第一部
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壱|日常茶飯事
くしゃみが出た。
風邪を引いた憶えはこの所ない。思い当たる節を上げるならば、先程の野外実習で土埃をまともに吸い込んだせいか。ろ組合同の授業だったのだが、味方側が仕掛けた落とし穴に盛大に落ちた伊作を助けた時かもしれない。運悪く口布がずれていたせいで色々と吸い込んでしまった気もする。
風邪にしろ、埃で咽たにしろ保健委員会委員長の隣でくしゃみなどすれば「風邪?」と心配をされてしまう。
「紅蓮、風邪引いたんじゃない? 身体冷やさない方がいいよ」
「誰か噂でもしてるんじゃないのか。というか伊作、くしゃみひとつで風邪って決めつけるのもどうかと思う」
「それはそうだけど。あと考えられる線としては、鼻炎か花粉症かな」
伊作が「鼻炎と花粉症の対策には」と長々と話し始めた。私は適当に相槌を打って流す。ここで下手に反論しようものなら、一刻のお説教が待っている。
ここで続けてくしゃみがふたつ。加えて咳も出た。伊作の目も険しくなる。お前を助けた時が原因かもしれないとは言えずにいた。
「そういえばさっき水を飲み損ねた。それで咽てるだけだよ」
「そう? 慌てて飲まないように気をつけてくれよ」
「わかった。ところで伊作、あそこにいるの留三郎と文次郎じゃないか?」
この話題に終止符を打つ。そのつもりで前方に見えたふたつの人影を私は示した。
伊作の注意はそこに惹き付けられ、話を逸らすことに成功したのは良かった。運良くそこにいてくれた同級生に感謝したいところだったが、その気持ちはすぐに消え去った。
ふたりは互いの襟元を鷲掴み、取っ組み合いの真っ最中。
またいつもの喧嘩か。あのふたりもよく飽きずにいる。顔を合わせればその度に口論からの実力行使ときた。
同級生の様子を見た伊作は溜息を零し、あろうことか私に矛先を向けた。
「紅蓮、あのふたり止めてきてくれよ」
「おいおい、私が小平太と腕相撲して負けたの知ってるだろう?」
「負けたって言っても、数秒互角に戦ってたじゃないか! それだけの力があれば十分だよ。ただでさえ予算少ないのに、怪我人が増えたら保健委員会が」
嘆く伊作は両手を組んで私に懇願するような眼差しを向けた。
予算が少ないのはどの委員会も同じ。確かに伊作の言うとおり、怪我人が増えればそれだけ費用が嵩む。無駄な争いは減らしたいという気持ちもわからなくはない。だがな、保健委員会はまだいい方だ。うちの委員会なんて予算ゼロだったんだぞ。
因みに、腕相撲の件は好んでしたわけじゃない。小平太が突然思いついたように「勝負しよう!」と言い出した。あの馬鹿力に敵うわけもない。しかし、勝負を辞退する間も許されず、差し出された右手を私を握るしかなかった。体育委員会で腕相撲大会をしていた所を通りかかった己の不運を嘆くしかない。
先に伊作が先述したとおり、小平太の圧勝かと思いきや。意外と自分に力があったらしく、数秒ではあるが互角の戦いとなった。勝負を観戦していた体育委員に「すごいです!」と唖然とされもした。
いよいよ伊作の目が切実なものとなってきた。
まあ、それにあのふたりをこのまま放置しておけば周囲にいずれ被害が及ぶ。現に、偶々通りかかったタカ丸が既に巻き込まれそうになっていた。
伊作の頼みを無下に断るわけにもいかない。それに自分の後輩が危険に晒されているのを、無視できるほど私は非情な人間じゃない。
私は腹を括り、すぐそこの壁に目をやった。
「伊作、そこの木材をよこしてくれ」
漆喰で塗られた壁に立て掛けられた木材の類。恐らくは留三郎が委員会活動で使っていたものだろう。補修中の壁や備品が転がっている。伊作はそこから適当な丸棒材を拾い上げ、私にそれを投げ渡した。
身長と同程度の長さ、握るにはちょうど良いが少し太い。まあ、支障はないか。強度はこの際関係ない。
私は前方に走り出した。
口論は終わりを告げ、互いの得意武器を手に、間を取った。
鉄双節棍を振るうより先に私は両者の懐に勢いよく踏み込んだ。丸棒の向きを素早く変える。両者ともに先端が腹部に直撃する前に身を引いたようで、十分な距離が開く。
軽い木材とは言え、胴を直撃しては骨にヒビが入りかねない。それをかわしたのは流石、留三郎と文次郎だ。
辺りを脅かす険悪な雰囲気は消え、視線が私に集まる。ふたりを交互にゆっくりと睨みつければ、バツが悪そうにぐっと息を呑む。
「お前らいい加減にしろ。伊作が泣くだろ」
「……くそっ、覚えてろよ留三郎!」
「はんっ負け犬がっ!」
額に手を当てたくなった。文次郎が大人しく引こうとしたのに、追い討ちをかけるやつがあるか。
まあ、このふたりにとってはもう言われたらこう返すように条件反射なんだろう。
「留三郎」
「うっ……いや、これはその」
私は二度留三郎を睨む。これ以上まだ喧嘩を続けるというのならば、私も牽制で留まるつもりはない。
片一方は私を恨めし気に睨み、踵を返して去っていった。
棒術の構えを解いた私は借り物の武器を肩に預けた。それから、すぐそこで腰を抜かしているタカ丸に声を掛ける。彼はまだ学園に編入してから日が浅い。名物の喧嘩にまだ慣れないのも仕方がないこと。
「タカ丸、大丈夫か」
「う、うん。ありがとう紅蓮くん」
「どういたしまして」
先程まで怯えていたタカ丸の顔がふにゃりと笑った。愛想の良い表情は元髪結いならではのもの。
タカ丸の手を引いて立ち上がらせる。後方から伊作と留三郎の声がした。
「留三郎っ! あーあ、またこんなに傷作って……」
「イデッ! 触るな伊作!」
「自業自得でしょ、まったく。ほら、手当てするから医務室に行くよ」
伊作は留三郎の腕をひっつかみ、医務室の方向へ引きずっていく。こういう時の伊作は頑固だし、逆らっても無駄だと私も留三郎も学んでいた。
「なんというか、六年生って強いよねえ。紅蓮くんの目にも留まらぬ棒さばき、かっこよかったなぁ」
「有難う。タカ丸も鍛錬すれば色々扱えるようになるさ」
目を輝かせたタカ丸がうんと頷く。"忍者"に憧れを抱く純粋さが眩しい。
私は留三郎の様子を見に行くと断りを入れ、借りた丸材を元の場所へ戻してからその場を後にした。
◇
医務室の戸を引くと同時に留三郎が中で悲鳴を上げていた。
伊作が手にした薬剤の小瓶と脱脂綿。その小瓶は見覚えがある。ああ、その消毒液はものすごく沁みるんだ。前に手当てしてもらった時、私の悲鳴が廊下の先まで響いたらしく。新野先生が血相を変えて飛んできたこともあった。
「いい格好だな留三郎」
「っるせえ。……っ、伊作もう少し優しく出来ないのか?」
「留三郎が動くから長引いて痛みも増してるんだよ。じっとしてて。紅蓮、そっちの端持ってて」
「わかった」
黒い前掛け姿の留三郎の身体はそれはもう、あちこちに傷を負っていた。殆どが打撲と擦り傷。実戦で負った古い傷も見られる。
特に今回負傷した右腕にぐるぐると包帯を巻きつける伊作。
「私が思うにお前は実践よりも文次郎との喧嘩での怪我が多いんじゃないか」
「ほんとにそう思うよ」
「仕方ないだろ? あいつとは目があった瞬間に勝負を挑まなきゃ気がすまねえんだ」
「まさに犬猿だな」
留三郎は困ったことに、何かある毎に「勝負だー!」と相手に申し込む。血の気が多いやつだ。
私もほんの些細なことで勝負しろと言われたこともあるが、無視をした。そりゃ、最初の頃は付き合ってやったけど、逐一やってられない。
以前、仙蔵に後輩のことを悪く言われたとかで勝負を申し込んでる場面を見掛けた。巻き込まれた委員会の子も大概可哀想だ。
「あとで文次郎も見つけて手当てしないと」
「私も手伝うよ」
「ありがとう」
手際よく手当てを済ませた伊作は薬剤の小瓶類を箱に戻した。
私はぐるりと医務室を見渡した。私も人のことが言えないほど此処には世話になっている。怪我をする度にお小言を頂戴するのは堪えるけれどな。
「……というか、お前ほんとに女かよ」
「ちょ、留三郎! ……誰か聞いてたらどうするんだよ!」
「誰かいたら言わないっての」
留三郎のぼやきに伊作が小声で注意を払う。
医務室当番及び校医の新野先生も不在。医務室付近に人の気配は感じられない。
留三郎はこう言いたいのだろう。くノ一にしては力が強すぎる、と。確かに私は女だが、くノ一として所属していない。ふたりと同じく、忍たまとして六年間を過ごしてきた。
「留三郎や他の六年忍たまと力の差は開いてきてる。素手の組み手はあっさりと負けてしまうよ」
「お前には素早さがあるだろ」
「そうそう。それに紅蓮は器用だから忍具を上手く利用すれば引けを取らないと思うけどなあ」
「まあ、そうだけどさ」
私が性別を偽り学園に入学したことを知るのは学園の先生方。六年で知るのは、同じ組のこのふたりだけだ。部屋も隣だったからな、いつの間にかバレていた。それもだいぶ昔のこと。ふたりは私の秘密を黙っていると約束を交わし、それは今も破られずにいる。私の本来の名を知るのもこのふたりだけだ。
「で、紅蓮は就職どうするんだ? 積極的にやってないだろお前」
「私は実家の道場を継ぐつもりだ。それより留三郎、いい加減"勝負"の数を減らしてくれ。その度に止めに入る私が疲れる」
「別にお前が止めに来る必要はない」
「そうか。それなら怒り心頭に発する伊作に止めてもらうとするか」
「……わかった。控えよう」
「ちょっとふたりとも。そんなに怒った僕が恐いわけ?」
私たちは揃って首を縦に振った。
くしゃみが出た。
風邪を引いた憶えはこの所ない。思い当たる節を上げるならば、先程の野外実習で土埃をまともに吸い込んだせいか。ろ組合同の授業だったのだが、味方側が仕掛けた落とし穴に盛大に落ちた伊作を助けた時かもしれない。運悪く口布がずれていたせいで色々と吸い込んでしまった気もする。
風邪にしろ、埃で咽たにしろ保健委員会委員長の隣でくしゃみなどすれば「風邪?」と心配をされてしまう。
「紅蓮、風邪引いたんじゃない? 身体冷やさない方がいいよ」
「誰か噂でもしてるんじゃないのか。というか伊作、くしゃみひとつで風邪って決めつけるのもどうかと思う」
「それはそうだけど。あと考えられる線としては、鼻炎か花粉症かな」
伊作が「鼻炎と花粉症の対策には」と長々と話し始めた。私は適当に相槌を打って流す。ここで下手に反論しようものなら、一刻のお説教が待っている。
ここで続けてくしゃみがふたつ。加えて咳も出た。伊作の目も険しくなる。お前を助けた時が原因かもしれないとは言えずにいた。
「そういえばさっき水を飲み損ねた。それで咽てるだけだよ」
「そう? 慌てて飲まないように気をつけてくれよ」
「わかった。ところで伊作、あそこにいるの留三郎と文次郎じゃないか?」
この話題に終止符を打つ。そのつもりで前方に見えたふたつの人影を私は示した。
伊作の注意はそこに惹き付けられ、話を逸らすことに成功したのは良かった。運良くそこにいてくれた同級生に感謝したいところだったが、その気持ちはすぐに消え去った。
ふたりは互いの襟元を鷲掴み、取っ組み合いの真っ最中。
またいつもの喧嘩か。あのふたりもよく飽きずにいる。顔を合わせればその度に口論からの実力行使ときた。
同級生の様子を見た伊作は溜息を零し、あろうことか私に矛先を向けた。
「紅蓮、あのふたり止めてきてくれよ」
「おいおい、私が小平太と腕相撲して負けたの知ってるだろう?」
「負けたって言っても、数秒互角に戦ってたじゃないか! それだけの力があれば十分だよ。ただでさえ予算少ないのに、怪我人が増えたら保健委員会が」
嘆く伊作は両手を組んで私に懇願するような眼差しを向けた。
予算が少ないのはどの委員会も同じ。確かに伊作の言うとおり、怪我人が増えればそれだけ費用が嵩む。無駄な争いは減らしたいという気持ちもわからなくはない。だがな、保健委員会はまだいい方だ。うちの委員会なんて予算ゼロだったんだぞ。
因みに、腕相撲の件は好んでしたわけじゃない。小平太が突然思いついたように「勝負しよう!」と言い出した。あの馬鹿力に敵うわけもない。しかし、勝負を辞退する間も許されず、差し出された右手を私を握るしかなかった。体育委員会で腕相撲大会をしていた所を通りかかった己の不運を嘆くしかない。
先に伊作が先述したとおり、小平太の圧勝かと思いきや。意外と自分に力があったらしく、数秒ではあるが互角の戦いとなった。勝負を観戦していた体育委員に「すごいです!」と唖然とされもした。
いよいよ伊作の目が切実なものとなってきた。
まあ、それにあのふたりをこのまま放置しておけば周囲にいずれ被害が及ぶ。現に、偶々通りかかったタカ丸が既に巻き込まれそうになっていた。
伊作の頼みを無下に断るわけにもいかない。それに自分の後輩が危険に晒されているのを、無視できるほど私は非情な人間じゃない。
私は腹を括り、すぐそこの壁に目をやった。
「伊作、そこの木材をよこしてくれ」
漆喰で塗られた壁に立て掛けられた木材の類。恐らくは留三郎が委員会活動で使っていたものだろう。補修中の壁や備品が転がっている。伊作はそこから適当な丸棒材を拾い上げ、私にそれを投げ渡した。
身長と同程度の長さ、握るにはちょうど良いが少し太い。まあ、支障はないか。強度はこの際関係ない。
私は前方に走り出した。
口論は終わりを告げ、互いの得意武器を手に、間を取った。
鉄双節棍を振るうより先に私は両者の懐に勢いよく踏み込んだ。丸棒の向きを素早く変える。両者ともに先端が腹部に直撃する前に身を引いたようで、十分な距離が開く。
軽い木材とは言え、胴を直撃しては骨にヒビが入りかねない。それをかわしたのは流石、留三郎と文次郎だ。
辺りを脅かす険悪な雰囲気は消え、視線が私に集まる。ふたりを交互にゆっくりと睨みつければ、バツが悪そうにぐっと息を呑む。
「お前らいい加減にしろ。伊作が泣くだろ」
「……くそっ、覚えてろよ留三郎!」
「はんっ負け犬がっ!」
額に手を当てたくなった。文次郎が大人しく引こうとしたのに、追い討ちをかけるやつがあるか。
まあ、このふたりにとってはもう言われたらこう返すように条件反射なんだろう。
「留三郎」
「うっ……いや、これはその」
私は二度留三郎を睨む。これ以上まだ喧嘩を続けるというのならば、私も牽制で留まるつもりはない。
片一方は私を恨めし気に睨み、踵を返して去っていった。
棒術の構えを解いた私は借り物の武器を肩に預けた。それから、すぐそこで腰を抜かしているタカ丸に声を掛ける。彼はまだ学園に編入してから日が浅い。名物の喧嘩にまだ慣れないのも仕方がないこと。
「タカ丸、大丈夫か」
「う、うん。ありがとう紅蓮くん」
「どういたしまして」
先程まで怯えていたタカ丸の顔がふにゃりと笑った。愛想の良い表情は元髪結いならではのもの。
タカ丸の手を引いて立ち上がらせる。後方から伊作と留三郎の声がした。
「留三郎っ! あーあ、またこんなに傷作って……」
「イデッ! 触るな伊作!」
「自業自得でしょ、まったく。ほら、手当てするから医務室に行くよ」
伊作は留三郎の腕をひっつかみ、医務室の方向へ引きずっていく。こういう時の伊作は頑固だし、逆らっても無駄だと私も留三郎も学んでいた。
「なんというか、六年生って強いよねえ。紅蓮くんの目にも留まらぬ棒さばき、かっこよかったなぁ」
「有難う。タカ丸も鍛錬すれば色々扱えるようになるさ」
目を輝かせたタカ丸がうんと頷く。"忍者"に憧れを抱く純粋さが眩しい。
私は留三郎の様子を見に行くと断りを入れ、借りた丸材を元の場所へ戻してからその場を後にした。
◇
医務室の戸を引くと同時に留三郎が中で悲鳴を上げていた。
伊作が手にした薬剤の小瓶と脱脂綿。その小瓶は見覚えがある。ああ、その消毒液はものすごく沁みるんだ。前に手当てしてもらった時、私の悲鳴が廊下の先まで響いたらしく。新野先生が血相を変えて飛んできたこともあった。
「いい格好だな留三郎」
「っるせえ。……っ、伊作もう少し優しく出来ないのか?」
「留三郎が動くから長引いて痛みも増してるんだよ。じっとしてて。紅蓮、そっちの端持ってて」
「わかった」
黒い前掛け姿の留三郎の身体はそれはもう、あちこちに傷を負っていた。殆どが打撲と擦り傷。実戦で負った古い傷も見られる。
特に今回負傷した右腕にぐるぐると包帯を巻きつける伊作。
「私が思うにお前は実践よりも文次郎との喧嘩での怪我が多いんじゃないか」
「ほんとにそう思うよ」
「仕方ないだろ? あいつとは目があった瞬間に勝負を挑まなきゃ気がすまねえんだ」
「まさに犬猿だな」
留三郎は困ったことに、何かある毎に「勝負だー!」と相手に申し込む。血の気が多いやつだ。
私もほんの些細なことで勝負しろと言われたこともあるが、無視をした。そりゃ、最初の頃は付き合ってやったけど、逐一やってられない。
以前、仙蔵に後輩のことを悪く言われたとかで勝負を申し込んでる場面を見掛けた。巻き込まれた委員会の子も大概可哀想だ。
「あとで文次郎も見つけて手当てしないと」
「私も手伝うよ」
「ありがとう」
手際よく手当てを済ませた伊作は薬剤の小瓶類を箱に戻した。
私はぐるりと医務室を見渡した。私も人のことが言えないほど此処には世話になっている。怪我をする度にお小言を頂戴するのは堪えるけれどな。
「……というか、お前ほんとに女かよ」
「ちょ、留三郎! ……誰か聞いてたらどうするんだよ!」
「誰かいたら言わないっての」
留三郎のぼやきに伊作が小声で注意を払う。
医務室当番及び校医の新野先生も不在。医務室付近に人の気配は感じられない。
留三郎はこう言いたいのだろう。くノ一にしては力が強すぎる、と。確かに私は女だが、くノ一として所属していない。ふたりと同じく、忍たまとして六年間を過ごしてきた。
「留三郎や他の六年忍たまと力の差は開いてきてる。素手の組み手はあっさりと負けてしまうよ」
「お前には素早さがあるだろ」
「そうそう。それに紅蓮は器用だから忍具を上手く利用すれば引けを取らないと思うけどなあ」
「まあ、そうだけどさ」
私が性別を偽り学園に入学したことを知るのは学園の先生方。六年で知るのは、同じ組のこのふたりだけだ。部屋も隣だったからな、いつの間にかバレていた。それもだいぶ昔のこと。ふたりは私の秘密を黙っていると約束を交わし、それは今も破られずにいる。私の本来の名を知るのもこのふたりだけだ。
「で、紅蓮は就職どうするんだ? 積極的にやってないだろお前」
「私は実家の道場を継ぐつもりだ。それより留三郎、いい加減"勝負"の数を減らしてくれ。その度に止めに入る私が疲れる」
「別にお前が止めに来る必要はない」
「そうか。それなら怒り心頭に発する伊作に止めてもらうとするか」
「……わかった。控えよう」
「ちょっとふたりとも。そんなに怒った僕が恐いわけ?」
私たちは揃って首を縦に振った。