたんだって」
ふわっと花が咲いた様に微笑んだ顔がこちらを向いた。その笑顔にどうしようもなく、照れてしもうて、抑えてた感情とか色々なもんが。やっぱりあかんわ。
熱を帯びて赤らむ顔を隠すようにして口元を覆う。その熱が完全に引くのを待たずに、口を開く。
「霧華ちゃん。色々抜きにして、言わせてもろてもええやろか。…状況とか、置かれた立場とか…全部抜きにして」
「どう、したんですか」
「俺、霧華ちゃんのこと好きやわ。此処の人間やないし、帰してあげなあかん思うてたけど。それ以上に霧華ちゃんのこと好きすぎて、気持ち抑えきれんのや。…霧華ちゃんさえ良いんなら、此処にいて欲しい。…俺の隣にいてくれへん」
固唾を飲んで待つ一秒一秒が何十分もの時間に感じられて、息をするのも忘れてしまいそうになる。
同じぐらいに顔真っ赤にした霧華ちゃんが俯いて、両手でほっぺを押さえ込む。それから暫くして、ゆっくりとこっちを見た顔は耳まで赤かった。
口を開いたその先の言葉に期待してもええやろか。
パトロールから戻って、ようやく執務室の椅子にどっかりと腰掛けた直後。内線が鳴り出した。戻って早々かいなと渋々受話器を取る。「外線に雄英の先生からや」と簡単に用件聞いて、イレイザーヘッドからの電話を受けた。
『お忙しいところすみません』
「おお、今日も元気に敵さん暴れとったで。おかげでファットさん大活躍やし、ええ男に磨きかかっとるでェ」
『お疲れ様です』
「…ツッコミ足らへんでイレイザー。で、何の用や?」
『用というか、葉月さんに御礼を…エリちゃんの件で』
コンコンと控えめなノックが外から聞こえた。うちの事務所の人間で静かにノック音を響かせんのはあの子しかおらへん。こらちょうどええわ。
失礼しますとお茶を持ってきた霧華ちゃんを手招く。
「今ちょうど来たから電話替わるで」
『あ、はい』
「霧華ちゃん電話やで。イレイザーから」
受話器の話口部分を手で覆う。イレイザーとヒーロー名を聞いてもすぐにはピンと来ないようで、暫く誰のことか考えているようやった。メディアに殆ど出んから知名度低すぎやで。
「雄英の相澤先生や」
「あっ。はい、すみませんお電話替わります」
湯呑みを俺のデスクに置いて、お盆抱えたまま受話器を受け取った。
「もしもし。お電話替わりました葉月です。…あ、いえ。何か御用でしょうか」
かしこまった様子でイレイザーと電話越しにやり取りをする霧華ちゃん。なんやそれが微笑ましいなァと思いながら熱いお茶を啜る。疲れた身体の五臓六腑に染み渡っていくわ。
「…御礼だなんて。急に渡してしまったので、ご迷惑だったかなと。……良かった。いえ、こちらこそ。はい、よろしくお願いします」
イレイザーからの用件は手短に終わったようだった。
受話器を静かに置いた霧華ちゃんはさっきまで緊張してた様子から、にこやかな笑みに変わっていた。何かええことでもあったんやろか。
「イレイザー、なんやて?」
「この間、雄英に行った時にエリちゃんに栞をあげたその御礼です。あと、またインターンでお世話になる時はよろしくお願いしますと」
直接言いたい御礼とはそれのことやった。
恩師の先生から貰ったライラックの花を押し花にして、栞を作ってたん。それを何枚か作って、俺たちに一枚ずつ渡してくれた。白い花と赤いリボンがエリちゃんとお揃いや言うてあの子にも渡してくれたんや。それがめっちゃ嬉しかったらしい。聞く話によれば病院でも毎日眺めてるとか。
自分が作った栞を喜んでもらえてることが霧華ちゃんも嬉しいみたいで、にこにこ笑いながらイレイザーとの電話内容を話してくれた。
「そか、そらえかったわ。あの子今までずっとコワイ思いしてきたん。これからいーっぱい楽しいこと経験してほしいねん。お外にはキレイなお花が仰山咲いてるってこと知るきっかけにもなったし。…俺からも御礼言わせてや」
「私は何も……喜んでもらえて良かったです」
陽だまりのような微笑みに、つい、目が留まる。僅か数秒目を奪われてしもうた。
「そういえば最近コミットすること増えましたね。以前からこのぐらいの頻度でなってたんですか?……ファットさん?」
「……ん。あ、ああーすまんすまん。ぼーっとしとったわ。…そやなァ血気盛んな町やさかい。昔っから喧嘩も多いし。武闘派ヒーロー求められてん。なんやかんや環と切島くんに頼ってたとこもあるし…はよインターン再開せんかなァ」
特に環とは長いことやっとるし、うちのサイドキックみたいなもんや。本音言うたら寂しいねん。でもこればっかは学校との話し合いの結果やし、こっちがいくらウェルカム状態でも相手は未成年で学生やしな。
まァそんなこと言うてたらプロヒーローが廃るわ。気張ってかんと。
「一般企業はインターンシップを経てそこに就職することもありますけど…ヒーローの場合もそうなんですか?」
「そやで。うちも来年度はサンイーターを迎えたいんやけど…環に振られんか心配で。逸材やから居てほしいん」
「大丈夫ですよ。天喰くん、この事務所に慣れてるみたいだし…それに、新しい場所に飛び込む勇気を出すのって本当に大変なことだから。その事を考えたら、天喰くんここに居てくれそうな気がします」
確証はないが、きっとそうだろうと言ってくれた。なんや、環のことよう分かっとるって感じで。
「…なんや霧華ちゃん、環の性格よう分かっとるっちゅうか…理解者っちゅうか」
「天喰くんはなんだか他人とは思えなくて。…初めて話した時もそんなに緊張しなかったし、親しみが持てるというか…不思議ですよね。会ったことも無かったのに。安心していられる」
「……それって」
運命の人レベルの話やないか。そう言いかけて口を噤んだ。言ってしもうたら、本当にそうなってしまいそうで。
それを拒んだ自分は咳払いで誤魔化した。
一昔前の自分やったら、からかいながら思ってもないこと口にしとったやろうな。両想いとちゃうんか、とか。今じゃそんな余裕がないくらい、モヤモヤする。
漏れた溜息を拾い上げた霧華ちゃんが心配そうな目を向けてきた。
「ファットさん。お疲れでしたら無理しないでくださいね」
「ん…せやな。はよ脂肪も戻さなあかんしな」
「そうだ、先程スポンサーの届いたピザがあるので持ってきますね」
お茶も淹れてきます、と空になった湯呑をお盆に回収。それを持って執務室を出ていく。ドアが音を立ててしまった後、力が一気に抜けたようにデスクの上に倒れ込んだ。さっきよりもため息が長く出る。
顔だけをのそりと持ち上げ、視界の端に白いお守りが映った。
にこにこ笑う顔を思い出しては頬が熱くなる。あかんわ。この感情、どないしよ。
◇◆◇
土曜日の午前中。パトロール要請も入っとらん日やし、朝食後のコーヒーを応接スペースで飲んでいた。事務所で迎える休日もすっかり慣れたもんや。
せっかくやし、午後からどっか買い物行こうかと霧華ちゃんを誘っていた。低脂肪状態やないと行けん場所もあるしな。この間話してた服を買いたいってことも話せば快く頷いてくれる。
十月もそろそろ終わりを迎える。カレンダーをあと二枚捲れば今年が終わってしまう。時間の感覚が年々速くなっていた。あっという間に年が明けるんやろな、このままやと。
壁に掛けた薄いカレンダーをじっと見ていた霧華ちゃんが「もう十一月になるんですね」と呟いた。
「だいぶ寒暖差が大きくなってきましたね」
「せやな。冷房は流石にもう要らんかもな」
「この時期でも冷房が必要になる日があるなんて思いませんでした。北海道だとそろそろ初冠雪の頃ですし」
こっちの冬は十二月からやのに、もうそっちでは雪の気配がちらつくらしい。紅葉もこれから本番なんやけど、北国はもう色褪せてる頃やと。縦に長いと同じ国でも季節のずれが著しいもんやな。
「そんなはよ降るの?…こっちやと紅葉の見頃やのに」
「はい。初冠雪を迎えたら平地も気温がグッと下がるので…そこから冬の気配を感じることができるんです。空気がピリッとしてきたらもうすぐ雪だな…って。それがここではまだ暖かいから、身体がついていけなさそうです。私の季節のサイクル、完全に北海道仕様のままなので」
よく聞く話だと、涼しい所出身の人間がこっちに赴任したその年は大方体調を崩してしまう。暑さに身体が適応できんくて、熱中症からの夏バテコースや。
「霧華ちゃんも酷暑辛かったんとちゃう。大阪も暑い日続いとったし」
「私が来た時は真夏のピーク過ぎてましたから。心配してたんですけど…なんとか乗り切れたみたいです」
「そか。夏バテは暑さ過ぎた頃にくるし、調子悪かったらいつでも言うてな」
「はい。ありがとうございます」
コーヒーもそろそろ温かいものにシフトしていかないと。そう横で呟いてるのが聞こえた。
それにしても九月、十月とあっという間に過ぎてしもうた。肝心の霧華ちゃんを返す手がかりが結局何も掴めてない状態や。
こうやって遠い故郷の話しとる時に、ふっと寂しげな表情見せる時がある。それを見る度に胸が締め付けられた。
「…霧華ちゃん。ほんま堪忍な」
「え…どうしたんですか急に」
「色々、探ってはいるん。あそこの神社の元神主に話聞いたり、都市伝説とか、過去に同じ様な事例が無いかとか…。そんでも手がかり掴めず仕舞いや。大見栄張って…情けないわ」
八斎會のことで一時的に調査を中断してたこともあるけど、ここまで調べて収穫がなんもないやなんて。あったことといえば、小さい頃の霧華ちゃんに会うたことあるぐらいや。しかし、あん時もどうやってきたんやろ。その後普通に帰ったんやろし。
「そんな…謝らないでください、手がかりを探して頂けてるだけで。それに私此処に厄介になっているんだし…住む場所も職も。…豊満さん、私が事務所に住むようになってからご自宅に帰られてない…ですよね。それが申し訳なさ過ぎて」
「なんやそんなこと…何ともないで?当直ん時もここに寝泊まりしとるんやし。なーんも不自由あらへん」
何より事務所に霧華ちゃん一人残して帰るんは不安や。事務所におった方が何かあった特にすぐ力になれるしな。
Gが現れた時の慌てぶりが半端やなかった。環達もおったから殲滅戦になったけど。
「霧華ちゃんの為やったら何も苦じゃあらへんで。気にせんといてや」
「…ありがとうございます。…最初に会えたのが豊満さんたちで良かった。だって、普通…信じないですよ。別の世界から来たなんて。それを皆さんが信じてくれて、受け入れてくれた。本当のこと言ってるのに疑われるのが一番辛いですから。…もし、誰も私のこと信じてくれてなかったら…独りになっていたんだろうなって。だから、感謝しかないんです。豊満さんには二回も助けられましたし」
「……この間、聞き損ねたことなんやけど。霧華ちゃん、やっぱあん時の子やな?神社の境内の下で靴盗られた言うて泣いとった…」
もう二十年近く前の幼い日の出来事。その遠い記憶をふとしたきっかけで思い出すことができた。何となくだったものが確信へと変わった。これは今回の件と何か関係があるんやろうか。
嬉し恥ずかしそうにパッと目を逸らした霧華ちゃんの口元が少し笑っていた。
「お…覚えててくれたんですね」
「まあそう言うても思い出したの最近なんやけど」
「私もです。だって、見た目が全然違ってましたし…でも、前に『泣いてばっかりじゃあかん、笑ってた方が良いこといっぱいくる』そう、言ってくれて。あの時のお兄ちゃんだったんだ…って思い出したんです」
「…なんやこの年でお兄ちゃん呼びされんの照れるわァ」
久しぶりにそう呼ばれたせいか、どこかこそばゆくて頬を掻く。
「霧華ちゃんは綺麗でお淑やかな女性になってて驚いたわ。でも優しいとこは子どもの頃から変わっとらんかった。泣き虫なとこもな」
「う…あれから少しは頑張ったんですよ。転んだり、嫌なことがあったりしても…泣かないでいようって。…大人になって少しずつ忘れかけてた頃に、またこうして思い出させてくれた。あの時助けてくれたお兄ちゃんは私のヒーローだったし、その夢を叶えた。それが分かって私、すごく嬉しかったんです。強くて、優しくてカッコいいヒーローになれたんだって」
ふわっと花が咲いた様に微笑んだ顔がこちらを向いた。その笑顔にどうしようもなく、照れてしもうて、抑えてた感情とか色々なもんが。やっぱりあかんわ。
熱を帯びて赤らむ顔を隠すようにして口元を覆う。その熱が完全に引くのを待たずに、口を開く。
「霧華ちゃん。色々抜きにして、言わせてもろてもええやろか。…状況とか、置かれた立場とか…全部抜きにして」
「どう、したんですか」
「俺、霧華ちゃんのこと好きやわ。此処の人間やないし、帰してあげなあかん思うてたけど。それ以上に霧華ちゃんのこと好きすぎて、気持ち抑えきれんのや。…霧華ちゃんさえ良いんなら、此処にいて欲しい。…俺の隣にいてくれへん」
固唾を飲んで待つ一秒一秒が何十分もの時間に感じられて、息をするのも忘れてしまいそうになる。
同じぐらいに顔真っ赤にした霧華ちゃんが俯いて、両手でほっぺを押さえ込む。それから暫くして、ゆっくりとこっちを見た顔は耳まで赤かった。
口を開いたその先の言葉に期待してもええやろか。