番外編
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空に、星に願いを
夜空に咲いた大輪の花。
色とりどりの花が刹那闇を照らし、散る。繰り返される儚くも美しい瞬間。
今夜はこの花火に街の人々は魅了されているのだろう。そうぼんやりと考えながらルミカは空を仰ぐ。
クラヴィス本部の三階バルコニーからは港で打ち上げられる花火が良く見えた。
『バンガードの港で花火大会を開催』
そのお知らせを目にしたのは一週間前のこと。
夏の風物詩として花火を打ち上げるイベントがある。とある世界の戦士から聞いた話を基に、この世界でもやってみてはどうかという提案が浮上。現状を不安に思う市民たちの憂いを晴らす為にもと。
商家が花火師と花火玉を手配し、さらに各地の術士にも協力を仰いだという。ここがルミカのいた世界とは違う点であり、どのような演出になるのか気になっていた。
港の埠頭に出店も並ぶらしく「地元のお祭りみたいで楽しそう」と言ったルミカにダリアスは声を掛けた。「一緒に見に行かないか」と。
しかし、つい先刻のことだ。緊急救援要請の依頼を受けたダリアスは手が空いている隊員と戦士を連れて慌ただしく現場へと向かった。
救援要請を受けた現場はバンガードから程近い。
「すぐ戻って来る」とばつが悪そうなダリアスの背を見送ったが、約束のことよりもルミカは彼らの身を案じていた。
どうか無事でありますように。切なる願いを込め、ルミカは空を見上げた。
フィナーレを飾る如く、連続で打ち上げられる鮮やかな花火。無限大に広がるキャンパスに菊やダリヤなど、万華鏡の花で彩られる。黄、紅、緑、青。くるくると変わる、美しい色彩が奏でられる。
束の間。暗闇に静寂が訪れた。その直後、真っ赤な炎を宿す大きな鳥が現れる。漆黒の闇を照らした不死鳥は咆哮をあげ、火の粉をキラキラと散らしながら空を翔けていった。羽ばたいた不死鳥はバンガードの頭上で大きな弧を描く。
不死鳥が消えた後に再び訪れる静寂。余韻に浸るルミカは自分の名を呼ぶ声に気づき、振り向いた。
そこには軽く息を弾ませたダリアスの姿。どこから走ってきたのだろうか。額にじわりと汗が滲んでおり、それを手の甲で拭う。
「お疲れ様ですダリアスさん。だ、大丈夫ですか。汗が滴り落ちてますよ」
「ああ」
「これ良かったら使ってください」
ダリアスに差し出されたハンカチ。綺麗に折り畳まれており、可愛らしい鳥の絵柄が所々に入ったもの。折角の厚意を振り払う様な真似もせず、ダリアスはそれを受け取った。「変わった手触りだな」と訊けば「手ぬぐいハンカチって言うんです」と故郷の伝統品だとルミカが話した。
「洗って返すよ。……まぁ、それはともかくだ。悪いことしちまったな。こっちから誘った手前ですっぽかしちまって」
「気にしないでください。皆さんが無事ならそれで。お帰りなさい」
首を静かに横へ振ったルミカはそう言って柔らかい笑みを浮かべた。
ルミカは必ずクラヴィスへ戻って来た隊員や戦士たちに「おかえり」という言葉を掛ける。扉調査に留まらず、街周辺の魔獣退治などで常に彼らは危険と隣り合わせだ。調査に赴く彼らに対し無事に戻って来られるよう「いってらっしゃい」と送り出し、出迎える。そんな彼女の心遣いにダリアスも安堵の笑みを浮かべ、「ただいま」と返すようになったのだ。
「ここは風が吹いて気持ちがいいな」
バルコニーの手摺に寄りかかり、夜空を仰ぐ。街の明かりで霞みがちな星が幾つか見えた。
しんと静まり返る空を見上げるダリアスは未だ申し訳ない気持ちに悩まされていた。
「埋め合わせは必ず今度する」
「ほんと、気にしないでください。あの、ダリアスさんも少しは花火見られましたか?」
「ああ。シップ発着場を出た時に。ちょうどデカい不死鳥が空を横切ってた。あれは朱鳥術士が手掛けた演出だろうな。粋なこと考えるもんだ」
「すごく綺麗でしたね」
花火の演出では見たことのない素晴らしいものだった。街並みを眺めるルミカは目を細めた。
その横顔を盗み見たダリアスも頬を緩める。振り向いた彼女と不意に目が合ったものだから、思わずどきりとした。階段を駆け上ってきた際の心拍数は当に落ち着いていたのに、また胸の高鳴りがひとつ。
「そういえば、どうして私がここにいるって分かったんですか」
それは素朴な疑問であった。緊急要請の報せが入った時点では「ここにいる」という話を互いにしていない。宿舎にある自室、執務室。もしかすると花火を眺めに出掛けている可能性もあったはずだ。彼は「あちこち探し回った」とは口にしていない。つまり、このバルコニーにいると最初から分かっていた。
「前に人混みが嫌いだとか言ってただろ? 花火は気になるけど、わざわざ港まで足を運ばないだろうし。それならこの館から空を眺められる場所……って考えたら、ここが浮かんだ」
ダリアスは手摺に背を預け、ルミカの方を見て少し気恥ずかしそうに笑った。
「それに、少し自惚れもあったかもな。俺の帰りを待っててくれてんなら、出掛けずに本部のどっかにいるだろうなぁって」
「そ、そうですね。ダリアスさんを差し置いてひとりで見に行くなんて出来ません。ダリアスさんと約束してたんだし」
どこか慌てた様子でそう話したルミカは前を向いて俯く。手摺の外で両手の指先を組む彼女の頬は熱を帯びていた。夜風に晒された頬が冷えるよりも先に、ルミカは顔を上げた。
「あの、良かったら……来年一緒に、見に行ってもらえませんか」
その言葉にダリアスは耳を疑った。
扉世界から解放された戦士たちはこの世界の各所で暮らしている。クラヴィスに自ら手を貸す者もいれば、思い思いに過ごす者もいる。人々の生活に溶け込む彼らではあるが、その存在自体は揺らぎやいもの。
二十五年前、塔から解放された戦士たちは忽然と姿を消した。
「いつどうなるか、自分でも分からない。複雑で不確実な存在なんだ」そう口にしたルージュの言葉が甦る。
扉がこの世界に突如現れたように、戦士たちが消えるきっかけを知る由もない。明日の朝にはもう「おはよう」という声が聞けないかもしれない。いや、今まさに目の前で姿を消してしまうかもしれない。
そんな漠然とした不安を抱えていた。だからこそ、遠い日の約束を取り交わそうとする彼女に驚きもし、嬉しいと感じたのだ。
「今回が盛況だったら来年もやるそうです。だから、良ければ」
「ああ、行こう。来年は必ず」
ダリアスの返答はあまりにも迷いがないので、今度はルミカの方が目を丸くした。しかし、直ぐに一面の笑みを浮かべた。
「今から楽しみです。もし、今日みたいに何かあったら、待っている場所を伝えますね」
「ああ。でもまぁ、万が一どっか行ってたとしても見つかるまで探しに行くよ」
ふと見上げた空。そこに一閃の小さな星が流れた。
生きる世界が違う者同士が交わす約束。不確実なものが現実となるように。
ささやかに掛けられた二人の願いが同じものだと知るのは一閃の星のみであった。
夜空に咲いた大輪の花。
色とりどりの花が刹那闇を照らし、散る。繰り返される儚くも美しい瞬間。
今夜はこの花火に街の人々は魅了されているのだろう。そうぼんやりと考えながらルミカは空を仰ぐ。
クラヴィス本部の三階バルコニーからは港で打ち上げられる花火が良く見えた。
『バンガードの港で花火大会を開催』
そのお知らせを目にしたのは一週間前のこと。
夏の風物詩として花火を打ち上げるイベントがある。とある世界の戦士から聞いた話を基に、この世界でもやってみてはどうかという提案が浮上。現状を不安に思う市民たちの憂いを晴らす為にもと。
商家が花火師と花火玉を手配し、さらに各地の術士にも協力を仰いだという。ここがルミカのいた世界とは違う点であり、どのような演出になるのか気になっていた。
港の埠頭に出店も並ぶらしく「地元のお祭りみたいで楽しそう」と言ったルミカにダリアスは声を掛けた。「一緒に見に行かないか」と。
しかし、つい先刻のことだ。緊急救援要請の依頼を受けたダリアスは手が空いている隊員と戦士を連れて慌ただしく現場へと向かった。
救援要請を受けた現場はバンガードから程近い。
「すぐ戻って来る」とばつが悪そうなダリアスの背を見送ったが、約束のことよりもルミカは彼らの身を案じていた。
どうか無事でありますように。切なる願いを込め、ルミカは空を見上げた。
フィナーレを飾る如く、連続で打ち上げられる鮮やかな花火。無限大に広がるキャンパスに菊やダリヤなど、万華鏡の花で彩られる。黄、紅、緑、青。くるくると変わる、美しい色彩が奏でられる。
束の間。暗闇に静寂が訪れた。その直後、真っ赤な炎を宿す大きな鳥が現れる。漆黒の闇を照らした不死鳥は咆哮をあげ、火の粉をキラキラと散らしながら空を翔けていった。羽ばたいた不死鳥はバンガードの頭上で大きな弧を描く。
不死鳥が消えた後に再び訪れる静寂。余韻に浸るルミカは自分の名を呼ぶ声に気づき、振り向いた。
そこには軽く息を弾ませたダリアスの姿。どこから走ってきたのだろうか。額にじわりと汗が滲んでおり、それを手の甲で拭う。
「お疲れ様ですダリアスさん。だ、大丈夫ですか。汗が滴り落ちてますよ」
「ああ」
「これ良かったら使ってください」
ダリアスに差し出されたハンカチ。綺麗に折り畳まれており、可愛らしい鳥の絵柄が所々に入ったもの。折角の厚意を振り払う様な真似もせず、ダリアスはそれを受け取った。「変わった手触りだな」と訊けば「手ぬぐいハンカチって言うんです」と故郷の伝統品だとルミカが話した。
「洗って返すよ。……まぁ、それはともかくだ。悪いことしちまったな。こっちから誘った手前ですっぽかしちまって」
「気にしないでください。皆さんが無事ならそれで。お帰りなさい」
首を静かに横へ振ったルミカはそう言って柔らかい笑みを浮かべた。
ルミカは必ずクラヴィスへ戻って来た隊員や戦士たちに「おかえり」という言葉を掛ける。扉調査に留まらず、街周辺の魔獣退治などで常に彼らは危険と隣り合わせだ。調査に赴く彼らに対し無事に戻って来られるよう「いってらっしゃい」と送り出し、出迎える。そんな彼女の心遣いにダリアスも安堵の笑みを浮かべ、「ただいま」と返すようになったのだ。
「ここは風が吹いて気持ちがいいな」
バルコニーの手摺に寄りかかり、夜空を仰ぐ。街の明かりで霞みがちな星が幾つか見えた。
しんと静まり返る空を見上げるダリアスは未だ申し訳ない気持ちに悩まされていた。
「埋め合わせは必ず今度する」
「ほんと、気にしないでください。あの、ダリアスさんも少しは花火見られましたか?」
「ああ。シップ発着場を出た時に。ちょうどデカい不死鳥が空を横切ってた。あれは朱鳥術士が手掛けた演出だろうな。粋なこと考えるもんだ」
「すごく綺麗でしたね」
花火の演出では見たことのない素晴らしいものだった。街並みを眺めるルミカは目を細めた。
その横顔を盗み見たダリアスも頬を緩める。振り向いた彼女と不意に目が合ったものだから、思わずどきりとした。階段を駆け上ってきた際の心拍数は当に落ち着いていたのに、また胸の高鳴りがひとつ。
「そういえば、どうして私がここにいるって分かったんですか」
それは素朴な疑問であった。緊急要請の報せが入った時点では「ここにいる」という話を互いにしていない。宿舎にある自室、執務室。もしかすると花火を眺めに出掛けている可能性もあったはずだ。彼は「あちこち探し回った」とは口にしていない。つまり、このバルコニーにいると最初から分かっていた。
「前に人混みが嫌いだとか言ってただろ? 花火は気になるけど、わざわざ港まで足を運ばないだろうし。それならこの館から空を眺められる場所……って考えたら、ここが浮かんだ」
ダリアスは手摺に背を預け、ルミカの方を見て少し気恥ずかしそうに笑った。
「それに、少し自惚れもあったかもな。俺の帰りを待っててくれてんなら、出掛けずに本部のどっかにいるだろうなぁって」
「そ、そうですね。ダリアスさんを差し置いてひとりで見に行くなんて出来ません。ダリアスさんと約束してたんだし」
どこか慌てた様子でそう話したルミカは前を向いて俯く。手摺の外で両手の指先を組む彼女の頬は熱を帯びていた。夜風に晒された頬が冷えるよりも先に、ルミカは顔を上げた。
「あの、良かったら……来年一緒に、見に行ってもらえませんか」
その言葉にダリアスは耳を疑った。
扉世界から解放された戦士たちはこの世界の各所で暮らしている。クラヴィスに自ら手を貸す者もいれば、思い思いに過ごす者もいる。人々の生活に溶け込む彼らではあるが、その存在自体は揺らぎやいもの。
二十五年前、塔から解放された戦士たちは忽然と姿を消した。
「いつどうなるか、自分でも分からない。複雑で不確実な存在なんだ」そう口にしたルージュの言葉が甦る。
扉がこの世界に突如現れたように、戦士たちが消えるきっかけを知る由もない。明日の朝にはもう「おはよう」という声が聞けないかもしれない。いや、今まさに目の前で姿を消してしまうかもしれない。
そんな漠然とした不安を抱えていた。だからこそ、遠い日の約束を取り交わそうとする彼女に驚きもし、嬉しいと感じたのだ。
「今回が盛況だったら来年もやるそうです。だから、良ければ」
「ああ、行こう。来年は必ず」
ダリアスの返答はあまりにも迷いがないので、今度はルミカの方が目を丸くした。しかし、直ぐに一面の笑みを浮かべた。
「今から楽しみです。もし、今日みたいに何かあったら、待っている場所を伝えますね」
「ああ。でもまぁ、万が一どっか行ってたとしても見つかるまで探しに行くよ」
ふと見上げた空。そこに一閃の小さな星が流れた。
生きる世界が違う者同士が交わす約束。不確実なものが現実となるように。
ささやかに掛けられた二人の願いが同じものだと知るのは一閃の星のみであった。