番外編
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補う
「伊作。入るぞ」
私は隣の部屋に訪れ、一つ声を掛けてから戸を静かに引いた。
室内には顔の半分を覆った伊作のみ。留三郎の姿はない。厠、とは考え難かった。
伊作の前には包帯、丸薬などの薬が広げられている。
明朝に学園を発つ準備を整えているようだった。
「紅蓮。怪我の具合は」
「大丈夫だ。心臓と肺の横を掠めてくれたおかげで、呼吸も正常だ」
先刻に負った怪我の程度を訊かれたのでそう答えてやれば、包帯に隠れていない右目が訝し気に細められる。
投げた石と手裏剣が尽くお前に跳ね返ってきたんだ。そちらの方がだいぶ心配なんだが。
私の胴体左側に突き刺さった棒手裏剣の痕は適切な処置が既に施されていた。左肩にも同様の傷を負いもしたが、問題なく動かすことができる。神経に深々と刺さらなかったのが不幸中の幸いだ。
この程度の痛み、堪えればいいだけの話。あの子の、きり丸の心中と比べれば。否、私の傷など比べものにならぬ。
「留三郎は」
「眠れないからひとっ走り行ってくるってさ。……気持ちは、分からなくもない」
萎むその声。
普段は「絶対安静に!」と口を酸っぱくして物を言う友人が、あんな台詞を宣ったのだ。
今しがたの山田先生とのやり取りを思い出した私はふっと吐息を零した。
「どうしたの」
「山田先生も保健委員の伊作にあんなこと言われるとは思ってなかったんだろうな。らしくなかった」
「それは、そうだろ。紅蓮だって「このまま引き下がるわけには参りません」って留三郎と一緒に食い下がってたじゃないか」
「あの場にいた者は全員同じ気持ちだ」
誰もが同じ答えを持ち合わせていた。
必ずや土井先生を取り戻すと。
「今夜はここで休ませてくれ」一人部屋に居ては考え事が深くなってしまう。そう言って私は壁際に腰を下ろした。
伊作の左顔は包帯に覆われていて表情は見えずにいる。
「うん。今夜はみんなで一緒にいよう。……どうかした?」
こちらに顔を振り向かせた角度はいつもよりも広い。
その包帯が解かれたとしても、腫れた目で捉える範囲は限られてしまう。
昨日の今日で作られてしまった死角。目を慣らすには時間を要するが故に、死の足音も近くなる。
「左側の視界が悪くなるだろ、それだと。包帯が解かれたとしても」
「まあ、仕方ないさ。注意を怠らなければ問題ない」
「それでも補いきれない場面が出てくる。伊作。私がお前の左目になる」
誰一人として、落とさせやしない。絶対に。
伊作は私の顔を見たまま暫く無言を貫いていた。
そして右手に掴む包帯をぐっと握りしめ、軽く一度頷いてみせた。
「わかった。頼むよ、紅蓮」
「任せろ」
「土井先生を必ず、取り戻そう」
「ああ」
「伊作。入るぞ」
私は隣の部屋に訪れ、一つ声を掛けてから戸を静かに引いた。
室内には顔の半分を覆った伊作のみ。留三郎の姿はない。厠、とは考え難かった。
伊作の前には包帯、丸薬などの薬が広げられている。
明朝に学園を発つ準備を整えているようだった。
「紅蓮。怪我の具合は」
「大丈夫だ。心臓と肺の横を掠めてくれたおかげで、呼吸も正常だ」
先刻に負った怪我の程度を訊かれたのでそう答えてやれば、包帯に隠れていない右目が訝し気に細められる。
投げた石と手裏剣が尽くお前に跳ね返ってきたんだ。そちらの方がだいぶ心配なんだが。
私の胴体左側に突き刺さった棒手裏剣の痕は適切な処置が既に施されていた。左肩にも同様の傷を負いもしたが、問題なく動かすことができる。神経に深々と刺さらなかったのが不幸中の幸いだ。
この程度の痛み、堪えればいいだけの話。あの子の、きり丸の心中と比べれば。否、私の傷など比べものにならぬ。
「留三郎は」
「眠れないからひとっ走り行ってくるってさ。……気持ちは、分からなくもない」
萎むその声。
普段は「絶対安静に!」と口を酸っぱくして物を言う友人が、あんな台詞を宣ったのだ。
今しがたの山田先生とのやり取りを思い出した私はふっと吐息を零した。
「どうしたの」
「山田先生も保健委員の伊作にあんなこと言われるとは思ってなかったんだろうな。らしくなかった」
「それは、そうだろ。紅蓮だって「このまま引き下がるわけには参りません」って留三郎と一緒に食い下がってたじゃないか」
「あの場にいた者は全員同じ気持ちだ」
誰もが同じ答えを持ち合わせていた。
必ずや土井先生を取り戻すと。
「今夜はここで休ませてくれ」一人部屋に居ては考え事が深くなってしまう。そう言って私は壁際に腰を下ろした。
伊作の左顔は包帯に覆われていて表情は見えずにいる。
「うん。今夜はみんなで一緒にいよう。……どうかした?」
こちらに顔を振り向かせた角度はいつもよりも広い。
その包帯が解かれたとしても、腫れた目で捉える範囲は限られてしまう。
昨日の今日で作られてしまった死角。目を慣らすには時間を要するが故に、死の足音も近くなる。
「左側の視界が悪くなるだろ、それだと。包帯が解かれたとしても」
「まあ、仕方ないさ。注意を怠らなければ問題ない」
「それでも補いきれない場面が出てくる。伊作。私がお前の左目になる」
誰一人として、落とさせやしない。絶対に。
伊作は私の顔を見たまま暫く無言を貫いていた。
そして右手に掴む包帯をぐっと握りしめ、軽く一度頷いてみせた。
「わかった。頼むよ、紅蓮」
「任せろ」
「土井先生を必ず、取り戻そう」
「ああ」