軽率なコラボシリーズ
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月が綺麗ですね
「それでね、兵助くんがその時こう言ったの。もう一回祝言上げようって」
「そうですか」
あれからも何故か恋バナとやらが未だに続いていた。
いや、むしろ不二子さんの惚気が九割方である。
私は「もう眠いので」と布団を肩まで被ったのだが、不二子さんはまだまだ話し足りないらしく。灯りを消してからもこうして私に話しかけてきた。
無下に沈黙を押し通すのも気が引けるというもの。少しくらいならば話に付き合っても良いかと考え、相槌を中心にして耳を傾けていたのだが。
正直に言おう。砂糖を吐きそうだ。
長月の間中、そんなにも甘い生活を二人は送っていたのか。これは確かに伊作が惚けるのも頷ける。
兵助を甘やかしたのは結婚記念日だからだと言っていたが、そこまでなのか。私も見倣った方が良いのか。そうとすら思えてくる。
いや、落ち着け。この二人の距離感及び人前での触れ合いが目に余るだけだ。
しかしそうなると、普通とは一体どの程度のことを指すのか。
押し問答。堂々巡り。
あまり考えても深みに嵌まる。
「……普通とは一体何なんでしょうね」
「えっ。急に哲学的な。どうしたの」
「いえ、どうもこうも」
これもそれも、私が色恋沙汰に疎かったせいか。
普通の程度がわからぬ。先程は人それぞれと言いはしたものの。本当にわからぬ。
「哲学で思い出したんだけど」
「何でしょうか」
「未来で有名な逸話があってね」
「逸話」
未来の著名人か。それともこの時代に生きた人間の言葉が未来永劫語り継がれていたのか。
それが少し気になりながら私は耳を傾けた。
「今から三百年は先の話で諸々は割愛するんだけど“月が綺麗ですね”っていう愛を告白する方法があるんだよ」
「不二子さんは呪いやら愛の言葉やらにお詳しい」
以前、恋バナの類をする相手が居ないとこの人は嘆いていた。
在学中の私は残念ながら、懸念のあまり未来人の話に耳を傾けることもなく。
だからその時の埋め合わせと言ってはなんだが、今こうして話に付き合っている。
不二子さんとの語らいは楽しいものだと感じていた。
「兵助くんに試しにそれを言ってみたのね」
ただ今日ばかりは兵助に対する惚気のみ。最早九割どころか十割だ。
今の言い方では、つまり不二子さんの方から愛の告白とやらをしたのであり。
「珍しいですね」
「へ?」
「貴女の方から愛を率直に伝えるとは」
「そ、そんなことないよぉ。私だって偶には伝えるよ」
「特に先月の間はですか」
「……」
薄闇に消え入った相手の声。
甘やかし過ぎた認識が少しはあるのだろうか。
「それで、兵助はどんな反応を?」
「ずっと俺と月だけ見ててよって」
「……」
「あれっ霧華さん寝た?」
「寝てませんよ」
流石にこの一瞬で寝落ちしたとは言えまい。狸寝入りにも程があるでしょう。
まあ、兵助が言いそうな台詞ではあった。あいつは真っ直ぐに物を言う男だから。
「お二人は甘い生活を送られているようで何よりだと思っていたところです」
「あ、甘いかな……」
「ええ。砂糖を吐きそうなほど」
「そんなに」
「それはそうと、未来の話であれば兵助も意味を知らなかったのでは?」
まさかネタバラシをしてから言ったわけでもないだろう。
「今から伝える言葉の意味は愛してるです」なんてお粗末な話でもあるまい。それこそ愛してるげえむではないか。
「うん。だから盛大に滑った。からのさっきの台詞」
「成程」
「因みにちゃんと返し方もあるんだよ。死んでもいいわとか、あなたと見るから綺麗なんですとか。月はずっと綺麗でしたよっていう返しもあるんだ」
不二子さんが例示したものは全て肯定を意味するそうだ。
それらはまるで合言葉の様にも思えてくる。互いに意味を知らなければ通じないのだから。
「今度もう一度伝えてみようかな。覚えてたら返してくれるかもしれないし」
後輩の御内儀は隣でぽつりとそう呟いた。盛大に滑ったことを気に留めているのか、余程悔しかったのか。
物覚えの良い兵助のことだ。しっかり返してくれると思いますよ。
「霧華さんは言われても気づかなさそうだよね」
「否定できませんね」
◇◆◇
私たちが学園の長屋で女子会を催した翌翌朝、三郎次と兵助が忍務から帰還した。
忍務の報告を済ませるなり兵助は不二子さんの所へ飛んでいく。
片やもう一方の三郎次はげっそりとしていた。疲れからか、目元に薄っすらと隈が。
理由を聞けば予想通りの答えが返ってくる。
「久々知先輩の惚気を一晩中聞かされました。曲者も最初は興味深そうに聞いてましたけど、再会した辺りからうんざりした様子で逃げていきましたよ」
それはお気の毒にとしか言いようがなく。私の方も同じように惚気を聞かされたと話せば「うわぁ……」と返された。
恐らく今の私たちは同じ表情をしている。
それから数日が経ち、上弦の月が輝く夜を迎えた。
満月程ではないが、空気が澄んでいるようで一際明るく浮かび上がっている。
私はその月をなんとなしに濡れ縁から見上げていた。
「満月じゃないのに結構明るいですね」
「ああ。良い月だな……と言っても、我々にとっては活動を控えたい夜だ」
夜を味方につけることは忍びの基本。
今宵の様に月明かりが照らす夜は行動を慎むのが吉。
玄人の忍びであれば悪条件を逆手に取り大胆に動くだろうが、私たちは危険な綱は渡らないようにしていた。
月夜といえば。
私はあることを思い出した。
毎夜自主鍛錬に励んでいた旧友のことを。新月どころか満月の日ですら構わずに。頭の両側にクナイを差したその人影があまりにも鬼に見えたそうで。学園に出没する恐い鬼だと噂が飛びかった。
確かに文次郎は鍛錬好きであったし、伊作と比べたら取っ付きにくい性格だ。後輩に鬼のように厳しい先輩だとも言われていたので頷けることでもある。
根は面倒見が良い奴なんだがな。
その証拠に、未来からやってきた不二子さんを何だかんだと温かい目で見守っていた。さながら父親の様に。
祝言でその座に就いていた時は流石に笑いを堪えきれなかったものだ。
吹き出してしまったが最後、私の隣で必死に堪えていた三郎次の笑いも誘発させてしまい。腹を抱えてまでとはいかない――祝の場でそれは失礼過ぎる――が、余計な一言が多かったので文次郎の拳骨を喰らっていた。これには申し訳ない気持ちで一杯だった。
その時の光景が俄に記憶から思い出されたものだから、私はくすりと笑みを零した。
すると三郎次の視線がこちらへと向く。
「どうしたんですか」と、不思議そうに訊かれた。
「いや、鍛錬の鬼のことを思い出していたんだよ」
「潮江先輩のことですか?」
「あいつは毎夜鍛錬に励んでいただろ。頭にクナイを差して」
「深夜に学園の敷地内をギンギン鳴きながら鍛錬してた時のことですか。……あれは学園に入学して早々に左近が目撃したことがあって。それから暫くの間は「忍術学園には鬼がいる!」って噂が立ちましたよ」
学園には様々な噂が実に多い。鬼の件もそうだが、幽霊が出るという話もあった。
「まあ、それも直ぐに正体が分かったので、怖くはなくな……いや、怖かったな」
「別の意味で」そう呟いた声が隣から聞こえた。まあ、鬼は鬼だったからな文次郎は。
何か思い当たる事でもあるようで、三郎次はうんざりとした表情でいた。
「それに比べて霧華さんはお優しい人ですよね。無闇に人を怖がらせたり脅したりもしなかったし。同じ月に照らされていても雲泥の差でしたよ」
「わざわざ後輩を脅かす真似は趣味じゃないさ」
「その代わり過保護で甘やかしですけど」
背後から回された腕にすっぽりと私の背が包み込まれる。
肩と首筋に触れた柔らかい髪。
すりと寄せてくるその頭を優しく撫でてやった。
最近はこれも私なりの愛情表現だとわかったのか、子ども扱いするなと拗ねることが減った気もする。
絡めてきた指先を握り返し、月を仰ぐ。
眩い光を放つそれに私は目を細め、ぽつりと呟いた。
「月が綺麗だな」
自然と口から出た言葉。
これが何を意味するのか。
自分でも思わぬうちに愛を告白してしまっていたことに今更気づく次第。
かといって取り消すようなものでもないし。
単なる意味合い通りに受け取られるだろう。下手に慌てた素振りを見せれば問い詰めてくる。
私は平静を装うことに決め、別の話題をと思案した時。
腕の力が俄、強められる。
「月はずっと綺麗でしたよ」
意外な返しに顔から火を噴きそうだった。
「それでね、兵助くんがその時こう言ったの。もう一回祝言上げようって」
「そうですか」
あれからも何故か恋バナとやらが未だに続いていた。
いや、むしろ不二子さんの惚気が九割方である。
私は「もう眠いので」と布団を肩まで被ったのだが、不二子さんはまだまだ話し足りないらしく。灯りを消してからもこうして私に話しかけてきた。
無下に沈黙を押し通すのも気が引けるというもの。少しくらいならば話に付き合っても良いかと考え、相槌を中心にして耳を傾けていたのだが。
正直に言おう。砂糖を吐きそうだ。
長月の間中、そんなにも甘い生活を二人は送っていたのか。これは確かに伊作が惚けるのも頷ける。
兵助を甘やかしたのは結婚記念日だからだと言っていたが、そこまでなのか。私も見倣った方が良いのか。そうとすら思えてくる。
いや、落ち着け。この二人の距離感及び人前での触れ合いが目に余るだけだ。
しかしそうなると、普通とは一体どの程度のことを指すのか。
押し問答。堂々巡り。
あまり考えても深みに嵌まる。
「……普通とは一体何なんでしょうね」
「えっ。急に哲学的な。どうしたの」
「いえ、どうもこうも」
これもそれも、私が色恋沙汰に疎かったせいか。
普通の程度がわからぬ。先程は人それぞれと言いはしたものの。本当にわからぬ。
「哲学で思い出したんだけど」
「何でしょうか」
「未来で有名な逸話があってね」
「逸話」
未来の著名人か。それともこの時代に生きた人間の言葉が未来永劫語り継がれていたのか。
それが少し気になりながら私は耳を傾けた。
「今から三百年は先の話で諸々は割愛するんだけど“月が綺麗ですね”っていう愛を告白する方法があるんだよ」
「不二子さんは呪いやら愛の言葉やらにお詳しい」
以前、恋バナの類をする相手が居ないとこの人は嘆いていた。
在学中の私は残念ながら、懸念のあまり未来人の話に耳を傾けることもなく。
だからその時の埋め合わせと言ってはなんだが、今こうして話に付き合っている。
不二子さんとの語らいは楽しいものだと感じていた。
「兵助くんに試しにそれを言ってみたのね」
ただ今日ばかりは兵助に対する惚気のみ。最早九割どころか十割だ。
今の言い方では、つまり不二子さんの方から愛の告白とやらをしたのであり。
「珍しいですね」
「へ?」
「貴女の方から愛を率直に伝えるとは」
「そ、そんなことないよぉ。私だって偶には伝えるよ」
「特に先月の間はですか」
「……」
薄闇に消え入った相手の声。
甘やかし過ぎた認識が少しはあるのだろうか。
「それで、兵助はどんな反応を?」
「ずっと俺と月だけ見ててよって」
「……」
「あれっ霧華さん寝た?」
「寝てませんよ」
流石にこの一瞬で寝落ちしたとは言えまい。狸寝入りにも程があるでしょう。
まあ、兵助が言いそうな台詞ではあった。あいつは真っ直ぐに物を言う男だから。
「お二人は甘い生活を送られているようで何よりだと思っていたところです」
「あ、甘いかな……」
「ええ。砂糖を吐きそうなほど」
「そんなに」
「それはそうと、未来の話であれば兵助も意味を知らなかったのでは?」
まさかネタバラシをしてから言ったわけでもないだろう。
「今から伝える言葉の意味は愛してるです」なんてお粗末な話でもあるまい。それこそ愛してるげえむではないか。
「うん。だから盛大に滑った。からのさっきの台詞」
「成程」
「因みにちゃんと返し方もあるんだよ。死んでもいいわとか、あなたと見るから綺麗なんですとか。月はずっと綺麗でしたよっていう返しもあるんだ」
不二子さんが例示したものは全て肯定を意味するそうだ。
それらはまるで合言葉の様にも思えてくる。互いに意味を知らなければ通じないのだから。
「今度もう一度伝えてみようかな。覚えてたら返してくれるかもしれないし」
後輩の御内儀は隣でぽつりとそう呟いた。盛大に滑ったことを気に留めているのか、余程悔しかったのか。
物覚えの良い兵助のことだ。しっかり返してくれると思いますよ。
「霧華さんは言われても気づかなさそうだよね」
「否定できませんね」
◇◆◇
私たちが学園の長屋で女子会を催した翌翌朝、三郎次と兵助が忍務から帰還した。
忍務の報告を済ませるなり兵助は不二子さんの所へ飛んでいく。
片やもう一方の三郎次はげっそりとしていた。疲れからか、目元に薄っすらと隈が。
理由を聞けば予想通りの答えが返ってくる。
「久々知先輩の惚気を一晩中聞かされました。曲者も最初は興味深そうに聞いてましたけど、再会した辺りからうんざりした様子で逃げていきましたよ」
それはお気の毒にとしか言いようがなく。私の方も同じように惚気を聞かされたと話せば「うわぁ……」と返された。
恐らく今の私たちは同じ表情をしている。
それから数日が経ち、上弦の月が輝く夜を迎えた。
満月程ではないが、空気が澄んでいるようで一際明るく浮かび上がっている。
私はその月をなんとなしに濡れ縁から見上げていた。
「満月じゃないのに結構明るいですね」
「ああ。良い月だな……と言っても、我々にとっては活動を控えたい夜だ」
夜を味方につけることは忍びの基本。
今宵の様に月明かりが照らす夜は行動を慎むのが吉。
玄人の忍びであれば悪条件を逆手に取り大胆に動くだろうが、私たちは危険な綱は渡らないようにしていた。
月夜といえば。
私はあることを思い出した。
毎夜自主鍛錬に励んでいた旧友のことを。新月どころか満月の日ですら構わずに。頭の両側にクナイを差したその人影があまりにも鬼に見えたそうで。学園に出没する恐い鬼だと噂が飛びかった。
確かに文次郎は鍛錬好きであったし、伊作と比べたら取っ付きにくい性格だ。後輩に鬼のように厳しい先輩だとも言われていたので頷けることでもある。
根は面倒見が良い奴なんだがな。
その証拠に、未来からやってきた不二子さんを何だかんだと温かい目で見守っていた。さながら父親の様に。
祝言でその座に就いていた時は流石に笑いを堪えきれなかったものだ。
吹き出してしまったが最後、私の隣で必死に堪えていた三郎次の笑いも誘発させてしまい。腹を抱えてまでとはいかない――祝の場でそれは失礼過ぎる――が、余計な一言が多かったので文次郎の拳骨を喰らっていた。これには申し訳ない気持ちで一杯だった。
その時の光景が俄に記憶から思い出されたものだから、私はくすりと笑みを零した。
すると三郎次の視線がこちらへと向く。
「どうしたんですか」と、不思議そうに訊かれた。
「いや、鍛錬の鬼のことを思い出していたんだよ」
「潮江先輩のことですか?」
「あいつは毎夜鍛錬に励んでいただろ。頭にクナイを差して」
「深夜に学園の敷地内をギンギン鳴きながら鍛錬してた時のことですか。……あれは学園に入学して早々に左近が目撃したことがあって。それから暫くの間は「忍術学園には鬼がいる!」って噂が立ちましたよ」
学園には様々な噂が実に多い。鬼の件もそうだが、幽霊が出るという話もあった。
「まあ、それも直ぐに正体が分かったので、怖くはなくな……いや、怖かったな」
「別の意味で」そう呟いた声が隣から聞こえた。まあ、鬼は鬼だったからな文次郎は。
何か思い当たる事でもあるようで、三郎次はうんざりとした表情でいた。
「それに比べて霧華さんはお優しい人ですよね。無闇に人を怖がらせたり脅したりもしなかったし。同じ月に照らされていても雲泥の差でしたよ」
「わざわざ後輩を脅かす真似は趣味じゃないさ」
「その代わり過保護で甘やかしですけど」
背後から回された腕にすっぽりと私の背が包み込まれる。
肩と首筋に触れた柔らかい髪。
すりと寄せてくるその頭を優しく撫でてやった。
最近はこれも私なりの愛情表現だとわかったのか、子ども扱いするなと拗ねることが減った気もする。
絡めてきた指先を握り返し、月を仰ぐ。
眩い光を放つそれに私は目を細め、ぽつりと呟いた。
「月が綺麗だな」
自然と口から出た言葉。
これが何を意味するのか。
自分でも思わぬうちに愛を告白してしまっていたことに今更気づく次第。
かといって取り消すようなものでもないし。
単なる意味合い通りに受け取られるだろう。下手に慌てた素振りを見せれば問い詰めてくる。
私は平静を装うことに決め、別の話題をと思案した時。
腕の力が俄、強められる。
「月はずっと綺麗でしたよ」
意外な返しに顔から火を噴きそうだった。