軽率なコラボシリーズ
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二月十四日の行事
月見亭の池は薄っすらと氷を張っていた。
氷と言えど、昼間はそこそこ気温も上がるこの季節。その表面を解けた水が覆っている。
「なんかおかしな行事だと思ったら。そういうことでしたか。褌の日だなんてそんなのあったかと頭を悩ませましたよ」
「不二子さんの突然の思いつきだよ」
それは一刻程前の出来事である。
忍術学園の食堂で奇妙な催しが行われたのだ。
『チョコレート菓子を用意した。これを食べたくば一人一枚、古褌を洗濯するように』
一体何が始まったのか。
ここにいる三郎次は勿論のこと、共に食堂へ足を運んだ兵助の顔はそれ以上に困惑に満ちた。
兵助の御内儀が言うには「今日はふんどしの日だよ」らしく。
別の行事がある筈ではと聞き返すも「ふんどしの日だから」と大事なことのように二度も念を押すようにされたので、その場は渋々と引き下がった。
この時の兵助は甘いものを食べているにも関わらず、まるで渋柿を口にしたような顔をしていたと三郎次は語る。
そうして今、ばれんたいんの行事を兵助に対して表沙汰にしたくなかったという次第を紅蓮から聞いたのである。
「あれもこれもつまりは久々知さんの照れ隠し」
「隠し方が些か強引でもあったがな。兵助が一度聞いたことをそう忘れるとは考えにくい。あの様子だと相当臍を曲げていそうだ」
「……久々知さんからの特別はないってことですよね。学園全体に義理を振る舞ったわけだし」
遥か未来の二月十四日は特別な人にチョコレートを贈る日だ。
それを知ったからには、是が非でも『特別』を期待しているに違いない。
ところが自分はその他大勢と同じ扱いの様子。三郎次の頭にはいじけにいじけて蛸壺から出てこなくなった兵助の姿が浮かんだ。
「まあ、その辺は問題ない」
「ええ……大丈夫ですか? また離縁されるとかもう好きじゃないんだとか騒ぎますよあの人」
「不二子さんはあれの他にもこっそり菓子を拵えていた。口ではああ言っていたが、兵助用のもしっかり用意していたよ」
「……久々知さんは時たま言動とは裏腹なことしますよね。結局久々知先輩に甘いんだから」
女子の考えは未だに理解に欠けるものがある。そう愚痴るように三郎次が軽く口を尖らせた。
「それがあの人の愛情表現とやらなんだろうさ」紅蓮はそう言いながら半纏の袖から小さな包みを取り出し、三郎次に手渡した。
「……そういうわけで、私からだ」
竹皮に包まれたそれは中身がおにぎりにしては平べったく、仄かに甘い焼き菓子の香りがしていた。
これはもしや、今日という日にちなんだ菓子なのか。まさか貰えるとは考えてもいない。
そもそも原材料を入手することが困難である。今日は偶然その機会に恵まれたとはいえ、食堂で振る舞われた『ちょこれーとどうなつ』に使われたのだ。とてもじゃないが個別に作る余裕は無いだろうと。
それが今、目の前にあるものだから三郎次の思考は暫く止まってしまっていた。
包みを受け取ったきり固まって動かない伴侶に紅蓮は眉を寄せた。
「甘いもの続きで胃がもたれそうならば、これは四年生の火薬委員にでも渡し」
「謹んで頂戴致します」
「そんなに仰々しい物ではないんだが」
三郎次は真顔で包みをしっかりと胸元に引き寄せた。
こちらとしては義理堅いつもりではいので、軽い気持ちで受け取ってほしかったと紅蓮は苦笑いを浮かべていた。
「……これ、ぼうろですか。ちょこれいとがかかってる」
「少し硬めに焼いたぼうろに半分だけ漬けてみた。こういった焼き菓子もあるそうだ」
煎餅よりも一回り小さめに成型した小麦粉を練って焼いた菓子。それにちょこれいとを半分漬けて固めたものを四枚拵えた。
これを作る際、ちょこれいとを全部漬けても良いと不二子から言われたが、消費を極力控えたいと紅蓮が半分だけにしたのだ。
急拵えとはいえ、心を込めて作ったものには違いない。
自分は珍しい物を好む傾向にあるが、伴侶はそこまででもない様子。
喜んで貰えただろうか。
紅蓮はそっと三郎次の表情を窺い見た。
頬に薄っすらと差した紅。
柔らかく緩んだ口元。
それは昔良く見たあの笑顔と似ていた。
「有難う御座います。……食べるのが勿体ないな」
「ああ、出来ればここで食べきってほしい。家に持ち帰ってミケが誤って口にしてしまわないよう」
「猫にちょこれいとは駄目でしたね。……ところで霧華さん」
「なんだ」
「ミケと俺、どっちが大事なんですか」
そう尋ねる三郎次の表情はあまりにも真剣なもので。
冷静で、取り乱した様子等は全くないがそう訊かれたのは初めてのことである。
「……選べと?」頭を悩ませ、こちらも真剣に考えた末に紅蓮はそう答えた。
どちらか一つに絞ることなど、到底できるはずもない。
「冗談ですよ」
「冗談に聞こえなかったが。……私にはどちらかなど選べぶことなど出来ない。大事なものは多い方が良いんだ。私にとっては、な」
「そんな所も含めて俺は霧華さんが好きです。これ、半分ずつ食べませんか」
「良いのか?」
「美味しいものは分け合った方がより美味しくなりますから」
まだ一つも摘んでいないのに。
そう笑えば「霧華さんが作ったもので不味いと思ったものないです」と自信満々の答えが返ってきた。
月見亭の池は薄っすらと氷を張っていた。
氷と言えど、昼間はそこそこ気温も上がるこの季節。その表面を解けた水が覆っている。
「なんかおかしな行事だと思ったら。そういうことでしたか。褌の日だなんてそんなのあったかと頭を悩ませましたよ」
「不二子さんの突然の思いつきだよ」
それは一刻程前の出来事である。
忍術学園の食堂で奇妙な催しが行われたのだ。
『チョコレート菓子を用意した。これを食べたくば一人一枚、古褌を洗濯するように』
一体何が始まったのか。
ここにいる三郎次は勿論のこと、共に食堂へ足を運んだ兵助の顔はそれ以上に困惑に満ちた。
兵助の御内儀が言うには「今日はふんどしの日だよ」らしく。
別の行事がある筈ではと聞き返すも「ふんどしの日だから」と大事なことのように二度も念を押すようにされたので、その場は渋々と引き下がった。
この時の兵助は甘いものを食べているにも関わらず、まるで渋柿を口にしたような顔をしていたと三郎次は語る。
そうして今、ばれんたいんの行事を兵助に対して表沙汰にしたくなかったという次第を紅蓮から聞いたのである。
「あれもこれもつまりは久々知さんの照れ隠し」
「隠し方が些か強引でもあったがな。兵助が一度聞いたことをそう忘れるとは考えにくい。あの様子だと相当臍を曲げていそうだ」
「……久々知さんからの特別はないってことですよね。学園全体に義理を振る舞ったわけだし」
遥か未来の二月十四日は特別な人にチョコレートを贈る日だ。
それを知ったからには、是が非でも『特別』を期待しているに違いない。
ところが自分はその他大勢と同じ扱いの様子。三郎次の頭にはいじけにいじけて蛸壺から出てこなくなった兵助の姿が浮かんだ。
「まあ、その辺は問題ない」
「ええ……大丈夫ですか? また離縁されるとかもう好きじゃないんだとか騒ぎますよあの人」
「不二子さんはあれの他にもこっそり菓子を拵えていた。口ではああ言っていたが、兵助用のもしっかり用意していたよ」
「……久々知さんは時たま言動とは裏腹なことしますよね。結局久々知先輩に甘いんだから」
女子の考えは未だに理解に欠けるものがある。そう愚痴るように三郎次が軽く口を尖らせた。
「それがあの人の愛情表現とやらなんだろうさ」紅蓮はそう言いながら半纏の袖から小さな包みを取り出し、三郎次に手渡した。
「……そういうわけで、私からだ」
竹皮に包まれたそれは中身がおにぎりにしては平べったく、仄かに甘い焼き菓子の香りがしていた。
これはもしや、今日という日にちなんだ菓子なのか。まさか貰えるとは考えてもいない。
そもそも原材料を入手することが困難である。今日は偶然その機会に恵まれたとはいえ、食堂で振る舞われた『ちょこれーとどうなつ』に使われたのだ。とてもじゃないが個別に作る余裕は無いだろうと。
それが今、目の前にあるものだから三郎次の思考は暫く止まってしまっていた。
包みを受け取ったきり固まって動かない伴侶に紅蓮は眉を寄せた。
「甘いもの続きで胃がもたれそうならば、これは四年生の火薬委員にでも渡し」
「謹んで頂戴致します」
「そんなに仰々しい物ではないんだが」
三郎次は真顔で包みをしっかりと胸元に引き寄せた。
こちらとしては義理堅いつもりではいので、軽い気持ちで受け取ってほしかったと紅蓮は苦笑いを浮かべていた。
「……これ、ぼうろですか。ちょこれいとがかかってる」
「少し硬めに焼いたぼうろに半分だけ漬けてみた。こういった焼き菓子もあるそうだ」
煎餅よりも一回り小さめに成型した小麦粉を練って焼いた菓子。それにちょこれいとを半分漬けて固めたものを四枚拵えた。
これを作る際、ちょこれいとを全部漬けても良いと不二子から言われたが、消費を極力控えたいと紅蓮が半分だけにしたのだ。
急拵えとはいえ、心を込めて作ったものには違いない。
自分は珍しい物を好む傾向にあるが、伴侶はそこまででもない様子。
喜んで貰えただろうか。
紅蓮はそっと三郎次の表情を窺い見た。
頬に薄っすらと差した紅。
柔らかく緩んだ口元。
それは昔良く見たあの笑顔と似ていた。
「有難う御座います。……食べるのが勿体ないな」
「ああ、出来ればここで食べきってほしい。家に持ち帰ってミケが誤って口にしてしまわないよう」
「猫にちょこれいとは駄目でしたね。……ところで霧華さん」
「なんだ」
「ミケと俺、どっちが大事なんですか」
そう尋ねる三郎次の表情はあまりにも真剣なもので。
冷静で、取り乱した様子等は全くないがそう訊かれたのは初めてのことである。
「……選べと?」頭を悩ませ、こちらも真剣に考えた末に紅蓮はそう答えた。
どちらか一つに絞ることなど、到底できるはずもない。
「冗談ですよ」
「冗談に聞こえなかったが。……私にはどちらかなど選べぶことなど出来ない。大事なものは多い方が良いんだ。私にとっては、な」
「そんな所も含めて俺は霧華さんが好きです。これ、半分ずつ食べませんか」
「良いのか?」
「美味しいものは分け合った方がより美味しくなりますから」
まだ一つも摘んでいないのに。
そう笑えば「霧華さんが作ったもので不味いと思ったものないです」と自信満々の答えが返ってきた。