番外編
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一本釣りされた女子
「わああああっ⁉」
三郎次の目の前で霧華が落とし穴に落ちた。
それはもうお手本のようにすとーんときれいに落ちていったので、思わず目を疑った程である。これは不運と呼ばれる保健委員に引けを取らないだろう。
いやいや、呆然と立ち尽くしてそんなことを考えているバヤイではない。三郎次は急いで穴の縁に駆け寄り、中を覗き込んだ。
「大丈夫ですかー」
覗いた穴の中ではもくもくと土煙が漂い、落ち葉の残骸がはらはらと舞う。視界は不鮮明で中の様子がよく見えなかった。ケホケホと咳をする声が聞こえてくるだけだ。
幸い、声の反響からして穴の深さはそこまでないようだ。
次第に視界が晴れてくると、穴の中に座り込む霧華が三郎次の目に映った。
彼女は涙目で地上を見上げ、そこに人の姿を確認できたことにいたく感動したのか「既に天の助けが!」と顔を輝かせる。
「助けてー!」
「今助けまーす。その前にその落とし穴、何か変なところはないですか?」
「変なところ……多分、ないと思う」
穴の底で立ち上がった霧華は俄に顔を顰めた。
右足首にずきりと痛みが走った。どうやら落とし穴に落ちた際に痛めてしまったようだ。体重を少しかけるだけでズキズキと痛む。
そして背丈を覆うほどの深さがあるこの落とし穴。一体誰が掘ったのだろうか。
落とし穴と一口に言っても、様々なバリエーションがある。まんまと罠にかかった者をそう易々と逃がさないよう、鋭く尖らせた竹を土壁に仕込んだり、地質を利用してクナイが刺さりにくい場所を選んだりと多種多様なのだ。手の込んだものからシンプルなものまで実に幅広い。
幸いなことに、霧華が落ちた穴は何の変哲も無い後者の方であった。目立つ仕掛け、不審な点も見当たらない。そのことを改めて地上にいる三郎次に伝える。右足首を庇いながら。
「縄梯子を持ってくるので、ちょっと待っててください」
「おっけー!」
穴から覗いていた顔がすっと消えた。
刹那、静寂に包まれる穴の中。地上の音が聞こえないことに不安を覚えるも、直に助けが来ると思えば気も少しは楽になるというもの。それでも若干の不安要素が霧華の頭に過った。
しかし、それは直ぐに要らぬ心配だと払拭される。
「おお、見事に落ちているな!」
底抜けに明るい声が一つ。霧華の頭上に降ってきた。
見上げれば、穴から覗く一つの影。七松小平太と霧華の目がばちりと合う。その隣に三郎次の影が増えた。
三郎次は縄梯子を取りに行こうとしたのだが、そこで偶然にも通りかかった小平太と遭遇した。「何を急いでいるんだ」と訊ねられ、斯斯然々だと話せば「私が何とかしよう!」という流れになったので連れて戻ってきたのだ。
思わぬ展開ではあったが、助けが増えたことには変わりない。霧華は右側の足を気にしながら、声の主に呼びかけた。
「七松くん」
「私が引っ張り上げてやろう」
「う、うん」
「よし、手を伸ばしてくれ!」
ぐっと身を乗り出してきた小平太は手を穴の中へ伸ばした。さあ掴まれと言わんばかりに霧華の方へ。
差し出されたその右手には背伸びせずとも届きそうだ。ごつごつとした手の平に触れたその瞬間、ぐいっと勢いよく身体が引き上げられる。そこまでは良かったのだが、その勢いが過ぎて地上に出るや否や霧華の身体が宙に放り出されてしまった。
ヒュッと内臓が浮く感覚が生まれる。それは急激に上昇した絶叫系アトラクションの様にとても似ていた。いや、むしろこれは一本釣りにされたマグロ。
小平太は自慢の腕力で釣り上げた霧華を軽々と両手で受け止めた。一度宙を舞った身体はぽすっという擬音と共に両腕に収まり、無事に事無きを得る。
地面に下ろされた霧華は尻餅をついたようにぺたりと地面に座り込んでしまった。
悲鳴を上げる暇もなかった。一瞬の出来事に霧華は呆然としていたし、同じように三郎次も一部始終をただ見届けていた。「流石、体育委員会委員長! 馬鹿力ですね!」と一言多い台詞すら口にできずに。
何が何だかわからないままだが、兎に角助かった。しかし、御礼を言おうにも心臓が今更バクバクと鳴り始めたので声が上手く出てこない。
「あ、……ありがとう、七松くん」
ようやく出てきた霧華の声はだいぶ掠れていた。
顔は恐怖に凍りついており、笑顔を見せたつもりが口元がだいぶ引き攣っていた。それでも感謝の気持ちは充分に小平太に伝わっていたようで、大口を開けて豪快な笑みを浮かべる。
「どう致しまして。ところで、足は大丈夫か?」
「え?」
「さっき足首を庇っていただろ。三郎次、葉月さんを医務室まで連れていってやってくれ」
「は、はい。わかりました」
「私は委員会活動中でな。校庭を百周していたところ三郎次に会ったんだ。困っているようだったから助けにきたというわけだ」
霧華は目眩を覚えた。校庭を走ることは運動部なら有り得る。だが、百周は少々やりすぎではないだろうか。果たして今は何周目なのか。考えただけで足が子鹿のようになりそうである。
息切れ一つしていない小平太が「そういえば」と話を繋いだ。
「校庭から三之助の姿が見えなくなってしまったんだ。それで探しているんだが、二人は見かけなかったか?」
「いえ、見てませんね。また次屋先輩迷子になったんですか」
「私も見てない」
「そうか。よし、では探しながら校庭と学園周辺を走ってくるとしよう。いけいけどんどーん!」
軽快な掛け声と共に小平太は落とし穴をぴょーんと飛び越え、走り去っていく。猛スピードで駆ける姿はあっという間に豆粒になって消えてしまった。
まるで台風の様に過ぎ去っていった小平太。二人は暫くその場で呆然としていた。
三郎次にとっては「相変わらずな人だ」と呆れ半分でいたのだが、霧華はそうではなかった。彼女は忍術学園に来てまだ日が浅い。七松小平太という人物がどういう性格をしているのか知らなかったのだ。先ほどの出来事で「良い人だが、いけどんパワータイプ」という印象が強く残るだろう。
穴から引き上げてもらったはいいが、足首を痛めた上に恐怖で腰が抜けてしまっている。へたりと座り込む霧華の表情に些か焦りを感じた三郎次は状態を窺う様に片膝をついた。「大丈夫だよ」へらりと返ってきた言葉で更に眉を顰める。
「すみません。上級生に頼んだ方が早いと思って」
「うん、大丈夫。その判断は正しいと思う。結果オーライだし。……ただ、腰抜けちゃった」
「本当にすみませんでした。まさかあんなことになるなんて」
「一本釣りされたマグロの気持ちがすごくわかった気がする」
「例えが独特すぎません、それ。でも、七松先輩なら出来るかもしれない。大物釣れるかも。今度頼んでみようかな」
「頼むって?」
まさか、今後落とし穴にはまった者をその方法で救出するというのか。罠にかかる率が高い霧華にとってはまさに絶叫系でしかない。そんな際どい救出方法は止めてほしいと顔を青ざめた。
「……私はイヤです。絶叫系は苦手だから」
「え? ああ、違いますよ。魚の話。僕の実家は漁師なんです。マグロは重いから一本釣りだと腕力が要るんですよ」
「ああ~なるほど。確かに軽々と釣り上げてくれそうだね。……勢いよく、ひょいっと」
先ほどの浮遊感を思い出した霧華は再び顔を青ざめた。豪快に釣り上げるのは魚だけにしてほしいと心から願いたい。
豪快な台風が過ぎ去ってから暫く経過した。早く立ち上がりたいのは山々なのだが、どうにもこうにも足腰に力が入らない。
「ごめんね、池田くん。助けてもらっておきながらこんなことに」
「気にしないでください。こっちこそ担ぐなり背負うなりして医務室に連れていければ良かったんですけど」
「お姉さん十一歳の子に背負って! とは無茶ぶりできないなぁ。流石に池田くん潰れちゃうよ」
何せ二人は年が七つも離れている。忍たまといえど、大人を抱え上げたり背負ったりするのは厳しいと思っての発言だ。それに気を悪くしたのか、三郎次がむっと口をへの字に曲げる。
「それって僕がひ弱で頼りないってことですか。葉月さん一人ぐらい直ぐに抱えられるぐらいになってみせますよ!」
「うん、頑張って。応援してるね~。それにしても、池田くんが目の前にいてくれて本当に良かったと思ってる。やっぱり噂って当てにならないね」
「噂?」
「池田くん、ちょっぴり意地悪だって聞いてたの。だからそのままスルーされて見捨てられるかと思ってた。ちょっとだけね」
それは意地悪の度合いが過ぎるではないか。困っている人をわざと放置して去る真似など、しかも相手は忍者でも忍者のたまごでもない一般人だ。
一言も二言も多い『意地悪な先輩』というレッテルを貼られているのは知っていたが、そんな酷い噂として霧華に伝わっていたとは。
ましてや先日左近に釘を刺されたばかりである。些細なことで大泣きするであろう霧華に悪戯や意地悪はしない方が良いと。更には何故かその翌日に霧華の年齢が学園中に知れ渡っていた。もしや自分たちの会話を盗み聞きしていた者がいたのでは、と。少々罪悪感も抱いていた。
「目の前で落とし穴に落ちたのを見届けて去るとか、どんだけ性格悪い人間なんですか。罠を仕掛けた張本人や綾部先輩じゃあるまいし。というか、それ誰に聞いたんですか」
「乱太郎くんたちがこの間言ってた。でも、噂はやっぱり噂だよ。実際に会って話してみないと人となりってわからないし。池田くんは優しい子だなーって私は思いました。助けてくれてありがとね」
七つも年上だというのに、にこりと笑った霧華の笑顔はあどけないものであった。人を疑わない、真っ直ぐで純粋な目。年相応に思われない理由をここで三郎次は知った。
そして目が合った瞬間にどうしてか気恥ずかしくなり、慌てて視線を逸らした。
「今度から罠にかかった時は池田くんの名前を叫ぼうかなぁ」
「……それ、聞こえてなかったらただ虚しいだけですよ。通りかかった忍たまに助けを求めてください」
「それもそっか。じゃあ、また偶々通りかかった時は助けてね」
「はい」
あくまで軽い気持ちで、早々ないだろうと思いながら会話を交わしていた。しかし、今後何度も救いの手を差し伸べることになるということをまだ三郎次は知らない。
葉月霧華という娘、不運気質は伊達じゃないのだ。
「わああああっ⁉」
三郎次の目の前で霧華が落とし穴に落ちた。
それはもうお手本のようにすとーんときれいに落ちていったので、思わず目を疑った程である。これは不運と呼ばれる保健委員に引けを取らないだろう。
いやいや、呆然と立ち尽くしてそんなことを考えているバヤイではない。三郎次は急いで穴の縁に駆け寄り、中を覗き込んだ。
「大丈夫ですかー」
覗いた穴の中ではもくもくと土煙が漂い、落ち葉の残骸がはらはらと舞う。視界は不鮮明で中の様子がよく見えなかった。ケホケホと咳をする声が聞こえてくるだけだ。
幸い、声の反響からして穴の深さはそこまでないようだ。
次第に視界が晴れてくると、穴の中に座り込む霧華が三郎次の目に映った。
彼女は涙目で地上を見上げ、そこに人の姿を確認できたことにいたく感動したのか「既に天の助けが!」と顔を輝かせる。
「助けてー!」
「今助けまーす。その前にその落とし穴、何か変なところはないですか?」
「変なところ……多分、ないと思う」
穴の底で立ち上がった霧華は俄に顔を顰めた。
右足首にずきりと痛みが走った。どうやら落とし穴に落ちた際に痛めてしまったようだ。体重を少しかけるだけでズキズキと痛む。
そして背丈を覆うほどの深さがあるこの落とし穴。一体誰が掘ったのだろうか。
落とし穴と一口に言っても、様々なバリエーションがある。まんまと罠にかかった者をそう易々と逃がさないよう、鋭く尖らせた竹を土壁に仕込んだり、地質を利用してクナイが刺さりにくい場所を選んだりと多種多様なのだ。手の込んだものからシンプルなものまで実に幅広い。
幸いなことに、霧華が落ちた穴は何の変哲も無い後者の方であった。目立つ仕掛け、不審な点も見当たらない。そのことを改めて地上にいる三郎次に伝える。右足首を庇いながら。
「縄梯子を持ってくるので、ちょっと待っててください」
「おっけー!」
穴から覗いていた顔がすっと消えた。
刹那、静寂に包まれる穴の中。地上の音が聞こえないことに不安を覚えるも、直に助けが来ると思えば気も少しは楽になるというもの。それでも若干の不安要素が霧華の頭に過った。
しかし、それは直ぐに要らぬ心配だと払拭される。
「おお、見事に落ちているな!」
底抜けに明るい声が一つ。霧華の頭上に降ってきた。
見上げれば、穴から覗く一つの影。七松小平太と霧華の目がばちりと合う。その隣に三郎次の影が増えた。
三郎次は縄梯子を取りに行こうとしたのだが、そこで偶然にも通りかかった小平太と遭遇した。「何を急いでいるんだ」と訊ねられ、斯斯然々だと話せば「私が何とかしよう!」という流れになったので連れて戻ってきたのだ。
思わぬ展開ではあったが、助けが増えたことには変わりない。霧華は右側の足を気にしながら、声の主に呼びかけた。
「七松くん」
「私が引っ張り上げてやろう」
「う、うん」
「よし、手を伸ばしてくれ!」
ぐっと身を乗り出してきた小平太は手を穴の中へ伸ばした。さあ掴まれと言わんばかりに霧華の方へ。
差し出されたその右手には背伸びせずとも届きそうだ。ごつごつとした手の平に触れたその瞬間、ぐいっと勢いよく身体が引き上げられる。そこまでは良かったのだが、その勢いが過ぎて地上に出るや否や霧華の身体が宙に放り出されてしまった。
ヒュッと内臓が浮く感覚が生まれる。それは急激に上昇した絶叫系アトラクションの様にとても似ていた。いや、むしろこれは一本釣りにされたマグロ。
小平太は自慢の腕力で釣り上げた霧華を軽々と両手で受け止めた。一度宙を舞った身体はぽすっという擬音と共に両腕に収まり、無事に事無きを得る。
地面に下ろされた霧華は尻餅をついたようにぺたりと地面に座り込んでしまった。
悲鳴を上げる暇もなかった。一瞬の出来事に霧華は呆然としていたし、同じように三郎次も一部始終をただ見届けていた。「流石、体育委員会委員長! 馬鹿力ですね!」と一言多い台詞すら口にできずに。
何が何だかわからないままだが、兎に角助かった。しかし、御礼を言おうにも心臓が今更バクバクと鳴り始めたので声が上手く出てこない。
「あ、……ありがとう、七松くん」
ようやく出てきた霧華の声はだいぶ掠れていた。
顔は恐怖に凍りついており、笑顔を見せたつもりが口元がだいぶ引き攣っていた。それでも感謝の気持ちは充分に小平太に伝わっていたようで、大口を開けて豪快な笑みを浮かべる。
「どう致しまして。ところで、足は大丈夫か?」
「え?」
「さっき足首を庇っていただろ。三郎次、葉月さんを医務室まで連れていってやってくれ」
「は、はい。わかりました」
「私は委員会活動中でな。校庭を百周していたところ三郎次に会ったんだ。困っているようだったから助けにきたというわけだ」
霧華は目眩を覚えた。校庭を走ることは運動部なら有り得る。だが、百周は少々やりすぎではないだろうか。果たして今は何周目なのか。考えただけで足が子鹿のようになりそうである。
息切れ一つしていない小平太が「そういえば」と話を繋いだ。
「校庭から三之助の姿が見えなくなってしまったんだ。それで探しているんだが、二人は見かけなかったか?」
「いえ、見てませんね。また次屋先輩迷子になったんですか」
「私も見てない」
「そうか。よし、では探しながら校庭と学園周辺を走ってくるとしよう。いけいけどんどーん!」
軽快な掛け声と共に小平太は落とし穴をぴょーんと飛び越え、走り去っていく。猛スピードで駆ける姿はあっという間に豆粒になって消えてしまった。
まるで台風の様に過ぎ去っていった小平太。二人は暫くその場で呆然としていた。
三郎次にとっては「相変わらずな人だ」と呆れ半分でいたのだが、霧華はそうではなかった。彼女は忍術学園に来てまだ日が浅い。七松小平太という人物がどういう性格をしているのか知らなかったのだ。先ほどの出来事で「良い人だが、いけどんパワータイプ」という印象が強く残るだろう。
穴から引き上げてもらったはいいが、足首を痛めた上に恐怖で腰が抜けてしまっている。へたりと座り込む霧華の表情に些か焦りを感じた三郎次は状態を窺う様に片膝をついた。「大丈夫だよ」へらりと返ってきた言葉で更に眉を顰める。
「すみません。上級生に頼んだ方が早いと思って」
「うん、大丈夫。その判断は正しいと思う。結果オーライだし。……ただ、腰抜けちゃった」
「本当にすみませんでした。まさかあんなことになるなんて」
「一本釣りされたマグロの気持ちがすごくわかった気がする」
「例えが独特すぎません、それ。でも、七松先輩なら出来るかもしれない。大物釣れるかも。今度頼んでみようかな」
「頼むって?」
まさか、今後落とし穴にはまった者をその方法で救出するというのか。罠にかかる率が高い霧華にとってはまさに絶叫系でしかない。そんな際どい救出方法は止めてほしいと顔を青ざめた。
「……私はイヤです。絶叫系は苦手だから」
「え? ああ、違いますよ。魚の話。僕の実家は漁師なんです。マグロは重いから一本釣りだと腕力が要るんですよ」
「ああ~なるほど。確かに軽々と釣り上げてくれそうだね。……勢いよく、ひょいっと」
先ほどの浮遊感を思い出した霧華は再び顔を青ざめた。豪快に釣り上げるのは魚だけにしてほしいと心から願いたい。
豪快な台風が過ぎ去ってから暫く経過した。早く立ち上がりたいのは山々なのだが、どうにもこうにも足腰に力が入らない。
「ごめんね、池田くん。助けてもらっておきながらこんなことに」
「気にしないでください。こっちこそ担ぐなり背負うなりして医務室に連れていければ良かったんですけど」
「お姉さん十一歳の子に背負って! とは無茶ぶりできないなぁ。流石に池田くん潰れちゃうよ」
何せ二人は年が七つも離れている。忍たまといえど、大人を抱え上げたり背負ったりするのは厳しいと思っての発言だ。それに気を悪くしたのか、三郎次がむっと口をへの字に曲げる。
「それって僕がひ弱で頼りないってことですか。葉月さん一人ぐらい直ぐに抱えられるぐらいになってみせますよ!」
「うん、頑張って。応援してるね~。それにしても、池田くんが目の前にいてくれて本当に良かったと思ってる。やっぱり噂って当てにならないね」
「噂?」
「池田くん、ちょっぴり意地悪だって聞いてたの。だからそのままスルーされて見捨てられるかと思ってた。ちょっとだけね」
それは意地悪の度合いが過ぎるではないか。困っている人をわざと放置して去る真似など、しかも相手は忍者でも忍者のたまごでもない一般人だ。
一言も二言も多い『意地悪な先輩』というレッテルを貼られているのは知っていたが、そんな酷い噂として霧華に伝わっていたとは。
ましてや先日左近に釘を刺されたばかりである。些細なことで大泣きするであろう霧華に悪戯や意地悪はしない方が良いと。更には何故かその翌日に霧華の年齢が学園中に知れ渡っていた。もしや自分たちの会話を盗み聞きしていた者がいたのでは、と。少々罪悪感も抱いていた。
「目の前で落とし穴に落ちたのを見届けて去るとか、どんだけ性格悪い人間なんですか。罠を仕掛けた張本人や綾部先輩じゃあるまいし。というか、それ誰に聞いたんですか」
「乱太郎くんたちがこの間言ってた。でも、噂はやっぱり噂だよ。実際に会って話してみないと人となりってわからないし。池田くんは優しい子だなーって私は思いました。助けてくれてありがとね」
七つも年上だというのに、にこりと笑った霧華の笑顔はあどけないものであった。人を疑わない、真っ直ぐで純粋な目。年相応に思われない理由をここで三郎次は知った。
そして目が合った瞬間にどうしてか気恥ずかしくなり、慌てて視線を逸らした。
「今度から罠にかかった時は池田くんの名前を叫ぼうかなぁ」
「……それ、聞こえてなかったらただ虚しいだけですよ。通りかかった忍たまに助けを求めてください」
「それもそっか。じゃあ、また偶々通りかかった時は助けてね」
「はい」
あくまで軽い気持ちで、早々ないだろうと思いながら会話を交わしていた。しかし、今後何度も救いの手を差し伸べることになるということをまだ三郎次は知らない。
葉月霧華という娘、不運気質は伊達じゃないのだ。