Otherworld Gate
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Otherworld Gate.3
『世界は複数存在する。それは我々の世界と似通っているものもあれば、全く異なる文明と歴史を築いたものもある。この世には多種多様の世界が並行するのだ』
脳裏に過ぎったこの言葉。
私が暮らす世界の他にも別の世界があればいいのにな。そう考えていた時期もあった。その世界には別の人格を形成した自分がいて、どんな暮らしをしているのか。想像を膨らませることもあった。
彼らの説明を聞く傍らで私はぼんやりとそんな昔事を思い出していた。思えば、現実逃避の類だったかもしれない。それが今では逆だ。
「……とまあ、大体こんな感じだな。俺たちは君たちのいる世界のことを扉世界と呼んでる」
夜が明けてから私は応接間の様な場所に通された。とても広い部屋で、十人以上が顔を合わせて話ができるような部屋。椅子の数は人数分しか揃えられていない。他の場所に格納しているんだろう。
その部屋には迎えに来てくれたダリアスさんと、もうひとり。あの時窮地を救ってくれた男の子――リアムくんはこの町にある大学に通う学生だと話してくれた。
私はその二人とテーブルを挟んで話をする。昨日の出来事、この世界の事を軸にして。
「扉世界。……扉」
彼等の説明を整理すると、私は大きな石柱の扉――というよりも門から現れたらしい。扉の形は繋がる世界によって様々な形をしているそうで、私の場合は灰褐色の石柱だったとリアムくんが身振り手振りで大きさを示してくれた。
門の特徴に憶えがあった私はその時まで記憶を遡った。確かに、ギリシャ神話に出てきそうな神殿の門柱を通り抜けた。
「似た特徴の門を通りました。門を抜けた途端に知らない風景が目の前に広がって、振り返った時にはもうその門はありませんでした。私が元来た道も消えていました」
コンクリートで舗装された道も、排気ガスを含んだ生温い風も、青空を這う様に伸びた電線ひとつすら見えなかった。
私は奇妙な現実世界に迷い込んでしまったらしい。自分の口から状況を説明すると現実味が増して、身体がぞっと震えた気がした。
「証言が一致したな。君は自分の世界からその門をくぐって、俺たちの世界にやってきた。いつものケースだと俺たちがそっちに乗り込んで、戦士たちのバースを解放する。だから今回のケースは特殊……とも言い切れないんだよなぁ」
顎を擦りながらダリアスさんが短く唸った。それから、自分の考えが纏まった後にリアムくんの方へちらりと視線を送る。綺麗なシルバーブロンドの髪が縦にさらりと揺れた。
「これまた今回とケースは違うんだが、少し前に異界の戦士以外がこっちにやってきてね」
「ええと、先程の説明だと……扉の世界ひとつにつき、ひとりの戦士がいる。その、バースという物から解放されるんですよね」
「そうだ。飲み込みが早くて助かるよ。で、この間リアムが戦士の他にひとり連れてきたんだ」
「うん。……でも、アーニャよりも前に同じ世界からふたり一緒に来た人たちもいたよね」
「ああ。だから、一概にバースひとつにつきとは言えなくなってる。特殊なケースが増えてきてるんだ。おかげで扉調査も一筋縄じゃいかなくてな」
彼等はクラヴィスという調査機関に属し、バンガードという町を拠点に活動をしている。薄れゆく意識の中でそんな話を断片的に聞いた気がした。クラヴィスを立ち上げた理由は原因不明で昏睡状態に陥った人たちを助けるためだという。その調査をする傍らに不可思議な扉が次々と現れているそうだ。
この世界は私がいた世界とは違う。一言で表すならば、此処はファンタジーの世界。自由気ままに世界を巡り旅をする。訪れた先々で起こる様々な出逢い。夢や希望に満ち溢れた素晴らしい冒険が待っている。
これはあくまで傍から見ればの話だ。私は剣や槍、武器を手に取って戦うことはおろか、魔法も使えない。恐らく、この世界では身を守る術すらもない。だから、死活問題と言っても過言じゃない。
解放された他の人たちはみんな、自分の身を守れる程度の力はあるらしいから。これだと私は只のお荷物に過ぎない。
「あの、すみません。厄介事を増やしてしまったみたいで。さっきもお話したように、私は剣や魔法で戦えるような人間じゃないので……お手伝いが何も」
「そんな! 厄介だなんてこれっぽっちも思ってないよ」
「リアムの言う通りだ。異界の戦士たちはみんな自分の意思で行動してる。クラヴィスを手伝ってくれるヤツもいれば、元住んでた場所が居心地良いとかでそこで過ごしてるヤツもいる。だからルミカも自由に過ごしてもらって構わない」
「自由に」
右も左も分からない。幸いなことに言葉は通じるし、文字も判読出来る。普通に過ごす分には不都合はなさそう。でも、どうやって暮らしていけばいいんだろう。生活資金を稼ぐ方法が見当もつかない。
私の表情に不安が色濃く出ていたんだろう。視線を伏せがちな私にダリアスさんは優しい言葉を掛けてくれた。
「心配しなくてもいいぞ。知らない世界に来たばかりの人間をいきなり放り出したりするような真似はしないさ。宿舎の部屋も空きがあるし、衣食住も提供する。暫くここでのんびりしてくれ。それからこの先どうするか考えてもらえればいい」
「困った事があったらいつでも声を掛けて。僕たちが力になるから」
私とは初対面で、尚且つ住む世界が違う人間だというのに。歴史や文化、環境が異なっても人の温かさは何処の世界も変わらないのかもしれなかった。
優しく笑いかけてくれたふたりの言葉が、緊張で凝り固まっていた心に沁み込んでいく。少しでも気を緩めると涙が零れ落ちそうになる。
「有難うございます」
私の声は震えていた。
少しだけ俯いて応えた私が泣き出さないことを願った。
『世界は複数存在する。それは我々の世界と似通っているものもあれば、全く異なる文明と歴史を築いたものもある。この世には多種多様の世界が並行するのだ』
脳裏に過ぎったこの言葉。
私が暮らす世界の他にも別の世界があればいいのにな。そう考えていた時期もあった。その世界には別の人格を形成した自分がいて、どんな暮らしをしているのか。想像を膨らませることもあった。
彼らの説明を聞く傍らで私はぼんやりとそんな昔事を思い出していた。思えば、現実逃避の類だったかもしれない。それが今では逆だ。
「……とまあ、大体こんな感じだな。俺たちは君たちのいる世界のことを扉世界と呼んでる」
夜が明けてから私は応接間の様な場所に通された。とても広い部屋で、十人以上が顔を合わせて話ができるような部屋。椅子の数は人数分しか揃えられていない。他の場所に格納しているんだろう。
その部屋には迎えに来てくれたダリアスさんと、もうひとり。あの時窮地を救ってくれた男の子――リアムくんはこの町にある大学に通う学生だと話してくれた。
私はその二人とテーブルを挟んで話をする。昨日の出来事、この世界の事を軸にして。
「扉世界。……扉」
彼等の説明を整理すると、私は大きな石柱の扉――というよりも門から現れたらしい。扉の形は繋がる世界によって様々な形をしているそうで、私の場合は灰褐色の石柱だったとリアムくんが身振り手振りで大きさを示してくれた。
門の特徴に憶えがあった私はその時まで記憶を遡った。確かに、ギリシャ神話に出てきそうな神殿の門柱を通り抜けた。
「似た特徴の門を通りました。門を抜けた途端に知らない風景が目の前に広がって、振り返った時にはもうその門はありませんでした。私が元来た道も消えていました」
コンクリートで舗装された道も、排気ガスを含んだ生温い風も、青空を這う様に伸びた電線ひとつすら見えなかった。
私は奇妙な現実世界に迷い込んでしまったらしい。自分の口から状況を説明すると現実味が増して、身体がぞっと震えた気がした。
「証言が一致したな。君は自分の世界からその門をくぐって、俺たちの世界にやってきた。いつものケースだと俺たちがそっちに乗り込んで、戦士たちのバースを解放する。だから今回のケースは特殊……とも言い切れないんだよなぁ」
顎を擦りながらダリアスさんが短く唸った。それから、自分の考えが纏まった後にリアムくんの方へちらりと視線を送る。綺麗なシルバーブロンドの髪が縦にさらりと揺れた。
「これまた今回とケースは違うんだが、少し前に異界の戦士以外がこっちにやってきてね」
「ええと、先程の説明だと……扉の世界ひとつにつき、ひとりの戦士がいる。その、バースという物から解放されるんですよね」
「そうだ。飲み込みが早くて助かるよ。で、この間リアムが戦士の他にひとり連れてきたんだ」
「うん。……でも、アーニャよりも前に同じ世界からふたり一緒に来た人たちもいたよね」
「ああ。だから、一概にバースひとつにつきとは言えなくなってる。特殊なケースが増えてきてるんだ。おかげで扉調査も一筋縄じゃいかなくてな」
彼等はクラヴィスという調査機関に属し、バンガードという町を拠点に活動をしている。薄れゆく意識の中でそんな話を断片的に聞いた気がした。クラヴィスを立ち上げた理由は原因不明で昏睡状態に陥った人たちを助けるためだという。その調査をする傍らに不可思議な扉が次々と現れているそうだ。
この世界は私がいた世界とは違う。一言で表すならば、此処はファンタジーの世界。自由気ままに世界を巡り旅をする。訪れた先々で起こる様々な出逢い。夢や希望に満ち溢れた素晴らしい冒険が待っている。
これはあくまで傍から見ればの話だ。私は剣や槍、武器を手に取って戦うことはおろか、魔法も使えない。恐らく、この世界では身を守る術すらもない。だから、死活問題と言っても過言じゃない。
解放された他の人たちはみんな、自分の身を守れる程度の力はあるらしいから。これだと私は只のお荷物に過ぎない。
「あの、すみません。厄介事を増やしてしまったみたいで。さっきもお話したように、私は剣や魔法で戦えるような人間じゃないので……お手伝いが何も」
「そんな! 厄介だなんてこれっぽっちも思ってないよ」
「リアムの言う通りだ。異界の戦士たちはみんな自分の意思で行動してる。クラヴィスを手伝ってくれるヤツもいれば、元住んでた場所が居心地良いとかでそこで過ごしてるヤツもいる。だからルミカも自由に過ごしてもらって構わない」
「自由に」
右も左も分からない。幸いなことに言葉は通じるし、文字も判読出来る。普通に過ごす分には不都合はなさそう。でも、どうやって暮らしていけばいいんだろう。生活資金を稼ぐ方法が見当もつかない。
私の表情に不安が色濃く出ていたんだろう。視線を伏せがちな私にダリアスさんは優しい言葉を掛けてくれた。
「心配しなくてもいいぞ。知らない世界に来たばかりの人間をいきなり放り出したりするような真似はしないさ。宿舎の部屋も空きがあるし、衣食住も提供する。暫くここでのんびりしてくれ。それからこの先どうするか考えてもらえればいい」
「困った事があったらいつでも声を掛けて。僕たちが力になるから」
私とは初対面で、尚且つ住む世界が違う人間だというのに。歴史や文化、環境が異なっても人の温かさは何処の世界も変わらないのかもしれなかった。
優しく笑いかけてくれたふたりの言葉が、緊張で凝り固まっていた心に沁み込んでいく。少しでも気を緩めると涙が零れ落ちそうになる。
「有難うございます」
私の声は震えていた。
少しだけ俯いて応えた私が泣き出さないことを願った。