軽率なコラボシリーズ
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簪を贈った後輩
「久々知先輩って」
伊助が何となしに始めたとある話。
よもや色恋沙汰で本人がいない時に盛り上がるとは兵助も思っていなかっただろう。
本日の火薬委員会の活動は焔硝蔵の掃除。周囲の草取り、焔硝蔵内の塵取りを行っていた。
人員は五年い組の兵助を除き、自分を含めた四人。兵助は合同実習で二日ばかり留守にしている。
焔硝蔵周囲の草取りを終え、内部の掃除隊に加わろうと中に入った時にそんな話が聞こえてきた。
「不二子さんのこと好いてますよね」
「伊助もやっぱりそう思うか」
「うんうん。久々知くん、見てて分かりやすいよね」
後輩たちが兵助の色恋沙汰について話していた。しかも否定は一つもなく満場一致。
そこで私はこの五年間をはたと振り返る。一つ下の学年であったから、それこそ下級生の頃は互いに張り合って衝突することもあった。主に血気盛んな奴らが。
私は学年合同授業の時に兵助と組手をしたこともある。ちょうど一年前か。その時は当時五年生の私たち全員が勝利を収める形となった。
これは後に竹谷から訊いた話だが「葉月先輩とはもう組手をしたくない」とまで言っていたらしい。そこまで痛めつけたつもりはないんだが。
そんな兵助は真面目で優秀であるが、豆腐に関しては見境がなくなる。ああ、そうだ。豆腐が相手じゃないのが気になるところだ。
「……豆腐が相手ではないんだな」
「葉月委員長。それ本気で言ってますか」
「不二子さん実は豆腐人間……だから久々知先輩も気にされて」
「豆腐に依り代にされてるとか」
「タカ丸さん! 怖いこと言わないでくださいよ」
「でも、もしかすると。最近の食堂のメニュー、やけに豆腐が増えたと思わないか。それが理由ならわかる。久々知先輩は不二子さんの正体が豆腐人間だと見破っているのかも」
「ひいいぃ!」
タカ丸と三郎次が掲げた「不二子さん豆腐人間説」に伊助が恐ろしいものを見るような悲鳴を上げた。
「タカ丸、三郎次。からかうのはその辺にしておけ。流石に豆腐人間ではないだろう。多分」
「多分って! そもそも委員長が相手が豆腐じゃないんだとか言い出すからですよ!」
「すまない。この間兵助が豆腐の城に招待された夢を見たとか言っていたものだから」
豆腐に乗って辿り着いた場所はそれはもう素敵な豆腐の城だったと。目を輝かせ、恍惚とした表情で語った。
私の話に後輩たちは呆れたような、兵助らしいとでも言いたそうな表情を見せる。
「豆腐の城。すぐ落城しそうですね。主に強度の面で」
「カノン砲一発で崩れるだろうな。いや、二、三発程度は必要か」
「そんなこと言ったら駄目だよ二人とも。久々知くんが怒っちゃう」
「その豆腐の城が敵か味方かもわからないのに加勢しそうですよね」
「久々知先輩ならあり得る」
この通りだ。兵助は豆腐に関して見境がない。その一点しか見えなくなる。
いや、待てよ。短所とも言えるべきこれが不二子さんの存在で少しは緩和されるかもしれない。応援してやりたいところではある。
ただ、伊作も同じ相手に想いを寄せている気がした。伊作自身から聞いたわけではないが、六年共に生活していればわかるというもの。
ひょんなことから不二子さんの話が出れば、柔らかい表情を浮かべる。あれは恋慕の目だ。
「紅蓮くんは好きな人いないの?」
伊助と三郎次が「不二子さんのここに惹かれたんじゃないか」とか「最初にお世話係になってたのも久々知先輩でしたよね」と盛り上がる最中、不意に投げかけられたタカ丸からの問い。
まさか飛び火するとは思いもよらず。
好いた相手、か。
思い浮かぶ顔は全くといってない。
忍者の三禁の一つ、色に惑わされることなく六年過ごしてきた。
私が一思案している間に視線の数が二つ増える。他人の恋話が楽しい年頃なのだろう。
「いない」
「そうなの? 紅蓮くんモテそうなのに」
「葉月先輩、町で結構声掛けられてますよね。不二子さんも言ってましたよ。えーと、逆ナンされてそうって」
「伊助。人気があるからといって、好いた相手がいるわけじゃないさ」
「まあ、それはそうですよねぇ。いるのかなぁってちょっと気になったんです」
「興味がないわけじゃないんだよね?」
「まあ、な。心動かされるような言葉や人に出逢っていないだけだ」
途端に伊助とタカ丸の目が星光のように輝いた。
「かっこい〜!」
「先輩、もしそんな人が現れて祝言を挙げる時は是非うちで染めた反物で婚礼衣装を!」
「髪結いは僕に任せてよ」
「そんな日が来たらな。……三郎次、どうしたんだ?」
「いえ、別に」
何故か急に不貞腐れた様子で口をへの字に曲げた三郎次。その心境をタカ丸が三郎次の背後から両肩に手をぽんと置いて代弁した。
「先輩がどこの誰かもわからない人に盗られるのが嫌だなぁって」
「タカ丸さんっ! 人の心を読まないでください!」
振り向いた三郎次はタカ丸に食ってかかりそうな勢いであった。その顔は耳まで真っ赤になっている。
「ごめんごめん。でも、大丈夫じゃないかな。頑張ってね三郎次くん」
「何をですか」
「うーん。そのうちわかるかも?」
「なんですかそれ。言った本人が首傾げないでくださいよ。……でも、もし本当に恋仲の人が現れたらそっちばかりに構うだろうし、僕らのことなんておざなりになるんだろうなって」
しゅんと項垂れた三郎次の言葉と姿。
昔同じことをぼやいた友の姿と刹那重なる。嗚呼、私は対人関係に恵まれているな。
「例え好いた相手ができようと、お前たちのことを適当にあしらう様な真似はせんよ。私にとってみんな大事な後輩だからな」
私がそう言えば三つの顔は嬉しそうに綻んだ。花が咲いたような、笑顔を。
「さて、色恋沙汰の話になったついでに頭に入れておいた方が良い知識を話しておく。既に授業で習っていたら復習だと思って聞いてくれ」
「はい!」
伊助の元気な返事に私は笑みを返し、皆の顔を見渡した。
「女子に贈り物をする際は物によって意味合いが異なることを覚えておくように。先ず、簪は貴女を守りたい。一生を共にしたいなどの愛情の意が込められている。次に櫛だが、これは苦死に掛けられており、死ぬまで共に添い遂げようという意味がある。どちらも求婚と捉えて良いものだな。まあ、時と場合にもよるが。何にせよ気軽に贈ると勘違いさせることもあるので注意すること」
簪、櫛に留まらず紅や着物も十分に注意を払った方が良いと話す。
「はい、先輩。鏡には何か意味はありますか? 実家の漁師仲間が螺鈿細工の鏡を最近造ってるんです。土産物として売り出そうかって」
「鏡か」
「僕知ってるよ。鏡はね魔除けや御守りとして贈ることが多いんだよ。前にお客さんから聞いたことがある」
柔和な笑みを浮かべ、人差し指をぴっと立てる仕草を見せるタカ丸。まさに髪結い処は情報を集めるのにうってつけの場所だ。
私は溜息を一つ漏らした。
来週に控えたある実習授業が杞憂でならない。
「来週は女装実習が三日間ある。下級生と上級生では課題が異なるが、町に出た際は気をつけること。巡回の先生方も居られるが、身の危険を感じたら然るべき手段を用い脱するように。私が近くにいた場合は助けに入る」
「紅蓮くん、顔がこわいよ……目が笑ってない」
「大事な後輩だからな。何れにせよ相手には下心があると思って対応した方が良い。先の贈り物もだが、策を練った上で受け取るか受け取らないかの選択をすることだ」
後日、兵助が涼やかな青いとんぼ玉の簪を不二子さんに土産として買ってきたと聞いた時には驚いてしまった。熱心に見立てたともいう。これは、やはり本気なのか。
しかし贈られた本人は「綺麗だよねー」と呑気に笑っていた。行く末まではどうやらまだまだ長そうだ。
「久々知先輩って」
伊助が何となしに始めたとある話。
よもや色恋沙汰で本人がいない時に盛り上がるとは兵助も思っていなかっただろう。
本日の火薬委員会の活動は焔硝蔵の掃除。周囲の草取り、焔硝蔵内の塵取りを行っていた。
人員は五年い組の兵助を除き、自分を含めた四人。兵助は合同実習で二日ばかり留守にしている。
焔硝蔵周囲の草取りを終え、内部の掃除隊に加わろうと中に入った時にそんな話が聞こえてきた。
「不二子さんのこと好いてますよね」
「伊助もやっぱりそう思うか」
「うんうん。久々知くん、見てて分かりやすいよね」
後輩たちが兵助の色恋沙汰について話していた。しかも否定は一つもなく満場一致。
そこで私はこの五年間をはたと振り返る。一つ下の学年であったから、それこそ下級生の頃は互いに張り合って衝突することもあった。主に血気盛んな奴らが。
私は学年合同授業の時に兵助と組手をしたこともある。ちょうど一年前か。その時は当時五年生の私たち全員が勝利を収める形となった。
これは後に竹谷から訊いた話だが「葉月先輩とはもう組手をしたくない」とまで言っていたらしい。そこまで痛めつけたつもりはないんだが。
そんな兵助は真面目で優秀であるが、豆腐に関しては見境がなくなる。ああ、そうだ。豆腐が相手じゃないのが気になるところだ。
「……豆腐が相手ではないんだな」
「葉月委員長。それ本気で言ってますか」
「不二子さん実は豆腐人間……だから久々知先輩も気にされて」
「豆腐に依り代にされてるとか」
「タカ丸さん! 怖いこと言わないでくださいよ」
「でも、もしかすると。最近の食堂のメニュー、やけに豆腐が増えたと思わないか。それが理由ならわかる。久々知先輩は不二子さんの正体が豆腐人間だと見破っているのかも」
「ひいいぃ!」
タカ丸と三郎次が掲げた「不二子さん豆腐人間説」に伊助が恐ろしいものを見るような悲鳴を上げた。
「タカ丸、三郎次。からかうのはその辺にしておけ。流石に豆腐人間ではないだろう。多分」
「多分って! そもそも委員長が相手が豆腐じゃないんだとか言い出すからですよ!」
「すまない。この間兵助が豆腐の城に招待された夢を見たとか言っていたものだから」
豆腐に乗って辿り着いた場所はそれはもう素敵な豆腐の城だったと。目を輝かせ、恍惚とした表情で語った。
私の話に後輩たちは呆れたような、兵助らしいとでも言いたそうな表情を見せる。
「豆腐の城。すぐ落城しそうですね。主に強度の面で」
「カノン砲一発で崩れるだろうな。いや、二、三発程度は必要か」
「そんなこと言ったら駄目だよ二人とも。久々知くんが怒っちゃう」
「その豆腐の城が敵か味方かもわからないのに加勢しそうですよね」
「久々知先輩ならあり得る」
この通りだ。兵助は豆腐に関して見境がない。その一点しか見えなくなる。
いや、待てよ。短所とも言えるべきこれが不二子さんの存在で少しは緩和されるかもしれない。応援してやりたいところではある。
ただ、伊作も同じ相手に想いを寄せている気がした。伊作自身から聞いたわけではないが、六年共に生活していればわかるというもの。
ひょんなことから不二子さんの話が出れば、柔らかい表情を浮かべる。あれは恋慕の目だ。
「紅蓮くんは好きな人いないの?」
伊助と三郎次が「不二子さんのここに惹かれたんじゃないか」とか「最初にお世話係になってたのも久々知先輩でしたよね」と盛り上がる最中、不意に投げかけられたタカ丸からの問い。
まさか飛び火するとは思いもよらず。
好いた相手、か。
思い浮かぶ顔は全くといってない。
忍者の三禁の一つ、色に惑わされることなく六年過ごしてきた。
私が一思案している間に視線の数が二つ増える。他人の恋話が楽しい年頃なのだろう。
「いない」
「そうなの? 紅蓮くんモテそうなのに」
「葉月先輩、町で結構声掛けられてますよね。不二子さんも言ってましたよ。えーと、逆ナンされてそうって」
「伊助。人気があるからといって、好いた相手がいるわけじゃないさ」
「まあ、それはそうですよねぇ。いるのかなぁってちょっと気になったんです」
「興味がないわけじゃないんだよね?」
「まあ、な。心動かされるような言葉や人に出逢っていないだけだ」
途端に伊助とタカ丸の目が星光のように輝いた。
「かっこい〜!」
「先輩、もしそんな人が現れて祝言を挙げる時は是非うちで染めた反物で婚礼衣装を!」
「髪結いは僕に任せてよ」
「そんな日が来たらな。……三郎次、どうしたんだ?」
「いえ、別に」
何故か急に不貞腐れた様子で口をへの字に曲げた三郎次。その心境をタカ丸が三郎次の背後から両肩に手をぽんと置いて代弁した。
「先輩がどこの誰かもわからない人に盗られるのが嫌だなぁって」
「タカ丸さんっ! 人の心を読まないでください!」
振り向いた三郎次はタカ丸に食ってかかりそうな勢いであった。その顔は耳まで真っ赤になっている。
「ごめんごめん。でも、大丈夫じゃないかな。頑張ってね三郎次くん」
「何をですか」
「うーん。そのうちわかるかも?」
「なんですかそれ。言った本人が首傾げないでくださいよ。……でも、もし本当に恋仲の人が現れたらそっちばかりに構うだろうし、僕らのことなんておざなりになるんだろうなって」
しゅんと項垂れた三郎次の言葉と姿。
昔同じことをぼやいた友の姿と刹那重なる。嗚呼、私は対人関係に恵まれているな。
「例え好いた相手ができようと、お前たちのことを適当にあしらう様な真似はせんよ。私にとってみんな大事な後輩だからな」
私がそう言えば三つの顔は嬉しそうに綻んだ。花が咲いたような、笑顔を。
「さて、色恋沙汰の話になったついでに頭に入れておいた方が良い知識を話しておく。既に授業で習っていたら復習だと思って聞いてくれ」
「はい!」
伊助の元気な返事に私は笑みを返し、皆の顔を見渡した。
「女子に贈り物をする際は物によって意味合いが異なることを覚えておくように。先ず、簪は貴女を守りたい。一生を共にしたいなどの愛情の意が込められている。次に櫛だが、これは苦死に掛けられており、死ぬまで共に添い遂げようという意味がある。どちらも求婚と捉えて良いものだな。まあ、時と場合にもよるが。何にせよ気軽に贈ると勘違いさせることもあるので注意すること」
簪、櫛に留まらず紅や着物も十分に注意を払った方が良いと話す。
「はい、先輩。鏡には何か意味はありますか? 実家の漁師仲間が螺鈿細工の鏡を最近造ってるんです。土産物として売り出そうかって」
「鏡か」
「僕知ってるよ。鏡はね魔除けや御守りとして贈ることが多いんだよ。前にお客さんから聞いたことがある」
柔和な笑みを浮かべ、人差し指をぴっと立てる仕草を見せるタカ丸。まさに髪結い処は情報を集めるのにうってつけの場所だ。
私は溜息を一つ漏らした。
来週に控えたある実習授業が杞憂でならない。
「来週は女装実習が三日間ある。下級生と上級生では課題が異なるが、町に出た際は気をつけること。巡回の先生方も居られるが、身の危険を感じたら然るべき手段を用い脱するように。私が近くにいた場合は助けに入る」
「紅蓮くん、顔がこわいよ……目が笑ってない」
「大事な後輩だからな。何れにせよ相手には下心があると思って対応した方が良い。先の贈り物もだが、策を練った上で受け取るか受け取らないかの選択をすることだ」
後日、兵助が涼やかな青いとんぼ玉の簪を不二子さんに土産として買ってきたと聞いた時には驚いてしまった。熱心に見立てたともいう。これは、やはり本気なのか。
しかし贈られた本人は「綺麗だよねー」と呑気に笑っていた。行く末まではどうやらまだまだ長そうだ。