Otherworld Gate
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Otherworld Gate.2
懐かしい夢を見た。
子どもの頃を一緒に過ごした友達の夢。
昔、近所に住んでいたお姉ちゃんがいた。あの頃は毎日一緒に遊んでいた。テレビゲームをしたり、大きなビーズを紐で繋げてネックレスを作ったり、近所の友達と一緒に夕日が沈むまで外で遊んだ。
楽しい時間だった。でも、みんな遠くに引っ越してしまう。ひとり、またひとり遊び相手がいなくなる。
そうして空き家が増えていって、最後に私だけがぽつんと取り残された。
さみしいな。
そう思いながら私は夢の終わりを噛みしめ、目をゆっくりと開けた。
辺りが薄暗い。消毒薬の臭いがする。
私はベッドで横になっていた。寝心地に違和感を覚えて、寝返りを打つ。窓から差し込む明かりがベッド周りを照らす。
低い棚が壁際に二つ並んでいる。棚の中はすかすかで、分厚い背表紙の本が二冊と小さな箱の様な物が置いてある。棚の上には植物の鉢植えが置かれているみたいだった。長くて尖った葉っぱが三本程見える。
ベッドの足側にはカーテン状のパーテーションが置かれていた。よく学校の保健室や病院で見掛ける形のもの。この部屋を幾つかに仕切っているんだろう。
私は知らない場所で目覚めたことに不安を覚えた。わかるのは室内の特徴からして、病院かもしれないということ。
病院。この単語に真っ先に結び付いたのが、とある映画の展開。
主人公が気を失い、次に目が覚めた場所は病室のベッド。人の気配がない廊下を恐る恐る進むと、次々に起こるホラー。あの映画はただただ怖かった。もうだいぶ前に観賞したものなのに、恐怖の記憶がこびりついている。
その似た状況下に自分が現在置かれている。そう考えた瞬間、言いようのない恐怖がじわじわと体を覆う。
がちゃり
ドアの開く音が薄暗闇に響いた。
私はびくりと身体を起こし、音が聞こえた方角を見る。それきり、身体が凍り付いたように動かない。心臓だけが大きく跳ね上がって、どくどくと脈を打つ。
静かな靴音が段々とこちらに近づいてくる。そのパーテーションの陰から何かとんでもないものが飛び出してくるかもしれない。想像したくないのに、その恐ろしいものが脳内にちらちらと横切る。
ぼんやりとした明かりがそこから見えた時には、声にならない悲鳴を上げてしまった。
「あ、悪い。驚かせちまったか」
人の声。落ち着いた男の人の声が聞こえた。明かりがすっと上に動いたかと思うと、人の顔がそこに浮かび上がる。ランタンの明かりに照らされた男の人と、目が合った。確かに人、間違いなく足がある普通の人間。だと思う。
その人は私の顔を見るなり、どこか安堵にも似た表情を浮かべた。
「目が覚めて良かったぜ。肩の調子はどうだ?」
「肩」
私はぽつりと繰り返した。ぼんやりしていた頭はさっきの恐怖で完全に覚醒した。それでも薄っすらとしか思い出せない記憶の断片。
この男の人はさっきも見た気がする。とても恐ろしい牙を剥いた動物に襲われて、寸でのところを助けてくれた人だ。
そうだ、思い出した。私は肩を鋭い爪で引っ掻かれて、その手当てをこの人がしてくれたんだ。でも、会話のやり取りまでは思い出せない。それと、あともう一人いた。陽射しを受けてきらきらと輝く銀髪の若い少年の姿が浮かんだ。
頭の整理をする中、明かりがふわりと移動するのが視界の端に映った。ランタンを棚に置いた男の人が壁を背にして、空いた両腕を前で組む。明かりがゆらゆらと揺れるから、表情までは見えない。ただ、心配されているということは声色から伝わってくる。
「半日眠ってたもんな。記憶が混乱してるのも無理ねぇか」
「……半日⁉ 私、半日も眠ってたんですか」
「ああ。目の前で気ぃ失ったから流石に焦った。医療班に手当てを任せたが、肩や他に違和感ある所はなさそうか」
私は右手で恐る恐る肩に触れた。痛みは全くない。それどころか、傷口らしきものも感触にない。あるのは爪で引き裂かれた跡があるトップスのみ。それだけが夢ではなく現実の証拠となって残されていた。
他に痛いところもなさそうだった。それを伝えればほっと溜息を吐かれる。
ゆらゆらと揺れる明かりに照らされる横顔。その人の耳元できらりと光が煌めく。
「傷口は塞がってるとはいえ、あまり無理はしない方がいい。色々気になる事や聞きたい事もあると思うが、細かい話は朝になってからだ」
「わかりました。……あの、危ない所を助けていただいて有難うございました。お二人が来てくれなければ私、今頃」
想像するのも堪え難い無残な姿から骨だけになっていたかもしれないと思うと、ぞっとする。
あの時は何が起きたのかわけも分からず、ただ呆然とした。何を喋ったのかも正直よく覚えていない。だからきっと御礼も伝えていなかっただろう。
小さな吐息が漏れた。気の所為だろうか。少し、険しい表情をしているような気がした。暗がりを照らす光が頼りなくゆらゆら揺れるから、やっぱり私の気の所為なのかもしれない。
「俺はダリアス。名前、なんて呼べばいい?」
「ルミカです」
「響きの良い名前だな。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
「詳しい自己紹介とかも後だな。謝らないといけない事もあるし」
「え?」
腕を組みかえた彼は「今は気にしないでくれ」と言った。少し後ろめたそうな調子で。
明かりが大きく揺れ動いた。
「朝になったら迎えにくるから、それまでゆっくり休んでてくれ。何かあったら夜勤の看護師に」
「あ、はい。……わかりました」
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
橙色の光が段々と遠ざかっていく。夕焼けにも似たそれが見えなくなると、辺りはまた薄暗闇に包まれてしまった。
しんと静まり返る室内。薄手の毛布に潜り込む音だけが目立つ。
私は怪我をして運び込まれた。半日の眠りから覚めた時には、その怪我は傷痕を残さずに消えた。
まるで夢のような信じられない出来事。このまま目を閉じて眠りにつけば、次に目が覚めた時はまだバスの中だろうか。でも、どうにもそう思えなかった。
冷えた手をぎゅっと私は握りしめる。
私は寝返りを打ち、朝焼けで空が明るくなるのを待つことにした。
懐かしい夢を見た。
子どもの頃を一緒に過ごした友達の夢。
昔、近所に住んでいたお姉ちゃんがいた。あの頃は毎日一緒に遊んでいた。テレビゲームをしたり、大きなビーズを紐で繋げてネックレスを作ったり、近所の友達と一緒に夕日が沈むまで外で遊んだ。
楽しい時間だった。でも、みんな遠くに引っ越してしまう。ひとり、またひとり遊び相手がいなくなる。
そうして空き家が増えていって、最後に私だけがぽつんと取り残された。
さみしいな。
そう思いながら私は夢の終わりを噛みしめ、目をゆっくりと開けた。
辺りが薄暗い。消毒薬の臭いがする。
私はベッドで横になっていた。寝心地に違和感を覚えて、寝返りを打つ。窓から差し込む明かりがベッド周りを照らす。
低い棚が壁際に二つ並んでいる。棚の中はすかすかで、分厚い背表紙の本が二冊と小さな箱の様な物が置いてある。棚の上には植物の鉢植えが置かれているみたいだった。長くて尖った葉っぱが三本程見える。
ベッドの足側にはカーテン状のパーテーションが置かれていた。よく学校の保健室や病院で見掛ける形のもの。この部屋を幾つかに仕切っているんだろう。
私は知らない場所で目覚めたことに不安を覚えた。わかるのは室内の特徴からして、病院かもしれないということ。
病院。この単語に真っ先に結び付いたのが、とある映画の展開。
主人公が気を失い、次に目が覚めた場所は病室のベッド。人の気配がない廊下を恐る恐る進むと、次々に起こるホラー。あの映画はただただ怖かった。もうだいぶ前に観賞したものなのに、恐怖の記憶がこびりついている。
その似た状況下に自分が現在置かれている。そう考えた瞬間、言いようのない恐怖がじわじわと体を覆う。
がちゃり
ドアの開く音が薄暗闇に響いた。
私はびくりと身体を起こし、音が聞こえた方角を見る。それきり、身体が凍り付いたように動かない。心臓だけが大きく跳ね上がって、どくどくと脈を打つ。
静かな靴音が段々とこちらに近づいてくる。そのパーテーションの陰から何かとんでもないものが飛び出してくるかもしれない。想像したくないのに、その恐ろしいものが脳内にちらちらと横切る。
ぼんやりとした明かりがそこから見えた時には、声にならない悲鳴を上げてしまった。
「あ、悪い。驚かせちまったか」
人の声。落ち着いた男の人の声が聞こえた。明かりがすっと上に動いたかと思うと、人の顔がそこに浮かび上がる。ランタンの明かりに照らされた男の人と、目が合った。確かに人、間違いなく足がある普通の人間。だと思う。
その人は私の顔を見るなり、どこか安堵にも似た表情を浮かべた。
「目が覚めて良かったぜ。肩の調子はどうだ?」
「肩」
私はぽつりと繰り返した。ぼんやりしていた頭はさっきの恐怖で完全に覚醒した。それでも薄っすらとしか思い出せない記憶の断片。
この男の人はさっきも見た気がする。とても恐ろしい牙を剥いた動物に襲われて、寸でのところを助けてくれた人だ。
そうだ、思い出した。私は肩を鋭い爪で引っ掻かれて、その手当てをこの人がしてくれたんだ。でも、会話のやり取りまでは思い出せない。それと、あともう一人いた。陽射しを受けてきらきらと輝く銀髪の若い少年の姿が浮かんだ。
頭の整理をする中、明かりがふわりと移動するのが視界の端に映った。ランタンを棚に置いた男の人が壁を背にして、空いた両腕を前で組む。明かりがゆらゆらと揺れるから、表情までは見えない。ただ、心配されているということは声色から伝わってくる。
「半日眠ってたもんな。記憶が混乱してるのも無理ねぇか」
「……半日⁉ 私、半日も眠ってたんですか」
「ああ。目の前で気ぃ失ったから流石に焦った。医療班に手当てを任せたが、肩や他に違和感ある所はなさそうか」
私は右手で恐る恐る肩に触れた。痛みは全くない。それどころか、傷口らしきものも感触にない。あるのは爪で引き裂かれた跡があるトップスのみ。それだけが夢ではなく現実の証拠となって残されていた。
他に痛いところもなさそうだった。それを伝えればほっと溜息を吐かれる。
ゆらゆらと揺れる明かりに照らされる横顔。その人の耳元できらりと光が煌めく。
「傷口は塞がってるとはいえ、あまり無理はしない方がいい。色々気になる事や聞きたい事もあると思うが、細かい話は朝になってからだ」
「わかりました。……あの、危ない所を助けていただいて有難うございました。お二人が来てくれなければ私、今頃」
想像するのも堪え難い無残な姿から骨だけになっていたかもしれないと思うと、ぞっとする。
あの時は何が起きたのかわけも分からず、ただ呆然とした。何を喋ったのかも正直よく覚えていない。だからきっと御礼も伝えていなかっただろう。
小さな吐息が漏れた。気の所為だろうか。少し、険しい表情をしているような気がした。暗がりを照らす光が頼りなくゆらゆら揺れるから、やっぱり私の気の所為なのかもしれない。
「俺はダリアス。名前、なんて呼べばいい?」
「ルミカです」
「響きの良い名前だな。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
「詳しい自己紹介とかも後だな。謝らないといけない事もあるし」
「え?」
腕を組みかえた彼は「今は気にしないでくれ」と言った。少し後ろめたそうな調子で。
明かりが大きく揺れ動いた。
「朝になったら迎えにくるから、それまでゆっくり休んでてくれ。何かあったら夜勤の看護師に」
「あ、はい。……わかりました」
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
橙色の光が段々と遠ざかっていく。夕焼けにも似たそれが見えなくなると、辺りはまた薄暗闇に包まれてしまった。
しんと静まり返る室内。薄手の毛布に潜り込む音だけが目立つ。
私は怪我をして運び込まれた。半日の眠りから覚めた時には、その怪我は傷痕を残さずに消えた。
まるで夢のような信じられない出来事。このまま目を閉じて眠りにつけば、次に目が覚めた時はまだバスの中だろうか。でも、どうにもそう思えなかった。
冷えた手をぎゅっと私は握りしめる。
私は寝返りを打ち、朝焼けで空が明るくなるのを待つことにした。