軽率なコラボシリーズ
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これも暇潰し
「仙蔵。お前本当に暇人だな」
霧華さんの呆れた声と嘆息が食堂の一角に留まった。
周囲には先輩たちが集まっている。
久々知さんは忙しそうに厨の中をあちらこちらと行き来していた。
「一つ賭けをしないか?」嫌味ったらしい微笑みを携えて俺にこう持ち掛けてきた立花先輩。
向こうからわざわざ話し掛けに来られたから、嫌な予感はしていたんだ。
その予感は見事的中した。
先日、久々知さんが視界を覆われた状態でどれが誰の手で、久々知先輩の手はどれか当てるゲームみたいなのを行ったそうで。
それを半ば強制的に遂行したのがこの立花先輩だ。霧華さんの言う通り暇人なんだなと本っ当にそう思う。
詰まる所、同じ内容のゲームをしないかと、俺たちに持ち掛けてきたわけである。
勿論、最初は断っていた。
「試してみたいと思わんのか」
「何を」
「夫婦の絆とやらを」
「今更過ぎる。私たちの絆は海より深い」
「大した自信だな」
海より深いだなんて。改めて口にされると、ちょっと気恥ずかしい。
でも、視界を奪われた状態で目的の人物を見つけ出す特技は役に立ちそうだな。
と、そんな事を考えていると立花先輩の狐みたいな目と、口元がにやりと弧を描いた。
「そこにいるお前の夫は気になっているようだが?」
ほんの僅か、瞬き一つほどの仕草に付け込まれてしまった。
振り向いた霧華さんは「そうなのか」と声の調子を落として聞いてきた。いや、全くそういうわけじゃないんですけど。
慌てて首を横に振ったことで更に助長してしまい。
「三郎次がそう言うのならば」とくだらない賭けに乗ってしまったというわけだ。
そして冒頭の呆れた霧華さんに戻る。
食堂の壁を背にした霧華さんを囲むお馴染みの顔ぶれ。
立花先輩が学園に来ていた先輩方に声を掛けて歩き、連れてきたという。
左から順に伊作先輩、食満先輩、立花先輩、そして何故か鉢屋先輩がいた。当然の如く不破先輩も来ているけれど、参加者ではなく外野で見守るに徹するそうだ。
「暇なら学園長先生のお使いやら忍務やらを引き受ければいいものを」
「明日から生徒の実習付き添いでな。今出来る暇潰しを欲している」
「暇潰しと言ったな」
「細かいことは気にするな。では先程話した通り行うぞ。一人でも間違えたらそこで終了だ」
賭けの内容はこうだ。
一、目隠しをした状態を保つ。
二、一人ずつ手を触り、その場で誰なのかを言い当てる。
三、制限時間は僅かなり。
四、間違えた時点で終了。
「私の時よりハードモードじゃん。……厳しくない?」
久々知さんの言う通りだ。考える暇を与えさせないという点が。
以前同じ様なことをやらされたという久々知さん。全員の手に触れてから回答権を得たと話していた。
似た手もある中、ぴたりと言い当てたのは流石というか。
「こいつは忍びだぞ。直ぐにわからんでどうする」
「一理あるな。頑張れよー紅蓮」
「大丈夫。君ならぴたりと当てられるよ」
「……全く。好き勝手に言いおって」そうぼやく霧華さんはお二人の応援に満更でもなさそうだった。
この中で一番気を揉んでいるのは、もしかしたら自分だけかもしれない。
白い鉢巻を手にした霧華さんがそれで目を覆う前に立花先輩の方を睨みつけた。
そのきつく鋭い眼差しは忍務の時のそれとよく似ていた。
「で、賭けの条件は」
「ああ、忘れていた」
「惚けるな。白々しい。以前条件を提示しなかった上に私を連れ回したこと、忘れたとは言わせんぞ」
やっぱりその時のこと、根に持っていらっしゃるようだ。
そりゃそうだ。伊助から聞いた話だと完全に狡いやり方だったんだから。
先輩はわざとらしく、惚けるように首を傾げて顎を擦って一思案巡らせている様子。
「どちらにせよ、お前は不運に見舞われたのだから負けは決まっていた。あの場で立ち尽くしていた後輩を見放すわけもなかろうに」
淡々と平坦な口調で連ねた先輩に対し、返事は何も聞こえない。
ただ、殺気が瞬矢の様に一つ飛んだ気もした。
そこで立花先輩の視線がこちらに向けられる。後生だからこの状態で巻き込まないでほしい。
「三郎次が知っておる。お前が全て言い当てて勝った場合と、一つでも外した場合と両方な」
「三郎次」
「は、はいっ!」応じた声が上ずってしまった。ほんの少し和らいでいてもその殺気は向けられるとちょっと、未だにコワイんですけど。
「それは本当に私たちにとって不利な条件ではないのだろうな」
「は、はい。な、なにも支障が出ないと判断した上で、承知しました」
「真か」
霧華さんの鋭い目が更にきつく細められた。
地を這うような声の調子に背筋が凍り付きそうになる。
不味い。冷や汗が背を伝ってきた。
「聞き方怖い」静まり返る場に久々知さんのぼそりと呟く声が目立つ。
怖くて当然ですよ。本気で切れる前の口調ですからこれ。
伊作先輩方も止めることなく傍観してらっしゃる。口元を引き攣らせながら。
「真です」
「池田くんもなんか畏まってるし」
「まあ、組んで動いているとはいえ紅蓮の方が実力共に上だからね」
「お喋りはその辺にしろ。そろそろ始めるぞ。ああ、それと各々気配は消すように。こいつは兎角気配を読むことに長けているからな」
「お前たちも気配で探られるなよ」そう念を押した立花先輩は鉢屋先輩の方へ振り返った。
「さて、では立花先輩も参加されるということなので。進行はこの私、鉢屋が務めさせていただきます。池田先輩準備はよろしいでしょうか」
「ああ」
霧華さんが鉢巻で目元を覆い隠す。僅かな光すら拒む様に固く結ばれた。
刹那、周囲の気配が一斉に消え去った。
「なんか、変な感じ。こんなに人がいるのに二人くらいしかいないみたい」
「雷蔵、お前まで気配を消すことはないんだぞ」
「なんかその方が良いかなと思って」
「まあ、良いか。よし、では一番手はりきってどうぞ!」
忍び足で音もなく近づいた立花先輩が霧華さんの前に立つ。
色素の薄い手が、霧華さんの手を取った。
手つきがいやらしい。 苛立ちが隠せない。
「三郎次」小声で伊作先輩に脇をつつかれた。わかってますよ。
ここで殺気駄々洩れにしたら相手が誰なのか勘付かれてしまう。
伊作先輩が俺の顔を見て苦笑いをしていた。
霧華さんはその手を掴み、手首に近い箇所に触れていた。
たったそれだけで分かったのか「仙蔵だな」と答えを導き出した。
「お見事。してその理由は」
「指の節、火傷の痕。この火傷の痕は五年の忍務時に負ったものだろ。……まだ消えていないのか」
「火傷はそう簡単には消えん。これはお前が同級生を庇い立てする真似を覚えたおかげで、この程度で済んだものだ」
「……そうだったな」
「さて、何やらしんみりな雰囲気にもなっておりますが。これ以上立花先輩が池田先輩の手を取っていると爆発しそうな者が一名おりますので。二番手どうぞ」
鉢屋先輩、余計な解説ですそれは。
立花先輩がつかつかと歩いて適当な場所に腰を下ろした。
その顔は少し不服にも見える。
二番手の伊作先輩に目配せが送られ、先輩がそっと霧華さんの手を取った。
その手を遠慮なく握り、指先と親指の付け根に触れた後「伊作」と迷いなく答えられた。
「流石だね、紅蓮」
「何年友人をやってると思ってる。お前の手を何度も引き上げたのは留三郎だけじゃないんだよ」
「そうでした。いつも有難う、紅蓮」
「固い絆で結ばれた友情、これは泣ける! 溢れた涙が手拭い何枚あっても足りそうにありません」
「鉢屋」
「これは失礼。では、三番手はりきってどうぞ!」
伊作先輩が離れたと同時に、厨の方から人が現れた。
気配を消して近づいてくるのは桜木先輩だ。
これには久々知さんが瞬きを何度も繰り返して、その背を目で追いかける。
久々知さんの何か物言いたげな様子に気づいたのか、桜木先輩が人差し指を立てて「黙ってるように」と笑みを浮かべていた。
飛び入り参加の件は全員存じている。霧華さん、久々知さんの二人を除いてだけど。
「この場にいる者だけを答えてもつまらん」という無茶苦茶な言い分だった。
勝率がそれだけで一気に下がるから、正直俺は納得していない。
「お前は紅蓮を信じられんのか」そう言われてしまって引き下がれなかっただけだ。
桜木先輩は躊躇もなく霧華さんの手をひょいと掴んだ。
それだけで何か気づいたのか、霧華さんの表情に変化が見受けられた。
手の平を返し、万遍なく触れる。
今までの中で一番長く触っていた。もしかして、迷っているのかしれない。
振り杖と六尺棒は同じ握り物だ。迷っても仕方がない。でも、そこまで迷うものなのか。
一抹の不安が過った直後、霧華さんが桜木先輩の手をがしりと掴んだ。
まるで握手をするかのような形で。
「……桜木先輩、ですね?」
「御名答。よくわかったね」
「ちっ」
「立花くんから舌打ちが」
「おい仙蔵。目に見えない相手を混ぜるな」
「さっき仙蔵に声を掛けられてね。面白そうだから飛び入りで参加を」
食堂の厨にずっと身を隠していたことに霧華さんは気づいていなかったようだ。
一つ上の先輩というだけで、実力差を感じる。
「上には上がいる。それを肝に銘じておくように」霧華さんに何度も言われてきた言葉だ。
「それにしてもよくわかった。武器の系統は似ているし、豆の出来る場所も大差ないというのに」
「正直それは似通っていました。しかし手の厚み、返し具合が違う。あとは体温ですね。三郎次の方がもう少し高い」
「池田くん子ども体温なんだ」
「誰が子どもですか」
「それと、昔助けて頂いたことを思い出して確信を。落とし穴に落ち、咲之助と共に途方に暮れていた時に引き上げてもらいました」
「ああ、泣きべそをかいていたね」
「あれは、私の不注意であいつに捻挫をさせてしまったからで」
「積もる話もあるでしょうが、後が詰まってますので次行きますよー」
四番手に久々知さんが呼ばれた。
手と足が同時に出てるんですけど、大丈夫ですか。
そして顔も大変強張ってますけど。
ゆっくり時間をかけ、恐らく本人は足音を立てないようにそろそろと歩いてきたつもりなんだろう。
霧華さんの前に着いた久々知さんが両手で霧華さんの手に触れる。
その手を軽く握った後、微妙な間が生まれた。
「で、何故不二子さんまで混ざるんです」
「その方が面白いからって……立花くんに」
「仙蔵」
「こうも男が揃う中で間違うような阿呆ではないと思ってな」
「そういう問題じゃない。不二子さんも手が荒れていますよ。あかぎれができている。早めに軟膏を塗ってください」
「……潮江のこと言えない」
「それと、気配を消すというのは息を止めることだけではありませんからね」
「そうなの?」
「息を顰めるのは基本ですが、他にもあります」
忍者って難しい。そうぼやいた久々知さんがとぼとぼと離れていく。
緊張からして出たのもあるんだろうけど、確かに久々知さんの気配はそのまんまだった。
そしていつの間にか来ていた久々知先輩と目が合う。
気配は完全に消して、こっそりと食堂に忍び込むようにしてそこにいた。
久々知さんをちょいちょいと手招きで呼び、二人仲良く並んで座ったのは最早いつものこと。
「それでは五番手。どうぞ」
俺の番だ。
無駄な緊張が走る。
焦りを察せられるわけにはいかない。
大丈夫。今まで全員ピタリと当ててきたんだ。
霧華さんの前に立ち、右手に触れようと手を伸ばす。
指先が触れるか触れないか。その寸前に霧華さんの方から俺の手を掴んできた。
ぎゅっと包み込むように握られた指先。指の背を親指がそっと撫でてくる。
「三郎次だな」と自分の名を迷いなく、優しい声で紡がれたことに安堵を覚えた。
「良かった」
「私が外すとでも思っていたのか」
「俺は霧華さんを信じてましたよ」
「……お前たちは本当につまらんな」
「そのつまらん戯に乗せられてやったんだ。少しは感謝しろ。で、あと一人はどうする」
「消去法で誰かわかっちゃいますよね」
その場にいた全員が食満先輩の方を見た。
出番を控えていた食満先輩は肩を竦めて笑う。
「紅蓮ならそうでなくともわかるだろ」
「違いないね。飛び入り参加は桜木先輩と久々知さんだけだし」
「なら終わりで良いな」
鉢巻をしゅるりと解いた霧華さんは眩しそうにその目を細めていた。
食堂の席で久々知さんを膝に抱えている先輩を見て、何か言いたそうにもしていた。
「それで、賭けの条件は何だったんだ」
「霧華さんが間違わずに答えられたら、立花先輩がその……ちょっかいかけるのを控えてくれると」
「……間違えたら?」
「お前のことを桜木先輩から実名で呼んでもらう、と提示した」
「ワケのわからないことで勝敗を賭けるな。先輩も仙蔵の暇潰しに興を示さないでください」
久々知先輩が御内儀の背に額を押し付けて、腕を回して抱きしめている。
それを「仲が良い」と少々呆れ気味に零した桜木先輩。
こちらに目をくれて「悪かった」そう微笑むこの人はどこか食えない気がする。
小さな溜息が俺の耳に届く。
目頭を揉む霧華さんは「疲れた」と一言。
無理もない。相当気を張り詰めていたんだろうから。
「お茶、淹れてきますね」
「有難……っ?!」
刹那、霧華さんの動きが止まった。
その次にはバッと後ろを振り返る。結われた後ろ髪が大きく揺れ動く。
背後は壁のみ。何があったのかと尋ねるも、目を見開いたまま暫く壁を見つめていた。
「どうかされたんですか」
「……今、誰かに目を塞がれた」
「え」
周囲がどよめいた。
霧華さんが立つ後方は壁、しかも人が立つ余裕など全くないのだ。
無論、俺がふざけて目隠しをしたというわけでもない。
つまり、これを意味するのは。
人ならざる者の仕業。
「……冬に怖い話やめてぇ」
「仙蔵。お前本当に暇人だな」
霧華さんの呆れた声と嘆息が食堂の一角に留まった。
周囲には先輩たちが集まっている。
久々知さんは忙しそうに厨の中をあちらこちらと行き来していた。
「一つ賭けをしないか?」嫌味ったらしい微笑みを携えて俺にこう持ち掛けてきた立花先輩。
向こうからわざわざ話し掛けに来られたから、嫌な予感はしていたんだ。
その予感は見事的中した。
先日、久々知さんが視界を覆われた状態でどれが誰の手で、久々知先輩の手はどれか当てるゲームみたいなのを行ったそうで。
それを半ば強制的に遂行したのがこの立花先輩だ。霧華さんの言う通り暇人なんだなと本っ当にそう思う。
詰まる所、同じ内容のゲームをしないかと、俺たちに持ち掛けてきたわけである。
勿論、最初は断っていた。
「試してみたいと思わんのか」
「何を」
「夫婦の絆とやらを」
「今更過ぎる。私たちの絆は海より深い」
「大した自信だな」
海より深いだなんて。改めて口にされると、ちょっと気恥ずかしい。
でも、視界を奪われた状態で目的の人物を見つけ出す特技は役に立ちそうだな。
と、そんな事を考えていると立花先輩の狐みたいな目と、口元がにやりと弧を描いた。
「そこにいるお前の夫は気になっているようだが?」
ほんの僅か、瞬き一つほどの仕草に付け込まれてしまった。
振り向いた霧華さんは「そうなのか」と声の調子を落として聞いてきた。いや、全くそういうわけじゃないんですけど。
慌てて首を横に振ったことで更に助長してしまい。
「三郎次がそう言うのならば」とくだらない賭けに乗ってしまったというわけだ。
そして冒頭の呆れた霧華さんに戻る。
食堂の壁を背にした霧華さんを囲むお馴染みの顔ぶれ。
立花先輩が学園に来ていた先輩方に声を掛けて歩き、連れてきたという。
左から順に伊作先輩、食満先輩、立花先輩、そして何故か鉢屋先輩がいた。当然の如く不破先輩も来ているけれど、参加者ではなく外野で見守るに徹するそうだ。
「暇なら学園長先生のお使いやら忍務やらを引き受ければいいものを」
「明日から生徒の実習付き添いでな。今出来る暇潰しを欲している」
「暇潰しと言ったな」
「細かいことは気にするな。では先程話した通り行うぞ。一人でも間違えたらそこで終了だ」
賭けの内容はこうだ。
一、目隠しをした状態を保つ。
二、一人ずつ手を触り、その場で誰なのかを言い当てる。
三、制限時間は僅かなり。
四、間違えた時点で終了。
「私の時よりハードモードじゃん。……厳しくない?」
久々知さんの言う通りだ。考える暇を与えさせないという点が。
以前同じ様なことをやらされたという久々知さん。全員の手に触れてから回答権を得たと話していた。
似た手もある中、ぴたりと言い当てたのは流石というか。
「こいつは忍びだぞ。直ぐにわからんでどうする」
「一理あるな。頑張れよー紅蓮」
「大丈夫。君ならぴたりと当てられるよ」
「……全く。好き勝手に言いおって」そうぼやく霧華さんはお二人の応援に満更でもなさそうだった。
この中で一番気を揉んでいるのは、もしかしたら自分だけかもしれない。
白い鉢巻を手にした霧華さんがそれで目を覆う前に立花先輩の方を睨みつけた。
そのきつく鋭い眼差しは忍務の時のそれとよく似ていた。
「で、賭けの条件は」
「ああ、忘れていた」
「惚けるな。白々しい。以前条件を提示しなかった上に私を連れ回したこと、忘れたとは言わせんぞ」
やっぱりその時のこと、根に持っていらっしゃるようだ。
そりゃそうだ。伊助から聞いた話だと完全に狡いやり方だったんだから。
先輩はわざとらしく、惚けるように首を傾げて顎を擦って一思案巡らせている様子。
「どちらにせよ、お前は不運に見舞われたのだから負けは決まっていた。あの場で立ち尽くしていた後輩を見放すわけもなかろうに」
淡々と平坦な口調で連ねた先輩に対し、返事は何も聞こえない。
ただ、殺気が瞬矢の様に一つ飛んだ気もした。
そこで立花先輩の視線がこちらに向けられる。後生だからこの状態で巻き込まないでほしい。
「三郎次が知っておる。お前が全て言い当てて勝った場合と、一つでも外した場合と両方な」
「三郎次」
「は、はいっ!」応じた声が上ずってしまった。ほんの少し和らいでいてもその殺気は向けられるとちょっと、未だにコワイんですけど。
「それは本当に私たちにとって不利な条件ではないのだろうな」
「は、はい。な、なにも支障が出ないと判断した上で、承知しました」
「真か」
霧華さんの鋭い目が更にきつく細められた。
地を這うような声の調子に背筋が凍り付きそうになる。
不味い。冷や汗が背を伝ってきた。
「聞き方怖い」静まり返る場に久々知さんのぼそりと呟く声が目立つ。
怖くて当然ですよ。本気で切れる前の口調ですからこれ。
伊作先輩方も止めることなく傍観してらっしゃる。口元を引き攣らせながら。
「真です」
「池田くんもなんか畏まってるし」
「まあ、組んで動いているとはいえ紅蓮の方が実力共に上だからね」
「お喋りはその辺にしろ。そろそろ始めるぞ。ああ、それと各々気配は消すように。こいつは兎角気配を読むことに長けているからな」
「お前たちも気配で探られるなよ」そう念を押した立花先輩は鉢屋先輩の方へ振り返った。
「さて、では立花先輩も参加されるということなので。進行はこの私、鉢屋が務めさせていただきます。池田先輩準備はよろしいでしょうか」
「ああ」
霧華さんが鉢巻で目元を覆い隠す。僅かな光すら拒む様に固く結ばれた。
刹那、周囲の気配が一斉に消え去った。
「なんか、変な感じ。こんなに人がいるのに二人くらいしかいないみたい」
「雷蔵、お前まで気配を消すことはないんだぞ」
「なんかその方が良いかなと思って」
「まあ、良いか。よし、では一番手はりきってどうぞ!」
忍び足で音もなく近づいた立花先輩が霧華さんの前に立つ。
色素の薄い手が、霧華さんの手を取った。
手つきがいやらしい。 苛立ちが隠せない。
「三郎次」小声で伊作先輩に脇をつつかれた。わかってますよ。
ここで殺気駄々洩れにしたら相手が誰なのか勘付かれてしまう。
伊作先輩が俺の顔を見て苦笑いをしていた。
霧華さんはその手を掴み、手首に近い箇所に触れていた。
たったそれだけで分かったのか「仙蔵だな」と答えを導き出した。
「お見事。してその理由は」
「指の節、火傷の痕。この火傷の痕は五年の忍務時に負ったものだろ。……まだ消えていないのか」
「火傷はそう簡単には消えん。これはお前が同級生を庇い立てする真似を覚えたおかげで、この程度で済んだものだ」
「……そうだったな」
「さて、何やらしんみりな雰囲気にもなっておりますが。これ以上立花先輩が池田先輩の手を取っていると爆発しそうな者が一名おりますので。二番手どうぞ」
鉢屋先輩、余計な解説ですそれは。
立花先輩がつかつかと歩いて適当な場所に腰を下ろした。
その顔は少し不服にも見える。
二番手の伊作先輩に目配せが送られ、先輩がそっと霧華さんの手を取った。
その手を遠慮なく握り、指先と親指の付け根に触れた後「伊作」と迷いなく答えられた。
「流石だね、紅蓮」
「何年友人をやってると思ってる。お前の手を何度も引き上げたのは留三郎だけじゃないんだよ」
「そうでした。いつも有難う、紅蓮」
「固い絆で結ばれた友情、これは泣ける! 溢れた涙が手拭い何枚あっても足りそうにありません」
「鉢屋」
「これは失礼。では、三番手はりきってどうぞ!」
伊作先輩が離れたと同時に、厨の方から人が現れた。
気配を消して近づいてくるのは桜木先輩だ。
これには久々知さんが瞬きを何度も繰り返して、その背を目で追いかける。
久々知さんの何か物言いたげな様子に気づいたのか、桜木先輩が人差し指を立てて「黙ってるように」と笑みを浮かべていた。
飛び入り参加の件は全員存じている。霧華さん、久々知さんの二人を除いてだけど。
「この場にいる者だけを答えてもつまらん」という無茶苦茶な言い分だった。
勝率がそれだけで一気に下がるから、正直俺は納得していない。
「お前は紅蓮を信じられんのか」そう言われてしまって引き下がれなかっただけだ。
桜木先輩は躊躇もなく霧華さんの手をひょいと掴んだ。
それだけで何か気づいたのか、霧華さんの表情に変化が見受けられた。
手の平を返し、万遍なく触れる。
今までの中で一番長く触っていた。もしかして、迷っているのかしれない。
振り杖と六尺棒は同じ握り物だ。迷っても仕方がない。でも、そこまで迷うものなのか。
一抹の不安が過った直後、霧華さんが桜木先輩の手をがしりと掴んだ。
まるで握手をするかのような形で。
「……桜木先輩、ですね?」
「御名答。よくわかったね」
「ちっ」
「立花くんから舌打ちが」
「おい仙蔵。目に見えない相手を混ぜるな」
「さっき仙蔵に声を掛けられてね。面白そうだから飛び入りで参加を」
食堂の厨にずっと身を隠していたことに霧華さんは気づいていなかったようだ。
一つ上の先輩というだけで、実力差を感じる。
「上には上がいる。それを肝に銘じておくように」霧華さんに何度も言われてきた言葉だ。
「それにしてもよくわかった。武器の系統は似ているし、豆の出来る場所も大差ないというのに」
「正直それは似通っていました。しかし手の厚み、返し具合が違う。あとは体温ですね。三郎次の方がもう少し高い」
「池田くん子ども体温なんだ」
「誰が子どもですか」
「それと、昔助けて頂いたことを思い出して確信を。落とし穴に落ち、咲之助と共に途方に暮れていた時に引き上げてもらいました」
「ああ、泣きべそをかいていたね」
「あれは、私の不注意であいつに捻挫をさせてしまったからで」
「積もる話もあるでしょうが、後が詰まってますので次行きますよー」
四番手に久々知さんが呼ばれた。
手と足が同時に出てるんですけど、大丈夫ですか。
そして顔も大変強張ってますけど。
ゆっくり時間をかけ、恐らく本人は足音を立てないようにそろそろと歩いてきたつもりなんだろう。
霧華さんの前に着いた久々知さんが両手で霧華さんの手に触れる。
その手を軽く握った後、微妙な間が生まれた。
「で、何故不二子さんまで混ざるんです」
「その方が面白いからって……立花くんに」
「仙蔵」
「こうも男が揃う中で間違うような阿呆ではないと思ってな」
「そういう問題じゃない。不二子さんも手が荒れていますよ。あかぎれができている。早めに軟膏を塗ってください」
「……潮江のこと言えない」
「それと、気配を消すというのは息を止めることだけではありませんからね」
「そうなの?」
「息を顰めるのは基本ですが、他にもあります」
忍者って難しい。そうぼやいた久々知さんがとぼとぼと離れていく。
緊張からして出たのもあるんだろうけど、確かに久々知さんの気配はそのまんまだった。
そしていつの間にか来ていた久々知先輩と目が合う。
気配は完全に消して、こっそりと食堂に忍び込むようにしてそこにいた。
久々知さんをちょいちょいと手招きで呼び、二人仲良く並んで座ったのは最早いつものこと。
「それでは五番手。どうぞ」
俺の番だ。
無駄な緊張が走る。
焦りを察せられるわけにはいかない。
大丈夫。今まで全員ピタリと当ててきたんだ。
霧華さんの前に立ち、右手に触れようと手を伸ばす。
指先が触れるか触れないか。その寸前に霧華さんの方から俺の手を掴んできた。
ぎゅっと包み込むように握られた指先。指の背を親指がそっと撫でてくる。
「三郎次だな」と自分の名を迷いなく、優しい声で紡がれたことに安堵を覚えた。
「良かった」
「私が外すとでも思っていたのか」
「俺は霧華さんを信じてましたよ」
「……お前たちは本当につまらんな」
「そのつまらん戯に乗せられてやったんだ。少しは感謝しろ。で、あと一人はどうする」
「消去法で誰かわかっちゃいますよね」
その場にいた全員が食満先輩の方を見た。
出番を控えていた食満先輩は肩を竦めて笑う。
「紅蓮ならそうでなくともわかるだろ」
「違いないね。飛び入り参加は桜木先輩と久々知さんだけだし」
「なら終わりで良いな」
鉢巻をしゅるりと解いた霧華さんは眩しそうにその目を細めていた。
食堂の席で久々知さんを膝に抱えている先輩を見て、何か言いたそうにもしていた。
「それで、賭けの条件は何だったんだ」
「霧華さんが間違わずに答えられたら、立花先輩がその……ちょっかいかけるのを控えてくれると」
「……間違えたら?」
「お前のことを桜木先輩から実名で呼んでもらう、と提示した」
「ワケのわからないことで勝敗を賭けるな。先輩も仙蔵の暇潰しに興を示さないでください」
久々知先輩が御内儀の背に額を押し付けて、腕を回して抱きしめている。
それを「仲が良い」と少々呆れ気味に零した桜木先輩。
こちらに目をくれて「悪かった」そう微笑むこの人はどこか食えない気がする。
小さな溜息が俺の耳に届く。
目頭を揉む霧華さんは「疲れた」と一言。
無理もない。相当気を張り詰めていたんだろうから。
「お茶、淹れてきますね」
「有難……っ?!」
刹那、霧華さんの動きが止まった。
その次にはバッと後ろを振り返る。結われた後ろ髪が大きく揺れ動く。
背後は壁のみ。何があったのかと尋ねるも、目を見開いたまま暫く壁を見つめていた。
「どうかされたんですか」
「……今、誰かに目を塞がれた」
「え」
周囲がどよめいた。
霧華さんが立つ後方は壁、しかも人が立つ余裕など全くないのだ。
無論、俺がふざけて目隠しをしたというわけでもない。
つまり、これを意味するのは。
人ならざる者の仕業。
「……冬に怖い話やめてぇ」