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5|不公平、公平
「私のプライバシーが守られてない気がするの」
食堂の混雑時間を過ぎた昼下がりの午後。
お茶請けの代わりとして霧華はそう溢した。茶飲み相手は六年い組の立花仙蔵。
彼の組は午後から自習らしく、ふらりと立ち寄った食堂で難しい顔をした霧華に話相手として捕まった。
皿洗い等の後片付けをとうに済ませ、夕食の仕込みまで暇だから話し相手がほしいと。
「プライバシーっていうのはえーと、秘密って意味」
「それなら諦めた方が良い。ここでは誰もが聞き耳を立てていると思い過ごすことだ」
「なんだか監視されてる気分」
「未来から来たとなれば、その情報は大変興味深いものとなる。こぞって手にしようとするのが普通だからな」
「私が知ってる情報なんてたかが知れてると思うんだけどなぁ。歴史の授業もそこまで真面目に受けてなかったし」
遥か数百年後の時代から来た霧華、お世辞にも成績優秀だったとは言い難い。歴史のテストではないが、赤点ギリギリ回避の点数を取ったこともある。
詰まるところ、日本史も世界史も要点しか覚えていなかった。「出来事を年代順に並べよ」と問われたらもうお手上げ状態になるだろう。
誰が敗れ去り、誰が天下を取ったのか。歴史上の事実を口にするのは不味い。流石にその点は配慮すべきことだと霧華は肝に銘じていた。
が、今のところ訊ねてくる忍たまたちはいなかった。興味がないのか、はたまた気を使っているのか。
未来の情報源を前にし、先のような発言をしたにも関わらず仙蔵も訪ねてくる様子は一切ない。涼しい顔で湯呑みの茶を啜っているだけだ。
忍者という生業は仕える者に有利な情報を運ぶ者。戦を減らし、未然に防ぐために働く者とも言われている。
無駄な争いは甚大な被害をもたらす。いつの世もそれは変わらない。
戦に巻き込まれ命を落とした家族。たった独り残された者の気持ちは計り知れない。
心臓をぐっと掴まれた心地に霧華は一度目を伏せ、湯呑みを両手で握りしめた。
「その辺は口にしないことだ。不用意な発言は火種となりかねん」
「十分に気をつけようかな。でも日常に染みついた南蛮由来の言葉とかは自然と出てきちゃうんだよね」
「だが全てが南蛮語ではないのだろう?」
「うん。カステラみたいに南蛮渡来の単語がそのまま残っているのもあるけど、そもそも他の国由来の言葉だったり、それこそ和製英語みたいにごちゃごちゃしたりしてるのもあるんだよね」
「数百年の間で言葉も随分と様変わりするようだな。おかげで私たちも良い学びの機会だと捉えさせてもらっている」
「未来の言葉を覚えた所で使いどころなくない?」
英語、和製英語なりを学んだところでこの時代では普及されていない。使える範囲はこの忍術学園内だけではなかろうか。特に言葉あそびとして一年生たちの間で流行りそうな予感もする。
不思議に思いながらも小首を傾げる霧華。そこで仙蔵は人の良い笑みを浮かべてみせた。
「こうして意思疎通ができているではないか。それに他者がわからぬ言葉を暗号として用いる手段として十分に使える」
「ベースが日本語だから意思疎通できてるんだよ。そして流石忍者のたまご。使えるものは何でも使うってやつ」
これが見知らぬ言語を話す土地であったとしたら。底知れぬ恐怖に押し潰され、今こうして呑気にお茶を啜っていないかもしれない。
言葉の壁がないだけで安心感がこうも違う。ぽつぽつとした不運に見舞われることが多い身ではあるが、広い目で見れば幸運に恵まれている。これには本当に感謝しなければならない。
「我々のことを知らないと膨れっ面になっていたが、意外と知っているじゃないか」
「みんなの会話から聞きかじっただけだよ。くノ一教室のみんなが実はコワイとか、土井先生が練り物失神レベルで嫌いだとか。あと夜中にトイレに起きたら外で妙な鳴き声発しながら跳んでる人いたんだけど、あれは」
「ああ、それは文次郎だな」
「……真夜中に何してるの?」
「夜間自主鍛錬だ。あまり夜更けに出歩かん方がいいぞ。鬼と化した文次郎と出くわす羽目になる」
「鬼と化した⁉ それは初耳すぎるんだけど。え、ここって実は神話の世界だった? 実は立花くんもそんな端正な顔をしながらも鬼」
真夜中に外を跳び回っているだけでも信じ難い話だが、それに輪をかける仰天な事実。
この話を聞いた霧華の頭には比喩としての鬼ではなく、完全に物理的な鬼を想像していた。
しかもこれに対して仙蔵は否定もせず、ただにこりと霧華に笑みを返したものだ。さっと霧華の顔から血の気が引く。思わず食卓の隅へ、対角線上の席に逃げるように移動した。
「いや、冗談だ」
「立花くんが言うと冗談に聞こえない」
「少し茶化しただけだ」
「本当に?」
「私は人間だ。文次郎もな。以前、夜間自主鍛錬中の文次郎を見かけた下級生の間でそんな噂が広まってな。頭にクナイを二つ鉢巻で括り付けていたのが真相だ」
暗闇から現れ、満月に浮かび上がった姿形はまさに角を二つ生やした鬼そのものだったと下級生忍たまが語ったそうだ。ギンギーンという不可思議な掛け声も発していたので、不気味な鬼像が爆誕したという。
神話やおとぎ話の類もこういった見間違いで語り継がれている節がありそうだ。
「なるほど過ぎる。なんだろうね、その方が気合いが入るのかな」
「鍛錬の鬼だからな」
そこでようやく”鬼”は比喩表現だと霧華は状況を飲み込んだ。
「まあ、こういった程度の話であればあいつらも教えてくれると思うぞ」
「神話レベルがこれ以上ないことを祈っておくね。じゃあ気になったことは都度訊いてみようかなぁ。教えてくれない可能性も頭に入れておけば、知らんぷりされてもそこまで傷つかないし、うん」
訊けば何でもかんでも教えてくれるとは限らない。ここはあくまで忍者を育てる学校。それは霧華の念頭にもある。
「要は我々忍たまたちと距離を縮めたいという話であろう?」
「そうかも。語弊があるかもしれないけど、みんなと仲良くしたいというか」
「ならば呼び方から変えてみたらどうだ。今は皆のことを姓で呼んでいるだろう」
「うん。一年生の子たちはお名前で名乗ってくれたからそっちで覚えたんだ。二年生以上の子はフルネームで名乗ってくれたから、礼儀を弁えて苗字でお呼びしてる」
「存外義理堅いな」
仙蔵がくすりと漏らした笑みと細められた目。それは馬鹿にするようなものでは決してなく、愛おしいものを見る様子でいた。
「乱太郎くんや伏木蔵くんたちは霧華さん霧華さんって呼んでくれるから、そんなに距離は感じないんだよね。懐いてくれるカワイイ弟か近所のちびっ子たちみたいで」
「まあ、一年生に限っては遠慮がないとも言えそうだ」
それこそ最初は彼らのことをさん付けで霧華は呼ぶことにしていた。それも若干の時を経て変化し、現在に至る。壁を取り払いたいという意識があったのだろう。
「名で呼んでもらって構わないぞ」
「いいの? みんなもそうかな……というか、立花くんが一番ハードル高い。あと潮江くんと綾部くんあたり」
「文次郎はわかるが、喜八郎はそうでもないと思うが」
「なんていうか、何考えてるかわからない。飄々としてるし、何より彼が仕掛けた罠にいつも私引っ掛かってる。さっきも足を滑らせて蛸壺なんちゃら号に落ちたので、通りすがりの富松くんに助けてもらいました」
どこか遠い目をする霧華に仙蔵もこれには苦笑いしかない。
作法委員会の後輩である綾部喜八郎に罠のサインをしっかりと残すように伝えるも「ちゃんと残してます」と不機嫌面で返してきたのだ。そう、彼はちゃんと痕跡を残している。だが、そのサインが直前になって消えてしまうのが霧華の不運の見せ所。
「今度もう少し詳しく罠を見破れる方法を教えよう。学園内でボロボロになる一般人の姿は見てて居た堪れない」
「ありがと。みんなの優しさに助けられてるう」
「なんにせよ、私のことは名で呼んでくれ。一番気難しいと感じているのならば、そこをクリアすれば他者に対する難易度も下がるであろう」
「ん、じゃあ仙蔵くんって呼ばせてもらうね。……なんか嬉しそうだね?」
「そうか? 気の所為じゃないのか」
名を呼ばれた仙蔵は、どことなくにこにこと嬉しそうな表情を浮かべていた。
二年生以上の忍たまで最初に名を口にしてくれたことにちょっとした満足感を得たのだ。
しかし、霧華はそんなこととは露知らず。多少なりとも妙だと思うも、難関を突破したことで自信をつけていた。
「私としては霧華のことをもう少し知りたいと思っている」
「……十八歳で行き遅れの未来人という以外に何を知りたいと?」
途端に霧華の顔から表情がスンッと消え、真顔となった。
それらの情報は自分から口にしたものであり、翌日学園中に広まった。事実、身から出た錆とも言えるが、彼女にとっては不本意極まりないのである。保健委員会のメンバーは内緒にしておくと言ってくれただけに。
「持ち物くらいなら開示できるけど」
「いや、そうではなくてな。まあ、それも気にはなるが。年齢を気にする理由はそれか」
「そうですよ。この時代だとそうでしょ。高校卒業したばかりなのに行き遅れって後ろ指を指されるの耐えられない」
「誰もそこまで言わんと思うがな」
「そうとも言い切れないよ。心のどこかで「良い年して」とか思ってるかもしれない。というか、今どさくさに紛れて私のこと呼び捨てたよね」
「公平に扱われたいのだろう?」
それならばお互い名前で呼び合うのが道理。仙蔵にそう言い包められた霧華は「そうかな、そうかも」と自問自答した後に落ち着いた。
「私のプライバシーが守られてない気がするの」
食堂の混雑時間を過ぎた昼下がりの午後。
お茶請けの代わりとして霧華はそう溢した。茶飲み相手は六年い組の立花仙蔵。
彼の組は午後から自習らしく、ふらりと立ち寄った食堂で難しい顔をした霧華に話相手として捕まった。
皿洗い等の後片付けをとうに済ませ、夕食の仕込みまで暇だから話し相手がほしいと。
「プライバシーっていうのはえーと、秘密って意味」
「それなら諦めた方が良い。ここでは誰もが聞き耳を立てていると思い過ごすことだ」
「なんだか監視されてる気分」
「未来から来たとなれば、その情報は大変興味深いものとなる。こぞって手にしようとするのが普通だからな」
「私が知ってる情報なんてたかが知れてると思うんだけどなぁ。歴史の授業もそこまで真面目に受けてなかったし」
遥か数百年後の時代から来た霧華、お世辞にも成績優秀だったとは言い難い。歴史のテストではないが、赤点ギリギリ回避の点数を取ったこともある。
詰まるところ、日本史も世界史も要点しか覚えていなかった。「出来事を年代順に並べよ」と問われたらもうお手上げ状態になるだろう。
誰が敗れ去り、誰が天下を取ったのか。歴史上の事実を口にするのは不味い。流石にその点は配慮すべきことだと霧華は肝に銘じていた。
が、今のところ訊ねてくる忍たまたちはいなかった。興味がないのか、はたまた気を使っているのか。
未来の情報源を前にし、先のような発言をしたにも関わらず仙蔵も訪ねてくる様子は一切ない。涼しい顔で湯呑みの茶を啜っているだけだ。
忍者という生業は仕える者に有利な情報を運ぶ者。戦を減らし、未然に防ぐために働く者とも言われている。
無駄な争いは甚大な被害をもたらす。いつの世もそれは変わらない。
戦に巻き込まれ命を落とした家族。たった独り残された者の気持ちは計り知れない。
心臓をぐっと掴まれた心地に霧華は一度目を伏せ、湯呑みを両手で握りしめた。
「その辺は口にしないことだ。不用意な発言は火種となりかねん」
「十分に気をつけようかな。でも日常に染みついた南蛮由来の言葉とかは自然と出てきちゃうんだよね」
「だが全てが南蛮語ではないのだろう?」
「うん。カステラみたいに南蛮渡来の単語がそのまま残っているのもあるけど、そもそも他の国由来の言葉だったり、それこそ和製英語みたいにごちゃごちゃしたりしてるのもあるんだよね」
「数百年の間で言葉も随分と様変わりするようだな。おかげで私たちも良い学びの機会だと捉えさせてもらっている」
「未来の言葉を覚えた所で使いどころなくない?」
英語、和製英語なりを学んだところでこの時代では普及されていない。使える範囲はこの忍術学園内だけではなかろうか。特に言葉あそびとして一年生たちの間で流行りそうな予感もする。
不思議に思いながらも小首を傾げる霧華。そこで仙蔵は人の良い笑みを浮かべてみせた。
「こうして意思疎通ができているではないか。それに他者がわからぬ言葉を暗号として用いる手段として十分に使える」
「ベースが日本語だから意思疎通できてるんだよ。そして流石忍者のたまご。使えるものは何でも使うってやつ」
これが見知らぬ言語を話す土地であったとしたら。底知れぬ恐怖に押し潰され、今こうして呑気にお茶を啜っていないかもしれない。
言葉の壁がないだけで安心感がこうも違う。ぽつぽつとした不運に見舞われることが多い身ではあるが、広い目で見れば幸運に恵まれている。これには本当に感謝しなければならない。
「我々のことを知らないと膨れっ面になっていたが、意外と知っているじゃないか」
「みんなの会話から聞きかじっただけだよ。くノ一教室のみんなが実はコワイとか、土井先生が練り物失神レベルで嫌いだとか。あと夜中にトイレに起きたら外で妙な鳴き声発しながら跳んでる人いたんだけど、あれは」
「ああ、それは文次郎だな」
「……真夜中に何してるの?」
「夜間自主鍛錬だ。あまり夜更けに出歩かん方がいいぞ。鬼と化した文次郎と出くわす羽目になる」
「鬼と化した⁉ それは初耳すぎるんだけど。え、ここって実は神話の世界だった? 実は立花くんもそんな端正な顔をしながらも鬼」
真夜中に外を跳び回っているだけでも信じ難い話だが、それに輪をかける仰天な事実。
この話を聞いた霧華の頭には比喩としての鬼ではなく、完全に物理的な鬼を想像していた。
しかもこれに対して仙蔵は否定もせず、ただにこりと霧華に笑みを返したものだ。さっと霧華の顔から血の気が引く。思わず食卓の隅へ、対角線上の席に逃げるように移動した。
「いや、冗談だ」
「立花くんが言うと冗談に聞こえない」
「少し茶化しただけだ」
「本当に?」
「私は人間だ。文次郎もな。以前、夜間自主鍛錬中の文次郎を見かけた下級生の間でそんな噂が広まってな。頭にクナイを二つ鉢巻で括り付けていたのが真相だ」
暗闇から現れ、満月に浮かび上がった姿形はまさに角を二つ生やした鬼そのものだったと下級生忍たまが語ったそうだ。ギンギーンという不可思議な掛け声も発していたので、不気味な鬼像が爆誕したという。
神話やおとぎ話の類もこういった見間違いで語り継がれている節がありそうだ。
「なるほど過ぎる。なんだろうね、その方が気合いが入るのかな」
「鍛錬の鬼だからな」
そこでようやく”鬼”は比喩表現だと霧華は状況を飲み込んだ。
「まあ、こういった程度の話であればあいつらも教えてくれると思うぞ」
「神話レベルがこれ以上ないことを祈っておくね。じゃあ気になったことは都度訊いてみようかなぁ。教えてくれない可能性も頭に入れておけば、知らんぷりされてもそこまで傷つかないし、うん」
訊けば何でもかんでも教えてくれるとは限らない。ここはあくまで忍者を育てる学校。それは霧華の念頭にもある。
「要は我々忍たまたちと距離を縮めたいという話であろう?」
「そうかも。語弊があるかもしれないけど、みんなと仲良くしたいというか」
「ならば呼び方から変えてみたらどうだ。今は皆のことを姓で呼んでいるだろう」
「うん。一年生の子たちはお名前で名乗ってくれたからそっちで覚えたんだ。二年生以上の子はフルネームで名乗ってくれたから、礼儀を弁えて苗字でお呼びしてる」
「存外義理堅いな」
仙蔵がくすりと漏らした笑みと細められた目。それは馬鹿にするようなものでは決してなく、愛おしいものを見る様子でいた。
「乱太郎くんや伏木蔵くんたちは霧華さん霧華さんって呼んでくれるから、そんなに距離は感じないんだよね。懐いてくれるカワイイ弟か近所のちびっ子たちみたいで」
「まあ、一年生に限っては遠慮がないとも言えそうだ」
それこそ最初は彼らのことをさん付けで霧華は呼ぶことにしていた。それも若干の時を経て変化し、現在に至る。壁を取り払いたいという意識があったのだろう。
「名で呼んでもらって構わないぞ」
「いいの? みんなもそうかな……というか、立花くんが一番ハードル高い。あと潮江くんと綾部くんあたり」
「文次郎はわかるが、喜八郎はそうでもないと思うが」
「なんていうか、何考えてるかわからない。飄々としてるし、何より彼が仕掛けた罠にいつも私引っ掛かってる。さっきも足を滑らせて蛸壺なんちゃら号に落ちたので、通りすがりの富松くんに助けてもらいました」
どこか遠い目をする霧華に仙蔵もこれには苦笑いしかない。
作法委員会の後輩である綾部喜八郎に罠のサインをしっかりと残すように伝えるも「ちゃんと残してます」と不機嫌面で返してきたのだ。そう、彼はちゃんと痕跡を残している。だが、そのサインが直前になって消えてしまうのが霧華の不運の見せ所。
「今度もう少し詳しく罠を見破れる方法を教えよう。学園内でボロボロになる一般人の姿は見てて居た堪れない」
「ありがと。みんなの優しさに助けられてるう」
「なんにせよ、私のことは名で呼んでくれ。一番気難しいと感じているのならば、そこをクリアすれば他者に対する難易度も下がるであろう」
「ん、じゃあ仙蔵くんって呼ばせてもらうね。……なんか嬉しそうだね?」
「そうか? 気の所為じゃないのか」
名を呼ばれた仙蔵は、どことなくにこにこと嬉しそうな表情を浮かべていた。
二年生以上の忍たまで最初に名を口にしてくれたことにちょっとした満足感を得たのだ。
しかし、霧華はそんなこととは露知らず。多少なりとも妙だと思うも、難関を突破したことで自信をつけていた。
「私としては霧華のことをもう少し知りたいと思っている」
「……十八歳で行き遅れの未来人という以外に何を知りたいと?」
途端に霧華の顔から表情がスンッと消え、真顔となった。
それらの情報は自分から口にしたものであり、翌日学園中に広まった。事実、身から出た錆とも言えるが、彼女にとっては不本意極まりないのである。保健委員会のメンバーは内緒にしておくと言ってくれただけに。
「持ち物くらいなら開示できるけど」
「いや、そうではなくてな。まあ、それも気にはなるが。年齢を気にする理由はそれか」
「そうですよ。この時代だとそうでしょ。高校卒業したばかりなのに行き遅れって後ろ指を指されるの耐えられない」
「誰もそこまで言わんと思うがな」
「そうとも言い切れないよ。心のどこかで「良い年して」とか思ってるかもしれない。というか、今どさくさに紛れて私のこと呼び捨てたよね」
「公平に扱われたいのだろう?」
それならばお互い名前で呼び合うのが道理。仙蔵にそう言い包められた霧華は「そうかな、そうかも」と自問自答した後に落ち着いた。
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