軽率なコラボシリーズ
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全校一斉料理テストの段(後編)
「……と言うわけで、味噌を分けてやってもいいだろうか」
「お願いします食満先輩」
散策から戻ってきた紅蓮は一人ではなく、後輩の池田三郎次を連れていた。
三郎次の浮かない顔からして、何か良くないことでも起きたのだろうと察しはしたが。事情を聞いた俺は口から思わず「不運だな」と言葉が出るところだった。
「転んで吹っ飛ばした味噌が上手いこと鍋に落ちるなんて、ある意味狙ってやったと思われても仕方ないな」
「違います! ……僕が慌てたせいで、急がせたから左近が転んでしまって」
段々と頭を項垂れた三郎次はまるで叱られた仔犬のようだった。
友人である紅蓮はこんな風に悲しんだ姿を放っておけるはずがない。そして俺もそういった性格だと知っている上でここに連れてきたんだろう。
幸い味噌は余っている。まあ、余っていなくとも味噌を探しに奔走するだろうな俺たちなら。
友人はしょげた三郎次の頭をぽんぽんと優しく撫でていた。
「味噌は分けても構わんが」
「本当ですかっ!」
頭を上げた三郎次は複雑な面持ちでいた。望みが叶った嬉しさと、怒られるのではないかという恐怖の色。
そこで矢羽音が一つ俺の耳に飛んできた。
――お前に怒鳴られるんじゃないかと怖がっていたんだ。留三郎は日頃から厳しいからな。
俺は頭をガシガシと乱暴に掻いた。
矢羽音を飛ばしてきた友人は「良かったな三郎次」と笑いかけている。
「食満先輩、ありがとうございます!」
「丁度余ってたからな。豚汁に使うぐらいならそれで足りるだろう。壺ごと持っていくといい」
「ありがとうございます! ……でも、肉じゃがに味噌なんて使ったんですか?」
確かに不思議だと首を傾げるのは御尤も。
肉じゃがに味噌は普通使われていない。そう、だからこそこれが隠し味なんじゃないかと睨んだ。
しかし、その味噌を入れた後でも俺たちは揃って浮かない表情だった。
「今一つだな。手順、材料の切り方は違わない。伊作の不運もなかった。……何が足りないんだ」
眉を寄せ、真剣に悩む紅蓮の横で伊作が苦笑いを浮かべていた。
確かに、何の不運もなくここまで順調に事が進められたのは奇跡に近い。
材料を運ぶ途中で転んだり、烏や鼠に食材をかっぱらわれたりもせず、それこそ思ってもいない調味料を鍋にぶち込んだりする事態は起きなかった。
肉じゃがの鍋を前に三郎次は「良い匂いですね」と頬を緩めた。
「三郎次」
「はい」
「味噌を分ける代わりと言ってはなんだが」
「は、はいっ」
「味見をしてくれないか」
交換条件にと俺が提示した内容。それを聞いた途端に強張っていた三郎次の顔が「へ?」と気の抜けた物に変わった。
俺が一体どれだけ理不尽な難題を突き付けてくるとでも思ったのか。これが俺ではなく、紅蓮であればここまで緊張しなかったんだろうな。
「味見しても良いんですか?」
「だいぶ行き詰まっちまってな。別の視点から意見を聞きたい所だったんだ」
「そうだな。一つ頼まれてくれないか三郎次」
「そりゃあもう、喜んで引き受けます!」
三郎次の表情が打って変わった。
まさに鶴の一声とでも言おうか。紅蓮の言う事は何でも聞いてしまいそうだなこいつ。それだけ信頼しているんだろうけど。
三郎次に少量の肉じゃがを盛り付けた器と箸を渡し、味の感想を静かに待つ。
「芋がほくほくしてます。すごく美味しいです」
その感想を聞くなり、今度は紅蓮の表情が柔らかくなった。
まるで弟を見る様に優しい目をしている。一人っ子だから弟みたいな存在が欲しかったのかもしれない。この一年で本当にそう思った。
「そうか」
「優しい味がします。……でも、言いにくいんですけどおばちゃんの肉じゃがではないかも」
「そうなんだよなぁ。そこでだ、お前は何が足りないと思う」
「うーん」
口をへの字に曲げた三郎次が天を仰いだ。
「旨味……でしょうか。甘さや塩加減はちょうど良さそうだし、それ以外に考えられるのってそれかなぁと」
「旨味か」
「出汁はしっかり取ったんだがな」
腕を組んだ紅蓮は「やはりおばちゃんの味は一筋縄ではいかないか」と細い眉根を寄せた。
悩むその姿を見た三郎次もどこか申し訳なさそうに肩を竦めてしまった。
「すみません。なんだか余計に悩ませてしまったみたいで」
「いや。貴重な意見だったよ。有難う三郎次」
「少しでもお役に立てたなら、良かったです。あ、でもこれだけは言えます!」
空になった器は汁一滴も残さないぐらいで。
「すっごく美味しかったです!」
笑顔でそう言ったもんだから、紅蓮もそれに釣られるようにしてにこにこ顔になる。
まったく、幸せそうに笑いやがって。
「後で私も三郎次たちが作った豚汁を頂いても良いだろうか」
「はい! お待ちしてます。葉月先輩、食満先輩お味噌分けていただいて、本当にありがとうございました!」
「気をつけて持っていけよ。転んだら二の舞だ」
「大丈夫です。火薬壺を運ぶ時みたいに、慎重に持っていきます」
例えが巧妙すぎて笑ってしまうところだった。
それなら心配は要らなさそうだな。
味噌の壺をしっかりと腕に抱えた三郎次を見送ったはいいが、伊作が戻ってこないな。
さっき一年生が火傷をしたからと手当てに向かったんだが。まあ、伊作のことだから次々と出た負傷者の手当てに追われているんだろう。逆に大怪我をしてこなけりゃいいんだが。
「それにしてもだ」
「ん?」
「紅蓮。お前、顔が緩みすぎだぞ」
いつまでもご機嫌に微笑んでいる同級生に視線をちらとくれてやった。
普段はきりっとしていて「カッコいい」とくノ一教室や町娘に黄色い声を向けられているというのに。後輩に関することに対してはこれだ。
「ああ、つい。褒められたのが嬉しかったんだ」
「……お前、後輩バカに拍車がかかってないか?」
「留三郎だって委員会の後輩たちに褒められたら嬉しいだろ」
「それは、まあ」
そう訊ねられた俺は言い返せなかった。
後輩たちがとびきりの笑顔で「食満先輩が作られた肉じゃが、とっても美味しいです!」「ほっぺが落ちちゃいそうです!」なんて言われた日には。笑顔が綻ぶ。
「テストが終わったら私は火薬委員会の後輩が作った料理を食べに行こうと思う。留三郎はどうする」
「俺も用具委員会の後輩たちの所に行ってくるつもりだ。……あ、そういや」
「どうした」
「さっき兵助の所でなんかバタバタしてたぞ。塩がどうのこうのと。不二子さんも忙しそうにしていたし」
生姜ご飯のレシピを引き当てたと人伝に聞いたが、あの慌ただしさは問題が起きたと踏んでいる。
「ふむ。……何かあったのか。兵助は日頃から豆腐料理を作っているし、煮炊きでヘマはしないと思うんだが」
「塩一摘みのところを一掴み入れたとか?」
「咲じゃあるまいし」
紅蓮はそう言って静かに笑いを零した。
互いの脳裏に共通の〝ある思い出〟が浮かぶ。
あれは一年次の夏のことだ。
今の様にみんなで煮炊きをしていた。味付け担当だった咲之助が事もあろうか、手の平で目一杯に掴んだ塩を鍋に投入。
「それは多いだろ!」とツッコミを入れる者が誰も居らず。というよりは、俺たちが目を離した隙に起きた不運であった。
時は既に遅し。満足げな咲之助が手についた塩を払っていた。訝しんだ紅蓮が訊いたことによって判明したのだ。
『咲。……塩、何杯入れたんだ』
『え、一掴み入れたよ? そのぐらいが丁度いいかなーって』
『いや、一掴みは入れすぎだろ!?』
『っ……しょっぱぁい!』
あの時は結局水や野菜を足しに足して、てんこ盛りに出来上がったんだよな。
教師になったばかりの土井先生もこれには苦笑いを浮かべていた。
俺はちらと隣の様子を窺い見た。
懐かしそうに目を細めた紅蓮は微笑を静かに携えていた。
◇
「美味しい。けど、豚汁に豆腐は入ってません。残念!」
おばちゃんと不二子さんに試食してもらった評価はそこそこであったと三郎次は話してくれた。肩をがっくりと落としながら。
私はその肩をぽんぽんと慰めるように叩く。
「違いを見極める勉強になったと思えばいいさ」
「……はい」
「おかしいと思ったんだよな。三郎次がレシピ見てる時に首を傾げてたから」
「久々知先輩が作っていた豚汁には入ってたんだよ。だから材料が書かれてないのがおかしいなぁと思ったんだ」
「そういうことは先に僕たちに相談しろよな。……まあ、転んで味噌の壺を吹っ飛ばしちゃった僕もあれだけど」
あわや言い争いになるかと思いきや。お互い様だと一件落着。
これには感心する。爪の垢を煎じて留三郎に飲ませてやりたいぐらいだ。
二年い組の三人は「この豚汁、魚介の出汁がきいてて美味い」と笑顔も浮かべていた。
それはそうと、川西が吹っ飛ばした味噌の壺が二年は組の鍋に落下したわけだが。
この件に関しては事無きを得ていることを記しておこう。
課題の料理とは異なるものが出来上がったとはいえ、おばちゃんと不二子さんには好評であった。
「これ美味しい! このアレンジいけそう。おばちゃん今度これ食堂で出してもいいですか」
「いいわよ。味噌を入れるとこんな風になるのねぇ」
こんな感じでにこにこ顔ではいたが、テスト自体の減点は免られなかった。
あくまで我々に課されたお題は"二人の料理を再現すること"だからな。
「左近たちが作った豚汁、とっても美味しいねぇ」
豚汁を食べに来た時友が笑顔の花を咲かせている。
料理を台無しにされたことに激怒するかと心配をするも杞憂に終わった。
「時友の言う通りこの豚汁は美味いよ。お世辞なしにな」
「ありがとうございます! 先輩たちがお作りになった肉じゃがも最高でした。また食べたいくらいです」
「機会があればまた作ろう。兵助に相談して次の豆腐パーティーでそれぞれ振舞うのも良さそうだ」
もはや恒例となりつつある火薬委員会の面々で行う豆腐パーティー。主催は言わずもがな、豆腐小僧と呼ばれる五年い組の久々知兵助。
早速明日にでも提案を持ちかけてみるか。煮炊きの勉強にもなるし。
「それにしても」と能勢、川西がお椀の中を覗き込んだ。
そこには雑炊がよそられていた。本来は生姜ご飯だったもの。
主食である穀物のレシピが当たった組はどうやら兵助の所しかなかったので、皆期待をしていたのだが。
どうやら塩と昆布を入れ過ぎたらしく、味を調え生まれ変わったのが根菜と卵の雑炊。これはこれで美味い。不二子さん監修なだけはある。
「生姜ご飯を期待していたのですが、雑炊になってしまって残念です」
「結局汁物ばっかりだもんなぁ」
「塩昆布を塩と昆布で読み違えてしまったそうだ」
「塩を一掴みも入れるなんて、普通に考えたら有り得ないですよ。どうして久々知先輩ともあろう方が気づかなかったんでしょうか」
兵助の場合は色々考えた末にそうなったのだろう。
直感的に行動を起こしたあいつとは違って。まあでも、稀にいるのかもしれないな。
「この雑炊も美味いじゃないか。皆にも好評のようだし」
終わりよければすべて良し。
テストの結果がどうであれ、温かい飯を大勢で食べるのは賑やかで良いものだよ。
◇◆◇
後日、私はこんな話を耳にした。
兵助が料理テストの際に使用したレシピを一年や三年から回収していたと。それも不二子さんのレシピだけを。
テストの成績が最下位だったのが余程悔しかったのだろうか。難読な字を読み解いて料理の再現を個人的に試みるつもりなのか。
熱心なのは良いが、レシピを回収した際に「やけに嬉しそうな顔でしたよ」という話が頭に引っ掛かった。
「……と言うわけで、味噌を分けてやってもいいだろうか」
「お願いします食満先輩」
散策から戻ってきた紅蓮は一人ではなく、後輩の池田三郎次を連れていた。
三郎次の浮かない顔からして、何か良くないことでも起きたのだろうと察しはしたが。事情を聞いた俺は口から思わず「不運だな」と言葉が出るところだった。
「転んで吹っ飛ばした味噌が上手いこと鍋に落ちるなんて、ある意味狙ってやったと思われても仕方ないな」
「違います! ……僕が慌てたせいで、急がせたから左近が転んでしまって」
段々と頭を項垂れた三郎次はまるで叱られた仔犬のようだった。
友人である紅蓮はこんな風に悲しんだ姿を放っておけるはずがない。そして俺もそういった性格だと知っている上でここに連れてきたんだろう。
幸い味噌は余っている。まあ、余っていなくとも味噌を探しに奔走するだろうな俺たちなら。
友人はしょげた三郎次の頭をぽんぽんと優しく撫でていた。
「味噌は分けても構わんが」
「本当ですかっ!」
頭を上げた三郎次は複雑な面持ちでいた。望みが叶った嬉しさと、怒られるのではないかという恐怖の色。
そこで矢羽音が一つ俺の耳に飛んできた。
――お前に怒鳴られるんじゃないかと怖がっていたんだ。留三郎は日頃から厳しいからな。
俺は頭をガシガシと乱暴に掻いた。
矢羽音を飛ばしてきた友人は「良かったな三郎次」と笑いかけている。
「食満先輩、ありがとうございます!」
「丁度余ってたからな。豚汁に使うぐらいならそれで足りるだろう。壺ごと持っていくといい」
「ありがとうございます! ……でも、肉じゃがに味噌なんて使ったんですか?」
確かに不思議だと首を傾げるのは御尤も。
肉じゃがに味噌は普通使われていない。そう、だからこそこれが隠し味なんじゃないかと睨んだ。
しかし、その味噌を入れた後でも俺たちは揃って浮かない表情だった。
「今一つだな。手順、材料の切り方は違わない。伊作の不運もなかった。……何が足りないんだ」
眉を寄せ、真剣に悩む紅蓮の横で伊作が苦笑いを浮かべていた。
確かに、何の不運もなくここまで順調に事が進められたのは奇跡に近い。
材料を運ぶ途中で転んだり、烏や鼠に食材をかっぱらわれたりもせず、それこそ思ってもいない調味料を鍋にぶち込んだりする事態は起きなかった。
肉じゃがの鍋を前に三郎次は「良い匂いですね」と頬を緩めた。
「三郎次」
「はい」
「味噌を分ける代わりと言ってはなんだが」
「は、はいっ」
「味見をしてくれないか」
交換条件にと俺が提示した内容。それを聞いた途端に強張っていた三郎次の顔が「へ?」と気の抜けた物に変わった。
俺が一体どれだけ理不尽な難題を突き付けてくるとでも思ったのか。これが俺ではなく、紅蓮であればここまで緊張しなかったんだろうな。
「味見しても良いんですか?」
「だいぶ行き詰まっちまってな。別の視点から意見を聞きたい所だったんだ」
「そうだな。一つ頼まれてくれないか三郎次」
「そりゃあもう、喜んで引き受けます!」
三郎次の表情が打って変わった。
まさに鶴の一声とでも言おうか。紅蓮の言う事は何でも聞いてしまいそうだなこいつ。それだけ信頼しているんだろうけど。
三郎次に少量の肉じゃがを盛り付けた器と箸を渡し、味の感想を静かに待つ。
「芋がほくほくしてます。すごく美味しいです」
その感想を聞くなり、今度は紅蓮の表情が柔らかくなった。
まるで弟を見る様に優しい目をしている。一人っ子だから弟みたいな存在が欲しかったのかもしれない。この一年で本当にそう思った。
「そうか」
「優しい味がします。……でも、言いにくいんですけどおばちゃんの肉じゃがではないかも」
「そうなんだよなぁ。そこでだ、お前は何が足りないと思う」
「うーん」
口をへの字に曲げた三郎次が天を仰いだ。
「旨味……でしょうか。甘さや塩加減はちょうど良さそうだし、それ以外に考えられるのってそれかなぁと」
「旨味か」
「出汁はしっかり取ったんだがな」
腕を組んだ紅蓮は「やはりおばちゃんの味は一筋縄ではいかないか」と細い眉根を寄せた。
悩むその姿を見た三郎次もどこか申し訳なさそうに肩を竦めてしまった。
「すみません。なんだか余計に悩ませてしまったみたいで」
「いや。貴重な意見だったよ。有難う三郎次」
「少しでもお役に立てたなら、良かったです。あ、でもこれだけは言えます!」
空になった器は汁一滴も残さないぐらいで。
「すっごく美味しかったです!」
笑顔でそう言ったもんだから、紅蓮もそれに釣られるようにしてにこにこ顔になる。
まったく、幸せそうに笑いやがって。
「後で私も三郎次たちが作った豚汁を頂いても良いだろうか」
「はい! お待ちしてます。葉月先輩、食満先輩お味噌分けていただいて、本当にありがとうございました!」
「気をつけて持っていけよ。転んだら二の舞だ」
「大丈夫です。火薬壺を運ぶ時みたいに、慎重に持っていきます」
例えが巧妙すぎて笑ってしまうところだった。
それなら心配は要らなさそうだな。
味噌の壺をしっかりと腕に抱えた三郎次を見送ったはいいが、伊作が戻ってこないな。
さっき一年生が火傷をしたからと手当てに向かったんだが。まあ、伊作のことだから次々と出た負傷者の手当てに追われているんだろう。逆に大怪我をしてこなけりゃいいんだが。
「それにしてもだ」
「ん?」
「紅蓮。お前、顔が緩みすぎだぞ」
いつまでもご機嫌に微笑んでいる同級生に視線をちらとくれてやった。
普段はきりっとしていて「カッコいい」とくノ一教室や町娘に黄色い声を向けられているというのに。後輩に関することに対してはこれだ。
「ああ、つい。褒められたのが嬉しかったんだ」
「……お前、後輩バカに拍車がかかってないか?」
「留三郎だって委員会の後輩たちに褒められたら嬉しいだろ」
「それは、まあ」
そう訊ねられた俺は言い返せなかった。
後輩たちがとびきりの笑顔で「食満先輩が作られた肉じゃが、とっても美味しいです!」「ほっぺが落ちちゃいそうです!」なんて言われた日には。笑顔が綻ぶ。
「テストが終わったら私は火薬委員会の後輩が作った料理を食べに行こうと思う。留三郎はどうする」
「俺も用具委員会の後輩たちの所に行ってくるつもりだ。……あ、そういや」
「どうした」
「さっき兵助の所でなんかバタバタしてたぞ。塩がどうのこうのと。不二子さんも忙しそうにしていたし」
生姜ご飯のレシピを引き当てたと人伝に聞いたが、あの慌ただしさは問題が起きたと踏んでいる。
「ふむ。……何かあったのか。兵助は日頃から豆腐料理を作っているし、煮炊きでヘマはしないと思うんだが」
「塩一摘みのところを一掴み入れたとか?」
「咲じゃあるまいし」
紅蓮はそう言って静かに笑いを零した。
互いの脳裏に共通の〝ある思い出〟が浮かぶ。
あれは一年次の夏のことだ。
今の様にみんなで煮炊きをしていた。味付け担当だった咲之助が事もあろうか、手の平で目一杯に掴んだ塩を鍋に投入。
「それは多いだろ!」とツッコミを入れる者が誰も居らず。というよりは、俺たちが目を離した隙に起きた不運であった。
時は既に遅し。満足げな咲之助が手についた塩を払っていた。訝しんだ紅蓮が訊いたことによって判明したのだ。
『咲。……塩、何杯入れたんだ』
『え、一掴み入れたよ? そのぐらいが丁度いいかなーって』
『いや、一掴みは入れすぎだろ!?』
『っ……しょっぱぁい!』
あの時は結局水や野菜を足しに足して、てんこ盛りに出来上がったんだよな。
教師になったばかりの土井先生もこれには苦笑いを浮かべていた。
俺はちらと隣の様子を窺い見た。
懐かしそうに目を細めた紅蓮は微笑を静かに携えていた。
◇
「美味しい。けど、豚汁に豆腐は入ってません。残念!」
おばちゃんと不二子さんに試食してもらった評価はそこそこであったと三郎次は話してくれた。肩をがっくりと落としながら。
私はその肩をぽんぽんと慰めるように叩く。
「違いを見極める勉強になったと思えばいいさ」
「……はい」
「おかしいと思ったんだよな。三郎次がレシピ見てる時に首を傾げてたから」
「久々知先輩が作っていた豚汁には入ってたんだよ。だから材料が書かれてないのがおかしいなぁと思ったんだ」
「そういうことは先に僕たちに相談しろよな。……まあ、転んで味噌の壺を吹っ飛ばしちゃった僕もあれだけど」
あわや言い争いになるかと思いきや。お互い様だと一件落着。
これには感心する。爪の垢を煎じて留三郎に飲ませてやりたいぐらいだ。
二年い組の三人は「この豚汁、魚介の出汁がきいてて美味い」と笑顔も浮かべていた。
それはそうと、川西が吹っ飛ばした味噌の壺が二年は組の鍋に落下したわけだが。
この件に関しては事無きを得ていることを記しておこう。
課題の料理とは異なるものが出来上がったとはいえ、おばちゃんと不二子さんには好評であった。
「これ美味しい! このアレンジいけそう。おばちゃん今度これ食堂で出してもいいですか」
「いいわよ。味噌を入れるとこんな風になるのねぇ」
こんな感じでにこにこ顔ではいたが、テスト自体の減点は免られなかった。
あくまで我々に課されたお題は"二人の料理を再現すること"だからな。
「左近たちが作った豚汁、とっても美味しいねぇ」
豚汁を食べに来た時友が笑顔の花を咲かせている。
料理を台無しにされたことに激怒するかと心配をするも杞憂に終わった。
「時友の言う通りこの豚汁は美味いよ。お世辞なしにな」
「ありがとうございます! 先輩たちがお作りになった肉じゃがも最高でした。また食べたいくらいです」
「機会があればまた作ろう。兵助に相談して次の豆腐パーティーでそれぞれ振舞うのも良さそうだ」
もはや恒例となりつつある火薬委員会の面々で行う豆腐パーティー。主催は言わずもがな、豆腐小僧と呼ばれる五年い組の久々知兵助。
早速明日にでも提案を持ちかけてみるか。煮炊きの勉強にもなるし。
「それにしても」と能勢、川西がお椀の中を覗き込んだ。
そこには雑炊がよそられていた。本来は生姜ご飯だったもの。
主食である穀物のレシピが当たった組はどうやら兵助の所しかなかったので、皆期待をしていたのだが。
どうやら塩と昆布を入れ過ぎたらしく、味を調え生まれ変わったのが根菜と卵の雑炊。これはこれで美味い。不二子さん監修なだけはある。
「生姜ご飯を期待していたのですが、雑炊になってしまって残念です」
「結局汁物ばっかりだもんなぁ」
「塩昆布を塩と昆布で読み違えてしまったそうだ」
「塩を一掴みも入れるなんて、普通に考えたら有り得ないですよ。どうして久々知先輩ともあろう方が気づかなかったんでしょうか」
兵助の場合は色々考えた末にそうなったのだろう。
直感的に行動を起こしたあいつとは違って。まあでも、稀にいるのかもしれないな。
「この雑炊も美味いじゃないか。皆にも好評のようだし」
終わりよければすべて良し。
テストの結果がどうであれ、温かい飯を大勢で食べるのは賑やかで良いものだよ。
◇◆◇
後日、私はこんな話を耳にした。
兵助が料理テストの際に使用したレシピを一年や三年から回収していたと。それも不二子さんのレシピだけを。
テストの成績が最下位だったのが余程悔しかったのだろうか。難読な字を読み解いて料理の再現を個人的に試みるつもりなのか。
熱心なのは良いが、レシピを回収した際に「やけに嬉しそうな顔でしたよ」という話が頭に引っ掛かった。
