軽率なコラボシリーズ
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恋愛偏差値ゼロ同士の恋バナ
所用で立ち寄った忍術学園の食堂に顔を出すなり「霧華さん!」と久々知さんに手をがっしりと掴まれた。
そこに居合わせた土井先生に挨拶をする暇も許されず。かろうじて会釈をすると、やれやれといった風の半笑いが返ってきた。
何かあったのだろうか。
彼女は頑なに私の手を離そうとしない。
「捕まえてなくとも逃げませんよ」と言えば「忍者のしませんよは当てにならないんだよ。知ってた?」と真顔で返されてしまった。それはご尤も。
私を何処かへ連れ出そうとする久々知さんが最初こそ鉢屋の変装かとも疑いをかけた。だが、遠慮なしに掴んできたこの手。水仕事で荒れた手が何よりの証。変装した者はバレないよう所作に気を使うものだ。
それに久々知さんが何か企てているようにも思えない。
彼女はわくわくとした様子でもあった。
◇
学園内にある月見亭に私を連れてきた久々知さんは東屋で腰を下ろし、どこから出したのかお茶一式とお茶漬けの包みを用意した。
「どうされたんですか、これ」
「さっき利吉さんが手土産ってくれたの。二人分」
「それは貴女と兵助に買ってきたものでは」
「多分。でも利吉さんから貰ったって言ったら兵助くんへそ曲げるだろうし」
「違いない」
「だから証拠隠滅アンド連帯責任ということで。お茶熱いから気をつけてね」
渡された湯呑みを何となしに覗き込む。珍しいことに吉兆である茶柱が立っていた。
何か良い事が起こる前触れか。こうして茶と茶菓子にありつけたのがそれかもしれない。
包みの中には三色団子が三本。小腹も空いていたし、難有く頂戴するとしよう。
「さっき土井先生に食べませんか? って訊いたらちょっとそれはみたいな顔されたんだよね」
「土井先生のお気持ちはよくわかります。理由は何にしろ、二人でこっそり甘味を食べたとなれば兵助が怖いですからね」
それでさっき土井先生は微妙な表情をされていたのか。女の私が相手であれば多少は不機嫌を回避できるだろうと思っていたのだろう。それも裏目に出るやもしれないというのに。
しかし、利吉さんもとんだ厄介事を持ち込んだものだ。嫌がらせか、はたまた面白がっているのか。どちらでもありそうだ。
渦中の人物は「このお団子もちもちで美味しい!」と呑気に頬張っていた。
「それで、わざわざこちらまで引っ張ってきた理由は他にもあるのでしょう。他者に聞かれたくないような話でも?」
団子を食べるだけなら食堂の片隅で事足りる。兵助に嗅ぎつけられないことが大前提ではあるが。
久々知さんは遥か彼方の時代から嫁いできた様なもの。この時代の仕来り等で悩みを抱えているのかもしれない。
私が話を聞いたところで的確な助言が出来るかはわからない。多少なりとも打ち明け先になれば。そう構えていたのだが。
茶を一口喉に流し込んだ久々知さんはふうと息を吐いた。
「霧華さんと恋バナがしたくて」
「……恋バナ」
「うん。恋バナ」
悩みの色一つない顔で久々知さんはそう言った。
「だってほら、前にも言ったけどそういう話をする相手がいなかったから。霧華さんとも何だかんだ話す機会そんなになかったし」
「それは、すみませんでした。勘の良い貴女でしたので……正直に言うと避けていた節はあります」
「やっぱり。うん、私鋭いよね?」
「注目点はそこですか」
避けていたこと自体は気に留めないのか。少なからず動揺するのではと危惧するも不要のようだった。
「女の子ってバレたくないんだろうなあって思ってたし。だから、今こうして気兼ねなく話せるから恋バナしたくて」
「恋バナと言われましても。何を話せば良いのやら」
「池田くんとの馴れ初めを聞きたい」
「……面白みに欠けると思いますが。むしろ私は不二子さんが兵助にいつ惚れたのか気になります」
あれだけ不二子さんに想いを寄せていた兵助。それを二度も振った人だ。どういう心境の変化だったのか興味深くもある。
私は団子を一つ齧り、茶柱ごと茶を飲み込んだ。
不二子さんは私が下の名前で呼んだことに目を瞬かせていた。
「まあ、今は兵助の気配もないので。暫くの間は」
「うん。ありがと」
親しみを込めて呼ぶだけでパッと笑顔を咲かせる。
姿が変わろうと、正体を明かそうとも己は己である。手のひらを返したように扱われるのを私は好まない。もしかすると、彼女もどこか似た感情を内に秘めているのかもしれないと思っていた。
「で、池田くんとはいつどこで?」
「面識は三郎次が一年の頃からですね。とは言え、一瞬でしたが。一年生は夜間実習の一つとして野外で一晩を過ごすものがあります。そこへ偶々実習帰りに通りかかりまして」
あまりに熱心な眼差しで私の話に相槌を打つので、妙な緊張感を抱いた。こういった類の話は伊作や留三郎にもしたことがないな、そういえば。
「……その際、木から落っこちそうになった三郎次を助けました」
「まさに運命の出逢い……!」
「運命かどうかはわかりませんけれど。暗がりでしたし、彼らの顔はあまりよく憶えていませんでした」
今年も元気で素直な良い子たちが入学してきた。その程度の認識しかなかった。
会話も二、三程度しか交わしていない。何せ実習帰りで気が立っている連中が多かった。あの時一緒にいた長次も若干ピリピリとしていたものだ。私たちがあの場に留まれば他の連中も何だかんだと集まってくる。まだ入学して間もない一年生に、鬼のような形相をした同級生と会わせるわけにもいかなかった。
「多分、池田くんその頃から霧華さんに憧れてたんじゃないかな」
「そう、でしょうか。……言われてみれば、あれからやたらと一年生の視線を感じた気もします。それでも話しかけては来なかったので、毎年恒例の上級生に対する羨望の眼差しぐらいにしか思っていませんでしたね」
「え、じゃあ初めて話したのは?」
「私が六年になり火薬委員会に入った時ですね、まともに会話を交わしたのは」
土井先生に人手不足だからと懇願されて入った火薬委員会。自分が思っている以上に実りある活動ができた。
様々なことがあったものだ。予算会議、委員会別対抗戦、大運動会、文化祭。揉め事も多々あったが、今では良い思い出となっている。
「新学期のタイミングよりも遅れて入ったんだっけ?」
「ええ。少し考える時間が欲しかったのと、ドクタケのせいで返事が遅れてしまったので」
「そっか。池田くん、霧華さんが火薬委員会に入ってくれてすごーく嬉しかったんじゃないかな」
「確かに。誰よりも顔が輝いていたような気もします」
うんうんと頷く不二子さんは実にニコニコと嬉しそうだった。
「霧華さんは池田くんのことその時はどう思ってたの?」
「可愛い後輩としか。……先輩先輩と慕ってくれていたあの小さな三郎次が今や私の背も越えました。あんなに立派に成長して」
年を経るごとに強く頼もしくなり、今では立派な忍びとなった。成長をずっと見守っていた側としては感慨深くなってしまい思わず熱くなった目頭を押さえた。
「霧華さん。それなんか恋心と違う。目線が親というか先生になってる」
「すみません、つい」
「でも、そう考えると池田くんってなんだか向日葵みたいですね」
そう言いながら不二子さんは青い空を仰ぐ。
聞き慣れない単語に「ひまわり?」と訊き返せばキョトンとされた。
「あれ、まだこの時代にない……? 植物で、大きな花を咲かせるんだよ。中心がこのくらいあって、その周りに黄色い花びらがあるの」
身振り手振り、人差し指で宙に描いたひまわりという花。人の顔よりも大きな花を咲かせるらしかった。
「背丈もぐんぐん伸びるの。あ、夏に咲く花なんだけど。私よりもずっと背が高くなる。その花、咲いてる間はずっとお日様の方を向くんだ」
「大抵の植物は光を求めるので、自然の摂理ではありますね」
「うん。向日葵は花が大きいから余計に目立ってそう思えるのかも。それで、私の時代ではひたむきに好きな相手を追いかける人のことを向日葵みたいな人って言うかな。池田くん、ずっと追いかけ続けてたみたいだし。紅蓮くんの時からずっと」
「……直向きに」
己に向けられた羨望の眼差しと想いは決して嫌なものではなかった。あれは純粋な気持ちだとばかり思っていたからだ。
三郎次の気持ちにもう少し早く気づいてやれたら、何か変わっていただろうか。いや、そう大して現状は変わらない気もした。
こんな鈍い奴に長い間愛想も尽かさず、今も変わらず慕い敬ってくれている。これ以上の幸せがあるだろうか。
湯呑みに映る顔はほんの少し、微笑んでいた。
「霧華さん?」
「私はとことん鈍い奴だと改めて自覚した所です。私の話はこのぐらいにして、貴女はどうなんです。兵助にいつから惹かれていたんですか」
私が語り手の順番を譲れば彼女は「うっ」と声を詰まらせた。人の話を聞くのは楽しいが、いざ自分の番となれば躊躇うものか。
目を左右に泳がせ、頬を染める。存外わかりやすい人だ。
「いつ……っていうのは、明確には。気がついたらというか、兵助くんの存在が空気みたいに当たり前になっていったというか」
「それはもうなくてはならない存在ですね。空気がなければ窒息してしまう」
「そういう言い方恥ずかしい……!」
恥じらう姿は町娘同様。こんな風に照れた仕草も、あの兵助は男の目に触れさせたくないのだろうな。
私はちらりと傍らの植え込みに目を向けた。気配が二つ、こちらをひっそりと窺っている。
「楽な呼吸。兵助の側では自然とそれができるのでしょう。久々知さんと兵助は本当にお似合いですよ。これからも仲睦まじく、先を共に歩んでください」
「うう……それは霧華さんにも言えること。池田くんと末永くお幸せにぃぃ!」
「有難うございます」
◇
一方、月見亭東家の傍にある植え込みに身を潜めていた兵助と三郎次はこそこそと会話をしていた。
今日も食堂で落ち合うことにしていた三郎次は紅蓮の姿を探しており、見かけた忍たまから「久々知さんに連れられていった」という情報を入手。探す途中で兵助と合流して今に至る。
二人が何やらお茶をしながら会話を楽しんでいたので、耳をそばだててみれば。自分たちのことを話していたではないか。
「……それにしても、三郎次は本当に健気だったんだなあ。涙ぐましくなるよ」
「健気というか、割と命がけでしたよ。四年の課題時には問答無用で投げ飛ばされたし、六年の時にした本気の組手は死ぬかと思いました。敵に回したくない人ナンバーワンです色んな意味で」
「先輩、課題や実習の時は後輩相手でも容赦ないからな……まあ、でもわかるぞ。俺も先輩とは二度と組手はしたくない。……あの人の立ち回りが読めなさすぎて」
「久々知先輩こそ、二度も振られたのによく諦めませんでしたよね。それこそ健気ですよ」
「ははっ……我々は忍耐強いのかもしれないな」
所用で立ち寄った忍術学園の食堂に顔を出すなり「霧華さん!」と久々知さんに手をがっしりと掴まれた。
そこに居合わせた土井先生に挨拶をする暇も許されず。かろうじて会釈をすると、やれやれといった風の半笑いが返ってきた。
何かあったのだろうか。
彼女は頑なに私の手を離そうとしない。
「捕まえてなくとも逃げませんよ」と言えば「忍者のしませんよは当てにならないんだよ。知ってた?」と真顔で返されてしまった。それはご尤も。
私を何処かへ連れ出そうとする久々知さんが最初こそ鉢屋の変装かとも疑いをかけた。だが、遠慮なしに掴んできたこの手。水仕事で荒れた手が何よりの証。変装した者はバレないよう所作に気を使うものだ。
それに久々知さんが何か企てているようにも思えない。
彼女はわくわくとした様子でもあった。
◇
学園内にある月見亭に私を連れてきた久々知さんは東屋で腰を下ろし、どこから出したのかお茶一式とお茶漬けの包みを用意した。
「どうされたんですか、これ」
「さっき利吉さんが手土産ってくれたの。二人分」
「それは貴女と兵助に買ってきたものでは」
「多分。でも利吉さんから貰ったって言ったら兵助くんへそ曲げるだろうし」
「違いない」
「だから証拠隠滅アンド連帯責任ということで。お茶熱いから気をつけてね」
渡された湯呑みを何となしに覗き込む。珍しいことに吉兆である茶柱が立っていた。
何か良い事が起こる前触れか。こうして茶と茶菓子にありつけたのがそれかもしれない。
包みの中には三色団子が三本。小腹も空いていたし、難有く頂戴するとしよう。
「さっき土井先生に食べませんか? って訊いたらちょっとそれはみたいな顔されたんだよね」
「土井先生のお気持ちはよくわかります。理由は何にしろ、二人でこっそり甘味を食べたとなれば兵助が怖いですからね」
それでさっき土井先生は微妙な表情をされていたのか。女の私が相手であれば多少は不機嫌を回避できるだろうと思っていたのだろう。それも裏目に出るやもしれないというのに。
しかし、利吉さんもとんだ厄介事を持ち込んだものだ。嫌がらせか、はたまた面白がっているのか。どちらでもありそうだ。
渦中の人物は「このお団子もちもちで美味しい!」と呑気に頬張っていた。
「それで、わざわざこちらまで引っ張ってきた理由は他にもあるのでしょう。他者に聞かれたくないような話でも?」
団子を食べるだけなら食堂の片隅で事足りる。兵助に嗅ぎつけられないことが大前提ではあるが。
久々知さんは遥か彼方の時代から嫁いできた様なもの。この時代の仕来り等で悩みを抱えているのかもしれない。
私が話を聞いたところで的確な助言が出来るかはわからない。多少なりとも打ち明け先になれば。そう構えていたのだが。
茶を一口喉に流し込んだ久々知さんはふうと息を吐いた。
「霧華さんと恋バナがしたくて」
「……恋バナ」
「うん。恋バナ」
悩みの色一つない顔で久々知さんはそう言った。
「だってほら、前にも言ったけどそういう話をする相手がいなかったから。霧華さんとも何だかんだ話す機会そんなになかったし」
「それは、すみませんでした。勘の良い貴女でしたので……正直に言うと避けていた節はあります」
「やっぱり。うん、私鋭いよね?」
「注目点はそこですか」
避けていたこと自体は気に留めないのか。少なからず動揺するのではと危惧するも不要のようだった。
「女の子ってバレたくないんだろうなあって思ってたし。だから、今こうして気兼ねなく話せるから恋バナしたくて」
「恋バナと言われましても。何を話せば良いのやら」
「池田くんとの馴れ初めを聞きたい」
「……面白みに欠けると思いますが。むしろ私は不二子さんが兵助にいつ惚れたのか気になります」
あれだけ不二子さんに想いを寄せていた兵助。それを二度も振った人だ。どういう心境の変化だったのか興味深くもある。
私は団子を一つ齧り、茶柱ごと茶を飲み込んだ。
不二子さんは私が下の名前で呼んだことに目を瞬かせていた。
「まあ、今は兵助の気配もないので。暫くの間は」
「うん。ありがと」
親しみを込めて呼ぶだけでパッと笑顔を咲かせる。
姿が変わろうと、正体を明かそうとも己は己である。手のひらを返したように扱われるのを私は好まない。もしかすると、彼女もどこか似た感情を内に秘めているのかもしれないと思っていた。
「で、池田くんとはいつどこで?」
「面識は三郎次が一年の頃からですね。とは言え、一瞬でしたが。一年生は夜間実習の一つとして野外で一晩を過ごすものがあります。そこへ偶々実習帰りに通りかかりまして」
あまりに熱心な眼差しで私の話に相槌を打つので、妙な緊張感を抱いた。こういった類の話は伊作や留三郎にもしたことがないな、そういえば。
「……その際、木から落っこちそうになった三郎次を助けました」
「まさに運命の出逢い……!」
「運命かどうかはわかりませんけれど。暗がりでしたし、彼らの顔はあまりよく憶えていませんでした」
今年も元気で素直な良い子たちが入学してきた。その程度の認識しかなかった。
会話も二、三程度しか交わしていない。何せ実習帰りで気が立っている連中が多かった。あの時一緒にいた長次も若干ピリピリとしていたものだ。私たちがあの場に留まれば他の連中も何だかんだと集まってくる。まだ入学して間もない一年生に、鬼のような形相をした同級生と会わせるわけにもいかなかった。
「多分、池田くんその頃から霧華さんに憧れてたんじゃないかな」
「そう、でしょうか。……言われてみれば、あれからやたらと一年生の視線を感じた気もします。それでも話しかけては来なかったので、毎年恒例の上級生に対する羨望の眼差しぐらいにしか思っていませんでしたね」
「え、じゃあ初めて話したのは?」
「私が六年になり火薬委員会に入った時ですね、まともに会話を交わしたのは」
土井先生に人手不足だからと懇願されて入った火薬委員会。自分が思っている以上に実りある活動ができた。
様々なことがあったものだ。予算会議、委員会別対抗戦、大運動会、文化祭。揉め事も多々あったが、今では良い思い出となっている。
「新学期のタイミングよりも遅れて入ったんだっけ?」
「ええ。少し考える時間が欲しかったのと、ドクタケのせいで返事が遅れてしまったので」
「そっか。池田くん、霧華さんが火薬委員会に入ってくれてすごーく嬉しかったんじゃないかな」
「確かに。誰よりも顔が輝いていたような気もします」
うんうんと頷く不二子さんは実にニコニコと嬉しそうだった。
「霧華さんは池田くんのことその時はどう思ってたの?」
「可愛い後輩としか。……先輩先輩と慕ってくれていたあの小さな三郎次が今や私の背も越えました。あんなに立派に成長して」
年を経るごとに強く頼もしくなり、今では立派な忍びとなった。成長をずっと見守っていた側としては感慨深くなってしまい思わず熱くなった目頭を押さえた。
「霧華さん。それなんか恋心と違う。目線が親というか先生になってる」
「すみません、つい」
「でも、そう考えると池田くんってなんだか向日葵みたいですね」
そう言いながら不二子さんは青い空を仰ぐ。
聞き慣れない単語に「ひまわり?」と訊き返せばキョトンとされた。
「あれ、まだこの時代にない……? 植物で、大きな花を咲かせるんだよ。中心がこのくらいあって、その周りに黄色い花びらがあるの」
身振り手振り、人差し指で宙に描いたひまわりという花。人の顔よりも大きな花を咲かせるらしかった。
「背丈もぐんぐん伸びるの。あ、夏に咲く花なんだけど。私よりもずっと背が高くなる。その花、咲いてる間はずっとお日様の方を向くんだ」
「大抵の植物は光を求めるので、自然の摂理ではありますね」
「うん。向日葵は花が大きいから余計に目立ってそう思えるのかも。それで、私の時代ではひたむきに好きな相手を追いかける人のことを向日葵みたいな人って言うかな。池田くん、ずっと追いかけ続けてたみたいだし。紅蓮くんの時からずっと」
「……直向きに」
己に向けられた羨望の眼差しと想いは決して嫌なものではなかった。あれは純粋な気持ちだとばかり思っていたからだ。
三郎次の気持ちにもう少し早く気づいてやれたら、何か変わっていただろうか。いや、そう大して現状は変わらない気もした。
こんな鈍い奴に長い間愛想も尽かさず、今も変わらず慕い敬ってくれている。これ以上の幸せがあるだろうか。
湯呑みに映る顔はほんの少し、微笑んでいた。
「霧華さん?」
「私はとことん鈍い奴だと改めて自覚した所です。私の話はこのぐらいにして、貴女はどうなんです。兵助にいつから惹かれていたんですか」
私が語り手の順番を譲れば彼女は「うっ」と声を詰まらせた。人の話を聞くのは楽しいが、いざ自分の番となれば躊躇うものか。
目を左右に泳がせ、頬を染める。存外わかりやすい人だ。
「いつ……っていうのは、明確には。気がついたらというか、兵助くんの存在が空気みたいに当たり前になっていったというか」
「それはもうなくてはならない存在ですね。空気がなければ窒息してしまう」
「そういう言い方恥ずかしい……!」
恥じらう姿は町娘同様。こんな風に照れた仕草も、あの兵助は男の目に触れさせたくないのだろうな。
私はちらりと傍らの植え込みに目を向けた。気配が二つ、こちらをひっそりと窺っている。
「楽な呼吸。兵助の側では自然とそれができるのでしょう。久々知さんと兵助は本当にお似合いですよ。これからも仲睦まじく、先を共に歩んでください」
「うう……それは霧華さんにも言えること。池田くんと末永くお幸せにぃぃ!」
「有難うございます」
◇
一方、月見亭東家の傍にある植え込みに身を潜めていた兵助と三郎次はこそこそと会話をしていた。
今日も食堂で落ち合うことにしていた三郎次は紅蓮の姿を探しており、見かけた忍たまから「久々知さんに連れられていった」という情報を入手。探す途中で兵助と合流して今に至る。
二人が何やらお茶をしながら会話を楽しんでいたので、耳をそばだててみれば。自分たちのことを話していたではないか。
「……それにしても、三郎次は本当に健気だったんだなあ。涙ぐましくなるよ」
「健気というか、割と命がけでしたよ。四年の課題時には問答無用で投げ飛ばされたし、六年の時にした本気の組手は死ぬかと思いました。敵に回したくない人ナンバーワンです色んな意味で」
「先輩、課題や実習の時は後輩相手でも容赦ないからな……まあ、でもわかるぞ。俺も先輩とは二度と組手はしたくない。……あの人の立ち回りが読めなさすぎて」
「久々知先輩こそ、二度も振られたのによく諦めませんでしたよね。それこそ健気ですよ」
「ははっ……我々は忍耐強いのかもしれないな」