軽率なコラボシリーズ
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惚気のち強火
「……と、こんな感じになりそうです。この流れで良いですか久々知先生」
今日の午後から行う五年生を対象とした火薬の授業。その補佐として呼ばれた俺は授業で使う資料を揃え、その確認を久々知先輩に頼んだ。
今回は授業の知識だけでは補えない、実際に現場で使われている手法を纏めた。
先輩は資料を一枚ずつ捲り、目を通す。余計な事は書いていないはず。
「うん。いいんじゃないか。これでいこう」
「有難うこざいます」
「三郎次の教え方は分かりやすいって生徒の間でも評判だぞ。それにしても三郎次から久々知先生って呼ばれるの、なんか変な感じだな」
お墨付きで返ってきた資料を受け取る際に先輩がやんわりと困った風に笑った。
「今回は授業の補佐で付きますから。授業中に先輩って呼ぶのもおかしいと思ったので試しに呼んでみました」
「それもそうだな。……さてと、授業の準備も終わったし。そろそろお昼か。今日の昼定食、楽しみにしているんだ」
文机の上にある試験の答案用紙や筆を片付ける先輩はうきうきとしていた。まあ、理由は何となくわかる。
「豆腐が出るんですか」
「うん。今日は豆腐ステーキなんだぞ」
ここ数年、食堂のメニューに豆腐が使われないことはないそうだ。主食でなくとも、副菜の小鉢で必ず豆腐料理が添えられる。
さっき食堂の方に寄ってきたと言ってたから、その時に確定したメニューを聞いたんだろう。
「もう一つは鰤の照り焼き定食らしいぞ」
「僕はそっちにします」
「三郎次はやっぱり肉より魚の方が好きなのか?」
「そんなことありませんよ。肉も好きです」
「じゃあ豆腐ステーキにすればいいのに。魚を敢えて選ぶのは漁師の息子だからなのかと」
確かに大豆は畑の肉と呼ばれる植物性タンパク質ではある。だからといって動物性の肉の代わりにはならない。以前久々知さんに物申したら「予算考えよう」と一蹴されてしまった。
「いや漁師の息子だからとか関係ありませんから。それ左近と久作にも言われましたよ」
それは結構昔の話で、昼食を一緒に食べようと誘った時のことだ。両隣に掛けた二人はハンバーグ定食を選び、自分だけが焼き魚定食を選んだ。「焼き魚定食の方が美味しい」と言ったら「三郎次は漁師の息子だから魚が好きなんだよ」と返されてしまったんだ。
元々お互いの寝相が原因で気まずい空気になっていたのに、更に気まずくなってしまい。結局その後はなんだかんだありながらも仲直りすることは出来たから良かったけど。
「そういうの偏見って言うんですよ。自分で言うのもなんですけど、好き嫌いはあまりない方です」
「ごめんごめん。でも、好き嫌いがないのは良いことだ。……そういえば先輩は? 先輩も午後から三年生に手裏剣指導だろ」
その手裏剣指導、本当は四年生が対象だった。が、諸事情で四年生全員が現在心身共にぼろぼろの状態らしく。
原因は言うまでもなく、というかいつもの如くこの人が絡んだものだ。
久々知さん伝てから聞いた霧華さんの話を聞いた俺は絶句。どう考えても久々知先輩はやり過ぎだし、仕掛けた鉢屋先輩も何を考えてるのか。理解の範疇を超える。死に急いでるとしか思えない。
「霧華さんは久々知さんの手伝いをするって食堂に行かれましたよ。今日は食堂のおばちゃんが留守にしてるから手伝いたいって」
「そうか。それは後で御礼を言わないと。不二子さんも慣れてるとはいえ、手伝ってもらったら助かるだろうし」
久々知先輩はそう言うと人の良い笑顔を浮かべた。普段、何もなければ良い先輩なんだけどな。一度久々知さんのこととなれば人が変わったように狂乱してしまう。
「そういえば、普段はどうしてるんだ? 先輩が料理してるのか」
「大抵は一緒に作ってますよ。手が離せない時や片方が忍務に出てる時はどっちかが作って待ってます」
思えば任せっきりというのは無い気がした。薪割り、洗濯、掃除も分担している。というか、霧華さんは基本的に朝が早い。日が昇る直前の薄暗い頃から起きているんだ。
俺が目を覚ます頃には竈は既に赤々と燃えているし、味噌汁の良い匂いはしてるし、台所で振り返った霧華さんには「おはよう。もう直出来上がるぞ」と言われる始末だ。
最初こそ「朝早すぎやしませんか」と訊ねたこともあった。長年身体に染み付いた習慣らしく「朝露が香る空気はうまいぞ」と返されたのも懐かしい。
それでも任せっきりはどうにも悔しくて。起きられなかった日の昼と夕は俺が用意したり、洗濯や薪割りもしたりした。そうこうするうちに協力制になっていったんだ。忍者たるもの一通りのことが出来なくては。
久々知先輩にそう語れば「へぇ〜」と長めの相槌を打たれる。
「なんか先輩後輩の延長線みたいだなそれだと」
「なんてこと言うんですか先輩」
「いや、つまりそれって三郎次が任せっきりは悪いって感じてるんだろ。昔の関係と全く変わらないなぁと思ってさ」
「変わってます! 今は先輩後輩じゃなく、夫婦なんですからっ!」
「そう怒るなって。俺が言いたいのは昔と変わらずに良い関係性が保ててるってことだ。変にぎくしゃくもしてないし。きっと先輩もそれが嬉しいって感じてるに違いない」
まあまあと落ち着いた様子で宥める久々知先輩。過去の委員会活動中もこんな風に感情を昂らせた俺や伊助たちを冷静に諭したことがある。言ってることは正論で、それ以上返すことはできない。
「因みに先輩の得意料理は?」
「肉じゃがですかね。御自身も好きみたいで」
霧華さんが在学中、食満先輩と「一番美味しいのは肉じゃが定食か、鯖の味噌煮定食か」でわざと揉めた場面に出くわしたことがあった。そこへ茶々入れで「から揚げかステーキ定食が美味しいです!」と口を挟んだ自分。今思えば割と命知らずだった気もする。
煮物は作り過ぎることも多々ある。そこで二人前以上出来上がった肉じゃがは久々知さん直伝の"りめいく"という調理法で違うものに生まれ変わるんだ。平たい皿に詰めて、焼き直したものとか結構美味しい。
「あ、知ってますか? 肉じゃがって作る時に梅干しを入れると煮崩れしにくいんですよ」
「梅干し?」
これも久々知さんから聞いた方法だと言えば、先輩の表情が驚きから嬉しそうなものへと変わる。緩んだ顔で「流石不二子さんだ」と喋る声色はもはや惚気のそれに近い。
「勿論、三郎次も先輩の作る肉じゃがは好きなんだろ?」
「そりゃ好きですよ。おばちゃんが作るやつよりも……って、何言わせてんですか!」
嫌味のない、笑顔。それを浮かべた久々知先輩を睨むも、効果は全くなし。
今のは惚気たつもりなんかじゃない。そう弁解しても先輩の表情はほくほく顔のままだった。
「わかるぞー三郎次。奥さんの手料理が一番だよな」
その理由はこれだった。自分が抱く気持ちと重ねたのか、うんうんと頷いてもみせる。本当にこの人、久々知さんのこと大好きだな、ほんと。
「でも、その手料理が今日のお昼にはみんなに振舞われてしまうんだよな。ちょっと焼いちゃうんじゃないのか?」
貴方の奥さんも日頃から全校生徒、学園関係者に手料理を振舞ってますよね。と口が滑るところだったけど、余計な火種になる予感しかしなかったので早々に言葉を飲み込んだ。
「いえ、別に」と無難な返しでその話題に終止符を打つことにした。
久々知先輩はお昼が待ちきれないのか、教材を片付けた後に「食堂へ向かおう」と俺を連れて職員室を出た。
長屋の廊下から見上げた空は薄曇り。所々雲の切れ間に淡色が顔を覗かせている。そよ風が吹く程度で、過ごしやすい気候だ。これ以上天気が崩れないといいんだけど。
「そういえば。鉢屋先輩が骨折したと聞いたのですが。しかも両足」
「ああ、そんなこともあったなぁ」
「既に過去の話みたいに。まだそんなに日が経ってないですよね。久々知先輩にやられたとも聞きましたが」
「まあ、色々あって」
「最近学園で色々起きるのは大体久々知先輩方が絡んでるんですけど、気の所為ですか」
「うーん、気の所為じゃないのか」
邪気のない顔。どこまで本気でそう思っているのだろうか。
「久々知先輩って、強火ですよね。田楽豆腐が黒焦げになりそうなぐらい」
「そうか? そこまで強くないと思うけどなあ」
同級生相手に大怪我負わせるのは強火じゃないのか。容赦がなさすぎる。
「いくら変装とは言え、奥さんが他の男といちゃついてるの見たら誰だって怒るだろ」
「それは、まあそうかもしれないですが。限度ってのが」
「三郎次だって先輩に絡んでる奴を見かけたら」
「両手両足折ってやろうかなと思いますね」
「……容赦ないな」
真顔で返した俺に久々知先輩が若干引いた気配がした。
さっきのはあくまで知らない相手だったバヤイで、旧友や知り合いだったら加減はする。
「そういえば」ふと思い出した話を俺は口にした。
二人で旅人を装いながら密書を運ぶ仕事の道中、密書を狙う曲者と応戦したことがある。その際、相手の獲物が霧華さんの顔を掠めて、避けた直後に後ろ髪をざっくり持っていかれた。今思い返しても腸が煮え返る。
「あの時は曲者の息の根止めてやろうかと思いましたよね。深追いするなと言われたんで止めましたけど」
「お前も十二分に強火だよ……。それで先輩の髪が短い時があったのか」
「不揃いになってしまったのでタカ丸さんの所で整えてもらったんです。その時タカ丸さん声にならない悲鳴上げてました」
「想像がつく。タカ丸さんは先輩の髪もお気に入りだったからなぁ」
タカ丸さんは久しぶりに会った先輩の髪を見て「何があったの!?」と肩を掴んで揺らしていた。慌てふためくのに対し「髪はまた伸びる」と落ち着いた返しはなんとも霧華さんらしかった。いや、そういう問題じゃないんだよなぁとこの時ばかりはタカ丸さんと俺の意見が一致。
「まあ、なんというか火薬委員って総じて強火な気もしてきた」
「常に強火なのは久々知先輩の方ですからね」
カーンと半鐘台が打ち鳴らした音が聞こえた。
「……と、こんな感じになりそうです。この流れで良いですか久々知先生」
今日の午後から行う五年生を対象とした火薬の授業。その補佐として呼ばれた俺は授業で使う資料を揃え、その確認を久々知先輩に頼んだ。
今回は授業の知識だけでは補えない、実際に現場で使われている手法を纏めた。
先輩は資料を一枚ずつ捲り、目を通す。余計な事は書いていないはず。
「うん。いいんじゃないか。これでいこう」
「有難うこざいます」
「三郎次の教え方は分かりやすいって生徒の間でも評判だぞ。それにしても三郎次から久々知先生って呼ばれるの、なんか変な感じだな」
お墨付きで返ってきた資料を受け取る際に先輩がやんわりと困った風に笑った。
「今回は授業の補佐で付きますから。授業中に先輩って呼ぶのもおかしいと思ったので試しに呼んでみました」
「それもそうだな。……さてと、授業の準備も終わったし。そろそろお昼か。今日の昼定食、楽しみにしているんだ」
文机の上にある試験の答案用紙や筆を片付ける先輩はうきうきとしていた。まあ、理由は何となくわかる。
「豆腐が出るんですか」
「うん。今日は豆腐ステーキなんだぞ」
ここ数年、食堂のメニューに豆腐が使われないことはないそうだ。主食でなくとも、副菜の小鉢で必ず豆腐料理が添えられる。
さっき食堂の方に寄ってきたと言ってたから、その時に確定したメニューを聞いたんだろう。
「もう一つは鰤の照り焼き定食らしいぞ」
「僕はそっちにします」
「三郎次はやっぱり肉より魚の方が好きなのか?」
「そんなことありませんよ。肉も好きです」
「じゃあ豆腐ステーキにすればいいのに。魚を敢えて選ぶのは漁師の息子だからなのかと」
確かに大豆は畑の肉と呼ばれる植物性タンパク質ではある。だからといって動物性の肉の代わりにはならない。以前久々知さんに物申したら「予算考えよう」と一蹴されてしまった。
「いや漁師の息子だからとか関係ありませんから。それ左近と久作にも言われましたよ」
それは結構昔の話で、昼食を一緒に食べようと誘った時のことだ。両隣に掛けた二人はハンバーグ定食を選び、自分だけが焼き魚定食を選んだ。「焼き魚定食の方が美味しい」と言ったら「三郎次は漁師の息子だから魚が好きなんだよ」と返されてしまったんだ。
元々お互いの寝相が原因で気まずい空気になっていたのに、更に気まずくなってしまい。結局その後はなんだかんだありながらも仲直りすることは出来たから良かったけど。
「そういうの偏見って言うんですよ。自分で言うのもなんですけど、好き嫌いはあまりない方です」
「ごめんごめん。でも、好き嫌いがないのは良いことだ。……そういえば先輩は? 先輩も午後から三年生に手裏剣指導だろ」
その手裏剣指導、本当は四年生が対象だった。が、諸事情で四年生全員が現在心身共にぼろぼろの状態らしく。
原因は言うまでもなく、というかいつもの如くこの人が絡んだものだ。
久々知さん伝てから聞いた霧華さんの話を聞いた俺は絶句。どう考えても久々知先輩はやり過ぎだし、仕掛けた鉢屋先輩も何を考えてるのか。理解の範疇を超える。死に急いでるとしか思えない。
「霧華さんは久々知さんの手伝いをするって食堂に行かれましたよ。今日は食堂のおばちゃんが留守にしてるから手伝いたいって」
「そうか。それは後で御礼を言わないと。不二子さんも慣れてるとはいえ、手伝ってもらったら助かるだろうし」
久々知先輩はそう言うと人の良い笑顔を浮かべた。普段、何もなければ良い先輩なんだけどな。一度久々知さんのこととなれば人が変わったように狂乱してしまう。
「そういえば、普段はどうしてるんだ? 先輩が料理してるのか」
「大抵は一緒に作ってますよ。手が離せない時や片方が忍務に出てる時はどっちかが作って待ってます」
思えば任せっきりというのは無い気がした。薪割り、洗濯、掃除も分担している。というか、霧華さんは基本的に朝が早い。日が昇る直前の薄暗い頃から起きているんだ。
俺が目を覚ます頃には竈は既に赤々と燃えているし、味噌汁の良い匂いはしてるし、台所で振り返った霧華さんには「おはよう。もう直出来上がるぞ」と言われる始末だ。
最初こそ「朝早すぎやしませんか」と訊ねたこともあった。長年身体に染み付いた習慣らしく「朝露が香る空気はうまいぞ」と返されたのも懐かしい。
それでも任せっきりはどうにも悔しくて。起きられなかった日の昼と夕は俺が用意したり、洗濯や薪割りもしたりした。そうこうするうちに協力制になっていったんだ。忍者たるもの一通りのことが出来なくては。
久々知先輩にそう語れば「へぇ〜」と長めの相槌を打たれる。
「なんか先輩後輩の延長線みたいだなそれだと」
「なんてこと言うんですか先輩」
「いや、つまりそれって三郎次が任せっきりは悪いって感じてるんだろ。昔の関係と全く変わらないなぁと思ってさ」
「変わってます! 今は先輩後輩じゃなく、夫婦なんですからっ!」
「そう怒るなって。俺が言いたいのは昔と変わらずに良い関係性が保ててるってことだ。変にぎくしゃくもしてないし。きっと先輩もそれが嬉しいって感じてるに違いない」
まあまあと落ち着いた様子で宥める久々知先輩。過去の委員会活動中もこんな風に感情を昂らせた俺や伊助たちを冷静に諭したことがある。言ってることは正論で、それ以上返すことはできない。
「因みに先輩の得意料理は?」
「肉じゃがですかね。御自身も好きみたいで」
霧華さんが在学中、食満先輩と「一番美味しいのは肉じゃが定食か、鯖の味噌煮定食か」でわざと揉めた場面に出くわしたことがあった。そこへ茶々入れで「から揚げかステーキ定食が美味しいです!」と口を挟んだ自分。今思えば割と命知らずだった気もする。
煮物は作り過ぎることも多々ある。そこで二人前以上出来上がった肉じゃがは久々知さん直伝の"りめいく"という調理法で違うものに生まれ変わるんだ。平たい皿に詰めて、焼き直したものとか結構美味しい。
「あ、知ってますか? 肉じゃがって作る時に梅干しを入れると煮崩れしにくいんですよ」
「梅干し?」
これも久々知さんから聞いた方法だと言えば、先輩の表情が驚きから嬉しそうなものへと変わる。緩んだ顔で「流石不二子さんだ」と喋る声色はもはや惚気のそれに近い。
「勿論、三郎次も先輩の作る肉じゃがは好きなんだろ?」
「そりゃ好きですよ。おばちゃんが作るやつよりも……って、何言わせてんですか!」
嫌味のない、笑顔。それを浮かべた久々知先輩を睨むも、効果は全くなし。
今のは惚気たつもりなんかじゃない。そう弁解しても先輩の表情はほくほく顔のままだった。
「わかるぞー三郎次。奥さんの手料理が一番だよな」
その理由はこれだった。自分が抱く気持ちと重ねたのか、うんうんと頷いてもみせる。本当にこの人、久々知さんのこと大好きだな、ほんと。
「でも、その手料理が今日のお昼にはみんなに振舞われてしまうんだよな。ちょっと焼いちゃうんじゃないのか?」
貴方の奥さんも日頃から全校生徒、学園関係者に手料理を振舞ってますよね。と口が滑るところだったけど、余計な火種になる予感しかしなかったので早々に言葉を飲み込んだ。
「いえ、別に」と無難な返しでその話題に終止符を打つことにした。
久々知先輩はお昼が待ちきれないのか、教材を片付けた後に「食堂へ向かおう」と俺を連れて職員室を出た。
長屋の廊下から見上げた空は薄曇り。所々雲の切れ間に淡色が顔を覗かせている。そよ風が吹く程度で、過ごしやすい気候だ。これ以上天気が崩れないといいんだけど。
「そういえば。鉢屋先輩が骨折したと聞いたのですが。しかも両足」
「ああ、そんなこともあったなぁ」
「既に過去の話みたいに。まだそんなに日が経ってないですよね。久々知先輩にやられたとも聞きましたが」
「まあ、色々あって」
「最近学園で色々起きるのは大体久々知先輩方が絡んでるんですけど、気の所為ですか」
「うーん、気の所為じゃないのか」
邪気のない顔。どこまで本気でそう思っているのだろうか。
「久々知先輩って、強火ですよね。田楽豆腐が黒焦げになりそうなぐらい」
「そうか? そこまで強くないと思うけどなあ」
同級生相手に大怪我負わせるのは強火じゃないのか。容赦がなさすぎる。
「いくら変装とは言え、奥さんが他の男といちゃついてるの見たら誰だって怒るだろ」
「それは、まあそうかもしれないですが。限度ってのが」
「三郎次だって先輩に絡んでる奴を見かけたら」
「両手両足折ってやろうかなと思いますね」
「……容赦ないな」
真顔で返した俺に久々知先輩が若干引いた気配がした。
さっきのはあくまで知らない相手だったバヤイで、旧友や知り合いだったら加減はする。
「そういえば」ふと思い出した話を俺は口にした。
二人で旅人を装いながら密書を運ぶ仕事の道中、密書を狙う曲者と応戦したことがある。その際、相手の獲物が霧華さんの顔を掠めて、避けた直後に後ろ髪をざっくり持っていかれた。今思い返しても腸が煮え返る。
「あの時は曲者の息の根止めてやろうかと思いましたよね。深追いするなと言われたんで止めましたけど」
「お前も十二分に強火だよ……。それで先輩の髪が短い時があったのか」
「不揃いになってしまったのでタカ丸さんの所で整えてもらったんです。その時タカ丸さん声にならない悲鳴上げてました」
「想像がつく。タカ丸さんは先輩の髪もお気に入りだったからなぁ」
タカ丸さんは久しぶりに会った先輩の髪を見て「何があったの!?」と肩を掴んで揺らしていた。慌てふためくのに対し「髪はまた伸びる」と落ち着いた返しはなんとも霧華さんらしかった。いや、そういう問題じゃないんだよなぁとこの時ばかりはタカ丸さんと俺の意見が一致。
「まあ、なんというか火薬委員って総じて強火な気もしてきた」
「常に強火なのは久々知先輩の方ですからね」
カーンと半鐘台が打ち鳴らした音が聞こえた。