軽率なコラボシリーズ
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ヤキモチもちもち
「紅蓮。お前ヤキモチ焼いたことあるのか?」
「何を言ってるんだ留三郎。お前の家で年を迎えた時は餅を焼いたじゃないか」
「いや、そうじゃない」
俺は旧友に真顔でそう返され、寸でツッコミを入れた。
何故こんな話になったかと言うと、こいつの夫である三郎次が仙蔵にやたら敵対心を抱いているという話を紅蓮がしたからだ。
俺に言わせれば、それは敵対心ではなく嫉妬に近いもの。好いた相手が他の男と仲睦まじく談笑したり、出掛ける約束をしたりすれば苛々するだろう。そこに他意がなくともだ。いや、他意があればそれは浮気になるのだが。
まあ、今のはあくまで例題だ。紅蓮のことだから仙蔵からの誘いは全て断るだろう。学園内で顔を合わせた時は、そりゃ世間話ぐらいはするだろうが。そもそもあの二人は相性が悪く、組んで仕事をしていた時も辟易していたようだし。
つまり紅蓮に一切の他意が無いことは断定できる。なんだかんだで、こいつは三郎次のことしか見ていない。一途と言えば一途だ。絶対的な信頼を寄せている節もある。
それにしてもだ。
「お前は鈍い」
「それは承知だ。今更過ぎる」
「開き直るとこじゃないだろ」
「そうだよ。池田くんの気持ちもちょっとは察してあげて?」
「不二子さん。それは貴女にも言えることだと思うんだが」
はっきりと言おう。この二人の鈍さ加減は似たもの同士だ。
不二子さんは兵助からの贈り物の意を全て受け流した。片や俺の友人は三郎次が四年も想いを寄せていることに全くもって気づかずにいた。「自慢の後輩だ」とかなんとか誇らしげに話していた時は、それなりに意識しているのかと思いきやだ。あくまで後輩としか見ていなかった。三郎次には「紅蓮は鈍いから頑張れよ」と声援を送ったが、まさかこんなに年月が掛かるとは流石に予想していない。いや、本当によく粘ったな三郎次。
昼餉を終えた食堂で卓を囲み、茶を飲みながら三人で団欒していたつもりだった。
そのはずが、鈍感な二人を前に頭を抱えることになるとは。
「んー……でも、留くん。霧華さんはヤキモチって焼かないと思うんだよね。池田くんも態々そうするようなこともしなさそうだし。ちょっと寂しい的なことは前に言ってたけど」
「三郎次がそんなことを?」
「うん。寝言のことで揉めてた時だったかな」
「寝言?」
ついっと紅蓮の目が逸れた。これは俺たちが関係していることだと直感的に捉えた。そうでなければ気まずそうに茶を啜っていない。
「もしや、その寝言で亭主と揉めたのか」
「もう解決済みだ」
「善法寺くんと留くんが夜な夜な夢に出てきてたんだって。で、落とし穴とかの罠にみんなで引っ掛かってたとか」
「なんて夢を見てんだよお前は。夢の中でまで俺たちを不運に晒すな」
「伊作と同じことを言うんだな。流石同室の仲だ」
同室じゃなくとも言うだろうよ。
まあ、それがどうヤキモチの話と繋がったのかは知らないが、話の過程でふと沸いたものだったんだろう。
この友人は鈍いが故にヤキモチなんて焼くという感情を覚えなかったのだろう。無駄にモテていたくせにだ。
「鈍いからヤキモチだなんて感情は持ち合わせていなかったんだろうな」
「酷い言われようだな。留三郎、少し辛口になったんじゃないのか」
「辛く言いたくもなるさ。くノ一教室の連中には「葉月先輩、色仕掛けに全く掛からないんですけど硬派なんですか」と聞かれたこともあったし」
「色仕掛け」
「いや、色仕掛けは引っ掛かったら駄目だろ。くノ一教室には気をつけろと言われていたし」
「それだけじゃない。町娘からお前宛の恋文を何通俺が預かったと思ってる」
「ちゃんと断りの文を返しただろ」
「俺を通してな。俺は伝書鳩でも馬借便でもない!」
そこで紅蓮が眉を潜めた。
「……留三郎。お前、もしかしてヤキモチ焼いてるのか」
「ちがーう!! どうしてそうなるんだ!」
真顔でそう問われ、思わず俺は叫んだ。両手で頭を抱えながら。
食堂のおばちゃんが不在で助かった。あまり騒ぐと怒られてしまう。
天性の鈍さ。最早治ることがないだろう。
と、ここで俺の頭にある過去の出来事が突然降ってきた。
「あ……そういや、お前」
「どうした」
「何かあった?」
不二子さんが食いつくように俺の方を見る。この人、面白そうな話題――というよりは、恋話に興味があるようで。
「咲之助がくノ一教室の先輩と仲が良かった時期があっただろ」
「ああ。……あったな、そんなこと」
「その時、お前不貞腐れてたよな」
「えっ、そうなの? それって、つまり」
紅蓮が押し黙った。その時の出来事を俺と同じように思い出したようだ。
双眸 を睨むように細め、細眉を寄せる。その目が横へと流れた。
こう言っちゃなんだが、あの時と同じ表情を浮かべていたのが面白くもあり、つい笑いが零れた。
「ヤキモチだな。遊んでくれないだの、付き合いが悪いだの言ってたよなぁ。それで拗ねて図書室に入り浸ってたんだよこいつ」
「……」
「完全にそれは、ヤキモチだね。うん」
「まあ、三日ぐらいの出来事だったけど。ケンカにもなりかけてたよな」
結局その一連は「相手の気を引く」というくノ一教室の実習だったらしく、丸く収まった。
組んだ両手で顔を隠すように俯いた紅蓮。垣間見えたのは気恥ずかしさ。
「あれは、遊ぶ時間が減ってしまって、友を取られた気がして」
今にも消え入りそうな声が聞こえてくる。
それが尚のこと面白く、笑いが堪えきれそうにない。
傍で手をぽんっと打つ音が聞こえた。不二子さんが何やら合点いった様子。
「霧華さんあれだね。友達に彼氏や彼女ができたり、結婚しましたって言われたら「ぽっと出のお前に何がわかる」って相手に言うタイプの人間」
「かもな。こいつ、とことん友達思いなんだよ。そしてとことん鈍い」
「……鈍いは余計だ。留三郎だって伊作に良い人ができて、構ってくれなくなったら寂しいとか考えたことないのか」
「俺はむしろその相手を気遣う。不運な伊作だがよろしく頼むぞ! ってな」
「留くん。それ兄目線というか、親。なんだろ、は組のみんなって面倒見が良いというか親心強め? あ、でも潮江と立花くんも面倒見良いな……?」
確かに俺と紅蓮は「後輩の面倒見が良い」と言われていた。俺たちの学年は全体的にそうだったが、特に突出していたのが俺たちだ。
その中でも三郎次を実弟の様に可愛がっていた紅蓮だが、数年後にまさかこうなるとは思っていなかったんだろう。なんやかんやあったが、俺はお前たちが結ばれて本当に嬉しかったよ。
ああ、三郎次といえばもう一つ。こいつがやきもきしていた“ある話”を思い出した。その時は「そこ張り合うなよ」とも呆れたな。
「さっきの話は三郎次に黙っていてもらえませんか。耳に入ると厄介なので」
「そうだね。面倒なことになるよね。わかるその気持ち」
うんうんと何度も頷いてみせる不二子さん。思い当たる節が幾つもあるんだろう。この人も大概苦労しているようだ。
「自分の亭主を厄介だの、面倒だの言ってやるなよ」
「だって、ねぇ。あっ、おばちゃんお帰りなさい!」
食堂の勝手口から入ってきたおばちゃんに不二子さんが笑顔を向けた。
おばちゃんは俺と紅蓮の顔を見て「あんたたち来てたのかい」と穏やかに笑い掛けてくれる。この二人がいてこそ忍術学園の食堂だなと思える気がした。
「お久しぶりです」
「元気そうで良かったわぁ。あ、そういえば」
「どうかしたんですか」
「さっきそこで兵助くんと土井先生が」
「面倒事の予感」
「そこに三郎次くんと立花先生もいて」
「厄介だ」
面倒事と厄介事がいっぺんにやってきた。とでも言いたそうに二人が頭を垂れた。と思いきや、俺の方に視線を二人して注ぐ。
「……ちょっと待て。俺にどうにかしろって言うんじゃないだろうな」
「私は文次郎を探してくるから、それまで時間稼ぎを頼んだぞ留三郎」
「頑張って留くん。お餅焼いて待ってるから」
有無を言わせずに紅蓮は席を立つし、不二子さんは「モチモチ聞いてたらお餅食べたくなってきた。餅米まだ余ってたし、お餅以外で何か作るのも良さそう」とか呑気に言いながら厨へ入っていく。
「ああっーっもう、わかったよ! 四対一、いや五対一だろうが何だろうがやってやらぁ!」
◇◆◇
忍術学園内で明かされた情報。それは則ち、筒抜けというわけで。
誰が情報を渡したのかはわからないが、その日家に戻った私は正座をさせられていた。
目の前にはご立腹宜しく笑顔の伴侶。三郎次は兵助ほど嫉妬深くはないと思っていたのだが、最近はそうでもない気がしていた。あの人、不二子さんは本当に他人をよく見ている。
「とりあえず、俺がした分のヤキモチ返してもらっていいです? 四年分」
どうやって。物理的に無理な話では。
そう反論したいところであったが、下手に言い訳をすると更なる怒りを買うことになる。
何にせよ、ばつが悪すぎて私の視線は下がったままだ。肩身が狭い。
「別に、ヤキモチ焼いてほしいとかじゃないんですよ。というか、そういった場面になる方が問題だと思いますし」
「……私がヤキモチ焼いてくれなくて寂しいといった話を小耳に挟んだが」
「誰に聞いたんですかそれ!? いや、出所わかってますけど!」
三郎次の反応からして、情報は真実のようであった。
赤らめたその顔は最早怒っているのか、恥じらっているのか。先ほどの言葉が効いたようで、大きな溜息と共に「もういいです」と話に終止符を打った。これ以上は自分も墓穴を掘ってしまうからと。
「……とりあえず、夕餉の支度しましょうか」
「そうだな。兵助からわけてもらった高野豆腐もあるし、含め煮でも作ろう」
「はい」
薪をくべた竈に火を起こし、炎が安定したのを確認した後に食材を刻む。
人参を乱切りに、大根を銀杏切りに整える。その間「火が少し強いな」と薪の位置を三郎次が調整していた。
明日は非番。普段行き届かない忍具の手入れでもするか。それとは別に草刈り用の鎌も泥を落とさなければ。
この時「泥だらけ」という言葉が釣り針の如く、頭の隅にしまい込まれていた出来事を引っ掛けてきた。
「あ」
「どうかしました?」
「……いや、思い出したことが。三郎次が二年の頃にユキちゃんたちと手裏剣打ちの練習をするしないと話していたのを」
きょとんとした顔を向けられた。
もう何年も前の話だ。忘れていても仕方がない。そう思っていたが、次の拍子には「ああーありましたね」と返ってきた。
「練習というより、くノ一教室と二年生で的当て勝負しないかっていう話。……名前呼び捨てたらくノ一教室の皆さんと呼べとか言われたのも思い出した」
「結局、勝負はせずに泥だらけの手裏剣を綺麗に手入れしただけだと」
「ええ。裏山の妖怪が出るって噂の洞窟で肝試しする話が出たんで、左近たちにそれ伝えたら満場一致でしないということに……ってこの話、霧華さんにしましたっけ?」
確かにあったことだと語っていた三郎次が疑問符を掲げた。
これは本人から訊いた話ではない。ユキちゃんから訊いたものであった。
「的当て勝負は出来なかったけど、綺麗な手裏剣で練習できたから大満足でした」とニコニコ顔で話してくれた。
これを三郎次に話すと「まあ、元々俺たちが使った手裏剣だったし手入れはするつもりだったんで」と苦笑する。
「なんで急にこの話を思い出したんです」
「いや、その話を訊いた時に少しもやもやしたんだ」
「え」
「手裏剣の的当てなら私が付き合ってやるのに、と」
当時このもやつきを留三郎に話したところ「本当にお前後輩大好きだな」と呆れられた。
そして時を経た今。私の隣で同じ表情を携えた伴侶がいる。
「霧華さん。それはヤキモチの方向性が違いすぎる」
鍋に切った食材と水を入れた私は「ヤキモチって難しいものだな」と心の内でぼやいた。
「紅蓮。お前ヤキモチ焼いたことあるのか?」
「何を言ってるんだ留三郎。お前の家で年を迎えた時は餅を焼いたじゃないか」
「いや、そうじゃない」
俺は旧友に真顔でそう返され、寸でツッコミを入れた。
何故こんな話になったかと言うと、こいつの夫である三郎次が仙蔵にやたら敵対心を抱いているという話を紅蓮がしたからだ。
俺に言わせれば、それは敵対心ではなく嫉妬に近いもの。好いた相手が他の男と仲睦まじく談笑したり、出掛ける約束をしたりすれば苛々するだろう。そこに他意がなくともだ。いや、他意があればそれは浮気になるのだが。
まあ、今のはあくまで例題だ。紅蓮のことだから仙蔵からの誘いは全て断るだろう。学園内で顔を合わせた時は、そりゃ世間話ぐらいはするだろうが。そもそもあの二人は相性が悪く、組んで仕事をしていた時も辟易していたようだし。
つまり紅蓮に一切の他意が無いことは断定できる。なんだかんだで、こいつは三郎次のことしか見ていない。一途と言えば一途だ。絶対的な信頼を寄せている節もある。
それにしてもだ。
「お前は鈍い」
「それは承知だ。今更過ぎる」
「開き直るとこじゃないだろ」
「そうだよ。池田くんの気持ちもちょっとは察してあげて?」
「不二子さん。それは貴女にも言えることだと思うんだが」
はっきりと言おう。この二人の鈍さ加減は似たもの同士だ。
不二子さんは兵助からの贈り物の意を全て受け流した。片や俺の友人は三郎次が四年も想いを寄せていることに全くもって気づかずにいた。「自慢の後輩だ」とかなんとか誇らしげに話していた時は、それなりに意識しているのかと思いきやだ。あくまで後輩としか見ていなかった。三郎次には「紅蓮は鈍いから頑張れよ」と声援を送ったが、まさかこんなに年月が掛かるとは流石に予想していない。いや、本当によく粘ったな三郎次。
昼餉を終えた食堂で卓を囲み、茶を飲みながら三人で団欒していたつもりだった。
そのはずが、鈍感な二人を前に頭を抱えることになるとは。
「んー……でも、留くん。霧華さんはヤキモチって焼かないと思うんだよね。池田くんも態々そうするようなこともしなさそうだし。ちょっと寂しい的なことは前に言ってたけど」
「三郎次がそんなことを?」
「うん。寝言のことで揉めてた時だったかな」
「寝言?」
ついっと紅蓮の目が逸れた。これは俺たちが関係していることだと直感的に捉えた。そうでなければ気まずそうに茶を啜っていない。
「もしや、その寝言で亭主と揉めたのか」
「もう解決済みだ」
「善法寺くんと留くんが夜な夜な夢に出てきてたんだって。で、落とし穴とかの罠にみんなで引っ掛かってたとか」
「なんて夢を見てんだよお前は。夢の中でまで俺たちを不運に晒すな」
「伊作と同じことを言うんだな。流石同室の仲だ」
同室じゃなくとも言うだろうよ。
まあ、それがどうヤキモチの話と繋がったのかは知らないが、話の過程でふと沸いたものだったんだろう。
この友人は鈍いが故にヤキモチなんて焼くという感情を覚えなかったのだろう。無駄にモテていたくせにだ。
「鈍いからヤキモチだなんて感情は持ち合わせていなかったんだろうな」
「酷い言われようだな。留三郎、少し辛口になったんじゃないのか」
「辛く言いたくもなるさ。くノ一教室の連中には「葉月先輩、色仕掛けに全く掛からないんですけど硬派なんですか」と聞かれたこともあったし」
「色仕掛け」
「いや、色仕掛けは引っ掛かったら駄目だろ。くノ一教室には気をつけろと言われていたし」
「それだけじゃない。町娘からお前宛の恋文を何通俺が預かったと思ってる」
「ちゃんと断りの文を返しただろ」
「俺を通してな。俺は伝書鳩でも馬借便でもない!」
そこで紅蓮が眉を潜めた。
「……留三郎。お前、もしかしてヤキモチ焼いてるのか」
「ちがーう!! どうしてそうなるんだ!」
真顔でそう問われ、思わず俺は叫んだ。両手で頭を抱えながら。
食堂のおばちゃんが不在で助かった。あまり騒ぐと怒られてしまう。
天性の鈍さ。最早治ることがないだろう。
と、ここで俺の頭にある過去の出来事が突然降ってきた。
「あ……そういや、お前」
「どうした」
「何かあった?」
不二子さんが食いつくように俺の方を見る。この人、面白そうな話題――というよりは、恋話に興味があるようで。
「咲之助がくノ一教室の先輩と仲が良かった時期があっただろ」
「ああ。……あったな、そんなこと」
「その時、お前不貞腐れてたよな」
「えっ、そうなの? それって、つまり」
紅蓮が押し黙った。その時の出来事を俺と同じように思い出したようだ。
こう言っちゃなんだが、あの時と同じ表情を浮かべていたのが面白くもあり、つい笑いが零れた。
「ヤキモチだな。遊んでくれないだの、付き合いが悪いだの言ってたよなぁ。それで拗ねて図書室に入り浸ってたんだよこいつ」
「……」
「完全にそれは、ヤキモチだね。うん」
「まあ、三日ぐらいの出来事だったけど。ケンカにもなりかけてたよな」
結局その一連は「相手の気を引く」というくノ一教室の実習だったらしく、丸く収まった。
組んだ両手で顔を隠すように俯いた紅蓮。垣間見えたのは気恥ずかしさ。
「あれは、遊ぶ時間が減ってしまって、友を取られた気がして」
今にも消え入りそうな声が聞こえてくる。
それが尚のこと面白く、笑いが堪えきれそうにない。
傍で手をぽんっと打つ音が聞こえた。不二子さんが何やら合点いった様子。
「霧華さんあれだね。友達に彼氏や彼女ができたり、結婚しましたって言われたら「ぽっと出のお前に何がわかる」って相手に言うタイプの人間」
「かもな。こいつ、とことん友達思いなんだよ。そしてとことん鈍い」
「……鈍いは余計だ。留三郎だって伊作に良い人ができて、構ってくれなくなったら寂しいとか考えたことないのか」
「俺はむしろその相手を気遣う。不運な伊作だがよろしく頼むぞ! ってな」
「留くん。それ兄目線というか、親。なんだろ、は組のみんなって面倒見が良いというか親心強め? あ、でも潮江と立花くんも面倒見良いな……?」
確かに俺と紅蓮は「後輩の面倒見が良い」と言われていた。俺たちの学年は全体的にそうだったが、特に突出していたのが俺たちだ。
その中でも三郎次を実弟の様に可愛がっていた紅蓮だが、数年後にまさかこうなるとは思っていなかったんだろう。なんやかんやあったが、俺はお前たちが結ばれて本当に嬉しかったよ。
ああ、三郎次といえばもう一つ。こいつがやきもきしていた“ある話”を思い出した。その時は「そこ張り合うなよ」とも呆れたな。
「さっきの話は三郎次に黙っていてもらえませんか。耳に入ると厄介なので」
「そうだね。面倒なことになるよね。わかるその気持ち」
うんうんと何度も頷いてみせる不二子さん。思い当たる節が幾つもあるんだろう。この人も大概苦労しているようだ。
「自分の亭主を厄介だの、面倒だの言ってやるなよ」
「だって、ねぇ。あっ、おばちゃんお帰りなさい!」
食堂の勝手口から入ってきたおばちゃんに不二子さんが笑顔を向けた。
おばちゃんは俺と紅蓮の顔を見て「あんたたち来てたのかい」と穏やかに笑い掛けてくれる。この二人がいてこそ忍術学園の食堂だなと思える気がした。
「お久しぶりです」
「元気そうで良かったわぁ。あ、そういえば」
「どうかしたんですか」
「さっきそこで兵助くんと土井先生が」
「面倒事の予感」
「そこに三郎次くんと立花先生もいて」
「厄介だ」
面倒事と厄介事がいっぺんにやってきた。とでも言いたそうに二人が頭を垂れた。と思いきや、俺の方に視線を二人して注ぐ。
「……ちょっと待て。俺にどうにかしろって言うんじゃないだろうな」
「私は文次郎を探してくるから、それまで時間稼ぎを頼んだぞ留三郎」
「頑張って留くん。お餅焼いて待ってるから」
有無を言わせずに紅蓮は席を立つし、不二子さんは「モチモチ聞いてたらお餅食べたくなってきた。餅米まだ余ってたし、お餅以外で何か作るのも良さそう」とか呑気に言いながら厨へ入っていく。
「ああっーっもう、わかったよ! 四対一、いや五対一だろうが何だろうがやってやらぁ!」
◇◆◇
忍術学園内で明かされた情報。それは則ち、筒抜けというわけで。
誰が情報を渡したのかはわからないが、その日家に戻った私は正座をさせられていた。
目の前にはご立腹宜しく笑顔の伴侶。三郎次は兵助ほど嫉妬深くはないと思っていたのだが、最近はそうでもない気がしていた。あの人、不二子さんは本当に他人をよく見ている。
「とりあえず、俺がした分のヤキモチ返してもらっていいです? 四年分」
どうやって。物理的に無理な話では。
そう反論したいところであったが、下手に言い訳をすると更なる怒りを買うことになる。
何にせよ、ばつが悪すぎて私の視線は下がったままだ。肩身が狭い。
「別に、ヤキモチ焼いてほしいとかじゃないんですよ。というか、そういった場面になる方が問題だと思いますし」
「……私がヤキモチ焼いてくれなくて寂しいといった話を小耳に挟んだが」
「誰に聞いたんですかそれ!? いや、出所わかってますけど!」
三郎次の反応からして、情報は真実のようであった。
赤らめたその顔は最早怒っているのか、恥じらっているのか。先ほどの言葉が効いたようで、大きな溜息と共に「もういいです」と話に終止符を打った。これ以上は自分も墓穴を掘ってしまうからと。
「……とりあえず、夕餉の支度しましょうか」
「そうだな。兵助からわけてもらった高野豆腐もあるし、含め煮でも作ろう」
「はい」
薪をくべた竈に火を起こし、炎が安定したのを確認した後に食材を刻む。
人参を乱切りに、大根を銀杏切りに整える。その間「火が少し強いな」と薪の位置を三郎次が調整していた。
明日は非番。普段行き届かない忍具の手入れでもするか。それとは別に草刈り用の鎌も泥を落とさなければ。
この時「泥だらけ」という言葉が釣り針の如く、頭の隅にしまい込まれていた出来事を引っ掛けてきた。
「あ」
「どうかしました?」
「……いや、思い出したことが。三郎次が二年の頃にユキちゃんたちと手裏剣打ちの練習をするしないと話していたのを」
きょとんとした顔を向けられた。
もう何年も前の話だ。忘れていても仕方がない。そう思っていたが、次の拍子には「ああーありましたね」と返ってきた。
「練習というより、くノ一教室と二年生で的当て勝負しないかっていう話。……名前呼び捨てたらくノ一教室の皆さんと呼べとか言われたのも思い出した」
「結局、勝負はせずに泥だらけの手裏剣を綺麗に手入れしただけだと」
「ええ。裏山の妖怪が出るって噂の洞窟で肝試しする話が出たんで、左近たちにそれ伝えたら満場一致でしないということに……ってこの話、霧華さんにしましたっけ?」
確かにあったことだと語っていた三郎次が疑問符を掲げた。
これは本人から訊いた話ではない。ユキちゃんから訊いたものであった。
「的当て勝負は出来なかったけど、綺麗な手裏剣で練習できたから大満足でした」とニコニコ顔で話してくれた。
これを三郎次に話すと「まあ、元々俺たちが使った手裏剣だったし手入れはするつもりだったんで」と苦笑する。
「なんで急にこの話を思い出したんです」
「いや、その話を訊いた時に少しもやもやしたんだ」
「え」
「手裏剣の的当てなら私が付き合ってやるのに、と」
当時このもやつきを留三郎に話したところ「本当にお前後輩大好きだな」と呆れられた。
そして時を経た今。私の隣で同じ表情を携えた伴侶がいる。
「霧華さん。それはヤキモチの方向性が違いすぎる」
鍋に切った食材と水を入れた私は「ヤキモチって難しいものだな」と心の内でぼやいた。