第一部
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弐|火薬委員会委員長
「火薬委員会は何をしているのかわからない」
他の忍たまからよく聞く話だ。
私もこの委員会に入るまでは何をしているのか全く知らなかった。所属して、ようやく活動内容を知ることができた。
主な活動は以下に述べるとおり。焔硝蔵の火薬在庫確認、整理、夏季冬季に応じて保存法を変える。これだけを聞くと地味だと思われがちだ。しかし、要所で活躍をするのも火薬委員会ならではの見せどころ。火薬は云わば戦の要となる。これまでにドクタケ城を始めとして学園の火薬を奪い取ろうとすることが幾度とあった。焔硝蔵の勝手を知る我が委員会の責任は重い。
「葉月先輩、壱の棚の点検終わりました」
「ああ、ありがとう」
焔硝蔵には三つの棚がある。それぞれに番号をつけて呼ぶ。点検作業をしやすいよう提案したのは私だ。
壱の棚を伊助と兵助、弐の棚を三郎次とタカ丸に任せた。日によって点検する棚の担当を変え、全ての棚に目が届くよう教えている。参の棚もあと少しで終わる。自身の点検表を脇に挟み、壱の点検表を預かった。
表の一番上から下まで目を通す。昼間と言えど、明かり窓から差し込む光では薄暗い。しかしそれも時間が経った今では目もすっかり慣れていた。伊助と兵助はしっかりしている。最後まで確認したが、間違いはなかった。
「記載漏れなし、と。二人とも作業が早くなったな」
「そうですか? えへへ、委員長にそう言ってもらえると嬉しいです」
「伊助は物覚えがいいからなあ」
私と兵助に褒められた伊助の顔が嬉しそうに緩む。一年生は素直で可愛いものだ。
さて、壱の棚は終わったが。ちらりと私は弐の棚へ目を向けた。まだ点検は終わっていないようだ。タカ丸に色々と教えながら進めているのだろう。この隙に参の棚を終わらせてしまおう。
「伊助、今度美味しい田楽豆腐を食べに行かないか?」
「また豆腐ですかぁ?」
「またとはなんだ、またとは。豆腐は美味しいし、栄養もある。調理法によって色んな顔を見せてくれるんだぞ」
「顔って……人間じゃあるまいし」
「田楽豆腐、豆腐ステーキに揚げ出し豆腐、南蛮の麻婆豆腐だって美味しいぞ!」
「おい、兵助。豆腐の話で伊助を困らせるんじゃない」
後輩の豆腐談義を傍らに記載漏れがないか確認をし、点検を完了した私は口を挟んだ。
兵助は豆腐のことに一度火が点くと、止まらない。此処にある火薬以上にタチが悪い。つい先日も豆腐料理を振舞い過ぎて「豆腐地獄だ」と同級生が敬遠していたぞ。
兵助の作る豆腐、豆腐料理は確かに美味いがな。
「……あ。すみません」
「わかればよろしい。三郎次、タカ丸そっちの点検は終わったか?」
「今終わったよー。持って行くね」
こちらを振り向き、長い腕をぶんぶんと振りながら応えるタカ丸。ああ、あまり埃を立てないように後で注意しておかねば。三郎次はといえば、珍しいことに返事がない。
どうも三郎次の様子がおかしい。焔硝蔵の前で点呼を取った時からだ。いつもならば伊助がほんの少し遅れてくると、嫌みを言うことが多い。しかし今日は「遅いぞ伊助」と一言だけ。虫の居所が悪いのか、口数も少ない。そればかりか、私と目を合わせようともしなかった。
タカ丸の半歩後ろで足踏み状態の後輩。それを見かねたタカ丸が小さな背を「ほら、三郎次くん」と叩く。二人の表情はどことなく物悲しげにも思えた。
「三郎次くん」
「……弐の棚、点検終わりました」
三郎次は頑なに私の顔を見ようとはしなかった。そっぽを向き、俯いたまま点検表だけを私にずいと差し出す。
いよいよもって、その原因は私自身にあるのではないかと考え始める。何か三郎次に気の障ることをしたのか。今日、昨日、一昨日と記憶を遡らせてみても、それらしいものは見つけられない。いや、こういった事象は当人が気づかないうちに、相手に不快な思いをさせていることが多い。
私は腰を屈め、床に片膝をついた。
「三郎次、すまない」
「え」
蟠りは解いておきたい。それが後輩の関わりともなれば直ぐに。
私が何故謝るのか。ようやくこちらを向いた目は不思議そうでたまらないといった風。
「私が何か気に障ることを三郎次にしてしまったんだろう?」
「……ち、違いますよ! そんなんじゃありませんから!」
「じゃあ、何故そんな態度を。今日はずっと塞ぎ込んでいたようだし、私と目も合わせてくれなかった」
「そっ、それは」
その先の言葉を発しようとしては、口を噤む。目をしどろもどろとさせ、百面相にも思える表情。しかし、またそれは哀に落ち着いてしまった。
どうもおかしい。伊助と兵助は私と同様に訝しんでいた。が、タカ丸だけはどうもこの理由を知っているようだ。哀愁を漂わせた口元を開き、三郎次の肩に両手を置く。
「三郎次くんはね、寂しいんだよ」
「た、タカ丸さんっ」
「寂しい?」
「ほら、六年生はもうすぐ卒業しちゃうでしょ」
暦は十一月の下旬。
私たち六年生は三月に学園卒業を控えている。それぞれの道を歩む時が刻々と迫っていた。
周囲では就職先が既に決定した者が多い。留三郎、伊作も城仕えの忍びとなることが決まっていた。
「葉月先輩と会えるのも残り僅かだと思ったら、その……悲しくなってしまって」
三郎次が三度俯く。刹那見えたその目は潤んでいた。小さな肩が震えている。
ああ、それで私を避けていたのか。
いつも一年生に対して憎まれ口を叩く三郎次。だが、根は優しく素直で後輩思いの一面もある。そんな後輩が胸を痛める程に私の卒業を寂しがっている。
私は天色に染まった頭巾の上から小さな頭を撫でた。
「三郎次」
「すみません。……火薬が、湿気ちゃいます、よね」
「このくらい何ともないさ。有難う、三郎次。だけどそんなに悲しまれたら私まで悲しくなってしまう。今はいくら泣いてもいい。だが、卒業式の日には笑った顔を見せてくれないか」
後輩たちの笑顔で見送ってほしい。それは私のわがままなんだろう。例えそうだとしても、泣き顔よりは何百倍もいい。
涙に濡れた天色の袖が色濃く変わりゆく。
泣き腫らした目を俯かせ、それでも三郎次は「はい」と頷いてくれた。
大丈夫だ。私が卒業してもお前なら大丈夫だよ。真面目で優秀でいて、優しい心を持っているのだから。
ふと、鼻をすする音がひとつ、ふたつと増えていたことに気がついた。
もらい泣きをしたのか、タカ丸と伊助が涙を流している。
「紅蓮くーん。僕も寂しいよお」
「タカ丸お前まで何を言って」
「せんぱぁい、ぼくもですう」
「ちょ、伊助まで」
流石に兵助は泣いてはいなかったが。このままでは様子を見に来た土井先生を「どうしたんだお前たち」と慌てさせてしまう。そうなる前に兵助と共に後輩たちをどうどうと宥めていた。
「後輩と別れるのが辛い」
留三郎がいつだったか零していた話を思い出した。その気持ちが今ではわかる。
五年間委員会に所属していなかった私が、六年目で火薬委員会委員長に抜擢された。直に後輩たちと関わりを持てば持つほど情が湧く。比例するように私の胸も痛みを増した。
私はきっと彼らに本当のことを告げないまま、学園から去るのだろうから。
「火薬委員会は何をしているのかわからない」
他の忍たまからよく聞く話だ。
私もこの委員会に入るまでは何をしているのか全く知らなかった。所属して、ようやく活動内容を知ることができた。
主な活動は以下に述べるとおり。焔硝蔵の火薬在庫確認、整理、夏季冬季に応じて保存法を変える。これだけを聞くと地味だと思われがちだ。しかし、要所で活躍をするのも火薬委員会ならではの見せどころ。火薬は云わば戦の要となる。これまでにドクタケ城を始めとして学園の火薬を奪い取ろうとすることが幾度とあった。焔硝蔵の勝手を知る我が委員会の責任は重い。
「葉月先輩、壱の棚の点検終わりました」
「ああ、ありがとう」
焔硝蔵には三つの棚がある。それぞれに番号をつけて呼ぶ。点検作業をしやすいよう提案したのは私だ。
壱の棚を伊助と兵助、弐の棚を三郎次とタカ丸に任せた。日によって点検する棚の担当を変え、全ての棚に目が届くよう教えている。参の棚もあと少しで終わる。自身の点検表を脇に挟み、壱の点検表を預かった。
表の一番上から下まで目を通す。昼間と言えど、明かり窓から差し込む光では薄暗い。しかしそれも時間が経った今では目もすっかり慣れていた。伊助と兵助はしっかりしている。最後まで確認したが、間違いはなかった。
「記載漏れなし、と。二人とも作業が早くなったな」
「そうですか? えへへ、委員長にそう言ってもらえると嬉しいです」
「伊助は物覚えがいいからなあ」
私と兵助に褒められた伊助の顔が嬉しそうに緩む。一年生は素直で可愛いものだ。
さて、壱の棚は終わったが。ちらりと私は弐の棚へ目を向けた。まだ点検は終わっていないようだ。タカ丸に色々と教えながら進めているのだろう。この隙に参の棚を終わらせてしまおう。
「伊助、今度美味しい田楽豆腐を食べに行かないか?」
「また豆腐ですかぁ?」
「またとはなんだ、またとは。豆腐は美味しいし、栄養もある。調理法によって色んな顔を見せてくれるんだぞ」
「顔って……人間じゃあるまいし」
「田楽豆腐、豆腐ステーキに揚げ出し豆腐、南蛮の麻婆豆腐だって美味しいぞ!」
「おい、兵助。豆腐の話で伊助を困らせるんじゃない」
後輩の豆腐談義を傍らに記載漏れがないか確認をし、点検を完了した私は口を挟んだ。
兵助は豆腐のことに一度火が点くと、止まらない。此処にある火薬以上にタチが悪い。つい先日も豆腐料理を振舞い過ぎて「豆腐地獄だ」と同級生が敬遠していたぞ。
兵助の作る豆腐、豆腐料理は確かに美味いがな。
「……あ。すみません」
「わかればよろしい。三郎次、タカ丸そっちの点検は終わったか?」
「今終わったよー。持って行くね」
こちらを振り向き、長い腕をぶんぶんと振りながら応えるタカ丸。ああ、あまり埃を立てないように後で注意しておかねば。三郎次はといえば、珍しいことに返事がない。
どうも三郎次の様子がおかしい。焔硝蔵の前で点呼を取った時からだ。いつもならば伊助がほんの少し遅れてくると、嫌みを言うことが多い。しかし今日は「遅いぞ伊助」と一言だけ。虫の居所が悪いのか、口数も少ない。そればかりか、私と目を合わせようともしなかった。
タカ丸の半歩後ろで足踏み状態の後輩。それを見かねたタカ丸が小さな背を「ほら、三郎次くん」と叩く。二人の表情はどことなく物悲しげにも思えた。
「三郎次くん」
「……弐の棚、点検終わりました」
三郎次は頑なに私の顔を見ようとはしなかった。そっぽを向き、俯いたまま点検表だけを私にずいと差し出す。
いよいよもって、その原因は私自身にあるのではないかと考え始める。何か三郎次に気の障ることをしたのか。今日、昨日、一昨日と記憶を遡らせてみても、それらしいものは見つけられない。いや、こういった事象は当人が気づかないうちに、相手に不快な思いをさせていることが多い。
私は腰を屈め、床に片膝をついた。
「三郎次、すまない」
「え」
蟠りは解いておきたい。それが後輩の関わりともなれば直ぐに。
私が何故謝るのか。ようやくこちらを向いた目は不思議そうでたまらないといった風。
「私が何か気に障ることを三郎次にしてしまったんだろう?」
「……ち、違いますよ! そんなんじゃありませんから!」
「じゃあ、何故そんな態度を。今日はずっと塞ぎ込んでいたようだし、私と目も合わせてくれなかった」
「そっ、それは」
その先の言葉を発しようとしては、口を噤む。目をしどろもどろとさせ、百面相にも思える表情。しかし、またそれは哀に落ち着いてしまった。
どうもおかしい。伊助と兵助は私と同様に訝しんでいた。が、タカ丸だけはどうもこの理由を知っているようだ。哀愁を漂わせた口元を開き、三郎次の肩に両手を置く。
「三郎次くんはね、寂しいんだよ」
「た、タカ丸さんっ」
「寂しい?」
「ほら、六年生はもうすぐ卒業しちゃうでしょ」
暦は十一月の下旬。
私たち六年生は三月に学園卒業を控えている。それぞれの道を歩む時が刻々と迫っていた。
周囲では就職先が既に決定した者が多い。留三郎、伊作も城仕えの忍びとなることが決まっていた。
「葉月先輩と会えるのも残り僅かだと思ったら、その……悲しくなってしまって」
三郎次が三度俯く。刹那見えたその目は潤んでいた。小さな肩が震えている。
ああ、それで私を避けていたのか。
いつも一年生に対して憎まれ口を叩く三郎次。だが、根は優しく素直で後輩思いの一面もある。そんな後輩が胸を痛める程に私の卒業を寂しがっている。
私は天色に染まった頭巾の上から小さな頭を撫でた。
「三郎次」
「すみません。……火薬が、湿気ちゃいます、よね」
「このくらい何ともないさ。有難う、三郎次。だけどそんなに悲しまれたら私まで悲しくなってしまう。今はいくら泣いてもいい。だが、卒業式の日には笑った顔を見せてくれないか」
後輩たちの笑顔で見送ってほしい。それは私のわがままなんだろう。例えそうだとしても、泣き顔よりは何百倍もいい。
涙に濡れた天色の袖が色濃く変わりゆく。
泣き腫らした目を俯かせ、それでも三郎次は「はい」と頷いてくれた。
大丈夫だ。私が卒業してもお前なら大丈夫だよ。真面目で優秀でいて、優しい心を持っているのだから。
ふと、鼻をすする音がひとつ、ふたつと増えていたことに気がついた。
もらい泣きをしたのか、タカ丸と伊助が涙を流している。
「紅蓮くーん。僕も寂しいよお」
「タカ丸お前まで何を言って」
「せんぱぁい、ぼくもですう」
「ちょ、伊助まで」
流石に兵助は泣いてはいなかったが。このままでは様子を見に来た土井先生を「どうしたんだお前たち」と慌てさせてしまう。そうなる前に兵助と共に後輩たちをどうどうと宥めていた。
「後輩と別れるのが辛い」
留三郎がいつだったか零していた話を思い出した。その気持ちが今ではわかる。
五年間委員会に所属していなかった私が、六年目で火薬委員会委員長に抜擢された。直に後輩たちと関わりを持てば持つほど情が湧く。比例するように私の胸も痛みを増した。
私はきっと彼らに本当のことを告げないまま、学園から去るのだろうから。